Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月3日④ 風雲急

 夕刻、セイバーが碓氷邸に帰宅してから、明は霊器盤に異常があるかもしれない旨を伝えた。

 もしかしたらガンナーなる第八のサーヴァントが召喚されているのかもしれないと。セイバーはリビングのソファに身を沈めて、形の良い眉を吊り上げた。

 

「霊器盤が壊れたと言うのはどういうことだ」

「……私もよくわからないし、神父も掴めていないみたい。詳しいことはまた連絡してくれると思うけど」

「霊器盤については俺にどうこうできるものではない。だが、あの神父……胡散臭いというか、何というか」

 

 セイバーは珍しく奥歯に物が挟まったような口ぶりでつぶやいた。御雄が胡散臭い神父であることは、付き合いの長い明も同感である。彼女の生まれる前からここで神父であった人間だ。

 しかし父の影景も知る人物であり、そうそう可笑しなことはしない。

 

「うーん……うさんくさい神父なのは前からだし、聖杯戦争については変なことするとは思えないんだけど。仮に何かたくらんでるとしても、霊器盤が壊れてるーなんて私たちに嘘ついてどうするの」

「それはもっともだ。しかし、気を許すべきではない」

 

 直感Aを持つセイバーの勘を侮るつもりはないが、彼の直感は戦闘の中でこそ働くものである。人を見る目に働くのかどうかはわからない。

 

「まあ、許したことはあんまないんだけど。ところで観光はどうだった?っていうか二人に変なこと言わなかった?」

 

 判断に困るためそれはさて置き、明は問題の観光について聞くことにした。セイバーと視覚と聴覚をいつでも共有できるようにしていたのだが、肝心の明が一成の魔術を見るなどしていてほとんどできなかったのだ。

 特に大きな問題もなかったので、何を言おうかとセイバーは思案したが一つ言っておくべきことがあることを思い出した。

 

 

「特にないが、相楽麻貴は俺が人間ではないとわかっていたぞ」

「はぁ!?」

 

 セイバーは事のついでくらいの言い方だったが、セイバーが初めて見るくらいに明は狼狽えた。彼女はセイバーの両肩を掴んで問いただす。

 

「えっとっどういうこと!?まさか麻貴がマスターとかそういうオチじゃないよね!?」

「それはないだろう。麻貴の周囲にサーヴァントの気配を感じなかった。昼間とはいえサーヴァントなしに歩く間抜けなマスターはアサシンのマスターくらいだろう」

「もしアサシンみたいな、気配遮断に似たスキルをもったサーヴァントだったら!?セイバーだって偽装ってスキルあるし!」

「仮にそうであって気配遮断をして近くにいたとしてもだ、攻撃態勢をとればその精度は激しく落ちるだろう。俺がそれに気づかないはずはない。つまり、俺を間昼間から殺そうとしていても無理な話だ。それに、俺という敵が麻貴のすぐ近くにいるという状況で、麻貴が自らのサーヴァントをこの家――マスターを殺そうと差し向けるのはあまりも危険すぎる。よって、麻貴はマスターではない」

「……そ、そっか」

 

 セイバーの感情の入らない答え方が逆に幸いしたのか、明はほっと胸をなでおろした。

 

「あの子、昔から霊感あるタイプだったみたいだし、もしかしてもう絶えてるけど魔導の血でも入ってるのかな……?」

「それは知らない。だが英霊のことは知らないようで、俺の事は神に近いものだと思っているようだ」

「というか、なんでそんな話になったのさ?」

 

 セイバーは一度考えていたが、何故その話をすることになったのかは彼にもわからないようである。

 

「麻貴は聖杯戦争については知らない。だが、俺たちが危険な事をしていることは感付いていた。その上で『明ちゃんのことを護ってあげてください』と言われた」

「……いいやつだなぁ」

 

 明はしみじみと感じ入ったように頷いた。あまり人づきあいがうまくないこともあり、友達が少ないがその分友達になった人間は精鋭ぞろいだと自負している。

 その友達に本当のことを話せないのは心苦しいが、聖杯戦争は魔術師の戦いで致し方ない。

 

 明はそろそろご飯ができるので、話を切り上げて食堂にと思った時、セイバーが爆弾を投下した。

 

 

「その話の時、麻貴からマスターがかつて自ら命を断とうとしたことがあると聞いた」

 

 一瞬、明は頭が真っ白になった。が、それも一瞬だけだった。

 同じ中学であった麻貴が明のことを知っているのは道理で、大学でその話に触れられたことはなかったが、それは彼女が気を使っていてくれたからだろう。

 

「というかでもなんでそんな話セイバーに……」

「どうなのだ、明」

 

 何故かセイバーもセイバーでかつてない関心を見せている。前に家族構成の話をしたこともあり、高所恐怖症の話もしたが深い興味を示しはしなかっただけ奇異である。

 

「……いや大した話じゃないよ?私がクソメンヘラだっただけの話で」

「クソメン……?わけのわからない言葉でごまかすな」

「あ、うん、ほら私の影魔術は術者の暗黒面が深く影響するのね。中学生の多感な時期にさ、友達が死んだりしてさ、精神不安定な時にちょっと魔術使って拍車かかって、それで自分の首ナイフでブッ刺して死のうとしたことがあるだけで」

 

 明はそう言って、顎を上げて首と顎の付け根を指さした。間違っていなければ、そこに薄くなった刺し傷の跡があるはずだ。今はイメージで事足りるが、昔は魔術回路の起動も自傷しなければできなかったため服で隠れた部分――上腕部や太ももには自傷痕も多く残ってしまっている。ノースリーブは着れず修学旅行等でクラスメイトと入浴ができない等、地味に困ることもあり、傍から見たら完全にメンヘラで明としては頭が痛い。

 

 

「もう四年以上前の話だから!もう全然メンヘ、いや元気だし普通だから!」

 

 セイバーは異様な真剣さで食い入るように明の傷を見つめていたが、漸く納得いったのか離れた。

 

「……一時的なものか」

「そうそう、今は元気だから」

「人生など満足どころか納得のいくものにすることすら難い。そういう時もあろう。今のマスターが元気ならばそれでよい」

 

 言葉ではわかったといいながら、セイバーは妙に、まるで自分に言い聞かせるように何度も頷いていた。逆に明の方が心配になって、そっと様子を伺った。

 その視線に気づいたセイバーは、やはり明を見ながら無理やり何度も頷くだけだった。明のいぶかしげな視線から逃げるように、セイバーはそういえばと話を変えた。

 

「そうだ、先ほどからいい匂いがしているな」

 

 食堂のドアを開け放っているせいか先ほどから味噌汁の匂いがリビングにまで漂っている。明は支度を一成にまかせっきりにしていたことを思い出した。

 

「そうそう、今日ご飯は土御門にアドバイスもらって作ったんだよ。作戦会議をその後にしよう」

 

 

 

 

 

 

 一成は一通り腕を明に観察され、そのあとに鋼鉄義手を接続してもらった。碓氷の地下室には何でもあるなと感心し、その義手に慣れる為に物を掴んだり運動をしていた。

 流石というべきが、慣れれば戦闘に邪魔にならないほどに動かせるようにはなるだろうと思われた。

 一成の体専用に調整した義手を作るには時間がかかるので、今日作成依頼を出すができるにしても聖杯戦争が終わった後になると言う。それ以前に生き残らなければいけない。

 

 それはともあれ、一成は一度自宅のアパートに戻った。家から礼装や着替えを持ってくるためだったが、ついでにスーパーで買い物までしてきていた。病み上がりをものともせず、よく動けたと思う。しかし一成に言わせれば「ここ、冷蔵庫なんもねーよ」と眼に余っていた。

 

「全く、新しい腕に慣れてない人間を放っておくなよな。すげー大変だったんだぞ」

「おお……!」

 

 エプロンを身に着けた一成は、やや気恥ずかしそうにテーブルの上に目線をやった。そこにはほかほかと湯気をたてている白米、豚肉やゴボウの入ったスタンダード豚汁、鰤の照り焼き、ひじきの煮つけ、揚げ出し豆腐がきちんと器に収まって並べられていた。

 明も半分くらい作業をしたのだが、もう半分の作業は一成でありかつ指示をしたのは一成である。セイバーと明が話している間に、義手の訓練がてら一成が盛り付けをやってくれたようだ。

 明はかつてないほど尊敬の意を込めて、一成の手を掴んだ。

 

「土御門、あなたいい主夫になれるよ……!」

「これでも実家では母さんに教えられてたからな。それよりお前スキルはあるのになんでああ料理が雑なんだ?」

 

 明はめんどうだと言いながら、料理スキル自体は持ち合わせている為、彼の指示に従うだけでこれだけのものができたのである。ちゃんと言えば塩と砂糖も間違えない。

 

「自分だけのために作る気にならないからさ。最近はセイバーはいたから、ちょっとはやってたけど」

「そうかよ。まぁいいや、さっさと食おうぜ。冷めると不味いぞ」

 

 そういいながら褒められて悪い気がしないようで、一成はぶっきらぼうに言った。

 彼も食べようと席に付こうとしたところ、いきなり目の前に空の茶碗が差し出された。

 

 

「お代わりを頼む」

「早ッ!!」

 

 もりもりと一足早く食事を始めていたセイバーが、さも当然の如くお代わりを要求した。何か釈然としないものを感じながら、一成がその茶碗を受け取った時の事である。

 

 明が突然椅子を倒し、近くの窓を開けて外を伺った。それと同時に突進するような勢いで、黒い何かが部屋に侵入してきた。

 一成はぎょっとしたが、よく見ればそれは昼にも見た教会の使い魔であった。

 

 明は目の前にあったご褒美を取り上げられたような顔で、不服そうにその使い魔に言い捨てた。

 

 

「地味に結界破ろうとしてまで急いでくるって、何?」

『済まない。だが、予想外の事態が起こった』

 

 ふわふわと部屋の中を飛ぶ使い魔の蝙蝠は、低く良く響く声で喋った。しかしその声はいつもより焦燥に駆られているようだ。

 流石に三人ともその様子にただならぬものを感じて、使い魔からの言葉を待った。

 

 

『ハルカのランサーが奪われた。相手はキャスターのマスターだろう』

「神父、奪われたとはどういうことだ」

 

 声に意識を傾けながら、セイバーは鰤を口に運ぶのをやめていない。

 それでも、セイバーの空気は殺伐とし始めている。焦りを含んだ声の主は続ける。

 

『キャスターのマスターに襲われ、ランサーとその令呪をマスターに奪われた。ハルカはその後教会に保護を求めてきた』

 明は口を差し挟む。「ランサーがキャスターと戦ったってこと?でもランサーがそうやすやすと負けるの?しかも陣地にいないキャスターに?」

『ハルカによれば、キャスターのマスターはキャスターのみを使役していたのではなく、……アーチャーをも使役していたそうだ』

「二体同時使役……」

 

 一人のマスターが二騎のサーヴァントを使役することは、決して不可能ではない。しかし、二騎分の魔力をサーヴァントに供給しなければならないため、マスターの負担が増えてしまう。

 また、同じ理由で宝具の使用にも支障が出て、サーヴァントの性能を発揮しきれなくなるなどデメリットの方が多いため、そうそう実行するマスターはいない。

 

 だが、明にも一成にも、もしかしてと心当たる名前があった。

 

 

「アインツベルン……」

 

 一成が呟いた名前に、使い魔は然りと頷いた。

 

『少年、その通りだ。キャスターのマスターはアインツベルンの者だ。そしてアーチャーもだ』

 

 聖杯戦争のために調整された肉体をもつアインツベルンのホムンクルスは、他のマスターと比べて段違いのマスター適性を保持している。体に刻まれた魔術刻印と、増やされた魔術回路の数では明も遠く及ばない。それならば、二体同時使役も理解できる。

 

 おそらくアーチャーがランサーと戦っている間に、キャスターとそのマスターがハルカに令呪の譲渡を迫ったのだろう。ハルカは令呪を譲渡し、ランサーを失った。

 

「ん?ってことは……アインツベルンは今キャスターとアーチャーとランサーを従えてるってことか!?」

『信じがたいが、おそらくそうだろう』

 

 二体同時使役ではなく、三体同時使役。いくらマスターとしての最高の適性を持つとはいえ、本当にその三体を十全に使いこなすことができるのだろうか。

 現界させているだけでもそれなりの魔力をもっていかれるというのに――そう考えながら、明と一成は想像することしかできなかった。思いもしなかった展開に、二人は息をのみ黙ってしまう。

 

 しかし、その重い空気の中で一人セイバーだけが箸を動かす手を止めて口を開いた。

 

「奪われたということは、アーチャーとは違いランサーはマスターを裏切ったというわけではないのか。あと、奪われた時点で令呪は何画残っていた?」

『ハルカは奪われた、と言っていたからそうだろう。残り二画の令呪を持っていかれている』

 

 セイバーは顎に手を当てて、ふむと頷くと慌てる様子もなく使い魔に向かってさらに問うた。

 

「なるほど……神父、そちらでも策を講じているのか」

『正直ハルカは戦意を喪失している。……これと言った策はまだはない』

 

 セイバーの問いに対する答えは重苦しかった。仮にハルカに戦意があったとしても、一人の元マスター対聖杯戦争のために作られた最強のマスターと三体のサーヴァントである。

 立ち向かえと言う方が土台無理な話だ。

 

「そうか。こちらからも何かあれば連絡する。マスター、帰るように頼んでくれ」

「あ、うん。そういうことだから、神父、また連絡する」

 

 セイバーが仕切っていることに戸惑いを覚えながら、思考の追いつかなかった明はセイバーの言うとおりに使い魔を返した。先ほどまで団らんとまではいかなくとも、和やかな夕食の雰囲気であったのに、その雰囲気は既に跡形もなかった。

 

 セイバーだけが勝手にご飯とみそ汁をお代わりして、普段と変わらない調子で食事をしている。一成は明に向き直って問うた。

 

 

「三体同時使役ってどうなんだ?」

「……二体は考えられるけど、三体は流石にわからない。アインツベルンのマスター性能がどれだけなのか、具体的には知らないし」

「そうか。……やっぱ、キリエスフィール・フォン・アインツベルンのとこだったんだな」

 

 ――キャスターのマスターがアーチャーをも使役していた。今しがた聞いたその事実は、驚愕とともにしっくりと一成の胸の内に染みた。昨日は自分の状況を理解し気持ちを整理することに費やしてしまったが、明から得た情報を組み合わせればアーチャーの行き先はすぐに予想がついた。

 

 ライダーとバーサーカーはすでにいない。明にはセイバーのみで、その明と共闘関係であるランサーのマスターの元にも、神父の報告から察するにアーチャーはいない。

 

 残るはガンナーとキャスターだが、ガンナーのマスターは中年の男だそうだ。

 

 アーチャーが全く新しいマスターを見繕うこともありえるが、急場しのぎのマスターに仕えるより、最初から聖杯戦争に望んでいるマスターの方が実力的に有望であろう。

 

 それに、一成とキリエに面識があるように、アーチャーもキリエと面識がある。

 さらに、一成とキャスターに面識はないが、アーチャーは一成とキリエが話している間に「キリエのサーヴァントを探る」という名目でキャスターと会話をしている。

 

 

(キリエもアーチャーが裏切ることを期待してたんだろうか……)

 

 だとしたらかつての一成は大間抜けということになる。自分のサーヴァントが敵のサーヴァントと裏切る段取りを立てている間に、一成はのんきにそのマスターを観光案内していたことになる。

 

(アーチャーも最初から俺に見切りをつけてたってことか……?)

 

 一成が情けなさを感じながらため息をついたところに、それを全く察しないセイバーの問いが飛んできた。

 

「土御門。一つ聞くが、お前はキャスターのマスターと知り合いか?」

「あ、そういえば会ったことあるって」

 

 確かにセイバーと明からすれば当然の質問である。

 ただ、一成はアーチャーとの関係、さらには三十年前にさかのぼる、この聖杯戦争の発端にまつわることまで話さなければならなかった。自らの情けなさをかみしめている今、話すのは気が進まなかったがそんなことを言っている場合でもなかった。

 

「……ショッピングモールで会ったんだけど、あいつは俺と知って声かけてきた。それは、俺の家がこの聖杯戦争の始まりに一枚かんでいたからだった」

「え?そうなの!?」

 

 明は心底驚いたようで、さらに一成を問い詰めた。一成は、アインツベルンに誘われて土御門が冬木の聖杯の模倣に手を貸したこと、大聖杯の中心にはアインツベルンのホムンクルスと一成の祖母が据えられていること、本当は五年で大聖杯に魔力が満ちて聖杯戦争が始まる予定だったが、三十年もかかったためアインツベルン以外は失敗だと思っていたことを話した。

 

「碓氷は土地を提供したってアイツは言ってたぞ。お前知らなかったのか?」

「三十年前だと、父じゃなくて先代の御爺様が当主だったころだよ。父も聞いていなかったのかも……というか、なんで土御門はここで聖杯設置することに賛成したの?土御門の本拠地ってここじゃないでしょ」

 

 途絶えかけとはいえ、土御門の本拠地は相応の霊地であるはずで、わざわざ他の地でやることもないだろうと明は思ったのである。

 

「そういえば、そこんとこは知らないな。春日は四神相応の地で、魔力が溜まりやすいってあいつは言ってたけど……」

 

 西に海、東に大西山、北に美玖川、南に自然公園内の丘がある春日は確かに四神相応の地である。陰陽道魔術から見れば最高の護りの土地である。

 また、春日の聖杯は基盤が冬木のものであり、アインツベルンの何かしら意向により土御門の地ではなくこの春日の地が選定されたのか。

 

「まさかうちの祖父がどうかと言い出したとか?」

「いや、あいつの言い草だとそうじゃなさそうだった。碓氷は設置してもいいけど参加権をよこせって程度だったっぽいぜ」

 

 確かに、本気で聖杯戦争により聖杯を得、根源に至るつもりなら明の父と明にもっと説明があってもよかったはずだ。しかし父は聖杯戦争について、これまで明に語ったことは一度も無い。

 冬木の聖杯は一度も根源への道を開けていない――その贋作に根源への道が開けるか――明の祖父は、「やれるものならやってみるがいい」程度の心持だったのだろうか。

 

「……とすると、だれかが仲介したとかなのかな。だとしても誰がそんなことするんだろ」

 

 明はぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった。一成はちらりと会話の発端であったセイバーを見たが、セイバーは既に全く興味がなさそうだった。

 むしろ何を話しているんだとという顔をして、箸で一成を指してくる。

 

 

「この聖杯戦争の発端の話はどうでもいい。俺が聞きたいのは、サーヴァント三体を使役するキリエスフィール・フォン・アインツベルンとは何者かということだ」

「あ、そうか。セイバーはアインツベルンが何か知らないんだった」

 

 明は簡略にアインツベルンの概略を説明した。千年の長きにわたり聖杯を求め続ける、錬金術を得意とする魔導の一族で、冬木の聖杯戦争を始めた一家の一つ。

 そして、その家から出るマスターは聖杯戦争用の調整を施され、マスターとして最高の適性をもつこと。

 

 明が思うに、アインツベルンならば二体同時使役くらいならこなすだろう。三体同時はわからないが、可能性としては十分可能であると思うことを伝える。

 

 セイバーは味噌汁を飲みほし、腕を組んだ。「そうか」

 

 三体のサーヴァントを使役する、最高適性を持つマスターに対し、こちらはマスターと一体のサーヴァント、それに元マスターである。

 一体どうやって戦うのか――一成は途方に暮れかけたが、セイバーは落ち着き払っていた。

 

「そもそもなぜキャスターのマスターは三体ものサーヴァントを使役しようと考えた?現在、残るサーヴァントは俺と怪しげなガンナーだけだ」

「確実にセイバーとガンナーを倒す為でしょ?」

 

 セイバーがいくら最優のサーヴァントといえど、三対一では勝ち目は限りなく薄いだろう。

 仮にガンナーとセイバーが結託できたとしても三対二である。

 

「だろう。キャスターと言うクラスを考えれば、まず俺対策に違いない。非常に腹立たしいが、アーチャーのあの宝具は俺には大層効くからな」

 

 キャスターは七クラスのサーヴァント中、最弱のサーヴァントとされている。理由は、他の多くのサーヴァントが対魔力のスキルを保持し魔術が効きにくいこと、そしてマスターも魔術師であるために手数が被ってしまい、戦略の幅が出ないことがあげられる。

 そして、全サーヴァント中最高の対魔力を持つセイバーはキャスターの天敵である。

 

「ガンナーにも三対一なら勝てると踏んでいるだろう。仮に、俺とガンナーが消滅したとする。その後はどうなる」

 

 明はセイバーの言わんとすることを察した。セイバーは頷く。

 

「アインツベルンのマスターが勝者になる。だけどサーヴァントはまだ三体もいる」

「キャスター、アーチャー、ランサーの間で殺し合いだ。マスターは自分の勝利が確定しているのだから、好きにやらせるだろう。キャスターに見えたことはないからそこはわからないが、あのアーチャーがそのことを考えていないはずがあるまい。そしてそもそも、ランサーは好んでアインツベルンとやらのもとにいるわけではない。令呪の縛りはあるが、ランサーが本気であれらに協力するとは考えにくい。武士道やらもののけのなんとやらだか知らんが、ランサーは尋常に勝負とか言う輩だった」

 

 つまり、とセイバーは一言置いた。「やつらは決して一枚岩ではない。であれば、いくらでもやりようはある」

 

 セイバーは自信満々と言うわけではない。かといって冗談を言っているわけでも虚勢を張っているわけでもない。いつもと寸分たがわぬ様子で考えを述べていた。

 その様子が却って頼もしく感じられるのはこの英霊が「日本最強」の名を冠していればこそだろう。

 

「なんか策はあるのか、セイバー」

 

 期待をこめた一成の言葉を、セイバーは「ない」と一刀両断した。

 

「あくまでやりようはある、というだけだ。まずはキャスターの陣地・様子を調べなければならない。それに、わざわざ丁寧にキャスターの陣地で戦ってやることもない」

 

 セイバーは茶碗を一成に突き出した。

 一成は受け取るだけ受け取ったが、よそっている場合ではない。

 

 

「かといっても今ある情報って、アインツベルンが三体のサーヴァントを持ってるってだけだろ。どこが拠点とかわかんねー」

「……俺より先に現界していたのはキャスターだけだったな、マスター」

「そのはずだよ。だからキャスターは少なくとも現界してから二週間以上たってる……」

 

 キャスターのサーヴァントには陣地作成のスキルがある。魔術師として自分に有利な陣地を作成することができるのだが、当然作成に時間を掛ければかけるほど陣地は堅牢な要塞と化す。

 キャスターのサーヴァントは基本自分から相手を倒しにいくのではなく、自らの蜘蛛の巣にかかるのを待つ戦いをする。

 

「時間が経てば経つほどキャスターは力をつけてしまう。それに、ランサーを奪ってサーヴァント三体を使役するようになったってことは「もう全部倒す」っていう意思表示じゃないのかな?」

「そうだとすれば、あちらも堂々と拠点を明らかにするだろうが……しかし、現界してから春日の街を何度も巡回したが、そのような気配はどこにも感じなかった」

 

 セイバーは首を傾げた。明も大規模な魔術の気配を感じなかったため、キャスターたちが今までどこに潜んでいたのかわからない。

 

「……私も、特に。ああもう、魔術とかそういう気配には私が気づかなきゃいけないのに」

英霊(サーヴァント)が人間より強いのは当然。相手がどんな魔術師かしらないが、現代の魔術師であるマスターが気づかずとも不思議な話ではない」

 

 ただやみくもに陣地――工房を作成するのでは魔力が漏れてすぐに周囲に異常と感知される。おそらく結界をも張っていたのだろうが、結界自体が異常と感知されるものではいけない。一流の作り上げる結界は異常そのものを感知させぬモノだ。

 そして陣地を張るのならば霊地の方が適しているから、そこから絞るとすればこの碓氷の邸宅を抜いて、名のある霊地は土御門神社と大西山である。

 

「土御門神社は霊地だが特に何も感じなかった。大西山は何か違和感があったが、あれはもともと魔力の溜まる土地であること、かつ初期にアサシンのマスターが拠点を張ろうとしていたためだと思っていたが……」

 

 

 その時、セイバーが、明が、一成が身を強張らせた。巨大地震に襲われたような錯覚を抱くほどの衝撃がおのおのの体に走る。

 セイバーは瞬時に神剣を右手に取り、使い魔が飛び立っていった窓に足を掛けて外へ飛び出した。

 

 

 セイバーに続いて明と一成も取るものもとりあえず庭に飛び出した。

 先ほどの衝撃は、碓氷邸にかけられた結界が力づくで破られた衝撃だ。

 

 いま邸宅の庭から感じるのは、膨大な魔力による圧力。その魔力には明たちを攻撃する意図は感じられないものの、量が圧倒的過ぎてそれだけで体に変調をきたしかねないほどである。

 

 その圧倒的質量を感じながら、同時にその魔力の質が呪いじみた――汚らわしいものであるように、セイバーには感じられた。

 

 暗く闇に沈んだ夜空に、人間――いや、人の形をとる化生が雲のような煙のようなものに包まれてふわりと浮かんでいた。澱んだ真紅の髪が豊かに宙に浮いて、黒い上衣を纏い、毒々しいまでに赤い袴を穿いている。袴の裾が切れ切れになって、全体に皺が寄っている。

 

 巫女らしくない巫女の衣装に身を包んでいながら、妖艶かつ淫靡な気配を漂わせる妙齢の女。

 

 その両手には、普通なら両腕で抱えて持つのがやっとであろうほどの大きな甕が右手と左手に一つずつぶら下がっていた。その隣に糊のきいた衣冠束帯を身に着け、笏を手に持つアーチャーの姿がある。彼らは当然のようにふわりと碓氷邸の庭に足をついた。

 

 そしてそれを認識するや否や、セイバーは即刻神剣を後ろ手に放り投げた。

 背後にはついてきた明と一成が来ているはずで、剣を回収することを見越してのことだ。

 

 アーチャーを連れていると言うことは、この見知らぬサーヴァントのクラスはキャスターに違いない。何のつもりかはしらないが、陣地を離れたキャスターなど敵ではない。セイバーは石畳を打ちぬくほどの踏込でキャスターへと襲い掛かった。

 

「、きゃ、全く!」

 

 キャスターは持っていた甕をアーチャーに放り投げ、セイバーを迎え撃つべく袴を翻した。だが、セイバーの方が圧倒的に速い。息をする間もなくその喉笛を掴み捻り殺せると、セイバーは確信した。

 

 だが、自分の予想を裏切ってキャスターは素早い。

 否、キャスターが早いのではなくセイバーが遅くなっていた。自分の意に反して体が動かないこの感覚には覚えがあったが、あの時よりははるかにましだった。

 喉笛を掴もうとした手は紙一重で横に回避されたが、セイバーは半身を翻し振り向きざまにキャスターの顔面をとらえた。

 握りしめられた拳が振るわれ、そのままキャスターを庭の塀まで吹き飛ばした。「あぁっ!」

 

 塀と共に崩れ落ちながら、キャスターは悲鳴交じりの声を上げた。

 

「っ、ちょっとまじめにやってるのアーチャー?」

 

 アーチャーの手にはあの宝具が握られているが、神剣を持たないセイバーには大きな用をなさない。神性によって対象を縛るのならば、己の神性を下げればよい。剣を手放したセイバーは、キャスターを一顧だにしない。

 

「今の俺にその剣は大きな意味を持たないぞ、アーチャァァ!!」

 

 ――剣を手放すことは、神の加護を失うことだが、奇しくも今はその方が都合がいい。

 

 セイバーは得たり、とばかりにキャスターを無視しアーチャーへと奔った。アーチャーも神速で矢を番え射かけるが、幸運値が低いわけでもないセイバーには必殺とならない。

 

 その矢を見切って掴み折り、アーチャーを捉える――!

 

 

「急ぐ男は嫌われるわよ、セイバァ?」

「―――ッッ!?」

 

 悪寒としかいいようのない、全身の毛が逆立つような寒気がセイバーを襲った。背中にべったりと張り付いて引きはがせない、濃密な死の予感。

 その実は、蹴り飛ばしたキャスターが、口の端から血を流しながらも追ってきたのだ。

 やはりキャスターからは大した脅威を感じないにも拘らず、セイバーの直感は全力で離れろと警鐘を鳴らしていた。

 

 止む無くセイバーは魔力放出で飛び退り、アーチャーとキャスターから距離を取った。

 二人は戦う気はないらしく、攻撃を仕掛けようとしてこない。

 

 

「――何用か、キャスターにアーチャー」

「やっとお話をする気になってくれた?そうそう」

 

 警戒を隠さないセイバーに対し、キャスターはもう今までのやり取りをきれいさっぱり忘れたかのように能天気な声を出した。

 

 

「飲みニケーションよ、飲みニケーション。あなたとお話ししたくてきたの」

 


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