Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月5日③ ここは敵地

 ホテルを出発する前に、一成が事前に作っておいた人形を悟に貼り付けた。セイバーが神剣を彼の体の中から抜出し、今度は明の中に収める。神剣の加護を失った悟は苦しそうに呻き声を上げるが、しばらくは人形が呪いを吸ってくれるだろう。だがそれも長くはない。

 人形が呪いを吸えるのは、長く見ても一時間程度。それから呪いの進行が再開し、明け方には悟は死に至るだろう。それまでにキャスターを打倒しなければならない。

 

 念を入れて、ホテルからセイバーとアサシンは別行動で大西山に向かう。明と一成はセイバーと共に飛行にて大西山へ向かい、アサシンはホテルから霊体化・気配遮断をして向かう。空に雲は四割程度といったころで、雨が降りそうにはない。

 時々風で流される雲が月にかかり、世界をより暗くする。

 相変わらず明はセイバーの腕に抱きつき目をつむり、念仏を唱えていた。仏門の魔術師ではないのだが、実に現金なものである。

 

「土御門、アサシンはついてきてるか」

「ちょっと遅れ気味だけど、あいつは場所知ってるから大丈夫だ」

「それもそうだな」

 

 其の時寒風に煽られながら、一成は目の前の黒い塊に目を見張った。「--碓氷、セイバー、あれだぞ。めちゃくちゃヤバい感じだろ」

 

 一成の言うとおり、目の前の大西山はかつて見た大西山ではなかった。標高四百メートル程度の小山の上には星と上弦の月が輝いているのにも拘らず、胸が悪くなるような魔力が迸り、肌を粟立たせる。その魔力の質が奥にいるはずのキャスターの本質を示すように感じられた。

 

 鬱蒼とした森の中を通る道路を辿り、セイバー、明、一成は登山口付近に着陸した。

 いっそのことアサシンの宝具の中に入って、気配遮断をして山の奥深くまで入っていくという方法を取りたかった。

 だが、明たちを宝具から出す瞬間にはアサシンは実体化せねばならず、同時に気配遮断も解ける。そうすれば、アサシンの存在が割れる。

 

 ――敵に気づかれた状態では、アサシンの宝具は使えない。ゆえに、アサシンは姿を現すことはできない。

 

 高所が嫌いな明が蒼白な顔のまま何度も深呼吸を繰り返しているうちに、セイバーは一成に目線を送った。

 

「あと少しだ」

 

 あと少しでアサシンも追いつくらしく、それを待ってから行こうと決める。明がようやく落ち着きを取り戻す。彼らは眼前にそびえる暗い山を見上げた。ここから五分程度で登山口であり、キリエとキャスターの結界の境界近くである。

 

「……明」

「食べたサンドイッチが現世にリバースしそう……、大丈夫もう大丈夫」

「ならいい……ッ!!」

 

 風を切り、何かが近づいてくる。気配は間違いなくサーヴァント。セイバーは迎撃の体勢をとるが、相手は斬りかかるでも襲い掛かるでもない。

 そして接近しすぎることはなく、害することには興味がないとばかりにその神秘を披歴する――!

 

 セイバーはとっさに一成に視線を走らせたが、彼は苦い顔をして首を横に振った。つまりアサシンはまだこの場にたどり着いていない。敵の到着が早すぎる、もっと集合場所を離れた場所にすべきだったという思考を、朗々とした声が断ずる。

 

尊きを受け継ぎし剣(つぼきりのみつるぎ)!!」

 

 翻る衣冠束帯。その英霊の手には、脇差程度の大きさの刀は白き光を放ち輝いている。鬱蒼とした森の中、月よりも輝くその剣を手にしたアーチャーが、その姿を三人に見せた。

 

「おや、剣を手にしておらぬご様子」

 

 前回に宝具を開帳した時とは感触が違うことに気付き、アーチャーは早くもその原因に気付いていた。

 

「……一昨日ぶりだな、アーチャー」

 

 地を這うような声音のセイバーに対し、アーチャーは飄々としたものだ。

 

「ようこそセイバー。知っているとは思うが、登山口はあちらじゃ」

「待て!」

 

 宝具を解放するだけ解放して、アーチャーは再び森の中へと姿を紛れさせた。バーサーカー時のことを思えば、あの宝具はアーチャーがセイバーを視認できなくとも、その魔力を把握できる程度の距離ならば有効だった。

 明は表情を変えぬセイバーへと声をかけた。

 

「セイバー、大丈夫?」

「問題はない。お前たちで言えば両手両足に百キロの重りをつけて水中で行動する感覚のレベルだ――ふむ、アーチャーはあの宝具を使っている間はそれに注力している為にあまり戦闘自体はできないのかもしれないな」

 

 それは大問題ではないかと明は言おうとしたが、セイバーはその点に関してはそれ以上言わない。どうにかする方法もなく、とにかく信じるしかない。

 

「……セイバーはいまアーチャーのお宝、いや宝具とつながってる。その匂いは辿れる」

 

 一成の言葉に、明とセイバーが振り返る。それは彼自身の言葉でなく、念話を通じて話しているアサシンのものだ。匂いを辿れる、ということはようやっとアサシンが追い付いてきたことを意味する。

 

「……遅いぞ愚か者」

「『障害物のない空を飛ぶお前の方が速いにきまってんだろーがアホ』」

 

 話しているのは一成だが、セリフは念話で伝わってくるアサシンの言葉である。そしてその言葉による殺気をモロに受けるのは一成で、とばっちりである。

 

「……アーチャーは宝具を解放しているが、お前の方は」

「『言っただろ、宝具が開帳されるタイミングじゃねーとダメだって。悪いな』」

「……とにもかくにも、アーチャーの宝具を解除しないとだめみたいだね」

 

 明が嘆息して山を見上げる。外から宝具を放てば早い――明たちがそう思うのならばキリエもその危険を承知していたはずで、それをさせないが為のアーチャーとその宝具である。セイバーの宝具を制限したら、アーチャー一人でセイバーを相手取ってやる必要もない。

 

「土御門、アーチャーの場所が分かると言ったな。ならばお前が先導しろ。行くぞ!」

「視覚強化と身体強化を忘れないで!」

 

 そして三人は、黒々とそびえたつ鬼の山へと向かう。

 ひとまずの目的は、アーチャーだ。

 

 

 

 

 登山口ももちろん森に囲まれていて街灯もなく、月と星の光だけが頼りだ。だがそれでも十分周囲を視認できるのは、霧に包まれているとはいえそれだけ月が明るいこともあるが――飛び交う焔――狐火、火の玉の類のせいでもある。

 一成を先頭に、一行はアーチャーの下へと急ぐ。セイバーはともかく、明と一成には慣れぬ山道である。それを身体強化任せに上っていく。

 

「……四枝の浅瀬(アトゴウラ)――別にいいけど」

 

 ぼそりとつぶやいた明の言葉に、セイバーが振り返る。「何だ?」

 

「いや、ここはもう結界内でキャスターに認識されてるからだけど、とりあえずキャスターを倒すまでは出れなさそうなのが、ルーンの四枝の浅瀬(アトゴウラ)に似てるなって」

 

 四枝の浅瀬(アトゴウラ)は、ルーン魔術における一騎打ちを約束する大禁戒。もちろんルーンなど知らないキャスターが扱うものは違うが、この陣地の効果はそれに近い。

 

「――どちらかか死ぬまで出れないってことか?」

「どうせそのつもりなのだ、関係ない」

 

 一成は息を呑んだが、セイバーは大きな反応を示さない。明は他に何か言うべきことはないかと、昇りながらあたりを見回している。

 

 元々、大西山は優れた霊地であり、その霊気の強さゆえに魔術行使にも悪影響を及ぼしかねないほどでもあった。だから注意して魔術を行使するのは当然である。しかし、今山を覆うこの霧はキャスターによる魔力の霧だ。普通は体内で生成した魔力――小源(オド)により魔術を行うが、これだけの濃さがあればこの大気中の大源(マナ)から魔力を得て魔術を行える。

 つまり、ここにいる限り明や一成は魔術を使い放題ということだ。

 だが、一つ問題があった。

 

「土御門、魔力は確かにたくさんあるけど、これを使っちゃだめだね。やっぱり小源の魔力でなんとかしないと」

 

 なるほど、確かに魔力は満ち満ちている。しかしその魔力は――穢れきっている。普通魔力は無色透明な力であるが、これが無色と片腹痛い。これを言うなれば熱病を起こさせる山の瘴気。かつてセイバーを殺した山の神が放つもの。

 

 瘴気でも魔力は魔力。取り込み魔術を行使することはできるだろう。だがその代償として、術者の体にどのような害があるか。喉の渇きを癒すために海水を飲むような愚行だ。

 一成とて明ほど明瞭に言語化するほど理解はできていなかったが、感覚としてよくないものであることは了承していた為、頷く。

 登山口付近に足をつけたときから、あの頭痛――碓氷邸の地下室とホテルの廊下で感じたものに近しい悪寒がずっとしているのだ。

 

「わかった」

 

 

 

 登山道は登山道としてあるのだが、そもそも人の立ち入りが乏しい山である。道の両側は鬱蒼とした木々に囲まれて、月の光りさえも遮る。枯れ落ちた木の葉がふかふかと足を沈める。正式な登山道なのに整備が不十分のために荒れ放題、草が生え放題蜘蛛の巣が張りっぱなし、しかも夜の為にとても歩きにくい。

 

 その上キャスターの使い魔であろう子鬼の類がそこら中にうろついている。最初はセイバーが律儀に倒していたが、ちらちらと見える上に襲ってはこない。

 おそらく戦闘能力は高くなく、伝令、使い魔のようなものであろうと、途中から放置することにした。

 ざくざくと山を登っている最中、いきなり一成が足を止めた。

 

「さっきからちょこちょこ変なモンが見えるなって思ってたけど、そこ、変じゃねーか」

 

 一成は登山道の脇の、草が生い茂った場所を示した。明もその場所をじっと見つめると、何かに気づいたようにがさがさと草を掻き分けて何かを引きずり出した。

 三十センチ程度の長さの木片――よく見ればそれは人の形をした木片だった。

 そして黒々とした墨で呪文が書かれている。明はそれを素手で掴むと、ほうとつぶやいた。

 

「よく見つけたね。これ、多分結界の基点だよ」

「えっ」

「これを山中に配置して、キャスターの結界――陣地を起動させてるみたい。もう結界自体は動いてるけど、これを潰していけば結界を壊せると思う」

 

 そう言うと、明は短く何事かを唱えた。すると人型は甲高い音を立ててはじけ、跡形も無くなった。土御門の陰陽道と元を同じくするもの――平安の世に生まれた呪いが使われている為に、系統の違う明より一成のほうが気づきやすいのだろう。

 

「それにしてもこれ、むかつくことにあくまで自然物を加工して作ってる。腐ってもキャスター、おまけに元山の神の眷属で鬼神だからかな……」

「?なんでむかつくんだよ」

「自然物ってことは、そこにあってあたりまえってこと。道端に石ころが落ちてても普通だけど、一億円の入ったバッグが落ちてたら事件の匂いがするでしょ」

 

 要するにキャスターは自然物を偽装して結界の基点を作っているから、それが基点だとはわかりにくくなっているということだ。

 

「じゃあ俺は変なもんが見えるとこを見つけたら、今みたいに人形をぶっ壊せばいいんだな。っていうか昨日アサシンの偵察で見つけた結界とは別なのか?人払いとは」

「――別物、みたい。昨日見つけた人払いと魔力を漏らさない結界は多分、キリエスフィール作。さっき土御門が見つけた基点は、それじゃなくてキャスターの陣地作成を成すもの」

 

 この山は結界が二重に覆いかぶさっているようなもの、と明は締めた。しかしキリエのものは周囲への対策、異状を外に感知させないことと魔導の秘匿の為で、無害ではある。問題は勿論キャスターの陣地結界だ。

 

「けど結界の基点がいくつこの山にあるのか……セイバーのでぶっ壊してもらうつもりだけどさ」

 

 流石キャスターというべきか、生命力を吸い取る類の凶悪なものではないとはいえ、よく自然に溶け込ませたものだと感心する。どの程度この基点があり、どの程度壊せばいいのかは未知数だが結局はセイバーの宝具で木端微塵にしてもらえばいい。

 

 それでも一成は基点を壊していく気らしく、周囲に気を配りながら上っていく。通りかかる子鬼程度の使い魔は、セイバーが手を出さず明が魔術で退治していく。

 アーチャーの気配を探りながら、セイバーは周囲への警戒を怠らない。

 

「……ところで、アーチャー以降、使い走りのような子鬼程度で何故他は何も出てこない」

 

 セイバーを倒す為に最も手っ取り早いのは、キャスターの全勢力で一気にかかることだ。一体一体ずつ敵を出すなどまどろっこしい上、逆にセイバーには倒しやすい。しかし今、アーチャーの宝具の支配下にあるセイバーは剣を使えない。

 とすれば徐々に力を削いでいこうという思惑なのか。

 

 キャスターの動向を訝しみながら一行は山を登っていくと、少し急だった登りが緩やかになった。先頭の一成が振りかえる。

 

「あの先にアーチャーがいるみたいだ」

「わかっている。しかし」

 

 一成に言われずとも、セイバーと明は背筋に悪寒を覚えていた。三人は、揃って道の先を見上げた。この圧倒するような感覚は――サーヴァントのもの。

 いや、アーチャーの気配だけとは思えず、かといってランサーとキャスターほど強烈なものではない。明が口を開きかけたが、セイバーがそれより早く弾かれたように山道を駆けのぼる。

 

「様子を窺っていろ!」

 

 セイバーはそういい捨てた。枯れた木の葉を舞い上げながら、駆け上がり飛び出した先には開けた場所があった。視線の先の一番奥には、宝具を携えたアーチャー。そしてその前衛に男と女の異形。身長二メートルに近い男は、紅い鉢巻を風にたなびかせている。爛々と輝く金色の瞳に、喜悦ともとれる笑みが浮かんでいる。

 

 それよりも目についたのは、その肩に担がれた男の身長ほどもある金棒。相手を威嚇するような棘が無数に生えた凶悪な武器だ。

 女の方は銀色の双剣を手にして、長い黒髪を頭で一つに結っている。キャスターと揃いの巫女服に身を包んでいるが、色は普通の白衣に朱い袴だ。

 双方、人間ではないことを承知しているが、サーヴァントとも言い難い。

 

「セイバー!」

 

 セイバーは様子を伺えと言い捨てたはずだが、明と一成はむしろ急いで追いついてきた。護るように二人を手で遮り、向かい合う敵を睨みつける。月光よりもちらつく青白い鬼火が二人の姿を照らし出す。

 

「おいアーチャー、あれがセイバーか!?」

「そうだ」

「思ったより小さいのね」

 

 男と女は堂々とセイバーの前に立ちはだかって、何やら楽しげに会話する。アーチャーは二人の後ろにいるままだ。

 

「何者だ」

「おうおう、良く聞いてくれたな!俺は星ぐギャアアアア何すんだ虎ぐおおおおおお」

 

 男が威勢よく名乗ろうとしたが、女が左手の剣で男の首を狙った。それに対して男が文句を言おうとしたところ、女は足を突き刺しにかかった。

 以上が今の悲鳴の成り行きである。

 

「貴方はバカなの?お頭から名乗るなと言われたはずよ」

「そうだっけか?」

 

 お頭とはキャスターのことだろうか、それともアーチャーのことか。しかし平安の貴族たるアーチャーが部下に「お頭」と呼ばれていることは想像しにくい。ならばキャスターの眷属かとセイバーが考えていたところ、片手に宝具、片手に扇と優雅を崩さないアーチャーが口を開いた。

 

「私は戦わぬゆえ、そちらに任せる」

「ケッ、命令すんなクソ貴族。お頭はお前のこと怒ってねぇみてーだけど、俺らはちげぇんだよ」

 

 鉢巻を翻して、男はアーチャーを睨みつけた。碓氷邸での様子を振り返ると、キャスターとアーチャーは特にいがみ合っている雰囲気はなかった。

 だが、むしろそちらの方が不思議なのだ。直接ではないとはいえ、アーチャーは生前キャスターたちの討伐を命じた者である。

 

 アーチャーは男の喧嘩を買うことなく無言を貫き通したため、男もそれ以上つっかかることはなく、獰猛な笑みと共にセイバーへ振り返った。

 

「久々の娑婆だ。楽しませてくれよ、セイバーとやら」

「……殺されたいのなら殺してやらないこともない。だがお前たちはサーヴァントか?」

「違うわよ。私たちはマスターなんかに従わない」

 

 金棒の男、双剣の女は嬉しそうに口角を吊り上げている。アーチャーが参加しないところを見るに、やはりあの宝具を使いながらの戦闘はやりにくいか、実質不可能なのかのどちらかだ。

 その宝具に縛られているセイバーだが、目の前の二人からは脅威を感じない。

 

 男と女もこの世ならざる者ならば、こちらの強さが分からないはずはないだろうが、二人は恐れるでもなく怯えるでもない。そうして女は双剣をセイバーに鋭く向けた。

 

「私たちに勝てても、殺せるとは思わないことね。先に行きたければ、私たちをちゃんと殺してからにしなさい」

「冷静な顔してやる気満々なのはおめーじゃねーか!!」

 

 男が渾身のつっこみを入れる。とにかく彼らはセイバー達を先に進ませる気がない。そしてセイバーは一度アーチャーの宝具を解除させなければならない。ならば、この程度の敵はさっさと片付けてしまうに尽きる。

 セイバーは徒手空拳のまま、男と女に向かって突進する。

 

「剣を使わず相手を殺すのは――現代風に言えば、ステゴロといったか――!」

「おっ、いいねぇ!」

 

 男の剛腕によりうなりを上げ、周囲の木をなぎ倒しつつ上から振るわれる金棒を、セイバーは紙一重で左に避けて躱す。それを見越していた女の双剣が真横から襲い掛かり、セイバーを三つに切り裂こうとする。

 その二振りの剣の軌跡を見切り、まるで横に振るわれる剣の上を転がるようにして――軽やかに着地する。女の脇から飛び出してきた男の金棒が目障りと言わんばかりに、セイバーはその怪力乱神の如き拳を圧倒的質量の鉄塊に振るう――!

 

 鉄の匂いがぱっと舞った。同時に凶悪な棘のついた鉄塊がみしりと歪み、ついに可笑しな形に拉げた。男は目を丸くしたが、それは一瞬。深く笑みを刻んだまま、すぐさまその鉄塊を投げ捨てると太く鋼鉄のような両腕でセイバーに襲い掛かる。

 

 その掴みかからんとする両腕を、セイバーは己の両腕で掴む。お互いに人知を超えた怪力の主ゆえに、足をつけている地面が深く深く沈みこむ。このような力比べはセイバーもやぶさかではないが、そうそう楽しんでいる場合ではない。

 セイバーが急に力を抜き、力のバランスが崩れた男は不意に前のめりになって体勢を崩す。

 

「は―――!」

 

 セイバーは背を低くし、男の手を振りほどくと一気に脇を抜けて後ろから男の背中を回し蹴りで吹き飛ばす。二人が組み合っているところを狙った女の剣は狙いを外し、男は山の木々をへし折りながら呻き、闇の中で見えなくなった。

 

 女とセイバーは三メートルほどの間を開けて対峙する。ぽつぽつと浮かび上がる鬼火が仄かに彼らを照らす。セイバーは土を蹴り上げ、女を睨みつけた。

 

「お前たちの力は把握した」

 

 セイバーは剣がなくとも、攻撃力そのものは落ちない。人を素手で殺す膂力はもちろん、彼自身もとある武術の祖でもある。

 

 合気道――天地と気を同一にし、合理的に体を使い体格で劣る者が体格で勝る者に勝つことも可能とする武道。これが現代の形に整えられたのは明治・大正期であるが、その源流を遡れば太祖は日本武尊にまで至る。

 

 しかしセイバーのそれは現代の合気道と異なり、精神修養や身の修練を目的としたのではなく、いかに敵を早く簡単に確実に屠るかに重きを置いた殺人術である。

 そしてセイバーが見るに、彼らはキャスターにより召喚された部下。とすれば、キャスターよりも遥かに能力は落ちるはずである。パラメータの下がっている自分が苦戦しないのだから彼らはそういうものだ。

 セイバーはそう結論づけ、一気に踏み出して女に襲い掛かる。

 

「く……!!」

 

 女が剣を振り下ろす。セイバーがその首を狙う。どちらが早いか、勝負は刹那。木の匂いが満ちる中にセイバーの腕から血が滴る。右腕を深く切っているがその腕は女の首を捉えて、人知を超えた力で押しつぶす。鈍く低い音が地を這うように響き、女の首があらぬ方向に曲がり、体に入っていた力が抜ける。

 

 しかし、「きちんと殺す」ことが信条っであるセイバーは左手で女の肩を掴むと、首を持つ右手を捻り千切った。

 

 セイバーは球体を放り投げ、血糊が降りかかることも気に留めず強く握られている双剣を奪い取った――その時、木々の奥――先ほど男を蹴り飛ばした先から獰猛な獣のような咆哮が山を揺らした。

 

「うおあああああああああ!!」

 

 重戦車の如き重々しさ、ミサイルの如き勢いで飛び出し襲い掛かってきた男の顔は、まるで鬼のように赤い。

 其れに反し、冷静そのもののセイバーは奪い取った双剣を振り上げる。

 

 双剣と巌の拳が激突するその刹那、セイバーは殺ったと確信を抱いたその時――マスターから供給される魔力に大きな揺らぎが生じた。

 予想しなかった事にセイバーの動きが一瞬鈍る。

 

 その隙を逃す相手ではなく、双剣が振り下ろされる直前に拳はセイバーの腹を激しく撃つ。

 

「……っ!!」

 

 完全に攻撃態勢であったセイバーは防ぐ暇もない。体の芯まで破壊するような衝撃に吹き飛ばれて、したたかに体を打った。すぐに立ち上がると、狂戦士を彷彿とさせる勢いで襲い掛かってくる男を躱し、上ってきた登山道を見る。

 

 よろよろと立ち上がった一成と目があい、その一成は叫ぶ。

 

「碓氷が敵に連れてかれた!俺が行く!!」

 

 土御門は右手に呪符を握りしめて、登山道から外れた横道に足を踏み入れる。セイバーは「待て」と声を出したが、すぐさま現在の状況に引き戻される。

 足が、動かない。

 先ほど殺したはずの女が、胴体のみで地を這いセイバーの足をからめ捕っている。

 

 万力にも等しい力で掴まれる。飛び上がった男が、拉げた金棒を力任せに振り下ろす――!セイバーは動かせないつもりならそれでよいと言わんばかりに地を踏みしめて双剣を捨て、金棒を受け止める。

 みしみしとセイバーの矮躯がさらに小さくなるほどの強力を、受け止める。これまでランサー、バーサーカーと戦った時には多少なりとも表情のあったセイバーだが、今はその表情には能面のようになにも浮かんでいない。

 

 しかし、その声色はこれまでなく冷え冷えとしたのであった。

 

「……首と胴体を離すだけではダメというわけか」

「お前に、私たちは殺せないぞ?」

 

 どこから声が出ているのか、首のない女は嘲笑う。

 


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