Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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11月22日 準備期間①

(でも変な話だなぁ)

 

 明は半覚醒状態のまま、自室にてパジャマから普段着に着替えつつ思った。聖杯戦争の話を聞かされた時から疑問だったのだが、この地で戦争が行われるならば何故管理者碓氷である明はそのことを知らないのか、ということである。

 

 現在この地の管理者は明であるが、そうなってからまだ八か月ほどしか経過していない。

 それまでは明の父が管理者の役目を果たし、明はその手伝いだった。しかし明が高校を卒業した時分に諸事情あり、急きょ父が時計塔に召喚され、代理を彼女がすることになった。

 よって明はまだ管理者代理であり、引継ぎが確実になされているわけではない。

 しかしそれ以前から父はひと月の半分は留守にしていたので、管理者の仕事で困ったことはない。

 

 

(……ちゃんと管理者になる時に伝えるつもりだったのかな?急に始まるわけじゃないからとか……でももしかしたら根源に至れるかもしれない戦いなのに)

 

 もしかしたら、父も寝耳に水だったのかもしれない。

 しかし果てしなく事情は怪しいが、始まってしまったものは始まったのだ。

 父は時計塔に行っている為イギリス内には確実にいるだろうが、放浪癖がある為にいつ捕まえられるかわからない。手紙を出したのだが、返事がいい加減欲しいところである。

 

 明は薄紫のブラウスにスカーフ、ワインレッドのスカートにタイツを身に着けた。寝癖が若干ついたままだが、どうせ今日は人に会わないのだから気にしない。

 しかし、自室のドアノブに手をかけた時にやっと思い出した。

 

「……人に会うや」

 

 完全に寝起きで忘却していたが、昨夜はサーヴァントの召喚を行ったのだ。いつも以上に寝起きが悪いのは、サーヴァントに魔力を供給することに体が慣れていないせいだ。

 昨夜は高所恐怖症で半狂乱していた後はもう知らんと言わんばかりにぞんざいな口を利いた明だが、一晩明けてみれば正直やってしまった感がある。

 しかし、これから戦いに臨むというのに遠慮はしていられない。

 

 取り合えず二階から階下に降りると、人の気配がある。明にとってはこの家に自分以外の人の気配があること自体に違和感がある。ホールに降り立つと、リビングにセイバーの背が見えた。

 リビングの百五十センチの高さの本棚には魔導書は置いておらず、普通の大衆小説や父用の海外の地図が並べられている。明はそっとリビングの入り口から様子を伺うと、彼は五段ある本棚の本を、上から眺めていき、時たま引き抜いて中身をぱらぱらと見ていた。そしてすぐに元あった場所に戻している。

 何故か雰囲気が真剣なので、明は声をかけるのを躊躇っていたが、セイバーは急に振り返った。

 

「何か用か」

「あ、あるけど急ぎじゃないから。読みたかったら読んでからでも」

「特に本が読みたかったわけではない」

「あ、そう……」

 

 リビングの入り口と奥という妙な空間をおいて、さらに微妙な間が空いた。明はそうだ、と前置きしてから言おうとしていたことを伝えた。

 

「今日、この街の散策に行かない?」

 

 監督役の御雄、美琴によれば現在霊器盤に反応のあるサーヴァントはセイバーの他にはキャスターのみらしい。ということは、全サーヴァントが召喚されて本格的に聖杯戦争が始まるまで、若干の猶予が与えられたということだ。この猶予を無駄にする手はなく、さらにキャスター陣営が既にこの地にいる可能性が高いため、遊んでいる手はない。

 

 戦場となる春日の地の地理をセイバーに把握してもらい、少しでも戦闘を有利に進める一助にしたい。そのことを説明すると、セイバーは素直に了承した。

 

「俺もそれを頼もうかと思っていた。それに、現代の大和を見るのも悪くない」

 

 明は思わず笑みをこぼしたが、そこで問題になるのは衣服である。

 召喚時の旅装マントに衣袴とロングブーツではあまりにコスプレ染みている。セイバーもそれは自覚していた。

 

「そういうわけでマスター、出かけるにあたって服を拝借したい。この服では少々浮くと思う」

「いや霊体化……そっか、できないんだ」

 

 消費魔力のことばかり考えていたが、霊体化できないと戦闘以外の時でも地味に困る。

 さて、セイバーに服を貸すにしても男モノは父親のものがあるが、セイバーは女の明よりも背が低いためサイズが合わない。となると、明のものを貸し出すしかないわけだが、それは勿論女ものである。セイバーは姿こそ十五、六だが、中身は享年を考えれば二十代後半のはずである。しかし、セイバーは事も無げに言った。

 

「?明のものを貸してくれればそれで構わない」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

(これが男の娘ってヤツか……)

 生ぬるい気持ちになりながら、明は右を歩くセイバーを眺めた。女ものとはいえ、ジーンズとTシャツなので全く女々しいファッションというわけではないが、きっと女々しいファッションでも似合うのだろうと思わせる美人である。

 

 春日の主要な霊地――――聖杯を降霊できると思われる土地――は、主に三つ。一つは碓氷邸から車で一時間ほどの場所にある、大西山。標高は四百メートル程度だが、周囲を鬱蒼とした森に囲まれている山だ。二つ目は、ここ碓氷邸。最後はここから徒歩で二十分ほどの場所にある土御門神社。土御門神社は山というほどではないが、ちょっとした丘の上にある。霊格としては最初に述べたものほど高い。まずはそこに案内しようかと思ったが、服など入用であることもあり、それ以外の場所、戦場としやすそうな場所から案内することになった。

 

 晩秋の晴れた金曜、実に過ごしやすい陽気の中、明とセイバーは徒歩で市の中心地である春日駅前に到着した。元々ホーム五面、十線の電車が通る規模の大きいターミナル駅なのだが、大改築が終了したため駅ナカ事業・駅チカ事業が拡大されて一つのショッピング施設の様相を呈している。近くには五十階建ての春日イノセントホテル、会社の所有である四十階建ての林ビルなど、高層の建物も多い。

 

 セイバーは世の中にこんなに人がいたのかなどと呟きながら、御上りさんさながらにきょろきょろと周囲を見回している。

 

 

「ここがここらで一番大きい春日駅。私の家から徒歩で三十分ってところで、バスとかほかの私鉄使ったほうが早いんだけど……大体入用のものは揃えられるよ。セイバーの服、やっぱりあった方がいいと思うから買おう」

「……マスター、一つ寄ってほしいところがある」

「?」

「その、地図が置いてあるようなところはないか」

「もしかして、さっきは地図探してたの?」

 

 セイバーは頷いた。なんとなくやりたいことを察した明は、それを否むことはない。

 しかし最初はセイバー用の服を整えないとならず、駅近くにあるどの世代でも着れる服を売っている店に向かった。本人はあまり興味がないようで、明が適当にチョイスしライダースジャケットを見繕った。

 ただセイバーが「なんだこの素材は!伸びる!動きやすい!これが現代の戦装束か!」とジャージ上下を着てハッスルしていたので、仕方なく明はそれも購入した。

 

 その後、二人は駅ナカに新設された書店に向かった。

 駅の中だけあって、ここは常に本を物色する人間でなかなかの活況だ。明の案内に従って人を避けながら、セイバーは地図の棚にたどり着き真剣な面持ちで地図を眺め始めた。

 

「……俺の時の大和は奈良県、というのか。これか……この、端っこの沖縄とかいうのも今は大和で、東国よりはるか北も大和なのか」

 

 その面持ちがあまりにも真剣で、ある種鬼気迫るようにも見えて、明はその姿を見ていることだけしかできない。

 

「千年以上経っても、大和はまだあるんだな」

 

 大和が現代よりももっと小さかったころの話。

 東国へ遠征し、数多の神々を従えた日本武尊はその征討の過程でこうは考えなかっただろうか。

 

 ―――今、大和は大きくなっているけれど、いつか、立場が変わり討たれる日もくるのではないか。

 

 国は作られ、そして滅ぶ。それは当然のサイクルで、日本武尊も今ではなくとも、己が死んだ後にそのような時が来ることを考えただろう。だから、聖杯から現代の知識を与えられた際には驚愕し、それを疑ったのではないか。

 そして、どうにかしてそれを確認せずにはいられなかったのか。

 

 

 ―――「その、地図が置いてあるようなところはないか」

 

 大和など、世界から見ればはるかにちっぽけな島国だったということも衝撃だろう。

 だが、それよりも悠久とも思える時を超えて、彼の愛した国がまだあるということの衝撃。

 その事実が、この国の剣として生涯を捧げたモノにとって、すでに奇蹟にも等しいことなのかもしれない。

 

 

 セイバーは、いきなり本の前に差し出されたハンカチをみてきょとんとした。「……マスター?」

 

「あのさ、イイ感じなところ悪いんだけど流石に日本地図ガン見しながら黙って泣く美人って相当怖いから」

 

 はっとセイバーが周りを見ると、怪訝な顔で明とセイバーを見る人々。

 うっかり目が合うと、気まずそうに目を逸らす。

 

「すまない、もう用は済んだ」

 

 セイバーは本を閉じ、渡されたハンカチで荒く涙をぬぐった。

 明は何と話しかけるべきか迷った時に、ちょうど時計が目に入った。

 

 

「……そろそろお昼だし、ご飯にしない?」

「サーヴァントは食事を必要としない」

 

 魔力さえあればサーヴァントは食事も睡眠も必要としない。折角だからごちそうしようと思った明は少し威勢を挫かれたが、自分の空腹も確かである。

 

 

「私はお腹空いたから食事したいんだ。セイバーは食べたくなかったら食べなくてもいいから、いいかな?」

「ならば行こう」

 

 駅ビル「ウェルフェア」の中にあるレストラン街で明の好きな店がある。エスカレーターで昇って行き、フロアすべてが飲食店であるレストラン街に入ると明は一直線に目当ての店に向かった。

 入口にはガラス張りのウィンドウに模型が展示されている。ウナギの専門店「うな咲」である。

 二人と告げて、店員に案内された二人掛けのテーブルに案内される。木製の椅子に座布団を置いたそれに腰かけたが、なぜかセイバーが青い顔をで席に着いた。店員がすぐに熱いお茶とおしぼり、メニューを運んできた。

 セイバーはあたりを警戒するようにきょろきょろを見て、明に小声で告げる。

 

 

「……一つ聞きたいが、現代では蛇を食べるのか」

「は?」

 何を言っているのかと思っていると、セイバーは指だけで横の水槽を示した。厨房と客席の間には大きな水槽――生簀があり、そこにはうなぎが泳いでいる。

 

「現代人は狂っているな……明、悪いことを言わないからやめておけ。呪われても知らないぞ」

 

 真剣そのものの表情で言われて明は反応に困ったが、言われてみれば蛇はセイバーの天敵でもある。伊吹山の神退治において、蛇に変化した神を神の使いと勘違いし、「あとで殺そう」と放言したために神の怒りを買い、呪われて病を得、死に至った。

 明は店員を呼び、うな丼を二人分頼んだ。セイバーの目は生簀から思い切り逸らされたままだ。

 

「あれは蛇じゃないよ。うなぎっていう生き物」

「うなぎだろうがへびだろうが、太くて長くてにゅるにゅるした生物にロクなものはない」

 セイバーは頑として見たくもないと言いたげな顔をしている。静かに待っていると時に、入れ替わり立ち代わり出ていく客がちらちらとセイバーを見ていくことに気づいた。

 余計な造作をせず、素の造詣だけでここまで整っているのは珍しいのだろう。

 

(確かに完全に目の保養なんだけどね)

 

 明はしみじみと感じ入っていると、たれと焼けたうなぎの香りを引きつれて店員がうな丼を運んできた。目の前に二つ並べられたうな丼の片方を、セイバーへ押し出す。

 濃いきつね色に焼かれたウナギに艶やかなタレが塗られ、きらきらと輝いている。

 

「蛇じゃないから食べてみて。不味かったら私が食べるから」

「……思ったより蛇ではないし、マスターがそう言うなら」

 セイバーは恐る恐ると言う様子だったが、形が蛇でないことが幸いしたのかそろそろと箸をつけた。明はいつものようにおいしくいただく。セイバーは一口をゆっくり咀嚼してから、静かに感想を告げた。

 

 

「……うまい」

「ね?」

「どうやら形がアレでなければ大丈夫なようだ」

 

 すっかり味を気に入ったらしいセイバーはもさもさとうな丼を食べ続けていたが、鰻と同じくらいついてきた漬物も気に入った様子である。素晴らしい転身振りに明は笑った。

「そんな子供の好き嫌い解決法みたいなのでいいんだ……」

 

 二人ともすっかり食べ終えて、次はどこへ行くかを考える。

 霊地は夜、または明日以降に訪れることにしているから、まずは戦場となりうる場所に足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 バスを利用して十分ほど移動し、海の近い工場地帯に至る。春日市は市の西側を海に面しており、そこには規模の大きなガス工場などだけでなく海運の倉庫がひしめいている。春日市中心からでも、背の高い煙突は伺われていた。海風が強く、ばさばさと明の髪がたなびく。

 海沿いを歩き、遠くに製油所の近くなのだろうか、大きなタンカーが停泊している。もっと駅よりの方であれば、海浜公園もある。

 人払いの魔術はかけるべきだが、ここならば市街地で戦闘が行われるよりは遥に人的被害なく戦えるだろう、と明は考えた。と、そこまで考えてセイバーにもそのことを伝えなければと口を開こうとした、その時。

 

 

「マスター」

 ぶらぶらと先を歩いていたセイバーが振りかえる。すでに明の私服ではなく、先ほど購入したライダースジャケットとズボンに替えている。海風が、彼の長めの前髪を弄って表情を隠す。

 

 

「一つ、確認しておきたい」

「何?」

「俺は勝つためには手段を選ばない。マスターの暗殺もだまし討ちは当然、人を食って力を得ることにも吝かではない」

 

 セイバーの漆黒の瞳は、はっきりと明を捉えていた。冗談でも虚偽でもなく、彼はまさに本気だった。武士道やもののふの道というモノの類が生まれる前に生きており、かつその伝承を思えばかくもあらんという言葉ではあった。

 

 

「俺たちサーヴァントなるものはどう取り繕おうと、畢竟の魂食いの類だ。力の源は魂、もしくは精神」

 

 サーヴァントはマスターという依り代と、マスターから供給される魔力により現界している。サーヴァントは食事や睡眠を必要としない代わりに、エネルギー源はマスターの魔力――つまり、第三要素(魂)ないしは第二要素(精神)を必要とする。エネルギー源は多くて拙いということはない。

 

 人を殺して回り魂を得ることで、より多く魔力を確保し無駄遣いできるようにもなる。

 

 

「……私の魔力じゃ足りない?」

「そのようなことはない。ただ多いに越したことはないという話だ」

「もし、私が「やれ」って言ったらやるの?」

「俺に否はない」

 

 セイバーは嘘をついていない。彼はきっと明の一言さえあれば、今夜からでも一般人を殺害するだろう。

 明は空寒ささえ覚えたが、今ここで明の意思を確認していると言うことは、明の意思に従う気があると言うことだろう。

 明は明確な意思を持って、己がサーヴァントに命ずる。

 

 

「一般人を殺してまわることは禁止する。あと、できるだけ戦いに彼らを巻き込んではいけない。宝具の使用だって時と場所を考えて」

 

 明はこの土地の管理者でもあり、神秘を一般人から秘匿する責務も負う。同時に、神秘さえ秘匿できれば、全く関係のない一般人を巻き込んでもかまわないと思うほど、骨の髄まで魔術師となってはいなかった。

 だが、魔術の行使やサーヴァント同士の戦いを一般人に目撃された場合、可及的速やかに口封じを行い抹殺しなければならない。それが『神秘の秘匿』を旨とするこの世界の習いである。

 しかし、この戦争に参加した以上、マスターさえも殺さずに綺麗に事が済むと考えるほど、明は能天気にもできていない。

 

 

「……マスターの暗殺は、時と場合を選んで」

 

 白い鳥が紺碧の空を飛んでいく。晩秋の風が、一陣走り抜ける。

 

 セイバーは怒る事も反論することもなく、静かに頷く。

 

 

「わかった。マスターがそういうのなら俺はそれに従おう」

「そっか、それはよかった」

 

 明はほっと胸をなでおろし、微笑んだ。セイバーは首を傾げていたが、明はそれでも笑った。日本の著名な英雄、と聞いて一緒に戦えるかと不安を抱いていた。明は元々人見知りの気がある上に、相手は生きた時代もなにもかも違う。使い魔といっても、その力は人知を逸した存在であり、普通の使い魔の様に無理やりいうことを聞かせるのも憚られる。

 

 しかし、目の前にいるセイバーは傲慢さや偉そうなところもなく、しっかりとマスターと意思疎通を試みようとしてくれている。

 

 それに、まだその力を確認してはいないものの、者の彼の名は日本武尊――――日本史上に燦然とその名を残す、紛れもなき大英雄。

 

 その力を以ってして、この聖杯戦争を何事もなく終わらせてみせる。明は静かにそう誓った。

 

 

 

「……風が強くなってきたな、そろそろここを離れるか」

「そうだね。じゃあバス停に戻ろうか」

「あのバスとかいう鉄馬を使わなくとも俺の飛行スキルで「ごめんなさい却下」

 セイバーは目に見えてしゅんとしてしまった。どうやら彼は飛行スキルが甚くお気に召したとようだが、明には到底許容できない。

 

「セイバー一人で飛んで帰っていいよと言いたいところだけど、今まだ明るいから。人に見られて、明日の朝には三面記事を飾りかねないからやめて」

「それはわかったが……マスター、何故そんなに飛ぶのを嫌がるのだ」

「教会でも言ったと思うけど、昔高い所から落ちて大けがして以来ダメなの!こればかりはどうあがいてもダメ」

 

 

 セイバーはまだぶつぶつ言っていたが、明はできるだけ無視してバス停への道を歩き始めた。


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