Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月1日② ありふれた不幸と幸福

 ランサーとの交戦から一夜明けた日、悟とアサシンは午前九時頃に起床した。サーヴァントは霊体化でき、かつ眠る必要はないと豪語していたわりに、アサシンは実体化して爆睡していた。六畳一間のアパートでは本当に狭い。

 悟は台所兼洗面所で身支度を整え、昨日のようなラフすぎる格好ではなく、ワイシャツにズボンの格好になっている。

 

「ちょっとアサシン、今日はしばらく離れててほしいんだけど」

「あん?何言ってんだお前死にたいのか」

 

 昨日、聖杯戦争に参加すると決めたときからアサシンの機嫌が妙に悪い。やはり魔術師ですらない自分がマスターになることが不服なのかと聞き返したら、違うとはっきり返された。

 それでも普通にしているだけなら、アサシンは刺々しいところはない。悟はもう一度頼む。

 

「でも昼間の間だけなら」

「俺の前のマスターは白昼堂々ぶっ殺されたぜ?」

 

 それを言われたらぐうの音もでない。するとアサシンはいきなり面白そうに起き上がり、にやにやと笑ってくる。

 

「まさか姉ちゃんとエロんなことをするとかか!!俺も連れていけ!!」

「違う!!なんでそう昼から下ネタなんだ!!」

 

 なれなれしげに肩を組んでくるアサシンを振り払おうとするが、流石人外。がっちりホールドされて離せない。アサシンは謎のスマイルを浮かべ、ついでにサムズアップも付け加え、下着姿の女性が表紙の雑誌を丸めて叩いてくる。

 

「サーヴァントは魔力さえあれば睡眠も食事も要らねーが、できないわけじゃねぇ。そっちに関しても同じだから不能じゃねェ。どこまでも付き合うぜ、兄弟」

「だから違うって言ってるだろ!ってかその雑誌どっから持ってきた!俺んちにあるやつじゃないだろ!」

 

 抑々悟は今のご時世インターネット動画派である。サンプル動画で十分イケる。アサシンは自慢げにドヤ顔をキメる。「ホラ、俺は日本の大盗賊だからな?」

 

「エロ本盗んでドヤ顔してんな!それでいいのか大盗賊!!俺はな、今日は清らかな気持ちでいるんだよ!」

「お前の家の女っ気のなさやべーし、普通隙あらばまぐわおうとするもんじゃね?清らかって何?お前仙人か何かか?引くわー」

「こっちがドン引きだよ!お前何しに現界したんだよ!!」

「そりゃナニしに……」

 

 もがきまくる悟に観念して、アサシンはさっと飛びのいた。ぼりぼりと頭を掻いてから腰に手を当てる。

 

「とまぁ冗談はさておいて、マジでこの時期にサーヴァントなしでほっつき歩くのは危ねーぜ。俺が邪魔なら霊体化してるし、悪いことはいわねーから連れてけって」

 

 たっぷり三十秒も間をおいてから、苦虫を百匹くらい噛み潰した顔をして悟は頷いた。現にマスターを殺されたサーヴァントがそう言っているのだから、説得力も並々ではなかったのだ。

 

「……絶対霊体化したままでいろよ」

「はいはい」

 

 いい加減で胡散臭い返事をして、アサシンは姿を消した。悟はジャケットを羽織り、鞄を持つとアパートを出た。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「過去をやりおしたいだぁ?そりゃまた何でだよ」

 

 アサシンは畳の上に胡坐をかき、煙管を持って眉をひそめた。アサシンにとっては予想外の願いだったらしい。悟にとってはあまり話して楽しいことではないし、むしろ思い出したくないことだ。それでも、これから共に戦う相手に隠しておくわけにもいかない。

 

 

 悟は現在三十五歳、妻とは別居中である。実は五年前に結婚し、今年四歳になる娘もいる。今は無職だが、一年半前まではとある商社に経理として勤めていた。

 妻とのなれ初めは趣味の登山がきっかけで知り合ったと言う有体なものだ。なれ初めは有体だったが、妻は地方の名士の娘で、なかなかのお嬢様であることを後から知った。

 

 彼女の家は今時(と、悟は思った)相手の家柄も重んじる体質だった。小さい頃に父を亡くし、母の手一つで育てられた悟の家は御世辞にも裕福とはいえなかった。元々勉強が好きではなかったし、早く働いて金を稼ぎたいと思っていたため、高校を出たらすぐに就職した。

 そのような生まれの為、結婚までこぎつけるのには大変苦労したことを今でもよく覚えている。

 

 マンションを借りて、二人で暮らすうちに子供もできた。多分、悟の人生で一番幸福だった時期である。子供が――名前を華という――が三歳の時、このまま今のマンションに居ては手狭であり、将来のことを考えてマンションでも一軒家でも買おうかと相談した。

 そしてローンを組み、春日から三駅離れた地にマンションを購入した。

 

 

 半年前、悟は急に上司に呼び出された。特に心当たりのなかった悟は、何かと思って個室に向かった。そして、いきなり自主退職を進められたのである。

 不景気で会社の経営が厳しいことは知っており、早期退職制度などが会社にあることも知っていた。それでも何故自分がそんなことを言われなければならないのか全く理解ができなかった。

 

 そこで詳しく問い詰めたのだが、とんでもないことが起きていた。

 

 会社の金が一年に渡り横領され、総額一千万に上っていたと言う。そしてその犯人はお前だろうと、暗に言われた。勿論悟に心当たりなどない。必死で否定するも、むしろ認めないと懲戒解雇、刑事告訴もありうると脅された。

 悟は事態を解明すべく、経理で金の流れを追い真犯人を探した。結果、横領の犯人はその上司であると――推測できた。推測は出来ても、証拠がなかった。上司は会社の役員に根回しや交渉を全て整えて終えていて、それらを終えたうえで全てを悟に追いかぶせたと知った時にはもう手遅れだった。

 なまじっか自主退職を拒み、真相究明に乗り出したせいで上司の追立は苛烈になり、気づいたときには、懲戒免職になっていた。

 

 

 俺は悪くない。何もしていない。誰にもその声は届かない――否、悟の妻はその声を信じた。

 しかし、彼女の実家はそれを許さなかった。

 

 元々悟が熱意で押し切った結婚だった。その事件が起こる前から舅を筆頭に妻の実家とは仲が良いとは言い難かった。華が生まれたことでそれも若干緩和されていたのだが、この失態は取り返しがつかなかった。たとえ悟に非がなかろうとも。

 

 会社を懲戒免職になったこと自体が、妻の実家にとってはありえない。妻は離婚しないと言ってくれたが、強制的に実家に戻された。ローンを組んだ家はすぐさま売りに出された。

 無職となった悟は、なんとか今のアパートに転がり込んで生活を始めたが、懲戒免職というレッテルは重かった。カスミハイツに入居してからそろそろ半年が経つ。未だ次の職は見つかっていない。ブランクが空けばあくほど再就職がしにくいことくらい、悟とて知っている。

 

 懲戒免職が響いていることも原因だが、なんといっても、悟に再就職の意気込みがわかなかった。何とか就職しなおしたとしても、一度会社にバカを見させられた身としてはまた同じことがあったらたまらない。それこそバカバカしい。

 

 しかし、再び職を見つけなければ、堂々と妻の実家に妻を向かえに行くことも許されない。

 しかし――その堂々巡りから、悟は一歩も足を踏み出せないでいる。

 

 このままだと本当にダメになってしまう。焦りはあるが、体が動かない。

 

 

 ――そんな時に降ってわいたのが、アサシンのサーヴァント。

 勝者は何でも願いを叶えられると言う聖杯を巡る戦争。

 ついに自分は幻覚さえ見るほどダメになってしまったのかと思ったが、幻覚ではなかった。悟はこの目で、人ならざる者たちの光景を目撃したのだ。

 

 アサシンは命がけの戦いだと言った。お前の願いは、お前の命を差し出すに足る物なのかと。

 

 悟は笑った。大体の願いなど、この体によりも価値があると嗤った。

 

 ――別にいいじゃないか。すでに腐りかけた体だ。おめおめと騙されたまま泣き寝入りするしかなかったつまらない心だ。其れを掛けることで、全てが元通りになるなら素晴らしいことじゃないか。

 

 

 いつもへらへらしているアサシンの顔が固まった。眉を寄せ、珍しく難しい顔をしてそうか、と呟いていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 日曜日の春日公園は、親子連れでにぎわっている。住宅街の中にあり、そこまで広い公園ではない。置いてある遊具はブランコ、シーソー、砂場、ジャングルジム程度である。

 公園と道路を区切るフェンスには植込みがあり、この季節でも花が咲いている。

 

(……やっぱりこうなったか……)

 

 そのにぎわう公園のベンチで、悟は顔を覆っていた。予想していた。うん、予想はしていた。悟の視線の先には、真っ黒い雨合羽を着、年端もいかぬ少女を肩車してロボットの如きにカクカクした動きで歩むアサシンの姿が在った。

 想像の通り、年端のいかない少女とは悟の娘の華である。

 

「アサシン号はっしーん!」

「ウィーンガッション、ウィーンガッション、プシュー」

 

 無駄に機械声が上手なのが妙に腹立たしい。そして娘が楽しそうなのがますますやりきれない。

 

「えーはっしーん!!」

「エネルギー ギレ デス。 キャンデーヲ ホジュウ シテ クダサイ」

「もーアサシン号はわがままだなぁー!はい」

 

 華はポケットに入れていたキャンディをアサシンの口に放り込む。すると再びカクカクした動きで前進を始める。すっぽり黒い雨がっぱを着ているという風貌が相まって、怪しげな感じが好評を博し近所の子供にまでたかられている。

 しかも、隣に座る妻まで肯定的な様子でアサシンを見ている。

 

「貴方、あんな人といつお友達になったの?」

「あ、飲み屋に行ったときに思わず意気投合して。全身雨がっぱっですごくアヤしいけど、日光に当たるとかぶれる病気なんだと」

 

 即興で考えたアサシンの設定だが、妻は疑った様子もない。それどころかむしろ嬉しそうだ。

 

 妻と別居はしているが、離婚をしたわけではない。妻は月に一度、華を連れて春日市にやってくる。用事があってのことだが、その間は華を悟に預けて夕方に迎えに来る。

 まるで離婚して、法律で月一でしか会えなくなったようだと思うと悲しくなるが、妻は実家から悟と会うなと言われているそうだ。今、公園で二人で話しているのを見つかってもまずいことになる。

 妻の着ているコートは同居していた時に、誕生日プレゼントに買ったものだ。

 

「最近、元気?」

「あ、う、うん。お前は?」

「元気よ。華も見ての通りだし」

 

 そっか、と悟はロクな返事を返せない。聖杯戦争――そのことを話すわけにはいかない。話したところで変な宗教にハマったのかと心配されるだけだ。

 もっと話したいことはあるのに、話し方を忘れてしまったように言葉が続かない。

 

「……仕事とか見つかった?」

「いや、まだ……でもさ、もしかしたら、もう少し全部が元通りになる」

 

 聖杯を手に入れることが出来れば、全てが。悟は精一杯の笑顔を向ける。すると何を勘違いしたのか、妻は心配そうな顔を見せた。

 

「いくら御賃金が高くても、変な仕事についちゃだめよ。貴方人がいいんだから、気をつけなきゃ」

「大丈夫だよ、変な仕事なんかしてないから」

 

 そもそも仕事ですらないけど。妻は時計をみるとすっくと立ち上がった。用事の時間だろう。

 悟も合わせて立ち上がる。遠くから華と、ついでにアサシンまで手を振っている。

 

「じゃあ、四時くらいにまたね」

「わかったよ」

 

 妻の後ろ姿を見送ると、アサシンが華を肩車したまま近づいてくる。アサシンは周りの子供をかなり手荒に振り払っているが、雨合羽をむちゃくちゃに引っ張られて難儀していた。

 ひいひい言いながら悟の元にたどり着いたアサシンは、昨日ランサーと戦った時よりボロボロに見える。

 

「あんのクソガキども!!」

 

 毒づきながらも、華を地面におろす手は丁寧だ。何気に子供を扱いなれている雰囲気である。アサシンは華を下ろした後にこっそり悟に耳打ちした。「じゃ、俺は一度離れて霊体化して戻ってくっから」

 

 親子水入らずを邪魔する気は流石にないアサシンは、一度屈んで華に別れを告げる。用事があるからまたなと頭を撫でてから立ちあがり、踵を返して離れようとした。

 

 だが、その雨合羽の裾を掴んでいる者がいる。言うまでもなく、華である。

 

 

「あさしん、行っちゃうの?」

「……オジサン用事があるんだ、悪いなお華」

「行っちゃうの?」

「………悪いな、用事が「本当に行っちゃうの……?」

 

 アサシンは黙った。悟はものすごく悪い予感を覚えた。アサシンは再びしゃがみこみ、華の手を掴んだ。「お華、お前俺の嫁に「やめろ!!!!」

 

 

 

 

 完全に予想外である。悟はどうしてこうなったと悶々としながら、右手で華と手を繋いでいる。華の左手はアサシンに繋がれていて、男二人が幼女と手を繋いで歩いている摩訶不思議な状況だ。

 しかも片方はこの晴天に黒い雨合羽を着ている不審者だ。

 

 散歩をしながらやってきたのは、春日のショッピングモール。何でもあるし、駅前程迷わないためになんとなくここに連れてきてしまうが、そろそろ華が飽きやしないか不安にもなる。

 その心境などつゆ知らず、アサシンは能天気に不穏なことを言う。

 

「お華ってマジでお前の娘なのか?似てるところがカケラもねーぞ。魔性の幼女だな」

「魔性の幼女って何なんだ」

 

 華が生まれてから最初に発した言葉がママなのは当然として、パパと呼ばれるまで三か月以上の空きがあったことを思いだした。仕事が忙しくあまりかわいがれず、なかなか呼んでもらえなかった悲しみが蘇る。華は無邪気に顔を上げた。

 

「パパとあさしんは仲良しなの?」

「うーん……」

 

 仲良しも何も、出会ったのさえ一昨日である。この関係をどうこたえるべきか迷っていると、アサシンが勝手に余計なことを吹き込む。

 

「ま、俺がお前のパパの世話を焼いてるって感じだな」

「そうなの?パパがお世話になってます!ありがとう」

「あ~さ~し~ん~」

 

 地を這うような声を聞き、アサシンはやっと口をつぐんだ。大の男二人のくだらない戦いを知らない華は、フードコートの一画にあるドーナツ屋を指差した。

 日曜で少し混んでいるが、十時半くらいのため座るスペースにも余裕がある。

 

「ドーナツ食べたい!」

「おお、いいねえ。俺まだ食ったことねーや」

 

 三人は仲良くドーナツを取る列にならんで、色とりどりのドーナツに目移りさせた。アサシンと華が雁首そろえて、やれオールドファッションだフレンチクルーラーだ、ろりぽっぷだとトングでとっていく。アサシンが子供に好かれるのは、大人なのに子供に近く、どこかガキ大将みたいなところがあるからではないのかと悟は二人を見た。

 

 悟は最早二人の子供を面倒見る心持になってきた。四苦八苦して会計を済ませ、フードコートの四人掛け席に陣取ってもさもさとドーナツを食べる。

 

 アサシンが不可抗力とはいえ邪魔だと思っていたが、華が楽しそうならばそれでいい。アサシンも妙に間の取り方が上手いと言うか、気を使っているのか何くれと話を悟に振ってくる。

 ずっと一緒に暮らしていた時は話すことに困ることなどなかったが、月一でしか会えなくなってから、話したいことはたくさんあるくせに話せなくなることも多かった。

 

 と、その時アサシンがいきなり顔を上げた。ものすごく苦々しい顔をしているのが、正面にいる悟には良くわかる。しかし、アサシンの視線は悟の後ろに向かっているようだ。

 

 そういえば、この気配は前に感じたことがある。

 

 

「応応、ガンナーではないか!奇遇だな、共にドウナツとやらを食さないか!」

「本ッ……ランサー!!お前どーいうタイミングで出てくんだ!」

 

 筋肉隆々の大男が、TシャツGパンのラフな格好でドーナツをお盆に山盛りにして、にこやかに片手をあげている。アサシンは勢いよく立ち上がると、ランサーの首根っこを掴んでぐいぐいと遠くの席へ引きずっていった。念話でアサシンからの連絡が入る。

 

『こっちはよろしくやっとくからしばらくお華と仲良くやれ!』

『そりゃいいけど、まさかここで戦ったりとかするんじゃないよな!?』

『しねーよバカ!』

「あさしんどこいくの?」

 

 まず悟は首を傾げている娘に、適当にとってつけた説明をする作業をする羽目になった。

 

 

 

 

 一方アサシンがランサーを離れた席へ連行し、二人で着席した。

 ランサーは不思議そうな顔をしながら、山盛りに問ったドーナツを食べ始めた。

 

「なんだなんだガンナー」

「あんまりアレにつっかかっていくなよ。相手なら俺がしてやる」

「あれはお前のマスターか?すると、あの娘は?」

「マスターの実の娘だ。つーかお前何やってんだ」

 

 アサシンはランサーのドーナツを勝手にとって食べ始める。大の男二人が山盛りのドーナツを一緒に食べると言う実にむさくるしい光景だ。

 

「儂か?儂は折角現界しているのだからこの現世を楽しんでおかねばと思ってな、このように戦いのない昼は漫遊している」

「そりゃよくわかるが、一人か?」

「そうさな、相方に案内をしてほしいところだか、どうも乗り気ではないようだ。セイバーとバッティングセンターとやらに行ったことはあるが」

「てーかどいつもこいつも現世満喫してやがんのな」

「お前もだろう」

「俺なんてまだまだだ。ところでセイバーってどんな奴だ」

「それは会ってからのお楽しみと言うヤツだぞ、ガンナー」

 

 ランサーはセイバーについて話す気はないようで、楽しそうに笑いながらもりもりとドーナツを食べている。アサシンとしては正直話すことはないのだが、このままドーナツを食べるむさい男を見るだけなのも手持無沙汰どころか不毛である。

 

 こちらは魔術のマの字も知らないマスターと、最弱のサーヴァントだ。折角の機会と、色々と突っついてみるかと決めた。だが、それよりも先にランサーが話を切り出した。

 

「ガンナー、このところ続いている一家惨殺事件と昨日の病院テロ事件は知っているか?」

「知ってるさ。……もしかしてのサーヴァントの仕業か?」

 ランサーは静かに頷いた。「そうだ。そして犯人も判明している……バーサーカーよ」

「ふうん。だがそれを俺に話してどうしてぇんだ?」

 

 聞きながらもアサシンは既にランサーの意を察していた。ランサーはそういう陣営を座してみていることを良しとはしないに違いない。

 

「今夜、アーチャーとセイバー、そして儂でヤツを叩く。お前にも協力してほしい」

 

 ランサーは、自分がマスターの意に背いて参戦するためアーチャーとセイバーに多くの協力はできないだろうことも伝えた。しかし、アサシンはにべもなく断った。

 

「何故だ?お前はバーサーカーの所業を放っておくような英霊ではないと感じたのだが。このランサー、一度剣を交えた相手を見誤ることはない」

「ハン、仮に俺がそーゆー英霊であってもだ、マスターまでそうとも限らんぜ?」

 

 すると、ランサーはきょとんとした顔ををして、ならばますます放っておくことはありえないだろうと笑った。先ほどの家族だんらんを思いっきり見られていたとすれば、確かにそうでありまた悟自体も根本的には放っておきたくはないタイプの人間だ。

 アサシンは己の返しの下手さに辟易し、うんざりしながら再び口を開いた。

 

「お前こそ、一騎のサーヴァントに対して俺まで加わったら最大一対四だぜ?いいのか?」

 

 生前のランサーは戦となれば無双の強さながら、正正堂堂の戦いにこだわっていたわけではない。内応工作や調停もこなす堅実で着実な面も持つ武将であった。

 しかし、先日戦ったランサーは戦いそのものを楽しみ、純粋に力を競い合うことを望んでいるようにアサシンには思えたのだ。

 

「アレは大勢の無関係の人間を殺している。斯様なサーヴァントとマスターは、完膚なきまでに倒さなければならんだろ。それに」

「それに?」

 

 ランサーは少し口ごもったが、直ぐに笑って見せた。

 

「先程も言ったが、儂はどれだけその作戦に協力できるかわからなくてな。それゆえ、この戦いだけでも協力できる相手を増やしておこうと思った」

「……へぇ」

 

 ランサーの話はわかった。アサシンはこれでも庶民の為の英雄である。その討伐に加わることも吝かではないのだが、そもそもこの話自体が罠である可能性もある。

 例えば集合場所に来たアサシンを、協力者のセイバーと謀って殺すなど。

 生前のランサーと今の姿を省みると嘘をついているようには感じないが、こちらは武力で劣るアサシンだ。ランサーはアサシンの雰囲気を察して、慌てて手を振った。

 

「おおっと、詰まらんことを考えるなよガンナー。しかしお前の疑惑もわからんでもないな……うむ」

 

 どう信用されるべきか悩み始めたランサーを見ながら、アサシンも思案する。ちらと横目で見れば、娘と話して脂下がりまくりの悟が見える。彼と会ってから、あれほど幸せそうな悟を見るのは初めてだ。

 

 アサシンは、悟は聖杯戦争に参加すべきではないと思っている。

 

 昨夜の動機を聞くまでは、参加して共に戦うのも悪くないと思っていた。だが、ランサーと戦い、胸の内を聞いてから話は変わった。このまま悟を戦わせるわけにはいかない。

 

 ――(アレ)に聖杯など必要ない。命をかけるなんて、命しかない奴がすることだ。

 

 しかし、アサシン自体は聖杯戦争を戦うつもりだ。そして今目の前には、うまくすればバーサーカー、セイバー、アーチャーの情報を手に入れられるかもしれないチャンスが転がっているのだ。

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。「ちょっとマスターに聞かなきゃわかんねーな。それはいつだ?」

 

 

「今日だ」

「今日!?」

「偶然お前を見かけたから誘ったのだ。お前は決して根の悪いやつではないと思うからな」

 

 本当に考えているのか考えていないのか読めないランサーは、嬉しそうに笑っている。それで重畳、と満足げにして、彼は言葉を残す。

 

「――今夜、この地の管理者、碓氷の家に十時半だ。そういう約束になっている。来ればお前のことはわしから説明しておくぞ」

 

 へいへいと、アサシンが気のない返事をしたところで話は終わった。するとランサーはひょいひょいとドーナツを食べきってしまった。綺麗に御手拭で手を拭いて、ランサーは席を立つ。

 

「それでは、また尋常に戦おうぞ、ガンナー」

「そりゃー御免こうむるぜ」アサシンはげんなりしながら答えた。

「全くつれない奴が多くて儂は寂しいぞ」

 

 ランサーの後ろ姿を見送り、アサシンは机に肘をついて、すぐ隣のガラスの壁から外を眺めた。振り返れば、悟と華もドーナツを堪能し終えたようでいいタイミングである。

 アサシンは立ち上がるとやれやれと肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 その後、アサシン、悟、華のトリオはショッピングモール内を回りあれやこれやと見て回った。春日の街を良くわかっていないアサシンが、華と同じくらいはしゃぎまわるという奇怪な姿を見ることができた。

 その後、モノレールで駅にまで戻り、駅の北を東西に流れる美玖川の河川敷を散歩した。今日は良く晴れており暖かく、実に散歩日和である。

 

 途中でアサシンが川に落ちる一幕もあったが、楽しい笑い話になった。あっという間に時が過ぎ、四時近い時刻となった。行きと同じように、華を挟んで悟とアサシンが手を繋いで公園へ向かう。

 日は少し傾いていて、三人の影が長く伸び始めている。

 

「華、もう少ししたらまたパパと暮らせるようになるかもしれないけど、いいかな」

「え!?本当?」

 

 アサシンがフードの奥で眉をひそめた。しかし悟は気づかない。

 

「そう、昔みたいに三人で暮らせる。ちょっとパパとアサシンが頑張るから」

「パパとあさしんが?」

 

 華は素直に悟とアサシンを交互に見上げる。そして、フードの奥にあるアサシンの顔を見る。「あさしん、パパをお世話してるって言ってたもんね。パパをお願いします」

 

「そんなに頼りないのか」と悟が若干鬱になっている反面、アサシンは笑った。

 そして空いた手で華の頭をぐりぐりと撫でた。

 






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