「なんなんだあいつ?」
突然血相を変えて地下を飛び出した明に置いてけぼりをくらい、一成は完全に手持無沙汰になってしまった。仕方なくこの地下室を見回したが、やはり埃っぽく雑然としている。
生活スペースは割合すっきりと片付いているのに比べて、この地下室は汚い。
時間があればもっときっちり掃除してやろうかとも思うが、魔導書の類やマジックアイテムがそこら中にあり、うかつに触ると呪われかねない。見るだけ見ておこうと、一成が立ちあがった時である。腕を何かにぶつけ、机に乗っていた古びた箱が落ちた。
金属製のその箱は鍵がかかっていなかったようで、ぱかりと開いて中身を散らせた。
一成は身の危険を感じ、思わず身構えたが何も起こらなかった。恐る恐るその箱と中身に近づいてつまみ上げてみる。中身は複数毎の古い写真と、カッターと古い鍵だ。
写真にはどれもこれも幼少期の明と思える少女と、その友達らしき少女数人が仲良さそうに映っているというほほえましい写真である。
(引っ越した友達とかそういうのか?)
一成は丁寧に箱の中に写真を戻した。もう一つのカッターを手に取ってみたが、その刃は錆びてもう使い物になりそうにないものだった。
しかも、その刃には乾ききっているが恐らくは血がついていた跡があった。
「……魔術で血を使うときに切る用のカッターだったのか?」
ふとカッターの刃に指が触れた時、瞬間的に頭痛がした。
思わず目を閉じかけるが、その時カッター越しに映像のようなものが視得た。
こことよく似た暗い部屋で、年端もいかぬ少女が、カッターで己の太ももを切りつけている――。
「……何だ、今の」
額に脂汗を流しつつ、一成はもう一度カッターを見下ろした。だが、もう何も見えない。
バーサーカーとの激闘の後でまだ疲れが残っているのかもしれない。目をこすって、カッターと古い鍵と合わせて箱を何事もなかったかのようにあった場所に戻したところで、急に地下室が明るくなった。一階と地下室を結ぶ扉から光が漏れている。
「土御門、ちょっと来て」
明が地下室の扉に立っている。一成はそこから漏れる光がまぶしくて目を細めながら、何やら不機嫌そうな彼女のもとに急いだ。
リビングには一匹の蝙蝠が飛んでいた。すぐに分かったが、使い魔である。低く良く響く声が、一成に話しかけてきた。
『ほう、元気そうで何よりだ。アーチャーのマスター』
「……すいませんが、どちら様?」
「今回の聖杯戦争の監督役」
「なんで監督役の使い魔が、お前の家に来るんだ?」
明は深いため息をついて、気が進まなさそうに解説した。
聖杯戦争当初から明は聖堂教会と組んで、サーヴァントの情報をやり取りしあっていたこと。そして時計塔から派遣されてきたランサーのマスターとも組んでいて、情報を共有していたこと。
「私も立場というものがあってね。悪かったとは思ってはいる」
教会の目的が『何事もなく平穏に聖杯戦争を終わらせる』ことであったため、一成は怒りはしなかったもの流石にいい気分ではない。
アーチャーとランサーが戦ったことがあったが、その情報まで明に流れていたことになるのだ。明は目を逸らした。
「……まあいい気分はしねーけど。でもお前はここの管理者だしな」
そしてその話は片付いたとばかりに、蝙蝠は口を開いた。『明から話を聞いたが、本当にまだ聖杯戦争を続けるのかね?』
使い魔から伝えられる低音は、心地いい声音であると同時に不安を抱かせる不思議なものだった。一成はきっと顔を上げて、躊躇うことなく言った。
「……ああ。碓氷に協力する。こいつはいいって言ってたからな」
一成が胸を張って答える。明も「使い道はあるしね」と言って肯定した。使い魔から届く神父の声は、どこか楽しそうな雰囲気をにじませていて、特にそれに対し文句を言うことはなかった。
『七代目がよいなら私が文句をつける筋ではないが、生き残ったマスターははぐれサーヴァントがいた場合に優先的にマスターとして復活しうることは覚えているな?』
「……わかってる」
神父は明に太い釘を刺した。そう、セイバーも言っていたが「マスターは殺すべき」という考えは、一成が良しとしていないだけで、こと聖杯戦争において決して間違いではない。
それでも明は一成を殺さない。
(……よくわかんない奴だよな)
一成のような中途半端な教育ではなく、魔術師として英才教育をされているであろう明はもっと、祖父やキリエのようであってもしかるべきであろう。その時、使い魔越しに神父が話し掛けた。
『少年、棄権する場合はいつでも教会に来るがいい』
「……覚えておく。絶対ないだろうけどな」
一成は参加すると言ったばかりであるのにそんなことを勧める神父にいらだちを覚えた。しかし反論するような場面でもない。神父は話題をすぐに変えた。
『……七代目、少年、土御門、といったか。彼は聖杯戦争が終わるまで君の家にいることになるのか?』
「そうしてもらうつもりだけど、何?」
『うら若き乙女と若い男が、一つ屋根の下で暮らすのは如何なものか』
唐突に果てしなくどうでもいいことを言われて、明は思わずソファからずり落ちそうになっていた。ちなみに、どうでもいいと思っているのは恐らく明だけである。
「なにつまらない事言ってんの?土御門は変な事しないと思うし、万が一の時は影で跡形もなく分解するから平気だよ。それにセイバーもいるから二人じゃないし」
何だかんだで明とセイバーは似ているような気がしてきて、一成は顔面を引くつかせた。
かなり物騒で、しかもそれを本気でやりかねないところが。しかし貞操うんぬん以前に、一成は男として認識されていないような気すらする。
弛緩した空気が流れたが、使い魔の神父はひとつ咳払いをした。
察するに、今度は聖杯戦争に関する話題と見た。
『そう、ひとつ君たちに伝えなければならないことがある。……霊器盤に異常が生じている――かもしれない』
「かもしれない?」
煮え切らない言葉である。神父は話を続けた。「先日、ランサーが「ガンナー」というサーヴァントと遭遇した旨を話しただろう」
「でも残りの数的に、そのガンナーってキャスターって話になったでしょ?」
『違う。セイバー、ランサーのマスターを除くとあとはキャスターとアーチャーのマスターが残る。アーチャーはひとまず除くとして、仮にガンナーとキャスターが同一だとするとおかしい』
「だからなんでさ」
『消去法でアインツベルンがガンナーもといキャスターのマスターとなるだろうが、ランサーの報告によればガンナーを連れていたのは中年の男性だ』
「アインツベルンが中年の男性?」
そこで一成が口を挟んだ。使い魔と明の視線を一手に受けて少したじろぐも、彼は疑義を述べる。
「キリエスフィール・フォン・アインツベルンは女だぞ?」
「土御門会ったことあるの!?」
「……昼にだけどな」
基本エスコートと称して引きずり回されているだけで情けないことこの上ないので、詳細は言わない。明はふむと頷いている。アインツベルンは冬木の聖杯戦争では毎回、お得意の錬金術で生み出した女のホムンクルスをマスターとして輩出していた。
今回は男のホムンクルスを作ったと考えられなくもないが、春日の聖杯は冬木の模造品だ。ならば同じ型のホムンクルスを流用した方が効率がよく確実だろう。
『わかったか?ガンナーと名乗るサーヴァントのマスターはアインツベルンではない。おそらくキャスターのマスターがアインツベルンだ。となるとサーヴァントの数が合わない。本当に八騎目としてガンナーというエクストラクラスが召喚されたことになる。しかし、霊器盤には反応がない』
「その中年の男がアインツベルンの手先って可能性は?」
『可能性としてはある。だが、アインツベルンは冬木の戦争で外部の魔術師を招いた際に最後に裏切られ辛酸をなめているらしい。同じ轍を踏む危険があることをするとは思えない』
明るいリビングの中に沈黙が下りる。サーヴァントの現界を知らせる霊器盤に異常が起こるとは考えすらしなかった。しかしここで考えても解決法が出ることもなく、神父は話を切り上げた。
『何かわかり次第連絡する。今夜からは居場所の分からないアーチャーの捜索をしてくれ。もしかしたら新たなマスターが現れているかもしれない』
「……うん」
本当に霊器盤に異常があるならば、聖杯戦争の残りサーヴァント・状況を正確に把握している者はひとりもいないことになってしまう。
使い魔が消えた後も、明は憂鬱な気持ちで使い魔が消えたあとを眺めていた。
*
オムライスを満喫した後、日向・麻貴・セイバーの三人は博物館に向かった。駅から十分の場所にある、最近リニューアルされた博物館である。
一階には日本の考古学の時代から平安時代までの土器等を、時期ごとにテーマを変えて展示している。二階は期間限定の特別展示に加え、時期によってテーマを変えて日本美術などの展示を行っている。別館では、日本の美術作品を古代から明治・大正までにわたって展示している。
平日で比較的空いているが、最近ここに泥棒が侵入したという話があったため、警備員が増やされている。とりとめもなく日向・麻貴・セイバーの三人は展示物を眺めていた。
「というか私の勢いできちゃったけど、セイバーってこういうの興味あんの……ってどこ?」
「あ、あそこにいるよ」
麻貴が指差した先に、セイバーがいる。ヤマト政権成立時代の銅鏡や儀礼用の剣を見て、ひとりぶつぶつつぶやいている。
「……俺の時とは若干形が……いや、二千年近くも経てこれだけ残っているのならばむしろ……」
「興味あったみたいだね」
麻貴は展示物を食い入るように見るセイバーの後ろ姿を見て、日向と笑った。真剣に見ているようなので邪魔するのも悪いと思い、彼女らはしばらくばらばらに見て回ることにした。
セイバーが一階をふらふらしていると、二階に多くの人が向かっていることに気づいた。何があるのかと思っていると、後ろから肩を叩かれた。日向である。
「二階は期間限定の特別展示で、藤原道長の日記が展示されてるんだってさ。当時の権力者が残した最古の自筆本で、国宝にもなったんだって」
「藤原道長……!?」
日向はセイバーが興味あるものと思って案内したのだが、予想外にセイバーは驚きそして苦々しいと言わんばかりの声を出した。
今やセイバーにとってアーチャーこと藤原道長は必ず倒さねばならない仇敵である。
「あれは必ずころ……いや、こてんぱんにする」
「え?」
「いや、こちらの話だ。俺は見るのは遠慮する」
アーチャーの日記など今見たら八つ裂きにしかねないセイバーは、大人しく見物を辞退した。日向が二階に行くのを見送り、一階の自販機近くの休憩スペースでくつろぐ。
生前から物見遊山は好きな方だが、自分で積極的に行こうと計画するほど積極的に好きなわけではない。誰かに行こうと言われれば行くような、受動的な態度である。
好きなことであるとはいえ、いかんせん現世には人が多い。セイバーの生きた時代の日本は、今よりはるかに人が少なかったのだから当然と言えば当然で、駅前など人の多いところは長くいると気疲れする。
「疲れた?」
「いや、人が多くてな」
自販機でお茶を購入していた麻貴は、二つ買い片方をセイバーに渡した。セイバーは礼を言って受け取る。特に訪れたいところのなかったセイバーは、日向の提案するまま博物館についてきた。
麻貴とセイバーが小休止を取っている今も、彼女は展示品を見て回っている。
「日向はこういうものが好きなのか?」
「日向ちゃんはね~大学では経済だけど歴史好きだから。本当は経済の勉強じゃなくて歴史勉強したかったんだって」
ふうんとセイバーが気のない返事を返すと、言葉が途切れて沈黙が訪れた。
麻貴はホットのペットボトルを手で弄びながら、ためらいがちに口を開いた。
「セイバーくん、私ね、明ちゃんとは同じ中学校だったんだよ」
文脈も何もない話が始まり、セイバーは首を傾げた。しかし麻貴は展示物を見る人々を遠く眺めながら続ける。
「お互いにもう同じ中学ってことは認識してるんだけど、中学校の時は、明ちゃんは私の事知らなかったと思う。でも私は知ってたんだ。というか、明ちゃん有名人だったから」
「そうなのか」
「うん。明ちゃん今もだけど、あんまり人とかかわろうとしないんだ。もちろん、私が見てた範囲なんだけどね。……で、中学の時、明ちゃんととても仲好かった友達が事故で死んじゃったの。それだけなら、悲しい事故なんだけど」
そこで麻貴は一度言葉を切り、躊躇いがちに再び口を開いた。
「その後で、明ちゃんは自殺未遂で死にかけたの」
「……自殺?」
穏やかではない話に、セイバーは目を見開いた。あのいつもぼんやりしていて、のらくらしているマスターがかつてそんなことをしていたとは、にわかに信じがたい。
かつて夢で、明が高所から落下する記憶を垣間見たこともあるが、特に気にしていなかった。
――否、セイバーは明の過去に興味がなかった。どんな過去があっても、マスターが今ここにいることが重要で、それに比べれば過去など些事だった。だが、それにしても穏やかな話ではない。
「先生たちは隠してたんだけど、そういうのってどこからともなくわかるものだよね。そういう感じで、明ちゃんは腫物みたいな扱いだったんだ。大学生になってからまた会った時はびっくりしたの。全然普通の人になってたから。でも、多分明ちゃんは昔とあんまり変わってないと思う」
麻貴は頭を抱えて言葉を選ぶ。彼女自身も表現しあぐねているようで、腕を組んで唸った。
「なんていうのかな、もう全部どうでもいいっていう感じ。ごめん、あんまり具体的にできないんだけど」
「……何故その話を俺に?」
セイバーには、彼女が日向がいない時を見計らって、この話を始めたとしか思えない。
しかしその話をする意図もわからない。麻貴は多少逡巡する様子を見せたが、意を決して再び口を開いた。
「あのさ、セイバーくんって、人間じゃないでしょ」
セイバーの全身が瞬時に緊張した。まさかこの女、マスターか――セイバーは思わず麻貴に飛びかかろうとしたが、すんでのところで押しとどめた。明の令呪による縛りと人目のあるところでの暗殺を禁じられているせいもあるが、麻貴はあまりに隙だらけなうえにサーヴァントの気配も感じないからだ。
もしサーヴァントがいるとしたら、敵サーヴァントであるセイバーがこれほど近くにいるのにマスターを放置するのは可笑しい。セイバーの警戒を知ってか知らずか、麻貴は続ける。
「私霊感とかある方なんだ。セイバーくんみたいな人は初めて見るからわからないんだけど、幽霊、いや、もっと偉い、神様に近い人みたいだと思うんだけど、違う?」
英霊と言うこの世界の外側から世界を守護する存在であるセイバーは、確かに広い目で見れば神様のようなものとも言えなくはない。さらに日本武尊を祭神とする神社は全国に存在するため、神としての信仰も厚い。否定しないセイバーを見て、麻貴は深々と頭を下げた。
「何の真似だ」
「明ちゃんを、護ってあげてください」
「……どういうことだ」
「明ちゃん、事情は話さないけど多分何かしてるんだよね。ゼミの教授は明ちゃんが休む理由を家庭の事情って言ってて納得してたけど、きっと違う。休み始めた時期と同じくして、セイバーくんが来た」
セイバーの知ったことではないが、明が暗示をかけたのは大学の教授数名だけだ。彼らから同じゼミのメンバーに話してもらう方が手っ取り早い。
一名一名にわざわざ暗示をかけるのはあまりにも手間だ。ゆえに、日向や麻貴は暗示の範疇外にある。
「……最近、春日の街はなんか変だよね。お昼は普通だけど、夜が静かすぎる気がするの。それに殺人事件に病院へのテロ、倉庫街での爆発事故……」
麻貴の眼は、一種疑惑を孕んでセイバーを見ていた。そしてセイバーが人の範疇を超えた存在であることを知るがゆえに、恐れの色もあった。それでも、麻貴は話すことを止めなかった。
「……明ちゃんとセイバーくん、何か、危ないことしてる?」
聖杯戦争について話すことはできない。嘘でごまかそうと思えば、ごまかすこともできた。しかしセイバーはその選択肢を却下した。目の前の女――マスターの友人の言葉に嘘はなく、それは間違いなくマスターの身を案じるもの。その心に虚偽で応じることはできない。
「命の危険を冒していると言われれば、そうだ。悪いが何をしているか語ることはできない」
これが、セイバーの話せる限界だ。麻貴は唾を呑み込んだ――そして、絞り出すように言った。
「……なら、だから、明ちゃんのことを護ってあげてください。その、危ないことから」
麻貴は本当に漠然と「危険な事をしている」としか知らない。しかしその「危険な事」――聖杯戦争において、マスターを護ることはサーヴァントの役割である。
どんな状況でも、どんな敵からも護ること。この名と召喚された時の誓いに懸けて、他の何人であろうと負けるわけにはいかないことには変わらない。
「お前に言われずとも、それは俺の仕事だ」
セイバーの答えに、麻貴は泣きそうになりながら喜んでいた。セイバーの方が逆にその喜びように驚き何と言えばいいかわからず、心配するなと彼女の肩を叩いた。
「明ちゃんは、私とかみんなを護ってくれるけど、自分のことを放りっぱなしだから――」
博物館を堪能した日向を迎え、三人は博物館を出た。その後は春日駅の北を東西に流れる川――美玖川のほとりでクレープをもさもさと食べた。
夜までには碓氷邸に戻ってくるように言われていたため、少し早いが解散の運びになった。いつまで春日に滞在するのかと聞かれ、セイバーはとりあえず二週間と言ったが、用事が入ってもっと早く帰るかもしれないと伝えておいた。
二人と別れ、セイバーは急ぐこともなく春日の街を徒歩で帰る。午後四時だが、十二月の今はもう夕暮れである。西の空には橙色の光りを放ち沈みゆく夕日が、長く濃い影を投げかける。
美玖川の河川に生えた薄が風になびき一斉にそよぐ。セイバーはかつての旅で、一面になびく銀色の薄を見たことを思いだした。
マスターはいい友人を持っている。セイバーは素直にそのことを喜んだ。
セイバー自身に友人と呼べる人はいないが、少ないものの東征の旅をした戦友はいた。その多くは、旅の途中で命を落としていったが。
(……しかし、この空気)
人の時間と魔の時間が交差する、逢魔ヶ時。バーサーカーがいたときのような重苦しい空気はないが、別の空気がある。もちろん聖杯戦争中の春日の街の夜は、明らかに異様な空気に包まれている。
世間的には連続殺害事件の犯人はもう絶対に見つからず、総合病院を襲ったテロも永久に解決しない。人々の濃い不安は、長い間春日に闇を落とし続けるだろう。
だが、それはセイバーにとって些事である。
(まるで、魔力を持てあましているような……)
残るサーヴァントはアーチャー、ランサー、ガンナーもといキャスター、そしてセイバーの四騎である。セイバーが直接姿を見ていないのはキャスターのみで、ランサーによればそう強くはないが逃げ足が速いサーヴァントらしい。
バーサーカーが倒れた今、キャスターとアーチャーの行方を探すことが急務である。索敵能力が並のセイバーは、とにかく足で探すしかない。
昨夜は魔力の回復にあてて大人しくしていたが、今夜からはまた索敵に出るべきだろう。
そう結論付け、急ぎ足で碓氷邸に帰ろうとした時、すれ違う一人の女とぶつかった。長い金髪をした女は外国人のようだった。紺色のロングスカートに白いコートを着た、眉目秀麗な女だ。
「あら、ごめんなさいね」
「いや、こちらこそ不注意だった。それより落とし物だ」
ぶつかった拍子に落ちたと思われる女物のハンカチを拾い上げ、セイバーは女に手渡した。
「ありがとう」
女は軽く礼をして、セイバーの向かう方向とは反対に歩いて行った。そして何気なく女がセイバーの方向を振り返ると、足の速い彼の姿はもう小さくなっていた。
*
橙色の光も消え失せ、今日もまた夜は来る。山のふもとに忽然と現れる洋館のロビーで、巫女服の女が精悍な男に駆け寄る。その男は神主のような服を纏い、毅然と立っていた。
しかしその服は漆黒に染まり、袴も禍々しいほどに朱い。とても神職につく者のそれではない。
男は顔に満面の笑みを浮かべて、飛びついてきた女を抱き寄せた。シャンデリアの耀きの下で再会を喜び合う男女は、恋人そのものでありながら、同時に久しく会えなかった友と再会を果たしたようにも見える。
「茨!やっと呼べたわぁ」
「お頭、久しぶりだな!っつーかなんだその姿!流行か?」
「ふふ、キレイでしょ」
女は艶めく唇を寄せる。男は豊かな髪を撫でて笑う。
「人間だったらかっさらって食べたいくらいにはいいな。だけど、お頭、弱くなってねぇか?」
「それは仕方がないのよ。この姿だと、本来の三割も力が出ないもの。ちょっとした呪いを使うくらいしかできないわ」
「そうなのか。じゃ、これからを期待するぜ」
二人はまるで幼い悪童のように笑い合わせる。
大の大人の姿をしていながら、悪だくみをして遊んでやろうと言う幼気が見え隠れする。
「あと、遅くなってごめんなさいね。御主人からお許しが出なかったの」
「そろそろ人手がほしいと思ってたところだったから」
ホテルのロビーのごときフロアで、待ち合い用にしつらえられたソファに腰かけるのは黒髪の少女――キリエスフィール・フォン・アインツベルンだった。紅い目を細めて、黒い巫女服のキャスターと男を見る。キャスターは男から離れ、豊かな真紅の髪を翻して己がマスターに寄り添う。
「茨、この子が私のご主人よ。粗相をしたら私、令呪で大変な目に会わされちゃう」
茨と呼ばれた男は頭を下げる。「茨木童子だ。俺のお頭が世話になる。よろしく頼む……ところで、マスターとやら、人間ではないな?」
「そうよ。ご主人は人間みたいだけど、人間じゃないのよ~もし人間だったら私、食べちゃってたかもしれないし、ナイス選択よね~聖杯さん」
「ほーう。聖杯もなかなか気が利くな」
可笑しそうにキャスターと茨木童子は呵々と笑った。物騒極まりない会話だが、マスターのキリエは気にした素振りもない。
むしろ不快そうにしているのは、螺旋階段を上った先から見下ろしているアーチャーだった。
「全く嘆かわしい。私の世がいまでは百鬼夜行の舞台に成り果てようとはのう」
「あら、生前ならいざ知らず、もう英霊になってしまっては人間とは言えないわよ~アーチャーはもうおいしそうじゃないわ。安心してね」
艶かしい仕草で唇を舐めるキャスターの姿も、アーチャーには汚らわしいそれとしか映らない。アーチャーは袍を翻して、優雅な動作で螺旋階段を下りていく。
「さてマスター、今日は入用なのであろう?」
「そうね。キャスターとアーチャーはついてきてもらえるかしら。茨木童子、留守を頼むわ」
キリエはぱたんと呼んでいた本を閉じて、ゆっくりとした動作で立ち上がる。その体には全身にわたって魔術回路が刻まれており、さらに右手には六画の令呪が現れていた。
アインツベルンが聖杯戦争のために生み出したホムンクルスであるキリエには、マスターとして最高の性能を誇るように調整が施されている。聖杯戦争の申し子と言うべき彼女は、己の体を見てから呟いた。
「残るサーヴァントはセイバー、ランサー、キャスター、アーチャー、……もしかしたらもう一体」
キリエが漆黒の髪を翻した時、シャンデリアの明かりが落ちた。洋館の扉が外へ、主人の出発を見送るかのように開く。鬱蒼とした木々よりはるか遠くに、丸く白い月が光る。
真紅の髪のキャスターはその腕に小さなマスターを抱えると、やれやれと言わんばかりに息をついた。
「本当にご主人は心配性よねえ。私とアーチャーでもういいじゃない?」
「慎重になるに越したことはないわ。もう二度とあなたを呼んでしまうような大ポカはごめんなの。味方は多ければ多いほどいいのではなくて」
一か月半前の苦い記憶が、キリエの中に蘇る。あの時の翁の、親族たちが失望する眼差し。高められていた希望が一気に失望へ変わる瞬間。その時の空気と気持ちを、キリエは生々しいほどに覚えている。
まるで自分の生きてきた意味が奪われるような喪失感は、二度と味わいたくない。
「私は聖杯を手に入れるわ。最終決戦はキャスター、アーチャー、貴方たちで好きに行いなさい」
「全く酷いマスターもいたものよ」
「その酷いマスターを頼ってきたのはどこのサーヴァントかしら?けれど、最強のマスターを選ぶ、という意味では貴方の選択は正しいと思うわ」
弓兵、魔術師、少女が夜の山麓に姿を現す。人ならざる者たちの夜行が、今始まる。気配は静かに、およそ一か月にわたって溜め込まれた魔力により、大西山はもう大西山ではなくなっている――まだ発動させてはいない為ただの霊地であるが、本質はすでにキャスター生前の根城と化している。
術者本人でさえ解呪に時間のかかる複雑な隠ぺい術式に加え、このキャスターの陣地作成のスキル――大西山がキャスター生前の陣地に非常に近しいことはもちろん、その前身を考えればキャスターが山にいることは「自然」ですらある。発動させるまでその存在を気づかせない、一流の結界となっている。
その上、最高のマスター適性を持つキリエスフィールのバックアップを得て、キャスターは最高の陣地を形成しつつあった。キャスターは一度目をつむると、密やかにつぶやいた。
「今度はお父様に代わって、私があの皇子様を殺す――因果なものねえ」
そして、彼女を異形のサーヴァントとして従える少女は、紅い目を光らせた。
「それでは、ランサーを貰い受けに行きましょうか」
キャスター
【真名】??
【身長/体重】162CM/体重:47KG
【属性】混沌/悪
【パラメータ】筋力:?+++ 耐久:?+++ 敏捷:?+++ 魔力:A 幸運:D+ 宝具:A+
【クラス別スキル】
陣地作成:A+ 魔術師として自らに有利な陣地「工房」を作成可能。
この英霊の場合、工房というより……
道具作成:- 宝具による召喚能力を得た代償に、道具作成が失われている。
【固有スキル】
魔性:D 魔力を帯びた美貌で異性を誘惑する。対魔力スキルで回避可能。
(キャスターは男でも女でもないため、両方に効果がある)
戦闘続行:A 名称通り戦闘を続行する為の能力。
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
(他固有スキルあり)
見た目は女でイエーイしてるけど、本質的に女でも男でもない→キャスター
自由に化けられる