Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月3日⑦ 一人では戦えぬ

 キャスターとアーチャーで招かれざる客は終わりかと思いきや、其の読みは甘かった。まだ酒の匂いが残る碓氷の庭、深更の夜に、さらに重い沈黙が下りた。敵マスターに助けを求めに来るサーヴァント――しかも面識もない状態で――に意表をつかれ、明、一成ともに黙ったのだが、セイバーは警戒を露わにしたまま尋ねた。

 

「……どういうことだ。いや、それより貴様」

 

 てっきり「断る。殺す」と言い放つかと思っていた明は再び意表を突かれたが、彼女とてすぐさま倒そうとは思っていなかった。次なる敵はキャスター陣営、敵は三騎を従え、マスターのキリエは最高のマスター適性を持つ。

 こちらはセイバー一人にマスター二人だ。明とて優秀な魔術師ではあるが、マスター適性という点ではキリエに劣る。だからここで俄かに現れたアサシン陣営に、キャスター組討伐に協力をしてもらうことは可能ではないかととっさに考えたのだ。

 

 だが、マスターが倒れたと言う状態では、意識を回復させるまではマスターの真意の確認はままならない。助けたところで恩を何とも思わない人間の可能性も大いにあるのだ。

 そもそもこの「助けて」さえも何らかの謀りである可能性もある。

 

 

「……お前、アサシン?アサシンって消えたんじゃねーのか?ガンナーだろ?」

 

 それは明やセイバーも気になっていたところである。アサシンは逆にぽかんとしていたが、はたと手を打った。

 

「は?……あーそれか?ガンナーは俺がクラス名も隠すかって適当に名乗ってたクラス名だぜ?知らねー間に結構浸透してんのか。マジか」

「……どっちにしろ消えたはずのアサシンがいるってことは、霊器盤がイカれてるのには間違いなさそうだけど……助けるってどういうこと」

 

 セイバーは油断なくアサシンとそのマスターを警戒して神剣を向けている。アサシンはセイバーにひるむことなく、はっきりと頼みを口にする。

 

 

「俺のマスターがキャスターに魔術をかけられた。助けてくれ」

 

 石畳に寝かされたアサシンのマスターは、一見して尋常の状態ではない。顔色は白く、油汗をかいて呻いている。アサシンはマスターの手をとり、甲にある令呪を見せつける。

 

「助けてくれるなら、こいつの令呪をやる。それで俺を自害させようと自由だが、キャスターたちのこと、知ってるだろ。アレは複数サーヴァントを使役してやがる。数には数だと思わねーか」

 

 明は闖入者たちをじっと見つめた。確かにアサシンの言葉を信じるなら、渡りに船ではある。

 いくらセイバーといえど、三対一の戦いは分が悪い――というよりは、敵との相性がよくない。そのことを分かっているからこそ、協力の類に反対する傾向のある彼も何も言わないのではないだろうか。

 

 それに、アサシンのクラスでセイバーの前にバカ正直に現れること自体が合理的ではない。おまけに真名まで露わにしている。マスターも具合が悪いのは本当のようで、本当に助けを求めてここに来たと思えないことはない。

 

「……令呪をやるって……」

 

 アーチャーの件を思い出した一成は、冷たくなった鋼鉄の左腕を見て顔を歪めた。しかし明はあれは極端な例だとフォローをいれる。

 

「土御門のは無理やりだったからね。お互いの同意があれば普通に令呪の譲渡はできるよ……でも、いまその人意識ない?みたいだし、譲渡は回復してからじゃないとうまくできないかも」

 

 一成の心臓が強く脈打った。彼は一歩アサシンに近づく。

 

 

「そうか、出来るのか……」

 

 アーチャーという武器を失って、一成は明たちの力を借りて聖杯戦争を続行することになった。アーチャーに再び邂逅するために、戦争に犠牲を出さない為に、最後までやりぬくために。

 しかし魔術師として技量の足りない一成は、誰よりも新たな武器を欲していた。

 

 土御門、と呼びかける明の声も耳に入らず、彼は目の前の武器に手を伸ばす。

 

 月の光と星の光の輝く空。奇しくも雲によって陰ることなく、彼らは照らし出される。左腕を失ったマスターは、残った右腕を差し出す。

 

 

「おい、アサシン。お前、俺のサーヴァントになれ」

「こいつを助けてくれるっつーなら、俺に異存はねぇよ」

 

 アサシンは真摯な眼差しで一成を見つめている。一成は頷くと、明に向けて強く頷く。

 

「……碓氷、頼ぐは」

 

 言葉を紡ぎきる前に明のグーパンチが一成の顔に命中した。「何すんだ!」

 

「本当にあなたの面の皮の厚さというか図々しさと言うか神経の太さとかはに驚きを禁じ得ないんだけど。……まぁいいけどさ」

「いいなら殴ることはねーだろ!!」

 

 うるさく騒ぐ一成を無視して、明はアサシンに向かった。「やってみるけど、どんなの魔術にかかってるかわからないし助かるかどうかは保証しないよ。それでもいい?」

 

 アサシンは深く頭を下げて、明と一成に感謝を示した。一成はそんなアサシンの姿を見て、二人の信頼関係を羨ましく思ったが、それを深く内側に収めた。

 

「構わねェ。もし助からなくても、俺をあの坊ちゃんのサーヴァントにしてくれていいぜ。……だが、全力を尽くしてくれよ、姉ちゃん」

 

 明が頷いた横でため息をついたのはセイバーである。アサシンの言葉を信じたかはともかく、彼が一成のサーヴァントとなることには口を挟む気はないようだ。

 

「だが、令呪の譲渡はそいつの回復後だろう」

 

 神剣の切っ先をアサシンの鼻につきつけ、セイバーは冷え冷えとした声で告げる。

 

「回復してからそいつが『令呪を渡さない』と言い出した時は、俺がその腕切り落としてでも令呪をいただくことを覚えておけ、暗殺者」

「わかってら」

 

 セイバーは漸く神剣を消した。急転直下の展開で、明は理解がなかなか追いつかない。真にアサシンは共にキャスター打倒の仲間たりうるのか。令呪の委譲が済むまではセイバーに目を光らせてもらうが、アサシンのマスターの様子を見ようにもここでいいのかという疑問がある。

 

「……まずアインツベルンはここを襲わないと思うけど……」

「俺もそれについて考えていた。しかし、アーチャーとランサーで再びここを襲撃する可能性もある」

 

 碓氷邸は堅牢な工房だが、セイバー陣営の拠点として割れており今や三騎のサーヴァントを従えるキャスター陣営が一斉に襲いかかってきてもおかしくない。キャスターの口ぶりからすれば陣地以外で戦う気はないようだったが、セイバーはそれを完全には信じていない。明も一度も見えたことのないキリエスフィール・フォン・アインツベルンを推し量りきれず、唯一面識のある一成に水を向けた。

 

「土御門、アインツベルンはここに襲撃をかけてくると思う?」

「うーん……。あんまりだまし討ちとかするヤツには見えねーけど……」

 

 昼間会う分にはそう思うが、それでも彼女は一成の知らぬ間にアーチャーに渡りをつけ新たなマスターとなった。バーサーカーにも強い関心を示さず放置していた。

 つまりは一成もキリエスフィールという人物をつかみあぐねており、かつこれまでの経緯故に「新たに襲い掛かってくることはない」と断言することもできなかった。

 

 今日、キャスター陣営が三騎を使役してこちらに襲い掛からなかったのは、マスターであるキリエの慎重さ故か。またはランサーを襲撃しランサーを我がものとしたが、ランサーが負傷していて全力を出せないからなのか。

 ともかく、サーヴァント三騎に対してはこの屋敷も既に安全とはいいきれなくなっている。だが移動するにしても、問題はどこに行くかである。

 

「……俺んちはワンルームだから無理だぞ」

 

 明は真顔の一成に生ぬるい笑みを返した。

 

「うん気持ちだけもらっとく。やっぱ念のためにホテルを連泊で借りる方がいいかな」

「駅前にある宿泊施設のことか。……ふむ、魔術師は一般に神秘が漏れるのを忌むというから、仮に見つかってもここより襲撃されにくいだろう」

 

 暗に一般人を盾にするといった意味合いのことをセイバーは言うが、アインツベルンは確かにそれはしないだろう。そしてこの屋敷を離れるのもキャスターとの決着をつけるまでで、その数日で碓氷の結界を破壊しつくせる魔術師はまずいない。明は顔を上げた。

 

 

「……アサシン、セイバーちょっと待ってて、すぐ用意する。土御門も荷物まとめよう」

 

 明と一成は走って屋敷の中に戻っていく。それを見送り、アサシンは悟を再び宝具の中に戻した。

 

 庭に残されたのはアサシンとセイバーだけである。セイバーはかつてアサシンの元マスターを白昼堂々殺した経緯がある。一度自分のマスターを殺したサーヴァントに、今度は己のマスターを救うための助力を請うことになるとは思わず、アサシンは巡り合わせの不思議さを感じずにはいられない。

 

 当然完全に信用されてはいないだろうが、そのマスターと仲間は手を貸してくれそうである。

 

「恩に着るぜセイバー」

「礼ならマスターに言え。それよりお前こそ、マスターを助ける為とはいえ、よく前のマスターを殺した俺に助力を頼もうと思ったものだな」

 

 不思議そうに見上げてくるセイバーに、アサシンは隠しても仕方がないと言わんばかりにため息をついた。

 

「頼るアテがなかったんだよ。そもそもキャスターらの居場所もさっきまでわからなかったしな。それに三対一で敵うとも思えねぇ」

「さっきまでとは?」

「俺は勿論マスターが襲われてからここに来たんだが、お前らキャスターたちと酒飲んでたろ。その時の話、聞かせてもらったぜ」

 

 急いで碓氷邸に駆け付けたアサシンが目にしたものは、庭で酒を飲みながら語るセイバー、アーチャー、キャスターの姿だった。気配を遮断していたため、気づかれることはなかったが肝を冷やしていた。その話で、キャスター陣営が三騎のサーヴァントを抱えていることと、拠点が大西山であることを知ったばかりだ。

 セイバーは眉をしかめたが、盗み聞きをことさらに言い立てはしなかった。

 

「俺ァマスターを助けてくれーって言った瞬間、お前にマスターを殺されるかとも思ってたぜ?一度前科があるからな」

 

 からかう様に喋るアサシンに対し、セイバーはあくまで必要なことだけを答える。

 

「利害の一致だ。手段を選ばなければもっと手の打ちようもあるだろうが、キャスター陣営を俺が一人で始末するには骨が折れる。三騎もの運用でマスターの魔力が尽きてしまえばいいのだが、アインツベルンとやらは破格のマスターらしくその線は期待できなさそうだ」

 

 セイバーも人びとを殺して回れば力も蓄えられようが、それはマスターに禁止されている。と、アサシンが妙な顔をしてみていた。「何だ」

「いや、お前さんほどの英霊でもそんなこと言うモンなんだって思ってな」

 

 アサシンは素直に驚いていた。セイバーの真名を知っている身としては、日本最強の名をもつ大英雄が今初めて会話する相手に、弱音とはいかないまでも正直に思うところを話すことが意外だった。それを言うと、何故かセイバーまで首を傾げ始めていた。

 どうしてお前が不思議に思うんだとアサシンが突っ込むより先に、明たちが姿を見せた。

 

「お、姉ちゃんたちが来たぜ」

 

 玄関に入っていった時と同じ位に慌ただしい様子で、明と一成が姿を現した。一成はドラムバッグを肩にかけて、明は大き目のトランクを引きずっていた。

 

「碓氷、荷物多くね?」

「いやあ、女性には色々と入用で」

「……俺、持つか?」

 

 一成はそう申し出たが、そこでアサシンが自らの宝具を再び披露し、彼らの荷物を褞袍の中に収納した。それからセイバーの手を借り、春日の空を飛行して駅前に向かった。ちなみに高所恐怖症の明はアサシンの宝具の中におとなしく入っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 春日は特に目立った観光地と言うわけでもない上に今日は平日である。飛び入りでホテルに入っても普通に部屋が取れた。贅沢をするなら春日イノセントホテルにでも泊まりたいところだが、一行は普通のビジネスホテルを選んだ。

 春日駅前から徒歩七分、ホテルムーンライト春日というビジネスホテルを急場の拠点とすることにした。

 

 十五階建てのそのビジネスホテルは、綺麗に磨きぬかれ、白を基調とした生活感のあるロビーになっている。

 一昨年オープンしたばかりで比較的新しいホテルだ。三階から十五階までが客室になっており、二階には宴会場、一階はロビーやレストラン・カフェが併設されている。

 

 とりあえず五泊分、ツインベッドの部屋を二つ借りることにした。ちなみに代金は一成が青い顔をしていたため、明が持つことになった。

 全員でエレベーターで七階まで上昇しながら、明は何気なく言った。

 

「じゃあ部屋は私とセイバー、あとは土御門とアサシンと、アサシンのマスターってことで。荷物置いたらすぐ道具持ってそっち行くから」

「わかった」

「おう。頼むぜ姉ちゃん」

「キャスターの魔術?呪いを根治するにはやっぱりキャスターを倒すしかないと思うけど、遅らせることくらいならなんとかなるかも」

「いやその部屋割りはどうなんだ!」

「はい?」

 

 部屋割りをつっこまれるとは思わなかった明は、勢いよく一成の方に振り返った。と、同時にエレベーターが七階に到着して、一行はぞろぞろと降りる。

 スカーフの柄のような絨毯地の床を歩きながら、明は一成に尋ねた。

 

「なんかおかしい?」

「いやお前女なんだから、セイバーと一緒ってのはどうなんだよ!つかあの家だとセイバーとお前部屋別だったじゃねーか!」

 

 無頓着な明とセイバーに業を煮やした一成は、流石にその主従に対してつっこんだ。

 

「碓氷邸は頑丈な工房だったから別室でも良しとしていたが、本来サーヴァントとそのマスターが同室するのは当然だろう。睡眠中は最も警護すべき時間だ。しかし、俺は明と同室でさえあれば、マスター・俺・土御門、アサシンとそのマスターという部屋割りでも構わないが。俺にベッドは必要ない。座っても立っても目を開けても寝られるからな」

「ものすごい斜め上の心配してんじゃねーよ!つかサーヴァントは寝る必要ねーだろーが!」

「それを言うならサーヴァントに性欲はないから気にする必要もないでしょ」

 

 確かにそういわれればそうなのだが、一応年頃の男女である。

 むしろ明とセイバーに甘い空気が流れることが全く想像できないが、健全なる男子高校生としては放っておけない。明もセイバーも全く意に介しておらず、やきもきする一成の肩を叩く者が居た。

 もちろんアサシンである。驚くほどのスマイルと空いた手でサムズアップをぶちかましていた。

 

 

 

 結局部屋はセイバーと明、一成とアサシンとアサシンのマスターに分かれた。明はトランクをベッドの上に放り投げると、中身を漁り、鞘に収まった黒いナイフを取り出す。そのまま隣の部屋に行こうとするが、セイバーもついてくる。

 

「セイバーは寝てていいよ」

「そうはいかない。まだアサシンの令呪の委譲が済んでいない。仮に済んだとしてもマスターは土御門だろう」

 

 敵サーヴァントの前にマスターを放り出しておけない、とセイバーは言う。明は何回もこの言葉を聞いたような気がする。一成については割と信用していたのかと思っていたが、あくまでサーヴァントがいない為だったようだ。

 

(むしろ土御門がマスターに復帰しちゃうし、「やはり殺しておくべきだった」とか小言言われてもおかしくないくらいだし)

 

 そこまでセイバーは言わなかったが、内心思っていても不思議はない。ともかく部屋を出て隣部屋をノックした。すぐに扉が開いてアサシンが中に招き入れた。

 二つ並んだベッドの片方には一成が座っていて、もう片方にアサシンのマスターが横たえられている。

 

 アサシンのマスターは三十なかばくらいの年に見え、タートルネックにGパンというラフな格好をしている。疲れがたまっているのか目の下には隈が浮いているが、それ以上に異常なほどに汗をかいていて、顔は青を通り越して白い。

 

 サーヴァントの魔術にどれほど対抗できるか怪しいが、やるしかない。放っておいたら死に至ることは誰の眼にも明らかだ。明はベッドに乗り上げ、ナイフを鞘から抜いた。

 

「聞きたいんだけど、えーっと……」

 

 明とは反対側に立つアサシンが、己がマスターを指差して教える。

 

「悟。山内悟っつーんだ」

「わかった。悟さんってちゃんと魔術師なの?もしそうならどんな魔術をつかうのかわかる?」

「いや違う。一般人だ」

「じゃあどういう経緯でこうなったのか教えて」

 

 明は服の上から悟の体を検分してみたが、下肢が異様に浮腫んでいることに気づいた。Gパンの生地がぎりぎりまで張っている。

 

「俺と悟で二人でビルの屋上で酒を飲んでた時だ。いきなりアーチャーが襲いかかってきた。俺は応戦したんだが、その裏をつかれて悟がキャスターにつかまっちまった。さっきも言ったが悟は魔術師でも何でもねェ一般人だ、戦うのもこれから聖杯戦争するぞって時だったからな。何とか令呪を使って家に戻ってきたんだが、様子がおかしくなって気を失っちまった」

「ふぅん……あのキャスター、魅了のスキルあるみたいだったし、何の抵抗力もないと言うがままになるし」

 

 女の姿をしていた割に、あの魅了は明にまで働きかけていた。幸い異様なランクのスキルではなかったため、明、一成、セイバーは無事であったがアサシンには対策がいるのかもしれない。

 

「土御門、ちょっと悟さんのズボン脱がせて」

「わかった」

 

 明に指示された通り、一成は悟の上着とズボンを脱がしてトランクスのみの状態にしていく。すぐに彼も異変に気付いた。やたらとGパンが張っているなとは思っていたが、そのせいで思ったよりも脱がしにくい。

 膝まで脱がせると後は簡単にできたが、一成と明は目を見張った。

 

「うわ、なんだこれ……」

 

 その足は腿まで黒く腫れて浮腫んでいたのである。普通の浮腫み方ではないことは、一見してわかる。腿は黒く腫れあがっているだけだが、足首――末端に近づけば近づくほど折れた様にねじ曲がっているのである。明は冷静にその腫れあがった足に触れる。

 

「この浮腫みが全身に回ったらその時は死ぬね……ほっとけば、朝を待たないで死ぬかも」

「これは……」

 

 壁に寄りかかって様子を見ていたセイバーが、にわかに四人ににじり寄った。見たくないものを見てしまったような表情でもある。一成が訝しげに尋ねた。

 

「何か心当たりでもあるのか?」

「……これは、俺を呪い殺したものと同種の呪いだ」

 

 東征の復路、伊吹山の神を討伐することを命じられた日本武尊は、神剣を置いて山に向かう。伊吹山の神に呪われた日本武尊は、高熱を発して足から病んでいった。その足は腫れあがり、直に何重にも折れ曲がったようになり、歩行すら困難にした。

 日本武尊はそれでも歩き続けたが、やがて病は彼の命まで奪い去った。

 

 明はセイバーを凝視してから、黒く浮腫んだ足を見る。

 

 

「……キャスターのサーヴァントの呪いなんて、究極的にはキャスターそのものを倒さないと治らない。でも治せなくても進行速度を落とさないと」

 

 明は悟の太ももを摩りながら、ぶつぶつと呪文の詠唱を始めた。その傍らで、セイバーは一成に尋ねた。

 

「土御門、お前は陰陽道とやらの魔術師で、明の納める魔術とは別物だったか?」

「?そうだけど、それがどうした?」

「この呪いは、マスターが修得しているモノとは系統が違うだろう」

「そうだね。私の魔術は西洋魔術だし別のものだね。多分西洋魔術に対する効果と同じくらいの効果を望むのは難しいかも」

「ならこいつにやらせた方が効果はあがるのではないか」

 

 珍しくセイバーから当てにされている発言をされて、一成は目を見張った。明も確かに、と何度も頷いている。

 

「確かにそっちの方が効果があがる、というか効率がいいかもしれない。そういや、すっかり聞きそびれてたんだけど、陰陽道って結局魔術なの?呪術なの?」

 

 一成はなんで今それを聞くんだ、と言いたげな顔をしたが律儀に答えた。

 

「……完全な呪術、じゃあない。なんつーか陰陽道の中でも占術とか呪詛とか清め(治癒)で種類が分かれてるんだけど、その種類によって呪術よりだったり魔術よりだったりする。占術は魔術よりで呪詛は限りなく呪術に近い。ざっくり言えば、何か対象に影響を及ぼす系のやつは呪術寄り?」

 

 占術は要するに西洋魔術でいえば探知や監視に近く、対象に何か影響を及ぼすものではない。一方呪詛と治癒は、プラスマイナスの効果の差はあれど対象に影響を与えるものである。

 

「ふうん。西洋魔術でいう黒魔術に近いのかな・・・?」

 

 そもそも一成は西洋魔術にはちんぷんかんぷんであり、黒魔術のなんたるかは知らない。ただ明もこのような質問をする時点で、陰陽道に造形は深くない。

 だから一成に魔術的にああすればいいこうすればいいと、師のように教えることはできない。

 

「魔術は「そこにあるもの」を組み替える術。けど呪術は「自分の肉体」を組み替える術――ともあれ、キャスターの呪いが呪術寄りの何かなら、一成の方がいいかも」

 

 魔術回路もあり魔力を動力にすることが同じだとしても、接続する魔術基盤が異なれば効果は異なるのも道理。呪術はその過程故に物理現象のようなもので……とまで考えたところで、明は思考が逸れはじめていることを自覚して顔を上げた。

 

「んで、結局なんかできそう?」

 

 一成とて、未熟ながらも家は千年を数える陰陽道の大家の息子である。彼は頷いた。

 

「心当たりはある。ちょっと鞄漁るから待ってろ!!

「急がなくていいから、ちゃんと準備してね。私は私なりにやってみるから」

 

 一成は勢いよくベッドから飛び降りると、どこか嬉しそうにさえしながらドラムバッグを漁り始めた。アパートから持ってきたなけなしの魔術礼装を引っ張り出している。彼の性質からして困った時に自分が何もできないでいることがかなりの苦痛を伴うために、できることがあることそのものが嬉しいのだろう。

 

 治療はできないが、明は悟の容態を把握した。雨合羽のアサシンがマスターの容体を尋ねた。

 

「……姉ちゃん、どうだ?」

「……まずキャスターのかけた呪いだけど、やっぱり私の手には負えない。完全に消し去るのは無理。仮にできたとしてもできるようになるころには悟さんが死んでる。治すにはやっぱりキャスターを倒すしかない」

 

 人外のかけた呪いである。一朝一夕で解呪できたら苦労はしない。明は順を追って話す。

 

「で、キャスターを倒すまでは延命しなきゃいけない。私や土御門がなにかしても進行を止めるので精一杯。けど進行を止め続けたら、私たちの魔力が尽きておしまいになっちゃうね」

「どうしようもねぇのか?」

 

 ここまでサーヴァントが必死になって助けようとするマスターは、いったいどのようなマスターなのだろうか。二人の関係に思いを寄せながら、必死なアサシンの様子につられて、明も必死で考えているのだ。

 一般人を巻き込んで死なせたくないのは明とて同じだ。それに決して事態は絶望的なわけではない。

 

「いや……なんとかなるんだけど……多分」

「なんじゃそりゃ」

 

 先ほどまでのしっかりした答えとは打って変わってふわふわしたことを言う明に、アサシンは思わず呆れた声を出した。

 明はちらりとセイバーを見たが、直ぐに目を逸らした。

 

 

「で、仮に延命が図れたとしても結局はキャスターを倒さなくちゃいけない。私たちも聖杯戦争を戦う身として、キャスターを倒すつもり。土御門と私でなんとか悟さんの意識くらいは回復させるから、その時にもう土御門と契約して。キャスターを倒すまでは一緒に戦おう」

「コイツを助けてくれって言った時点で俺の身は好きにしてくれっていったろ?構わねェさ」

 

 アサシンは一成のベッドの上にどかりと胡坐をかいて、懐から取り出した煙管を振ってこたえた。共闘の類に文句を言いがちなセイバーも、否はないようで黙っている、というよりは何か考え事をしている雰囲気だったが。明は安心して笑みを漏らした。

 

「そっか、ありがとう」

「そりゃこっちのセリフだ姉ちゃん」

「それにしてもアサシンは随分マスターを慕ってるんだね」

 

 明は右手にナイフを持ち、左の親指を素早く切った。鮮やかな血が黒く浮腫んだ足に滴る。より魔術の効果を伝えやすくするためだ。

 アサシンは一瞬きょとんとしたかと思うと、膝を打って笑い出した。

 

「ん?俺ァ別に悟を慕っちゃいねーよ!あれは、ハハハ、なんつーか子分?みてーなもんだ!」

「こ、子分??」

 

 明はぎょっとしたが、アサシンの声音は実に楽しそうなものだった。きっと彼らは主従が逆転しているのではなく、主従ですらないのだ。

 

「子分を見捨てる頭なんてろくなもんじゃねェからな。ま、俺たちはともかく、姉ちゃんたちもよろしくやってるみてーでいいこった。仲好きことは美しきかなってヤツか」

 

 アサシンからみれば、セイバーと明はうまくやっているように見えるらしい。明は曖昧に笑うしかできなかった。

 明とて、セイバーが裏切りを行うような質だとはもう思っていない。むしろバーサーカー戦を終えてからはありがたいと思うことの方が増えた。

 だが、セイバーは元々いくら人が死んでも気にせず、どんな手を使っても勝てばそれを良しとするタイプである。他のサーヴァントと協力関係を結ぶ気もなく、卑怯な手を用いても自分一人でやろうとする。

 

 明はそれを否定して、目立つ戦い方をしてはいけない、宝具で一般人を巻き込んではいけない、ランサーやアーチャーと協力して戦うなど明の方針に従わせてきたのである。セイバーは文句を言いながらも言うことを聞いてくれるため助かるのだが、彼としてはきっと不本意なはずである。

 何しろセイバーの願いは「どんな形でも、この戦争に勝つこと」であり、明の命令はセイバーの手足を縛るようなモノに近いからだ。

 

 一成の用意ができるまで、影で呪いを少しでも分解しようと思ったが、その時セイバーが俄かに悟の寝るベッドに近づいた。

 

 いつの間にかその手には神剣が握られていた。

 




そのうちbeyond内での陰陽道設定まとめたいっすね
黒魔術が「呪術」に非常に近い性質を持つくさいんでそれに近い感じ

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