「――がそう望むなら未来永劫、この国で『
父帝が、噂で聞いた美しい二人の
しかし兄の大碓命はその美しい二人の嬢子を己の妻とし、他の女を父帝に捧げてしまった。
けれども父帝は、その二人が自分の召した嬢子ではないとおわかりになってしまった。
そして大碓命も、今更ながら自分のしてしまったことに恐れおののき、父帝と顔を合わせない為に朝夕の宮中行事に参加しなくなってしまった。
そうなってから暫くしたある日、帝は弟の小碓命を呼んでこう仰せになった。
「お前の兄は、朝夕の行事に出席しないな。私は兄に会いたいから、お前から諭してよくしてやりなさい」
まだ年端もいかない少年であった小碓命は、父から任されたことに喜んで諾と申し上げた。
真実、父帝は御怒りであっただろう。兄の行いを知っていた小碓命は、父帝の思いを自分なりに推し量り、父帝の望むことをしようと思ったのである。
―――父帝は大層お怒りだ。
―――それこそ、ご自分で兄をお呼び出しになって、葬りたいとお考えになるほどに。
神世の血を覚醒遺伝的に受け、見た目の華奢さとは裏腹に大の男に勝るほどの膂力を持った小碓命は、兄の手足をもいで殺し、便所に捨てた。
―――これで父帝もご満足なさるはずだ。
そう期待に胸を膨らませて。
数日たっても、大碓命は顔を出さない。不審に思った帝は、小碓命にこうお尋ねになった。
「お前の兄はまだ行事に顔を出さない。ちゃんと話をしてくれたのか」
小碓命は晴れやかに笑って答えた。「ええ、もちろん」
疑問をお持ちになった父帝は、再びお尋ねになった。「どのように話したのか」
小碓命は晴れやかに笑って答えた。「兄が厠に入った時、掴んで、手足を引き裂いてそのまま捨てました」
小碓命はそのまま父帝の「よくやった」という御言葉がもたらされるのを待った。
だが、もたらされたのは恐れを孕んだ、冷たい御眼差しのみだけだったのである。
父帝はこの時、小碓命を大層荒々しく、また残酷な心の持ち主だとお思いになった。
小碓命は父帝の意図を誤解していた。父帝は確かにお怒りでもあったが、同時に自分の息子を許そうという御気持ちも持たれていたのである。しかし話が話なだけに、表だって話すべきことでもないので、直接大碓命と二人でお話になりたかったのである。
そして父帝も小碓命を誤解なさっていた。小碓命は荒々しい性格では決してなく、自分なりに尊敬する父帝のためを思い、喜んでいただけると思って兄を殺したのだ。
この時、小碓命は父帝がお喜びにならなかったことに首を傾げることしかできなかった。
*
「……今の夢は……」
明はゆっくりと目を開いた。眠りにつく前はまだ薄明るかったのだが、すでに日は落ち切っている。自室で、手元の明かりをつけて目をこすった。
まだ幼い少年と、その兄、その父の話だ。夢で展開された話は、明もよく知る伝説と酷似している。古事記にある、景行天皇を語る部分にある小碓命の話だ。
「……セイバーの、過去?」
サーヴァントとマスターはパスでつながれている為に、過去の記憶を垣間見たのかもしれない。もしそうだとしたらサーヴァントとはいえ、気持ちのいいことではない。
(……寝るときは意識をカットしよう……)
若干の申し訳なさを感じつつ、明はのっそりと立ち上がった。
睡眠で頭も幾分すっきりし、やらなければならないことも思い出した。むしろ、やっと決心ついたというべきか。
階段を下りていくと、リビングにて電気をつけたまま、セイバーはまるで彫像のように身じろぎひとつせずソファに座っていた。もたれかかることもなく背筋を伸ばし、宙の一点を見つめている。
てっきり部屋の炬燵で眠っているとばかり思っていた明は、少し驚いた。
隣の食堂にあるテレビがついたままのようで、今ではセイバーの起こした事件が「白昼の通り魔」「謎の女」などと扱われているのが明の耳にも聞こえた。
またここ数日で医療事故・連続殺人・謎の通り魔と凶悪な犯罪が立て続けに起きている春日市が大きく取り上げられている。
―――やっぱり、まずいな。
バーサーカーによると思われる連続殺人もそうだが、魔力を使っていないとはいえ白昼堂々とした暗殺もまずい。このままマスコミに取り上げられるような事件が続けば、夜だけの聖杯戦争もやりにくくなる上に神秘の漏えいにもつながる。なにより、関係のない一般人の不安をいたずらに煽る。
おそらくセイバーは文句タラタラに言うだろうが、やはり許すことはできない。
明にどうあっても許可できない一線があるとするなら、まさにこのことに他ならない。
はっきりと伝えなければ、と決めて眼下を見れば、微動だにせずセイバーが座っている。
明がいることに気づいているのかいないのか。もしかしたら目を開けて寝ているのか。
「……セイバー?」
「……!マスターか」
どうやら本格的に気づいていなかったらしく、セイバーは目を丸くしてソファからずり落ちそうになっていた。炬燵にもぐって動作が遅くなることはあっても、返事だけはきちんと返す彼にしては珍しい。
「……何してたの?」
「………特に、何も」
「……そ、そう」
妙な沈黙になった。とても気まずい。セイバーもセイバーで妙に挙動不審で、ちらりと明を見てはすぐに目を逸らしている。いつもはどうかと思うくらい目を合わせてくるタイプなので余計に奇異に見える。明は自分を鼓舞するように手を打った。
「セイバー、お腹すいたからご飯食べよう。今から作るけど何食べたい?」
「……作ってくれるなら何でも構わない」
今までに何度か食事をこしらえたことはあるが、セイバーは特にリクエストをしない。出されたものは米粒一つ残さずきれいに食べるが、量を多く求めない(サーヴァントに食事は要らないが、効率は悪いが魔力回復につながる)。
いただきますとごちそうさまを言い行儀よく食べ、やたらと沢庵を摂取するがその程度だ。あまり作り甲斐がないと言えばないが、文句を言わないのでそれは助かる。
あまり時間をかけたくなかったので、明は余っていた肉じゃがにカレールーとうどんをいれてリサイクルカレーうどんを作った。それと野菜を切ってドレッシングをかけるだけの簡単サラダだ。一人暮らしの大学生がこれだけやれれば十分だろうと明は思っている。
のそのそとセイバーはリビング隣の食堂に顔を出した。テレビをつけたまま、六人掛けのテーブルについて二人でいただきますと言って食べ始める。明もセイバーも喋るときは喋るが、多弁な質ではないため食事は静かなものだ。
黙々と食事をする音だけがして、ある時セイバーは箸を止めて静かな声で尋ねた。
「マスター」
「何」
「……その、なんだ」
セイバーは妙に歯切れが悪い。今までの言動からすれば、言うべきことははっきり言うタイプなだっただけに妙だ。
「……俺は何か、間違ったことをしたか?」
明はゆっくりと頭を振った。大丈夫、と彼女は自分に言い聞かせてから、ことりと箸をどんぶりの上に置いた。
「そんなことはない。聖杯戦争に臨むサーヴァントとして、セイバーの行いは間違ってない。――でも、私の質問に答えてほしい」
ここでしっかり意思疎通を図らないと――明は一度唾を呑んだ。
「前に『できるだけ一般人を戦争に巻き込んではいけない。宝具の使用も時と場所を考えて』って言ったと思うんだけど覚えてる?」
「ああ」
「その時にさ、セイバーはじゃあ『どれぐらいなら一般人を巻き込んでもいい』って思った?何時どんな時なら宝具を使ってもいいって思った?セイバーの思った通り、素直に答えてほしい」
セイバーは腕を組んで、暫し沈思黙考したのちはっきりと答えた。
「この市……春日の人間がいなくなる程度ならよい。宝具の使用は昼より夜が望ましい。場所はどこでも構わない。俺の第一宝具は融通が利くが、第二宝具は見境なく周囲を巻き込むから、直に宝具を見られる位置にいる一般人は死ぬだろう。死人に口はない」
予想はしていたが、明は流石に二の句が継げなかった。明のできるだけ捲き込まないは巻き込んでもせいぜい数人くらい、セイバーのような対城宝具は当然夜に、場所は山や海など、とにかく人気のないところでと思っていたのだ。
明は、無条件にセイバーが同じ意識であると勘違いしていた。ここまで違う解釈をされているとは考えなかった――否、たとえ勝つために人食いを止む無しとしていたとてしも、あの日本武尊がこの国の人々を無為に死に至らしめることを全く厭わないとは考えていなかったのだ。
いや、それよりも。
―――「その、地図が置いてあるようなところはないか」
悠久にも等しい時を超えて、彼の愛した国がまだあったことを喜んだ彼の姿。その姿が嘘偽りにはとても見えず、明は自分でも気づかぬうちに「このようなセイバーは決して一般人を巻きこみ、無意味な災厄を起すことはない」と思っていた。
明は慎重に言葉を選びながら、重ねてセイバーに問う。
「……この市にはたくさんの人が住んでる。駅とか見たでしょ?そんな宝具の使い方をすれば、たくさんの人が死ぬ。セイバーはこの国の人がたくさん死んでもいいの?」
聞きながら、明には半ば返ってくる答えに予想はついていた。
そして、あたかも朝日は東から上り、西に沈むと当たり前のことを言うように。何がおかしいのかと問いかけてくるようにセイバーは口を開いた。
「今や大和の国には一億を超える民がいると聞いた。その中で一つ二つの街が消えようと国が亡ぶわけではないだろう」
僅かな軍勢で東国の荒ぶる神々を従え、国土を平定せし護国の英雄。
そう、彼は本当に大和と言う国のために戦い、鎮め、護ったのだろう。
けれど、彼は一度として「人」を救ったことはない――――
セイバーの「愛した大和」には、そこに住まう人々が含まれていない。
父の景行天皇は息子の「荒々しい気性と残酷な性格」を恐れたと言うが、本当に恐れたのはその点ではないのではないだろうか。
夢の中の小碓命、アサシンと勝手に戦い、真昼間にそのマスターを殺害したセイバー。
彼はそれをすべて「父帝に/マスターに、良かれと思って」行っている―――。
もとよりセイバーに悪意などない、いや、善悪の基準が曖昧とでもいうのか。彼にとって暗殺は一手段であり、同時に正々堂々と正面から叩きのめすことも一手段であり、彼が暗殺と言う手段を選んだとしても単に最も効率が良い方法だから、と言うことに過ぎない。
正々堂々も、だまし討ちも「相手を殺す」という結果は変わらないのならそこに優劣は存在しない。
今思えば、セイバーが最初「俺は手段を選ばない」と言った時、あれでもセイバーはかなり頑張ってマスターの意を汲もうとしていたのだ。聖杯からの知識を得て、己が当然とするやり方を必ずしも良いと思われないことを知ったのかはわからないが、明にそれを伝えようとしたのだ。
しかしそれにしても、加えて今までの言動を振り返ってみると――
「……セイバー」
「なんだ」
「セイバーってさ……私も人のこと言えないんだけど……」
「?」
「天然っていうか……」
「??」
「……コミュ障……?」
流石に聖杯は限りなくどうでもいい現代スラングの知識までは与えない。頭にハテナを浮かべながら、セイバーは真顔で真剣に「「こみゅしょう」とはなんだ」と聞いてくるのであった。
若干親近感を覚えたものの、明は意を決してセイバーに言わなければならない。
このままセイバーの好き勝手にさせてはいけない。いや、本人は「良かれ」と思っているのだからなおさら質が悪い。
勢いよくテーブルに両手をつき、黒い瞳を合わせる。
「最初に手段を選ばなくていいっていったけど、あれはなし。手段を選びなさい、セイバー!」
セイバーは訝しげに明を見ている。明はセイバーに人差し指をつきつけ、はっきりと宣言した。
「魔力を使って戦ってるのを見られたとき以外は一般人死者を出さない!そして明らかに「人に見られるだろうな」って場所では戦わない!街中でその……第二の宝具を解放しない!宝具を使っていいのは山の中とか、海の近くとか、とにかく人気のないところじゃないとダメ。マスター殺しは……禁止しないけど、魔力を使わなくても駅前みたいな人の多いところでは禁止。誰にも目撃されないくらいのレベルじゃなけりゃ禁止!」
「マス「そしていつでも戦闘行動をとる前とかには確認を取るようにしなさい!あと、マスターを殺すときには不必要に死体を傷つけない!昼間みたいなのは完全にやりすぎ!」
「明!」
一気にまくしたてる明に、セイバーも声を張った。
予想はしていたが、セイバーは言いたいことがありげに明を睨んでいる。
「それらの条件が望みであれば、俺は今マスターが言った条件下で戦う。だが一つ聞きたい。――マスターは本当にこの戦争に勝つ気があるのか?」
明とて、自分の提示している方策がセイバーの力を削ぐものであることを自覚している。
白兵戦に強いセイバーだが、彼は暗殺・奇襲も得手とする。それを封じようというのだから。
セイバーの鋭さに怯んだが、明はそれでも負けじと睨み返す。ここで怯んでしまっては、全てが瓦解する――後々惨事を引き起こすに違いない――そう感じた。
「あるよ。だけどこれは魔術師の戦いで、それ以外の人を巻き込むべきものじゃない」
明は聖杯そのものに興味はく、何事もなく聖杯戦争が終わればそれでいいと思っている。つまり彼女自身が勝つ必要もないと言えばない。だが、さすがにここで「別に勝たなくてもいい」など言ったら令呪を使う前にセイバーに千切り殺されそうで言えなかった。
セイバーは明の言葉を鼻で笑って返した。セイバーがあからさまにバカにしたように見てくるのはこれが初めてだった。
「いつまでそんなつまらないことを言っていられるか見ものだな。明、いいか、勝たなければ意味がない。勝つことは生きること、負けることは死ぬことだ。勝つことでしか道を開くことはできない」
「セイバーにとってはつまらないことかもしれないけど、私にとっては大事なことなんだよ。関係ない人を巻き込んで死人を出して、私だけ勝って生き残ってもしょうがない」
考えに違いのあることはもはやどうしようもないことだ。それくらい明とて百も承知している。
だが、セイバーの戦い方は後々大きな被害を生みかねない。
ゆえにセイバーの方針は、明にはどうしても許容できないものであった。
「甘い。この戦いに於いて勝つこと以外を求めるべきではない。慢心驕り油断は勿論、甘さも見てくれも全て捨てろ」
明は静かにテーブルの下で、己の右手の甲にある痣を撫でながら、静かに問うた。
「……じゃあなたは勝つために全てを捨てたの?日本武尊」
「そうだ。俺の名は日本で最も強き者という意味だ。俺の望みは、他サーヴァントを殺して最後の一騎となることだけ。俺の目的は俺とマスターが勝ち残り、最強を証明することだけ――それは以外は何もいらない」
セイバーの言葉には揺るぎがない。召喚した夜に教会で願いを尋ねたときと同じ強さが今もある。
「そっか」
明は静かに深呼吸をした。いきなり大人しくなったマスターを訝しげに見てくるセイバーに向け、手を伸ばした。手の甲にある痣が鋭く赤い光を発し、さらに膨れ上がる。
そして明は意を決し、高らかに命じる。
何か勘付いたセイバーは手を伸ばしたが、それよりも明の方が早かった。
「令呪を以って我が傀儡に命ず!我と意思を通じ、我が意に反する行動を禁ず!」
「まさかマスターがこんな下らないことに令呪を使うとは思わなかった!」
セイバーはすっかり機嫌を損ね、呆れ果てたと言わんばかりに明に怒鳴りつけた。
かつての英雄とはいえサーヴァントとして現界している体は、意思にかかわらず令呪の強制力には逆らえない。普通の人でも意思に反することをさせられては屈辱であろう。
それが古今無双の英雄となればなおさらである。
「言いたいことは山ほどあるが、令呪などに強制されずともマスターの方針には従う!」
「怒ってるのはそっち!?」
わかんないサーヴァントだな、と思っているのが全く堪えていないように見えたのか、セイバーはさらに語気を荒げて怒鳴った。
「大体令呪の効力は期間が短ければ短いほど、目的がはっきりしていればしているほど効果が上がることくらい知っているはずだ!それをこんな漠然としたことに使っては無駄遣い以外の何物でもない!!痴れ者が!」
「でも若干の効果はあると思うんだ。自分で言うのも何だけど、私魔術の素質はあるからさ」
明が令呪を使うことで最も恐れていたことは、セイバーとの関係が完全に決裂することだった。だが、セイバーが斜め上の怒りを飛ばしてくるために妙に落ち着きを取り戻していた。
「……」
明の言うとおり、セイバーとて違和感に気づいている。何か体が重いのだ。自身の内側から大きな力が動きを抑制しているような感じ。しかし重いだけで体が言うことを聞かないわけではない。
動けるが、パラメータが一ランク下がる感覚だ。
セイバーが明を見ると、彼女は得意げに笑っていた。
「私の意に反することを禁ず、って言ったでしょ。期間も限定してないしアバウトな命令だから、セイバーを本当に止めることはできないけど、何か体に違和感はあるはずだよ」
セイバーは静かに頷いた。
「セイバーが聖杯戦争に関して行動しようと思うとき、もし違和感があったらそれは「私の意に反すること」をしているってことになる。緊急の時は仕方ないかもだけど、違和感があったら一回行動を止めて、立ち止まるとかしてほしい」
「……なるほど。一つの意思疎通手段が増えたと考えれば良いのか」
明は令呪によって、強制的にパスによるつながりを強化し、明の思う「禁止事項」を刷り込んだ。
それに抵触する行動を取ろうとするとき、セイバーの体に違和感が生じる。それによってセイバーはそれが「マスターの望む行動ではない」と感覚で理解できる。
明は何でもないことの様に言うが、『自分の意思に反する行動の禁止』と具体的な命令でもなく期間の区切りもない命令を若干とはいえ有効にできるのは、明の魔術的素質によるところが大きい。
「もしかしてマスターは、俺が思っている以上に優秀な魔術師なのか?」
「素質はあるって言われてるけど、研鑽期間が足りないからどうなんだろうねぇ?」
問われた明はあまり興味がなかった。それより、この令呪の使い方によるとある副作用に思い至り、眉間に人差し指を当てていた。
(……というか実質サーヴァントとのつながりの強化しちゃったし……私の精神とセイバーの精神がより混じりやすくなったってことだよね?)
プライバシーもへったくれもないと明は唸った。
意思疎通手段の増加という点で考えれば、令呪もあたら消えたわけではないと思ったセイバーは、落ち着きを取り戻して静かに口を開いた。
「……マスターの方針には異議はあるが、従おう。だがそうすると、本格的に俺の宝具はゴミだな」
「ゴッ……」
英霊が持つ伝説にまつわる最強の武装。
明が空いた口を塞げないでいるのに気づいていないのかいるのか、セイバーは喋り続ける。
「草薙剣の方はよいが、神剣のほうはダメだな。放つまでに溜めの時間が必要で、一回使えば周囲は何もなくなる、おまけにあれは燃費が悪い。まぁ、戦場を山か海にできればまだ使いようはありそうだが」
「……燃費が悪いの?」
セイバーは人差し指を立てて説明する。「元々神剣は俺の物ではなく、素戔嗚様から借り受けている神によって造られた神の為の剣だ。人の身である俺には、生前から持て余すモノであったからな。まぁ持ち主が持ち主だからな……とかく雑な宝具だ」
三貴子の一に対して何やら酷いことをさらりと言ってから、セイバーは明に向き直った。
「……ところでマスター、改めて聞くが本当に俺は穴熊を決め込んだままでいいのか?」
今までは穴熊に見せかけて出撃すればよいと思っていたセイバーは、明の命を受けてからそう聞き返した。二十五日を入れれば聖杯戦争が始まっておよそ四日、教会・ハルカと裏で結び、現在はハルカのランサーが偵察をしているが今の所梨の礫だ。
明は渋い顔で目をそむけた。梨の礫ならまだいいが、一つ困ったことがある――人を殺して回っているという、バーサーカー陣営。管理者碓氷は、これを放置しておけない。
教会はバーサーカーを優先して始末することに諸手を上げて賛成してくれるだろうが、それをハルカ―――ランサーのマスターが賛成するかは別の話である。明は管理者と言う立場上、バーサーカーを優先する義務があるが、ランサーのマスターにその責任はないのだ。
言葉を濁す明を見て、セイバーはにやりと笑った。
「……ほう、何かやるべきことがあるという顔をしているな、マスター」
「……まあ、あるといえばあるし、ないといえば……あるね」
にやり、と笑っていたセイバーはマスターのテンションの低さ、いや締まりのなさにあきれた。
「……どうしてこう俺のマスターは締まらないか」
おそらくこの事態ゆえに、教会もセイバーの出動を否まないはずだ。事後報告になるが、さっそく今日から動くべきである。
「とりあえず、今日はここ周辺だけでも探ってみよう」
*
夜更けの教会にはまだ明かりが灯っている。橙色の光がステンドグラスを通過し、窓の外にぼんやりと色づいた光を投げかけている。暖房をつけて温めているが、天井の高く広さのある教会全体を暖めるには不足がある。
祭壇に最も近い長椅子に腰かけ、足を組んで座る御雄神父は口元に手を当てて笑った。
「ふふふ、始まったばかりだと言うのに波乱だな」
「お父様、笑いごとじゃありません!」
御雄の様子に対し、シスターの美琴は落ち着きなく教会を歩き回っている。
彼らが話し合っていることは、聖杯戦争が始まってから起こった事件の数々である。
一つは、教会・ランサー陣営・セイバー陣営で共闘する方針を決めたのにいきなり足並みを乱すセイバーの行動。さらにセイバーは昼間の戦闘行為は基本御法度であるのにもかかわらず、しかも駅前と言う衆人環視の場所で戦闘を行った。まだ正式な報告が明からあったわけではないが、犯人の特徴と経過を考慮するとセイバーに間違いはないだろう。
「明は一体何を考えているのかしら!あの子が進んでそんなことをするとは思えないけど……」
美琴の知る碓氷明という女性は、あまり押しが強くないがマイペース、魔術師として優秀で日々研鑽に励む真面目な人間だった。管理者としての仕事も果たし、神秘の漏えいの恐れがあることはしない筈だ。
「明の報告にもあったが、逸ったサーヴァントが偵察くらいはいいだろうと打って出たそうだ。まだ二人の連携がうまくいっていない……振り回されているのだろう」
サーヴァントは歴史に名を遺した英雄達だ。それに明は人づきあいのうまい方ではない。そういわれれば美琴は納得するしかない。
「そうは言っても、明はセイバーを召喚してから一週間以上経っているのよ。いつまでもそんな状態では困るわ……ランサー達がどう思うかも気になるし、なにより」
目下、一番の問題はこれである。
一般人を襲い、魂を食らっていると思しきバーサーカー陣営の存在だ。既に十名以上の被害者が出ている。
監督役としては、ひっそりと魔術師のみで行う戦いに、多くの一般人に被害を出すことは好ましくない。――人命を尊んでいるわけではなく、騒ぎになることで「神秘」が一般に漏れることを恐れるからである。
他の陣営で、この事件がバーサーカーのせいであると知っている者がいるかは不明だ。そしてたとえ知っていたとしても凶行を止めるかどうかはますますわからない。
かつて冬木の聖杯戦争では、ある陣営が暴走して一般に大きく神秘が漏えいしかねない事態に陥りかけたことがあった。だが、その時は其の陣営を倒した陣営に「令呪を一つ与える」という褒賞を出し、他陣営を動員して討伐しにかかったことがあるという。
もし此度の戦争でそれほどまでに被害が拡大するのであれば、監督者権限を使用してバーサーカー陣営討伐の為に他の陣営を動かすこともできる。
だが、先の事例のように「褒賞」とする令呪を御雄たちは持っていない。春日は一回目の聖杯戦争ゆえに、前回からの引き継ぎ分の令呪が存在しないのだ。
それにそこまで被害規模が拡大してしまうと、魔術協会も黙っていない。より事態がややこしいことになる。其の為、春日の管理者である明――できるならばハルカ――には速やかにバーサーカーを倒してもらうことになる。
「そうだな、明日連絡の際に伝える」
「直接会えないのが面倒だわ、もう」
「お前が苛立っても仕方ない。今日はもう休め」
「……お父様、何か楽しんでいませんか?」
御雄は労わるように美琴に声をかけたが、美琴がじっと見つめ返してくる。
御雄は苦笑した。養女ながら鋭いところがある。
「……元は神域と呼ばれた御三家が生み出した大儀礼。元魔術師ゆえかな、魔術に未練はなくとも興味深いとは思っている」
「……もう、しっかりしてください!私たちには私たちの役目があるんですよ!」
「わかっている。しかしそう焦るな。まだ始まったばかりなのだからな」
御雄は美琴の背を押して、奥の居住区画へと促した。
そう、聖杯戦争はまだ始まったばかりなのだ。
祭壇の下には暖炉が焚かれている。暖炉の上に十字架に張り付けられたイエス・キリスト像が掲げられている。像は上からも下からも光に照らされて、薄い影を幾重にも織りなしている。
前述したが、聖杯戦争は戦争の素人たちが行き当たりばったりに戦うバトルロワイヤルだ。
実に危なっかしいことだと、御雄は考える。理論だった戦略がない分、逆に次に何をし出すかが分からない。かと言って、御雄にも戦争の経験があるわけではない。
「しかし、聖杯戦争を私たちは行わなければならない」
この儀式を完遂する事、それが神父の思うことだった。
暖炉の焔が薪を弾いて、一際赤く燃え上がった。
☆割とどうでもいい設定
聖杯から知識もらってるから、召喚者をマスターと呼ぶってことはサーヴァントら皆知っている。しかし日本の英霊なのでどいつもこいつも「横文字慣れんわ」って思っている。
よって大体のサーヴァントはマスターを呼ぶときマスターと呼ばない。
(ex.弓と槍は名前。槍は名前も横文字だけど……)
律儀に「マスター」と呼びかけるのはセイバーくらい。
セイバーも内心「慣れないな」と思っている。