Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

54 / 108
12月5日⑤ 世に盗人の種は尽きまじ

「……は?」

 

 セイバーの意図がつかめていないのは男だけではなく、明と一成も同様だった。

 

「仮にお前たちが俺を倒したとして、その後だ。ガンナーとかいう謎のサーヴァントはいるが、他は全て一人のマスターのサーヴァントだろう。お前たちの共食いだ。そして戦闘能力を見るに、アーチャーはキャスターとランサーには劣っている。しかし宝具の性質ゆえにアレは俺に対しては有利だ」

 

 それはここにいる誰もが承知していることだ。キャスターとキャスターの眷属である男も、他陣営を消滅させてから三騎で戦うという青写真を描いているのだ。

 

「俺が消え、丸丸アーチャー、キャスター、ランサーが残る。キャスターの眷属よ、お前が最高とするのはその結末だろう。だがその絵はアーチャーにとって望ましくない。アーチャーがこの戦いで臨む最高の結末は、俺がキャスターとランサーを、深手を負いながら消滅させることだ」

「それは聞き捨てならぬな、セイバー」

 

 その時、木々をかき分けて飛び出してきたものがある。遠くからセイバーらを監視していたのであろうアーチャーだ。

 見事な衣冠束帯は、セイバーに一度吹き飛ばされた故に少しほつれている箇所があったが大きな崩れは見られない。弓と剣を手にしているアーチャーは、神主服の男に近づいた。男とて既に臨戦態勢の雰囲気を醸し出している。

 

「ほう、何が聞き捨てならないのか?」

 

 漏らさずセイバーと男のやり取りを聞いていたアーチャーは、困ったように肩をすくめた。

 

「仮に私がそう思っていたとしても、令呪があろう。それに私はもうそなたに宝具を使っていたろう」

「それはそうだ。だが、マスターにとって令呪を無駄に消費するのは避けるべきことだろう?それに既に一度、お前の宝具の拘束はほどけている。なのに、お前は再度宝具をかけようとはしない」

 

 セイバーに一撃を加えられたことで一度宝具の使用を切断させられたとはいえ、再度使用には問題がないはずだ。そして、アーチャーの宝具はセイバーを視界に入れなければ使えないのではない。それでもアーチャーはあの剣を再度開帳しようとしていない。

 

「そなたはそなたのマスターを巻き込みかねない状態では、大規模な宝具を放たないであろう。それに、剣を持たぬそなたでは縛る意味が薄いようじゃ。ならば無理に開帳せずとも、抑止力としてあればよいであろ。マスターの魔力を無駄遣いするものではない」

「――もう明は俺の近くにいる。それに、お前のマスターは最強のマスターと聞いている」

 

 沈黙が落ちる。神主服の男とアーチャーの間には、妙に険悪な雰囲気が流れている。

 明はセイバーが何をやりたがっているのか見当がついた。

 神主服の男とキャスターは、生前人間に討伐された悪鬼――その上、討伐の命を下したのは生前のアーチャー当人である。

 

「俺たちは決して嘘をつかず信用したにもかかわらず、それを裏切る人間どもにいわれたくないな」―――

 

 キャスターは「人間を恨んではいない」と、碓氷邸での酒宴で言った。だが、彼女の眷属たちも同じであるとは限らない。頭数では劣るセイバー陣営に対し、彼らを団結させてはいけない。それに、アーチャーの言うとおり、開帳されずとも抑止力としての壺切御剣には意味があるのだ。だから、もう一度開帳してもらわ(・・・・・・・・・・)ねばセイバーは困るのだ。(・・・・・・・・・・・・)

 再開の口火を切ったのは神主服の男だった。

 

「なら、さっさと再び縛るといい。魔力のことは気にしなくていいと、知っているだろう」

 

 アーチャーは黙り込んだ。明は「魔力の事は気にしなくていい」の言葉が気になったが、確かにもう宝具を使わない道理はない。セイバーの言う通り、アーチャーは倒すまではいかなくとも、できるだけキャスター、またはランサーを倒すくらいのことをセイバーに望んでいたことは十分考えられる。

 

 アーチャーの手にある月の光を受けて輝く皇統存続の剣は、セイバーにとっては天敵そのものだ。

 

「使うも使わないも関係ない。その自慢の宝具の前に殺す!」

 

 地を踏み抜かんばかりの勢いで、セイバーはアーチャーに向かって地を蹴った。その間に神主服の男が割り込む。

 

「ただではいかせないぞ!――アーチャー!やれ!」

「そこをどけ!茨木童子!!」

 

 アーチャーの宝具が白い光を帯びる。二回目の宝具開帳の魔力消費もものともせず、再度弓兵は銀色の光を集め、その真名を再び謳う。

 

 ――だが、それと同時にこの場所にはありえないはずの声が重なる。

 アーチャーのものとは異なる魔力の凝縮。姿は見えず、気配は全く感じないが、それでもあれはここにいる。

 

 影から影に移り、光あたるは一瞬の密やかな、しかしその一瞬に命を懸ける刹那の宝具の名が、ともに謳われる。

 

 眩い光の影に隠れながらも、その神秘は確実に開帳される--!

 

尊きを受け継ぎし剣(つぼきりのみつるぎ)!!」

全ては天下の廻りもの(よにぬすっとのたねはつきまじ)!!」

 

 アーチャーの宝具がセイバーを拘束する、その直前。アーチャーの手にはその剣はなくなっており――代わりに今まで気配さえなかった大男がセイバーの隣に立っていた。

 

 その手にはアーチャーのものであるはずの、壺切御剣が輝いている。

 全てを悟ったアーチャーは、韜晦することなく敵意をむき出しにした。

 

「アサシン――!!」

「ごちそーさん。お前の物は俺の物ってな」

 

 今まで姿かたちどころか、気配さえなく突然現れた、真っ黒な雨合羽を着込んだサーヴァント。

 その姿はアーチャー流に言わせれば、かつてガンナーと名乗っていたサーヴァントである。

 

 ガンナー――もといアサシンはその場でくるりと一回転して、ぬけぬけと剣を自分の褞袍の中に入れる。アーチャーは眦を吊り上げて敵意をアサシンに向けている。セイバーは、やれやれと言わんばかりにため息をついた。

 

「全く、登山口前にお前が間に合えばこれほど面倒にはならなかったものの」

「そりゃ悪いと思ってんだ、一応。空飛ぶ速さをナメてたぜ」

 

 セイバーは不満げに傍らのアサシンを見上げたが、当のアサシンは呵々大笑して受け流す。

 

 アサシンの宝具は、ただ単に敵の宝具を奪うだけのものではない。今や壺切御剣にまつわるアーチャーの伝説まで、ごっそりとアサシンに奪われているのだ。

 

 アサシン――大盗賊として名を馳せた石川五右衛門の技量が結晶化した宝具『全ては天下の廻りもの(よにぬすっとのたねはつきまじ)』。

 その宝具は物理的に敵宝具を盗み出すだけでなく、その宝具にまつわる伝説や逸話まで簒奪し所有権を書き換える。つまり、魔力さえ事足りれば盗んだ宝具はアサシンも使用できるという、名実ともに宝具を盗む宝具だ。

 

 だが、無制限に盗めるわけではない。宝具を盗むためには対象が形のある宝具でなければならず、かつ事前にその宝具の正体を知り、担い手の真名を知っている必要がある。

 そして実際に盗む時にはアサシンの存在を敵に気づかれていない状態で、敵が宝具を開帳しなければならない。

「盗もうと思えば、三種の神器さえ盗んで見せる」とアサシンは豪語するが、英雄の最強の武装を掠め取るのは同じ英霊と言えど至難の業であるがゆえにこれほど、アサシンの宝具には使用条件がある。

 

「つーわけで、セイバー。そっちのヤツとキャスターは任せるぜ」

 

 宝具を開帳した以上、アサシンの真名は既に割れている。アサシンは常にまとっている黒い雨合羽を脱ぎ捨て、褞袍から一メートル以上はある巨大煙管を出して肩に乗せた。

 ぼうぼうに伸びた髪を乱暴に髷に結い、赤い派手な隈取をし、金糸と赤糸が主になっている派手な褞袍をたなびかせるその大男は、アサシンとは思えぬ姿で見得を切る。

 

 

「アサシンのサーヴァント、石川五右衛門。こっちの御貴族さまは俺の獲物だ。直接の恨みはねぇが、その命盗らせてもらうぜ」

 

「盗人が良く吠えたものよな。我が剣を奪った程度で調子に乗られては困る。――一成、代わりのサーヴァントを選ぶにしてもこれはなかろう」

 

 扇を口に当て、ため息交じりに一成を見る。一成は一瞬怯んで言葉に詰まったが、アサシンは半笑いで肩をすくめた。

 

「主を裏切る貴族よりは下品な盗人の方がマシなんじゃねぇの?」

「良いわ。貴様は私が相手をするような輩ではないが特別じゃ、その栄誉をやろう」

「そんなありがたい栄誉は犬に食わせてやれよ。しっかしまさか俺が殺しに行った関白の元ネタ様と戦うことになるたぁ合縁奇縁ってヤツか?」

 

 アーチャーは弓を構えて何時でも戦える体勢に移っている。アサシンも腰を落として巨大煙管を振り回した。そして一度一成を振り返る。

 

「アイツに用があるんだろ坊ちゃん。アレは俺が締め上げるが、その後はお前さんしだいだぜ?」

 

 一成は右手でぱんと自分の頬を叩くと、呪符を取り出して構えた。

 

「……ああ。やるぞ、アサシン!あと俺は坊ちゃんじゃねぇ!土御門一成だ!!」

「ハッ、今日生きて帰れたら名前で呼んでやるよ!」

 

 アサシンとアーチャーが戦いを始めたとき、セイバーと明も神主服の男――茨木童子と交戦を開始した。今やアーチャーの宝具に操られる憂いはない。

 となればやることは決まっている。――陣地の完膚なきまでの破壊。

 

「マスター、宝具を使うぞ!」

 

 敵・キャスター本体は視界に無い。だが、セイバーの宝具を解放することで陣地を一網打尽にすれば、陣地からのバックアップはなくなりキャスターは著しく弱体化する。それに(セイバーの剣を入れていた為に)無傷同様の明の魔力量なら、燃費の悪いこの宝具も二回は撃てると踏んでいる。

 

「もちろん!」

 

 一成にはアサシンがついており、明はセイバーの後ろにいる。彼女は勢いよくその許可を与えた。セイバーの霧に覆われた剣は、その覆いを解き放つ。

 

 月下にさらされた剣は、前に見た銀色の諸刃剣ではない。

 黒鋼で打たれた蛇行剣――それは草薙剣が、草薙剣という銘を得る前の原初の姿――!

 

「――八雲立つ出雲八重垣、其は暴ふ――っ!?」

 

 詠唱は途中で途切れる。否、途切れさせざるを得なかったのだ。

 押しつぶすような圧倒的な死の気配が、すぐ目の前に現前している。セイバーが悪寒を感じ、明を抱えバックステップで飛びのく。今の今までそのような気配は全く感じなかったにもかかわらず、それは忽然と、中空に姿を現した。

 

「お頭!」

 

 喜びに満ちた、神主服――茨木童子の声。その着陸の衝撃で、地が揺れる。橙色の霧のようなもの包まれた、この山の主はその威容を露わにした。

 

「何やらあちらもあわただしいようでな――私が来た」

 

 体長三メートルを越し、頭に角が五本、黄色く長い髪を振り乱している大鬼―――体は血をかぶったように赤く、腰に太い荒縄で布を巻きつけた異形がそこにあった。

 

 その肩には十歳くらいの少女を乗せている――キリエスフィール・フォン・アインツベルン。そして碓氷邸に酒宴を催しにやってきた麗しい女性の姿はどこにもない。

 だが、今目の前にある大鬼はあの女性と間違いなく同一である。

 

 セイバーは自分と茨木童子の間をさえぎった大鬼を見上げた。

 

「キャスター――酒呑童子だな」

「いかにも」

 

 キャスターは腕を組んだまま頷いた。前身は日本における最高の幻想種・水神である八岐大蛇、伊吹山の神の子であった者が、山を下りて人を食い魔物と成り果て、大江山に住み着いた日本三大悪妖怪の一、酒呑童子。

 

 かつて討伐に来たセイバーこと日本武尊を呪い殺した、伊吹山の神の申し子。

 だが、セイバーの持つ神剣の本来の持ち主は素戔嗚命――八岐大蛇を討伐した神である。

 その神威を纏ったセイバーと、かつてセイバーを殺したモノの子同士の戦いである。

 

「セイバー、随分部下をかわいがってくれたようだな」

 セイバーは不敵に笑う。「ふん、かわいがりのある連中で、思わずみじん切りにしてしまった」

「御礼はたんとするぞ。今度は父上のように呪いではなく、捩じり殺してやろう」

「貴様の父はあの程度で俺に勝ったつもりなのか。それは御笑い種だ」

 

 キャスターは肩からキリエを降ろし、茨木童子と並んで拳を握る。

 マスターであるキリエスフィール・フォン・アインツベルンは白いワンピースのすそを持ち上げ、セイバーと明に向かって丁寧に頭を下げた。

 透けるように白い肌、赤い瞳の少女が戦闘の場には似つかわしくない優雅さで微笑む。

 

「初めまして、セイバーとそのマスター。私はキリエスフィール・フォン・アインツベルン」

「ご丁寧にありがとう。私は碓氷明」

 

 挨拶を返しながらも、明はサーヴァントのパラメータに目を疑っていた。先日、女性の姿で碓氷邸に現れたキャスターは、キャスターらしいパラメーターといえばよいか――例を挙げれば筋力D、耐久Cなどと、とてもセイバーの敵になるとは思えないパラメーターであった。

 

 だが、今の数値は全く異なっている。女性の姿を取っていた時と比べ、全ての値が三倍以上の数値をたたき出している。面と向かい合っているだけで、呼吸さえ苦しくなるほどの死の匂いが漂っている。

 一秒後には物言わぬ死体となっている自分が、明にははっきりと想像できた。陣地外は弱い代わりに、真の姿を取り戻した際における圧倒的パラメータ補正。

 

 だが、それだけではこの尋常でない数値は説明がつかない。元々著名な英霊であり、かつ最強のマスター・キリエスフィール・フォン・アインツベルンを得て、さらに万全に作り上げた陣地の力。

 

(……キャスターの結界の基点、来る間に少しずつ壊したけど……)

 

 キャスターによって張られた結界には基点がある。これまで山を登りながらいくつかを破壊してきたが、それでも結界に揺らぎは無い。まだまだ大量の起点が山のそこかしこに設置されているのだ。それを一つ一つ壊して回っていたら日が昇ってしまう。

 

 ここまで気づかなかったのは、一つには魔術基盤と系統の違い――キャスターの結界のそれは土御門の陰陽道や寄りのそれで、明の西洋魔術とは異なる個所も多い。

 

 だがそれよりも、かつて神であったキャスターのスキルによるものだろうと思われる。

 伊吹山は日本七大霊高山の一つに数えられる霊峰で、そこの神の子であったキャスターが山にいついて結界を構築するのは「普通」のこと。

 そしてそこまでキャスターが力を発揮できているのは、ひとえに最強のマスター・キリエスフィール・フォン・アインツベルンの力。

 

「ガンナー……いえ、アサシンが出てきたことは想定外だけど、私のサーヴァントが他に負けるはずはないわ」

 

 キャスターよりもバーサーカーのようなそのサーヴァントは、素手で戦うつもりである。その赤い鉄のような皮膚は鎧そのもので並大抵の攻撃が効くとは到底思えない。まさに、全身が宝具。この場所そのものがキャスターの武器。

 キリエは明に目をやり、平然と茨木童子に命じる。

 

「あなたはあのマスターを始末なさい。セイバーは気にしなくていいわ」

「了解」

 

 セイバーが明の前に立ち、剣を構える。セイバーはキャスターと戦い、同時に茨木童子も相手取るつもりだ。キャスターに比べれば茨木童子は大した敵ではないが、茨木童子はセイバーではなく明を殺せ、と命じられている。それに、セイバーはランサーをも相手取る予定だ。

 明ではキャスターとランサーには太刀打ちできない。だから、明は完全なる足手まといなのだ。

 

「セイバー」

「何だ」

「宝具の使用タイミング、戦い方は全部セイバーに任せる。私のことは気にしないでいい。宝具は私に直撃じゃないかぎり、自分でどうにかする」

 

 彼女は太ももにくくりつけたナイフと、自らの魔力残量を確認した。サブも解放すれば、セイバーが大盤振る舞いの魔力の使い方をしても平気だ。

 明の様子を訝ったセイバーが不審な視線をよこしたが、明はひっそりと片手でVサインを作り、笑いながら何かを言おうとした。が、キリエが声高くキャスターに命じる声がかぶさった。

 

「さぁ、暴れなさいキャスター!!敵を鏖殺してしまいなさい!」

 

 権力と権力に抗う者。神と魔物。

 最強のマスターの鶴の一声により、今一度神話が再編される。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。