外は小雨が降っている。十二月も近づき、寒さも厳しくなりつつある。相変わらずの狭いワンルームで、アーチャーのマスター・土御門一成の部屋で一成とアーチャーはテレビを凝視していた。
一昨日に一家四人が惨殺されるという事件があったことは、彼らも昨日のテレビで知っていた。
そして昨夜もまた、新たに住宅街に暮らす家族が惨殺されたのだ。
しかも今度は一軒ではなく三軒も、である。
大人子供合わせて十三人が殺された。一成はテレビを指差して憤りながら言う。
「アーチャー、何かおかしくないか。医療事故、一家惨殺事件。全部聖杯戦争が始まってから起こったことだぞ」
一家惨殺事件の方は一昨日と同じ手口――凶器は不明、何か大きな力で潰されたような死体となって発見され、家は半壊状態になっていた――と報道されているが、その手口事態が不可解で何の新情報もない。また、一昨日の医療事故についてもニュースが流れており器具の故障が原因とされているが、その故障原因も不明のままだ。
アーチャーは顎を撫でながらうむ、と頷いた。
「断定はできぬが、マスターとサーヴァントによる可能性は十分ありうるの」
「もしそうだったらどうなる」
「並みに頭の回る者たちならば斯様に派手な真似はすまいと思うのだが」
テレビで取り沙汰されるほどに派手に殺せば、破壊のあとからどのような特徴を持つサーヴァントなのか割れ、真名の特定につながる。このように自ら正体を晒す真似をするべきではないのだ。
「しかしそういう輩ではないとするとな、味を占めて益々派手にやるようになるだけだろうよ」
「それは関係ない一般人がたくさん死ぬってことか」
「そういうことだな」
「放っておく気か?」
「それはそなた次第じゃ。だが私としては好ましくないのう。人の魂を食らえば食らうほどサーヴァントは強化される故に、こちらが不利になる」
「そうじゃなくて……!」
怒り任せに言葉を叩きつけようとした一成を見計らい、アーチャーは素早く掌で一成の口を塞いだ。大げさにため息をついてみせるおまけつきで。
「わかっておる。どうせ正義感のお熱そうな我がマスターのことよ。一般人に被害の与えるサーヴァントを野放しにできないとか言うつもりであろ」
一成はアーチャーの掌を剥いだ。「そうだよ!放っておけるか!」
アーチャーは一成の愚直ともいえるほどの単純さを嫌ってはいないが、行動が急き気味なのはどうしても止めるべきだと考えている。
「落ち着くがよい一成。まだそうと決まったわけではない。それこそただの殺人なら私たちではなく警察とやらの領分じゃ。まずは事実確認をせねばならぬ」
一成はアーチャーの言わんとするところを察して笑みを浮かべた。「やーっと夜に偵察に行くってことだな」
聖杯戦争が始まってから、アーチャーはまともに夜に偵察・戦闘に出かけたことはない。
これまでは一成が使い魔の式神を放ち町の様子を観察させてきたが、大量の使い魔は放てないので全範囲をカバーなど不可能だ。三日前から街中をランサーと思しきサーヴァントが大手を振って駆けまわっていたことを確認していたが、それも見ていただけである。
他のサーヴァントが出てきたらランサーと戦いになるだろうからそれを観察しよう、と思っていた。しかし結局、他の陣営も同じことを考えていてお互いにけん制してしまっているのか、ランサー以外のサーヴァントをお目にかかっていないのだ。
「そなたの式神で市街全体を掴めているわけではない故に、サーヴァントの仕業かどうかは断定できぬ。しかしサーヴァントの仕業と仮定するならば、おそらくやつはランサーではなくキャスターでもなかろう」
ランサーの出現を確認していた時間と、一家惨殺があった時間にはずれがある。犯人の陣営がランサーと鉢合わせるのを避けたとも考えられる。
「魔術師のクラスのキャスターなら、あんな直接殺すなんてことしなくてもっと魔術でうまくやるってことか」
アーチャーは閉じた扇で一成を指した。「その通りよ。そして、アインツベルンの姫の陣営でもあるまい」
「え?」
「骨の髄まで魔術師をやっている者が、あのように神秘が一般人に漏れる可能性のある方法で魔力を集めたりはせぬだろう」
魔術師は魔術という神秘が一般人に漏れることを嫌う。魔術師は「根源」を追い求める学者であることは前述した。魔術師にとって魔術とは、根源に至るための手段である。
言い換えれば、根源へ至る可能性と価値があるからこそ、魔術師は魔術を学んでいる。
もし魔術が根源へと至る手段ではないものに成り下がったら、魔術師にとって意味が無い。
魔術がその価値を無くすとは、根源から流れる事象が、「一般に知られる」ということが現実に起こった場合である。「神秘」という「事象の太い流れ」が、一般に知られることで、「細い流れ」へと姿を変え一般常識と呼ばれるほどになってしまうと、根源から遠ざかる。
それを、魔術師は最も忌避する。故に、魔術(神秘)は秘匿されなければならないのである。
一成はアーチャーの判断を聞いて、人知れず安心した。
あの少女は、このような殺戮に手を貸していたわけではないようだ。
「なるほど」
「なるほど、ではなくそなたも少しは考えんか。あまり考えなしだと早死にするぞ」
呆れた様にアーチャーは一成の頭を叩いた。しかし一成はむっとすることはない。
自分勝手で何様アーチャー様なところもあるが、一成の意を汲んでくれる。
「そういう分析とかはお前の仕事だろ」
「まったく勝手に分類するでない。とにかく今夜から忙しくなるようじゃ。やれやれ」
一成はとりあえず事件のあったらしい家とその時間を地図に書き込み、チャンネルを回してニュースを見比べ、なるべく多くの情報を取得することに努めた。
*
地下室でランプを灯し、己の試作品魔術礼装を弄りながら明は教会の神父と会話をしていた。
冷え切った空気が体に悪いと思い、彼女はストールを羽織りふかふかのスリッパをはいて机に座っている。
『あれはおそらくバーサーカーの仕業だ。我らの使い魔が姿を捉えた』
使い魔から聞こえるのは神内御雄神父の声だ。もちろん話は件の殺人事件の話である。
昨日から気にかかってはいたが、本格的に明も取りかからなければならないようだ。
彼女はため息を隠して使い魔越しに神父に尋ねる。
「一応聞くけど、病院の医療事故の方は関係ないの?」
『断定はできない。しかし大きな魔力の反応はない』
「そう」
『今程度の行為ならバーサーカーを放置しても構わない。しかし、今以上に悪化するならば』
「わかってる」
神父は昨夜もランサーが街を徘徊したものの、どのサーヴァントも現れずまだ進んで沈黙を破ろうとする者がいなかったと伝えた。セイバーも昼は外に出ていたようだが、夜は家に戻って共に食事をとっていたので当然情報はない。報告を聞き終え、明は使い魔を通した通信を切った。
やはり一家惨殺の件はサーヴァントの仕業であった。バーサーカーのマスターの仕業だとすれば、使役のための魔力を補填しようとしての行為か。
バーサーカーは強力だが最もマスターの魔力消費が激しいクラスである為に、行為にも理屈では納得がいく。
このような神秘が一般に漏れるような事態が、魔術師と聖堂教会がともに最も危ぶむことである。
そして明は聖杯戦争のあるなし関わらず、春日の地の管理者として、そのような事態を防ぐ義務がある。聖杯戦争に参加すると決めた、いや決まった時点からこのような事態が起こる事を最も恐れていたが、その事態になってしまった。
ランサー陣営が索敵を担うという作戦だったが、この状態では呑気にランサー任せにしてはおけなさそうだ。
「あぁめんどくさい……どこのアホマスターこんなんするの……バカなの?死ぬの?魔術師じゃないの?」
もう明は現実逃避に昼寝でもしてやろうか、と考えていた矢先に何者かが階段を下りてくる音がした。気配で分かったが、もちろんセイバーである。
明は体をひねって背後に目をやるが、その姿に目を疑った。
「……何それ」
セイバーはいつもの衣袴、もしくはジャケットではなく、明が高校時代に来ていた制服を身に着けていた。ピンクのブラウスにリボンネクタイをつけ、ベージュのカーディガン。茶色のチェックの入ったプリーツスカート。
紺色のブレザーにハイソックスの三百六十度女子高生である。外の雨を受けてか、髪も服も濡れている。
「この服か?一昨日も昨日も借りたが」
昨日と今日、明は朝起きると地下室に籠っていて、夜になったら出てくる生活だったためセイバーとは夜しか顔を合わせていない。昼間に着ていれば確かに明は女装姿を目にしないことになるが――「いやそうじゃなくて、」
否、セイバーの女装にも驚いたが、それよりも明の目を引いたのは――ベージュのカーディガンに、鮮血と思しきものが散っていることだった。
「……その血、何?」
いやな予感がする。セイバーはいつもと変わらぬ表情で、しかしどこか嬉しそうに口を開いた。
「アサシンのマスターを殺してきた」
セイバーは一昨日に独断でアサシンと交戦し、その次の日の昼間もアサシンとそのマスターを探していた。交戦した時に姿かたちは把握していたから、見さえすればマスターであると判断できる。
途中ランサーにつかまると言うハプニングが起こったものの、昨日は午前から三時までは春日市内、駅を中心に人に入り混りアサシン達が通らないか探し、日が暮れる頃には大西山にまで足を運んだが見つけることはできなかった。
勿論、セイバーもあの人ごみで簡単に見つかるとは考えていなかったが、戦争が始まった今、可能性が低くともできることはすべきだと思っていた。
そして今日も諦めず昼間の捜索を続けていたところ、春日駅周辺で発見したのである。
しかし発見したとしても、当然サーヴァントが霊体化して付き従っているはずである。
セイバーもそれくらいは承知している。女装による偽装スキルでできるだけサーヴァントとしての気配を殺し、感知されない程度に離れて尾行し拠点をつきとめてやろうとしていた。
尾行を開始した時は、確かに霊体化しているサーヴァントの気配が、アサシンのマスターの側にあった。今は昼で特に警戒していないのか、特別な気配遮断は行っていないようでセイバーにも気配が察知できていた。
マスターと霊体化したサーヴァントは駅ビル一階内にあるコーヒーショップに入っていった。有名なチェーン店である店には、ゆったりとしたソファが並べられパソコンで仕事をする人間、暇を潰して文庫本を読む人間など様々いる。その中にアサシンとそのマスターは紛れていた。
それから一時間ほど経っただろうか。いきなりサーヴァントの気配がマスターを離れて明後日の方向へ行ってしまったのである。何が起こったのかはわからない。
まだ日が高いからとマスターは油断して、一人で寛ごうとしたのか。
神秘の秘匿、とやらが魔術師には重要だそうだ。魔力を存分に振るった戦いは夜に行うべきものと、セイバーは知っている。ランサーも神秘の秘匿とやらで戦いは夜と言っていた。
――この人の中で敵マスターを発見でき、かつサーヴァントを遠ざけている僥倖。
――だからこそ今。
――魔力を使わなければ――神秘を行わなければ――戦ってもよいのだろう。
もとよりサーヴァントは既に人ではない。さらにセイバーには人を素手で捻り殺せるくらいの力はある。人を殺すのに、セイバーのサーヴァントは武器を要さない。
セイバーは靴音を消してコーヒーショップへ向かう。いらっしゃいませと声をかけてくる店員を無視した。店員は先に席をとろうとするのかと考えて、気にも留めない。セイバーは速足、そして駆け出し、他の客を突き飛ばしテーブルを押しのけて拳を握りしめる。
男は何事かと思い顔を上げる。セイバーと目が合う。その顔は驚愕に彩られ、恐怖が滲む。
一昨日、命を狙って現れたサーヴァントを忘れるはずがない。すぐさま危機に気づいた男が必死で口を開いた。
「……お前は……!!!令呪を以って命……」
男はその言葉を最後まで紡ぐことは叶わなかった。それよりも早く、セイバーの掌が男の喉笛――首を掴み潰してそのまま上に持ち上げていた。男の足は床から離れ、椅子から尻が浮き、口がぱくぱくと酸欠の金魚のように開閉する――その間もなく、鈍い音の後に男は動かなくなった。疾風のごとき速さで一連の動作はなされ、止められるものは皆無だった。
そのままセイバーは男の首から手を離さず、むしろ力を加え続け――力を失った四肢と首が連結を失い、大きな砂袋が落とされるように胴のみが床に落ちた。噴水のように倒れ伏した体から生命の液体が噴き出す。鉄の匂いが充満して、周囲から悲鳴は上がる。
セイバーにとって悲鳴は雑音でしかなく、そのまま首を無造作に周囲に放り投げた。
服も手も血まみれになり、黒く磨かれた床には鮮血と肉片が散らかっている。逃げ惑う客、腰を抜かす客、あまりの光景に気を失う者はいるが、凄絶なその光景を止められる人間などいなかった。
セイバーは仰向け――首がないから分かり難いが――になった男の心臓部を踏み抜いた。ろっ骨を粉砕する鈍い音に、臓物のつぶれる温い音。
男の座っていた場所は外に面したガラスの近くだったため、透明なガラスに血飛沫が飛んだ。
やっと周囲を見れば、まさに狂乱だった。腰を抜かして動けないものが向けてくる目は、セイバーには慣れ親しんだものだった。もうここに用はないと、セイバーは明の制服に血しぶきを浴びたまま、外に面したコーヒーショップのガラスを破りそのまま雨の中を疾風染みた素早さで逃走した。
「実は逃走中にアサシンを見かけた。戦おうとしたが、そうなると流石に魔力を使わざるを得ない為放置した。昼間だったことが惜しまれる。アサシンには気配遮断を使用して逃げられたが、放っておけば勝手に消えるだろう」
セイバーは目に止まらぬ速さで駅前を駆け抜けたが、その分雨は激しく体をを濡らし、手や素足についた血液は概ね流された。そのままビルとビルの上を駆け抜けて碓氷邸に戻ってきた。
明はセイバーの魔力使用を感知していない。本当かどうか疑われるくらいにセイバーはいつもと変わりがない。制服に血痕が付着していること以外は。
明は激しく動揺しながらも真実を確かめるべく、セイバーの横を過ぎて一階の食堂に戻りテレビをつけようとした。しかしニュースとして報道されるまでにはタイムラグがある。
明は大急ぎでセイバーの部屋に行き、ジャージと適当なマフラーと帽子を持ってきた。
「……セイバー、その殺したって場所に行こう。駅前だよね。その服脱いで、このジャージに着替えて」
「?何故「いいから!」
まごつくセイバーを急かして上下ジャージ、マフラー、帽子を被せると明は傘を持ち外に飛び出した。
明はいつもは春日駅まで歩くのだが、いてもたってもいられない状態のためより近い私鉄の駅を使用して向かった。
いつも人の多い駅だが、足早に件の店に向かう。近づけば近づくほど空気が妙な事に気づく。
件のコーヒーショップに多少人垣ができていて、雰囲気が尋常ではないことがわかる。そして人と人の間から、黒と黄色のテープが張り巡らされているのが見え、その内側には明らかに野次馬ではない人々が動き回っている。
明とセイバーは人垣をかき分けてテープぎりぎりまでにじり寄った。
「……」
コーヒーショップは流石に落ち着きを取り戻してはいた。だが、外に面した窓ガラスは派手に打ち砕かれ、観葉植物やテーブル、いすはひっくりかえったまま。そしてガラス近くの床は、人型に白いテープが貼られて、まだ生々しく血液が拭き取られないまま残されていた。
ここで、セイバーが言った通りのことが行われたことは間違いがないだろう。
「死体がないな」
明の心境をよそに、セイバーは不謹慎極まりないことを言っている。よく見れば、床だけでなく壁やガラスにも細かく血液が付着している。セイバーはかなり凄惨な殺し方をしただろうことがよくわかる。報道では詳しい死に様は語られないだろうが、すぐどこからか漏れるところになるだろう。
呆然と明はその場に立っていると、店員に事情聴取をしている刑事たちから被害者の名前が聞いて取れた。請井将(うけい しょう)という名前だそうだ。
「……ここ春日の魔術師じゃない……聖杯戦争のために他から来たマスター……」
「春日の魔術師かそうではないかがわかるのか?」
「まぁ……碓氷はこの地の管理者だから、新たに春日の地に家を構える……工房をつくる場合は私に挨拶して許可を取らなきゃいけないんだよ。ここで外道に落ちる魔術師、あ、協会の規則に反して魔術を悪用するのとか、魔術回路が止められなくなって自滅するやつのことだけど、そういうのを止めないといけないし。だから基本私は春日に住む魔術師は大体わかるんだけど」
滔々と説明をしながら、明は困り果てていた。はっと我に返ると、こんな人の多い場所で魔術の話をするべきではないことに思い至った。
明はセイバーの手を掴むと、振り返りもせず電車に乗ることもせず、春日駅から雨の降る空の下に出た。
水が跳ねてブーツが汚れることも気にできず、明は人の中を歩きすすむ。
「これでマスターにもアサシンのマスターを殺したことを確認できたと思う。まずは一人だ」
セイバーは呑気に、むしろ楽しげに話しかけてくるが明はそれどころではなかった。
確かにセイバーは魔力を一滴も使わずに仕留め、魔力だって戦闘に使用していない。
だが魔力を使っていないとはいえ、アサシン染みた行為をするにしても駅前なんて場所ではなく、もっと人気のない場所でやってほしかった。それに今回は幸運にも何もなかったが、もしギリギリのところでアサシンのマスターが令呪を使用できてアサシンを呼び寄せていた場合、真昼間の駅で魔力を使った戦いが開始されていただろう。
そうなっては神秘の秘匿も何もあったものではない上に、関係のない人を巻き込むことになる。
明は周囲には魔術師として振る舞っているが、「根源にたどり着くためには、神秘を秘匿できれば何人死んでも構わない」というほどの心はない。良心というには小さすぎようが、人は死なない方がいいと思っており、ましてや一般人を巻き込むなど以ての外だった。
(……マスターを殺すのは仕方のないこと……だけど、これは……)
聖杯戦争に参加したマスターの身の保全を請け負うほど、明は余裕があるわけでもお人よしでもない。だが、セイバーの殺し方はどうだろう。
先ほどの説明では完全にやりすぎの感がある。殺すだけなら、首の骨を折った時点で完遂できたはずだ。首を捥いで、心臓を破る必要はない。
頭が混乱状態で、明は肝心のことより周囲のことからセイバーに問うた。
「……なんであんな殺し方したの?」
「あんな殺し方とは?」
「……多分、セイバー必要以上に相手を攻撃したよね」
「殺すならば徹底的にしたほうがいい。生き返られても困るからな」
顔色一つ変えず告げるセイバーに、明は言葉を失った。
おそらくはセイバーは全てを「良かれ」と思ってやっている。
何を間違えたのか――明はこれまでのセイバーとのやり取りを反芻し、呻いた。
(……私に非がないっていいきれない)
そもそも最初にセイバーは「俺は手段を択ばない」と言っていたが、明はそれに諾とあまりにも簡単に返してしまっていた。セイバーは「どの程度」手段を選ばないのか、しっかり確認を行っていなかった。サーヴァントに現代の知識はあるが、感覚は違う。
けれどそれを差し引いても、まだ聖杯戦争は序盤なのに悪い意味で明はセイバーには意表を突かれたばかりだと思った。これを放置していては、後々大変な禍根を残すのではないか――勘だが、そんな気がした。
明が逡巡するのを知らずに、セイバーも別の事を考えているようで質問を続けた。
「思うのだが、その春日の魔術師の中に他のサーヴァントのマスターも多いのではないか」
「……私とエーデルフェルトとアサシンのマスターを除いて……いや、アインツベルンのマスターがいる可能性が高いからあと二人……」
聖杯は御三家、今回は御三家に準じる家に令呪を優先的に与え、それでマスターが揃わなければその土地から魔術師を選ぶ。確かに春日の魔術師が選ばれている可能性は高い。
「春日在住の魔術師は何人、いや何家ある?」
「今は二家だけど……」
「その家の魔術師を全部殺せば結構手っ取り早いと思う」
明は今度は間違いなく眩暈を覚えた。しかし眩暈で倒れている場合ではない。
ここでセイバーは一応相談を持ちかけているだけまだましと考えよう、と明は自分に言い聞かせる。
「どうしたマスター。具合でも悪いのか」
唐突に呻きだした主人に、セイバーは慌てて声をかけた。
「あーやー……自分のバカさ加減に死にたくなってるだけだから……」
「マスターが死んでは俺も消えてしまう、死ぬな」
明の死にたいは当然ものの例えである。明自身もセイバーがたまに口にする古代ギャグのようなものを笑うところか何なのか分かっていないが、セイバーも大概冗談の通じない質だ。
明は家から出てきてから、初めてセイバーの顔を直視した。
「……私魔術礼装を昨日からいじっててあんまり寝てないんだ。家に帰ったらちょっと横になる。セイバーは家で大人しくしてて」
「……わかった」
雨は雨足を強めもしないが止むこともなく振り続けている。明は速足で歩きながら、再び重い思考に浸かり始めた。
だからその後ろ姿を、セイバーが瞬きもせずにじっと見つめていることに気づきはしなかった。