Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月3日⑧ 長き一日の終わり

「セ、セイバー!?」

「何もしない」

 

 ぎょっとした明が声を上げたが、セイバーに殺意のようなものはない。悟の傍らに立った彼は神剣の切っ先を天井に向け、柄の方から悟の体に沈めていく。ゆっくりととけるように神剣は体に沈み、悟は一瞬淡い光に包まれた。

 

「剣を入れている間は呪いの進行を止めることができる。ただし治りはしない。キャスターと戦うまでは貸してやる」

 

 神剣を手放した場合、セイバーのパラメータやスキルはランクダウンする。伝説から見ても、彼は決して剣を手放さないべきである。そして明は今、まさにセイバーがしたことを彼に頼もうと思っていたのだが、そういう事情の為神剣を貸せとは言いにくかったのである。

 

「……え、いいの?」

 

 セイバーは盛大にため息をついて、マスターを見る。

 

「そこのアサシンと共にキャスターを倒すまでは共闘だと言ったところから想像をしていた。そこの男を延命するには、この剣に頼るほかはない」

 

 戦争が本格的に始まる前に、セイバーが剣の効果について喋ったことがある――剣を体に入れた状態で負った傷は全快させることができる。だが、剣をいれていない時に傷を負い、その後に剣をいれたところで悪化は止めるが治癒まではできない。

 ただし、セイバーに限っては傷を負った状態で剣を持てば、致命傷でもない限り傷は治癒すると。

 

 セイバーはやれやれと言わんばかりの表情だ。ともかく、神剣を体に入れられた悟の様子は、先程と比べて明らかに良くなっている。荒かった呼吸は落ち着きを取り戻し、脂汗も若干引いたようだ。

 

「しばらくすれば意識も戻るかもしれないが……」

「準備できたぞ!」

 

 ベッドの脇でごそごそと紙をいじっていた一成が、俄かに立ち上がった。その右手には人の形に切り抜かれた紙が何枚も握られている。明はそれを見て何をするか大体を察した。

 

「あとこの部屋って灰皿……はあるな。ライターないか?」

「ないけど私が燃やしてあげるから気にしなくていいよ」

 

 そうならばと一成は悟を静かに見下ろした。残されたセイバーとアサシンは、一成の行おうとする魔術を見る。

 一成は深く息を吸い、自らの魔術回路を起動させる。頭の中で鳴り響く日本刀の剣戟が、腕さえもしびれさせる様だ。

 

「急急如律令!」

 

 急いで律令の如くせよ、という省略した呪文で、一成は握った人形の紙束に魔力を注ぎ込む。薄い水色のような光を放つ人形の紙を一枚だけ手に取り、残りをベッドの上に置く。一枚の紙をそっと、腫れあがった足に貼り付け撫でていく。

 其れを何度も繰り返す。五分もしたところで、アサシンがいぶかしげに声をかけた。

 

「……坊ちゃん、何してんだ?」

「撫物っつー魔術。区分的には呪術に近いもんだけど……まぁ見てろって」

 

 一成は人形の紙で何度も悟の足を摩る。最初は薄水色に光っていた紙は徐々に光を失い、白でさえなくなり黒く染まっていく。

 

「この人形は身代わりだ。身代わりに呪い――穢れだな。を移す魔術だ。人形がけがれるのとは引き換えに、撫でられた者は清められる。今でも神事でこういう人形は良く使われるんだ」

 

 一成の治癒魔術もこの撫物と原理は同じである。血や死を穢れとする陰陽道は、それを清めることで傷を癒す。

 

「で、その穢れた人形は最終的に川に流すか燃やすかするんだけど、今は燃やす方がよさそうだし――はい、灰皿」

「さんきゅ」

 

 合いの手を入れるように、明は人でも殺せそうな鈍器ほどもある灰皿を一成に向けた。一成は真っ黒に成り果てた人型を灰皿に放り込むと、明が呪文を詠唱する。

 

Verbrennung(燃焼)

 

 ライターの火は黒く燃えあがり、人型を跡形もなく焼き尽くした。

 

「償物(あがもの)ってやつだっけ。人の代わりに罪穢れを背負って燃やされる魔術礼装。専門外だしあんまり詳しくないけどさ」

「専門外でそんだけわかってりゃいいだろ。くそ、重いな……効いてるけどいつもより全然弱い。流石キャスターのサーヴァントてとこなのか」

 

 一成は二枚目の人形を手に持ち、再び悟の足を撫でている。明の目からみても効果は上がっていると思うが、セイバーの剣ほど劇的な変化はない。

 一成が苦闘する横で、セイバーが静かに口を開いた。

 

 

「……あれは本来聖杯戦争に呼ばれるべきものではあるまい」

「おっ、セイバー、お前アレと知り合いか」

 

 セイバーは頷く。いつもは表情の出ない顔に、珍しく笑みが刻まれている。

 浮かぶそれは穏やかなものではなく、獲物を見つけた猟師のそれに近い。

 

「俺はあのキャスターを知らないが、よく似た者を知っている。俺の知るヤツとキャスターは姿も魔力の質もあまりにかけ離れているが、奴は元は魔物などではない。神かその親類のはずだ」

「……伊吹山の神」

 

 日本武尊を呪い殺した山の神。おそらくはその縁者。それが時を経て魔物と化し、最後には人間により討伐された者――となれば、その真明も絞られる。明は唸った。

 

 神縛りのアーチャーと、生前セイバーを呪い殺した神に近しいキャスター。

 キャスター陣営がそれを期していたにしろいないにしろ、それだけで分の悪い布陣である。それにも拘わらず、セイバーはバーサーカーの時には一かけらも見せなかった笑みをうかべ、くつくつと笑い出した。

 

「キャスターが伊吹山の神が俺を殺したと信じているならば滑稽だ。悪神ごときに俺が殺されるわけはない――気にするなマスター。あの程度の神もどき、剣さえあればどうとでもなる。むしろアーチャーの方が面倒だ」

 

 明が返事をしようとした時、一成でも、セイバーでもアサシンでもない、小さな声が全員の耳に届いた。いの一番に反応したのはアサシンである。

 

 

「おい!目が覚めたか!」

「……、あ、アサシン?」

 

 白い顔をした悟の瞼がゆっくりと開かれ、まだ熱に浮かされた瞳が歌舞伎役者染みたサーヴァントに向いた。焦点はあっており、意思の存在を感じさせる。アサシンは彼の目の前で指を三本立てる。

 

「これ何本に見えるか」

「さ、三本」

「よし」

 

 灰皿の上に六枚の人型を積んだ一成は、まだ悟に術を行使しながらも胸をなでおろした。明は一成の横に腰をおろし、悟の顔を覗き込む。だが、彼の眼は明には向いていない。彼の武骨な手は宙をさまよい、アサシンの手がそれを掴んだ。

 

「アサシン、ごめん」

「別にお前は謝るようなことしてねーだろ」

「ごめん、ごめん、ごめん……」

 

 悟はアサシンの手を強くつかんで、その手に縋りつくようにして離さない。アサシンの言葉も聞こえているのかいないのか、ひたすらに謝罪を繰り返す。熱で潤んでいた目からは、今や涙が次々と溢れ出して枕を濡らしている。

 アサシンは手を掴んだまま何も言わず、謝罪と嗚咽を繰り返すマスターを、目を逸らさずに見つめている。十分もその状態が続いた後、悟は糸が切れた様に意識を失った。

 

「……おい!」

「多分、眠っただけだ。セイバーの剣と撫物でひとまず落ち着いてると思う」

 

 一成の言うとおり、今眠っている悟の顔色は先程と比べればいくらかマシになっている。汗も引いて、体力を消費しない為に眠っているような感じだ。

 明はベッドから下りて立つと肩をすくめた。

 

「……今日令呪を移すのは無理みたいだね。悟さんがちゃんと目を覚ましてからじゃないと」

「……世話をかけるぜ」

「まあいいや。今できることはこれくらいだし、今日は引き上げるよ。神剣入れてるし滅多なことはないと思うけど、何かあったら呼んで」

 

 アサシンは頷いた。明はセイバーと共に部屋を出ていくが、その際に一成にも無理をしないように言った。悟の状態はひとまず落ち着いたが、彼はまだ人形を使って穢れを落とそうとしていたからだ。

 

 

 

 

 

 明が隣りの部屋に戻り、時計を見ると既に今日が終わっていた。様々なことがありすぎて心の整理が追い付かないが、ひとまず今日は眠るべきだろう。

 明日には令呪の委譲を行い、キャスター陣営の偵察をしにいかなければならない。明日とは言わず今からでも、セイバーは飛び立って行ってもおかしくはないのだが、令呪の委譲が済んでいない以上そうすることはない。

 

 ホテルの部屋は白を基調とした部屋で、ベージュ色で統一されたベッドが二つ、手元の明かりと棚を挟んで並んでいる。カーテンで閉められている窓の近くには、鏡付の机がひとつある。洗面所はユニットバスで、上に設置されている棚にには白いバスタオルが綺麗に掛けられている。ついでにバスローブまでついている。

 セイバーはすたすたと洗面所を通り過ぎると、窓側のベッドを陣取った。

 

「俺は寝るが、何かあったら呼べ」

「あっちょっ、セイバー!」

 

 ベッドに潜り込むセイバーを慌てて呼び止めたはいいものの、話をまとめていなかった明は妙な空間を開けてから再度続けた。

 

「ちょっと、セイバーに言っておかなきゃいけないことがあって」

 

 元々感謝するよりも文句を言うことの方が性に合っているという悲しい性の為に、こういう時にさらりと言葉が出てこないことが悔やまれる。

 だが、思っていることは言わなければならない。

 

「何だ?」

「いや、大した用じゃないんだけどさ」

 

 半分ベッドに入りかけたセイバーは不思議そうな顔をしている。そこへ、明ははっきりと伝えるべきことを口にした。

 

 

「セイバー、ありがとう」

 

 

 たっぷり三十秒ほど待ったが、セイバーは何も言わなかった。明としてはそんな小さな声で言ったつもりはなかったが、再度同じ言葉を繰り返した。

 

「いつも私の意見を優先してくれて、一緒に戦ってくれてありがとう」

 

 英霊というものは生前偉業をなした人間で、日本で言えば天皇・貴族・将軍・武将という錚々たる偉人が呼ばれる。その偉人たちが彼らの時代で言う「庶民」に従うのだから、最初からマスターとサーヴァントは反目を招きやすい関係にある。

 

 特にマスターとサーヴァントの方針が違う場合や、願いの利害が反目する場合は尚更である。にも拘らず、文句を言いながらもセイバーは明の方針に従っている。それはとてもありがたいことでもあり、同時にセイバーに無理を強いていると明は気にしていた。だからせめて礼くらいは、と思っての言葉だった。

 

 二回目にて、やっとセイバーは鈍くも反応を見せた。表情はそのまま、ゆっくり口を開いた。

 

 

「……りぇいを言われるほどでもない」

 

 噛んだ。こいつ、噛んだ。そして特に言い直しもしなかった。礼を言っただけなのに何故これほどに微妙な空気にならなければならないのか明には不可解だったが、セイバーはしっかり言葉を受け止めてくれたようである。

 

「……セイバーのやり方は私の立場的に許容できるものじゃないから、多分私は最後までああだこうだ言うと思うけど、これからもよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく」や小言くらいの反応が返ってくるかと思いきや、セイバーは何も言わない。だが、彼は再びたっぷり間を置いた後に口を開いた。

 

「……わかった」

 

 セイバーを見るに、嬉しそうには見えないが特に不快だと思ってはいなさそうではある。とりあえず感謝の意は伝わったようで明は胸を撫で下ろした。

 しかしその時、セイバーはいきなりベッドから降りると床に両手をつき、足を延ばしてつま先だけを床に着ける姿勢を取った。要するに腕立て伏せの姿勢である。そして何を思ったか、セイバーはものすごい勢いで腕立て伏せを開始した。

 

「……何してるの?」

「腕立て伏せだ。軽く千回くらいやったらやめる」

 

 英霊が筋トレをしようと、所詮霊体なのだから意味はない。セイバーがやりたいなら好きにすればいいのだが、唐突なうえに意味不明である。相変わらず謎なサーヴァントだと、明は思った。そして恒例の微妙な空気に耐えかねて、明は目に入った洗面所を話の接ぎ穂に――してはあまりにも乱暴だが、話題を変えた。

 

「……そういえばセイバーってお風呂には入らないの?」

 

 セイバーは高速腕立てをしながらも、いつもと変わらない調子で答えた。

 

「現代の禊のようなものか」

「そんなかんじ。なんか腕立て伏せしてるし、入ってみれば?すっきりするよ」

 

 話を持ちかけられたセイバーはまんざらでもない様子で、ちらりと洗面所に目をやった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「……つ、疲れた……」

 

 全身を襲う倦怠感に苛まれながら、一成は部屋を出た。一時間ほど悟の体を撫物で清めていた成果はあり、悟は再び目を覚ました。

 勿論一成も喜んだのだが、意識を取り戻したアサシンのマスターはアサシンとなにやら話し込み始めてしまった。

 彼らには彼らのここに至るまでの経緯があり、それは決して一成には窺い知れないものだ。二人の真面目な話にぽっと出の自分がいるのも場違いな感じがして、一成はそっと部屋を抜け出した。

 

 否、場違いだと思ったことも本心だが、一成には彼らが羨ましかった。アサシンは自分の身を投げて、自分のマスターを救おうとしている。マスターはサーヴァントに心を許し、信頼している。どちらも一成も築こうとしたもので、築ききれなかったものだ。

 

(碓氷とセイバーもなんだかんだでうまくやってるっぽいし、キリエもだろうし……)

 

 情けなくなって一成は気落ちする。それでも、アレを呼び出したのが自分なら、引導を渡すのも自分であるべき――なにより、聖杯だろうとなんだろうと絶対に叶わない夢を見ているアーチャーを放置しておけない。

 

「つまらない夢をみやがって、贅沢貴族め」

 

 一成は己を奮い立たせるように毒づいた。と、その時急に頭痛が脳を貫いた。碓氷の家、地下室で感じた痛みと同種だが、それより強くなっている。

 一成は思わずホテルの壁に手を突き、呼吸を整え目を閉じた。また前回と同じように、見知らぬ映像が見えてくる。今度は綺麗な女性と、それとよく似た少女と、穏やかそうな男性が仲睦まじく歩いている姿が視得た。その男性は、山内悟によく似ていた。

 

「……腕斬られて一緒にどっかおかしくなったのか?」

 

 脂汗をぬぐい、人心地がついてからようやく一成は再び足を踏み出した。いまさら二人の部屋に戻るのもなんだか微妙で、今日くらいはセイバーと明の部屋で眠らせてもらってもいいだろうと、彼は二人の部屋をノックした。「おーい、俺だけど」

 すぐに明が返事をして、扉が開かれた。

 

 

「おう、碓氷、わるいけ……うぉおぅお!!??」

「どんな声?」

 

 白々とした声を出す明とは対照的に、一成は思い切り向かいの壁まで謎のステップを踏んで飛びのいたのちに座り込んだ。

 一成が驚いたのも道理、迎え入れようと現れた明は備え付けのバスタオル一枚きりを身に纏っているだけだったのだ。風呂上りですらりと伸びる白い手足には赤みがさしており、濃い灰色の髪からは雫が滴り、鎖骨を濡らして肌を伝っている。

 

「おおおおおおおまえなんだそのかっこおおおおおおお」

「何ってお風呂出たばっかなんだけど。で、何の用?」

 

 明は平然と答えるが、一成は予想外のラッキースケベ状態に出くわして完全に思考が停止している。年上の美しい女性の風呂上り姿は、青春真っ只中の男子高校生には刺激が強かった。

 

「いやいやいやいや待て待て落ち着け」

「?話は中で聞くからとりあえず入りなよ」

 

 手を掴まれて立ち、なすがままに一成は部屋に引きずり込まれる。そして次に目にしたのは、ベッドの上で聖書を読むセイバーの姿だった。ちなみに全裸である。聖書はこういうビジネスホテルに何故かおいてあるものである。

 

 明はベッドの上に一成を座らせると、何時もと変わらない口調で言う。「なんかあったの?」

「それはこっちのセリフだ!!碓氷、お前はなんでそんな恰好で平然としてんだァ!!あとセイバーはなんで全裸なんだよ!!」

「ああ、セイバーにお風呂入ったらって勧めて入ったはいいものの、熱いから冷ますって」

 

 あくまで焦りもしない明と、ベッドにうつぶせになってページを繰るセイバーを交互に見て一成はもどかしくも怒鳴る。妙齢の女性と、一成より一つ二つ下(見た目は)の男子がほぼ全裸の格好で同室にいることは決してよろしくない。

 

「そういう問題じゃねぇ!!サーヴァントとはいえ、女と男がそんなカッコでいるなっつーの!!」

「前にも言ったと思うが、サーヴァントは不能ではないが性欲はない。それにパスで魔力も十分伝わっている為、まぐわいによる魔力供給は必要ない」

「そうだよ。それに女の魔術師にとって髪と処女は大事なんだから無駄遣いしないってば。お父様曰く私の破瓜の血とかホント兵器並みらしいんだから」

「ほう、このロンギヌスの槍とはなかなかいい。神殺しというあたりが特に」

 

 一成が「そうか、碓氷は処女なのか」とあらぬ妄想をしたのもつかの間、彼女は彼女で色気もクソもない発言を続け、その上セイバーは一成の話に興味が氷点下といっていいほどになかった。

 というわけで一成の意見、というよりは一般的常識が寸毫も理解されない。彼は徒労感を覚えるが、魔力の減った体に鞭打ち、必死のツッコミを続ける。

 

「だからそういう問題じゃねぇっつの!!何!?まるで俺がおかしいこと言ってるみたいなカンジなんだけど!!」

「そういえばマスター、風呂なる禊はいいものだな。俺はこれから現界する限り毎日風呂に入りたい」

「いいんじゃない?」

「俺の話を聞けよ!!ああもう!」

 

 一成は勢いよくベッドから立ち上がる。できるだけ明からは目を逸らしていたが、ちらちらと見てしまう。その際、バスタオルの裾からのぞく足と左腕――半袖を身につければ隠れてしまう程度の肩よりの部分に、古い切り傷が幾筋も残っているのが目についた。肌が白い分、余計に痛々しく目についた。うっかりじっと見てしまい、それを明に気づかれた。

 

「ああ、昔は魔術回路を起動させるのに自傷しないと動かなくて。今はそんなことないんだけどさ、ごめんね。気が抜けてたみたい」

「べ、別に謝ることじゃねーだろ、つかいいからなんか着ろ!」

 

 とにかくバスタオル一丁の明をそのままにしておけず、明の手を掴むと、無理やりユニットバスの洗面所に向かった。そして明の持ってきたバッグと備え付けのローブを掴んで押し入れる。

 一成は髪を乾かしてせめてローブを着てくるまで出てくるなと強く言いつけた。明は文句たらたらだ。

 

「別にどうでもいいじゃん」

「よくねーよ!!痴女かお前は!」

 

 この主従はどうなってるんだとぶつぶつつぶやきながらベッドに戻ると、セイバーも暑くはなくなったのかいつの間にかいつもの衣袴に戻っている。

 面白そうな顔もせず聖書を読んでいることは変わらない。明も明だが、全く気にしないセイバーもセイバーである。一成は寝転がる剣の英霊をジト目で見た。

 

 サーヴァントは普通、生前の記憶をすべて持って現界する。姿は全盛期の姿で現界するが、中身はそれより年を取っていると言える。となれば、年下に見えるセイバーも中身は一成よりもかなり年上ということになる。

 

「……お前って姿は俺より年下?ってくらいだけど、歳っていくつなんだ」

 

 セイバーはゆっくりと一成に顔をむけてから、指を折って何かを数えた。

 

「……死んだときは二十九か三十だったな」

 

 セイバーは答えるだけ答えて、再び視線を本に落としていた。一成は明がひとまずいなくなったことで落ち着き、彼女のモノらしきベッドの上に座ってセイバーをジト目で見た。

 

「……こんな二十九はいやだな……つーか、お前も碓氷に服くらい着ろっていえよ」

「マスターが全裸で往来を歩こうものなら止めるが、碓氷邸やこの部屋において明が全裸でいたいならば俺に止めろという権利はない」

「へー、性欲のない英霊さまは言うことがちげーな」

 

 半ば投げやりに言ったが、何を思ったかセイバーはその時聖書から顔を上げた。「フン、仮に生前であっても今とやることは変わらない。俺の真名を言ってみろ」

 

 

「日本武尊だろ」

「そうだ。日本最強は自制心も日本最強だ」

 

 部屋には、洗面所から響いてくるドライヤーの音しかしなかった。あまりにツッコミどころのありすぎる発言に、流石の一成も言葉を失うほかなかった。とりあえずどれだけ「お前、自分の伝説知ってるか?」と浴びせかけたかったが正直面倒くさかったので、一成は一連の流れをなかったことにした。

 

 暫くドライヤーの音と衣擦れの音が気になっていたが、再びセイバーが口を開いた。

 

「……それよりお前はなぜこの部屋に来た?」

 

 風呂上り明とセイバーの謎発言の衝撃ですっかり消し飛んでしまっていたが、元々一成は魔術行使を止め、かつアサシン主従が込み入った話を始めたから出てきたのである。その時丁度、洗面所からドライヤーをかける音が消えて、バスローブを纏った明が顔を出した。正直一成的にはそれもけっこうアレなものがあるのだが、先ほどよりは心を落ち着けて会話する事が出来る。

 

 

「そうそう、どうしたのさ」

「……アサシンのマスター、また目を覚ましたぞ。でも、アサシンと込み入った話してたから邪魔かと思って避難してきた」

「ふうん。ま、とりあえず令呪は明日にしよう。もうそのつもりだったしね。けど避難してきたのはいいけど、土御門どこで寝る?セイバーと寝る?」

「げっ」

 

 今思えば当たり前だが、借りたのはベッドが二つの部屋である。もちろん明と一緒に寝るわけにはいかないのだが、セイバーと仲良くお寝んねも、一成は御免こうむりたい。

 

 セイバーも嫌だろうと思って様子をうかがうが、やはりものすごく渋い顔をしていた。床で寝ろといわんばかりだが、それでは明が納得しない。そして明と一成が同じベッドで眠るもの論外――という思考の後、セイバーは転がって左端に寄った。

 

 明は明でさっさと自分のベッドに潜り込んでしまうし、一成も魔術行使でかなりの体力を奪われている。彼は意を決して、件の布団に体を滑り込ませた。ちなみに右端でできるかぎり小さくなっておいた。

 

(つーか、サーヴァントは寝る必要ねーよな……)

 




※セイバーは面白いことを言ったつもり。
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