Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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第1幕 兵は凶器
11月29日① 兆候


 どうやら本当に自分とマスターの相性は駄目らしい。アサシンはショッピングモールの屋上で霊体化したままため息をついた。

 一昨日の謎のサーヴァントから襲撃を受けた後も、武器を使っていないサーヴァントに攻勢に出られない体たらくに怒鳴り散らされた。大西山での拠点構築にこだわるマスターは、アサシンの発見した山小屋に結界を張ろうとするも、アサシンが言った通りに魔術が思うようにできず相当手こずっていた末に諦めてしまっていた。

 

 今日は今日とで買い物の為に従ってついてきたが、些細なことで口論し夜になるまで戻ってくるなと言われてしまった。安全のために、と一応お義理でやめた方がいいとは言ったが、令呪を使いかねない剣幕で追い払わられた。

 

「こりゃいっそマスタァーには令呪を使い切っていただく方向で……」

 

 折角だから遊んで行こうと思うが、持ち金がない。どこかで盗んでもいいのだが、基本まともに働いている庶民から盗むのは趣味ではない。

 

 そんなとりとめのないことを考えていた時、アサシンは急に魔力供給に異常を感じた。

 この感じは、マスターが命の危機に瀕していることを示している。

 

 本当に危機が迫れば令呪を使うだろうと思うが、何故使わないのかはわからない。とにかくパスを辿りマスターのもとへ急いだ。令呪のバックアップがあれば魔法にも等しい空間転移ができるが、今は全速力で駆けるしかない。

 

 

 曇天の下に濡れた地面、色とりどりの傘が動いていく。場所は春日駅、先ほどマスターによって、中から追い出されたコーヒーショップ。外に面したガラスが大きく破損していて、何か騒然としている。人の多い駅前から、一人の女が恐ろしい速さで走り抜け騒動の中心から遠ざかる。

 

 その空気はそう簡単に忘れない。大西山に現れた謎のサーヴァント。謎のサーヴァントは、この時代の女学生の服装を血に汚して雨の中を走り抜けた。その女とアサシンと目があった。だがそれは本当に目が合っただけで、そのサーヴァントはすぐに目を逸らして駆け抜けていった。

 

 

 アサシンは全てを悟った。

 

 すでに己がマスターとのパスは切れている。アサシンのマスターは死んだのだ。もしこれが夜ならばかのサーヴァントはアサシンを葬りに来たかもしれない。だが、今は昼。ゆえに追ってくることはなかった。また単独行動スキルのないアサシンは、マスターがいなくなった故に勝手に消えると判断されたのかもしれない。

 

 

 ―――ここまでが昨日の昼の話である。

 

 昨日の小雨から、今日は低く垂れこめた曇り空である。昨日の夕方には雨は止んだが、未だ暗い空が泣きそうになるのを堪えている。日の光がなくコートが常に手放せなくなってくる、そういう季節だ。だがサーヴァントであるアサシンに気温の高低は苦痛にならない。

 いや、それどころかすでに触覚、視覚等の感覚さえも失いつつあった。

 

 サーヴァントは依代であるマスターの魔力によって肉体を得て現界する。つい昨日にマスターを失ったアサシンは現界のエネルギー源を失い、今まさに消えようとしていた。寧ろ今の今まで消滅せずに持ったこと自体が奇跡に等しい。 

 

 無論、アサシンにはまだ聖杯戦争を戦う意思がある。元々マスターとは全く反りがあわず、他にいいマスターがいれば寝返ることを計画していたアサシンである。マスターが死んでしまったことは気にしていない。消える一秒前にでも新たに契約できるマスターが見つかれば、戦い続けることができる。

 

 その希望を捨てていないが為に、アサシンは最後の力を振り絞り、その時まで実体化をしているつもりだ。とはいえ彼にはもう歩き回るだけのエネルギーはない。今は亡きマスターからもらった黒い雨合羽をかぶって道端の塀によりかかって座っているだけだ。傍から見ればただの浮浪者である。たまに人が通りかかるも遠巻きにして避けていくだけ。

 

 ぼんやりと空を眺めながら、消えかけの体を抱えながら、アサシンは悲しんでもいなければ憤ってもいなかった。あるのは物惜しさと僅かな安らぎ、それだけだった。

 

 

 ――サーヴァントってのはえらく安らかに死ねるもんだ。

 

 生前、酷く苦痛を伴う死に方を強いられたアサシンは軽い驚きと共に、一つの味気なさも感じていた。だが、それも仕方がないことだった。

 

 

 ――もう俺ァ死人だ。聖杯戦争なんてもんは降ってわいた幸運みてぇなもんで――何でも願いがかなう聖杯を争うっつー、オモシロイもんに参加できるなんざ。

 

 僅かな夢。もう一度束の間の現世を見ようと召喚に応じたアサシンには、確固たる願いはない。

 

 アサシンに生前の記憶は薄い。英霊というものは生前になした偉業のみではなく、死後に生まれた伝説・人々の信仰がある場合にも生まれる。「人々がどのようにその人物を思い、信じているか」が、英霊に大きく影響を与える。

 

 アサシンは生前、偉業を成したわけではない一介の人間であった。だが死後に人々は彼に様々な伝説を思い、書き記した。その人々の想念により、アサシンは英霊の座に招かれた。

 だが、同時にもともとは普通の人間であったアサシンの生前の記憶や人格はその「人々の想念」によって大半が塗りつぶされている。アサシンは生前の人格ではなく、「人々の望むアサシン」に成り代わってしまっている―――それでも彼は、別物になった己を悔やむことも恨むこともなかった。

 

 

 なぜなら、彼もそういう「幻想(ユメ)」を望んだモノの一人なのだから。

 

 

 ――……ま、特に願いがあったわけじゃねーし、構わねーが。

  ……だが、最後に見る景色がこんなつまらんもんとはな。

 

 

 曇天。灰色の道。遠巻きに通る人々。悲しくはない。ただただ、つまらないとアサシンは思う。

 何の因果か、もう一度この現世に招かれたにもかかわらず何もなさず、何も失わず、何も得ずに終わっていく。

 

 二度目の今際の際に瞼に浮かぶのは、見渡す限り山一面に咲き誇る、艶やかな桜―――。

 

 

「……」

 

 何かが呼ぶ。誰かが呼ぶ。消えかかっているアサシンを、引き留める声が聞こえる。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 途切れた糸を、新たな紡ぎ手が繋ぐ。何も失わず、何も得ないと決めつけるには早計だと言うように、新たなマスターを呼び込んで聖杯戦争は巡る。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 幸か不幸か、昨夜の唐突な見回りでは何も起こらなかった。(実は見回りに出かけた直後に、セイバーと明はとある件について再びいざこざを起こし、あまり見回りができていなかった)

 起床してニュースを確認すると昨夜の春日はごくごく平凡平和であり、特に気になる事は見当たらなかった。

 

 そして、明は久方ぶりに大学に出席することを決めた。

 本音を言えば、二十五日に神父が「全サーヴァントが召喚された」と宣言した時から聖杯戦争が終わるまで大学は休んでいようと思っていた。

 明が受けている授業の多くは出席を重視せず、期末のテストを何とか乗り切れば単位は確保できる。少ない友人に頼んでノートやプリントを後から拝借する許可は得ている。

 

 しかし、ゼミはそうもいかない。十人程度の少人数で出席だけなら申し訳ないが暗示をかければなんとかなるが、授業内容は違う。二三回休んでしまうと見事に置いてけぼりを食らってしまう。

 金曜日は其のゼミのある日で、かつ試作品の魔術礼装の整備も終わった。そして正直、昼間はあまりすることもないのだ。

 

 ずっと家にこもっていては健康にもよくないこともあり、この日は大学に出席することを決意した。

 

 その大学は春日駅から電車で二駅の文教地区にある、公立大学である。周囲に高校や他大学もあり、静かな環境で勉強ができると売りにされている。そこで明は政経学部で経済を学んでいる。

 

 魔術師の家系の多くは魔術師としての面と、一般社会での一般人としての面を持っている。そして主に一般社会で生活費を稼ぎ、余剰金で魔術の研究をすることが多い(魔術で特許を取れば、その特許料で金を稼ぐことも可能)。そのため、魔導の家系はもともと土地を持っているなど資産家である場合が殆どで、そうでなくとも生計を立てる方法を持っている。

 というわけで明も大学で、一般社会の中で生きるすべを学んでいるわけである。

 

 

「大学、とやらに行くのかマスター。聖杯戦争の最中でいつ何時敵が襲ってくるかわからない。俺もついていく」

 

 セイバーは頼もしくそう言っていたし、もちろん明も一人でふらふらしようとするつもりはなかった(白昼堂々他のマスターを殺害したのはこのセイバーである)。

 

 現界した次の日に購入したジャケットとズボンを着て、セイバーは出かける気満々で一階の玄関前に立っていた。明は明で、「霊体化できれば電車賃浮くのに」などとけち臭いことを考えていた。

 

 

 駅から徒歩三分の近さで、駅の目と鼻の先に大学はある。セイバーは護衛が目的の為、当然の如く明と行動を共にする。校舎は良く言えば歴史があり悪く言えば古い。二限目から授業を受ける生徒は多い為、キャンパス内は学生が多く歩いている。

 

 二限目の一般教養の授業は大教室での授業のため、若干高校生が紛れている感じはあれどセイバーも堂々と混ざって授業を受けた。神妙な顔をしているから興味をひかれることでもあったのかと思いきや、終了しても動こうとしない。明はセイバーの腕をつっつくとビクッと身じろぎをしていた。どうやら目を開けて寝ていたらしい。

 その後の昼休みには、明の友達もまだ来ていないためセイバーと学食を食べた。

 三限はゼミで二限目のように堂々と紛れることはできない。セイバーは当然の如く教室のすぐ外で待つと言った。

 

 

 ゼミで使う教室は三号館の地下にある。三号館は近年建てられた建物で、他の校舎と比べて妙にモダンな作りになっている。地下含め五階建てで、もちろんエスカレーターも動いている。白い長机四台を長方形に並べ、ミーティングで使用しやすいようにしている。

 

 

 ゼミの時間は無事終わり、明は広げた資料を集めていた。

「最近どうしてたの?碓氷全然こなかったじゃん!」

 

 其の時、明に話しかけてきたのは同級生の青森日向(あおもり ひなた)だった。ショートカットの似合う活動的な友達で、一年のころから語学で同じクラスになり、なんとなく馬があって仲良くやっている。

 

「明ちゃん久しぶりー。今週一回も見てないけど、病気かなんかだったの?」

 

 ワンテンポ遅れたまったりした声で話しかけてきたのは、相楽麻貴(さがら まき)だ。癖のある茶色の髪の毛を背中の中ごろまで伸ばし、ワンピースをよく着るかわいらしい雰囲気の友達だ。少しばかり久々に会った友達に和みつつ、明は席を立った。 

 

「あーちょっといろいろあってね」

「明ちゃん、この後学食でケーキ食べない?」

 

 それはいいねと生返事を返しつつ、明は何かを忘れているような気がする。今日ケーキの日だっけなどと言いながら、次の授業で教室を使う人たちのために三人はそそくさと教室を出た。

 すると、なにやら廊下にちょっとした人だかりができている。三人は何だと訝しく思っていたところ、その人だかりの中心にいたらしい人が三人に向かってくる。

 というか、それは、「終わったかマス「ちょっとこっち来てくれるかなセイバー!!」

「「セイバー??」」

 

 

 しまった、と気づいた時には既に時遅し。

 友人の二人は一度顔を見合わせてから、不思議そうに言った。

 

「何人?」

 

 

 

 

 

 再び学食。昼食時の混雑は遠のき、次の授業まで暇を潰している者、学習を行う者たちが大半を占めている。その学食内の四人掛けテーブルで、日向と麻貴が明とセイバーを質問攻めにしていた。

 

 すでに明は家に帰りたくてたまらないオーラを出しているが、好奇心に満ち満ちた友人二人と空気を読まないサーヴァントには少しもそのオーラを感じ取ってはいないようだ。

 先陣を切って尋ねてくるのは麻貴である。

 

 

「名前は……セイバーくん?でいいのかな?」

「間違いない」

 次に訪ねたのは日向だ。「碓氷の親戚なんだって?」

「そうだ。今は旅行に来ていて、家に世話になっている」

「男の子の言うのもアレだけど、美人だよね~女の子かと思ったよ!」

「よく言われる」

 

 セイバーはいつもと少しも変わらず、質問に淡々と答える。先ほど「終わったかマスター」と場所と空気を毛ほども考えない発言を仕掛けたサーヴァントを、明は大慌てで物陰に連れ込みその場しのぎでの「設定」を教え込んだ。

 

 明自身が思いっきりセイバーと呼んでしまったので、見た目は思い切り日本人だが、外国で生まれて外国で育ったという無茶な設定にした。現在は奈良に住んでおり、そこから春日に観光しに来ていて、親戚である明の家に泊まっていることにした。

 

 しかし明はセイバーがとんでもないことを答えないかひやひやしながら茶をすすっている。和やかな友人とのティータイムがこんなに肝胆を寒からしめるものになるとは予想外である。

 

「他のゼミの奴らが「碓氷さんとすごく綺麗な女の子?男の子?が歩いてた」「学食に学校で見なれない美人がいる」みたいなこと言ってたけど、セイバーのことだったんだな、きっと」

「ブッ!」

 

 日向が納得したようにうんうんと頷いているが、そこで明はやっと大変なことに気づいて紅茶を噴出した。現界してから基本一緒に暮らしていたためもはや何も思わなくなっていた、かつ行動が予想以上に斜め上でそちらに気がとられていたが、そういえばセイバーは相当に容姿が整っていた。

 つまり無駄に人目を引いてしまう。というかほんの昨日に殺人事件を起こしたばかりである。ニュースでは女、と報道していたから大丈夫だと信じたい。

 

「そういえば、セイバーって明の家に泊まってるんだよな」

 

 日向が面白いものを見つけたと言わんばかりににやっと笑い、そういった。

 どこか含みのある口調だった。何かを察して麻貴まで微妙に笑っている。

 

 

「そうだが」

「明ってお父さんが今イギリスで、一人暮らしだったよな?」

 

 うん、予想はしていた。明は生ぬるい笑みを浮かべつつ友人の顔を見比べた。セイバーは友人二人の笑いの意味を理解していないらしく微妙な顔をしていた。

 

 明は友人の期待をを断つべく口を開いた。

 

「……ご期待に副えず悪いけど、セイバーは別に私の彼氏とかそういうオモシロイ展開はないよ」

 

 日向と麻貴はそっとセイバーを見た。

 セイバーはやっと合点がいったらしく、腕を組んで堂々と明の援護をした。

 

「安心しろ。俺は明の事を女だとは思っていない」

「……ほらね」

 

 笑ってではなく真顔で言われたため、友人二人は予想だにしなかった一刀両断ぶりに固まってしまった。サーヴァントと惚れた腫れたの面倒な恋愛劇を繰り広げたくないので、明としてはいいのだが、ハッキリと女扱いしてないと言われるのも腑に落ちないのは普通の感覚だと思いたいところだ。

 そういえば人の制服を勝手に拝借していった前科を思い出し、明は複雑な顔で何度も頷いた。

 

 

「っていうか私はそんな年下が好きそうに見えるのか……」

 

 セイバーは普通に見ればだいたい高校生くらいの年齢に見えるはずだ。

 すると麻貴が気を取り直し、笑いながら手を振った。

 

「いや、セイバーくんなんとなく高校生っぽくないからさ。高校生よりも上に見えるというか」

「そう見えるのか?」

 

 首を傾げたセイバーに、日向も頷く。「そうだな。あと言葉が綺麗。ちょっといいとこのお坊ちゃんぽい感じもするけど、よくいわれないか?」

 

(いいとこっていうか、古代の皇子様だしね……)

 

 日本武尊の享年は確か三十に手が届くか届かないかくらいの年齢だ。生前の記憶をバッチリ持っているセイバーが高校生らしくないのは道理である。

 明は引きつった笑いを浮かべるが、セイバーが余計なことを言わなかったことに胸を撫で下ろした。

 

 明が意に介していないことを受けてか、「女じゃない」発言からすっかり復活した日向と麻貴はいつの間にか「観光に来てるんでしょ?時間あるときに案内するけどいつがいい?」などと観光案内の約束まで取り付けていた。

 

 セイバーもセイバーで断るかと思いきや、「昼なら構わない」とか返すものだからいつの間にか観光することになっている。どうにかして断る口実をひねり出そうと明は悪戦苦闘したが、日向と麻貴は明から今まで家族の話をほとんど聞いたことがなかったせいか、明の親戚に興味津々だった。

 

 

「あのさ、少し変なこと聞くんだけど……セイバーくんって……」

 

 不意に麻貴が遠慮がちに口を開いた。ちらりとセイバーを見て、何か言おうとしたが「やっぱりいいや」と笑った。明は何かと思ったが、すぐに次の話題に移って流れた。

 

 結局日向と麻貴が雑談に花を咲かせ、明とセイバーが解放されたのは次の授業の時刻が近くなった時だった。日向と麻貴はこの後も講義あるために、二人と別れて三号館へ戻っていく。

 

 授業が始まり、一気に人もまばらになったキャンパス内を明とセイバーは並んで歩いた。明は不安そうな目を己が従者に向けた。

 

「ってかセイバー、日向と麻貴と観光するの?」

「そのつもりだが、何か拙いのか。勿論夜には戻ってくるし、昼にマスターの外出の用があるときはそちらを優先するが」

「そんな家から出ないし別にいいけど、セイバーが乗り気になるとは思ってなかった」

 

 

 明は、セイバーは何を言い出すかわからないあたりが怖いという言葉は飲み込んだ。

 用のないときは基本家でこたつの虫になっていたセイバーである。戦闘以外で進んで外に出歩こうとすることが驚きであり、同時に聖杯戦争とは無関係の人間と進んで関わろうとすることも驚きだった。

 

 

「昼の戦闘はできない為に、することがない。それにマスターの友人の誘いだ。むげに断るわけにもいくまい」

「……微妙な気の使い方をするなぁ」

 

 セイバーが気を使っていたとは一ミリも気づかなかった。しかし使いどころが今一つである。

 よくわからんサーヴァントだなと明が思っていたところ、そちらには頓着せずセイバーは一言付け加えた。

 

 

「それに、俺は観光の類は嫌いではない」

「そうなの?戦争始まる前はこたつで食っちゃ寝だったのに」

「睡眠も食事も好きだ。しかし、戦争前のあれは魔力消費を抑えるためだ。サーヴァントはいるだけでマスターの魔力を奪う」

 

 ただ単にセイバーがニート属性だと思っていた明としては少し驚いた。「そんなに気にしなくていいのに。魔力はナマモノだから、何もないときの魔力はどうせ破棄されちゃう感じだから使ってもらってても」

 

 何となく二人の間に微妙な空気が流れたが、知ってか知らずかセイバーは話を変えた。

 

「そういえばマスター、もう授業とやらはないのか?」

「ん?ああ、今日は終わり。今日は家に帰って教会に報告をして……そうだ、アサシンが消えたかどうか確認をしないといけないし」

 

 明は頷き、これからしなければならないことを思いだして憂鬱になった。

 昨日、セイバーが白昼堂々マスターを殺した件は記憶に新しい。新たなマスターを発見していなければ、そろそろアサシンは現界できなくなっているはずだ。

 昨日の今日で、セイバーが白昼堂々戦闘を行ったことを咎められもするだろう。

 明はため息をつきながら、寒風の中を歩いた。

 

 

 

 

 明が帰宅してセイバーと共に地下室に入ると、予期した通り教会からの使い魔が飛び回っていた。教会の使い魔はあらかじめ術者である明が許可を出しているので、屋敷の中に入ってくることができる。

 明は積み上げられた本を適当に避けて腰かけ、報告を待った。

 セイバーは冷たいレンガの壁に寄りかかっている。

 

 

「待たせたみたいだね。すみません」

『構わんよ。……ランサーから報告が入っている』

 

 使い魔の蝙蝠を通して、教会の御雄神父の声が届いた。

 相変わらず、落ち着く声にもかかわらず好きになれない声だと明は思う。

 

 

『昨日ランサーはアーチャーとそのマスターに遭遇し、交戦を行った』

「ついに動き出した感じだね」

 

 セイバーが視線だけ使い魔に向けたのを感じながら、明は報告を促した。

 

『アーチャーは平安貴族のような衣冠束帯を身にまとっていたようだ。特筆するようなことは特になく、懐に小刀のようなものを入れているが、メインウェポンは当然弓』

 

 平安時代の弓使いと言えば、著名なところで言えば那須与一だろうか、または源為朝。日本史上に弓使いは多い。衣冠束帯だからといって平安時代と決めつけるのは早計で、もしかしたら「海道一の弓取り」と謳われた今川義元のような英霊の可能性もある。

 

『マスターは十六、十七くらいの男。恰好は神職――白衣に浅黄の袴、にコートを着ていたそうだ』

 

 明は机に頬杖をついて逡巡する。自分が言えた義理ではないが、また随分と若いマスターが出てきたものだ。近場にいる魔術師で聖杯に意図せず選定されたのだろうか。

 

 

「神道魔術か陰陽道魔術の使い手?春日だと土御門神社があるけど、春日のアレは霊地でも魔術師が私の所に報告をしに来たことはないし」

 

 土御門家は古来の陰陽師魔術の名家ではあるが、本家はこの春日の地にはない。春日にある神社は分霊社のようなもので、できたのも碓氷が居ついたときより後年の事だ。

 何か問題があれば本家の土御門に連絡して指示を仰ぐ、そういう存在だ。

 霊地ではあれど魔術工房がつくられた形跡もない。神父も同じ考えのようである。

 

 

『他の土地から来た魔術師の可能性が高いな……そして明』

 神父は懺悔に来た者に問いかけるような口調で、続けた。『一つ尋ねたいが、昨日お前のセイバーは白昼堂々、殺人をおこなったか』

 

 明は苦虫をかみつぶした顔をした。教会も教会で放っている使い魔で情報を集めているが、今回は使い魔がいなくても直に知れる。

 駅前という目立つ場所で酷い死体を晒し、犯人は女子高生とのニュースは散々流れている。

 顔が思い切り映っていたわけではないが、神父たちならばセイバーであると直感したはずだ。

 

 

『昨日、昼に駅前で通り魔事件があった。目撃者の話によれば、人間とは思えない殺し方をされていると』

 

 神父は不審、否確信を持っている。明は気を重くしながら、事実を報告した。

 

「……うん。セイバーの仕業。あれはアサシンのマスターだったみたい。マスター殺しは許可したけど、まさか真昼間にするとは思ってなかった」

『やはりか。明、わかっているとは思うが、お前はこの地の管理者だ。神秘が一般に漏えいすることを極力防ぐのがお前の義務だ』

「……わかってる」

 

 耳にタコができるほど、父からも神父からも何度も聞かされた言葉だ。

 自分のサーヴァントの管理くらい自分でしなければならない。セイバーが勝手にやったと責任転嫁することは許されない。アサシンのマスターは明が殺したも同義だ。

 

 

「もうこんなことは起させない」

 

 

 静まり返った地下室で、レンガの壁に寄りかかったセイバーが口を挟んだ。「神父、一つ聞きたい。お前らはサーヴァントの現界状態を知っているのだろう。アサシンはどうなっている」

『アサシンの現界か。早朝にはまだ消滅していなかったが……今一度確認しよう』

 

 サーヴァントの現界を確認する霊器盤は神父の部屋に置かれているそうだ。神父は通信をする際には別の場所から行っているらしい。間もなく通信が再開される。

 

『……アサシンの消滅を確認した』

 

 神父の声にも驚きがあった。これで当初からいなかったライダー、そしてアサシンが省かれ残りは五騎となる。神父はバーサーカーを優先して倒す策を練ることを伝え、通信を切った。

 

 神秘の秘匿、という一点で管理者である碓氷とは友誼を保っているものの、遥に年上で得体のしれない御雄神父とやりとりするのには疲れる。

 明は使い魔を返して気を緩めていると、立っていたはずのセイバーがいつの間にか勝手に机に座っており、不思議そうに首を傾げている。

 

「全く魔術師とやらは面倒だな」

 

 セイバーは神秘の秘匿のため、戦いは夜ひそやかに行われるべきなどの決まりを理解しない。彼からすれば敵を屠るのに最も良い方法を否と言う明は不可解と見えるのだろう。手段に良し悪しはない、結果主義のサーヴァント。日常生活では決定的な齟齬を感じないのに、肝心の聖杯戦争になると表面化する。明はため息交じりに苦笑した。

 

「まあ、面倒なことは認める」

 

 セイバーは明の苦笑を気にかけず、机に座ったまままっすぐに明を見た。

 

 

「アサシンは消えた。残るはランサー、アーチャー、バーサーカー、キャスターだが……昨夜も少々話を聞いたが、バーサーカーを倒すのだろう?」

 

 流石に報告は余すところなく聞いていたセイバーは、これからの方針についておおよそわかっているようだった。ここで躓いている暇はないと明は頷き、今宵からの作戦を告げる。

 


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