Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

2 / 108
 ××は、遠くから聞こえる、己を呼ぶ声に目を覚ます。膨大な魔力の渦が、座にまします××を誘う。
 公を呼ぶとは、どのような不遜。そう思いつつ、そのような不届き者の顔を一目見るべく、××は誘う声に逆らわなかった。
 近く、近く。純粋な力の塊の導くまま、世界のこちら側と向こう側の境に近づく。

 普通の英霊ならば気が付かなかっただろう。壊れかけた大聖杯に魔力の溜め込まれた、奥底の淀み。

 だが、××はそれを見た。そして××は


第0幕 序幕
11月23日① アーチャー召喚


「平安時代の安倍晴明から発した、陰陽道の流れをくむ由緒正しき魔導の一族」。

 それが、土御門一成(つちみかどかずなり)が生まれたときから聞かされてきた、己が一族の在り方だった。

 だが、一成が物心つく前から、彼にもはばからず不穏な声が聞こえていた。

 

 我が一族は、やはりもう終わりだ―――。

 

 このような声は、決して俄かに上がったわけではない。一成がこの世に生を受ける前から、その危惧の声は上がっていた。魔術師を輩出する家として、土御門は終わりだと。

 

 だが、一成の両親はそれをむしろ「良し」と思っている節すらあった。一成の祖父は熱心に魔術を教えていたが、両親はあまり乗り気ではないことを幼いながら、一成自身も知っていた。

 彼の魔導の道は、最初から中途半端になる運命を孕んでいた。

 だが、彼の両親は嬉しそうであった。祖父の意向に反し、父と母は笑って涙を流しながら言った。

 

「お前はこの道を歩まなくていいのだ」と。

 

 

 *

 

 

 

 春日市。関東の某所に位置する一都市。駅前は近年の駅大改修により商業施設や娯楽施設が増え栄えている。しかし少し郊外に向かうと住宅が増え、ベッドタウンの様相を呈している。また、海が近く、そちらに向かえば工場地帯と倉庫街、海浜公園があるという、地方の中規模都市である。

 その都市の駅から十分程度の場所に博物館がある。駅の大改修に合わせこちらも大々的な修改築が行われて、ガラス張りの近代的な博物館へと趣を変えた。

 

 博物館の営業時間は疾うに終了し、夜も更けて久しい頃合い。高校生と思しき少年がいるべき時間では決してないのだが、ダッフルコートを着てリュックサックを背負った学生服の少年が一人、懐中電灯を片手に堂々と歩いていた。

 少年は暖房のない夜の室内の寒さをコートでものともせず、懐中電灯をあちらこちらに当てて観察している。

 

「懐中電灯だけじゃ見えにくいな。しかもどれを触媒にすればいいか、っていうかもはやどれでもいいんじゃねーのかな」

 

 少年のいる二階は日本の古代~中世までの品が展示されており、同時に特設展示のコーナーがあるフロアだ。少年は品定めをするかのように明かりの足りないなか、懐中電灯だけを頼りにじっくりと展示品を眺めている。

 ――が、突如その作業をやめて背負っていたリュックサックを下ろして、透明な液体の入った袋を取り出した。

 心の中で床が絨毯のようなものではなくリノリウムでよかったと思いながら、少年は液体――水で魔法陣を描いていく。懐中電灯を口に咥えて、黙々と作業を行いながら少年は己の家と、これから行われる戦争に思いを馳せた。

 

 

 聖杯戦争。何でも願いを叶えてくれる「聖杯」を巡って行われる、七人の魔術師のバトルロワイヤル。「聖杯」――そのような便利なものがあるなら、七人で使えば最も良いと思うかもしれないが、そうは問屋が下ろさない。

 願いを叶えられるのは勝ち残った一人のみ。

 聖杯は何十年という時間をかけて魔力をため込み、それが満ちる時期に聖杯戦争は起こる。魔力が満ちると、聖杯は自ずからマスターを選定し『令呪』を付与する。

 そして令呪を与えられたマスターは、参加者として『サーヴァント』、要するに使い魔を召喚する。

 使い魔というとネズミ、フクロウといったものを想像するが、聖杯戦争における使い魔――『サーヴァント』はそれとは次元が違う。

 

『英霊』という存在がある。生前に偉業をなした人間は、死後『英霊の座』に引き上げられ、人間の守護者となる。英霊は実在、架空に関わらず人々に信じられてさえいれば、人間の想念によって『英霊』となる。『英霊』という、この世の外側にある精霊のような存在を現世に呼び出し、使い魔として使役する。それを可能とすること自体がひとつの『奇蹟』であり、聖杯の力は召喚そのものにより示されている。

 そうして召喚された『サーヴァント』という使い魔を使役し、七人の魔術師が殺しあう、それが聖杯戦争。

 しかしこの世のものではない、純粋な力そのものの英霊をそのまま召喚することは魔法使いにも不可能である。

 それを可能にするために、英霊を呼ぶにあたって『クラス』という箱を設定し、その箱に沿って英霊の力を流すことによって召喚を行うのだ。

 その英霊の『クラス』には七つが存在する。

 

 

 剣の騎士、セイバー。

 槍の騎士、ランサー。

 弓の騎士、アーチャー。

 騎乗兵、ライダー。

 魔術師、キャスター。

 暗殺者、アサシン。

 狂戦士、バーサーカー。

 

 

 セイバーには「剣」にまつわる逸話を持つ英雄、キャスターなら「魔術」にまつわる逸話を持つ英雄が召喚されるという具合に、魔術師は英霊の生前の伝説に当てはまるクラスで召喚を行う。また、召喚の際に英霊ゆかりの品を触媒にすることで呼び出す英霊を限定することができる。

 例えばエクスカリバーの鞘で、アーサー王を呼び出すといった具合だ。

 触媒がない場合、召喚者本人との相性で英霊が選定される。だがどんな英霊が呼び出されるか予想できずあまりにギャンブル性が高すぎる為、触媒を用意することがセオリーだ。

 

 過去、日本で行われた聖杯戦争で最も著名なものは冬木のものであろう。だが、冬木の聖杯は何十年も前に解体されてその地の聖杯戦争は終結したという。

 今日、春日の地で行われようとしている聖杯戦争は何者かが冬木の聖杯を模倣したものである。

 さらにその聖杯に日本で生まれた陰陽道による手を加えたことにより、呼ばれる英霊が日本に縁のある英霊に限定されてしまっているという。

 聖杯が『真作』であるか否かは聖堂教会によって判断されるが、既にこの聖杯戦争の聖杯は贋作であると認定されている。

 しかし真の聖遺物「聖杯」ではなくとも、『願いを叶える』機能が存している限り、その奇蹟を求める者たちにより戦争は開始される。

 

 

 三日前、少年は自分の左手に鈍い痛みを感じたかと思うと、そこには三画の令呪が宿っていた。彼は聖杯戦争の話を聞いたことはあったし、聖堂教会から春日市で聖杯戦争が行われるとの伝達もあったが、己に令呪が宿るまでは他人事だった。

 だが、己に令呪が宿った時にはそれを運命だと、少年は間違いなく感じたのである。

 己が魔導の家を、ここで終わらせてはならない。聖杯戦争で勝ち抜き、『根源に至る』。

 それが、魔導の家に生まれた己の責任。一体何者がこの戦争を始めたのかは気になるが、少年は「願いを叶える」聖杯がある以上は利用させてもらうつもりでいた。

 

 

 話は戻るが、英霊を召喚する際に触媒を用意することがセオリーである。しかし少年は諸事情あり、親には令呪が宿ったことを告げていない。親のツテを頼れば古い家系故に何か英霊に縁の品が出てくると思えたが、それはできなかった。

 

 そこで少年がとった手段が、博物館に侵入しそこで召喚の儀を行うことであった。

 博物館ならば歴史的ゆかりのある品がある上に、どれが触媒として認識されてもそれなりの英霊が呼ばれるだろうとの考えからである。

 

「よし、こんなもんだろ」

 

 少年が満足げに懐中電灯で描いた魔法陣を見下ろす。水ゆえに見にくいが、しっかり魔法陣が描かれている。時刻は午前一時。召喚の為にきちんと魔術礼装である神主服を身に着けてきて、体調も万全である。午前一時は少年にとって魔術を行使するのに最も良い時間である。

 準備は万端――少年は息を吸い、心を落ち着ける。魔法陣の上に手をかざす。

 

「一魂清浄・二魂清浄・三魂清浄・四魂清浄・五魂清浄・ 六魂清浄・七魂清浄・八魂清浄・九魂清浄・十魂清浄―――」

 

 英霊召喚の呪文に、土御門家由来の呪文を加える。日本刀で打ち合う音が脳髄に響き渡る。異物が体に切り込んでくるイメージ。少年の魔力回路が起動し、生命力が魔力へ変換され流れ出す。本来人体には有害な幽体と肉体を繋げる疑似神経が鳴動し、少年に鈍痛を与え続ける。

 

 だが、それは慣れたもの。人ならぬ神秘を行うが為の代償。彼の詠唱は止まらない。

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば答えよ―――」

 

 夜の静寂が震える。水で綴った魔法陣が光を放ち、溢れ出す魔力の渦。少年は眼を閉じる。室内にも拘らず暴風が吹き荒れる。恐るべき神秘の具現が、手を伸ばせばそこに―――!

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 魔法陣は極光といっても差し支えない光を放ち、荒れ狂う風は術者をも吹き飛ばさんとする。それでも少年は集中を緩めない。魔法陣はこの世ならざる場所と接続し、奇蹟の具現ともいえる英霊を招く。極光と魔力回路の鳴動が収まったと同時に、自らの魔力がどこかに流れているのを感じる。

 少年はゆっくりと目を開く。いまだ薄明りを放つ魔法陣の中心に、明らかに人ならざる――姿かたちは人だが、放射する力と存在感が人ではない――モノが立っていた。

 少年は思わずつばを飲み込んだ。

 

 その英霊は、ゆっくりと余裕のある動作で少年に振り返る。衣冠束帯姿の、三十から四十歳の男性と思われる英霊。動作に洗練された教養を感じさせ、高貴な生まれを連想させる。召喚された『サーヴァント』は、厳かに口を開いた。

 

 

「問おう。そなたが私のマスターか」

 

 

 召喚の余韻であっけにとられていたが、少年は我に返ると勢いよく答えた。

「おう。俺がお前のマスターだ。っと、クラスは?」

「おや、私がアーチャークラスしか該当しないと知って召喚したのでは……ああ、そういうことであったか」

 

 アーチャーはきょろきょろと周囲を見渡し、了解したと言わんばかりに皮肉っぽく笑った。明かりは少年の懐中電灯と魔法陣の放つ淡い光だけのため、アーチャーが何を見て何を了解したのかは少年にはわからなかったが、彼は直ぐに了解することになる。

 

「これはこれはいい加減な召喚をするマスターよな」

「う、うるさいな。俺の勝手だろ」

 

 博物館に展示されている品をランダムで触媒にしていたことが露呈して、少年はきまり悪そうに言い返した。

 そんなマスターの様子を見ながら、アーチャーは深みのある、落ち着いた声音で話す。

 

「まぁ良いわ。ともかく、私はアーチャーのクラスを得て現界した。我が主よ、名を教えてもらっても構わぬか」

「そうだな、俺は土御門一成(つちみかどかずなり)。あと主って呼ばれるのなんか痒いから名前で呼べよ」

「そう申すならばそうさせてもらおう。一成で良いか」

「いいぜ。あ、アーチャー、お前の真名教えろよ」

「それは断る」

「ハイ!?」

 

 良いテンポで話ができていた矢先に、ビシッと真名開示を拒否されて一成はいつものノリでリアクションをしてしまった。

 当のアーチャーは文句を言いだしそうな一成を制して、笑いながら説明を始めた。

 

「不興を承知で言うが、一成や。そなたから流れてくる魔力から察するに、そなたの魔術師としての技量は高くはなかろう。幸いにもパラメータに酷い低下はみられないが、仮にそなたが敵マスターの精神に働きかける魔術によって、あっけなく我が真名を吐かれたら困る。サーヴァントにとって真名は秘するものゆえにな」

「……なんでそんなことわかるんだよ」

「ふ、生前私は呪術にはなじみがあったようでな、それくらいはわかるぞ」

 

 アーチャーは薄く笑いながら、一成の反応を眺めている。アーチャーの言うことは少なからず一成にとって図星であった。土御門は歴史のある魔導の家だが、その代々伝えられる魔術回路は成長の限界を迎えて減退している。両親もそれを承知していたが、祖父はそれを信じたくないと言わんばかりに一成を跡継ぎとして魔術を厳しく教えこんでいた。

 

 しかし、結果は無残なものであった。一成の成長は祖父の期待の半分にも達せず、魔導の家の劣化を明るみにさらけ出すこととなった。中学を境に、祖父は諦めたように一成に魔術を教えなくなった。アーチャーの言は事実であり、怒りは湧かない。あるのは、悔しさ。

 一成は息をついて、努めて明るく言った。アーチャーの言葉に怒っても、図星を指されて逆切れしているだけで、いっそうみじめだ。

 

「なら……仕方ない、お前に従おう。だけど俺は勝手にお前の真名探すからな!」

「好きにせよ。とはいっても、私も自分の真名が分からぬ」

「ハァ!?」

 

 アーチャーは呑気に直衣から扇を取り出して優雅に煽いでいるが、さらっと爆弾発言である。しかも意味が分からない。

 

「そなたがアバウトな召喚をしたゆえに、どうも少し記憶が混濁しているようじゃ。まぁ一晩二晩すればすっきりすると思うが」

「……マジか」

「大マジじゃ。まったく初めからこれではそなたの人格と力量も知れようと言うものよ」

 

 召喚したてなのに既に駄目出ししかされていない。一成は若干ブルーになったが、的を射られてばかりなので反論もできない。しかし駄目出しをしまくったわりに、呆れてはいるもののアーチャーは不満そうには見えない。

 

「しかし、至らぬ点を衝かれても逆切れ等しないあたり、良しとしよう。性根は悪い者ではなかろう」

 

 一成ははっと気づく。不満げではないアーチャーの視線は、まるで値踏みでもするかのように一成を見ているのだ。当然ながら、英霊は生前に人々の記憶に残るほどの偉業をなした人間である。アーチャーも現界している姿が三十から四十歳の年に見えるため、それ以上の年を重ねていたはずだ。人々の記憶に残るほどの遥か年上の人間が、マスターとはいえたかだか十七の学生をどう見るのか。

 

 ともかくここに長居をするわけにもいかないので、一成はその場は片付けて去ることにした。親元を離れて一人暮らしをしている為、アーチャーが家に居ても問題はない。

 

(衣冠束帯ってことは平安時代?でアーチャー……那須与一?でもなんかイメージじゃないだよな……)

「一成、誰か来るぞ」

「は?」

 

 魔法陣を始末しているところで、アーチャーに呼びかけられて振り返るのと同時に閃光が目を焼いた。明るさで一瞬視界が奪われたと同時に、「誰だ!」と叫ぶ声が聞こえた。

 何かと思えば、懐中電灯を持った警備員が警戒と不振の眼差しで立っていた。一成はそれを認識するや否や、声を発せさせる間も与えず警備員の懐に潜り込んで腹に一撃を見舞った。

 物が詰まるような声を上げ、警備員はがくりと一成にもたれ掛る。

 

「これでよし」

「いやそなた人払いの魔術とかかけておらんかったのか?」

 

 一仕事終えたかのように額の汗をぬぐうそぶりを見せる一成に、アーチャーは疑わしげに尋ねる。

 

「かけたけど、多分召喚の余波でぶっ飛んだのかもしれないな。この手の魔術ニガテなんだ……けど侵入する時出入り口にいた警備員は峰打ちにしたはずなんだけどな」

「いやいやこの建物大きそうではないか、警備員はそこにいたので全員とは限らんだろ」

「まぁ会ったら会ったでまたちょっと……な?いろいろ便利なんだ。友達に教えてもらったんだけどよ」

 

 どうだといわんばかりの表情で返されて、アーチャーは苦笑いを隠そうとはしなかった。

 

 




☆ステータスとかはあとがきでちまちま公開していき、完結したら最後に総まとめ設定集ページを作る方式。
☆割とどうでもいい話・筆者の寒いOR痛い話は活動報告でだらだら書く方式。

アーチャー
【真名】
【身長/体重】175CM/体重:66kg
【属性】秩序/中庸
【パラメータ】筋力:? 耐久:? 敏捷:? 魔力:? 幸運:A+ 宝具:?
【クラス別スキル】
 対魔力:C  魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。
        大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。
 単独行動:C
       マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
       ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
【固有スキル】
黄金律:B 人生において金銭がどれだけついてまわるかの宿命。
      大富豪でもやっていける金ピカぶりだが、出費も多い。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。