Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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11月30日① 一夜明けて

 妹にとって、三つ年上の姉は憧れだった。明るくて、元気で、いつも影にひっこんでいる自分を構ってくれる優しい姉だ。

 父とよく地下室に籠って何かをしている時は、一人だけ仲間外れにされたようで寂しかったが、姉に憧れる気持ちは変わらなかった。

 

 それが変わったのはいつの事か。いつの間にか地下室に向かう姉を見なくなったのと入れ替わりに、父は妹を地下室に誘った。その時は姉と同じことができる、と妹は期待に胸を膨らませていた。

 

 そこで教えられたものは魔術――今まで姉が学んでいたものである。

 

 魔術回路と魔術の行使は痛みを伴う。妹は泣きながら苦しみながら魔術を学んだ。父は我が家がいかに由緒正しい魔導の家系であるかを語り、妹は其の跡継ぎだから良く励むようにと言っていた。

 

 それでも妹にとって、我が家が由緒正しい魔導の家系かなどはどうでもよかった。

 苦しかったけれども魔術を懸命に学んだのは、姉も同じことをしていてがんばっていると思っていたからだ。

 

 魔術の話を外でしてはいけないと言われていた。

 しかし同じことをしている姉にならいいだろうと、妹は軽い気持ちで姉に心中を吐露した。

 

 

 ――魔術って大変だね、お姉ちゃん。

 ――でも私、魔術が少しだけうまくいってお父様に褒められたよ。

 ――お姉ちゃんは何が得意なの?

 

 

 可笑しくなり始めたのは其の頃からだ。事あるごとに妹を構ってくれた姉は、目に見えて妹を避けた。時には存在を黙殺し、手を上げることもあった。

 

 妹には何が原因であるかわからない。

 わからないくせに自分が何かをしてしまったと思い、中身のない謝罪を重ねた。

 

 

 時が過ぎて、妹は姉の変化の原因を理解した。魔術の修行を重ねることに比例して、ますますわかるようになった。

 父は初めは姉だけに魔術を教えていたが、今は妹にしか教えていない。

 そして魔導は一子相伝であり、後を継げるのは一人だけであると知った。

 

 ―――そうか。私は、お姉ちゃんのものを盗っちゃったんだ。

 

 

 

 

 ある日、家政婦と姉妹の三人で出かけたショッピングモールの屋上で、姉妹は喧嘩をした。

 姉妹は二人とも少し着飾って、姉は豊かな黒髪をポニーテールに結い、青いワンピースを着ていた。それは少し釣り目で気が強そうな姉に良く似合っていた。

 かたや妹は、濃い灰色の髪を肩までで切りそろえ、白のブラウスにチェックのスカートを着ていた。姉とは逆に控えめの印象だ。

 

 今や仲の良かったころは幻のように掻き消え、姉は強い口調で妹を詰っていた。

 

「あんたの、あんたのせいよ!あんたが全部持ってったの!あんたが生まれてから私にいいことなんてひとつもない!!」

 

 言葉激しく妹を詰りながら、姉は妹の襟首をつかんでひどく揺らした。姉が怒っているのは当たり前だ。なぜなら、姉が言っていることは全て本当だからだ。

 妹が望んだわけではないが、妹は姉からあらゆるものを持って行ってしまった。妹は「違う」とは口が裂けても言えなかった。

 きっと自分も姉であったら怒っていると思うから、妹は静かに暴言を聞いていることしかできない。

 

「あんたなんて死んじゃえばいいのよ!」

 

 そういわれるのも慣れたもので、妹は何も言わない。姉は言い返さない妹が癇に障ったのか、妹を思い切り突き飛ばした。屋上のフェンスにぶつかって、妹はその場に座り込む。

 それだけのはずだった。

 

 だが、手入れが行き届いていなかったフェンスは鈍い音を立てて少女の体重さえ支えきれず、宙に舞った。破損したフェンスとともに、妹の体も支えるもののない空へ放り出された。

 

 妹には現実感がなかった。数秒後には遥か眼下の地面に叩き付けられて動けなくなるだろうことが身に迫ってこなかったのだ。その割に、妹は冷静に己が消えることは了解していた。

 

 ここで妹が「無」くなってしまえば、姉は我が家の魔術師として跡継ぎになれる。

 妹にとられたものを全て取り戻せる。

 妹も苦しくつらいだけの魔術の修行などしなくてもよくなる。

 消えるのだから、「生きるために」魔術を学ぶ必要がなくなる。

 

 妹が無くなれば、妹自身も姉も幸せなのだ。

 妹が死んでも姉が残るから、跡継ぎが残る。ゆえに父もさほど悲しまないだろう。

 

 落下までの刹那が、体感時間として限りなく長く引き延ばされている刹那。全てを了解したつもりになっていた妹は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

 

 姉が泣いていた。手を必死に妹の方に伸ばし、見たことがないほど顔を歪ませて、妹の名を叫んでいた。

 

 その姿を目に映して、妹は初めて誤解をしていたことに気づいた。

 

 姉は妹を嫌ったり憎んだりしていたのではない。ただ、ほんの少しだけ―――。

 

 それが姉妹の最後の記憶。もう二度と、姉妹が姉妹として会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 朝日が碓氷邸の二階に差している。元来サーヴァントは寝なくてもいいのだが、寝ることで魔力消費を抑えることができるという利点はある。昨夜、帰宅してからセイバーは剣を抱えて座した状態で眠っていた。

 

 セイバーはベッドの上で未だ眠るマスター・明をちらりと見て、夢の内容を思い出す。マスターとサーヴァントは因果線でつながっている為、無意識化の映像が伝わることがあると言う。今のは明が見ていた夢か、または実際の過去。

 

 マスターが高所を嫌うのは、子供のころに高い所から落ちたとからだと聞いていた。それが今の映像なのだろうか。

 

 

 セイバーがじっと考えていると、当のマスターが目をさましむくりと上半身を起こした。寝癖のついた髪に気づかず、セイバーにも一目もくれず部屋を出て階下に降りていく。

 昨夜のバーサーカーとの戦いについて何か言われるかと思っていたセイバーは拍子抜けして、とりあえず明の後に従って一階に下りた。明はキッチンの冷蔵庫から「ウィダーインゼリー」という飲物を取り出すと、大またで食堂のイスのひとつに腰掛け握りつぶさんばかりの勢いで飲み始めた。

 

 なんというか、マスターはものすごく機嫌が悪い。寝起きのせいかもしれないが、眼が完全に座っている。昨日のバーサーカー戦でマスターの指示を無視して離脱したのが良くなかったかと、セイバーは思う。

 だが今まで聖杯戦争についてセイバーに言いたいことがあるとき、明ははっきりそれを言っていた。明は文句があれば口に出していうのだから、聖杯戦争絡みのことではないのかもしれないと、セイバーは考えた。とすれば。

 

 セイバーは己の剣を天叢雲の鞘に納めて明の前に突き出した。「マスター、これを使え」

「は?何に?」

 

 セイバーの唐突過ぎる行動に、明は驚きながらも投げやりに聞き返した。

 

「少しだけ魔力を注いであるから暖かい筈だ。これを腹にでも当てておく、いや体に入れておくといい」

「別にお腹壊してなんかないけど」

 

 明は首を傾げるばかりだ。当てが外れたのはなんとなくセイバーも分かったが、ならばなぜ機嫌が悪いのかと不思議に思って尋ねた。「月のさわりではないのか?」

 

 

 

 

「なんだ、バーサーカーのマスターのことか」

 

 頭を摩りながら、セイバーはすっかり真顔で頷いた。流石に如何かと思われるデリカシーゼロ発言に、明が空になったウィダーインゼリーをセイバーに投げつけたのである。セイバーの后だった弟橘姫とか美夜受姫はどういう心持でコレとよろしくやっていたのか理解に苦しむところだ。母性か。

 それとも古代は現代より性におおらかだったようだし、これが普通なのかもしれない、と明は思うことにした。

 

 とにかく話を戻すと、朝から明が不機嫌全開だったのは昨夜のバーサーカーのマスターが原因である。セイバーとバーサーカーが戦っていた時、明もバーサーカーのマスターと対峙していた。

 明は苦い虫を噛み潰したような顔のまま、低い声で言葉をつないだ。

 

「あの思い上がったマスターは私直々に決着をつけてやろうと思う。それに対してはいいんだけど、昨日は色々とごめん」

「は?」

 

 離脱するなと言われたのに無理に離脱したことについて不興を買ったと思っていたセイバーは、間の抜けた声を出した。

 

「第一の宝具も通用しなかったとこで、いったん引くべきだった。セイバーが無理にでも引っ張り出してくれて助かった」

「そ、そうか」

 

 人が死んでもいいってのはいただけないけど、と付け加えながらも明は頭を下げた。セイバーは予想外の答えにうろたえたが、頷いた。

 

 だが、あそこで逃げたことでバーサーカーが人食いを再開したことは間違いないだろう。其れに関して明は暗い顔を隠そうとしない。気が向かなそうにのろのろとリモコンに手を伸ばし、テレビのニュースにチャンネルをあわせた。おそらくまた惨殺事件が取りざたされていることが容易に予想できた。

 

 

 ――ニュースは予想通り惨殺事件を伝えていた。ただ今回は住宅街ではなく公園に寝泊まりしているホームレスを狙ったものだった。場所がこの春日で、しかも殺され方が近日の一家襲撃と同様だったため十中八九バーサーカーの仕業だろう。

 

 そして昨夜セイバーとバーサーカーが交戦した住宅街の一角の惨状も放送されていた。そちらは埋まっていた不発弾が爆発を起こしたということにされていた。

 御雄や美琴など、聖堂教会のスタッフが後始末に奔走した結果であろう。

 

 撮影された住宅街は散々な状態で、地面はえぐり取られ一帯の塀と言う塀はあらかた破壊され、一階部分がごっそりと跡形もなくなっている民家の映像が放映されていた。これだけの惨状を朝になるまで誰も気づかなかったということが、テレビでは怪奇現象としてとりあげられていた(結界を使ったせいである)。ひととおりニュースを見て、明は深々とため息をついた。

 

 

「連日の殺人事件と医療事故で本当春日は呪われた街だよ……」

 

 医療事故に始まり、手法が不明の連続殺人事件。白昼堂々の通り魔事件。事情を知る者にすれば得体の知れなさはないが、一般人から見れば完全に異常事態である。警察も未成年には早く帰宅するように呼びかけ巡回を行っていると聞き、まるで街自体が昏く沈んでいくようだ。

 

 状況は良くない。一刻も早くバーサーカーの対策を本格的に考え、実行しなければならない。彼のサーヴァントは人食いを辞める気配はなく、なぜか攻撃が効かない――死なない特殊な能力を持っている。明はセイバーに思い当ることがないか尋ねた。

 

 しかしセイバーも首を横に振った。

 

「なぜかわからないが、バーサーカーは死なない。何度も首を斬り心臓を刺したが、何度でも蘇ってきた」

「全部は見てないけど、そんな感じだったね。でもサーヴァントは不死身じゃない……絶対に弱点があるはずなんだけど」

 

 英霊はサーヴァントとして現界する際に、まず霊核を得てその霊核が魔力によってできた肉体を纏うことで実体化している。英霊を倒すということは、その霊核にダメージを与えるということだ。霊格は魔力を消費したり、肉体を損傷したりすることで徐々に弱体化する。その状態でさらに魔力を消費したりダメージを負ったりすると霊核が破壊され、現界できなくなる。

 セイバーがバーサーカーの首や心臓を狙っていたのはそこが霊核に直結しており、大きなダメージを与えられるからである。

 

「真名がわかれば弱点も露呈するんだけど……。あのバーサーカーやたらセイバーを追いかけてたけどなんか恨みでも買ってたの?同時代の人物?」

 

 東の荒ぶる神々、まつろわぬ者共を討伐しつくしたセイバーの伝説からすれば、恨みを持たれていてもおかしくない。しかし当のセイバーは心当たりがありすぎて判断がつかないのか首を傾げていた。

 

「わからない。意思疎通ができればまだしも、狂化した状態ではな。……あと聞きたいのだが、あのアーチャーたちは何なんだ?」

 

 昨夜、セイバーたちよりも先にバーサーカーと交戦していたアーチャー。そして、いつの間にかバーサーカーに対し共闘していたが、いつの間にそうなったのかセイバーは知らない。

 明はそういえばわからないよねと前置きしてから経緯を話す。

 

「アーチャーのマスターは春日に根を張る魔術師じゃないよ。いきなりバーサーカーがセイバーを襲ったじゃない、その後にそのマスターとちょっと話してね。ほんとに少しだったけど」

「それで?」

「なんかボロボロだったからさっさと逃げればって言ったんだけど、なんていったと思う?「人を食うサーヴァントをほっとけるか」だって」

 

 全く物好きなマスターもいたものねと言いながら、明は肩をすくめた。「まぁどうあれ私と目的は同じようなものだし、こっちも同じ目的って教えたけど。目の前でバーサーカーがセイバーに襲いかかっててたし、その場は信じてくれたみたい」

「なるほどな」

 

 明は投げつけたウィダーインゼリーの抜け殻を拾い、きちんとゴミ箱に捨てると、面倒くさそうに伸びをしてからセイバーを見た。

 

「今日は学校に行って終わったら、ランサーのマスターの根城に行こう」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 思ったより、自分は疲れていないようだ。昨夜は帰宅してからすぐに倒れこんでいたと思うのだが、もう魔力を使い過ぎたがゆえの疲れはないと思う。しかしそれでも朝、それに冬に入りかけの季節とくればお布団は抗いがたい魅力となって二度寝へいざなう。なんとかその魅力に抗って一成は呻きながら上半身を布団から起こした。魔術礼装である神主服を身に着けたままで、あちこち掠りきれて破れ、無残なありさまだった。半覚醒状態の頭で、目覚まし時計に目をやる。

 

 そして、アパート中に響き渡る絶叫が木霊した。

 

 

 

「よう土御門、お前が風邪ひくとは思ってなかったぜ」

「そりゃどういう意味だテメ」

 

 朝から汗だくになりながら、一成は自分の席に着く。始業三十秒前、芸術的ともいえるタイミングで席に着き、やっと人心地を取り戻した。一成の通う私立埋火高校は隔週で土曜にも半ドンで授業があるため、生徒たちは今日そろって席についている。

 

 昨日、巡回に出かける前に学校から欠席を訝しむ連絡があった。一成がかけたはずの暗示は見事に切れていて、新たに暗示をかけるにもとにかく学校には行かなければならなかった。無断欠席を繰り返しては実家の両親にまで連絡がいき、今の状態――聖杯戦争に参加している――を言わなければならなくなる。それは避けなければならなかった。

 

(実際戦うのは夜だし、また暗示が解けても事だし、学校には来ておくか……)

 

 朝っぱらからの世界史の授業に眠気を誘われながら、一成はため息をついた。自分がもう少しまともに魔術を使えれば今日学校には来ていなかっただろうし、昨夜アーチャーはもっと善戦できたかもしれないのだ。

 

『そなたの魔術が残念なのは疑うべくもないが、昨夜のこととそなたの腕前は別問題よ』

 

 霊体化したアーチャーが話しかけてきて、全力で舟をこぎかけていた一成は慌てて身を起こした。それにしてもいつもながら一言多い。

 

『……って、そうなのか?』

『左様。私とあのバーサーカーは相性が悪い。有体に言えば、私は何か魂に傷でも負っているかのようにあのバーサーカーが恐ろしい。私単騎では十中八九勝ち目はなかろう』

 

 一成は昨夜の戦闘を思い出す。自然現象の如き、圧倒的な暴力でアーチャーを弄んだバーサーカー。あれだけでも手に負えなかったのに、まだ肝心の宝具を出しておらず力を隠している様子なのだ。アーチャーの言うとおり、単騎であれに勝つことは難しいと一成も思う。しかし頭を抱えるマスターに対し、サーヴァントの声は呑気だ。

 

『そう落ち込むな。単騎でだめなら二人でかかればよかろう。あのセイバーとここは協力してはどうか』

『……確かに碓氷のマスターはバーサーカーを優先して倒す動機があると思うけど、あいつらが俺らを仲間に入れても得しなくね?』

『おや、そなたはあのマスターが誰か知っているのか』

 

 その魔術を見たのは昨日が初めてだが、一介の魔術師として一成はここ春日の地の管理者について知っていた。基本、魔術師は移動した先で魔術工房を作成する際には、土地の管理者である魔術師に断りをいれなければならない。一成は工房を作っていないから挨拶はしていないが、管理者の姿かたち、大まかなうわさは知っている。

 

 極めて稀有な架空元素・虚数の属性と碓氷の体質を色濃く残す女の影使い――管理者である碓氷明。管理者である彼女は春日の地の魔術行使で一般人に神秘が漏洩することを防がなければならない。有体に言えば聖杯戦争に一般人を巻き込まないようにする義務があるのだ。アーチャーはそれを聞き、ふむと頷く。

 

『なるほどのぅ。……昨日の我らは確かにあの者たちに不甲斐ないところばかり見せてしもうた。それにセイバーはかの東征の皇子、我らの力などいらぬと仰せになってもおかしくないの』

 

 白光を放つ磨き抜かれた剣を携え、高らかにその宝具を開帳したセイバー。『全て翻し焔の剣(くさなぎのつるぎ)』――草薙剣の担い手、日本武尊。それがセイバーの真名。この日本において伝説の細部までは知らずとも、名前を聞いたことのない人間は殆どいないであろう古代の大英雄。伝説の通りならば、その剣はまだ真価を発揮していないはずだ。

 パラメーターも軒並みAとBで、人を食わずともバーサーカーと真正面から渡り合っていた。

 

 

『……パラメーターはアレ、依代であるマスターの力量や性格にかなり影響を受ける故にそれだけあのマスターが優れているということでもあるからな、一成』

『……なんか含みのある言い方だなオマエ』

『そのようなことはない。それは置いといてだ、セイバーと交渉する材料がある。……私はバーサーカーの真名に心当たりがあるのだ』

「何!?」

 

 思わず一成は念話ではなく声に出して叫んでしまった。ちなみに、世界史の授業中である。教師とクラスメイトの訝しげな視線に身を小さくしながら、消しゴム落としましたと苦しい言い訳を披露してしまった。一成が身を小さくする一方、アーチャーの方は全く気にせず、話を続けた。

 

『それが正しければ、同時に私と組んだ方があちらにも都合が良いと思うのじゃ』

 

 もしセイバー側が真名を看破していなければの話だ。アーチャーたちは宝具を開帳していないとはいえ、戦力的には格下に見られているに違いない。しかし、情報があれば組む価値も出てくるだろう。一成はアーチャーをせっついた。

 

『で、誰なんだよ』

『全て私任せではいかんぞ。私も一応確認をしたいゆえ、ここの図書館を拝借する。手がかりを伝える故、そなたも考えよ』

 

 アーチャーは一つ一つ、噛んで含める様に伝える。

 

『平安の貴族たる私が恐れる存在であること。かの皇子の伝説には東征があること。そしてここ春日は坂東の地であること。不死身、またはそれに類する伝説があること。同時にバーサーカーに値する伝説を持つことじゃ』

 

 そう伝えると、アーチャーの気配が遠のいた。推測を確認するために、図書館に向かったのであろう。その言葉を反芻しながら、一成はこっそり机から日本史の教科書を取り出したところではたと思った。

 

『図書館に行くって……』

 

 サーヴァントは霊体化した状態では物体に干渉することができない。つまり本に触り開くことはできない。つまりアーチャーはここで実体化するつもりであり、要するに得体のしれない不審者である。

 

(まぁあいつならなんとかするだろ……)

 

 いざ見つかっても物陰に逃げ込んだときに霊体化してしまえば事なきを得られる。それにあのアーチャーなら色々適当な理屈をこねて堂々と校内を闊歩していてもおかしくない。

 ぶっちゃけた話、朝っぱらの授業の眠気で一成は考えるのが面倒になっていた。彼はそのまま机を枕にして意識を飛ばした。ついでに日本史と世界史の教科書は床に落とした。

 

 

 

「一成お前今日寝すぎじゃね?アズマックスの表情マジやばかったんだけど」

「うるせぇ……男の子の日なんだよ」

「どういう日だよ」

 

 三限が終わり、今日の授業は終了だ。友人の桜田がからかいつつも、帰りに昼ご飯に誘ってきた。いつもなら二つ返事で行くところだが、今日は図書館で調べものをしなければならない。

 その旨を伝えると、桜田は宇宙人に出遭ったような顔をした。

 

「え……お前が……勉強???」

「うるせーな!俺だってインテリジェンスなことしたい日があるんだよ!」

「図書館で調べものする程度の事をインテリジェンスって言う時点でもうインテリじゃねーよお前バカだろ」

 

 友人のまっとうなツッコミをスルーして、一成は二階の図書館に向かった。アーチャーの気配もそこにある。今は定期試験前でもないため、混んでいるということもないだろう。

 

 引き戸を開けたところには本の貸し出しカウンターがあり、土曜は三限終了後の一時間は図書委員が本の貸し出しを行っている。が、今日のカウンターには図書委員の女子二人に加え、スーツを着たナイスミドルが平然と座っていた。しかも何やら仲良さげに談笑などしているではないか。

 あんまりな光景に、一成は思わず扉のレール部分に足を引っ掛けて転んだ。

 

 

「ぶべぼ!!」

「おや、どうした」

「何してんだァアー……あー……叔父さん!!」

 

 奇怪な声を上げてしまったが、大して痛みはない。一成は起き上がると、思わず突っ込んだ。アーチャーと言いかけたが、図書委員に何かと思われるので済んでのところで親戚設定に切り替えた。アーチャーは何時もと寸分変わらぬ余裕たっぷりの声でしゃべっており、一成は色々と腹が立った。

 

「おお、一成ではないか。ちょうどな、彼女たちと本の話で盛り上がってしまってな」

「あれ?アーチャーさんって土御門君の親戚なの?すごい叔父さんね!」

 

 図書委員の片方の女の子は、一成のクラスメイトの子だ。男子による男子のためのクラス女子ランキング(*女子には極秘)でトップを飾る大和撫子系の女の子だ。腰まで長い髪のわりに先まで艶やかで、肌も色白。着痩せ期待度数が百二十パーセント(*期待含む)。

 一成はますますイラッしながらアーチャーを睨む。というかどう考えても「アーチャー」という外人的な名前が似合わないくせに、どういたいけな女子学生を丸め込んだのか。

 

「平安時代の国文学のことホント詳しいの!国語の先生とか大学の先生でいらっしゃるのかと思う位!」

「はっはっは、そのような高等なものではないぞ。しかし、そなたたちのように国文学に熱心な子がいるとは嬉しい」

 

 オイ、顔緩みまくってんぞこのクソサーヴァント。一成が初めて見るくらいの機嫌の良さを見せつけるアーチャーである。

 

「あと歴史にも詳しくて」

 

 もう一人の女子図書委員も、にこにこ笑いながら言った。図書委員には当然、本好きは前提として、歴史好き、文学好きが集まりやすい。そういう傾向のある者とはアーチャーは話が合うらしい。

 

「叔父さん、ちょっといいか?」

 

 一成は渋面になるのをこらえながら、努めてにこやかにアーチャーを促した。アーチャーは名残惜しげに図書委員に別れを告げた。図書委員の二人も「また時間があったら来てくださいね!」と言っていたのがさらに一成を渋面にさせた。女タラシスキルでも持っているのかこいつと毒づいた。

 

 

 二人は図書館の歴史の棚に移動し、目当ての本を探すふりをしながら低い声で話す。

 

「ってかお前図書館で調べものしてたんじゃなかったのかよ!」

「してたが終わったのでな。はぁ、私もあのような女子がマスターならばよかった……やはりこう戦うにも、姫を護ってという方が気分的に盛り上がる」

 

 かなり真剣な声でそんなくだらないことを言うものだから、一成は脱力しきりだ。

 

「おれだってかわいい女の子のサーヴァントの方がテンション上がるわ!何が悲しくてオッサンなんだ」

 

 そういや日本武尊は男だが、あのセイバーは美少女とも美少年とも取れたなと思い出しながら、一成はうら悲しい気分になった。アーチャーまで何やら物悲しい顔つきでしみじみと頷く。

 

「いざと言う時の魔力供給・パス形成のことを考えるとよっぽどでない限り、女子の方がいいのう。そなたではなぁ……」

「魔力供……おい、おぞましいことを言うな。つか別にエロいことの必要もねーだろ」

 

 マスターとサーヴァントはパスでつながり、それを通してサーヴァントには魔力が供給されている。だが、パスからの供給だけでは追いつかない場合、他の手段を用いて魔力を供給できる。バーサーカーの人食いもその手段の一つである。

 

 また、粘膜接触で体液を与えることによって魔力を補充することもできる。接吻から始まり、効率がいいのは有体に言えば、性交である。また効率は落ちるが、魔術師の血液を飲むことで補充も可能である。一成の言うとおり、無理に性交する必要はない。

 

「そなたとの場合は血を飲む方がよさそうじゃ。頑張ればできぬこともないが」

「いや頑張らないでいいですマジで」

 

 明治時代以前は男色というものは忌避されるものではなく、一般的に認知されていたものだという。アーチャーも例によって嫌悪感はないようだが、やはり女の方がいいらしい。そのとき、ふと思い出したようにアーチャーが言う。

 

「魔力供給と言えばそなたの部屋にはこう、女子の匂いがさっぱりせなんだが」

「……何が言いたい」

 

 果てしなく気分を害しながら、一成はアーチャーを睨んだ。アーチャーはその睨みをものともしないどころか、生暖かい視線で受け止める。その生暖かい視線のまま、右親指を立てて力強く言った。

 

「励めよ!」

 

 

 殺してやろうかこの糞サーヴァント。

 

 




性交しなくてもパス形成と魔力供給できるレアルタ式でいきます
性交でもいけるけど



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