Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

21 / 108
11月30日③ 其は何を求めるか

 大学の授業を終えると、電車に乗って春日の家に戻った。明とセイバーは教科書などを置くだけおいて、直ぐに家を出た。目指すのはランサーのマスターであるハルカ・エーデルフェルトが拠点にしている洋館である。話す内容はもちろんバーサーカー相手の共闘の持ちかけである。

 

 できればそのような相談は教会でやりたいものだが、すでに聖杯戦争が本格的に開始されてしまっているため望めない。教会は建前中立地帯であるため、令呪を失って参加資格がなくなった時に保護を求めるでもない限り寄り付くのはよくない。

 神父もバーサーカー討伐への協力を依頼しているだろうが、管理者としてマスターとして一度様子を伺うべきだ。

 

 かといって、進んでハルカの拠点に行きたいわけでもない。拠点とするにあたって魔術的処置を施しているに違いなく、そのような場所に飛び込むのは危険である。対魔力Aのセイバーを盾にして進めば行けないこともないが、あまりにも物々しい魔術工房を作り上げていたら対話とは別の方法を考えなければならない。

 

 碓氷邸から徒歩十分。住宅街の中にそのこじんまりとした洋館はある。前に見たときは蔦が伸びて雑草が生い茂っていたが、現在蔦は取り除かれ草も刈り取られている。やや古いのは当然だが、これではもう幽霊屋敷とは呼ばれないだろう。明は背後にいるセイバーの姿を確認して、呼び鈴を鳴らした。この屋敷には碓氷邸のような広い庭はなく、門からすぐに木製の古い玄関が見える。

 

 最初にランサーが姿を現し、それからハルカが姿を現した。ランサーは初めて見たときとは異なり、Tシャツにジーンズというラフな現代スタイルだ。しかしハルカは変わらぬ黒く長いカソックのような服を着て、柔和な笑みを湛えている。明に戦意のないことを見て取って、優雅な動作で中に促した。

 

「どうぞ、あまり綺麗ではありませんが」

 

 セイバーがいざという時は盾となるべく前を歩いた。もちろん明も妙な仕掛けがないか注意を払う。石の階段を数段上がり中に入る。靴のまま上がり、リビングまで通される。様子を見るに、敵襲を知らせたり襲撃があった場合に迎撃したりするための魔術がかけられているくらいであった。工房と言うほどの物ではない。

 

(この拠点が壊されてもいいように考えてるのかな……立派な魔術工房を作るには労力がいるし)

 

 ハルカに促され、明はリビングの二人掛けソファに腰を掛けた。前にはテーブルがあり、向かいにも同じソファが設えてある。ハルカは手早くティーカップに紅茶をいれ、明の前に置いた。

 

「インスタントですが、どうぞ」

 

 セイバーはソファには座らず、その後ろに立ちハルカとランサーに目を光らせている。同様にランサーも向かいのソファの後ろの立ち、こちらに注意を払っている。

 セイバーとランサーの仲は悪くないようには思うが、どうしても不穏な空気が漂う。

 

 ハルカは微笑を絶やさずに明に用件を尋ねた。

 

「ミス・ウスイ、今日は何の御用で?」

「教会からも連絡があったと思いますが、一時ランサーは偵察を止めて、共にバーサーカーを倒すために戦いませんか」

 

 御雄からの定期連絡で、ハルカもバーサーカーの人食いについては聞いているはずである。余計な説明はいらない。普通に考えれば、諾と言う。

 

 ハルカは紅茶を一口飲んでから、すぐに返した。

 

 

「申し訳ありませんが、お断りいたします」

「む、ハルカよ。儂も教会からの報告を聞いているが、バーサーカーの所業は看過してよいものではない。ここはセイバーと協力すべきではないか」

 

 ランサーの方は明たちに好意的な意見だったが、それでもそのマスターは首を横に振った。

 

「貴方はここの管理者で、また教会はその職務上神秘の漏洩を防がなければならない以上、優先してバーサーカーを倒そうとしているのは知っています。……しかし、その事情は私には関係ありません」

 

 明は内心何故、と思いながらもどこかそうだと感じていた。元々ハルカと教会の関係は、「ハルカが聖杯戦争でも勝ち残った時、聖杯を根源に至る為だけに使う」ということが肝心要であり、当初の約束に「共に神秘を脅かす者を排除する」というものはない。

 しかしたとえ管理者の職務とは無関係とはいえ、神秘の漏えいは魔術師にとって一大事のはずである。これを放置したことが時計塔に伝われば、ハルカの評価が下がるどころか危険視されかねない。

 

 にもかかわらず、彼は断った。意外なはずなのに、何故か明は驚かなかった。

 しかし、職務として彼女は食い下がった。

 

「あまりにも事態がひどくなれば、聖杯戦争の続行さえも危ぶまれます。ここは魔導を成しとげようとする者として、戦いませんか」

「魔術協会から命じられれば致し方ありませんが、それまでは動くつもりはありません。――もし聖堂教会共々この意向が不満とあらば、この関係を切っていただいても構いません。ここを出て行けと言うならば、それも受け入れましょう」

 

 ここは教会からあてがわれた拠点。もしこの協力関係がいつ切れても構わないように、ハルカはこの家には最低限の魔術しかかけていないのだ。明はそう思った。

 ハルカは魔術協会から派遣されてきたそうだが、彼は魔術協会の意向よりも自分の意向で動いているように思える。

 

 

「この件についての対応は、今日ミスタ・ジンナイに伝えました。もちろん偵察は行いますし、その情報も共有します。教会からは既に了解を得、このまま協力関係を続けることになっていますが、もしミス・ウスイが不満だと仰せならそうしましょう」

「……神父がそう言ったのですか」

 

 妙にあっさり引き下がると神父に疑念を抱くが、教会も彼に対して強い拘束力を持たない。基本、教会と協会は相互不可侵であり、たまたま利害が合致した部分でのみ共に戦うだけだ。

 

 結局、ハルカもこの共闘関係にそんなに積極的なわけではなかったのだ。

 明は小さく息をつく。

 

「……そうですか。教会がそう言っているならば私に異存はありません」

「おいおいセイバーのマスター!もう少し粘ってみたらどうだ?このマスター案外ねだれば言うことを聞いてくれるやもしれぬ」

「貴方はどちらの味方なのですか、ランサー」

 

 明をせっつくランサーを、ハルカは呆れた眼差しで見ている。ランサーの協力を得られないことは痛いが、明はこのハルカという魔術師が好きにはなれない。

 完全に私情だが、共に戦いたいとは思えない。特に理由があるわけではないが、嫌な予感がするのだ。

 

「無理に協力を仰いでも仕方ないですし。用件は済みましたので、帰ります」

「そうですか。それは名残惜しい」

「これからも、名に恥じぬ戦いを」

 

 にっこりと笑って返すハルカ。普通の笑顔のはずなのに、なぜか悪寒を感じて明は足早に玄関に向かった。それではまた、という和やかな声を後にしてハルカの拠点を後にする。

 その門を出たところで、ようやく明は人心地つく。挙動のおかしいマスターに気づいていたセイバーは、心配そうに声をかけてきた。

 

「マスター、どこか体の具合でも悪いのか」

「いや、悪くないよ。ランサーのマスターいるじゃない。あれ私苦手なんだよ」

「……特に不審な点はなかったが……」

 

 セイバーの判断はもっともで、ハルカは敵意を持っていたわけではなかった。苦手な理由は明にも説明がつかない。しかしセイバーも何やら考え込んでいて、歯切れの悪い口調で続けた。

 

「俺もあのような人間は初めて見た」

「あのような、って?」

「外と中身がまるであっていないような気がする」

 

 要領を得ず、明は問いただそうと思ったが、セイバー自身も表現しあぐねているようである。今の時点で聞いてもあまり得るところはないとみて、明は話をやめた。

 

 腕時計を見ると、既に午後二時であった。今夜もバーサーカーは人を食べるだろう。

 なんとかしなくてはならないのだが、あの不死身の謎を解かなければ活路が見えてこない。

 

 家で調べることと決めて、二人は自分たちの屋敷へ急いだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 二階の窓から、急ぎ足に帰るセイバーとそのマスターを見下ろしながらハルカは汗をぬぐった。危うく地が出てしまうところであったことの冷や汗だ。

 予想はしていたが、背後にサーヴァントの気配を感じた。あまりいい予感はしない。

 

「何か用ですか、ランサー」

「やはりバーサーカーを野放しにすべきではないと思うぞ。魔術師の流儀なんぞはわからんが、戦う気のない者を巻き込むのは如何なものか」

 

 このサーヴァントは本当に予測に違わないことを言う、とハルカは心の中で思った。戦国武士の気風を強く持つランサーは戦う意欲は高いが、関係のない者を巻き込まんとする性質だ。

 民――非戦闘民を殺されることを良しとしない。

 

「ランサー。私たちの目標は聖杯を手に入れることです。セイバーがバーサーカーを倒すのならばそれでいいではないですか。今は大人しく偵察の役目を果たしてください」

「ハルカ」

 

 ランサーは異論ありげに名を呼んだ。しかしハルカはバーサーカー討伐には興味がない。

 

「もしセイバーとバーサーカーの交戦を見ても、観察だけしてください。決して手出ししてはいけません」

 

 ランサーはまだ文句を言いたげだったが、ハルカは聞く気はない。ランサーの気配が遠のく。ハルカは再び窓から外を見下ろしたが、もちろん明たちの姿は既にない。

 

 

 ――――本当に、聖杯は根源に至るのか。

 

 ハルカは勿論聖杯が目的でこの地にやってきているが、その聖杯については半信半疑である。冬木の戦争でも一度として渦への道は開かれないままであったことが疑惑の大本として大きい。

 しかし、仮に根源に到達しなかったとしても、彼は神域の天才が作り上げた聖杯戦争という儀式そのものに興味を持っている。

 

 その儀式を己が研究の肥料とすべくやってきた、それが一つ目の目的だ。

 

 そう考えるハルカにとって、儀式自体に興味はあれど、根源に至るためにサーヴァントと戦に身を窶すことに意欲がわかないし、秘術の限りを尽くして競い合うことにも今一つ意欲がわかない。

 だが、儀式を見届けるためにはランサーの存在はあったほうが良い。

 故に、余計に戦って魔力を無駄遣いすることは控えたい。

 

 と、既に馴染みになった使い魔の気配が現れた。背後には黒いコウモリが飛んでいる。

 

 

『何か考え事か?』

「……ミスタ・ジンナイ、今日の分の報告は済ませたと思いますが」

 

 低い声が蝙蝠の口から発せられている。ハルカはすぐさま外面を取り繕って振り返った。何を考えているかわからぬ監督役の声だ。監督役の娘の方は本当に何事もなく聖杯戦争を終わらせることを望んでいると思うのだが、あの監督役は何を思っているのかわからない。

 

『重要な報告が二つある。一つ、バーサーカーのマスターは、真凍咲という娘だ』

「真凍……」

『貴殿は知らないかもしれないな。春日の魔術師で、体に飼った細菌を応用して魔術を行使する家系よ。その咲という娘は今、駅近くの春日総合病院に入院している』

 

 病身でバーサーカーを使役するのは相当な難行だ。人を食ってバーサーカーの魔力を補充しようとする行為にも納得がいく。

 

『もう一つはアサシンが消滅したことだ』

「……そうですか」

 

 セイバーが白昼堂々アサシンのマスターを殺したことは、前回の御雄の連絡で知っている。その時にはセイバーは横紙破り、かつ好戦的だと思ったものだ。

 

『話は以上だ。朝にバーサーカー戦には参加しないことを了承したが、やはり加わっていただきたいものだ』

 

 不満でも、文句でも、注文でも、命令でもなく、むしろ可笑しむような雰囲気を漂わせている声が使い魔から漏れる。何故おかしむのか、その理解は今のハルカにはできなかった。

 

『話は変わるが、ハルカ、拠点の住み心地はどうかな?あまり工房化はしていないようだが』

「良く知っていますね」

『監督役ゆえに使い魔は多く放っている』

 

 どこがおかしいのか、やはりその声は多分に笑いを含んでいる。ハルカは首を傾げることしかできない。

 

「力技で壊されても事ですしね。堅牢な工房を作成しても、敵マスターがここにそのまま突っ込んできてくれるとは思えないので」

 

 魔術師の作成する工房はそれそのものが要塞である。しかしそれほどまでに作りこんでしまうと、敵は危険視して容易にはやってこない。それでも身を守るという意味では作る価値はあるのだが、ハルカはしなかった。ハルカの本格的な工房を作成するにはより時間が必要で、魔力も多く使う――ならば、逃げるだけの時間を確保できるだけの仕組みがあればよいとしたらしい。

 

『なるほど。それでは健闘を祈る』

 

 使い魔が消える。ハルカは思い出したように己のトランクを引きずり出した。

 その中にはハルカの貴重な魔力を注ぎ込んだ宝石たちが並べられている。一つ一つが粒ぞろいの宝石である。ハルカは口を歪ませて、笑う。この宝石たちは今が使い時だと。

 どうせこの宝石は、ハルカのものであってハルカのものではないのだから。いざとなれば、これを使ってもよい。

 ハルカは宝石たちの下に保管してある、鉄のひんやりとした触感を楽しんだ。

 

 

「バーサーカーのマスターは、春日総合病院にいる……」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。