結局教会を出た後はキリエと別れた。キリエもキリエで大西山にて何かするべきことがあるのか、エスコートしろとも言わずにあっさりとしたものだった。
完全に慣らされていたのか、拍子抜けの感すらあった一成はホテルへ向かう道すがらにあるメトロウェイというチェーンのサンドイッチ屋で適当に昼食を見繕い、ビニール袋を引っ提げてホテルへ戻ってきたのであった。
ひとまず明とセイバーの部屋へ戻ると、流石に明は起床している……と思いきや、まだ眠っていた。とりあえず買ったサンドイッチをテーブルの上に置いた。
「ほら飯買ってきたぞ。どうせお前も食うんだろ」
「当然だ」
サーヴァントに食事は不要なはずだが、どうも周りのサーヴァントはそれぞれ食事が好きだ。セイバーは適当にサンドイッチを掴むと、椅子に座って早々と口に運びはじめた。
「どうだった」
「どうだったって何がだよ」
「神父に会ってきたのだろう。どう思う」
正直意味の分からない問答をしてしまったとも思うが、あれはキャスターと戦うに当たり何の参考にもならない。またセイバーは魔術師的観点からの意見を欲していたのかとも思ったが、それなら明の方が神父との付き合いも長く適任のはずだ。
ゆえに一成は本当に思ったままのことを言った。
「胡散臭くてよくわからねえ神父。あといけすかねぇ」
セイバーからバカにされることも予想していたが、予想外にセイバーは何も言わず「ふむ」と言っただけだった。
「あと、碓氷にも後で言うけど、アインツベルン、キャスターのマスターに会ったぞ」
「何!?それで殺したか!?……いや、昼の暗殺は……そもそも最強のマスターをお前が……何か有益な情報を手に入れたか」
徹頭徹尾バカにしている感丸出しの言葉だったが、最早いちいち取り合うのが面倒臭くなった一成はスルーすることにした。とはいえ、有益な情報もない。
「あんまねえよ。あいつ、万全を期して戦いたいから陣地から出て戦うことはないっつってただけ」
「キャスターが陣地で戦いたがるは道理だ。だができれば引きずり出したい」
「あいつにその気はなさそうだった。キャスターは黙ってれば陣地が強力になるしな……」
恐らくキリエは一成たちが襲い掛かってこなかったとしても、しびれを切らせて大西山から飛び出してくることはないのだろう。最強のマスターでありながら、これまで一度も戦いに出ず見の立場を貫いてきた彼女だ。
「三騎を以てしても陣地でしか戦わない……万全に万全を期すマスターということか」
キリエスフィールに直接会ったことがあるのは、この中で一成だけだ。セイバーは彼を伺ったが、一成は答えることができない。万全を期すマスターといえば、確かにキリエはそうなのだろう。
「……キリエ、あいつよくわかんねえんだよな。万全つーかむしろびびってんのかってくらいだし、でもなんか態度は自信満々だし」
ふと、急にセイバーは険しい目つきで一成を睨んだ。
「……万が一、俺にキャスターのマスターを殺す機会があり、そしてお前がそれを防ごうとするなら、俺はお前ごと叩き斬る。いいな」
うっかり一成がキリエスフィールをキリエという愛称で呼んだことから、セイバーは強く念を押した。セイバーは一成を護れと明に言われてはいるが、絶好の機会をおいては話は変わるつもりなのだ。一成もそうした場合に助けてもらおうとは思わない。明には明のなすべきこともある。
しかし、一方セイバーの方が難しい顔をしてつぶやいた。視線は熟睡中の明にある。
「……まあ、マスターが何か言うなら話は変わるが」
昨夜の奇妙な酒宴。サーヴァントが互いの願いを語り合う場にて、セイバーは「他のサーヴァントを皆殺しにし、戦争に勝つこと」が望みだと言った。手段を気にしない彼のことだから、マスターが死んだことによる消滅でもいいのだろう。
基本真剣で冗談の通じないセイバーがあの場で嘘をついていたとは思えない。その割には、マスターである明に対しては遠慮がちである。そして明は魔術師であっても、一般人への被害を良しとしない。
「よくお前碓氷とやっていけてるよな。あいつ、手段選ぶだろうし」
「……マスターのその点に関しては未だ異議がある。しかし不思議なのは、既に人を殺めたことがあろうにあれほどまでに殺すことを拒むことだ」
セイバーはさらりと言ったが、一成にとっては聞き捨てならない言葉だった。
明が人を殺したことがある。確かに魔術師として生きていくならば、そうしなければならないことがあるのは彼とて知っている。だが、これまで付き合ってきた碓氷明という人間は、多少常識からずれているが親切で優しかった。ゆえに一成は今一つ彼女のそういう場をイメージできなくなってしまっていた。
「おまえ、それ碓氷に聞いたのかよ」
「聞かずともわかる。マスターからはそういう匂いがする」
セイバーは深く説明をしない。する必要もないと思っているのだろう。サンドイッチを食べ終わったセイバーは、アサシン達の様子を見ると言い残して一度部屋を後にした。一成も報告はしたので、セイバーが出ていくことを止めなかった。
「……そうだよな、お前、魔術師だもんな」
またしても勝手な感傷だ。明は何も変わっていない。たくさん助けてもらっているうちに、自分と同じ思いで戦っているのではないかと一成が少し勘違いしてしまっただけだ。それでも、一成は自分の目で見て知っている彼女を信じるだけだ。
彼は勢いよくサンドイッチを掴むと、自分を腹を満たすべくもりもりと食べ始めた。
*
明が二度寝から起床したのは結局午後二時であり、流石に明自身もぎょっとしていた。
その後、同じく再び眠りについてしまった悟が目を覚ましたということで、明、セイバー、一成で隣の部屋に向かった。予想通り空いたベッドにアサシンがゴロゴロと転がっていて、窓際の方に悟が横になっていた。
一成はベッドに近づいて、横になっている悟の顔を覗きこんだ。顔色は悪いが、意識はしっかりしている。一成の姿を認めると、彼は浅く会釈した。
「あ、初めまして……山内悟です。話はアサシンから聞きました。よろしくおねがいします」
「こ、こちらこそ初めまして。土御門一成です。こいつはセイバー。それでこっちはセイバーのマスターの碓氷明」
一成はぎこちなく自己紹介と、ついでにセイバーと明を紹介した。昨夜、撫物の成果あって悟は目を覚ましていたが、アサシンとの話で空気を読んで退出した一成、ましてや明たちのことは記憶にないようだ。
彼の眼はぎょっとしたように一成の明らかに生身ではない左腕を見たが、失礼だと思ったのかすぐに逸らされた。
「それじゃ、令呪の委譲をします。山内さん、失礼します」
一成はベッドにのりあげ、悟の右手を取った。手の甲には、二画の令呪が刻まれている。深く深呼吸して心を落ち着ける。ところが、そこへ割り込む者が居た。
腕を組んだアサシンが、値踏みをするような顔で一成を見ている。
「ちょっと待った坊ちゃん」
「……なんだよ」
「これからお前は俺のマスターになるわけだが、その前にお前の聖杯にかける願いを聞かせろよ。いいだろ」
セイバーたちに助けを請いに来た割に、ふてぶてしい態度を崩さないアサシンだと思っていたが、本当にふてぶてしい質である。しかし、これから共に戦う相手ならば、確かにその質問は道理である。
それにしても今日は良く願いを聞かれる日だ――一成はさらりと口にした。
「願い?そんなもんねーよ」
「へぇ「……じゃあ、なんで君はこんな戦争をしているんだ?」
疑問の声は下から上がった。腕を取られた悟が、心底わからないと言わんばかりに見つめている。今まで遠慮していた問いが、震える唇から洩れた。
「……土御門君、その腕は」
一成は知らないことだが、バーサーカー戦を覗いていた悟は事の顛末を知っている。知っているが、問わずにはいられなかった。
「自分のサーヴァントに裏切られて、令呪ごと捥がれました。これは義手です。俺はこの戦いが命がけだってことは、ちゃんと知ってます」
「……なら、何で願いもないのに戦うんだ……?親は?」
悟は本当にショックを受けた様に、冷たい光を放つ左腕を見ていた。もし腕を亡くしたことを親に言えば、この人のように、それ以上に悲しむだろうと一成は思う。
悟の反応は当然のものだった。聖杯戦争を始めてから、改めて魔術師の常識には馴染めてないとわかってしまった一成にとって、むしろ懐かしい反応だった。
「親は知ってます。事後承諾で、無理やりですけど。……俺が戦うのは、俺のサーヴァントを倒す為です。そして、この戦争を終わらせるためです」
「……何故……君のサーヴァントは、君を裏切ったんだろ?」
「でも、アレを呼び出したのは俺です。それにあいつは贅沢病をこじらせすぎてアホな願いを叶えようとして、とりあえず怒鳴りつけて一発ぶんなぐらないと気が収まりません」
「贅沢病?」と悟は間の抜けた顔をしていたが、一成は気を取り直して続ける。
「……そしてこの聖杯戦争は、戦争に関係のない一般人を巻き込むものです。これ以上そういう犠牲を出しちゃダメだと思います。だから、俺はこの戦争を終わらせるんために戦います」
「……それは、君がしなきゃいけないことなのか?」
信じられないといわんばかりに、悟は目を丸くして一成を見上げる。いつの間にか、彼の掌は悟の手を強く掴んでいる。
確かに、一成がどうしても「しなければならない」ことではないだろう。アーチャーの件とて、身の安全を考えるならばとっとと忘れてしまうべきことだ。
それでも、一成は戦うと決めた。
「しなきゃいけない、ことじゃないです。俺がしたいんです。聖杯戦争をやるって決めたのは自分なんで、最後までやり遂げなきゃ気が済まないんです」
信じられないものを見たような顔で言葉を失った悟へ、続けて告げる者がいた。
「土御門はこういう理解しがたい妙なヤツですが、そういうことです」
「妙とはなんだ!!」
一成の後ろで黙っていた明が、まだ眠そうな口調で言った。一成の後ろに立って、その顔を悟に向けた。「さっき紹介されましたけど、私はそこにいるセイバーのマスター、碓氷明です」
「……あ、どうも……あなたは、願いがあって参加しているんですか?」
「そうですね。詳しく説明はしませんが、魔術師の究極の目標「根源」に至ることが願いです。ついでに、私は親からやれって言われてやってるので、ご心配には及びません」
明としては疑問の解消を早めただけだと思ったが、親が勧めるということに驚いた悟は口を開けて固まっている。今更、彼が一般人で魔術のマの字も知らなかったことを思い出し、明は付け加える。
「魔術の家系とは得てしてそういうものです。魔術は死ぬこととみつけたり、死を観念するところから始まります。死にたいわけではないですけど、恐れることでもないんです。もちろん、これが一般との死生観とはかけ離れていることは知っています。だから一般人の貴方は早くこの戦いから離れるべきです。そして、あなたの命は必ず私たちが助けます。それが私の義務でもありますし」
「安心しろ、あのキャスターは俺が殺す」
真剣な明と、薄笑いを浮かべているセイバーの姿に悟は口をつぐむしかできなかった。
黙ってしまった悟とは正反対に、アサシンは俄かに上機嫌だ。
「坊ちゃん、そういうわけなら俺は喜んで使われてやろう。特にあのクソ関白をブチ殺すあたり、気に入った」
「なんか語弊があるような……って、なんでお前アーチャーの真名知ってんだ」
一成の知る限り、アーチャーはアサシンと戦った覚えはない。悟が呪われた際にやりあったと聞いていたので、その時に見破ったのかと勘繰るも、違った。アサシンはけろりと答えた。
「ああいい忘れてたけどよ、俺らバーサーカー戦観戦してたし酒宴も見てたからな。怒るなよ、その時はコイツ見習い期間みたいなもんだったんだからな」
明と一成は驚いたが、今となっては些細なことである。どうせ共に戦う以上、セイバーの真名も知られる。しかし、セイバーは不快そうにアサシンを睨んだ。
「そう怒るなよ皇子サマ。それより、大切な神器を俺に盗まれないよう気をつけたほうがいいぜ?」
セイバーが剣呑な空気を醸し出すが、アサシンがすぐに柳に風と受け流し話を変えてしまった。すっかり話がそれてしまったが、まずは令呪の委譲を行わなければならないのだ。
「与太話はこんくらいにしようぜ。じゃ、坊ちゃん頼むぜ」
「つかお前が与太話始めたんじゃねーの。まぁいいか……山内さん、力を抜いてください」
「あ、ああ」
今度こそ一成は集中する。己の内側に意識をむけて、魔術回路を意識する。鈍痛が体に走るが、慣れた感覚故にむしろ安心する。悟も目を閉じて、余計な感覚を遮る。
「……アサシン、ごめんな、ちゃんと戦えなくて」
「いーっつてんだろハゲ」
そもそもアサシンは悟が聖杯戦争をすべきではないと思うのだ。悟は本当に余計なことばかり抱え込もうとする。むしろこの展開はアサシンとしては最高の展開である。
キャスターに呪われていると言うことさえ除けば。
「―――行くぞ」
一成が静かに告げる。握った一成の手と悟の手が強く耀きを放つ。一成に遠い記憶がよみがえる。アーチャーを召喚し、自分とは別のモノに魔力が流れつながる感覚。その感覚が再び蘇るとともに、彼はまた戦いに身を投じるのだ。光が満ちる。
「―――告げる!汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」
アーチャーと契約を交わしたのも、既に遠い過去のようだ。魔力が場に満ちて吹き荒れる感覚を思い出しながら、一成は覚悟を新たに高らかに宣言する。
「―――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」
「アサシンの名に於いて誓いを受ける。お前を我が主として認めよう―――!」
アサシンの太い声が、地から響くように呼応する。一瞬の魔力風が吹き抜けた後に、一成はすでにアサシンとの間にパスがつながっていることを確認した。
右手の甲には、悟の甲にあった令呪が浮かんでいた。
「――契約は無事済んだみたいね」
「おう。坊ちゃんの魔力が流れてくるな。流石に悟のよかはいい魔力だ」
アサシンに魔力を供給する必要がなくなったことで、悟の体は今より若干楽になるはずだ。明は一仕事終えた一成に向けて肩を叩いた。
「お疲れ様。夜になったらまたやりたいことあるから、ゆっくりしててよ」
明は棚の上にある灰皿に手をかざして穢れ切った人形を燃やしてから、セイバーを連れて部屋を出た。
*
何と自分は愚かなのだろうか。
何と自分は勘違いをしていたのだろうか。
何を自分は一人を気取っていたのだろうか。
本当に死の淵を覗きこむまで気づかなかった。
彼の従者は、何度も何度も言っていたのに。
「命を賭けるなんざ、命しかない奴がやることだ」と――。
彼は「聖杯戦争を戦うためにこの世に現れた」と言った。何でも願いを叶えるという「聖杯」なるものの使用権を巡る争いに、自分は「参加する」と宣言した。己の命をかけて、取り戻したいものがあると、暗殺者の英霊に告げたのだ。
自分がつまらない人間だと、何のとりえもないと思っていた。
それは今も変わらない、変わらないけれど――恐ろしかった。
己の命を失うことが、ではない。
命を失うことにより、二度と妻と、娘に会えなくなることの方が恐ろしかった。
―――聖杯など、いらない。時を戻さなくても、妻と娘は消えない。
そんな些細なことにすら、これほどに追い詰められなければわからない。気づいたところで、自分の命は消えようとしている。
酷く体が熱かった。下半身はもう自分のものではなく、ゴムの塊がくっついているだけのように感じる。痛みはないが、息が出来なくて苦しい。眼を開いていると思うが、世界は闇に包まれている。ここではないどこかへ引きずられていくような感覚に、底知れぬ恐怖を覚えた。
その中で、己の手が何かに触れる。温かく、武骨な手のようだ。苦しみ以外の全ての感覚が消え失せていく中で、唯一道しるべの如く頼れたのはその暖かさだけだ。
その手が誰のものだかわかる。全てを始めた、暗殺者。
その彼に伝えるべく、雲をつかむように、声を絞り出す。
果たして本当に彼に伝わっていたのか、自分にはわからない。
ごめん、俺は、戦えない――確かに伝えるように、何度も何度も繰り返す。
そうして全てを吐き尽くした後に、残った一つだけの願い。
「―――助けてくれ」
一成も明とセイバーの後に部屋を去ったため、今この部屋にいるのは悟とアサシンだけだ。アサシンと悟を繋いでいたモノは失われたが、彼らは何一つ変わっていなかった。
「……アサシン」
「何だ」
「俺ってすごく場違いなとこに紛れ込んでたんだな」
「そうだな」
悟が他のマスターと顔を合わせるのは、一成と明が初めてだった。そもそも魔術の存在を知らなかったのだから当然である。
魔術、サーヴァント、聖杯戦争、全くの別世界の話に少し慣れたかと思ったやいなや、再び自分とは全くかけ離れた世界の事象だと思い知らされた。
最も違うのは価値観である。
一成の方はまだ理解できた。アーチャーにこだわることはともかく、一般人に被害を出さない為に戦うということは悟にもわかる。
だが、セイバーのマスター、碓氷明の方は本当に理解ができなかった。「根源」なるものは見たことも聞いたこともないし、その上「死はいつもそばにあるもので、恐れることではない」という感覚は理解しがたい。
こんな危険な戦いに「戦え」と向かわせるその親の気持ちも分からない。それに、彼女のサーヴァントはかつてのアサシンのマスターを殺したという。
明とセイバーは悟を助けようとしてくれていることは間違いないのだろうが、何を考えているのかわからないのが正直なところだ。
「アサシン、魔術師ってのはあの碓氷さんみたいなもんなのか?」
「さァな。俺は関わったことがねーからよくわかんねーや。だけどお前と同じ常識で生きてはいないヤツらだろ、前のマスターもそんな感じだったしな」
「そういや、前のマスターはなんで殺されたんだ」
セイバーに殺された、という事実だけ知っているが、悟は経緯を聞いていない。悟の知るアサシンは、乱暴だが気のいい奴である。決して悪い者ではなく、おめおめマスターが殺されるのを黙って見ていたとは思えない。
「前のマスターとはソリが全然合わなくてな。そりゃもういつか裏切ってやろうと次のマスターを探すくらいにな。んで、マスターと言い争いになって、いいって言うまで戻ってくるなみたいなこと言われてな、んじゃそんならいいわって思って離れてた隙にセイバーにマスターを捩じり殺された。令呪を使う間もなかったんだろうな」
アサシンは褞袍の中から煙管を取り出して吸い始めた。にやりと口角を上げてからからと笑う。
「ま、今となっちゃむしろ殺してくれてありがとうってくらいだけどな。あんなんといつまでもいられっか」
「……ありがとうって……」
流石にあんまりな言い草に、悟はアサシンを睨んだ。アサシンはおや、と言わんばかりに紫煙を吐き出してから笑う。
「確かに俺は弱きを助け強きを挫く、庶民の
権力と権威に抗う者。全うに対抗できるならば、全うに対抗するに如くはない。だが、それができなかったからこそ、庶民は義賊のアサシンを生み出した。
しかし、義賊と称えられても彼は所詮盗賊であり泥棒であり、法の外にあるものである。全うな正義の味方が、法の外にあっていいわけがない。
「ま、前のマスターは運がなかったってこった。流石に傍にいりゃあ護るくらいの事はしたぜ?マスターがいないと現界できねーからな」
「……運。じゃあ、俺は運が良かったってことか?」
「どうだろうな。俺を拾わなきゃこんな死にかけの目に遭わなかったろうよ」
確かにアサシンを拾わなければ、生死の境をさまようことはなかっただろう。
だが、会わなければこんな簡単なことにすら気づかないままだったかもしれない。悟は悪い顔色のまま、精一杯の空元気を見せた。
「……いや、お前に会ったのはラッキーだったよ」
「そうかい。じゃ、俺はお前を死なせないように頑張ってやるか。あと、とりあえずセイバーたちは信用しといても平気だろ」
彼らの事を何を考えているのかわからない、と感じていることを読まれたようで悟は驚く。「え?」
「お前がいま、俺と会話ができるくらいの状態で済んでるのはどうしてだと思う?」
「それは土御門君が魔術を使ってくれたからじゃないのか?」
「それもあるけどな、坊ちゃんのは状態が安定した前提があるから効果を上げてんだ。――今お前の体には、あのセイバーの剣、宝具が入ってる」
「えっ!?剣!?」
剣が身体に入っているなど正気の沙汰ではない。悟は慌てて腹を触ったが、アサシンに頭を叩かれた。
「阿呆。魔術礼装だからショーみたいに串刺しになるわけねーだろ。とにかく、あいつらは宝具って切り札をお前に貸してくれてんだ。しかも大盗賊たる俺の前で」
一成がマスターになったということもあるが、悟が体から剣を出しさえすればそれを盗むこともできる。伝説上、セイバーが剣を失えばその戦力が落ちることは目に見ている。
それでも明とセイバーは悟を助ける為に、その剣を貸した。
「アレは神の剣だからな。今のお前は神様に護られてるってヤツだ」
「そうなのか」
悟は己の体をしげしげと見てから、一成を見た。「なんか申し訳ないな、土御門君と碓氷さんに」
「おいお前が一番申し訳なさそうにするべき相手は俺だぜ?俺はなんて人身御供なんだマジ涙がちょちょぎれる感動巨編じゃねーか」
今では状況もありに共にキャスターたちに立ち向かうことになったが、最初は「俺を好きにしていいからこいつを助けてくれ」から始まったのだ。自害を命じられてもおかしくない事態にもなりかねなかった。悟はやっと思い出したように言った。
「そういえばそうだった」
「そういえばかよ!……ったく、もう寝てろ、無駄な体力使うな」
安定しているとはいえ呪いが体を蝕んでいることに代わりはない。悟自身も喋って疲れたようで、素直に目を閉じた。
しかし、アサシンと悟が運が良かったのは事実であろう。本当にキャスター陣営に勝てるかどうかは別として、一成、明、セイバーはキャスターを倒すという点では利害が一致している。それに、一成と明は基本的にお人よしなのだ。魔術師であろうとなかろうと、お人よしはお人よしだ。
そして権威と権力に抗う者としてはやや業腹ではあるのだが、おそらく悟に対するアサシンの態度と明というマスターに対するセイバーの態度には相通ずるものがあるのだ。それを感じたからこそ、割合あっさりとセイバーはこちらを信じたのだろうとアサシンは思った。
手段を択ばないということは、汚い手をよしとすることだけを意味するわけではない。目的を成すためなら、どんな苦痛や屈辱も耐え忍ぶことも含むのだ。