実家に聖杯戦争の経緯を問いただしたいのはやまやまだが、バーサーカーの暴挙を放っておくことはできない。こちらは日を伸ばせば伸ばすほど犠牲者が増えてしまう。
一成は気持ちを抑え、しっかりと優先順位を割り振った。
「噴水とかあるけど大丈夫か?」
「いや、別に噴水くらいあってもよかろうて」
碓氷邸を目の前にして発した一成の第一声が、これであった。一成はここの管理者が碓氷の魔術師であることは知っていたが、その屋敷に訪れるのは初めてである。一成は高校に通うため、しかも両親から魔術に遠ざけられるために春日に一人暮らししているだけである。
そのため魔術工房らしきものをあのワンルームに構築していない。
つまり、碓氷に工房作成の許可を取る必要がなかったためこれが初めての訪問になる。
「俺の実家とはえらい違いだな」
「そなたの家は陰陽道であるし、そもそも魔術の系統が違うからのう」
草をモチーフにして芸術的意匠が施された鉄門から、石畳の敷かれた庭が見える。中央に噴水が配され、その奥に玄関が見える。見た目は古いが手入れされた洋館だが、何代にもわたり魔術師が生きてきた屋敷は堅牢な工房と化して、サーヴァント一騎程度の襲撃なら凌げそうなほどである。
呼び鈴を鳴らそうとしたが、それより早く実体化したサーヴァントが門越しに姿を現した。言うまでもなくセイバーである。
「アーチャーとそのマスター。何の用だ」
簡素な衣袴に身を包み、黒髪を頭の上で結ったサーヴァント。腰には例の剣が佩かれている。昨日はあのような乱戦状態だったため、まじまじと姿を見るのはこれが初めてだ。身長はアーチャーよりも十センチ以上は低く、ランサーのような隆々とした体格でもない。
玲瓏たる中性的な容貌を持ち、美少女にも美少年にも見える。
「……バーサーカーについてあんたたちに相談したいことがある。ちょっと中に入れてもらってもいいか」
セイバーは一成とアーチャーを一瞥してから頷いた。「マスターから許可が下りた。入れ」
鉄門が左右に開かれ、セイバーはくるりと背を向けて玄関に歩いていく。ついてこいという意味らしく、一成とアーチャーはそれに従った。小さな声で一成はアーチャーに尋ねる。
「……アーチャーあのさ、日本武尊って女なのか?」
「わからぬな。私のころには男と伝わっていたが、実際は違ってもそう驚くほどではない。けれど昨日、一人称は「俺」だったが」
「ひょっとしたら俺っ子かもしれないな」
「男装の麗人と言うヤツか。確かにそれはなかなかテンションの上がる事実よ」
阿呆なことで盛り上がるアーチャー主従の内緒話は、セイバーにダダ漏れである。最早この手の誤解に慣れているセイバーはどうも思わないが、後ろを向いた。
「アーチャーのマスター」
「はい!」
噂の当人に話しかけられて、一成は裏返った声を出した。
「期待を裏切って悪いが、俺は男だ」
「あ、そうですか。すいません」
「そなた私にはタメ口なくせに何故今敬語なのだ」
どうせ男でも女でも美人に慣れていないだけであろうというアーチャーの視線を感じながら、気を引き締めなおし一成は碓氷の屋敷に足を踏み入れた。
敵対するつもりはないとはいえ、ここは敵地にも等しい場所なのだ。
外見よりも中の方が新しい感じを受ける屋敷だった。屋敷ゆえに応接室のようなものがあるようで、一階のその部屋に通された。壁には絵画が飾られ、向かい合った二人掛けのソファに四角いテーブルが挟まれている。座ることを促され、一成はそれに従った。
一成に向かい合うのは、言うまでも無くセイバーのマスターだ。彼よりも若干年上と思える女性だった。大学生くらいだろうか。
こちらも改めてみると、女性にしては高めの身長にすらりとした手足をしたスレンダーな体型をしている。セイバーを前にしてはさすがに霞むが、少し影のある控えめな表情がにあう美人だった。
「一応初めましてと言っておきますね、アーチャーとそのマスター。春日の地の管理者、碓氷明と申します」
アーチャーが念話で「マスターサーヴァントともに美しいとはまこと羨ましい」とまこと能天気なことをほざいていたが、一成は密かに同意した。だが、目の前の女は一成よりもはるかに魔術の研鑽をしているだろう魔術師なのだ。
「俺は土御門一成。ここの魔術師じゃない。昨日は世話になった」
「それはこちらからも礼をいいます。早速本題に入りたいのですが、今日は何の御用でしょう」
出遭ったのは昨日の今日のことだ。きっと碓氷のマスターも要件に感づいているはずである。一成はつばを飲み込んでから意を決して口を開く。
「バーサーカーは連日人食いを続けている。そのことは知っているな?」
「ええ」
「あれを放っておけば、もっとたくさんの人が死ぬ。俺は放っておけないと思う」
目の前の、僅かに年上なだけの管理者はその眼差しを一成に向けた。
「あのような暴挙、この地の管理者として見過ごすことはできません」
よく通る彼女の声は、一成の耳に快かった。セイバーのマスターにはあのバーサーカーを止める意志がある。キリエや己が家にも不審を抱きかけている一成には、それだけの事実が素直に嬉しかった。
「……昨日戦ったバーサーカー、何度殺しても死ななかった。あんたのセイバーが強いのはよくわかってるが、それでも何度も生き返られたらどうしようもないだろう」
明は静かに頷いた。
「俺たちはあのバーサーカーの真名を割り出した。アレを倒す方法はわかったが、アーチャーだけでは不足がある。そして多分、セイバーだけでも微妙だ」
「……バーサーカーを倒すために、手を組もうと?」
彼女は驚きを示さなかった。門の前で用件は告げたが、告げずとも一成たちが来たことで、用件はそれだと察していたからだろう。目的は同じで、こちらは真名という情報を持っている。
十分メリットはあると思ってくれるはずだ。しかし予想外に、口を出してきたのはセイバーだった。
「サーヴァントを消す方法は真っ向からサーヴァントを消すだけではない。そのマスターを殺しても消える」
「セイバー」
明は咎めるような口調でセイバーを制した。だが、当のセイバーは意に介さない。
「こちらはバーサーカーのマスターが誰かを割り出した。それを踏まえマスターを始末する策もある」
その方法があったと、一成はいまさらながらに思い至る。確かにそれならばうまくいけば最小の労力でバーサーカーを仕留められる。ただ、必ずバーサーカーのマスターは死ぬ。
一成が黙ってしまったところで、助け舟を出したのはアーチャーだった。
「なるほどのう。流石は管理者と言うべきかの、御見事よ。……だが、そのマスター暗殺はセイバーであるそなたに可能であろうかの?」
「一人殺したこともある。やってやれないことはない」
セイバーはすげなく答える。一成はアーチャーがセイバーの心証を悪くする行為をしたのを見た覚えはないが、なぜかセイバーはアーチャーを疎んでいる気がする。
しかし、それよりセイバーはすでに一人マスターを殺したと言うことに一成は衝撃を受けた。
一体誰を殺したと言うのだろう、そしてマスターである彼女はそれを良しとするのか。
「そなたが暗殺の逸話を持っていることは知っておる。しかし、セイバーというクラス上、気配遮断や偽装のスキルを持っていても精々ランクはC程度であろ?一人殺した、と言ったが、それは状況が許しただけではないか?」
「何が言いたい」
セイバーはいらだった口調で聞き返した。其れに反してアーチャーはあくまで真実を告げるように、真摯な口調である。
「仮にセイバーであっても高い気配遮断に類するモノを持っていたとしたら、それを使って暗殺ができるだろう。ならば何故そなたはこの同盟の話をしっかり聞いておる?何故バーサーカーのマスターの所在を知りながら、バーサーカーが危ういと知りながら殺しに行かぬ?名高き太陽の皇子、日本武尊であらせられるならば、そうなさると思うが」
アーチャーの滑らかな弁舌は止まらない。
彼はちらりとセイバーとそのマスターを見てから、話を続けた。
「セイバーというクラスを鑑みれば、最も向くのは真っ向からの勝負。私たちはバーサーカーの真名とこの弓技を供し、そなたはマスターの情報とその剣技を与える。バーサーカーを倒すには、これが一番の方策とは思わぬか?」
「私はそれで構わない。単純に一対二の方が強いのに疑いはないし、バーサーカーを倒すまでの同盟という形なら」
セイバーが再び口を開くより先に、マスターの明が素早く答えた。セイバーは強いが、一人では人を食い魔力を蓄えた「最強」のサーヴァントバーサーカーを倒すには不安がある。
セイバーは何か言いたげな顔をしていたが、それ以上口は出さなかった。
その答えに、一成は勢いよく顔を上げた。
「なら、アーチャーが言ったけど俺たちは真名を情報提供して、あんたたちはマスターの情報を提供する。そして、戦うときの役割分担を決める」
「構いません」
ここにバーサーカー打倒のための同盟は成った。とりあえず話に区切りがついたところで、明は客人に何も出していなかったことに気づいたらしく、しばらくアーチャーとそのマスターにゆっくりしていて欲しいを伝え、セイバーと共に席を外した。
ぱたんと扉が閉められる音がして、二人の足音が遠ざかったことを見計らって一成は深く息を吐いた。
「っぁーーー……緊張した」
元々交渉事、レベルを下げれば口喧嘩も得意なわけではない一成は妙な疲れを覚えた。顔色一つ変えないアーチャーをじろりと見上げる。
「お前、セイバーになんかしたのか?なーんか嫌な顔されてね?」
「特に何をした覚えもないのだがの。美人に嫌われるとは悲しい」
重要なのはそれじゃねえ、というツッコミを飲み込んで、暇になった一成は部屋を見回した。
外見を裏切らず、内装もさながら異人館である。そして同じ魔道の家でありながら、自分の家とは随分異なる。碓氷邸はどことなく冷たく、空気が止まっているような感じがする。
土御門の家は流石に寝殿造ではないが、伝統的日本家屋でありここよりは開放感がある。
魔術系統の差か、などとぼんやり考えた。
「にしてもお前、なんでセイバーが気配遮断できないみたいなことわかったんだよ」
伝説を鑑みれば、セイバーはセイバーであってもスキルや宝具でステータス隠ぺい・気配遮断の力を持っていても不自然さはない。
「ああそれかの。まあ他にも根拠はあってな――昨夜、バーサーカーと戦っている時に既にセイバーの気配があったのだが、彼らは直ぐに戦いに混ざってこなかったのでな。観察をしていたのだろうが、観察するにしても不意をつくにしてもせっかくの気配遮断をしない理由がなかろう」
「はー……お前、よく考えてんな」
あの時はセイバーにまで襲い掛かられてたら完全に消滅していたぞ、とアーチャーはぼやきながら一成の頭を叩いた。
*
過去、冬木の聖杯戦争において神秘を漏えいしうる暴挙をなした陣営に対し、教会が他全陣営に対してその陣営の打倒を最優先に命じたことがあるという。打倒しえた陣営には褒賞として令呪を一画提供することを約したそうだ。
ならば此度の春日教会もそうすればよいのに、それを躊躇うわけがある。
第一に、春日の聖杯は冬木の模造であること。真偽はともかく、冬木の五度にわたる戦争でも根源にたどり着いた者は誰ひとりいなかった。その模造であれば何をか況や、ということだ。
それでも英霊の召喚を可能とするほどのモノであるがゆえ、贋作でありながら教会が監督をする。
だが、明らかに冬木のものよりも注目度も低く、教会と協会も綿密な打ち合わせの上で手を組んでいるわけではない。だから、神父たちもハルカに上から命ずることはできない。
第二に、むしろこちらが大きいのかもしれないが――春日の戦争は一回目であるがゆえに、前回まで消費されず残った予備令呪が存在しない。つまり褒賞がないのだ。
――ぶっちゃけた話、教会の持つ権力は弱い。
あまり明に言えた義理ではないが、それにしても教会はあまりにもハルカに対してあっさりと引きすぎていると思う。そしてハルカも、セイバーと二人がかりでバーサーカー退治することは決して悪い話ではない筈なのに断った。
(わかんないな)
あまりハルカに近づきたくない明はそれでよいが、あのランサーを使えないのは惜しい。そう考えていたため、正直土御門一成の話は渡りに船だった。
しかし正確に読んでくるな、と明はアーチャーに内心舌を巻いていた。その通り、セイバーがアサシンのマスターを殺せたのは、たまたまアサシンがマスターの傍を離れていたこと、真昼間という虚をつけたことによる。
しかしバーサーカーのマスターはサーヴァントをすぐそばに置いているだろうし、明は間昼間に騒ぎを起こすことをセイバーに禁じたため暗殺は既に現実的な手段ではない。
明はアーチャーたちが訪れるまでに神父からの使い魔に報告を行い、バーサーカーのマスターのことを報告した。その際に神父から、バーサーカーのマスター真凍咲は春日総合病院に入院している情報を得ていた。同時に、過ぎた二十四日に彼女が自分の両親さえ殺しただろうことも知った。
マスター殺しもやむを得ないかと思ってはいたが、上記を踏まえ今回は現実的ではないとセイバーと話はついていた。はずであった。
キッチンでティーポットを温めつつお湯を沸かせつつ、明は早速セイバーに物申す。あの場でもセイバーはまるでアーチャー陣営に喧嘩を売っているような態度だった。マスター暗殺は現実的ではないという結論に落ち着いたはず、しかも相手はバーサーカーの真名を看破しているという。
それだけでも同盟の価値はあると明は思ったのだが、セイバーは違うらしい。
「……あのさ、アーチャーと組みたくないの?同盟が嫌なの?」
元々共闘関係に賛成していなかったセイバーだが、ランサーとの協力関係は(足並みを乱しまくってはいたが)一応受け入れていた。だが今回は最初から嫌そうに見える。
「……別に……」
セイバーはお湯の番をしながら、拗ねたように言った。明は「お前は沢●エリカかよ」とつっこみたい衝動をこらえる。
「……特に理由はない。昨日は戦いに集中していたせいかあまり感じなかったが、俺はあのアーチャーが嫌いらしい」
沸騰したお湯を温めたティーポットに注ぎながら、明は茶葉の量を量りふたをして蒸らす。それから指定されたティーカップをトレイに置いていく。
「なんで?」
「わからない」
セイバーにしては珍しい回答に、明は首を傾げた。セイバーは一見唐突、かつ予想の斜め上の行動に出ることが多い。しかし、話を聞けばセイバーなりの筋を通して動いていることがわかる(明にとってはそれも大分飛んでいるが)。
基本、明確な理由なくしてセイバーは行動しない。ただ明も明でハルカには得体のしれない苦手意識を持っている。それと同じような感覚であれば、あまり文句を言うのも理不尽だ。
「しかし現実的に考えれば、この同盟はいいと思う。あのマスターはもとより、アーチャーもバーサーカーを倒したいというのは本当であろう」
「……?どういうこと?」
土御門一成は本気だと言うことに明も疑いはないが、アーチャーに関してはあまり自信がない。それでもセイバーは断言する。
「あのアーチャー、昨日より今日の方が強くなっている。正確に言えば、昨日は平常より弱く今日が普通の状態なのだろう」
「……?アーチャーが弱いってこと?」
確かにパラメータを見る限り、幸運値が異様に高い以外は目立ったステータスではない。直接の戦闘ならセイバーが勝つだろう。しかし、当のセイバーはそうではないと首を振った。
「昨夜バーサーカーと戦っていた時のアレと、今とでは明らかにその発する力量が違う。何か特別なことがないとしたら、原因はバーサーカーくらいしかない」
マスターの方を相手していた明はそこまで気づかなかった。流石セイバーのサーヴァントというべきか、戦いにおいては注意を怠っていない。
「つまり、アーチャーはバーサーカーが苦手だから早く倒したいってこと?」
「だろう。それにアーチャーは遠距離攻撃のできるクラスだ。セイバーの不足を補うにはいいだろう。もう俺は邪魔をしない」
少し気まずそうにセイバーは謝った。とにかくセイバーには異論はないようである。バーサーカーを倒すだけの同盟という、期間も短く目的も明確な方が余計なリスクを抱え込まないためか、教会とハルカのうすら寒い同盟よりもセイバーは納得している。
「にしても教会の時は渋ってのと比べると、けっこうな差だね」
「同盟は短い方がいい。それに、相手として――いや、マスターとしてあちらの方が御しやすそうだ」
明は苦笑した。確かに、彼女自身にもそう思うところはある。もともと人づきあいが苦手なほうで、年が近い方が正直やりやすい。
明とセイバーは準備のできた紅茶一式をのせたトレイを持ち、アーチャーとマスターを待たせている部屋に戻った。
明の入れた紅茶を飲みながら、両陣営はお互いに情報開示を行う。アーチャーがバーサーカーの真名を告げると、やはりセイバーと明は驚いてもいたが納得もしていた。
「それならバーサーカーがセイバーを追うのもわかるね。ヤマト王権から命じられ東征の伝説を持つセイバーと、東で朝廷に対し反乱を起こしたバーサーカー。時代は違うけど完全に立場が逆」
セイバーとバーサーカーは生きた時代が異なり、直接の面識はない。仮にバーサーカーがバーサーカー以外のクラスで召喚されていれば、お互いに正体のわからない状態で邂逅していたはずだ。
だが、バーサーカーは理性を失ったが故に本能がむき出しになり、その身に宿った伝説のままにセイバーを敵と認識し襲い掛かってきたのだろう。
「バーサーカーは確実にセイバーを追ってくる。人気のないとこにおびき寄せて、セイバーはバーサーカーと戦闘に集中して、そこをアーチャーが射るって感じ?」
一成は明が納得した様子であるのを見て図らずも嬉しくなった。碓氷明という魔術師は人の命を気にかけるマスターだと、彼は思った。
セイバーが弱いわけではないが、昨日の宝具を見るに一対多を得意とし、的確にある部位を狙うことには向いていないことが予想された。それもあり役割分担は一成の想定通り、セイバーがバーサーカーを引き付けている間にアーチャーがバーサーカの弱点を射て殺すということになった。
ついでにアーチャーのバーサーカー恐怖症なるものも、一定距離離れられればなくなるとアーチャーは明たちに聞こえないように小声で言った。
バーサーカーの正体が割れてみれば、アーチャーの恐怖症もすんなりと理解できるものだった。バーサーカーとアーチャーは生きた時代が重なっているわけではないが、バーサーカーの起こした乱の恐怖は、その後平安貴族の恐怖の象徴として長く記憶に残されたのである。
バーサーカーという恐怖は、アーチャーの魂に刻み込まれている。
(っていうか、アーチャーってたぶん……)
アーチャーはその真名を一成に明かしていない。真名秘匿のため、という理屈だったが、一成があれこれ推測しているのを楽しんでいる節があった。一成も最初は那須与一や今川義元かと思っていたが、さすがにここまでくれば見当もつく。
その人物に弓にまつわる伝説などあるのか半信半疑だったが、今日図書館に行ったついでに調べたら確かにあった。というより、その人物の武具や魔術にまつわる話はそれだけで、アーチャーにしか適性クラスがなかったという感じだった。
抑々アーチャーは弓「兵」ではない。寧ろアーチャーが生前に武を誇ったことなどゼロに等しく、当時弓は彼らに必須技芸だったとえはいえ、本気ではないランサーと打ち合えたことも奇跡なレベルだ。
弓は陰陽道にも縁深く、たとえば鳴弦の儀――弓の弦を鳴らすことで、魔を遠ざける儀式――などに使う、呪術的道具でもある。ゆえに一成も弓を扱ったことがある為にわかるのだが、アーチャーはそこまで弓がうまくない。うまくはないが、弓は当たる。
――アーチャーの弓に纏わる伝説は技の精度を誇る類ではない。生前のアーチャーには「伝説」を作り上げた意識さえなかったかもしれない。
しかしおそらくその本質は「因果の逆転」。アーチャーの矢はそれに言葉を乗せ、放つことで望む運命を引き寄せる矢。
改めてアーチャーに真名を問いただしてもよかったが、一成はあまりその必要性を感じなかった。強い英霊を呼び出したかったが、サーヴァントは共に戦う者でもある。相性も大事だろうとおもったから、博物館にてあえて一つの触媒を使おうとは思わなかった。
そして今アーチャーは一成が未熟者と知りながら、それに付き合って戦っている。
一成にとっては、それで充分であった。
「聞いてる?」
「うぉ、悪い、何の話だ」
アーチャーのことを考えていた一成は、訝しむ明の声で現実に引き戻された。最初はそれなりに気を使って話していた明と一成だが、歳が近いこともあり面倒になって口調はざっくばらんになっている。
「役割分担はそれでいいけど、主な戦場を昨日みたいに住宅街のど真ん中にしたくない。昨日は幸い誰も巻き込まなかったけど、今度もそうとは限らない。倉庫街とか、せめて学校の校庭とか多少広さのあるところで戦いたい」
「そうだな……」
バーサーカーはセイバーを追い掛けるが、マスターが強く制すれば追いかけるのを止める。マスターが本格的にセイバーを倒す気になれば、バーサーカーを止めないだろうが今の所彼女の目的は人食いである。街中で出会ったとして、セイバーが人目につかぬ場所に誘導しようとしても、戦う気を見せず人食いに没頭されては戦場の移動はできない。
「人食いを邪魔しつづければ俺を追いかけるように命じるかもしれない。あちらから戦いに向いた場所を設定するだろう」
「どういうことじゃ」
「戦う力を得るために、あの娘はバーサーカーに人間を食わせている。食事を妨害されればあちらとて迷惑。すぐに相手からこちらを殺しにかかってくる」
「なるほどの」
それにそのような小難しいことを考えずとも、と前置きし、セイバーはさらりと言った。
「相手は余命半年の娘だ。命を明確に区切られた者の反応は色々だが、あの娘は気がせいている。邪魔者はさっさと殺しにかかると俺は思うがな」
「よめっ……!?」
まずはバーサーカーの真名を共有、そしてサーヴァント戦の対策、その後にバーサーカーのマスター情報を共有、対策の順で話し合うことになっていた。
そのためマスターについてまだ情報を得ていなかった一成は耳を疑った。
「ああ、話が先になるけど、バーサーカーのマスターは真凍咲っていうの。今年で十三歳の女の子ね。真凍は春日の魔術師だから、管理者の私にはすぐに誰だかわかったけど。何の病気かは知らないけど、難病にかかって余命半年らしいね。春日総合病院に入院してる」
「なんでそんな子が参加してるんだ!?」
一成は我を忘れて叫んだ。キリエといいその真凍咲というマスターといい、少女がこの戦争に身を投げる。人にはそれぞれ理由があることくらい一成とて知っているが、納得いかなかった。
「そこまでは知らない。真凍で令呪が宿ったのが彼女だったからじゃない?戦うときに聞けば答えてくれるかもしれないけど」
「えてしてそういう後のない連中は結果を急く。なりふり構わない代わりに、隙は大きくなる。サーヴァントはバーサーカーであるがゆえに、全ての判断はあの娘次第だ」
セイバーはあくまで戦力的観点からしか真凍のマスターを見ていない。明もその真凍のマスターが参加することに関して違和感はないようだ。
だが、一成の狼狽ぶりを一目で察した明は太い釘を刺しにかかった。
「……昨夜からあなたは人がいいとは思ってたし、むしろ長所だとは思う。けど、余命半年だろうが少女だろうが、こうなってはただの人殺しだよ」
そんなことは一成も承知している。しているつもりである。そして明は続ける。
「土御門も戦ってもらうけど、あのマスター相手にはメインを私に据えてほしい。あの思い上がったバカ娘を締めないと気が収まらない」
この季節の午後四時ともなれば日も暮れはじめる。問題は今日どうするかだが、既にバーサーカーのマスターの居場所は割れている。
セイバーが病院へ向かって動向を監視すると、切羽詰まった彼女がどう動き出すかわかったものではない。
そこで、敵の探知にすぐれるアーチャーが相手に悟られない程度の距離から動向を観察することになった。そこで動きがあれば、一成が携帯電話で明に連絡を取り、セイバーも出動する。
「今までの犯行を見れば、全部夜中にやってる。だから……まぁ、夜の九時ぐらいには見張ってて」
「わかった」
かなりギリギリ、むしろアウトのラインだが、「神秘」の意識を持つ魔術師だ。一成も犯行時刻についてはニュースで知っており、明の話に頷いた。
問題はいざ戦闘となった時、人目のない場所に移動できるかどうかである。
「それはちょっとこっちで考えてみる。セイバーを追っかけてくるのをうまく使えればいいんだけど」
そうして明と一成は携帯電話の番号とメールアドレスを交換し、一度解散の運びとなった。