Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月3日① 冬の長い一日

 私はなぜこんなにも苦しいのか――。

 

 アーチャーは己を召喚したマスターに、生前のある男の面影を見る。

 生前のその男に問いたくて、しかし口が裂けても問えなかったことがある。

 

 己が家の命運尽きようと、夢が夢でなくなっても、戦いつづける姿に過去の幻影を見た。

 

「そなたを見ていると苦しい」

 

 稀代の幸運児である、藤原道長の話を続けよう。

 

 

 

 

 

 兄道隆の息子、伊周(これちか)に官位を抜かされて道長が歯噛みしていた時期はたしかにあった。しかし道隆一家の栄華は長くは続かなかった。

 大黒柱たる道隆が、四十五歳の若さで飲水病(現代で言う糖尿病)により世を去ってしまったことから、彼らの終わりは始まった。

 

 問題は空白になった関白――権力の座である。候補としては道隆の息子、伊周か道隆の弟(道長の兄)の道兼がいた。やはり年が若すぎる、ということで道兼が関白となったが、その時の昏い焔の宿る伊周の顔を、道長はよく覚えている。

 

 当時、京では疫病が流行っていた。その疫病は庶民にだけ猛威を振るうわけはなく、貴族たちにも容赦なく襲いかかった。結果、太政官の三分の一が病で世を去ることになる。現代風に言えば、国会議員の三分の一が病気で死んでしまったくらいの緊急事態だった。

 

 その疫病は、つい関白となったばかりの道長の兄をも襲った。そして彼は倒れたまま二度と起き上がれず、そのまま儚くなってしまった。

 

 またしても権力の跡継ぎ問題が持ち上がる。次の候補は伊周と、そして道長であった。道長にはまだ兄がいたが、様々な理由があり後継者からは除外されていた。

 

 さて、歳の順から言えば次期執政者は道長だが、伊周の妹・定子(ていし)は現天皇の最愛の后であった。帝の心情からすれば、伊周を後に据えたいところであるがあまりにも彼は若い。

 そこへ決め手となったのは、帝の母であり道長の姉もあった、皇太后詮子(こうたいごうせんし)の言葉だった。

 

「伊周は余りにも若すぎる。道長を次に据えるべきです」――かの姉は、息子である帝に対し一晩中このようなことを訴えたのである。

 

 結果、道長はあれよあれよと執政の座に就くことになった。彼が特に何かしたわけではなく、これは巡り合わせ――運というべきものであろう。

 

 道長とて出世を諦めたわけではなく、虎視眈々と機会を狙っていた。だが、疫病流行による太政官の激減――このように降って湧いたかのように執政の座が滑り込んでくるとは思わなかった。

 

 だが、納得がいかないのは伊周である。落ち度があったわけではない伊周は、道長との対立を深めていく。そして年若い伊周は、その緊張状態に耐え続けるほどの忍耐を持ちあわせていなかった。

 当時、伊周は自分の通っていた女をめぐり当時の法皇・花山院との間で醜聞を起こした。その伊周の弟に、隆家(たかいえ)という男がいた。この男は貴族に似合わずやんちゃというか無鉄砲というか、勝気な質であるため周囲からは「さがな者(乱暴者)」と呼ばれているほどであった。

 

 その弟を巻き込み、事態は花山院に弓を射かけるというところまで発展した。

 

 醜聞は法皇にとっても隠したい事態ではあったが、事態は明るみに出た。

 否、伊周の下につけていた部下が道長に知らせ、そして道長があえてこれを広めたのだ。

 これをきっかけに流れが変わったように、伊周たちに不利な証言・証拠が突如湧き上がって道長の下に届けられていった。

 

 そして、伊周と弟の隆家には流刑の処分が下った。

 

 配流先に向かう彼らの姿を見て、道長が何も思わないわけはなかった。狭い京の中で、彼の兄弟を幼いころから知っている。憐れ、とは思えど道長は己の選択が間違っていたとは思わない。

 一歩間違えたら、彼らの姿は自分であるのだから。

 

 引くことはない。あの兄弟が京に戻ることになっても、彼らは死ぬまで道長に頭を垂れ続けることしかできない運命を背負わせると、決めた。

 

 彼の兄弟は恩赦により翌年帰京を許されるが、その後彼らが政界に返り咲くことはなかった。二人の母は配流された年に亡くなり、帝の寵姫である定子も二十五の若さで産褥死し、同腹の兄弟は出家した弟と伊周、隆家だけになった。

 

 枕草子に描かれた、煌びやかでにぎやかな彼らの姿は疾うに無くなっていた。

 

 彼らには伊周の亡き妹が残した帝の第一皇子、敦康(あつやす)敦康親王がいたのだが、その後道長の娘・彰子が第二皇子を出産する。

 こうなってはたとえ第一皇子を擁していようとも、後ろ盾があるのは道長の孫の第二皇子である。その翌々年に、伊周はまるでこの世に望みはなくなってしまったと言わんばかりに、病で世を去った。

 

 さらに彰子は第三皇子をも出産した。道長の娘、彰子は現在の帝の中宮であり、次女の研子(けんし)は東宮妃。そして三女の威子(いし)が彰子の産んだ第二皇子――敦成親王の后になるという、一家から三人もの后を輩出する未曽有の栄光――「一家三后(いっかさんごう)」を成した時に読まれたのが、かの歌である。

 

「この世をば 我が世と思う 望月の 欠けたることも なしと思へば」

 

 実際、この時道長は得意の絶頂だった。嬉しくてつい詠んでしまった歌のため、彼自身の日記にこの歌は残っていない。

 

 富と権力を得た者が、次に望むことは何か。永遠に生きながらえることが筆頭に上がるだろうが、道長――いや平安貴族はその欲望を持たなかった。

 

 彼らは死んだ後に極楽浄土に迎えられ、平穏を得ることを望んでいた。

 

 道長の栄華が、多大なる運に支えられていたことは是非もない。

 疫病で多くの公卿が亡くなることも、伊周が自滅への道を歩くことも、跡継ぎにも入内させる娘にも困らなかったことも、自分の跡継ぎたる男児が生まれることも、入内した娘と帝に男皇子が生まれることも、そもそも貴族という生まれにある事さえも、全て道長が決められることではない。

 

 

 生まれたときに既に決まっている、人間にはどうしようもない運命――平安貴族ほど、それを身に染みて感じていたものたちはそうそうない。生まれたときに全てが決まっているから、仕方がないと彼らは現世で善行を積み、来世に期待をかける。または輪廻から解き放たれ、極楽浄土に迎えられ、安泰を得ることを願う。

 

 

 つまり、道長を含め貴族と言うものは――出世に奔走する一方で、現世を諦めていた。

 いくら出世、富、名誉に固執したとて、傍では疫病、天災によってあっけなく人は死んでいくことを庶民ならずとも貴族もはっきりと知っていたのである。

 

 そして、出世の最たるものを極めてしまった道長には、現世の無常さとて肌身に染みて感じられた。

 

 

 藤原氏――藤原鎌足を祖とする一族は、奈良時代から徐々に皇統と溶け合うことで権力を伸長してきた過程がある。何百年も連綿と宮廷の謀の中にその身を晒してきた藤の血筋は、その過程で葬り去った政敵の――平安の世となり血こそ流さないものの、その涙と恨みつらみに塗れている。

 

 そうして落ちぶれていく他家の悲哀と憤怒と無常はいか程か。

 それを知りながら、己も同じことを繰り返す。

 

 そうしなければ、裏寂れ行く姿は未来の己なのだ。連綿と続く藤原と言う血の呪いに生きることは、それこそ地獄に等しいのかもしれない。

 

 だが、それでもその血筋にありながら――運命を諦めない男がいた。

 

 かつて道長がその手で未来を摘み取った、一人の甥。かつての栄光は枕草子にのみ残る、没落の家の生き残り―――

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 世間的にはど平日である、気持ちよく晴れた日だ。空は寒いながらも晴れ渡り、日差しの暖かさがよく感じられる。

 そんなうららかな日に、明は家で頭を抱えていた。

 

 この前、明とセイバーが大学に行った時のことである。実体化して校内をふらふらしていたセイバーを友人二人に発見されて、成り行きで知り合いになってしまったという経緯がある。その際に友人である青森日向と相楽麻貴と一緒にセイバーに春日市を案内するという約束をしていたのだ。

 平日だが、友人二人がそろって授業がないようなので、この日にしようと決めていた。

 

 だが、明はこのところのゴタゴタですっかりその約束を忘れていたのである。

 

 約束は十時に春日駅集合であるのに、朝八時の時点ですでにセイバーはライダースジャケットに着替えていた。それよりまるっと一時間ほど遅れてのっそりと起き出した明が一階に下りると、調子のよくなったらしい片腕の一成が食堂のテーブルの席に座ってテレビを見ていた。

 毎朝毎朝思うことだが、天井にはミニシャンデリアのある食堂であるのに、平然とブラウン管テレビがあるのは微妙極まりない。

 

 セイバーは勝手にパックのたくあんを開封し、切りもせず箸で掴んで大根そのままを丸かじりしていた。どれだけつっこもうかと思ったが、面倒くさかった明はスルーすることにした。

 

「……土御門も勝手になんか食べてよかったんだけど……」

 

 明はあくびをしながらテーブルに座る。一応身だしなみは整えてあり、見た目は普通なのだが朝に弱いためテンションが低い。

 

「人んちの冷蔵庫勝手に開けて食べるほど図々しくねぇから」

 

 セイバーがかなりアレだったため、常識のあるやつだと思い明は感心して一成を見た。

 頬杖をついてテレビを眺めている顔が、明の正面にある。

 

(土御門をなんとかしないとねぇ)

 

 きっと聖杯戦争を辞めるには違いないが、彼の口からその言葉を聞いていない。もっと心を落ち着ける時間をあげたいところだが、聖杯戦争真っ只中にそのような余裕はない。

 

 彼は聖杯戦争をするには普通の人間であり過ぎる。もうサーヴァントも令呪もないのだから、教会で大人しく戦争が終わるのを待つべきであると、明は思う。

 

「土御門、聖杯戦争は辞めるでしょ?ここは安全だと自負してるけど、私は戦いをつづけるし、やっぱり教会に保護を求めに行った方がいい」

「あ?俺、聖杯戦争はやめねーよ」

 

 聞き間違いだろうか、明はぽかんとした後に改めて聞き直した。

 

「……はい?」

「だから聖杯戦争やめねぇって」

「……え?なんで?サーヴァントいないでしょ?令呪もないでしょ?どうすんのさ」

 

 当然のように聖杯戦争続行を言われ、明としては首を傾げざるを得ない。なぜそこまで参加したがるのかも疑問だが、それよりもどうやって続ける気なのだろうか。

 これまで全く興味のなさそうだったセイバーも、胡乱な目つきで一成を見ている。

 

 そんな中、一成はひとつ、思わせぶりに咳ばらいをした。「……それはだな、」

「それは?」

「……協力させてく「断る」

 

 土下座しかねない勢いで頭を下げてきた一成を、明ではなくセイバーの一声が両断した。明は完全にターンをセイバーに奪われて二人を交互に見た。

 というか、セイバーは一成が言い切る前に断ってなかっただろうか。

 

「せめて最後まで言わせろよ!」

「お前を仲間にして俺たちに何の利点がある。そもそもお前は何がしたくて戦争を続ける?」

 

 セイバーの言葉ももっともだ。明とセイバーに協力したいと言っているが、それで一成に何の得があるのだろうか。聖杯を使用できるのは勝利した一組のみで、一成はカウントされず使用権はない。

 

「もしかして、私たちに力を貸す代わりに裏切ったアーチャーを倒してくれとか言うわけ?」

「もしそうならばお前に頼まれなくともあれは俺が殺す。お前の協力など不要だ」

「いやいやそうじゃねーよ!いやちょっとはあるけど!」

 

 一成はバランスを崩しながら立ち上がり、二人を落ち着かせるように言う。

 

「俺にはもう聖杯にかける願いってのはないから、それは本当にお前らの好きにすればいい」

「なら何故俺たちの協力をしたがる」

 

 セイバーは完全に喧嘩腰で、隙あらば一成を斬ろうとしているようにすら思える。

 それでも一成は引かないし、怯えも見せない。

 

「別にお前らを勝たせたいって思ってるわけじゃねーよ。だけど、碓氷、お前はあのバーサーカーのマスターみたいなことはしないだろ?もし他にあんなことするマスターがいたら、止めるだろ?」

「止めるね。私はここの管理者だし」

 

 管理者という立場もあるが、明自身も一般人に犠牲者を出したくない。間違いなくバーサーカーの時と同じように、人を食い物にするサーヴァントとマスターの前に立ちはだかるだろう。

 一成はやっぱりと、嬉しそうに笑った。

 

「俺はこの戦争で被害を出したくないし、マスターにもそんなことをしてほしくない。俺に望みがあるっていうならそれだ。だから、同じことを考えているマスターであるあんたに協力したい」

「……悪いことは言わない。とりあえず辞書で戦争をいう文字を引いて傍線を引いたうえで百回復唱しろ」

 

 セイバーは完全に毒気を抜かれたようで、たくあんの咀嚼を再開していた。

 もう一成が協力しようがしまいがどうでもよさそうな様子で、あとはマスター任せの空気を漂わせている。しかし、明ははいそうですかというわけにもいかない。

 

「いや、大人しく辞めれば?今度は腕だけじゃすまないかもよ」

「それは俺だけじゃなくてお前もだろ?死ぬかもしれないのは」

「魔術とは死ぬことと見つけたり。私は小さいころから魔術漬けだから、そんなことは今更だし。あなたは魔術は知ってるし使えるけど、ちょっと違うでしょ?死ぬってのは特別なことでしょう?」

 

 戦いの中で一成の魔術とその腕を見て、明は彼が自分ほど魔術に浸かっていないことを看破していた。全く普通の家庭とは言えないだろうが、普通の感性を育みそれで生きてきたならば、その普通を全うすべきだと思うのだ。それでも、一成は全く引く様子がなかった。

 

「物事を途中で投げ出すのは性にあわない。……これでももう覚悟は決めたつもりなんだ。死んでもお前に文句は言わないし、それに」

 

 一成は一度深く息を吸ってから、凛と目を見開いて言った。

 

「俺はもう一度アーチャーに会いたい。聞きたいことがある」

 

 本当に一成を戦争に押しとどめているのはこれかもしれない、と明は直感的に思った。訳も分からず裏切られたままでは納得がいかないという気持ちが、恐怖を超えているのかもしれない。

 もし明がここで断っても、きっと土御門一成は勝手に聖杯戦争に巻き込まれに行く。

 

 そんな危なっかしいことをして無駄に死なれるよりは、せめて明たちの協力してもらった方がまだマシかもしれない。死んだ人間に口はきけないが、本人は死んでも文句を言わないとも言っている。

 

 

(……それに、もしかしてもしかしたら土御門の魔術はこれはこれで使い道があるかもしれないし)

 

 明は面倒そうにため息をついてから、一成を見た。

 

「言っとくけど、これから私たちがアーチャーと戦うかわからないからね。もしかしたらアーチャーは他のサーヴァントと戦って勝手に消滅しているかもしれない。私もあなたを護れるわけじゃない。それでもよければ、一緒に戦おう」

「……!!本当か!?」

 

 一成は顔を上げて笑った。しかしセイバーはすかさず太い釘を刺す。

 

「……マスターが許可するのならば好きにしろ。だが、マスターを護ることは俺の役目だが、その中にお前は含まれていない」

 

 先ほどの強気はどこへやら、今だにセイバーへの苦手意識がぬぐえない一成は盛大に目を泳がせながらぼそぼそと呟く。

 

「……べ、別に頼んでねェし」

「しかし、お前と言うやつがいたことくらいは忘れない限り覚えておこう」

「「いた」ってなんだ!不吉に過去形にするな!あと覚える気ゼロだよな!」

 

 元々一成はセイバーに対し好印象を抱いていないところに、セイバーの取り付く島もない態度である。お互いがお互いに仲良くやれない、という意思をむき出しにしている。

 

 敵味方の峻別がハッキリしているセイバーは馴れ合う気はないのだろうが、一成に対して妙にとげとげしい。ハルカに対してはもっとドライだった。やはり共闘とはいえ、この碓氷邸に足を踏み入れさせているかいないかの差か――。

 

 とりあえず、口げんかで済んでいる今のうちに、明は右でセイバーを、左で一成の顔を殴った。殴るといっても軽く叩くくらいで大した痛みはないとはいえ、二人とも目を白黒させていた。

 

「マ、マスター?」

「仲良くしろとは言わないけど、これから一緒に戦うんだから無駄に喧嘩しないで。土御門はいちいちセイバーのケンカを買わない。セイバーはいちいち土御門に喧嘩を売らない、そして一応土御門も護るの」

「……おう」

 

 一成は渋々ながらも明の発言を受け入れたが、セイバーは一成よりも不承不承である。それでも静かに首肯した。

 

 とりあえず話がまとまったところで、一成の能力を把握してこれからの対策を考えていきたいところである。明が頭をひねり出したときに、セイバーが明の服を引っ張った。

 

「マスター、そろそろ家を出ないと間に合わないと思うのだが」

「……あ」

 

 土御門参戦ですっかり頭から抜けていたが、そもそも今日は友達+セイバーで「セイバーに春日を案内しよう」計画を実行する日だったのである。昼は春日で観光をして夜までに戻ってくるつもりだったが、状況が変わった。

 一成が聖杯戦争を続けると言うなら、昼のうちに一成の力を把握しておき、夜になるまでには役割を決めたいと思ったのだ。

 

(いっそドタキャンさせてもらうか……)

 

 ふとそう考えたが、流石にあまりしたくない案だった。友人たち自身のセイバーに対する興味からのイベントだろうが、折角親戚(という設定になっている)のセイバーに良くしてくれる気持ちを無下にはしたくない。

 ついでに、戦闘以外では日がなゴロゴロする完全に世間一般・休日のお父さんを貫くセイバーがのり気なところにも水を差したくない。

 

「セイバー、悪いけど一人でもいい?日向と麻貴なら大丈夫だと思うけど」

「俺は構わないが、俺のいない間マスターは家から出ないでほしい」

 

 碓氷邸にいる限り、たとえサーヴァントの襲撃を受けてもセイバーを呼び戻すまではしのげる。

 また明としても昼間とは言えど、マスターとして聖杯戦争中にサーヴァントなしで出歩こうとは思わない。だから何の問題もないのだが、心配なことは別にある。

 

 

 ――セイバー単騎で友達のもとに向かわせることが不安である。

 

 割とこのセイバー、何を言い出すかわかったものではない。明はセイバーに向き直り一つ一つ確認する。

 

「セイバー、今からいうことは守ってね。まず殺すとか殺さないとか物騒な話をしない。日向と麻貴の言うことはよく聞く。変な連中に絡まれても手を出しちゃダメ。あと、視界と聴覚を私と共有できるようにしておいて。いい?もしパスを通じて私が何か言ったら、その通りにすること。いい?」

「了解した。だが心配するな。俺もそこそこ現世にいるつもりだ、多少の事はどうとでもできる――見くびらないでもらおう」

 

 ドヤ顔で任せろと胸を叩いてみせるセイバーだが、全く信頼性がない。明はやっぱりやめた方がいいかと思ったが、セイバーはやたらと自信満々である。

 一体その自信はどこから出てくるのだろうか、謎という他はない。

 

「そういう自称脱ビギナーが一番怖い「それでは行ってくる。土産を買って来よう」

 

 セイバーは明のツッコミを聞き届ける前に走り出し、玄関から意気揚々と出かけて行った。やはりやめた方が良かったのではないかとそわそわしている明を見つつ、事情を把握しきっていない一成でも一言言わずにはいられなかった。

 

「……おまえって、セイバーの姉ちゃんか何かか?」

「……妹や弟はいないけど、多少なりともその気持ちがわかりつつあるのは事実かも……セイバーたしか年上なはずなんだけど、見た目に影響されてるのかな私」

 

 セイバーは見た目は十五、十六くらいの美少年、そのうえ背も明より少し低いため、並んで歩けば姉弟(もしくは姉妹)にも見えるだろう。

 そしてぶっちゃけた話、戦うこと以外に関するセイバーは結構しょうもない。既に一成も感じているだろうが、結構精神年齢が低いというか大人げないところもある。それになんとなくではあるが、一成と話している時の彼はそれに拍車がかかっている気がする。

 

 明が首を捻っていたところ、そもそもセイバーが出かける事情知らない一成はその事情を聞いてきた。

 

「どこか行く予定だったのか?」

「私と私の友達で、セイバーに春日を案内する企画。なんか流れで」

 突如一成は雷にでも撃たれたように、カッと目を見開いた。「JD二人に……春日を案内してもらえるイベント……だと……俺もついていけばよかった……」

 

 その光景を想像しながら、一成はわなわなと片腕を震わせてテーブルを叩いた。

 

「いや、土御門がいたところで完全に誰おま状態だと思うけど」

「クソ……あの野郎生前も今もクソリア充かよ爆ぜろ。まさか伝説的に魅了スキルでも……ハッまさか碓氷お前も」

 

 明は過去最高レベルに呆れた顔をして、隠すことなく肩をすくめた。

 

「何がハッ、なのさ。セイバーにそんなスキルはないし、あっても完全完璧にシャットアウトしてるから。ただでさえ戦争で一杯一杯なのに、そんな好いた惚れた腫れたなんて疲れそうなことするほど余裕ないよ」

 

 一応女子高生を経て女子大生をやっているだけあり、周囲の惚れた腫れた彼氏がどうのこうの話は、明もよく耳にしている。ついでに仲のいい友人二人は「明に彼氏を作ろう同盟」という死ぬほどどうでもいい同盟を組んでいる。だが、明としては余計なお世話である。

 

 明は無駄に容姿だけはいい。そのせいか彼女のいる男が勝手に明にちょっかいをかけて彼女から要らぬ嫉妬を受ける、全く知らない身長二メートル越えの元レスラーに一方的に惚れられてストーカーまがいの被害を受けるなど、これまで面倒な事態になることが多かった。

 それもあり人の話を聞くのはいいのだが、聞くにつけ正直「クソめんどくさい」としか思わない。

 

「枯れてんなぁ」

「まあ、私はここの跡継ぎだし子供は必要だから結婚はすると思うけど。相手は放任主義とはいえお父様が探すでしょ」

「……自分で相手決めたいって思わねーの?お前自身のことだろ」

「別に興味ない。私を妊娠させる力があればそれでいいや」

「……お、おう」

「なんで若干引いてるのさ」

 

 あまりといえばあんまりの言い草に一成はかなり戸惑っていたのだが、それを知ってか知らずかあきれ顔のまま明は彼を小突いた。

 

「はいはい、つまんない話は終わり。ちょっと地下室に来て。どれくらい魔術が使えるかとか知りたいし、戦うなら片腕じゃ不便でしょ。即席だけど義手をつけてあげる」

 

 セイバーを一人で行かせたことを無駄にしない為、明は先に立って食堂を出る。

 一成は大して痛くもない頭を摩りながら、すたすたと歩く明の後に従った。

 

「お、おう。だけど夜になる前に一回俺ん家行きたい。大したモンはねーけど、礼装とか置いてあっから」

「そっか。じゃあ長くはやらないようにするよ」

 

 望ましいとは言えないが、既にサーヴァントも令呪も失っており、一成なら明よりも襲われるリスクは少ない。まあいいか、とつぶやいてから明は携帯電話を持っていることを確かめた。




この話2ルートありますが既にどっちかのルートに分岐しているというわりとどうでもいい話。
アチャの過去についてはもう書いてる人の趣味としかいえないので若干無駄に細かいです。


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