Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月1日⑤ 剣士 対 狂戦士

 しかし、明の体が真っ二つに裂かれることも原型がなくなるほどに潰れることもなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 バーサーカーが苦しんでいる。首を切っても、心臓を差しても苦しまなかったバーサーカーが本当に断末魔の叫びをあげているのだ。その禍々しく赤い目には、深々と一本の矢が刺さっている―――。

 咲はその光景を見て絶叫をあげる。

 

「ば、バーサーカー!!」

「マスター!!」

 

 咲の絶叫とほぼ同時に、明はセイバーに抱えられてバーサーカーと咲から離れた。抱えられて距離を取ると、明にもあたりを見回す余裕ができた。明とセイバーから二十メートル程度離れた波止場には、停留している船に乗り月光を背に受ける貴族と、陰陽師の姿があった。

 

 先ほどはかの貴族の放った弓が、寸分の狂いもなくバーサーカーの目を覆う鎧の隙間に突き刺さったのだ。アーチャーの名に相応しい射であった。

 

「アーチャー!……と土御門」

「俺はオマケか!っておい、大丈夫か!?怪我してんじゃねーか!」

 

 少し離れた距離から彼女の姿を見て一成は声を荒げた。確かに明は咲の水刃による攻撃にさらされたため、太腿を切ったり服を切ったり、額に傷が少々ついている。

 派手に出血しているようにみえるが大したことはない。

 

 それでも一成は懐から呪符を取り出し、慌てて明の下へ駆けつけようとした。

 

「治癒かけるからな、待ってろ!」

「ああいいよ別に。掛けてもらってもあんまり効かないし……ってアーチャー、やっぱりバーサーカーって」

 

 弓を片手にしたアーチャーは、衣冠束帯を乱さない姿で頷いた。月光の似合う男だなと、明は場違いにも思った。

 

「そうじゃ。……実はの、先にセイバーがアレを引き付けて戦っていたが、その時三回殺している。予想通り一回では死ななかった」

 

 予想はしていたとはいえ、明は唇を噛んだ。伝説通りであるならば、あと三回は殺さなければならない。否、回数の縛りがあるのかどうか。

 セイバーと明はアーチャーたちから離れ、再び倉庫近くのバーサーカーたちに近づいていく。

 

 明は引き付け役を担っていたセイバーを見たが、鎧と衣袴がやたらと傷ついている割に本人は元気そうだ。パスにも何の異常も見られない。

 

「セイバーは元気?」

「……特に問題はない」

 

 作戦はセイバーが囮となって、アーチャーが弱点である目を射抜くという戦い方だ。どこか不満げなセイバーだが、明はその戦い方は疲れるからとか、囮が不本意なのだろうと判断した。

 

「■■■■■■■■■■■……!!」

 

 一度完全に動きを止めたバーサーカーの体が修復している。一昨日首を飛ばすなどで殺したつもりになった時よりはるかに再生に時間がかかっている。

 

「嘘、バーサーカーあと三回の命じゃない……」

 

 今になってバーサーカーがすでに四回死亡していることに気づいた咲は唇をわななかせた。重要な言葉が口をついて出てしまったことにも気づいていない。

 そして明とセイバーのほかに、アーチャーと一成の姿も確認して憎々しげに睨みつけた。

 

「あんたたち……」

「悪いけどバーサーカーを倒すまでは共闘することになってるから。もうあなたのサーヴァントの事は知っている」

 

 今の咲の発言により、バーサーカーは七回殺すことにより完全に殺すことができると確信した。――あと三回、殺せる。セイバーもアーチャーもそう見ていた。しかし、当の咲に動揺の色はない。

 

 

「……そう、じゃあもういいか」

 

 咲はパジャマのポケットをまさぐって何か小さなものを取り出した。それは月光に照らされて光を反射している小さな石。宝石の類だろうか――と明が思った時、咲はそれを飲み込んだ。何か大きなものを飲み込むかのように、咲は必死でそれを嚥下して、己が使い魔に銘じる。

 

「ごふっ……殺しなさいバーサーカー!!『将門大新皇(ばんどうのてんのう)』!!あなたの宝具で全て殺しなさい!!」

 

 バーサーカーの宝具『将門大新皇(ばんどうのてんのう)』。今までの戦いはバーサーカーは宝具を使ってこなかった――これからが、バーサーカーの本気なのだ。怨霊としての性質をむき出しにしたバーサーカーの咆哮が天を、地を揺るがした。

 

「グアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――ッ!!!!」

 

 漆黒の鋼鉄鎧を纏った狂戦士から、魔力の奔流が溢れ出す。母衣(マント)が激しくはためいて、今までと比較にならないその膨大な魔力量に風が吹き荒れるのがわかる。その暴風は水面までも揺れ動かしてさざ波が立つ。明も一成も目をつむった。その量だけで体を持っていかれそうなほどの凶悪さがある。バーサーカーから噴出した黒い霧はその量を増し、倉庫街全体を覆っていく。

 

 まるでこの世を恨むかのような呪いのこもった霧は、弱いものなら霧に触れただけで殺しかねない。

 

 怨念にまみれた咆哮が黒い霧の中に響く。地鳴りのようにじわじわと響く其れは、咆哮もへったくれもなく体に直接浴びせかけられる呪いのようだ。セイバーがすぐ近くにいることはパスでわかるが、視認が難しいくらいに視界が悪い。しかもこの霧に含まれる多量の魔力は、対魔力の弱いものには害になり、さらに魔力を少しずつ削り取っていくようだ。

 対魔力Aのセイバーにはまるで効いていないが、人間である明には影響を及ぼしている。

 

「マスター、この霧はよくないものだ。バーサーカーは黙っていても俺を追うから、離れてじっとしていろ」

「……してたいけど、あっちのマスター次第だね。とりあえず離れるけど」

 

 それだけ伝え、セイバーと明は離れる。こんな視界が悪い中では、無暗にセイバーの近くにいるとバーサーカーとの攻防に捲き込まれて死にかねない。

 

(この霧、男より女に悪影響を及ぼすっぽい……バーサーカーを裏切ったのが彼の妻とか愛人とかいう話があるからなのかな……)

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明が離れたのを確認し、セイバーはおぞましい咆哮が迸る方角へ向かって直走った。戦場は倉庫街の真っただ中。魔力を削り取り視界を失わせる霧も、セイバーの前では若干視界を悪くさせる程度の効力しかない。しかしたとえ視界がなかったとしても、その気配の獰猛さは隠しようもない――それに、例えセイバーが向かわなくても、あちらから勝手に襲い掛かってきたであろう。

 

 迫りくる狂戦士から放たれる闘気と迫力は先ほどまでの比ではない。体の大きささえ倍にも見えるほど、バーサーカーは強力な暴風と化している。

 

「ッ!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――ッ!!!!」

 

 白い霧に覆われた剣を振るい、弾丸のように突撃するセイバーと重機のような破壊力で押すバーサーカー。遥かに圧を増した刀と霧に覆われた剣がぶつかり合う。セイバーは先ほどまではわざと隙をつくる余裕があったが、最早そのような余裕はない。隙など作った瞬間に霊核ごと砕け散っている。

 

 避けた刀が、セイバーの背後にあった倉庫の壁を掠めた。掠めただけであるのに、およそ五十メートルはあろうかという壁が上下に切断されて崩壊していく。刀が掠めただけでこれならば、直撃の威力を推して知るべしだ。

 

 さらに悪いことバーサーカーは―――硬すぎる。セイバーの通常攻撃が全く通らない。魔力放出を使用して斬撃を見舞っているのに、それでも絶つには至らない。

 元々高い防御力を誇っていたバーサーカーだが、今の状態は異常だ。宝具の効果に違いないが、これでは力負けが目に見えている。当初の作戦通りなら、たとえセイバーが押されていても隙をついてアーチャーが射殺せいばよいが、この霧ではアーチャーも狙いををつけることができないだろう。

 

 あと三回殺さなければならない。セイバー単独で草薙剣によって動きを止めて殺すこともできるが、三回も宝具を開帳できない。どうにかそれなしで殺して見せると、セイバーが気を張り詰めたその時、マスターの魔力がおかしいことに気づいた。

 

 セイバーに供給はされているのだが、量が一定しない。何かが起きていることは確実だ。

 だが、どんな心配をしようと今のバーサーカーがセイバーを逃がすはずなどないのだ。

 

 入口と言う概念を無くした倉庫の中に、セイバーとバーサーカーは戦場を変えた。船で輸送された貨物が保管される倉庫は、学校の体育館以上の広さがある。夜の今は天井の高さが伺いしれない。しかしコンテナで大量の荷物が置かれているここは、戦うにはあまりに窮屈だ。

 されど、どれだけ障害があっても今のバーサーカーは気にもかけない。

 

「―――――――――■■ッ!!」

 

 黒い刀は一振り一振りが、落ちてくる隕石のような力を持つ。セイバーの剣は幻想返しの性質の為に、この剣で受ける攻撃は神秘を減ずる。サーヴァントの攻撃は神秘の有無と強さにかかってくる。この剣がある限り、避けるよりも受けた方が避け損ねるよりはましだと判断し、剣士は狂戦士に真正面からぶつかり合う。

 

 既にその応酬の速さは音速に達している。大きく薙いだ剣が、袈裟に下ろされる刀が打ち合う度に衝撃で窓ガラスが粉々に散った。倉庫内の貨物は豆腐のように容易く砕かれ、うずたかく積まれていた物が容赦なく降り注ぐ。セイバーはいちいちそれらを避けることはしない。

 

 しかし月の光も消える室内、粉じんが舞う中では視界も悪くなる。しかし霧の視界阻害に比べたらかわいいものだ。急に静かになる。ごとりと荷物が転がる音がした、だが、バーサーカーの気配はまだ充満している。宝具を使えば、この霧を払いのけることはできる。

 だが、あの硬すぎる防御を打ち崩せるほどの攻撃となるのか――何しろバーサーカーは今の体そのものが宝具の具現といって差し支えのない状態だ。

 

 作戦を考える際に、明が言っていたことがある。それが確かだとするならば、ここで宝具を解放して力を浪費するのは時期尚早であろう。

 

(やれ時間稼ぎだ、撤退だの戦いは性に合わないが……)

 

 それが勝利への最も近い道ならばセイバーに異論はない。刹那、セイバーは反射的に跳んだ。そのすぐ下を、肉厚の刀が駆け抜けて風が舞う。バーサーカーの奇襲染みた一刀は見事に避けられ、そして振り切った先に――剣の腹の上に、セイバーが立つ。

 バーサーカーがそれに気づくが早いか、セイバーが剣上を踏み出すか早いか――。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッアアアアア!!」

「死ね!!」

 

 霧を纏う剣が唯一の弱点である目を狙う。猛烈な勢いで神威の剣がバーサーカーの顔を打ち壊さんと迫ったが――甲高い音で、止まる。

 

 霧の剣は、バーサーカーの口で、歯と歯に挟まれて受け止められた。まさか、とセイバーが息をのむ。その瞬間、横から巌のような拳が迫る。セイバーは大量の魔力を注ぎ、鋼のようなその歯と顎を押し切って、顔半分を斬って捨てた。そのまま転がり落ちるように地面に落下し距離を取ったが顔を上げた瞬間には、切って捨てたはずの顔は何事もなかったかのようにそこにあった。視界の端には、間違いなく捨てた顔半分が霧に包まれている。

 

 じりじりと肌を焦がすような緊張と焦燥。待つと言っても、それはいつまで?そう逡巡する暇もなく、再びバーサーカーが真正面から襲い掛かる。

 

「――ッ!!」

 

 脳の片隅を焦がすような直感に煽られ、セイバーは恐ろしい速さで右横に跳んだ。それは彼の持つ研ぎ澄まされた直感のなせる業。直後にセイバーのいた場所に、漆黒の刀による斬撃が深々とコンクリートの地面二つの筋を残していた。いわずもがな、バーサーカーは一本の刀しか使わないはずである。

 

 ――されど、一度についた跡は二つ。

 

 半壊した壁面を背に、セイバーは思わず目を疑った。黒い霧に紛れて、バーサーカーが、二人。しかも、まるで一つの欠けたところもなく、先ほどの一体と同じ威容と魔力を秘めたコピーともいえるバーサーカーがもう一体、立っていた。

 

 瞬間驚いたものの、その伝説を思い出せば分身するという話を納得がいく。

 

 

「……分身するという話は本当か」

「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」」

 

 黒い雄叫びの二重奏が襲う。二体のバーサーカーは阿吽の呼吸で剣劇を繰り出す。厄介極まりない。魔力放出による跳躍で暴力そのものの剣を避けたとしてももう一体がその隙を突こうとする。三者とも速度は音にも等しい。セイバーはバーサーカー二体の刀を紙一重で捌きながら付け入る隙を伺っている。バーサーカーの片方の刀を力づくで叩き落とし、深く地面にめり込ませてそのまま兜ごと目を潰そうとした時、背中から恐ろしいほどの斬撃が襲い掛かった。

 

「――!!」

 

 流石に回避も防御も間に合わなかった。かろうじて急所を外したが、斬撃そのものは激しくセイバーの体に食い込んだ。痛みも出血にも取り合わず、セイバーは体を酷使して魔力放出で全力を回避に注ぎ込んだ。紙一重で囲われる事態を回避して、距離をとったセイバーが見たものは――濛々と立ち上る粉塵の中に陽炎のごとく、しかしあまりにも存在感のある、三人のバーサーカー。

 その上見たところ、三体の能力に遜色があるとは思えない。同等の力を持つ三騎が、目の前に立ちはだかっている。

 そして絶望を振りまく狂戦士とその分身は、わき目も振らずセイバーに突進する―――!

 

「――ッ、これでは」

 

 明が言っていたこととは、「時間切れを待つ」ということだ。バーサーカーは魔術師が死に至る程に魔力を食らうサーヴァントである。人を食わせているとはいえ、マスターである咲自身からの供給はほぼゼロ。故に宝具を解放させ全力で暴れさせていれば、こちらは耐え忍んでいるだけで相手は勝手に自滅するかもしれないという話だった。

 

 バーサーカーに対し、セイバーは決して劣らない。だが、戦いの相性はあまりよくない。セイバーの殺し方と宝具は、一対多に特化している。しかしバーサーカーを殺すためには、的確にその目を打ち抜かなければならない――。

 

 それゆえに明の言葉も「一理ある」と思っていたのだが、最早そういう段階を超えていた。

 

(自滅を待っている間にやられる)

 

 とにかく向かってくるバーサーカーを回避か防御かと選ぶ須臾の間、突如頭上で爆音が炸裂した。ほとんど青天井と化した倉庫の天井に残ったクレーンが、爆音を轟かせてバーサーカーの真上に落下する。クレーンの落下程度の衝撃は防御の必要もないが、それに狂戦士が「気づく」瞬刻がセイバーを助けた。セイバーは魔力放出のジェットで全力で後方へ飛び退った。

 

 二騎のサーヴァントによる戦いでクレーンが落ちてくるのはわかるが、妙にいいタイミングで壊れたものだ。

 

 すぐにバーサーカーが掛かってくる――と思いきや、突如どこからともなく幾本の矢が飛来した。

 

「■■■■■■■■■■■アアアア■■■■■■■!!」

 

 それは弱点である目には当たらずともその体と周囲の地面に突き刺さった。狂戦士の体にはほとんど意味をなさなかったが、そこらじゅうに飛来した矢は爆発にも等しい威力を持って破壊し――それらは僅かな間とはいえ、バーサーカーの行く手を遮っていく――まるで、セイバーを補助するかのような動きである。

 

(――アーチャーか?)

 

 この視覚阻害する霧の中では、アーチャーの援護を期待していなかった。まさか見えているのかと思ったが、見えているのならば間違いなくバーサーカーのこめかみを狙うだろう。

 しかし矢の結果はセイバーへの助勢に違いなく、どこからともなく矢は射かけられ続けている。

 

 

「――わけのわからぬ弓使いめ」

 

 セイバーはそう毒づいたが、手はしっかりと己が剣を握りなおしていた。

 




『全て翻し焔の剣』回で書いたけど、バサカ宝具はあくまで自分を強化する宝具なので、セイバーの草薙が跳ね返すには具合が悪い。
草薙は一撃がわかりやすくかつ大出力であればあるほど有効。エクスカリバーは格好の餌食

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