Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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第1幕 春望
12月1日① 「夢」なるモノ


 陰陽五行説に基づき、森羅万象の背後に秘められた世界の意味と働きを解読し、吉凶禍福を判断し、未来を占う魔導が陰陽道である。

 陰陽道の求めるところの究極は、「陰陽五行」。陰陽五行は星満つ天、物満つ地――――空間、現在・過去・未来にわたる時間全てを記述・説明できるモノである。陰陽五行を完全に我がものとすることができれば、過去から未来を貫き世界の全事象を把握するに至る。

 

 つまり陰陽道でいう「陰陽五行」は、西洋魔術で魔術師の追い求める「根源」と同じである。

 

 陰陽五行説は六世紀ごろ、百済から日本に輸入されたことがはじめとされる。陰陽道は国家を支える技術として利用され、道教・仏教・密教と習合していった。平安時代に至り、歴道(暦)の賀茂家と天文道の安倍家に別れて隆盛を誇った。土御門家の源流はこの安倍家に発している。

 時代が鎌倉に移り、陰陽道が果たす役割は公家の世界から武家の世界へと転換した。華道や茶道、田楽や能楽に大きな影響を与え民間に広まっていくが、それに伴い陰陽道は次第にかつての古代のごとく国事を左右する影響力を失っていった。

 

 明治に至り、明治政府が陰陽道を廃止したことに伴い、陰陽道組織を率いてきた土御門家は歴史の表舞台からは完全に姿を消した。だが、民間にしみ込んだ陰陽道により一般生活に広範囲に根を下ろしていたゆえに、魔術基盤としては十分に機能し陰陽道は消え去ることはない。

 

 しかし陰陽道の日本における魔術基盤の強固さとは裏腹に、土御門の陰陽道――土御門神道という――は衰亡の道を辿りつつあった。家系を一度断絶しつつも刻印を伝え続けたその一族の魔術回路は、成長の限界を迎えていたからだ。

 

 一成の祖父は、陰陽道の歴史と土御門家の由緒の正しさを何度も何度も一成に語った。陰陽道の魔導を伝える家系は、いざなぎ流など他にも存在する。だが、最も歴史古く由緒正しいのは、わが土御門家だと。

 

「一つを成す。それさえできれば人生と言うものは十分だ」

 

 この名は父が考え、祖父が許可を出して決まったと聞いている。しかし、果たして祖父が望んだ「成す一」と、父の望んだ「成す一」は同一ものであったろうか。

 

 

(違うんだろうな)

 

 両親は、一成が魔術を学ぶことには否定的だった。両親は、祖父とは異なる思いのもとに「一成」という名を与えた。

 

(俺は何をしたかったんだっけ)

 

 千年を数えた陰陽道なる魔術を受け継ぎ、陰陽五行に至る。歴代の当主はそれを目指してきたし、当然自分もその誉れある当主の一人となるために魔導の研鑽を積んでいた。

 たとえ「お前には無理」と祖父に匙を投げられ、親に魔導から遠ざけられても、疑わなかった。

 

 だが、それは一成のしたかったことなのか。

 本当に、関係ない人を巻き込んでまで成すべきことなのか。

 

 

「……それは、……」

「おい一成、そなたの言っていた名前の駅についたが、下りんでよいのか?」

「ふぉっ!ぎゃああああ」

 

 昨夜は新幹線の停車駅の漫画喫茶で一夜を明かし、始発の列車で今の駅に向かっていた。漫画喫茶でも熟睡できたはずだが、一成は心地よい列車の揺れで再び睡魔に襲われていた。微睡の中からたたき起こされて、彼は慌てて電車から降りた。

 

 眠い目に朝日がまぶしく、一成は荒く目をこすった。無人駅ではないが、小さな駅である。切符を駅員に渡して改札から出ると、今更ながら一成は気が重くなった。実家に戻るのは一年以上ぶりである。

 

「タクシーつかまえて一時間ぐらいすれば、俺の実家だ」

「あのやたらと速い鉄の馬でか。遠いの」

 

 陰陽道は神道や仏教のように神社や寺のような専門の建物はない。一成の土御門家は正統なる陰陽道を称しており、一成の実家から少し離れたところに土御門神道の陰陽道祭祀を行う祭壇がある。かつての安倍家の知行地である。

 

 駅から携帯電話でタクシーを呼び、乗り込む。土御門の屋敷へと言えば地元のタクシー運転手ならすぐに通じる。もしかすれば「土御門の坊ちゃんですか!?お久しぶりですねぇ!」などと言われかねない。広い日本屋敷に住む地元の名士の子、それが表から見た土御門一成である。

 

 駅前から離れるとすぐに景色は見渡す限りの田んぼと畑、そして遠景に山を臨むようになる。急発展する春日に暮らし、一年ぶりに戻ってくるとあまりの自然の多さに新鮮な驚きを覚えてしまう。年々紅葉が遅れているが、流石に見渡す木々は赤く染まっている。そういえば、家には何の連絡も入れていないことを一成は思い出した。もうここまで来たら連絡の意味もないだろうと携帯電話を鞄にしまった。

 

 

 村の入り口は天を衝く杉の巨木が目印だ。たどり着くまでにいくつかの神社を通り過ぎる。

 周囲には歴代の当主の墓も並び、静けさだけがある。

 

 一成は一成なりに魔導の家であることを誇っている。だが、その実家での暮らしが本当に快いものであったかは、実家の外で暮らし始めてからよくわからなくなってしまった。

 

 魔導の家はその魔術刻印を伝える者さえいれば、実子でなくとも養子でも後を継げる。だが、その家の魔術に適性のある者に後を継がせることがよいため、通常は実子に継がせる。

 しかし、土御門の陰陽道の刻印は他の魔導の家系と馴染みにくかった。養子をとり刻印を移植しても、完全に研究結果を残せない。大きく研究を後退させられることになるため、土御門の家は出来る限り自分たちの実子に継がせることに固執したのである。

 

 しかし、その努力は報われなかった。

 

 一成は生まれたときから、一族の絶望の中にあった。正統なる陰陽道の家系は、一成の代で潰えると残念そうに囁かれ、その一方でお前さえ全うな魔術師となれれば土御門は絶えぬと祖父に厳しい魔術の修行を仕込まれた。そのくせ両親は魔術師などにならなくてよかったと喜ぶのだ。

 

 

 

 運転手がつきましたよ、と声をかけてきた。流石に一時間も乗っていると代金はばかにならない。そもそも往復の新幹線代で涙目だった。日々ギリギリの生活を送る一成は早くも心折れそうだったが、ここで心折っている場合ではない。

 

 周囲を笹林で囲まれた、日本家屋というより日本庭園と言う方が似つかわしい、土御門の家。

 自然が豊かと言えばそうだが、ぶっちゃけた話、ど田舎である。一成は竹垣が張り巡らされた庭を横目で見る。松も池も、その水の澄み具合も一年以上前にここを出たときと変わらない。静かだが、緊張を強いる雰囲気がこの家にはある。

 そうはっきりと感じるようになったのは、家を出てからだ。家に使える女中は、一成の姿を見て飛び上がらんばかりに驚いた。

 しかし一応嫡男故にすぐさま通され、居間で待つように言われた。

 

 

 一成は正座をして祖父を待った。女中に聞けば、祖父は家にいるそうなので呼んできてくれるという。聞かずとも、病床にある祖父は家にいるに決まっていると知っていた。

 

『なんとなく懐かしい雰囲気がするのう、ここは』

『は?お前、こことゆかりでもあんのか』

『特にないと思うがな、こう、陰陽寮の雰囲気を薄めた感じと言うのか……』

 

 平安時代――人々が呪いや物の怪を近く感じていた時代は、陰陽師も近しく感じられる時代でもあった。一成の緊張をよそに、アーチャーは霊体化したままあちこち見ているようだ。のんきなアーチャーにいくらか緊張を解されたとき、静かな足音が近づき、すぐそばの廊下で止まった。

 

 

「待たせたな、一成」

 

 机を挟んで、祖父――土御門嘉昭(よしあきら)は胡坐で座った。今年で八十になるが、背も曲がっていない。一見元気そうに見えるが、既にその体は病魔に蝕まれており、土気色の肌がそれを如実に表している。土御門家現当主を前に、一成は上ずった声を上げた。

 

 

「……お久しぶりです。御爺様」

 

 一成は駆け引きの類は得意ではない。意を決して口を開いたが、嘉昭は一成の訪問理由を見抜いていた。しわがれているが、鋭い声は一成を怯ませるものだ。

 

「……聖杯戦争に参加しておるのだろう。人ならぬ、それにしては高貴すぎる気配がお前の周囲を漂っている。式神……聖杯戦争になぞらえるならば、サーヴァントか」

「おや、話が早くて助かるではないか」

 

 アーチャーは霊体化を解いて、衣冠束帯の姿を現した。嘉昭は目を見張ったが、予想の範囲内であったらしくすぐに一成に視線を戻した。

 

「お前がこのような立派な英霊を呼び出せるとは思わなんだ。思う存分聖杯戦争を戦い抜くと良い」

 

 激励するようでいて、それは上を滑っていくだけの言葉である。祖父が自分の事をどうも思っていないことくらい、一成にもわかる。

 聖杯戦争は一度きりのものではなく、魔力が聖杯に再充填されれば再び開かれる。祖父は此度は無理でも、次回に望みをかければよいと考えているに違いない。元々魔術を学ぶ際にまず教わることは「諦めること」である。根源には決して一人ではたどり着けない。自分は辿り着けずとも、次代は必ず――そのように教えられる。だから嘉昭はその通りに次代へと望みを託そうとしているのだ。

 

「春日の聖杯戦争を始めたのは、アインツベルンと土御門と聞きました。何故、冬木の聖杯を春日につくろうと思ったのですか」

「何だ、てっきり土御門の魔術礼装でも貸してくれと泣きつきに来たのかと思うたわ」

「質問に答えてください」

 

 幼いころ、厳しく修業を教えられたせいで一成にとって祖父は、畏怖の対象でもある。けれども、これを問うためにここに来たのだ。嘉昭はやれやれ、とため息をついた。

 

「……決まっておろう。我が土御門の家系を絶やさぬためよ。三十年と少し前か……アインツベルンたちが聖杯の復活を目論んでいると知り、それに手を貸した。予定では五年で魔力が大聖杯に溜まり、戦争が始まるはずだったが、始まらんかった。もし予定通りだったならば、お前は違うお前であったろう」

 

 二十五年前に聖杯戦争があったら、参加をしたのはこの嘉昭だろう。病魔に体をむしばまれておらず、老練した陰陽術を駆使する、土御門家最後の華とさえ言われた祖父である。どんな手を使っても聖杯を狙っただろう。

 

「……お前は違うお前……?」

 

 意味が即座には理解できず、一成は祖父の顔を凝視した。

 

「我が家系を絶やさぬようなお前が生まれていたと言うことよ」

 

 もし予定通り戦争がはじまり、土御門が聖杯を得たとしたらその願いは「根源に至り、家系を存続させる」こと。つまり嘉昭は陰陽五行を得た大陰陽師となり、また次代の子跡継ぎとしてを最高の魔術の素質を持つ大陰陽師となる運命をもつ子にするということだ。

 

 即ち「土御門の魔導を成す」以外の道をすべて失って生まれる人間。

 果たしてそれは真実人であるのか。

 

 かの人形のような少女は言った。「私はこの聖杯戦争のためだけに作られたホムンクルスよ」と。

 たとえ人形として生まれても、そのあと何を感じて、何を思うかで人間になる。一成はそう思う。

 キリエは自分を人ではないと言うが、一成は人だと思っている。

 

 最初から「そうするしかない」道を定められて、それに従って生きさせようとする行為は真に子を、人を産もうとする行為とは思えない。真実思いのままになる人形をつくるのとなんら変わらない。

 

「……我が土御門は数えれば千年続く魔導の家。俺はそういう家に生まれて嬉しかったし、誇らしいとも思いました。だけど、その歴史を絶やさぬためにそんな、人を人形のように操るなんて外道なことをしていいとは思えません」

 

 一成の反抗ともいえる態度を見ても、嘉昭は感情を動かさない。疾うに知っていたことを再確認したように、飽き飽きとため息をつくのだ。

 

 

「……やはりお前は不出来な孫。お前の父と同じよ。まるで凡俗のようなことを言いよる。我らは魔導を極めるためにある一族。先祖代々、そうしてきた。その重さをわかっているからこそ、お前の祖母はその身を聖杯に捧げたのだ。あれは全てを我が土御門に捧げた佳き女よ」

 

 祖父の口調と表情には、悲しみや憤りの色は皆無だった。むしろ、古きを回顧するようである。

 

「しかしな、それからよ。お前の父が魔導に励まなくなったのは。……お前が生まれてからも、その貧弱な魔術回路をむしろ喜ぶ始末」

 

 唾棄すべき、といわんばかりに怒気に満ちた口調だった。祖父は一成にはもう何も期待していないゆえに怒りも悲しみもないが、正明――嘉昭の息子には忸怩たるものがあった。けれど、一成は父の気持ちを理解した。

 

 ―――父はついていけなくなったのだ。

 

 おそらく一成の母もそうだろう。魔導の跡取りとして育てられながら、その考え方はあまりにも一般人であり過ぎた。

 

 魔術師の所業――嘉昭のような考え方がおかしいと思われるのは現代の一般人からみた場合でしかない。時と場所が変われば、常識も変わる。

 だから、一成の父は、母は、この土御門という世界では異端だったのだ。そして、一成もまた魔術師であるにはあまりにも普通の人間になりすぎた。

 祖父の思想と、両親の思想で挟まれた一成は、根本のところで両親の思想を良しとしていた。根っこが世間並の人間だから、キリエの言っていることがわからない。嘉昭の発言をおかしいと思ってしまう。

 

 結局、一成はバーサーカーのマスターのように、人を生贄にして叶えたいほどの願いはない。根源――陰陽五行に至るよりも、人が食い物にされていく方が苦しい。

 

 

(……じゃあ、俺は何のために戦争するのか)

 

 陰陽五行に至ることは、もう目標ではない。己が何をしたいのか、模索しなければならない。自分が何を目指すのかはまだわからない。

 それでも、無為に人を殺すバーサーカーのようなマスターがいるのならば、それを止めなければならないことだけは変わらない。

 

 腕は半人前でも、自分から聖杯戦争なる戦いに参加した「魔術使い」なのだから―――。

 

 一成は不思議と落ち着いた心もちになり、真っ直ぐ己の祖父を見た。

 

 

「……二十五年の時間差があったとはいえ、聖杯戦争は始まりました。御爺様は、土御門の魔術師を参加させるつもりはなかったのですか」

 

 いわば土御門は春日の始まりの御三家である。聖杯戦争の開始も早くから知りえたはずで、いくらでも準備のしようがあったのだ。だが、血を続けようという思いはありながら、一族で聖杯戦争を無事勝ち抜けるほどの素質をもつ魔術師が見つからなかった。

 

 嘉昭は既に病身であり、命は長くない。一成の父は魔道を断念した者であり、一成は言わずもがなだ。その上、本家本元冬木の聖杯戦争御三家の一、アインツベルンが参加している。この体たらくでは、参加しても限りなく勝機は薄いとみていた。

 

 

「……我が家は、他から養子をとることにした。土御門の魔導は大きく後退を余儀なくされるが、致し方ない」

 

 今の土御門では、聖杯戦争を勝ち抜くことはできない。次の開催を待つとしても、次もおそらく同じ程度の時間はかかる。ならば、苦渋の決断として他の民間陰陽道から養子をもらい、魔術刻印を移して命脈を繋げることを選んだ。

 

 一成の父正明は魔導に背を向けたがゆえに、後継者として認められず刻印を受け継いでいない。

 一成は、中学時代にすでに嘉昭から資格なしと言われていたため、もちろん少しも移植していない。土御門の刻印はまだ嘉昭に残ったままだ。それを、他派の陰陽道術者に渡す。

 

 ここに至って、一成ははっきりと「後継者ではない」と最後通告を行われたようなものだ。しかし、一成の顔に悲壮の色はなかった。

 匙を投げられた時に、もうわかっていたのだ。

 

 

「……最後に一つだけ、聞かせてください。俺の御婆様が聖杯の核になったと聞きましたが、御婆様はその時どんな様子でしたか」

「……不思議なことを聞く奴よ。かの女は喜んで身を差し出した」

「そうですか」

 

 ならばよい。魔術師の妻として生きた祖母が、魔術師の価値を良しとして身を差出したのならば――一成には許容できないが――無理に贄となったのではない分、救われる。

 

 獅子縅が音を立てる。祖父と孫の間に交わされる言葉はもうない。嘉昭は病身で、一成はもう席を外そうとした時に、縁側を騒がしく走る音が聞こえた。同じく女中が驚く声も聞こえてくる。

 

 

「一成!!」

 

 すぱんと障子が開かれる。息を切らしながら姿を現したのは、土御門正明――一成の父だ。今日は日曜日ゆえに、浴衣を着てゆっくり眠っていたところを飛び起きて駆け付けた様子だ。眼鏡はかけていないし髪はうねったままだ。

 

「げ」

「一成は借りますよ!」

「好きにせい」

 

 一成は拒否する間もなく、腕をつかまれずんずんと引きずられるように連行されていく。絶対に怒られるだろうとは思っていたが、唐突過ぎて何が何やらである。アーチャーは律儀に二人の後ろをついてきている。というか若干「当然じゃ」とでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 母屋から離れた、両親が起居する部屋へ連行された一成は正座で座らされていた。アーチャーも一成の隣に座っているが、どこ吹く風で胡坐をかいて自分の冠の(えい)を弄んでいる。

 正面には一成の両親、土御門正明と泉希が座っている。

 

 両親はアーチャーを気にしながらも、厳しい目を一成に向けていた。祖父と対していたときの緊張は完全に吹き飛んだが、これはこれで修羅場である。覚悟はしていたが唐突だった。

 というかどこから一成が聖杯戦争に参加していると聞いたのか。もしかしたら先の女中が注進しに言っていたのかもしれない――一成はどうでもいいことに意識を飛ばしかけたが、厳しい父の声により引き戻された。

 

「何で黙って聖杯戦争なんかに参加したんだ、一成」

「……土御門の魔術師として、血を絶やさないように五行――根源に至るチャンスだと思った。でも、父さんと母さんは絶対「危ないからやめろ」っていうと思ったから」

「当り前だろう!それにお前がそんな責任を負う必要はないと前から言っているだろう!」

「もう根源に至ろうって思ってない」

「今からでもやめなさい。棄権ってできるんでしょう」

 

 一成はアーチャーを横目で見る。それを受けて、アーチャーが口を差し挟んだ。

 

「できるぞ。教会に行き、棄権の意を表明してこの令呪を一度監督役に返す。そこで私と一成の契約関係は解消され、私は新たにマスターが選定されるのを待つ。一度マスターになった者は再度マスターに選ばれる可能性が高い故に、戦争が終了するまで教会に保護されている、ということになろうか」

 

 正明と泉希は胸をなでおろし、口を開きかけたがアーチャーが遮った。

 

「だが、そなたらの息子はやめる気はないようだが」

 

 一成は頷く。「父さん、母さん、黙ってたことは本当に悪いと思ってる。ごめん。でも俺は聖杯戦争を続けるよ。まだやんなきゃいけないことがあるんだ」

 

 両親は酷く傷ついた顔を見せた。決して悲しませたいわけではない。それでも、一成は戦うと決めた。春日で暴れるバーサーカーを止めなければいけないと両親に伝えるが、それでも二人は引かない。

 

 

「それはお前がしなきゃいけないことなのか。他に任せられないのか」

「俺以外にも倒そうとしてる奴がいる。俺はそいつと一緒に戦うと約束したし、何より途中で投げ出したくない。俺は聖杯戦争を二度と起こさせたくない」

 

 もうたくさんの人が死んでいる。そんな戦争など、二度と起こすべきではない。優秀な魔術師である明と、最優のセイバーがいるから、一成などいなくてもどうにかなるのかしれない。

 それでも、自分にできることがあるのにそれを放り出していくことはできない。

 

「むちゃくちゃな始め方をしたけど、俺が始めたんだから最後までやる」

「だからお前がそんなことまでする必要はない!死ぬかもしれないってわかってるのか!!」

 

 一成と父の正明は、二人とも譲る気配がない。すると、母の泉希が唐突にアーチャーに対して口を開いた。

 

「あの、アーチャーさん?」

「アーチャーで構わぬ。何ぞ」

「貴方にも願いがあって、この戦争に参加しているんですよね?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「うちの一成は、恥ずかしながら魔術師としては未熟極まりないです。土御門はこの子で終わりって言われています。貴方が願いを叶えるためには、他のマスターにしたがいいんじゃないでしょうか」

「ぶっ!!」

 

 母親の斜め上の攻撃に、一成は顔面から畳に突っ伏した。父の方は父で魔術師としてどれだけ一成が残念かの話も始めそうである。そしてアーチャーもそれに同調するように頷いている。

 

「一成の魔術回路がアレなのは既に散々言い倒しておるし、そもそも博物館で「どれが触媒になってもそれなりのが出てくるだろ」という呆れ果てるような召喚で私を呼ぶし、恐ろしいくらい考えなしであるし、その上私の晴明の末がコレかと知った時には時の流れの残酷さを感じたものじゃ」

 

 アーチャーは至極真顔で流れるように一成をこき下ろす。両親とサーヴァントからの酷評に、知っているとはいえ流石に一成も傷つく。

 

「ま、それでもこやつは無駄にポジティブ故に立ち直りが早い。それに、何より頑固であきらめが悪い。おそらくな、私が何と言おうとそなたらが何と言おうと続けよう。もしこやつを監禁などしようとしても、令呪の一画でも消費してここから離脱するくらいのことはしかねんぞ」

「お前すごいな、よくわかったな」

「馬鹿者、そなたとは生きてきた年数が違うわ」

 

 アーチャーは一成の頭を扇で叩いた。正明と泉希は絶句したが、そういわれては止めるすべを持たない。人知を超えたサーヴァントを行使すれば、一成は両親の意をいつでも無視できる。元々、一度決めたら動かない子であることは二人ともよく知っている。

 

 ――今となっては、彼らには願うことしかできない。

 

 

「アーチャーさん……一成の事を、よろしくお願いします」

「その「よろしく」が一成を無事に返せと言うことなら承知しかねる。私は他のサーヴァントに後れを取るつもりもないが、勝利を確約できるほど強いわけでもないゆえにな」

 

 一成はアーチャーを肘でつつく。そこはどうであれまかせろと言ってほしかった。しかしアーチャーははっきりと宣言する。

 

 

「だが、私には願いがある。私はなんとしてもその願いを遂げる。ゆえに、一成は帰ってくるであろうよ」

 

 一成の両親はお互いに顔を見合わせた。そして深々とアーチャーに向かって頭を下げた。

 

 とりあえずその場は収まった。一成たちは夜までには春日に戻らなければならないが、まだ時間はある。一成は昼ご飯を両親と共に食べてから帰ることになった。予想はしていたが、こう家庭内事情を他人に見せるのはどうも恥ずかしい。一成は小声でアーチャーに言った。

 

「なんか、俺んちのごたごたに捲き込んで悪かったな」

「気にするでない。あの程度、騒ぎのうちに入らぬわ。私の時代の、家庭内トラブルというのか?はもっとデスパレートな感じだったからのぅ。そのうち話してやろう」

 

 アーチャーの真名を感づいている一成は苦笑いを浮かべた。アーチャーの時代の家庭内トラブルは国家を動かす家庭内トラブルだ。聞きたいような聞きたくないような。

 両親はアーチャーをも昼ごはんに誘ったが、家族水入らずを邪魔しては悪いとアーチャーは姿を消した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 一成がアーチャーを呼び出したときには、既に午後三時を過ぎていた。今から帰ると、春日につくのは午後十時近くになるだろう。やはり両親はまだ何か言いたげであったが、仕方がない。

 一成たちは涙を呑んで金を払ってタクシーにのり、涙を呑んで金を払って新幹線に乗り込んだ。再び新幹線の中は人少なであり、アーチャーは実体化してシートに座っている。

 一成は遠くなる夕暮れの景色を眺めながら、静かに呟いた。

 

「俺はバーサーカーを倒すぞ、アーチャー」

「いまさら何を言う?」

「……俺は、自分が傷つく覚悟はしてた。だけど、自分が人を傷つける覚悟ってのをしてなかったと思う」

 

 バーサーカーのマスターが人を食うことを良しとしているから、凶行を止めるためにそのマスターを殺す――その行為をして、一成の両親は喜ぶだろうか。

 今日、改めて考えたが、きっと喜ばないと一成は思った。アーチャーはいつもの調子で扇で一成を叩いた。

 

「それはそなたの認識が甘かったということじゃ。戦争、とつく意味を考えよ」

 

 一成とて自分が傷を負うことや、殺されることは考えていた。自分よりも遥かに幼い女の子がためらいもなく人を食い物にしていることに圧倒された。

 それでも、これまで己が殺すことの意味を考えていなかった。碓氷のマスターは言った。「こうなっちゃただの殺人鬼」と。彼女は自分が人を殺すことを考慮に入れていた。一成はいれていなかった。

 

「貴族に言われるとはなー」

「そなたのー」

 

 とことん呆れた、と言わんばかりの声が何もないはずの上空から降ってくる。

 

「ひょっとして平安時代は貴族が女子といちゃいちゃしてる呑気な時代と思ってはおらぬか?」

「……そこまでは思ってねーよ。俺の先祖の時代だぞ」

 

 ならよいが、とアーチャーは咳払いをした。

 

「確かに他時代と比べて、大きな戦乱はなかった。それでも都にはいつも強盗が蔓延っており、夏に疫病が流行れば街路も河も死体だらけになった。また飢饉が起こっても同じぞ」

 

 戦乱の無い「平安」と呼ばれる時代を生きた、権力者の話である。茶化す様子のないアーチャーの話は、身につまされることが多い。

 

「それに比べれば現代はよいわ。とりあえず日本に大きな戦乱はなく、強盗の凶悪さも平安と比べればかわいいものよ。だが、そなたはこの現代が本当に心から平等で素晴らしいものだと言えるか?」

「いや……」

 

 ニュースでたまに見る。本当に幸せな世の中で、年間三万人も人が自殺するか。世界でも紛争も戦争もなくならない。そこまで大きな話ではなく身近な例をとっても、最初から金持ちの家に生まれるか、貧乏な家に生まれるかで絶対に有利と不利が、努力云々の世界を超えて存在する。

 

「結局はいつの時代もそうよ。人には格差があり、恵まれた人間と恵まれない人間がいる。現代も生前の私も同じだ。殺す殺さないというふうな極端な形では現れない戦いだっただけで、それは戦争に他ならぬ。己の願いを叶えることで、他の人間が夢に破れる」

 

 平安時代の貴族は、聖杯戦争のような直接的な闘争を生前にしたことはないだろう。しかし英霊となり、「戦いたくない」といいながらも、白兵戦に優れずとも、いざとなった時にアーチャーがひるむことは一度もなかった。

 それは戦いが形を変えただけだとわきまえていたからだと、一成はわかった。

 

「生きることは戦うことじゃ。人が人である限り、それは変わらぬ。もし誰も争わぬ戦わぬいがみ合わぬ憎み合わぬ、真に平和な時代がくるとしたら素晴らしかろう。だがそこに生きるモノは人間ではない。別の何物かよ」

 

 こんなことを言いながらも、おそらく生前のアーチャーは人間が好きだった、一成はそう思う。そもそも、人間嫌いが多くの人に関わる権力者などやっていけるはずがない。アーチャーはお人よしだと思う。一度懐に入れてしまったら、離すのが惜しくなってしまうのだろう。

 こんな説教は、聖杯戦争には余分でしかないのだから。

 

「お前は、人の願いとか夢を潰しても、自分の願いを叶えるのか?」

 

 アーチャーの答えには淀みがなかった。

 

「叶える。生前も今も、それは変わらぬ。私は私の願いを遂げるために、今ここにいるのだから」

 

 一成は背伸びをして席にもたれ掛った。まだ十七歳とはいえ、生まれてからの多くを魔術に費やしてきた人間である。幼少から言い聞かされてきた目標が消えてしまった一成にとっては、目指す目標があることは羨ましいことだった。

 

「でもま、それだけの夢があるってのは悪いことじゃねーよな。俺はもう挑戦する前に夢破れてサンガリアって感じになっちまった」

「……そなた、わざと言っているのか?」

 

 また、元ネタの漢詩としては『夢破れて』ではなく『国破れて』が正解である。絶妙に脱力させられたが、アーチャーは気を持ち直す。

 

「夢は良い。生きる糧にもなろう。だがな、それが叶わず見果てぬ夢となった時――夢は一歩間違えれば呪いとなる。それに取りつかれて追いかけ続けて、結局自分の生全てを壊す」

 

 それに、とアーチャーは息を吸った。

 

「私の時代はな、怨霊というものが幅を利かせる時代であった。夢を叶えた者は、叶えられなかった者達の無念を全部引きずっていくことになる」

「それ、夢を叶えても叶えなくてもキツいじゃねーか。けど――それでも、お前は夢を叶えるんだろ」

 

 一成はアーチャーの答えを知っている。

 人の無念と後悔と恨みを誰よりも知りながら、彼はそれでも逃げないだろう。

 彼は震えて怯えながらも、欲にまみれた、どうしようもないほどに「人間」であるために。

 

「そうだ」

「そういうと思ったぜ。お前欲深そうだもんな。安心しろ、俺は最期まで戦うから、お前はお前の願いを叶えろよ」

 

 呑気に笑う一成を見ながら、アーチャーは目を細めた。

 

 おそらく一成は魔導であってもなくても、自分のしたいことを新たに見つけるだろう。

 もちろん、これはアーチャーの勘である。

 

 一成はバーサーカーのマスターやセイバーのマスターの魔術を目の当たりにし、一成は己の未熟さを知った。そして、己が誇ってきた魔導の正体――その極端な姿を目の当たりにして、あまりにも一成自身が「良し」とするものからかけ離れていたことを知った。

 

 それでも、アーチャーのマスターは嘆かない。願いを失っても、力が足りなくても戦いを辞めようとはしない。死ぬかもしれない戦いに怯みはしない。また、新たな道を模索する。

 

 傍から見れば、アーチャーは紛れもなく人生の成功者である。

 

 失敗し、底から這いあがる者の強さを彼は知らない。しかし、彼は覚えている。

 一成は似ている。アーチャーが生前羨んで止まなかった者に。

 そのアーチャーの心を知っていたものは、当の本人も含めて誰一人いなかったかもしれない。

 

 欲深そうと言った一成の言葉は本当だ。成功を続けると、失敗できなくなる。得れば得るほど不足を感じ、不足だと思うからさらに求める。また得るからさらに不足を感じる。

 この終わりのない贅沢の飢餓というべき感覚は、英霊となった今でもアーチャーの魂を責め苛んでいる。

 

 ―――私は、私の願いを叶える。

 

 アーチャーは召喚された時から、そのことだけを考えている。

 




弓は弓自身よりも生前の部下の方がサーヴァントっぽいのゴロゴロしてる。
土御門家のモデルは福井にある天社土御門神道本庁。実家は福井だったのだ(※あくまでモデル)
マスター陣で一成だけモデルがいますが、それは追々。しかし原型はなくなっている模様。

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