聖杯戦争を戦う意思を固めたアサシンと悟は、カスミハイツの部屋で身支度を整えていた。アサシンというサーヴァントで戦うに当たり、遅まきながらも偵察から始めようということになった。アサシンの宝具と性能を考えると、まず第一に偵察・第二に偵察・第三に偵察である。正面突破は愚の骨頂だ。
アサシンは黒い雨合羽姿で屈伸運動をすると、窓の外を指差した。
「よし、じゃあいっちょいくとするか」
偵察するといっても彼らに殆ど当てはない。唯一の手がかりはセイバー陣営のいる碓氷邸を知っているくらいである。だからまずは碓氷邸に張り付いてみようかと考えたのだ。
アサシンはコンビニに往くくらいの気安さで窓の外を指差したが、悟の顔色は優れない。
「あ、アサシン。少し、飲んでからにしないか」
戦うと決めたが、一昨日のバーサーカー戦はまだ彼の目に生々しく焼き付いたままだ。あのような戦いに、自分が身を投じる。
すでに決めたことではあるが引ける腰は隠しようがない。
「……ったくしょーもねーやつ。ま、景気づけの一杯ってヤツってことで許してやるよ
」
アサシンは頭を掻いて呆れたが、飲んでからってとわめく悟の首根っこをつかんで宝具の中に入れる。
(……この魔力はどっから漏れ出してるんかねぇ)
アサシンは褞袍の中に悟を入れて、夜の街を駆けた。バーサーカーが現界している時の禍々しい魔力は消えているが、今は別種の魔力がこの街を満たしているように思う。
大体、アサシンはバーサーカー以外のサーヴァントがどうなっているのか全く知らない。しかしバーサーカーが消えた今、他陣営も着々と戦争に勝つための布陣を敷いているに違いなく、絶対的にアサシンは出遅れているのだ。
(ま、なんとかするしかねぇか)
昼は雨合羽の不審者丸出しスタイルで街をふらついているが、夜も運がいいのか悪いのかランサー以外のサーヴァントには出会っていない。アサシンがそんなことを考えているうちに、彼は春日駅前で最も高いビル――春日イノセントホテルの屋上に着地して、悟を褞袍から出した。
「少し飲んでからって言っただろ!」
「あのクソ狭い部屋で一杯やるよりはこっちのほうがいいだろ」
屋上で、アサシンは手を広げて眼下の景色を指し示す。ホテルの屋上から、春日市が一望できる。眼下には宝石をばら撒いたような光が散らばり、空には常の様に月が白く光っている。
ホテルの屋上くらいの高度になれば、地上の明かりが多少減るため、天体の美しさが良く見て取れる。幸いにも今日は無風のため、多少高所でも風による寒さは少ない。悟は思わず息を飲んだ。
ここはつい先日ランサーと戦ったビルのはす向かいだが、その時は景色を楽しむ余裕はなかった。
「お前、酒飲む場所にはこだわるよな」
「当り前だろ。酒なんてもんな四季を、景色を肴にさえすればウマいもんだ。言っとくがベロベロになるんじゃねーぞ」
褞袍から朱色の杯を二つ取り出し、とくとくと酒を注ぐ。景気づけと言った通り、瓶をさっさと褞袍の中に収納した。一つずつ盃を手に取ると、それを合わせる。
これから己は生死をかけた戦いに望む。勝てば全てを取り戻すことができる。己の必勝を祈願するように、悟は一気に酒を飲み干した。
アサシンも同じようにするかと思いきや、彼はいきなり空を見上げた。
「どうした?アサシン」
いきなり空を見上げたアサシンに悟は首を傾げた。
と、アサシンは持っていた杯を放り出す。透明な液体が散ってきらきらと輝く。そして目にもとまらぬ速さの挙動で、懐からクナイを二本取り出した。
甲高い音が轟いたかと思うと、いつのまにか足元には矢が転がっていた。
「は?アサシン!?」
訳が分からない悟はまごつくばかりだ。アサシンとてそれもそうだと思ったが、とても説明をする余裕はない。
アサシンから百メートル先には、平安貴族のような恰好をした男が弓を番えてアサシンと悟を狙っていた。今足元に突き刺さる弓は、その男から向けられてアサシンがクナイで弾いたもの。弓使い、アーチャーのサーヴァントだとすぐにわかった。
すぐに悟を褞袍に入れて気配遮断で逃げたいところだが、気配遮断も霊体化も攻防の最中にやれるほど早くはできない。
アーチャーは間断なく弓を放つ。状況が理解できず、驚き飛びのいて尻餅をついている悟を弓から護らなければならない。
「悟ゥ!立て!いいから立て!」
「あ、ああ!悪い!」
(こいつ、俺じゃなくて悟を狙っていやがる)
ランサーは悟を気にかけておらずアサシンしか見ていなかったが、このアーチャーは彼のように戦うことが目的ではないのだ。
相手を手っ取り早く消す――そういう思惑が見て取れた。
アーチャー相手に遠距離の戦いは分が悪い。アサシンは褞袍から五丁の火縄銃を抜くと、それは一斉に火を噴いた。間断なく放たれる矢と奇蹟のような精度で相打ちになり火花を散らす。忍びの如き素早さでアサシンはアーチャーに迫る。
弓兵は距離を取りながら戦うが、アサシンの方が速い。空を裂く矢は当然、近づけば近づくほどアサシンの急所に当たる危険が増すが、マスターを狙い撃ちさせ続けるよりはマシである。
ともかく、アサシンはここで本気で戦う気はない。ランサーと行き会わせたときのように宝禄火矢(爆弾)を利用して煙に巻きながら逃げることを考える。
平安貴族のような風体のアーチャー。彼はバーサーカー戦の時に己がマスターを裏切ったサーヴァント。別にマスターを裏切ることくらいはよくあることだ。
だが、既にその真名を知るアサシンが、いや、仮に知らずとも本能が相容れない相手だと告げている。かつて殺し損なった猿関白と似た匂いがする――!
「いけすかねぇ野郎だ!」
「ほう、そなたもそう思うか」
アサシンと向き合いつつ並走しながら、彼は口角を吊り上げた。おそらく本気で戦っているのではない、とアサシンは直感する。だが、次の瞬間に悍ましい魔力がずっと背後に降り立つのを察知した。アサシン、アーチャーと同じく人ならざる英霊の気配。
無尽に飛び交う矢を弾き、ちらと一瞬だけ後ろを見る。
その視界の映るのは悟だけではなく、澱んだ真紅の艶やかな髪―――。
「流石に四騎目はいらないわねぇ。それに、ランサーのマスターみたいに同意してくれるかわからないし――」
濡れた瞳とアサシンの目が合う。唇の動きがそう告げる。言葉の意味は分からない。
蠱惑的なまでの色香に引き付けられ、アサシンの動きが鈍る。
「殺しちゃおうかしら」
もし彼に対魔力のスキルがあれば、魅了されることもなかったのだろうが、無い物強請りである。しなやかな女の手が、後ろから悟の首に伸びて触れる。
この「魅了」が今アサシンに向かって意識的に放射されている。しかし無意識に放散される魅了であっても、素人である悟に逃れるすべは。
煙る霧の中にあるような女が何事かを呟くが早いか否か、悟が叫んだ。
「アサシン、逃げろ―――――!!」
悟の右腕に刻まれた令呪の一画が、赤く鋭い光を放つ。膨大な魔力の放出と共に、靄のかかりかけたアサシンの意識が戻る。背中にアーチャーの矢を受けたまま、爆発的な推進力を得て馳せ、アサシンは悟を女から奪い取る。
そして魔法にも等しい魔術――空間転移によって、彼らは影形無く忽然と姿を消した。
*
女――キャスターのサーヴァントはご馳走を目の前で下げられた子供の様に頬を膨らませた。キャスターに近づくのは、弓を持ったアーチャーだった。
「ごめんなさいねぇ、令呪使われちゃったわ」
「それは見ていた。まぁ、仕方なかろう。あのサーヴァント、案外幸運値が高いようであまり弓が効かなかったのう」
ふふと艶めいて笑うキャスターと、それを白い目で見るアーチャーのもとに、ランサーとキリエが追い付いた。
ランサーは若干戸惑いを交えた顔で、キリエを左腕で抱えていた。
キリエはキャスターとアーチャーを使役し、ランサーを奪い本拠地の大西山に戻る途中だった。索敵に優れるアーチャーが、他サーヴァントの気配を察知したのだ。
アーチャーは初めて感じる気配と言っていたので、消去法で噂のガンナーがいることになる。
事のついで――そうキリエはいい、アーチャーとキャスターを差し向けた。キャスター陣営の三サーヴァントはランサー以外ガンナーに出遭ったことがなかった。
ランサー曰く「逃げ足が速いが、強くはない」らしいため、キリエはキャスターとアーチャーを向かわせた。
キリエはランサーの腕から飛び降りて、キャスターに問うた。「キャスター、首尾は?」
「令呪で逃げられちゃったわ。あと三秒あれば縊り殺すことくらいできただろうけど、ほんと惜しかったわね……でも呪いは完了。何もしなければ、明日の朝まで持つか持たないかってところね。ガンナーのご主人はずぶの素人みたい。ガンナーも私の魅了にひっかかっていたわ」
本当の姿に戻れば、呪いなどというまどろっこしいことをせずとも軽く捻り殺せるキャスターだが、今の彼女には望むべくもない。
本当の姿に戻ったら戻ったでデメリットもある。
「しかし姫。ガンナーのマスターはガンナーを「アサシン」と呼んでいたが」
アーチャーが不可解そうにひげをなでて報告する。
「アサシンはもう消えたはず……いや、でも」
キリエは眉をしかめ、自身の胸を触りながら深刻な事を考えるように俯いてしまった。
だがすぐに頭を上げると、冷静に口を開いた。
「アサシンでもガンナーでも構わないわ。素人がキャスターの呪にかかれば直に死ぬでしょう」
そしてキリエは屋上でくるりと振り返り、己が従者三騎のうち、アーチャーとランサーに向かって命ずる。彼女の右手の甲に浮かぶ聖痕の二画が強い光を発して輝いた。
「ランサー、アーチャー、令呪を以って命ず。主、キリエスフィール・フォン・アインツベルンに逆らうことを禁ず!」
「ぬ、キリエ!?」
アーチャーは驚きはしなかったが、ランサーはその命令に意表を突かれた。令呪という膨大な魔力を持ってくだされた命令は本人の意思を超えて行動を縛る。
現界する限り、マスターの命令に絶対服従という漠然とした命令は、並みのマスターであればほぼ効力を持たなかっただろう。しかし並外れた魔術回路と刻印をもつキリエに限っては、ある程度の効力をもたらす。
キリエは紅い瞳をきらりと瞬かせ、三騎に向かって笑う。
「ごめんなさいね。ランサー、アーチャー。これからが私たちの戦いだから、裏切られたら困るのよ。今、この聖杯戦争で最も面倒な敵は碓氷明とそのセイバーよ。彼らを完膚なきまでに殺すのが、私たち最大の山場。それさえ終われば、あとはあなたたちの戦いよ」
そのことはキャスター、アーチャー、ランサーともに承知している。
しかしアーチャーは疑義をはさむ。
「姫、この三騎でこのままセイバーを襲うことも可能だと思うが」
「かもしれないわ。だけど、念には念を入れるわ。キャスターは敵地でこの姿じゃ力の三分の一も発揮できないし、碓氷の拠点は時をかけた要塞よ。敵も勝つ気なのだし、来てくれるならこちらの陣地で戦うべき」
キリエの返答に、ランサーがほっとしていたのは彼しか知らない。共に当たるのならばキャスターの力を当てにするべきなのはアーチャーにもわかるので、強く反対はしなかった。落下防止のフェンスを掴んで、キリエは人の営みの明かりを見下ろす。
高所の風が吹き、濡芭玉の黒髪を攫って行く。
「聖杯戦争は何が起こるかわからないものよ。本当に」
キリエは唇をかみ締める。己の過去を悔いるように、強くワンピースの裾を握り締めた。「本当に」
「あ、そうそう、御主人、一つお願いがあるの」
真面目なキリエとは打って変わって、キャスターの声は只管に能天気だった。
「何かしら」
「一度山に戻ったら、セイバーの所にお話ししにいきたいの。ランサーかアーチャーでも連れて」
「はぁ?何を言うキャスター」
ランサーは自分が引き合いに出されたことに驚いていたが、キャスターはうきうきした気配さえ交えてキリエに持ちかけた。今戦いは陣地である大西山で行うとマスターが宣言したばかりなのに、聞いていなかったかのような口ぶりでさえある。
アーチャーは苦い顔をしてそのやり取りを見ている。
「セイバーを一度この目で見ておきたいのだけど、あとは興味?他のサーヴァントとお話しするの、楽しいの」
それにセイバー陣営もキャスター陣営の情報を持っていないはずである。そこを突けばあちらも嫌だとは言わない。もちろんこちらも情報を聞き出すとキャスターは言ったが、嘘ではなくてもそちらはオマケである。
キャスターは流し目でアーチャーを見ながら、心底楽しそうに笑った。「いい?」
キリエはため息をついたが否とは言わなかった。そしてすぐにその顔に笑みを刻んだ。
「いいわ」
「姫、よいのか?」
「勿論キャスター一人でなんて絶対ダメよ。条件は2つ。アーチャーかランサー、どちらかを連れて行くこと。そうすればこちらが仕掛けない限り、セイバーも戦おうとはしないでしょう。二つ目は常に感覚を共有しておくこと。私も成り行きを観察しておくわ。それにあなた、何を言うかわからないところがあるから」
「ほんとご主人は手厳しいわぁ」
嘘を嫌い嘘をつかないが故に、キリエはキャスターを心より信頼している。
だからランサーやアーチャーのように令呪で縛ることをしていない。呼び出した当初は険悪極まりない関係だったのだが、一か月半を経てここまで穏やかな関係になれるとはキリエ自身も驚いている。
何より、お互いに心より聖杯を獲得する理由があると言う点において強い結びつきがあるせいだろう。アーチャーが至極面倒くさそうにキャスターのお供をランサーに譲りたがっているが、先んじてランサーは言った。
「キャスター、儂はそのお話とやら遠慮する」
「あら?どうして?あなたそういうことが好きそうだと思ったのだけれど」
「今はセイバーに合わせる顔がない」
「なら寧ろついてきてほしいくらいなのだけれど、いいわ。アーチャーと行くわ」
意地悪そうにキャスターは微笑むが、あっさりとランサーのことを諦めた。アーチャーは渋面であるが否とは言わない。キャスターを一人でセイバーの敵地に行かせるのはさすがにまずい。
「私は情報収集くらいのことしかせぬぞ」
「構わないわ。私とセイバーだと殺伐としてしまいそうだし……いや、あなたも殺伐とするわね」
うきうきした気分のキャスターとは裏腹にアーチャーは気も重そうにため息をついた。アーチャーを引き連れて飛び立とうとするキャスターに向かい、キリエは追いかけるように呼びかけた。
「キャスター!あなたの娯楽より、これが一番肝腎な事よ」
聖杯の少女は、ここに至り、やっと自信たっぷりに笑った。
そして高級な紙で作られた手紙をふいにキャスターへと飛ばした。それは招待状――彼女たちの陣地、要塞での宴へ招くもの。
「準備は整っているもの。是非、彼らを私たちの屋敷へ招待なさい」
*
令呪のバックアップにより、アサシンと悟は魔法にも等しい空間転移で一瞬でカスミハイツの部屋に戻ってくることできた。アサシンもキャスターのスキル「魅了」にひっかかってしまった為に、体に矢傷を負っている。だが致命傷というほどのものは食らっていない。
カスミハイツの部屋にたどり着くと、アサシンは慌てて宝具からマスターを出した。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、アサシン……はは、死ぬかと思った……」
よろよろと出てきた悟はせんべい布団の上に座り、顔を引きつらせていた。一見したところ異常はなさそうだ。傷つけられた様子がないことにアサシンは安堵したが、悟の様子はどこかおかしい。顔色が悪いことはまだしも、目の焦点があっていない。
「れ、令呪ってやつ?ちゃんと使えたんだな、俺、生きてら」
「おう、生きてる。だから落ち着け。とにかく横になれ」
「はは、そっか、華は一番だったか……」
熱に浮かされたように、話の内容すらかみ合わない。これは拙い――アサシンが無理やりに横にさせようとした時、悟は俄かに体のバランスを崩して、気を失って布団に倒れた。
「おい、悟!しっかりしろ!」
アサシンは悟の体を揺さぶるが、まるで反応がない。顔色は土気色で、額から伝わる熱は驚くほどに熱い。ぐったりとしていて体に力が入っていない。
悟自身も魔術師ではなく、アサシンも魔術師であったことはないので魔術の事はわからない。キャスターに触れられて、何らかの魔術、呪いを掛けられたのだと推測はつくが、どうすればいいかアサシンにはわからない。
アサシンは宝具の中から生前の盗品を漁り、薬や体に良いものを悟に飲ませようと試みたが、意識のない者にそれは難しく、それ以前にどう作用するのかもわからないために危険だった。
悟がいつまで持つのか、どういう状態なのか、それすらもアサシンにはわからない。確実にこの呪いを解除できる方法はキャスターを倒し魔術を解かせることだが、現実的ではない。第一彼らがどこにいるのかもわからない。
第二に、気配遮断で接近できたとしても二対一の戦いを強いられることになる。それこそ自殺行為である。
――だが、頼る当てが本当に全くないわけでもなかった。
アサシンは、セイバーのマスターの拠点を知っている。
彼女たちならば、この状態を何とかできるかもしれない。
しかし、彼女たちがアサシンに手を貸す義理と理由は何もない。かつて情け容赦なくアサシンの元マスターを殺しおおせた彼女たちが、敵に塩を送るような行為をするとは考えがたい。
――けど、俺を好きにしていいつったらどうだ。
悟は聖杯戦争を戦うと言った。ならばアサシンは戦うと言ったが、今でも悟が戦うべきではないと思っていることに変わりはない。
悟の願いは、聖杯に託すような願いではないからだ。
アサシンの願いは受肉であったが、それはそこまで叶えたいという願いではない。
――生は、辛くても悲しくても、終わりあればこそ華のあるもの。もちろん自分の人生を惜しむ気持ちはありあまるほどだが、その惜しむ気持ちがあってこそ生は尊い。それが彼の持論であった。
アサシンは、聖杯戦争を戦う中で悟を止めさせられればいいと思っていた。だが、その時を待つ余裕はもうない。
仮にセイバーのマスターにこの身と令呪を預けたとして、彼らが本当にキャスターを打倒してくれるかもわからない。彼らが返り討ちに合う可能性も多分にある。
倒せたとしても倒すまでに悟の命が尽きる可能性もある。
だが、今のアサシンと悟が縋るべき対象は、一度覗き見して一方的に知っているだけのセイバー陣営しかいない。
己が願いは強くない。されど、悟に高らかに宣言したように、彼の英霊は人々の
なぜなら、彼も「そんな英雄がいればいいのに」と思い描いた、人々の一人であったのだから。
暗殺者の英霊は、浅い呼吸を繰り替えすマスターを宝具の中にしまった。丁寧に電気を消すと、霊体化して慣れたカスミハイツを後にする。
可能性は低いが、あるのならばそれに賭ける。暗殺者の英霊に迷いなど最初から無い。敵に縋ることは、彼にとっては恥でも屈辱でもない。とれる方策がある――可能性があるにも関わらず、何もしないで座してマスターの死を待つことになってしまった時こそ、本当にアサシンが死ぬ時である。
それに、なにより。
この暗殺者らしからぬ暗殺者は「お前みてーな、腐った体でつまらない心を護るためにこそある」と、このごくごく平凡な男に誓ったのだ。
弓と暗が相性いいわけない
そいやアチャ長も太閤って呼ばれてたことがあったような