Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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11月30日② 聖杯の娘、かく語りき

 アーチャーのヒントを受けてから、睡魔と闘いつつ考えてみたので一成にもバーサーカーの目星はついていた。あとは図書館で本を探し、自分の覚えている伝説と昨夜のバーサーカーに違いがないか確認する作業だった。

 

 その結果、一成は一つの英雄にたどり着く。

 

「どうやらそなたも考え至ったようじゃな」

「……マジであの英雄なのか?」

「おそらくな。昨夜の戦いで、私は幾本もの矢をあの狂戦士に射かけた。あれは不死身を称する故に心臓を狙おうが首を狙おうが避けなかったのよ。だがな、一か所必ず防いでいた場所があったわ」

 

 確かに体が非常に頑丈なバーサーカーは、アーチャーの弓など避けるまでもないという態度だった。矢で動きを鈍らせることこそできるが、止まりはしなかった。

 

「どこだよ?」

 アーチャーはとんとんとある体の場所を指した。「ここよ。恐らくここを射抜けばバーサーカーは死ぬ」

 

 一成は自分で調べていたバーサーカーの伝説を思い出して口を開く。

 

「よく見てるな、流石アーチャーのクラスなだけあるぜ。だけど、伝説通りならアイツは一回殺して死ぬのか?」

「もしかしたら死なぬかもしれぬ。それにセイバーが何度も何度も首を落としたりしていたが効いていなかった。もしかしたら、的確に部位を攻撃しなければ死んだことに数えられぬかもしれぬ」

 

 アーチャーの正確な狙撃であれば弱点を撃ち抜くことも可能であろう。だが、アーチャーに言わせれば彼にとってバーサーカーは鬼門であり、その前では性能が劣化する。距離を置けばましだろうが、距離を置くためには代わりに戦ってもらう者が必要になる。

 

 

「やはりセイバーは適任よ。セイバーがいればバーサーカーはそちらを追う。その間に私は離れた場所かアレを射殺す」

「バーサーカーを倒すまでの共闘か」

 

 こちらはセイバーの真名を把握し、アーチャー自身がいる為バーサーカーの真名を明らかにできた。しかしセイバーはアーチャーの正体を知らず、アーチャーがバーサーカーの前では性能を下げることをまだ知らない。

 

 セイバーが主に戦いバーサーカーを引き付ける。その間にアーチャーが本領の弓を以って離れた場所から正確な狙撃を行い、バーサーカーを死ぬまで殺す。この戦法と情報を持ちかければ、あちらも一考する。

 

「きっとあっちは真名把握まで行ってないと思うし、把握しててもアーチャーの戦力は欲しがると思う。……あとで碓氷の家に行ってみよう。いいな、アーチャー」

「そうするか」

 

 アーチャーは静かに頷いた。

 

 

 

 半ドンの授業で、戻った教室にはすでに人気がなく、日差しが差し込む中に一成のカバンが机の上にぽんとおいてあるだけだった。用のない者は帰宅し、部活動のある者はさっさと場所に赴いている。一成は帰宅部で放課後は友達とゲームセンターにでも赴くことが多いが、今日は別だ。鞄を担いで職員室に向かい、言伝があるふりをして担任の教師に暗示をかけなおした。

 さっさと出て行こうとしたところ、職員室を出てすぐに隣のクラスの同級生に呼び止められた。

 

「おい一成!」

「なんだよ。今日は用事あっから「校門前で高飛車ロリっ子がお前を呼んでるぞ!」

 

 なんだその二次元みたいな現象はとつっこみかけたが、生憎現在の一成にはその高飛車ロリっ子に心当たりがあった。このままではのっぴきならない事態になりそうだと直感し、一成は猛ダッシュで階段を駆け下りた。

 

 校庭は陸上部やサッカー部が部活に励み、正門には下校する生徒が向かっている。そのような普通の放課後の光景がある中、正門の前にはちょっとした人だかりができていた。一成は頭から冷水を浴びせられた気分になりながら、それでもその人だかりへ急ぐ。

 やはり予想した通り、艶やかな黒髪をした美しい十歳前後の少女が立っている。赤い目が一種幻想的な雰囲気を醸し出しているが最早どうでもいい。

 

「えーっと、キリエちゃんは一成とどういう関係なのかな……?」

「即答はしかねるわね。まぁ、わかりやすく言えば私の従者かしら」

「アインツベルーーーーーーーン!!!!!」

 

 おぞましいやり取りを耳にして、一成は人だかりを押しのけて高飛車幼女――キリエスフィール・フォン・アインツベルンの前に立ちはだかった。このまま放置していたら自分が苦心して作り上げたイケてる男のイメージが音を立てて崩壊してしまう。

 しかし、当のキリエは平然と腰に手を当てて言う。

 

「遅いわ!カズナリ・ツチミカド!レディを待たせるとはなってないわ!あと、私の事はキリエで構わないと言った筈だけど?」

 

 キリエはキリエでこの調子で、さらにキリエを取り囲んでいた同級生たちはそろいもそろって一成を疑いの眼差しで見てくる。

 

「土御門!お前まさかこんないたいけな女の子にそんなプレイを仕込んでいるのか!?」

「お前、この子どこから誘拐してきた!?そんな奴だとは思っていたが!!」

「非モテをこじらせたってのは犯罪のいいわけにはならないんだぞ!!」

「うるっせぇブラジルの親戚だよ!」

「「ウソツケェ!!」」

 

 改めて俺のイメージって一体、と真顔になって考えかけたが、この状態はまずい。脳内大混乱の一成を置いて、キリエはゴーイングマイウェイで彼の服を掴んだ。

 

「さぁ行きましょうカズナリ・ツチミカド。私はソフトクリームというものが食べたいの」

「お前もウルッセェェこの高飛車ロリババァーー!!」

 

 一成はええいままよとキリエを脇に抱えると、一目散に正門から外へ駈け出した。キリエのコンパスと一成のコンパスを考慮して抱えてしまった方が早いと思ったのだ。

 キリエはレディの抱え方でこれはないわと文句を垂れていたが、当然彼にそれを聞く余裕などなかったのである。

 

 

 まるで一人だけ真夏の焔天下に立っているかのような汗を流しつつ、一成は肩で息をした。今度学校に行った際には先ほど群がっていた連中に質問攻めにされるのが目に見えており、心の中でうんざりする。奇しくも先日キリエと別れた公園まで走ってきたところで、抱えていたキリエを下ろす。

 

「私だから許すけど、もう少しレディの扱いを学んだ方がいいわよ」

 

 憐みすらまじった視線で眺められて、一成は汗をぬぐわず反論した。気づけばアーチャーの気配がすぐ近くにはない。

 

「うるっせ……っていうか、お前、何しに、来たんだよ、」

「ソフトクリームなるものを食べて見たかったから、蛇の道は蛇ってことよ」

 

 一成の知るかぎり、ソフトクリームを食べることはそんなに物騒な行為ではなかったはずである。表現はともかく、キリエは再び一成にエスコートなるものをしろと言っているのである。

 

 一成は前回自分の学校を案内したのを悔やんで、願い下げだ、と断ろうと考えたがはたと思いとどまった。己より遥に魔術師とすぐれ、聖杯戦争のために生み出されたと言うキリエ。聞けることは聞いてやろうと思う。バーサーカーのことを知っているのかも気になる。

 やはりアーチャーはキリエのサーヴァントのもとにあり、牽制状態にあるようだ。幸いまだ昼で、夜になるには時間がある。

 

「わかったよ!食わせてやる……駅前に行くぞ」

「よいエスコートを期待するわ」

 

 一瞬にして上機嫌になったキリエは手を差し出した。引いていけということらしい。流石に幼女は守備範囲外な一成だが、改めて見ればキリエは純然たる美少女である。濡芭玉の黒髪と、透き通るように白い肌、ルビーの宝石のように輝く赤い瞳。すらりとした手足には傷ひとつなく、人の体ではなく人形と言っても通用するのではないかと思える。

 そういえばきっと「私はホムンクルスで、人間じゃないもの」という返事が返ってくるのだろう。

 

「十五分くらい歩くからな」

「わかったわ」

 

 キリエは花が綻ぶように笑った。キリエの歩調に合わせてゆっくり歩きながら、一成はあれこれと何を聞くべきか迷っていたが、やはり気にかかっていることからだと意を決した。

 

「アインツベルン。最近の一家惨殺事件の話しは知ってるか」

「キリエでいいって言っているのに。……それについては知っているわ。サーヴァントの仕業ね」

 

 一応この町のあちこちに使い魔くらいは飛ばしているのよ、とキリエは笑う。

 

「バーサーカーの仕業なんだ。人を食って魔力を得ているんだ」

「そんなところでしょうね」

 

 キリエは特に興味もなさそうに言った。その話よりも通りかかる焼き芋屋の方がずっと興味あると言う顔つきだ。一成は眉をひそめた。

 

「なんとも思わないのか」

「興味ないわ。カズナリ・ツチミカドの言いたいことはわかるけど、助力なら他を当たりなさい。ここの管理者である碓氷ならさっさと始末したがるのではないかしら」

 

 キリエに対して腹を立てても仕方がない。そもそも魔術師は一般人の人命を鑑みるような人間の方が少ないことを、一成は知っているつもりだった。

 

「私はバーサーカーに与するつもりはないから、好きに始末してちょうだい」

「ああ」

「そういえばアイスクリームとソフトクリームの違いが判らないわ!」

 

 基本的にアイスの事しか考えていないキリエに、一成はため息をついた。ある時は酷く冷静な顔を見せるくせに、そうでないときは実年齢三十とは思えないあどけなさを見せる為に一成は対応に困る。

 

「お前、この聖杯戦争のためにここ来たんだろ?昼間は何してるんだ?」

「昼は今みたいに街を歩いているわ。メイドとかも一緒に来ているのだけど、皆日本は初めてだからガイドは当てにできなくて」

 

 そこであなたよと指を指される。能天気かつ無邪気にも思える姿に、彼女が夜魔術師としての顔を露わにして死闘をする姿が想像できない。

 

 

 キリエが質問し、それに一成が答える形の会話を続けていると、春日駅に到着した。いつものように行きかう人々であふれており、はぐれないようにキリエの手を強く握った。

 数日前に駅ナカのコーヒーショップで通り魔があったそうで物騒になっているが、それでも大きな駅ゆえに人は絶えない。

 駅の中にある41アイスクリームでいいかと考えキリエをそこに連れて行った。が、行ったら行ったで、「五段重ねくらいにはできないの」「あれもこれも味見をするわ」とやかましく店員を困らせてしまった。おかげで購入にだいぶ手間取ってしまった。

 休日故にイートインスペースは込み合っていたが、何とか二人の席を確保した。

 

 

「これがダブルチョコレートチーズケーキにラブポーションフォーティーワンね……!」

「溶けないうちに食えよ」

 

 キリエは宝石を見るような眼差しでダブルのアイスを見ている。なぜかキリエの分まで金を払わされた一成は黙々と自分のアイスを食べる。

 

「一つ聞きたいんだけど」

「なぁに?」

「この聖杯戦争の開始に、土御門の家が関わってるって言ったな」

「言ったわ」

「なんでうちは聖杯戦争に関わろうとしたんだ」

「はぁ?……むしろ、なぜ知らないのかしら。それにそんなこと、私ではなくて自分の親に聞いた方が早いのではなくて?」

「家庭の事情で聞けねぇんだよ」

 

 親に内緒で聖杯戦争に参加している身としては、そんなことを聞いた時点で逆になぜそれを知っているのかと問い詰められて聖杯戦争の参加がバレるのが関の山だ。キリエはにやりと笑って、アイスのスプーンを振りながら笑う。

 

「私は土御門の人間じゃないから全部を知ってるわけじゃないわ。それでもいいなら教えてもいいんだけど……カズナリ・ツチミカド、ギブアンドテイクって言葉はご存知かしら?」

「いやこうやって春日を案内してるからいいだろ」

 

 一成のまっとうな反論は、高飛車幼ロリっ子の意には沿っていないようでキリエは不服そうな顔を隠さない。

 

「あなたが何故土御門の者に聞こうとしないのか、その理由を教えてくれれば話してあげるわ。ひたすら聞かれるだけというのは面白くないの」

 

 周囲の喧騒とは真逆に、一成は黙った。話をしていて面白いことではない――だが恥ずかしい為躊躇われたが、絶対に秘密にするようなことでもなかった。一成は心を決めた。

 

 

「俺は聖杯戦争に参加しているけど、そのことを親、家には言ってない。聖杯戦争の開始について聞けば、俺が参加してることがバレる」

「……え?なんでそんなことになっているの?」

 

 キリエはきょとんとした顔で尋ねる。「魔術師なら根源にたどり着けるかもしれないチャンスだし、願いが何でも叶うのよ?普通は一族を上げて参加者を支援するものよ。仮に支援がなかったとしても邪魔などしないわ」

 一成は苦い顔で答える。「親に言ったらやめろって言われると思ったからだ」

「何故親はやめろと言うの?」

「親がやめろっていうのは、」

「やめろっていうのは?」

 

 

 他の客の話声が遠く聞こえる。一成は深呼吸して、非常に嫌そうに声を絞り出した。

 

 

「『そんな危ないことはするな』って絶対言うから」

「………………………………………………………………………」

 

 キリエの視線がものすごく痛い。きっと異星人を見るかのような目で見られると思っていたが、その予感は外れていなかったようだ。

 

「ひとつ、失礼かもしれないけど聞かせてもらうわ。……あなたの両親って、本当に魔術師?」

 

 一応魔術師ではある。一成の父、土御門正明は魔術師である。そして母は魔術師ではないが、母体としては優秀な賀茂家の血筋から娶った泉希という女である。二人とも魔術に近い人間だ。それでも両親は一成に魔術を学んで欲しがらない。

 

「魔術師だ。だけど両親は俺に魔術をさせたくないんだ。俺はいまここで一人暮らししてるけど、それも両親の意向だ。魔術の勉強を一人でもしようと思ったけど、うちからたくさん道具を持ち出すことをを禁じられてあんまりできてない」

 

 キリエはとけかけたアイスをすくってから、神妙な口調で答えた。「……信じがたいけど、あなたを魔術師にしたくないようね」

 

 

 魔術師の家系は、一子相伝で魔術刻印を相続していく「魔術刻印のリレー」だ。魔術刻印は、その家系の始祖から現代に至るまでのすべての研究結果が刻まれた「受け継がれる遺産」である。そこには歴代当主の「魔術を極められなかった」無念の思いも含まれている為、古い歴史を持つ魔術刻印は、高い価値を持つと同時に歴代当主の無念を宿した「呪い」の結晶ともいえる。

 それを体に刻みつける魔術師は、その呪いを背負って魔術の研鑽に励むのである。それを踏まえて「魔術師なんてやめろ」などと言うのは、まっとうな魔術師から見れば狂気の沙汰に等しい。

 

 そして根源に至るチャンス、それでなくとも魔術師がその研究結果を競い合う争いである聖杯戦争に「危ないからやめろ」などという理由で参加を辞めさせることも、同じように狂気の沙汰である。

 

 

「でも、それまで魔術は勉強していたのでしょう?」

「ああ、両親はずっとやめてほしいって感じだったけど、御爺様は違ったからな。当主は御爺様だから、その意向には親も逆らいきれなかったんだと思う。でも、御爺様も俺が中学半ばになるくらいには、ダメだって思ってあきらめたみてーだけど」

 

 土御門の魔導の家系は枯れかけている。成長の限界を迎えた魔術回路は一成の代で終わる。

 土御門の魔導が終焉を迎えつつあることは、一成が生まれるずっと前から知られていた。

 

「御爺様は俺が参加してるっていってもどうも思わない……お前如き未熟者が勝ち抜けるわけもないわっていうくらいだろうけど、両親には心配かけたくない。止めろっていうだろうし」

 

 親がやめろと言っても、長く続いた由緒正しい土御門の魔導を繋げられるなら一成はやるべきだと思った。令呪が宿った時は、運命だと思った。

 

 しかし、親は決して喜ばないだろう――そのこともわかった。

 

「あなたの親の考えることは全くわからないわ。わからないけど、貴方が嘘をついているようにも見えないし……いいわ、質問には答えてあげる」

 

 キリエはむしろ怒気すらにじませていたが、一息ついてから口を開いた。

 

 

「聖杯戦争を復活させよう、という計画はアインツベルンのものよ。計画が持ち上がったのは三十年と少し前かしらね。かつての御三家、マキリは今やない。遠坂は当主が冬木の聖杯を解体してしまったし、話に乗ってくるはずもない。その代わりに立候補してきたのが土御門、あなたの家」

 

 キリエは形のいい人差し指で一成を指した。

 

「願いはあったんでしょうね。枯れかけているのは私も知っていたし、それを食い止めて魔術の研鑽を続けるとか、願いはそんなモノだったのかもしれないわ」

 

 これより詳しいことは、本格的にあなたの家に聞かなくてはわからないわとキリエは告げる。

 

「元は冬木の聖杯だから、ノウハウはあったのよ。紆余曲折を経て、冬木の聖杯は解体された。だけどその時、サンプルに聖杯の欠片を回収しておいたの」

 

 一成も、春日の聖杯が冬木という地の聖杯の模倣であることは聞いていた。だが、どのように模倣したかは聞いていなかった。

 

「他の土地を選ぶことになったけど、そこで春日の地はどうだろうかということになったの。四神相応ので清浄の地で、霊脈には申し分なし。――でも四神相応の仕組みは西洋の魔術ではなくて陰陽道、いや陰陽五行説のモノだからアインツベルンだけでは聖杯を適応させられなかったのだけれど、すでに土御門の協力は得ていたから大聖杯とその魔法陣を敷くことができたわ。中枢にはある意味私の妹とも言える――ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの回路を模倣したホムンクルスと、土御門家最高の回路を持つ女を据えて、回収した冬木の聖杯の欠片を元に聖杯を再構築した」

 

 行きかう人の喧騒も遠く聞こえる。おそらく周りの人間は一成とキリエがゲームかなにかの話をしているとしか考えないだろう。

 

「冬木の聖杯に陰陽道を掛け合わせたモノが、春日の聖杯の正体。もうこの聖杯は聖杯(ホーリーグレイル)と言うよりも、日本風に聖杯(ヒジリノサカズキ)と呼ぶべきね――西洋魔術と陰陽道のハイブリッドだから、本当は西洋のサーヴァントも召喚できるのよ。だけど、令呪がね」

 

「……おい」

 

「冬木の時、サーヴァントを縛る令呪の担当はマキリだったから、今回のアインツベルンだけではちょっとノウハウが足りなかったわ。陰陽道には「式神」を操る魔術が存在するでしょう?だから土御門が令呪を新たに作ったのだけど、魔術基盤の違いで西洋の英霊はうまく縛れない。だから日本の英霊しか呼べないと触れ回ったのよ。あとは冬木と同じね」

 

 西洋のサーヴァントを呼んで、制御できずに大暴れさせてしまえば神秘も被害もあったものではないからね、とキリエは頬杖をついてアイスを口に運ぶ。

 小刻みに震えている一成を知って、スプーンを置き手で制す。

 

「ただ、思った以上に聖杯への魔力が溜まるのに時間がかかったのね。陰陽道的にはかなりの霊地だから五年で開始できる見込みだったのに、魔力の充填に三十年を要してしまったわ。そのせいで土御門は計画が失敗したかと思ってしまった。アインツベルンはずっと春日の聖杯を監視していたから、三十年を経ての開始に一番早く気づいたのだけど」

「おいアインツベルン」

「ちなみにここの管理者の碓氷だけど、土地は提供したけどそれだけよ。大聖杯は大西山に設置する予定だったのだけれど、彼らが拒否して別の場所になったわ。でも根源に至る道が開けると言うことで、参加資格はよこせと言ってきたの。全くセコイったらありゃしないわね……五年で開催されるところが三十年もかかったから、碓氷もまさか今になって始まるなんて考えてなかったみたい。冬木の聖杯の模倣なんて初の試みだから、失敗してもおかしくなかったしね」

 

 キリエは約束を守り、きちんと知っていることについて話している。一成はのど元にまで出かかっている言葉を抑え、話が終わるのを待っている。

 

「何故、魔力の充填にそんなにも時間がかかったのか――といえば、それは冬木と違いこの聖杯は二つの魔術回路を基盤としているから。その継ぎ目から魔力が漏れていたから、その分聖杯に充填されるのに時間がかかってしまったようなの。戦争前に漏れた魔力はきっと自然に霧散してしまっていると思うけれど、今も漏れている分はおそらく始まりの御三家のマスターに供給されているわ」

 

 漏れたものだけなので、決して莫大な量ではない。それでも外様のマスターより御三家のマスターの方が有利――聖杯との繋がりが生まれている為、御三家は通常春日でしか行えないはずの召喚を離れた土地で行うことが可能になっている。かつてその離れ業が可能だったのは、アインツベルンだけにも拘らず――キリエは憤慨やるかたない様子であるが、綺麗にまとめて話を終えた。

 そして一成を制す手を下げる。「以上よ。質問があれば答えてあげる」

 

 一成は信じがたいと言わんばかりの表情でキリエを凝視する。キリエの話すことのほとんどが初耳に事柄ばかりだが、一成を震わせることはひとつ。

 

 

「……人を、聖杯に据えたってのはどういうことだ」

「聖杯には魔力を貯める核がいるのよ。陰陽道をいれたことで冬木の聖杯とはシステムが変わってしまったから、アインツベルンだけではなくて土御門の者の回路も欲しかったんでしょうね」

 

 キリエは何も聞いてないのねという顔で、当然の如く言う。溶けかけたアイスを慌てて舐めている。けれど、それは一成の聞きたかったことではない。

 聖杯に人を据える―――それは人柱というのではないのか―――。

 

 そして、三十年前。一成の両親はまた成人しておらず、祖父も今と違い心身ともに健康だった。だが、一成は祖母の事は聞いたことがない。

 

 一成が生まれる前に病で死んだと聞かされているだけだ。一成は震える声で問う。

 

 

「そういうことに、何も思わないのか?」

「どうして?聖杯に身を捧げることで、魔導を大成できるかもしれない。歴代の当主も報われるってものよ」

「おかしいのはお前の方だろ!!」

 

 気づくと一成は拳をにぎり、テーブルを叩いていた。そしてその大声に、周囲の客の視線が集まる。けれど、お互いにそんなものは気にしていない。実の話、一成は家以外の魔術師とこれまでまともに話したことがない。しかし、バーサーカーのマスターが、目の前の少女が、あまつさえ己の祖父が、魔術師がこんなにも人の命を一顧だにせず贄にするような人間だとは思っていなかった。

 一成の怒りを目の当たりにしても、キリエは首を傾げるばかりだ。

 

「おかしいのは貴方の方よ。カズナリ・ツチミカド。貴方はそれでも魔術師なの?」

「人を生贄みたいにして、そこまでして叶えるものがあんのか!」

「あるわ」

 

 キリエははっきりと言った。コーンを零さずすべて食べてから、ひらりと椅子から飛び降りた。振り返って冷ややかな視線で言い渡す。

 

「カズナリ・ツチミカド。そんな些細なことにこだわっていては、魔導を成すことなど到底不可能よ」

 

 そう告げてから、今度は打って変わって微笑む。「アイスおいしかったわ。今度は別の味も食べたいわね。でも、無理かもね」

 

 それまでにあなたが生きているかわからないもの――その外見年齢からは予想できないほど艶やかに、そして冷酷にキリエは言い残して、雑踏の中に姿を消した。

 

 

 

 

 魔術師とは、根源へ至るための研鑽を重ねる家系の人間。代を重ねることで研究結果を積み重ね、子孫へと後を託す。土御門は陰陽道で歴史を重ねた、誇りある魔術の家系。それを自分の代で絶やしてはいけない、積み上げた研究結果を台無しにしてはいけないと――祖父が自分を見限っても、両親が魔術など学ばなくていいと言っても、失うまいと思っていまこの戦いに居る。

 

 しかし、「魔導」なるものは、一成の予想を大きく超えて、本当に「魔導」の事しか考えていない。

 

「聞くしかない」

 

 聖杯戦争に参加していることがバレるなどという些事にこだわっている場合ではない。一度実家に戻り事の次第を問いたださなければならない。実家は新幹線を乗れば春日から四時間、駅から車で一時間。早朝出て、話すだけ話して帰ってきても当日の深夜になる。

 

 しかし、それをするのは後の話だ。今日はまだ、やるべきことがある。

 

『アーチャー!アーチャー!!』

 

 念話で数回話しかけると、アーチャーはようやく応答した。

 

『お前なにしてんだよ!』

『おおすまぬ。アインツベルンのサーヴァントとちょっと戦闘に』

『はぁ!?』

『入りそうになったが、そうはいかなかったぞ』

 

 一成がキリエと話している間は、キリエのサーヴァントが良からぬ行動をしないようにアーチャーが見張っている。キリエに今の所戦意はなさそうだが、サーヴァントはそうでもないのか。

 しかし一成は苛立ちながらアーチャーに命じた。

 

『あいつは帰った!戻ってこい!碓氷ん家に行く以外に用もできた!』

 

 現在は午後二時。昼ごはん代わりにアイスを食べたことで腹を誤魔化して、一成は従者と共に碓氷の影使いの家へと急ぐ。

 




キリエは嘘をついてませんが、自分に都合の悪いことは言ってません。

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