Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

57 / 108
12月5日⑧ 眷属、再び

 セイバーとキャスターは、相性から見ればハブとマングースのそれに近い。

 セイバーにとってキャスターは、彼を呪い彼を死に至らしめた原因八岐大蛇・伊吹山の神の申し子だ。既に鬼となり以前とは変わり果てた姿になっているとはいえ、その体に伝説は確実に残っている。

 そしてセイバーは神の血を強く引き、特にその神剣が示すように素戔嗚――八岐大蛇を討伐した神――の因子を色濃く持つ英雄である。またセイバー自身にも竜退治の英雄(ドラゴンスレイヤー)としての逸話がある。

 

 セイバーは魔力で編んだ白銀の鎧を纏い、神剣を携えている。一方キャスターは神経毒の酒を煽っていない。これはお互いに十全な状態で行われる、素戔嗚と八岐大蛇の神話戦争の再開と言っても過言ではない。

 

 それはまさに神話の再現だった。荒れ狂う巨大な鬼――キャスターの自然現象にも等しい暴力が渦を巻く。山の木々は容赦なく引きちぎられ、引抜かれ、セイバーを襲っては投げ捨てられていく。

 セイバーは魔力放出を惜しみなく使い蒸気を纏った剣を振るい、投げられてくる太い木々を切り裂いてキャスターの拳を剣で受ける。剣で受け止めているのだから、キャスターの拳も傷つきそうなものだがキャスターの皮膚にはかすり傷一つ残らない。そして傷をつけたとしても瞬時に回復されている。

 

 その上セイバーはキャスター一人に専念できているわけではない。キャスターの呼び出した部下の茨木童子も相手にしなければならない。しかも茨木童子はセイバーを倒せと命令されているのではなく、マスターである明を殺せと命令されている。

 

 キャスターは一撃一撃が爆弾のような攻撃を繰り出し、セイバーがそれを躱したりいなしたりしている隙に茨木童子は明へと向かう。その手には立派な日本刀が握られている。仮に茨木童子の狙いがセイバーであれば、彼は大して気にかけずに相手取っただろう。

 だが、目的が違うために茨木童子はセイバーを無視して、大回りをしてでも明だけを狙う。

 

 ゆえにセイバーは明を護ろうとするためにあまり派手に動き回れず、キャスターへ向かうはずの意識も散漫になる。

 明はそんなセイバーを見ながら、やはりこのままではよくないと思っていた。今の状態、セイバーは明を護るために意識を割いている。

 その上、何故まだ姿を現さないのか不明だがランサーもいるはずなのだ。

 

 アサシンが早々とアーチャーを倒して戻ってきてくれることを期待するのは論外だった。戦闘能力の低いアサシンでアーチャーと戦うという、あちらもあちらで分が悪い戦いを強いられているのだ。

 明はセイバーらに巻き込まれないように距離を置いて後ろに立っている。棒立ちまでとはいかずとも、周囲を伺っていることしかできていない。意を決し、彼女は念話を飛ばした。

 

『セイバー、やっぱり茨木童子は私がなんとかするよ』

『!?何を言っている!?もう神剣はないぞ!!』

 

 神剣があれば致命傷を負っても回復させられるが、今はそれはセイバーの手にある。明は既に殺されれば死ぬ体である。

 

『知ってるよ。だけどこのままだとセイバーだってキャスターに集中できないし、キャスター化け物みたいなパラメータだし。いやあここまでとは思わなかったなぁ。私ここにいても足手まといだし、自分でなんとかするよ』

 

 この場でも緊張感のない明の念話とその内容に、セイバーの方が早くも堪忍袋の緒を切っていた。

 

『いいわけあるかこの痴れ者が!相手はサーヴァントほどの力はないが、人間が相手にすべきものではない!!殺されるに決まっている!!』

 

 予想した通り、セイバーは真っ向から反対してきた。だが呑気に口論をしている場合ではない。影魔術はサーヴァントに有効で勝ちを拾いに行けるとも明は伝えたが、セイバーは決して諾と言わない。

 

『いいから大人しくしていろ!死なれることが一番困る!!』

 

 結局のところ、セイバーは明が茨木童子に勝てるとは思っておらず、明は何とか勝てると思っていることで大きな断絶がある。明とて危険に身をさらしたいわけではなく、セイバーの発言する気持ちもわかるが、この状況でサーヴァントの魔力タンクに甘んじて良いとも思えない。

 

「――!」

 

 セイバーが明の斜め右前に滑り込み、回り込んで襲い掛かってきた茨木童子の刀を払う。

 刀が弾かれた刹那、明は意を決してあえて左――鬱蒼とした登山道から外れた道へと駆け出した。木の根っこや切株につまずかぬようにしながら、確実にセイバーから離れる。

 

「明!」

「宝具は好きに開放して。さっきも言ったけど直撃じゃなきゃ自分で自分の身くらいどうにかするからさ」

 

 明は振り返ることなく、そのまま全速力で走り出した。当然一人になった明を放っておくはずがなく、神主服に日本刀を持った茨木童子が、セイバーをキャスターに任せて飛ぶような速さで迫ってくる。

 

 明はつばを飲み込み、魔術の行使を再開する。身体強化(フィジカル・エンチャント)と視覚強化を三重にかけて、移動の速度を引き上げる。だが、それでは足りない。

 

「Anset――Varjo kattavat maailman(世界を覆う影)

 

 ならばさらに影によって移動の速度を引き上げる。影、というものは常に物があるところにできる。何もないところに影はできようもない。つまり、影は明のいる場所に存在する。

 それを裏返せば、影のあるところに明は存在する。

 

 ――魔力によって発生させた影を伸ばすことにより、影の先へ自分の体を飛ばす。飛ばすというが、それは引力によって肉体を無理に稼働させて通常をはるかに超える速度で移動を可能にする代物だ。当然体にかかる負荷は想像を超えるものがあり、肉体を強化していても長時間の行使は死につながる。だが、茨木童子なるモノと戦うためにはこれしかない。

 

 しかし先ほど、この男に向かってゼロ距離で影をぶつけた際に持って行けたのは左腕一本。解決する策はないこともないのだが、難しい。

 

「女!よい度胸だ……!っ!?」

 

 明に迫る茨木童子をさらに追ってきたものがいた。――セイバーが鬼気迫る表情で茨木童子の背後に迫り、その蒸気の剣を振り下ろしていた。

 

「……!」

 

 すんでのところでセイバーに気づいた茨木童子は、蒸気の剣を回避しようとする。だが、神速のセイバーには及ばない。裂帛の気迫による一撃で、茨木童子は脳天から右と左に両断された。容赦なくそれが飛び散って、明もセイバーも鉄の匂いを被った。

 

 セイバーの殺気は変わらない。マスターとサーヴァントの視線が交錯するのもわずか。

 

「何を考えて「セイバー後ろ!!」

 

 追いかけてきたのはセイバーだけではない。セイバーを追って、キャスターが木々を吹き飛ばし土を蹴り上げ怒涛の勢いで迫っていた。本当に茨木童子を斬り伏せることしか考えていなかったのだろう、セイバーはキャスターの丸太のような剛腕を、防ぐ間もなく吹き飛ばされた。

 

「セイバー!?……!」

 

 セイバーは塵の様に吹っ飛び、山の木々を折りながらの中に転がり込む。キャスターはついでと言わんばかりに鋼の拳を明目掛けて打ち下ろした。とにかく振り下ろされただけの拳は命中しなかったが、土を抉り岩を破壊し、衝撃で明の体を吹き飛ばした。

 

「……う、」

 

 岩にぶつかったおかげで転がることは防がれたが、背中を強打した。セイバーを相手取るべく激しい足音は明から遠ざかっていった。未だにセイバーの宝具はキャスターの大敵ゆえに、セイバーに宝具を使う隙を与えるはずはない。

 

 背中の痛みに耐えつつ立ち上がると、舞い上がった粉塵とその先に、生臭い液体と臓物を撒いた、茨木童子だったものの残骸しか残っていなかった。

 

(私の事はいいっていったのに)

 

 バーサーカーと戦うときにも見せなかった形相で、茨木童子を一刀の元に斬り伏せたセイバーの吹き飛ばされた先を見れば、既にキャスターとの戦いが再開されていた。

 とにかく、茨木童子は倒れた。ならば自分はキリエスフィールを探そうと思った時、明は反射的に今いる場所を跳び退っていた。

 

「……っ!!」

 

 ズドン、と重いものが飛来し、地面に突き刺さる。そこはつい先まで明が立っていた場所で、今避けていなければ間違いなく死に至らしめる一撃だった。

 双剣が、衝撃に震えながら突き立っている。

 

「この剣……!!」

 

 明には見覚えがあった。最初にセイバーが戦っていた、おそらくは四天王の二人。星熊童子と虎熊童子か。あの時明は茨木童子に襲われたため、その戦いの結末を見ていないが彼らはセイバーに倒されたはずだ。

 

「おい虎熊ァ!なに避けられてんだバーカバーカ!!」

 

 明はさらに跳び退った。押しつぶされた茨木童子の死体のそばに、二人の鬼が木々から飛び降りて姿を現した。予想した通り、片方は紅い鉢巻を締めて巨大な金棒を手にした大男、片方は着流しを纏い、髪をポニーテールにした女。とっさに明は太ももにあるナイフの片方を投擲したが、当然の如く避けられてしまう。ナイフは木のひとつに当たって落ちた。

 

「……あなたたち、何で生きてるの?」

 

 警戒心と疑念がむき出しの明に対し、あくまで自然な動作で女――虎熊童子は刺さった双剣を引抜き、深い関心もなさそうに答えた。

 

「確かに私たちはセイバーに殺された。だけど、私たちは生き返る。お頭のいる限り」

「そーいうこった。なんか茨木のヤローが死んでるけど、五分くらいすれば戻るんじゃねーの?」

「セイバーにも告げたのだが。お前は私たちに勝てても、殺すことはできないと」

「……!」

 

 明は言葉を失った。茨木童子を始め、彼らはキャスターによって召喚された使い魔だ。通常の使い魔の範疇を超えた性能をもつ、キャスターの眷属。この山にある限り、そしてキャスターのいる限り、その体を復活させることも可能だと、彼らは言うのだ。

 

 霊核を粉々に破壊されたとしても、この山に溜まった魔力によってかき集めて再構成し、さらに肉を再生する力技としか言えぬ、限定的蘇生。理屈としては理解できるが、それはどれだけ魔力を消費する行為だろうか。

 明は背筋を伝う冷や汗を無視して、敢えて笑みを浮かべた。

 

「……驚いた。せっせと一ヶ月陣地を作ってたことは知ってるし、キリエスフィールが並外れたマスター適性を持つのも知ってる。にしたって」

「驚くことはない。ここは落ちた霊脈で、一か月もかけてお頭が陣地を作ったのだから、もう山から魔力を吸い上げさらに魔力を精製とすることさえ可能」

「はぁ!?」

 

 確かにここは一級の霊地だ。一ヶ月の時を経て頑強な陣地とされたこの一級の霊地から魔力を吸い上げて、編み上げた結界で魔力を逃がさぬように蓄え続けていた――まではいい。その上山を魔術回路となして魔力を生成すると言っているのだ。

 

(……バーサーカー紛いだと思ってたけど、結構魔術師してる)

 

 彼等は軽く言ったが、やっていることは規格外だ。酒呑童子は魔術師ではないが、スキルの「陣地作成」はA判定以上のものをもっているに違いない。魔術師の部分はキリエが補佐すればいいだけの話――悪い予想が当たった。

 

 結局、キャスターを倒すには、魔力での修復が追い付かぬほどの致命的ダメージ――霊核を粉々にする程の――を一撃で負わせなければならない。それより浅いダメージでは、魔力で修復させてしまう。もしくは結界を壊した上で、キャスターにダメージを積み重ねていくか。

 どちらにしても難行であるが結界を壊さなければ、キャスターの部下は何度でも蘇ってくる。

 

 なれば、一番最初に彼ら眷属が現れたのも納得がいく。どうせ戦うのなら、最初から酒呑童子やランサーがセイバーを叩きに現れればよかったのだ。にも拘らず、サーヴァントに比して弱い星熊童子と虎熊童子をよこした。

 それは、彼らは死んでも何度も蘇るのだから、まずは彼らにセイバーたちの魔力を削って弱らせていけばいいという判断に違いない。

 

「さて、じゃあセイバーのマスター?でいいんだよな」

 

 金棒を携えた男は、愉快そうに顔を歪ませた。承知してはいたが、彼らは明を殺す為にここにいる。茨木童子の言を信じれば、彼らは茨木童子のように呪術は使えない。しかし、二人と言うのがより厄介だ。

 

 明はセイバーに念話で伝えるようとしたが、止めた。彼の事だからキャスターを放り出してこちらに駆けつけてくるに決まっている。セイバーにはあの凶悪なキャスター本体とランサーを仕留めてもらわなければならない。その上彼らをセイバーに殺してもらっても蘇るいたちごっこだ。

 

(――むしろこれはますます私が相手した方がいいね)

 

 明は茨木童子の姿を思い出した。蘇ると言うことは、死なずとも負った傷も時間を待って回復させることを意味する。だが明の魔術を食らった彼の左腕と右腕は、回復する兆しを見せていなかった。しかし、思考はそこで中断された。麗しい女の鬼と、筋骨逞しい男の鬼が双剣と金棒を握り、地を蹴った。

 

「わかっていうとは思うが、死んでもらうぞ!」

「……っち、!」

 

 二対一はどう考えても分が悪い。しかもここはアウェーだ。せめて数を減らさなければ、明に勝ち目などない。明は地を蹴ると同時に右手を突出し、素早く詠唱を紡いだ。

 

Takaisin alkuperäiseen, joka perustuu kaikki!(我が元に戻れ、全ての下に)

「は……!」

 

 闇から闇へ何かが飛ぶ。煌めきさえも放たずに、仲間も味方もいるはずのない鬼たちの背後から、凶器が襲う。ずぶりと鈍い音の後、星熊、と呼ばれ金棒を持った男の胸には赤黒い染みが広がっていた。見事腹部を貫いた漆黒の刃は、そのまま一直線に明の手に戻る。

 

「……っぷ……!!」

「星熊!!」

 

 どうと倒れる星熊童子を振り返ることもなく、明は森の中に駆け出す。彼らはキャスターが居る限り、何度でも蘇ると言った。そのせいかもしれないが、彼らは攻撃を防ごうとする――命を守ろうとする意識が薄い。

 星熊童子は一時的に不意をつけただけなので、また蘇って襲い掛かってくるだろう。

 

 明手製の魔術礼装であるダガーナイフ『黒刃影像』は、明の影を閉じ込めたナイフである。影は基本、明から出でて明へ戻っていく。その性質をナイフそのものに封入した、ナイフの形をした影の分体である。

 影であるから、それは明が命じれば明のもとへ戻ってくる性質を持つ。それによって飛び道具のように操ることが可能である。ただ、碓氷と明の魔術の性質的に、宝石魔術のようにモノにためておくことはできない。精々持って一時間程度が限度の為、出発前に二本のナイフに魔力を込めてきた。

 

 残り一本であるナイフの魔力を確かめて、身体強化と影を駆使し、明は深く暗い森へと紛れた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。