「しまった……マジでマズイどれぐらいマズいかと言ったらマジでマズイ」
一成はワンルームの自室で携帯電話を片手に突っ伏していた。午後十一時半、そろそろ人々は床に就く時間帯だ。
夜の偵察に行こうと、神主衣装という魔術礼装を着込んでいざ出発しようとした矢先、何気なく携帯電話を確認した。
昨夜は初めてまともにサーヴァント同士の戦闘に臨んだため、慣れぬ魔力消費で今日は日がなごろごろしていたのである。ゆえに携帯電話を確認することは今の今までなかったわけだが――
『何を土下座しておる一成。さてはついに私に金の無心か。よいぞよいぞ、はむかう者には容赦せぬが従う者には寛容であることが上に立つ者の鉄則ゆえ、お前のその態度は喜ばしい』
霊体化したまま念話でからかってくるアーチャーに言い返す元気もなく、一成は携帯電話の履歴を見て再び突っ伏した。
「マジかー……暗示がちゃんと効いてなかったのかよ……」
彼の握りしめる携帯電話の履歴には、彼の担任と親からの留守電が入っていた。
内容は要するに「今日学校来てないけどどうしたのか」という話だ。
一成はアーチャー召喚の前に担任に「二週間くらいブラジルの親戚のところに行く」という暗示をかけていたはずなのである。だが、一週間も経たないうちにそれが切れてしまっている。事のすべてを悟ったアーチャーは、実体化し優しく彼の肩をたたき、穏やかな声音で一成を慰めた。
「そう落ち込むな。そなたの暗示が途中で切れそうなことくらい私は予期しておった故、特に幻滅などしておらんぞ」
「別にお前に評価下げられて落ち込んでるわけじゃねェから!!」
もちろん一成が落ち込んでいるのは、自分が自分で思っていた以上に程度の低い魔術師であったことをまざまざと知ってしまったからだ。突っ伏して十分ほど経っただろうか、一成はいきなり顔を上げ、フローリングの上に設置した小型テーブルの上にある呪符を掴み、そのまま拳を天井に向けて突き上げた。
「今夜も行くぞアーチャー!!」
「どこへだ?浄土か?」
「誰が逝きたいつったよ!!もちろん人食いサーヴァント探しに決まってんだろ」
一成はベッドの上から降りて、袴の襞を整える。アーチャーはおや、と面白そうに声を上げた。「立ち直りが早いの」
「落ち込んでて魔術が上達すんなら落ち込むぜ。それよりも今は人食いサーヴァントを捕まえる方が先だろ」
あっけらかんと言われて、アーチャーの方が面食らう。「そなた、怖くはないのか?」
「?何が」
「己が出来の良い魔術師ではないとわかっていよう。昨夜、サーヴァント同士の戦いも見たろう。ランサーはああだったが、そなたが今追う人食いサーヴァントとそのマスターは恐らく違うだろう」
昨夜のランサーはわかりやすく武士然と、正々堂々の戦いを望むタイプであった。彼のマスターは不明だが、確かに陰から一成を襲う真似はしなかった。
だが、今度は人を食って強化されたサーヴァントと、それを良しとするマスターだ。力不足を以ってしては、命を落とすこともある。それが怖くはないのかと、アーチャーは問うている。
しかし、一成は顔色一つ変えなかった。
「そんなヤツを放っておけないだろ」
「それは正義感とやらか?」
一瞬一成は首を傾げた。だが彼はそのまま笑いもせずに答える。
「別に俺の力がどうとかじゃないし、正義どうこうも興味ねーよ。だけど、そういうことが起こってるって知って、黙って逃げる、見ないふりをするのが嫌なんだよ。人の為とかかどうかはわかんね。けど、相手が強すぎるから逃げるとか、そんなことはしたくない」
正義など興味はないと彼は言うが、考え方は一つの正義感だろう。しかし正義感にしては我が強すぎる。勿論人を食べることを良しとする者達を許せないと言う気持ちは一成にあるが、彼らを止めるべく行動することは、あくまで自分のためである。
「仮に敵が俺よりずっと優秀な魔術師でも、お前よりずっと強いサーヴァントがいても関係ない。いようといまいと、俺が放っておけないと思うから戦うだけだ」
そう笑う一成を見て、アーチャーは既視感を覚えた。
アーチャーは知っている、かつて同じようなことを言った男を。
「逃げるのが嫌いだ」と笑う男を、アーチャーは知っている。
彼はやれやれと肩を竦め、一成の肩を叩いた。
「ありふれたことを言うが、勇気と無謀は全く異なるぞ。そなたには馬の耳に念仏かもしれぬが覚えておけ」
「別に俺は死にたいわけじゃねーよ!傷つく覚悟はできてるってだけだ!」
「危なっかしいことこの上ないのぅ」
意気軒昂として活力に満ちながら、一成は堂々と胸を張った。アーチャーはどこかまぶしそうに目を細めて、ため息交じりに言った。
「まったく面倒なマスターよな」
「面倒?あんまりめんどくさい性格とか言われたことはねーんだけど。よし、そろそろ行くぞアーチャー!」
一成はコートを翻し、ポケットに呪符を突っ込んだ。洗濯物を干す為だけに存在するなけなしのベランダから出発する。アーチャーが一成を抱えて飛翔することが普通だ。だが「男を抱えるとかテンション下がるのう」とアーチャーは言うので一成は首根っこだけ掴まれて移動、という憂き目にあうことがデフォルトになる予感がある。
今宵、弓兵は陰陽師を脇に抱え、街灯やコンビニなど、商店を眼下に見ながらそれもかなりのスピードで過ぎ去っていく。当然のようにアーチャーは屋根から屋根、屋上から屋上に跳び、着地し飛ぶ。その軌跡が一条の黒い光のように見えているのかもしれないと一成は思う。
夜回りを始めて二日目だと言うのに、すでにこの移動にも慣れてしまった。昼間からの曇り空は晴れて、黒い天蓋には月と星が瞬いている。
五階建てのビルの屋上でひとまず止まり、アーチャーは一成に尋ねた。「今日はどこを見て回るか、一成」
「あー、駅から西に行ってみるか。工場とかに近いほう」
一成は適当に言ったのではない。惨殺のニュースを鑑みてみると、これまでの二件は駅から東の住宅街にある家庭が被害に遭っていた。サーヴァントとマスターが犯人なら、同じ住宅街ばかり狙うよりは、ばらばらの位置の家を狙った方が一般人に見つかりにくいのではないか考えるのではないか。
あくまで犯人が人目を気にしていればの話だが。
「もう少し行くと海沿いの方角じゃな?」
「ああ。お前と海を見た方だな。流石に立て続けに同じ住宅街だとやりにくいんじゃないか……いやでもサーヴァントの場合はもう関係ねーのかな」
「神秘を秘匿する意識がかけらでもあればそなたの言ったとおりにすると思うが、はてさて」
相変わらずアーチャーは飄々とした態度を崩さない。頼りになるのかならないのか今ひとつわからないなと一成が思っていると、上からアーチャーの声が降ってきた。
「ぼーっとしておるなよ。考え事なら後にせよ」
一成は頭を振って周囲を見た。アーチャーの駆ける先の上空に、モノレールの線路が見える。住宅街には西と東を明確に分ける何かがあるわけではないが、春日駅を始発にして南東に向かって伸びるモノレールの線路でなんとなく東西に分れている感じだ。
その線路を西に超えると、駅からは遠目に見えていた工場の煙突がずっと近くに見えるようになる。一昨日嗅いだ塩っぽい風が鼻孔をくすぐる。そして寒さも増していく。
「一応西の住宅街はこの辺からであろう」
視界の果てに黒く沈んだ海を眺め、それより近くに見える工場の夜間灯に目をやる。
とある一戸建ての屋根に立ち、アーチャーは工場や倉庫街の方を指差した。
「住宅街でサーヴァントを見つけたら、とりあえず工場とか倉庫街の方へ誘導してくれ。無理そうだったらここらへんに人払いの魔術をかける」
住宅街のど真ん中で戦闘をするのは、一般人を巻き込む可能性が高いためできる限り避けたい。アーチャーは頷いた。アーチャーとて無暗に騒ぎを起こしたいとは思わない。
「わかった。それではここ一帯を見回る事にしようぞ」
*
春日総合病院の屋上に、一人の少女――真凍咲が立っている。まるで下界を睥睨するかのように眼下の家々、ビルを見下ろしている。冬も近い夜に、寒さをものともせずワンピースのような寝間着一枚にスリッパで立っているのは異様だ。
「昨日は他のサーヴァントが東の住宅街をうろついていて行かなかったけど……」
医療事故に見せかけた魂食いも含めれば、故意的に魂食いを四日連続で行っていたが昨日は街で人を食うことはしなかった。バーサーカーを霊体化させて街を歩いていたのだが、東の住宅街にはサーヴァントの気配があるようで、また駅周辺にも他のサーヴァントと思しき気配があったために取りやめたのだ。
戦闘そのものについてはまだできるだけ様子を伺っていたかった咲は、やむなく昨日は病院で死んだ人間の魂だけをサーヴァントに食わせていた。だが、これからどんどん街にはサーヴァントの気配が活発になるだろう。その度に魂食いを控えていたらこちらが弱ってしまう。
ならば、攻撃は最大の防御として戦法を切り替えるべきである。もし人を食っている間に敵サーヴァントと邂逅した場合は、容赦なく――
「私は生きているのが当然なんだもの」
にっこりと幼さのある顔に笑みを貼り付け、小さく呪文を詠唱する。軽く屋上のフェンスを乗り越え、五階建て相当の高さから自由落下した。咲は地面に直撃する間際、ふわりとクッションでもあったかのように衝撃なく着地する。コンクリートのタイル敷きの道を歩きながら、背後にある禍々しい、しかし彼女にとっては頼もしい気配に話しかけた。
「今日は一杯食べさせてあげる―――」
声にならない獣の咆哮が、闇に轟く。召喚されてから一般人を襲うこと以外、その力を現すことのなかったサーヴァントの猛威が今、具現する。
*
「む」
「どうしたアーチャー……さっぶさっぶ」
一時間ほど工場・倉庫街近くの住宅街を回っていたころだろうか。基本アーチャーに掴まって移動し運動していない一成はじわじわくる寒気に震えていた。寒さに震えすぎてもう緊張感がどこかに飛んでいたが、直ぐにアーチャーの様子に気づいて気を引き締めた。
一成には何も見えないが、遠く闇を見つめるアーチャーには確実に何かが見えている。
「ここから東に二百メートルくらいにところにサーヴァントの気配があるぞ。ちなみにランサーのものではないな」
「本当か!?」
「私がここまで気づかなかったのじゃ。霊体化しておるせいか……狙撃もできぬが」
寒さも忘れて、一成はポケットの呪符を握りしめ緊張した。ここからわずか二百メートルの位置に非道なサーヴァントとマスターがいるかもしれないのだ。距離というアーチャーの武器を失っても行くべきか否か。
わずかな間の後、一成は唾を飲み込み、躊躇うことなく高らかに命じる。「今すぐそこへ向かえ、アーチャー!」
返事よりも早く、アーチャーが駆ける。景色を置き去るような速さで屋根から屋根へ駆け抜け、その目が深夜の暗闇の中で浮く白い寝間着と、禍々しい気配を捉える。
屋根を蹴り、その小さな人影から二十メートル程度離れて、弓兵と陰陽師は立ち塞がった。
住宅街の道の真ん中。この深更では車も人も滅多に通らない。その道路の中央に中学生か小学生かの年齢の、寝間着を着たあどけない少女が立っていた。色素の薄い髪が暗闇にぼんやりと浮かんで、右肩のあたりで花のついたゴムで結っている。
持ち物は少し大き目の肩掛け鞄で、何か入っているのか膨らんでいる。
「……?」
「一成や、外見に惑わされるでない。そなたも感じておろう、あの娘の背後の気配」
アーチャーに言われなくとも、少女の背後から攻撃的ともいえるほどの濃密な気配―――それも圧倒的に禍々しいそれを一成は感じている。
だが、それの主があの普通の少女だということが結びつかなかった。
「おい、お前はサーヴァントに人を食わせてるやつか?「あなた、魔術師?」
半信半疑、いや信じたくない気持ちで発した一成の言葉は、どこか喜色を含んだ少女の声でかき消された。一成は息を呑み、答える方策の見つからず、黙った。
しかしそもそも少女は答えなど求めていなかった。
「もう食事は終わったんだけど」
「食事……!?」
一成は思わず戦慄する。食事。それの意味することは一つ。ちらりと彼女の左隣に立つ民家に目をやると、既に玄関は原型をとどめていなかった。扉など知らぬというように、おそらく玄関のあったであろう場所はぽっかりと黒々とした闇が横たわっていて、家の中にはどのような光景が広がっているのか、想像は最悪の方向にしか向かわない。
つまり――彼女は今しがた己がサーヴァントに人を食わせていたのだ。
俄かには信じられず、それでも一成は少女と従者から目を逸らさず、しかし悪寒を抑えきれないまま声を上げた。
「……お前、」
一成の息混りの声は届けられることがなかった。沈黙を守る住宅街に、幼い声が高らかに響き渡った。少女は無邪気ともいえる軽さでバーサーカーに命じた――一成の戦慄を無視して、しかし悪い予感を当てる形で。
「デザートよ、食べちゃいなさい!バーサーカー!!」
少女の命とともに、背後の禍々しい気配が質量を持つ。凝った闇がそのまま生まれ落ちたようなその肉体。全身は漆黒の鎧に護られており、兜も同じく漆のように黒く、反り返しの部分が棘のように尖っている。腰回りの佩楯(はいだて)や草摺も同じ触れれば貫かんばかりに尖り、裂かれてしまいそうな恐怖を覚える。風に翻される黒い母衣――マントが姿を大きく見せている。
眼はスリットの入った西洋兜の趣のゴーグルで護られており、その奥から赤い光が放たれて、見た者を震え上がらせるほど恐ろしい。漆黒の鎧に覆われた体は、異常に大きく二メートルは優に超える。奈落の闇が霧となりその狂戦士の体を包み覆い、より巨大に見せ正体を伺わせない。武器であろう肉厚の刀まで闇に沈んだ色をしており、更に黒々とした墨のようなもので文字が綴られ、質量を伴っているにも拘らず闇との境が曖昧だ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!」
理性を失った狂戦士が、何事とも取れない雄叫びを上げて一成たちに突進していく。振り上げられた刀による必殺の一撃が襲う。アーチャーは一成を突き飛ばし、己は後ろに飛びのくことで回避したが、その必殺の一撃はコンクリートをえぐりとり深く削った。巨体の割に鈍さとは無縁の狂戦士は、止まることなくアーチャーを襲う。耳を劈くほどの咆哮が、地を、空気を、魔力を震わせる。
「■■■ッ■■■■■■■■■ァァァ―――――!!」
霧が、拳が、直刀がまるで暴風―――自然災害のような圧倒的力を以って全てをなぎ倒す。アーチャーは束帯をつかまれ振り回され、まるで投げ捨てられるかのようにコンクリートの壁に吹き飛ばされ激突した。弓を番える暇がまるでない。一つ一つが必殺の威力でアーチャーを翻弄する。
「どうした!アーチャー!」
一成は叫んだ。昨日アーチャーがランサーと戦っていた時はここまで押されていなかった。それだけバーサーカーが強いと言うことなのか、いや、そもそもアーチャーの動き自体が昨日より悪い。とりあえず回復の魔術をと呪符を構えたところ、怖気が彼の背中を走った。
魔術回路を一気に励起させ、呪符を振りかざす。使う魔術はアーチャーへの治癒ではなく、身を護る防壁を展開する魔術だ。
「急急如律令!!」
一成は確かな手ごたえを感じた。背後に透明な壁が出現し、なにがしかの魔術を打ち消した――その後振り返った先には、バーサーカーのマスターが凍るような眼差しを湛えて立っていた。
「ふーん、勘だけはいいんだ」
つまらなさそうに手をかざし、少女は吐き捨てる。話すことはないと言いたげに、再び詠唱を始めた。この少女は本気で自分、一成を殺そうとしている――。
それを知ってやっと一成はこのマスターがサーヴァントに人を食わせていると本能で理解できた。
その上で、一成ははっきりと問うた。
「おい、お前!なんでこんなことするんだ!」
少女は目を丸くした。そして小ばかにするように頭を振った。「そんなのサーヴァントを強くするために決まってるじゃない」
「関係ない人を巻き込んでもか!!」
「私が生きるために必要な犠牲だもの。仕方ないじゃない」
「はぁ!?」
少女は一成との会話にはまるで興味がないようで、淡々とした起伏のない言葉しか返さない。少女は鞄をを探ると何か液体の詰まったパックを取り出した。
彼女の魔導の家の魔術なのだろうが―――とにかく防ごうと、一成は呪符を翳した。
「臨兵闘者皆陣列在、――ッ!」
「遅いわ――Выпуск!(解放)」
続いて結印し四縦五横に切りきるよりも早く、少女の魔術が起動した。
「―――ッ!!」
目には移らぬ、しかし確実に何か大きな塊が豪速で一成の胴を襲った。食べたもの全て戻しそうになりながら、一成の体は吹き飛ばされて、コンクリートの塀に叩きつけられた。
肺の中の酸素が一気に吐き出され、一成はそのままずるりと地に落ちた。一瞬意識が飛び、アーチャーの状態でさえわからない。
バーサーカーのマスターはまるで人ではなく虫を見るような眼で一成ををじっと見ている。
*
距離が全く離せず、弓を番えることは諦めた。銀に磨かれた小ぶりの剣でなんとか厚い刀の一撃一撃を殺し、繰り出される拳を直撃しないように気を払う。吹き上がる黒い霧は通常でさえよくないアーチャーの視界を悪化させ、防御を遅らせ、ダメージを蓄積させる。
(……この者は一体――)
アーチャーはバーサーカーの猛攻をぎりぎりで凌ぎながら、バーサーカーの正体を見極めようとしていた。もちろんランサーと戦っていた時も、アーチャーはその真名を見破ることに尽力していたのだが、今回はそれにも増してそれに心血を注いでいた。
このバーサーカーを前にすると、アーチャーは体が動かなくなる。正確には動きにくくなる―――まるで、恐怖で体が強張ったかのような感覚に陥るのである。
生前、こういった直接的な戦闘とは縁のなかったアーチャーだ。しかしサーヴァントとして召喚され、現にランサーとは問題なく交戦できた。
にも拘わらず、今は魂に傷がつけられ、それが痛んでいるような感覚が絶え間なくアーチャーを苛み、動きを鈍らせる。
(全く覚えはないが、この狂戦士は私と縁がある、それか同時代の者か――!?)
とにかく今はバーサーカーの猛攻を凌ぐことで精いっぱい、いや、確実にこのままでは潰えるのはアーチャーの方だ。とてもバーサーカーを工場・倉庫街に誘導する余裕などない。
宝具を使うかとの考えも脳裏をよぎるが、第一の宝具はこの英霊に対してはまるで役に立たないだろうし、第二の宝具もこの状況でつかっては効果が今一つだ。考えを巡らせる間も、バーサーカーの刀は空を裂きアーチャーの魔力を削いでいく。
「ぐっ!!」
バーサーカーの左拳に弾き飛ばされ、アーチャーの体が宙を舞った。その最中、アーチャーは己のマスターが地に倒れているのを見た。その先にはバーサーカーのマスター。
助けようにも、アーチャーはバーサーカーで手一杯だ。
「一成……!!」
「魔術師の魂よバーサーカー!!」
びくっとひときわ大きく一成の体が動いた。アーチャーはとにかく己がマスターを助けるべく――必殺の一撃を背後から食らう覚悟で――、バーサーカーに背を向けた状態で塀の上に着地し、走る。やぶれた直衣を翻し、弓兵はマスターを護るべく最大速で駆ける。
「ッ、一成!」
「バーサーカー!?何やっているの!?」
「……!」
アーチャーの叫びとバーサーカーのマスターの驚愕は同時。一拍遅れて、一成が目を開いた。それと同時にアーチャーが一成を抱え、そのまま一度距離を置こうとするが、交戦していたはずのバーサーカーが襲ってこない。
一成のもとに駆け出した瞬間から、背後を襲われることを覚悟していたのだが―――。
「バーサーカー!!言うことを聞きなさい!!」
当惑はマスターの方も同じ。少女の喉を裂かんばかりの命令にも関わらず、狂戦士は明後日の方向へと闇をまき散らしていく。
弾丸の如き猛烈な速度でバーサーカーが一心不乱に向かう先の角から、小さな銀の人影が閃いた。