Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月5日⑩ 三騎相見ゆ

 本来、セイバーは武の天稟に男女の別はないと思っている。仮に戦う力がないのであればマスターにはずっと家に引きこもってもらい、一人で聖杯戦争をするつもりであった。

 しかし、生前東征に同行した妻とは異なり、明は戦う力のある者だった。ゆえに、死を覚悟するのならば共に戦うことに異論のあるはずもなかった。

 

 そしてセイバーの目に狂いはなく、明は「死ぬことも承知で」この戦いに臨んでいた。だがその覚悟は正しく「死ぬことも承知している」覚悟であるのだろうか。それを、セイバーは危ぶんでいる。

 ゆえに「一人で茨木童子を相手取る」というとんでもないことを言い出したマスターを助けるべく、セイバーはキャスターに背を向けて茨木童子を追ったのだ。だが茨木童子の体を両断した瞬間、世界が反転したかと思うような衝撃で、セイバーは薙ぎ飛ばされた。

 開けた場はすでにセイバー、キャスター、アサシン、アーチャーの戦いで木がなぎ倒され土が抉られ、勝手に拡張されている。その広場を突き抜け、さらに森の奥までセイバーは転がる。神剣の護りを得たセイバーはこの程度で傷つきはしない。とにかく茨木童子は真っ二つにし、明は無茶な戦いをする必要がなくなっただけで十分である。

 

 地鳴りの如き音が聞こえる--キャスターは悠々とした足取りでこちらに向かってくる。木を引き倒し、草を踏み潰し岩を砕く。襲い掛かってくるかと思いきや、キャスターは鬼火をまとわりつかせたまま、襲い掛かってこない。

 

「セイバー」

「何だ」

 

 セイバーは警戒を緩めず、その遥かに大きい巨体を見上げた。黄色く濁った眼がぎょろりと動き、見下ろしてくる。今に限って、圧倒的な死の気配は鳴りを潜めている。

 

「私はかつてお前に言った。お前と私は似ていると」

「……そうだな。そんな戯言を言っていた」

 

 キャスターとアーチャーが酒を持って碓氷邸にやってきた時の話だった。

 神との混血であるセイバーと、魔物の混血であるキャスターは、人間を間に挟んで鏡写しの関係にある。

 

「お前の願いはまだあの時と変わらないか」

「変わらない。俺はただ勝つ、それだけだ」

 

 キャスターはため息をついているように見えた。その意味を理解できず、セイバーは訝しげにキャスターを見上げた。

 

「その願いはそれでいいだろう。だが、もし聖杯を手に入れた場合の使い道は考えたか?」

「なぜそのようなことを聞く。貴様は貴様で聖杯に用がある。ならば俺は倒すべき敵、それだけのはずだ。ここまできたら、あの時のような与太話はもういらないだろう」

「確かにそうだ。だが、放っては置けなかった」

 

 今だけ、かのサーヴァントに敵意はない。その空気が物語る。清かな月光が、人世で暮らせなかった英雄と妖怪に降り注いでいる。

 

「今のお前は哀れすぎる」

「……何だと?」

 

 セイバーの言葉も尖っているわけではない。寧ろ疑問に満ちており、殺すべき敵である自分を気にかける心情を窺おうとしていた。

 

「幾らお前が願おうと、お前は決して人の世に交わることはできない。居場所などない。人でない者は、恐れる人によって追いやられる」

「……だから、お前の様に同類だけの世界を願えと?」

「お前が何を願おうが自由だ。だがお前は決して人ではない。消えるまえにそれだけは諭しておこうと思った」

 

 キャスターは、ベクトルは異なるとはいえ同じく全き人ではないセイバーに対し親近感にも似た気持ちを抱いている。そしてそのことにすら気づかないセイバーを諭すのは、同じ人外である己の役とも考えていた。

 しかし、セイバーは一度目を閉じ、静かに異を唱えた。

 

「……居場所などない、とお前は言った。だが、俺の居場所は確かにあったのだ。その者達に応えるには、やはり俺は最強であり続けなければならない」

 

 神剣から蒸気が立ち上り渦を成す。セイバーの目は鋭くキャスターを見据えている。キャスターもその髪を逆立たせ、赤銅色の体が輝く。

 

「これ以上の問答は無用!朝敵死すべし!」

「……ならば仕方ない。その体、食らうのみ!!」

 

 堰を切ったように、神秘と神秘が激突する。セイバーの蒸気を纏う剣と、キャスターの真っ赤に熱されたような鋼鉄の剛腕が唸りを上げる。膨大な魔力が散らされ、巻き起こる風のみで周囲が開けていく。神剣の加護を得たセイバーは生半な攻撃では傷つかないが、膨大な魔力に後押しされたキャスターもそれは同じである。

 そもそも、キャスターの真の適性クラスはバーサーカーであるためにその力は、初めから生半ではない。かつ、それだけの勢いを持ちながら俊敏さを失わない。

 避けた拳が地をも破壊して、まるでクレーターを作っているかのようだ。拳を掠めた木々は魔術の影響下にあるのか、それだけで発火して炎を纏う。

 

「むん!!」

 

 岩を砕き土煙を舞い上げたそのキャスター拳の先に、木や岩ではない柔らかい何かを潰した感触が伝わった。だが、何かがおかしい。

 高く跳ねて拳を避けたセイバーは、土煙の中正確にキャスターの腕に着地してそのまま腕の上を走り神剣を振りかざす。狙うはその首――!

 

「死ねェ!キャスター―――!!」

 

 渾身の力に魔力放出を加えたセイバーの斬撃がキャスターを襲う。唸りを上げる蒸気が肉薄したその時、黒板をひっかくような不愉快な音が、セイバーの耳にまとわりついた。

 命を絶つはずの彼の剣は、下を向いたキャスターの歯によって止められている。巨大な臼のように見える一つ一つの歯がぎちぎちと神剣をかみ砕こうとしている。

 

「……!っ、燃えろ、草薙!!」

 

 瞬間的に神剣が橙色に光り、纏わる蒸気が倍化されて吹き出す。圧倒的な熱量に焼かれてキャスターは神剣を吐くと同時に、セイバーは赤銅色の肌を蹴りキャスターから離れた。

 

「流石に神剣とやらは固い」

 

 天羽々斬剣(あめのはばきり)を欠けさせる硬度を持つこの神剣がかみ砕かれるなどありえないが、魔力を込めたセイバーの剣を歯で受け止めるなど尋常ではない。

 セイバーはじりじりとキャスターと距離を取ろうとするが、キャスターは許さない。巨体に似合わぬ俊敏さであっという間に距離を詰め、雨霰と力任せに地面とセイバーを殴りつける。周囲の木々は赤赤と燃えて、今が冬であることを忘れさせる。

 

 キャスターには、セイバーやランサーのような戦闘の為に磨かれた武術は存在しない。ただ力のままに拳を振るい、邪魔なものを蹴り殺し、人を捻り捩じり殺す純粋な暴力だ。荒れ狂うままで全てを破壊しようとする力は、自然現象にも似る。彼の親は山神にして八岐大蛇、変質し堕ちた最高の幻想種の力。

 拳と剣が目にも映らぬ速さで幾合もかわされる。素早さは互角、だが力はセイバーの魔力放出を使ってもキャスターの方が上。その上傷をつけても、膨大な魔力の為即座に修復される。あちらも神剣の加護を持っているようなものだ。

 

「ふん!!」

「―――っ!!」

 

 ガギン、と右拳をはじいた刹那に真横から左拳が襲い掛かる。その拳は殴りかかってきたものではなく、かつ一瞬の差で――セイバーの首が掴まれた。そのまま宙へと持ち上げられ、捩じり切るべく振るわれる。

 

 セイバーは呻いたが、瞬時に両手で握った剣で、腕ごと断つべく魔力放出全力の力で切り払う。邪魔をするキャスターの右拳を足で蹴り払うという、曲芸の如き技で脱する。だが腕は落とせず、半ばまで肉を斬ったに過ぎない。

 

「流石日本武尊と言おうか!まだ死なぬか!!」

「――神ごときに負けてたまるか!!」

 

 再び拳と剣のやり取りが成される――だがその時、セイバーは何か違和感を覚えた。

 

(……地が揺れている?)

 

 地震の類ではない。蠕動しているとでもいうのか、まるで寒い中に放り出された人間が体を温めようと体を震わせる様子を思い出させるような揺れである。

 

 生前山の神の申し子であり、魔物と成り代わってからも山を根城としたキャスターの山における陣地作成の能力は最高クラスだ。さらに明は春日一の霊地はこの大西山と言っていた。まさか、とセイバーは息を呑んだ。

 

「この山そのものが魔術回路か……!?」

「丹精込めて作り上げた私の根城だ!それくらいのものでなくてどうする!」

 

 この山そのものを壊さない限り、山そのものが霊地である為に魔力を生成してキャスターに魔力を与える。

 しかし奇しくも対抗するすべをセイバーは持っているのだが―――。

 

「チッ!!」

 

 キャスターはセイバーに宝具を放つだけの余裕を与えない。全身が凶器に等しい鬼は、再びセイバーに迫る。

 ふとセイバーは、アーチャーと戦うアサシンとそのマスターの安否が気にかかった。

 だが、その思考も一瞬で掻き消えた。

 

(……どうにか宝具を放つだけの時間を稼がなければ)

 

 空から宝具を使えればすぐにでもできるが、十全の威力を発揮するには足を地につけなければならない。三十秒、いや二十秒でいい、キャスターの動きを止められれば。

 

 セイバーは己が剣を振るいながら、その為の策を必死で手繰り寄せんと考えをめぐらせた、その時。背後から溌剌とした野太い男の声が、朗々と響いた。

 

「応応!随分と困っているようだな!!」

 

 月下に立つは、三メートルもの槍を携えた偉丈夫。鎖帷子の下に見える肉体は、鍛え上げた武士の姿の見本――のはずだが、今は黒漆塗の当世具足を身に纏い、肩からは大振りの数珠をかけている。それよりも目を引くのは、その兜――鹿を模した角が天高く夜空を衝いていること。そして威風堂々の鎧と兜でありながら、それはランサーの俊敏さを聊かも損なわない軽量なものである。

 

 ランサーは武骨な顔に笑いを浮かべ、男は天下に鳴り響いた名槍を振り回した。

「一対一、正々堂々の戦いを望む」と誇らしげに語った男が、ついにその姿を現した。決して不快だと思わなかったサーヴァントだが、ことここに出てこられると厄介である。セイバーは内心舌打ちした。これでは、宝具を解放するどころの話ではない。

 

 ランサーはその槍を構え、地を蹴った。

 

「助太刀するぞ!セイバー!!」

 

 虚を突かれたのはセイバーだけではなくキャスターもだ。完全にキャスターの不意を突いた鋭き槍の一閃は違うことなく、キャスターの脇腹を裂いていた。

 

 月下に鮮血が飛び散り、疾風の如くランサーは奔りセイバーの隣りへと移動した。キャスターはその腹を押さえ、セイバーは改めて剣を構えなおしランサーから距離を取る。ランサーはいつものように豪放な雰囲気を纏っていたが、其の顔はどこか寂しそうでもあった。

 

「いやはや、どうしても二度目の生とあらば欲を張ってしまうものだな!」

 

 激怒したのはキャスターだ。赤銅色の肌が血の色そのものに染まり、血の湯気が立っているかのようだ。全ての目がランサーに向いて殺意を露わに睨みつけている。

 

「……ランサー!何のつもりだ!!」

「何のつもりもないぞ。儂がお前らを謀っただけの話だ」

 

 怒りの化身となったキャスターに物怖じすることなく、ランサーはぬけぬけと言い放った。

 

「お前は一対一で正々堂々と戦うことが望みだと言った筈だ!!あれは嘘だったのか!!」

「いや本心だ。ただ、うまくいかぬなという話だ」

「訳の分からぬことを!!!!」

「ははは、鬼は、いや人ならざるものは人間よりも純粋だ。儂は羨ましいぞ」

 

 酒呑童子の最期は、頼光四天王たちの言葉を信じ、彼らの持ってきた酒を飲んでしまったことによる。神経毒の入った酒により体が動かなくなった酒呑童子たちを、頼光四天王は刈り取っていった。

 鬼は「俺たちはお前たちを信じたのに」と恨み言を吐いて息を引き取る。

 

 ――そのキャスターは、嘘偽りを蛇蝎の如く嫌う。

 

「セイバー、お前との決着は最期に取っておきたい。今は手を貸そう」

 

 突如現れたランサーに動揺したのはセイバーも同じである。本当にランサーが今だけでも敵ではないのならいくらでもやりようはあるのだが、簡単に信じることもまたできない。

 

「……お前は令呪ごとキャスターのマスターに奪われたのだろう」

 

 仮にランサーが手を貸す、という言葉が本当だったとしても令呪には抗えない。

 ランサーはそれはそうだ、という顔をして槍を構える。三メートルの槍はランサーの意志により長さを変え、二メートルほどになっている。

 

「令呪に関してはハルカがなんとかしたわ」

「私の主人が易々ととられるわけがない!それに現に生きている!!」

 

 怒号にも等しいキャスターの声にもランサーは動じない。そう、キリエスフィールは最強のマスターであり、仮に令呪が奪われる――命の危機に瀕することになった場合、キャスターが気づかぬはずはないのだ。

 双方から疑いのまなざしを受け、槍兵は朗々と声を上げた。

 

「もし信じられぬというなら、我が槍を見るがいい!!」

 

 稲妻のような速さでランサーはキャスターへと駆ける。彼の手足の延長に等しい槍は、疾風を伴いキャスターへと迫る。しかしランサーがセイバーに加勢しても、相手はこの山が生み出す魔力を食らうサーヴァントだ。先に魔力が尽きるのはランサーの方だ。

 しかし、ランサーによりわずかでも時間稼ぎが可能となる――。

 

「……ッ、!?」

 

 その時、セイバーの背に凄まじい悪寒が走った。血の抜けるような感覚に近い何かが、セイバーの総身を震わせた。これは、セイバーにとって既知の感覚であり不吉なもの――バーサーカー戦で明が傷を負った時に感じたものと同じだった。

 しかし、今の感覚はそれの比ではなく今も続いている。だが、茨木童子は確実に殺したはずである。

 

 刹那、セイバーは反射的に身を翻した。

 

 

「お、おい!?」

 

 セイバーはランサーとキャスターに背を向けて駆けだした。驚き戸惑うランサーの声も振り切って、セイバーは主の姿を探す。

 


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