Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月1日⑦ 背信、そして幕切れ

「え?」

 

 それが、ここにいるもの全員の総意だった。なぜか、一成の左腕は彼の胴体を離れ、地面に転がっていた。時が止まったような静寂。

 

「う………あああああああああああああああああ!!!」

 

 一成の目が、脳が、己の左腕のないことを認識してしまった。その瞬間に走る激痛。生まれて一度も体験したことのない痛みに、一成は聞く者の心が折れそうになるほどの絶叫を上げて倒れる。

 吹き出す血が彼の白衣とコートを赤く汚していく。

 

 訳が分からないのは明も同じである。今まで誤解はあっても、セイバーが明らかにマスターの意思に反することをしたのは初めてだった。早く一成の止血をしなければと思う一方で、セイバーの行動から目を離してはいけないと脳が警告を鳴らしている。

 

 俯いたセイバーの顔は窺えないが、彼は血に塗れた剣を間違いなく明に向けていた。

 

 今まで自分の方法ばかりを押し付けて、セイバーには不本意だろうとは思っていた。もし自分がセイバーの眼鏡に叶わないマスターだったら、裏切られるかもしれないとは思っていた。

 

 まさか、今がその時なのかと明が思った時、俯いたままのセイバーから言葉が漏れた。

 

 

「死ね、マスター」

 

 その白銀の刃は明に向けられる。天叢雲の蒸気を纏った剣が引かれ、明の胴を突き刺すべくセイバーの体が空を破る。もう普通の詠唱による魔力行使では間に合わない。一瞬が永遠にも引き延ばされる中、明は無我夢中で右腕を突き出し、聖痕が焼けつく感覚に全てを任せるしかなかった。

 

「止めなさい!!」

 

 紅い閃光が煌めくことが早いか、セイバーの剣の方が早いか――剣の切っ先は明の腹からわずか二センチ程度のところで、震えながら止まった。貫く寸前に大きな力によって寸止めされたような止まり方だ。

 

 当のセイバーは俯いたままだが、よく見るとその手には妙な汗が流れ、肩で息をしている。バーサーカーと相対した時を超える緊張で全身が強張り、明は手を突き出した格好のまま寸毫も動けない。

 

 さざ波の音だけが、遠く遥かに聞こえた。

 

 

「まぁ、この辺を妥協点とするかの」

 

 そんな中、場違いにいつもとトーンの変わらないアーチャーの声が響いた。明は弾かれたように顔を上げて、セイバーの遥か向こう――一成が倒れ伏している場所を見た。

 倒れた彼の傍らに立つアーチャーの手には彼の宝具たる剣が握られて発動の光りを放ち、もう片手には斬り落とされた腕がある。明の全身から血の気が引いていく。

 

「そなたのマスターも殺せればよかったのだが、意に反することは魔力を消費していかん。やはり宝具を使う際にはマスターがいなけければ」

 

 セイバーは何も答えない。油の切れた機械人形のように鈍い動きで、彼は左手で己の右腕を叩き、剣を取り落とした。

 

 

「……藤原道長」

 

 明が小さく呟いたことに応じ、この世の栄華を極めた男は慇懃に頭を下げた。

 

「自己紹介が遅れてしまい、申し訳ありませぬ。――日本武尊とそのマスター、我が名は藤原北家九条流摂政藤原兼家が五男、道長と申します」

 

尊きを受け継ぎし剣(つぼきりのみつるぎ)』――それは生前のアーチャーが我が孫を東宮にしたいが故に、新たに東宮(皇太子)となった敦明親王に対し、正当な東宮の証である壺切御剣を渡さなかった――つまり、『氏の長者たる道長はお前を東宮――天皇とは認めない』ことを暗に示したことによる、アーチャーの宝具。

 

 天皇に娘を后として配することで、次期天皇を己の孫とし、さらにその天皇に、を繰り返し皇統を掌握した藤原氏の頂点たる貴族。

 その歴代の東宮に藤原氏から送られる壺切御剣は、皇統掌握の象徴(レガリア)。アーチャーは「この宝具を使えば、セイバーがバーサーカーを殺せる」と言っていたが、それは本当だ。

 現に先ほどバーサーカーに放たれた『全て翻し焔の剣(くさなぎのつるぎ)』の二連撃。いくらセイバーが自在に操れる宝具と言えど、インターバルなしで連続で放つなど令呪の補佐なしではまず不可能な芸当である。

 

 

 ――しかし、その剣の効果はそれだけではない。

 

 生前のアーチャーは確かに皇室を輔弼する者であったろう。だが、彼のなしたことはその範疇を遥かに超えている。

 

 その剣は、天照大御神の直系に当たる者を強く拘束する。その拘束力は対魔力を貫通し、対象の持つ神性――いかに由緒正しき天照大御神の直系如何によって拘束強度が変化する。

 

 アーチャーは一成の腕を切り落としたことにより、現在マスター不在のサーヴァントとなった。ただ、単独行動スキルを持つゆえに戦闘を行うことができる。

 しかし宝具のような魔力消費の大きいものはマスターのバックアップを必要とする。

 

 ゆえに、アーチャーはもうセイバーの意思に反することを強制できない。

 

 明の令呪と剣を落とすことで、宝具の呪縛から解放されたセイバーは平安の貴族を強く睨んだ。

 

 

「……」

「……いやいや、流石碓氷の魔術師と言うべきか、日本武尊と申し上げるべきか。――今日の所はお暇しようかの」

 

 バーサーカーに相対した時には決して見せなかったセイバーの激しい怒りを目の当たりにしても、アーチャーはなんら怯むことはなく、全く笑みを崩さない。今まで水面下で収まっていた怒りと殺意が噴出し、セイバーは吼えた。

 

「このまま逃がすと思うか!今ここで殺す!」

 

 セイバーは宝具を放ち、明もあの黒い霧で魔力を相当に削られてしまった身である。しかしアーチャーもマスターを失い、宝具開帳はもうできず全力で戦うことはできない。明の令呪によって宝具の拘束は切れた――今ならば条件は僅かにこちらのほうがいい――セイバーはそう判断した。

 

 しかし、アーチャーは余裕の表情を崩すことはない。

 

「そなたの気持ちはおおよそわかるが……このまま一成を放っておいたら流石に儚くなってしまうぞ?」

 

 アーチャーは宝具である剣の切っ先を、地面に倒れたままの一成の頭に向けている。つまり、セイバーがまだ戦うというのならば、一成を殺すということを示していた。

 だが、一成が生きようが死のうが、セイバーには関係がない。むしろ死んだ方が安心できる。

 

「そこの男など知る「そなたはよくとも、そこなマスターはどうじゃ?」

 

 セイバーははっと背後の明を振り返った。険しい顔をして、セイバーに対し首を振る――しかしそれを見ずとも、令呪の一画によりマスターとのつながりを強化されたセイバーには、するべき行動は一つしかない。

 

 セイバーは俯き、しかし炯々と輝く目を隠さずに恐ろしく低い声で告げた。

 

 

「……貴様は必ず八つ裂きにして殺す」

 

 血が噴き出しそうなほど拳を握りしめたセイバーを見て、アーチャーは満足そうに笑う。彼は片手に令呪の残った腕を携え、鮮やかに身を翻した。月の輝く夜に、漆黒を塗り込めたような海と空だけが戦場跡に残っていた。

 

 明はアーチャーが見えなくなるとすぐさまセイバーの手を引き、一成の下へ駆け出した。

 

「セイバー、土御門を連れて教会まで飛んで!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 妻の元に華を返し、アサシンと悟は家路についた。アサシンがちらちら見る悟は、嬉しいような悲しいような顔を往ったり来たりしている。実にわかりやすいマスターである。

 二人はコンビニで夕食を調達すると、その足でカスミハイツに戻った。

 

 アサシンはランサーの話を思い出していた。今日の十時半時碓氷邸で、バーサーカー討伐のサーヴァントが集まる――面子はセイバー、アーチャー、ランサー。三騎対一騎では流石に負けることもないとは思うし、付き合う必要もないとアサシンは考える。

 それに何より、悟は聖杯戦争に参加すべきではない。

 

 しかしアサシン自体は聖杯戦争を続けるつもりだ。それを考えれば、今夜の戦いには望まず気配遮断をして様子を覗くだけ覗くのが最善だろう。

 

(けど碓氷邸ってどこだ?)

 

 ランサーは有名な家のような口ぶりだったが、生憎とアサシンにはわからない。バラエティ番組を漫然とつけて、カップヌードルをすする悟に尋ねてみた。

 

「おい、碓氷邸って知ってっか?」

「あ?ああ、この辺では結構有名だぞ。住宅地のなかにいきなり古い感じの西洋の館が出てくるから」

 

 何でも昔から居ついている土地の名士みたいなものらしいと、悟は続けた。

 

「それ大体の場所わかるか?」

「東の住宅街にあるみたいだけど、それがなんかあるのか?別にすごいものが見られるわけじゃないぞ」

「もしかしたら今夜、サーヴァント同士の戦いが見られるかもしれねー」

 

 悟は勢いよくラーメンを噴出した。アサシンは日本酒の入ったグラスを置いて面倒くさそうに手を振った。「汚ねーなおい」

「どこから持ってきたんだ其の情報!」

「昼間のランサー」

 

 ついでにアサシンは、ここ春日を騒がせている連続殺人事件がバーサーカーの仕業であること、それを見かねたセイバー・アーチャー・ランサーが討伐に出ることを説明した。

 

「ま、三騎も出るなら俺が出る必要もねーだろ。こちとら激弱貧弱丸だからな、こっそり戦争を拝見させてもらおうってわけだ」

「そうなのか……よし、俺も行くぞ」

 

 アサシンの予想通り、悟は箸を握りしめてアサシンに同行を願った。アサシンは拒否せずそれを肯う。できれば、その戦いは限りなく惨劇に近い戦いになればよいと願いながら。

 

 ランサーは十時半時に碓氷邸に、と言っていた。悟も碓氷邸を訪れたことがあるわけではない為、そこのところは目星をつけて探し回っていくことになる。

 

 冷たい風が吹く中、アサシンは悟を抱えて春日の空を跳ぶ。セイバーが夜の街を駆ける様を鳥と比喩するならアサシンのそれは音もなく、忍の如きと言うべきだろう。

 飽きないのか、悟はずっと眼下の家の明かりを眺めている。

 

「……本当に人を食い物にしてサーヴァントを強化する奴がいるんだな」

「まぁな。しかもバーサーカーなんぞは魂食いって言われるくらいに魔力を食うサーヴァントだからな、理由としては妥当だな」

 

 悟は不自然に黙った。それから躊躇いがちに口を開いた。

 

「……俺たちも「三対一なら負けるこたぁないだろ。俺らの出る幕じゃねーよ」

 

 アサシンは強く遮ったが、悟はまだ悩んでいる様子だった。三対一であれば大丈夫だろうとも思うが、バーサーカーがどのくらい強化されているのか、そもそもどのような英霊なのか全くわからないためなんともいない。

 東の住宅街――駅から南北に出るモノレールの東側を回っていると、南東を指差した。「あれだぞ、多分」

 

 確かに他の家とは趣が違う。闇に沈んでいるが色鮮やかな煉瓦が外壁の建物で、二階の上に尖塔をもつ西洋の館である。敷地も広く、庭には噴水のようなものも見受けられた。

 

「マジで「お屋敷」じゃねーかアレ。で、今何時だ」

「十時十五分」

「じゃあ玄関が見える場所に陣取ってるか」

 

 気配遮断のスキルがあれど、直ぐ近くにいるのは危ういかもしれない。アサシンと悟は碓氷邸から少し離れた民家の屋根に陣取った。しばらく待つと、碓氷邸の玄関から二人が出てきた。片方は肩当たりで髪を切りそろえた二十歳前後の女で、もう片方は黒髪を頭で結った少年もしくは少女だ。

 

 アサシンは思わず屋根から滑り落ちそうになった。悟が雨合羽を掴んで落ちるのをとめた。

 

「おいどうしたんだよ!」

「おったまげたぜ……あの黒髪の方、俺の前のマスターを殺した奴だ」

「えっ!?」

 

 流石に悟も動揺して、アサシンと遠くの主従を交互に見る。黒髪の方がサーヴァントなら、隣の二十歳くらいの女性はマスターということになる。マスターの暗殺をサーヴァントに命じることが本当にあるのだと、悟は身を戦かせた。

 

 直に高校生くらいの男子と、衣冠束帯に身を包んだ中年の男性が門の前に現れた。あの二組のどちらかがセイバーでどちらかがアーチャーなのだろう。しかし、待てど暮らせどランサーの姿は見えない。

 当のセイバー陣営とアーチャー陣営は、待つ素振りもなく二手に分かれていく。アサシンたちは女性と少年(少女)サーヴァントの方を追跡することにした。

 二人は迷いもせずに海沿いの倉庫街へとやってきた。そして時を置かずして、強いサーヴァントの気配を察知した。アサシンたちは倉庫の屋根の上に陣取り、気配を消して成り行きを伺っていた。

 

「あれがバーサーカー……」

 

 ランサーとアサシンからも尋常ではない威圧感を感じた悟だが、バーサーカーが並大抵ではないことも感じていた。眼下には霧で覆われた剣を持つ――セイバーと、黒い霧をまとわりつかせた鎧武者――バーサーカーが激しい剣戟を繰り広げている。

 あれだけ魔力にあふれるバーサーカーと渡り合うセイバーも普通ではない。

 

「ありゃやべーな」

「セ、セイバーの方が!?っていうかランサーは!?」

「バーサーカー、人を食ってるだけあるな。セイバーのが押されてるよーに見えるが……んー?」

 

 ランサーは三対一のような口ぶりでしゃべっていたが、本人は今でも姿を現さない。流石のアサシンもランサーの事態まではわからない。それよりも共闘するアーチャーの気配を探っていた。

 

「来ないもんをどうこう言っても仕方ねーな……おっ」

 

 しかし、いきなりどこからともなく矢が飛来してバーサーカーの鎧の関節に刺さった。アーチャーとそのマスターが、波止場の船の上に姿を現しており、矢を放っていた。しかしその程度でバーサーカーは止まらないだろうと思われたが、違った。

 

 アーチャーが寸分たがわぬ射で狙い打ったのは――目だ。

 

 その瞬間バーサーカーは断末魔ともつかぬ咆哮を上げた。やったのか、と悟が息を飲んだがそうはうまく運ばない。仕留めたはずのバーサーカーは激しく悶絶したかと思えば、再びその自然現象のような暴力をとめどなくセイバーに振り向けているのだ。

 そしてセイバーを押しているように見えるが、隙をついてアーチャーが遠くから目を射抜く。それを見ているうちに、悟にもセイバーが押されているわけではなく、セイバーがあえて隙をつかせるように戦っていることがわかった。

 そうして三度同じことを繰り返した時、突然バーサーカーが姿を消したのである。

 

 アサシンも悟も、そしてセイバーとアーチャーも何事かと一瞬停止してしまう。最も早く気づいたのはアーチャーで、彼は跳躍し停留している船の上に乗るとすぐさまに矢を引き絞り放った。

 

 一瞬のうちにバーサーカーは百メートルの距離を移動していた。この空間転移ともいうべき所業は令呪によるものとしか考えられない。アサシンと悟が素早く目線を移動させた先には、バーサーカーと少女、それに先ほどの女性――セイバーのマスター、そしてセイバーが鉢合わせていた。

 

 そして、バーサーカーのマスターである少女が従者に命じると、バーサーカーが宝具を解放する。黒い霧があたり一帯を覆い、当然アサシンたちの視界をも奪った。

 

「ちっ、これじゃ霧の中がわかんねぇ」

 

 アサシンたちから見えるのは、船の上に立っていて霧の範囲外にいるアーチャーだけだ。セイバーとそのマスター、アーチャーのマスター、バーサーカーとそのマスターは霧の中にすっぽり覆われてしまい杳として姿が見えない。

 

「この霧は晴れるのを待つしかねぇな……ってどうした」

 

 アサシンが息をついていると、隣の悟は信じられないものを見たような顔をして、何もうかがえない黒い霧を見つめている。数度口を開いたり閉じたりした後、霧の中を指差す。

 

 

「……あんな小学生くらいの子がマスターなんてやってるのか?」

「ん?マスターに年齢制限なんてねーからな」

 

 いや、悟は年齢にも驚いたがそれをいうならアーチャーのマスターだって高校生くらいにしか見えなかった。本当に衝撃的だったことは別にあった。

 

「あんな子が、サーヴァントに人を食わせてるのか?」

 アサシンは特に驚かない。「そういうことになるだろうな。つか何だ?お前はおっさんが人食いやらせるなら納得すんのか?」

「そーいうわけじゃない!」

 

 悟は娘を持つ身である。娘が成長し、小学生高学年になり、聖杯戦争で人食いをやらせるなど想像するだに恐ろしく、ありえない。それに、人食いをさせるほどあの少女を駆り立てるものは何なのかも全くわからない。

 

「アサシン、この戦いを止められないのか!?」

 

 しかし、暗殺者の返事は至極冷静なモノだった。

 

「できないこともねーぜ?マスターを殺すっていう形でいいならな」

 

 今、セイバー・アーチャー・バーサーカーはサーヴァントの戦いに熱中している。霧の中に乗り込まねばならないとはいえ、気配遮断をすれば混乱に乗じてマスターを殺せる可能性は高い。寧ろアサシンとしては最高の舞台であり、うまくいけば三陣営すべてを仕留められる可能性もある。

 だが、それをアサシンは見逃す。

 

「普通に戦って、全員無事にあの戦いを止めろってんなら無理な話だ。つーかそれ、あそこにいるセイバーとかバーサーカーにだってできねーよ」

 

 結局、悟の望む方法で争いを止める力はアサシンにはない。仮に令呪を行使して何とかして一度止めることができても、再び彼らは戦い始めるだろう。

 

 悟が唇を噛みしめていると、突如強い光を感じた。霧の外にいるアーチャーが持つ剣が、眩いばかりの光りを放っているのだ。あまりの高貴で眩い光に、二人は思わず目を閉じかける。

 

 朗々たる声に乗せられ、高らかに詳らかにされるのはアーチャーの宝具。王朝政治の最高点・この世の栄華を極めた男による高貴なる幻想(ノウブル・ファンタズム)が開帳されると時を同じくして、黒い霧の中からも白銀の光が放たれる。

 月の光を受けるようにして輝く古代の英雄が、今ここに真名を高らかに謳う。

 

 

尊きを受け継ぎし剣(つぼきりのみつるぎ)――!!』

全て翻し焔の剣(くさなぎのつるぎ)―――!!』

 

「こりゃあすげぇ!」

 

 アサシンは場違いにも口笛を吹く。悟も目を必死で開いて、事を見逃すまいとする。眩いばかりの極光に焼かれて、禍々しき黒い霧はかき消されていく。そして、セイバーの放った白い焔によりバーサーカーは浄化されるように燃えて、砂金のようにその姿を消していった。

 

 

「……おわった……のか?」

「みたいだな」

 

 二人が見下ろす倉庫街にあるのは、セイバーとそのマスター、アーチャーとそのマスター、バーサーカーのマスターだけである。これで決着がついたのだ。少女は人食いをさせることはもうないと、悟が安堵した時、セイバーのサーヴァントがその剣を少女に振り上げていた。

 

 それでもマスターたちがセイバーを諌め、一件落着と見えた。全てが終わったとアサシンと悟が思った時に、アーチャーのマスターである少年の腕が切り落とされていた。

 

「―――――!!」

「落ち着け!」

 

 その後の展開は怒涛だった。少年の腕を切り落としたセイバーは、そのまま自分のマスターの命さえも狙った。だが、それはアーチャーが宝具によりセイバーを操っていたためにしたことだった。

 令呪の力で束縛を逃れたセイバーだが、魔力が残り少ないために追撃を止めてアーチャーは姿を消した。

 

 残されたセイバーとマスターは、腕を切られた少年を抱えてどこぞへと飛び立っていった。彼らの話す声も聞こえたために成り行きは理解できたが、あまりの展開に悟は理解が追い付かない。

 

 戦場跡に残されたのは激しい交通事故でも起こった後のように傷つけられたコンクリートの地面、半壊して崩れ去ってしまいそうな幾つもの倉庫。

 そして――少年の流した血だまりと、何故かセイバーのマスターが放置していった、バーサーカーのマスターであった少女。少女はうずくまったまま動かない。

 

「……アサシン、下に降りてみよう」

「いいぜ」

 

 アサシンは悟を抱えると、軽い動作でコンクリートの地面に着地した。そして悟を解放すると、彼は一直線に少女の方へ駆け寄った。

 彼らの言葉もおおよそ聞こえていたため、アサシンも悟も少女がどうなったのかはわかっている。それでも、わずかな可能性を信じて、アサシンのマスターは波止場へ降り立った。

 

 しかし、そんな可能性はもうどこにもなかった。

 

「……死んでる」

 

 まだ温もりの残る体で、目立った外傷も見当たらない。それでも手には脈がない。揺すってもたたいても反応がない。アサシンはすたすたと悟の隣に立つと、少女を一瞥した。

 

「大方バーサーカーに魔力を持っていかれすぎたんだろーな。外傷もないからセイバーやアーチャーに傷つけられたわけでもねーだろうし」

「……これが、聖杯戦争、なのか……?」

 

 縋るような、歪んだ顔で見上げてくる悟にアサシンは頷く。アサシンは最初にマスターが殺されたと言った。命がけの戦いだとも言った。サーヴァントの戦いを見せた。

 だが、「死」そのものを見せられるわけではない。

 

 命を懸けて、人の命を奪って、聖杯に奇跡を縋ることが聖杯戦争。

 

 

「これが聖杯戦争だ」

 

 いやなものを見せていることくらい、アサシンは承知している。本当に人を殺し、己が命を危険に晒してでもお前の願いを叶えるのかと、無言のうちに彼は問う。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 明はセイバーに指示し、夜の上空を春日教会に向けて一直線に飛行していた。セイバーは本気で飛べば音速の壁も容易く突破するらしいが、生憎明は生身の人間だ。

 

 明は目を固く瞑ってセイバーの右腕にしがみ付き、セイバーは左腕で一成の体を抱えて飛行している。切断された肩からは、いまだにしとどに鮮血があふれていた。

 

「マスター!教会についたぞ!」

 

 その声と同時に地面に足がつく感触を得て、明は倒れたい衝動をこらえて明りの漏れる教会へ走った。セイバーも一成を抱えたままその後ろを追っていた。

 

 直ぐに御雄神父・美琴が飛び出してきた。事情を説明して、至急一成の手当てを頼み、ひと段落つくまで教会の講堂で待つことになる。

 教会はいつものように明たちを荘厳な空気で包み込み、居所を無くさせる。

 

 明は最前列の長椅子に腰かけ、セイバーはすこし間をおいて座った。

 

 当然のように神父と美琴は事情を聞いてきたので、明はかいつまんでバーサーカーの顛末を話した。しかし美琴はともかく神父は使い魔の視覚を通して戦場を観察していておおむね把握していたため、話の焦点はそれよりもアーチャーがどこへと行ったかに移った。サーヴァントのスピードは使い魔では補足できず、神父は首を振っていた。

 

「……真名を聞くに、当てもなくマスターを裏切るサーヴァントには思えないが、何とも言えない」その一言が現在のすべてを物語っており、結局その件については後に回された。そのあと、神父は口元をゆるめて笑った。

 

「しかし、バーサーカー討伐ご苦労だった」

「うん。でも」

「それは私からも言うわ、お疲れ様。だけど、少し言わせてほしいことがあるの」

 

 明が言葉をつづけようとした時に、美琴が口を挟んだ。養父と違い、その様子にはどこか怒りめいたものも感じられる。あまり良い内容ではないことはなんとなく予想がつく。

 

「……何?」

「私たちもあまり協力できなかったし、バーサーカー討伐が少し遅かったのは仕方がないわ。だけど、あなたたち、大丈夫なの?」

「?怪我はしたけど、土御門の程の大けがじゃないよ……」

「怪我の話じゃないわ!明、あなたとセイバーの関係よ!アサシンのマスターの件、忘れてないでしょう?」

 

 まだセイバーと明の戦闘方式にズレがあった時、白昼にセイバーが殺害を行った話だ。確かに美琴が怒っているとの話を聞いていたが、すっかり忘れていた。

 

「大丈夫だよ。もうあんなことにはならない」

「まあバーサーカーもきっちり倒せてることだし……いいけど、次期管理者なんだからしっかりしなさい」

「うん。ごめん」

 

 まだ少し納得いっていない様子の美琴だったが、その返事を受けると踵を返して教会奥の居住区画へ姿を消した。残ったのは神父、明、セイバーだ。神父はちらりと明を見下ろした。

 

「七代目、お前も傷の手当くらいはしていくか?」

 

 明は体質的に他の魔術師の魔術を受け付けないが、普通の手当くらいならしていく意味もある。言葉に甘えようとした時に、ブラウスを引っ張られた。セイバーだった。

 

「――できるかぎり早く帰りたい」

 

 何故かセイバーはここにあまりいたくないようだ。明としても無理にしていく必要はないので、否はない。

 

「じゃあ、家でやるからいい」

「そうか。しかし、明、彼をどうする?」

 

 土御門一成はサーヴァントを失い、かつ令呪を全て失った。おそらく戦争を棄権して、戦争終結まで教会で保護を受けることになるだろう。だとすれば、治療が終わってから目が覚めるまで教会に置いておいてもいい。だが、彼に聞きたいことがある。

 

「――や、私の家に連れてく。もしかしたらアーチャーの行く先に心当たりがあるかもしれないし、色々聞きたいことがある」

「ならば連れて行くといい。時期に処置は終わるだろう」

 

 神父の言葉通り、間もなく奥から教会のスタッフと思しき男が処置の完了を報告してきた。セイバーにそれを任せ、明は椅子から立ち上がった。水刃の刺さった足を引きずることになるが、歩けないほどではない。

 

 先に外に出ようと神父に背を向けた瞬間、唐突に神父の声が地を這った。

 

「これで一歩、願いへ近づいたな」

「……ああ、根源ね」

 

 そのことか、と明は興味なく振り返ることもしなかった。しかし、神父は荘厳たる声で続ける。

 

「これより先、戦争は苛烈さを増すだろう」

「……」

「お前は人を殺すことが嫌か。たとえそれが、責務を果たす為であろうとも」

 

 明が生まれる前からここで神父をしていた男だ。同時に幼いころの明を知っているということでもあり、流石によくわかっている。明だって責務とはいえ人殺しは御免である。でも、それを誰かがなさなくてはならなくて、己しかいないのであれば。

 

「嫌いに決まってる。でも、仕方がないときもある」

 

 明の答え慣れた答えを聞くと、なぜか神父は呆れたように笑った。「……目をそらし続けるには限度があるぞ、七代目」

 

 

 

 

 

 

 

 明が教会の外で待っていると、すぐに一成を背負ったセイバーが出てきた。セイバーの飛行で帰宅するほうが早いことは百も承知だが、やはりそうする気にはなれない。

 あちらこちら痛むが、まだ歩ける。明はさっさと行こうとしたが、その時にセイバーが一度一成を地面に降ろしてマントを脱いだ。

 

「セイバー、どうしたの」

「……マスター、これを着て「明!待って!その恰好で歩いて帰るつもり!?」

 

 丁度その時、再び扉が開いた。腕にコートを抱えて、美琴が飛び出してきたのだ。

 

「?そうだけど、何?」

 

 明の今の姿は人に見られたら大騒ぎされかねないモノだが、この深更の上最近は誰も彼も家でおとなしくしているはずだ。明のその様子を見て、美琴は大きくため息をついた。

 

「……人に会うことはないでしょうけど、万が一ってあるでしょ。いい年の女がそんな恰好で歩くものじゃないでしょ」

 

 確かに今の明の恰好は結構悲惨で、厚手のジャケットもサイハイソックスもスカートもブラウスもずたずたで素肌がかなり露出している。服の損傷ほど出血は酷くないので気にしていなかったようだ。微妙に不服そうな顔をする明に、美琴は紺色のコートを押し付けた。

 

「明、もう少し年と性別を自覚しなさい!」

「……うん」

 

 あまり気の入ってない返事をして、明はコートを受け取った。

 

「明はこんなだから、セイバーも気をまわしてあげて」

 

 いきなり話を振られたセイバーは全く予想していなかったのか、びくりと反応してから頷いていた。以前「女とは思っていない」発言を頂いた明としては、それは無理だろうなと思っていたが、口には出さなかった。

 

「あ、そうだ、美琴、ひとつだけ聞きたいんだけど」

「何?」

「……何で、エーデルフェルトはバーサーカー討伐を拒否したのか、わかる?」

 

 神父からの交渉も拒否したエーデルフェルト。神秘の秘匿は彼にとっても気にかかる事項だろうに、彼は協力を拒んだ。神父も明も明確なその理由を知らず、正直美琴も知っているとは思えないのだが、ダメ元で尋ねた。

 

「……わからないわ。人を食って強化されたバーサーカーこそ協力して倒すべきだと思うのだけど」

「そっか」

 

 明は嘆息し、美琴に別れを告げた。美琴は「よく休むのよ」と労いの言葉をかけて教会の中へ戻った。

 

「……そういえばセイバー、何か用があったんじゃないの?」

 

 美琴が怒涛の勢いで割り込んでしまったが、何かセイバーは言いかけていた。ついでに地面に転がされたままの一成が不憫なので、明としては早く背負ってやってほしかった。

 

「いや、なんでもない。明、帰るぞ」

 

 彼は脱いだマントを再び纏うと、一成を背負いなおした。明が飛行を嫌がる為に、遅い徒歩で三人は家路についた。

 

 確かに勝利はした。

 だが、勝利という余韻も何もなく、彼らは街の沈黙の中を只管に歩くだけだった。

 

 




【サーヴァント】アーチャー 
【真名】藤原道長(ふじわらのみちなが)

【クラス別スキル】
対魔力 :C 魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:C マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。 ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

【保有スキル】
黄金律: B 人生において金銭がどれだけついてまわるかの宿命。大富豪でもやっていける金ピカぶりだが、出費も多い。
飲水の病: D 生前からの呪い(病気)。他サーヴァントと比較して傷が治りにくい。また視力への影響があり、索敵能力がダウンしている。(逆に視覚から影響を及ぼす魔術に対する抵抗力は上がっている)
言上げの弓:A アーチャーの放つ弓に幸運補正をかける。敵とアーチャーの幸運値に開きがあればあるほど、弓は必殺となる。

【宝具】
『尊きを受け継ぎし剣(つぼきりのみつるぎ)』
ランク:A
レンジ:2~3 最大補足:1人
種別:対神宝具
真明解放を条件に、対魔力を貫通し神性のスキルを持つサーヴァントの肉体を拘束し操ることができる(強さは令呪一個分前後)。神性の中でも、特に天照直系の神性を持つ者に強く作用する。神性が高ければ高いほど拘束力も上がるが、消費魔力も倍増する。
ただしアーチャーはあくまで臣下として天皇に仕えており、かつ神殺を成したものではない為、命令で拘束対象自身を傷つけさせることはできない(EX.自害を命じられない)。
また拘束だけでなく、対象の強化も可能(天皇と貴族に調和が取れれば、政治がうまく回ることの具現)。要するに対神専用令呪。
由来は己が孫を東宮位にするが為、東宮となった敦明親王に対し東宮の証である『壺切御剣』を渡さなかったこと(後に敦明親王は自ら東宮位を降りている)。

アチャ長宝具もう一つある予定。あのこっぱずかしい歌!
飲水病=糖尿病

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