Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

6 / 108
11月24日 準備期間②

 薄曇りの正午、一人の男が春日教会の門を叩いた。男の背は百七十五センチほど、細身な体に詰襟の丈の長い紺色のカソックを身に纏っている。色素の薄い肌は、彼が日本の生まれではないことを示している。

 聖堂内には、すでに彼の到着を聞かされていた美琴が待ち構えていた。その腕には、一メートル超の棒のようなものが布に包まれて抱かれている。

 

「お待ちしておりました。ミスタ・エーデルフェルト」

「お時間を取らせて申し訳ない。ミス・ジンナイ」

 男の名はハルカ・エーデルフェルト。柔和な笑みを浮かべ、美琴と挨拶を交わす。

 

 エーデルフェルトといえば、フィンランドの名門魔術一族である。当主は代々双子の姉妹であることで有名だ。ただし、ハルカはその正当な跡継ぎではなく、数代前に分家として成ったものである。宝石魔術を得意とし、そのまま北欧の魔術を専門とする。

 

 特にこのハルカ・エーデルフェルトは時計塔でも宝石魔術にかけては五指に入ると言われる使い手だ。美琴もハルカと同様に笑顔で迎える。魔術協会に選ばれたハルカは、恙なく聖杯戦争を終えるために不可欠の人間だ。

 

「お会いできて光栄です、ミスタ・エーデルフェルト」

「ハルカ、と呼んでくださって結構です。これからの戦い、我々は仲間なのですから」

 

 差し出された手を、美琴は棒――槍を落とさないように気を付けながら握り返した。

 

 ハルカは興味深げに美琴が手にしている布に包まれた槍を眺めた。「それが用意してくださった触媒ですか?」

「ええ、何でも戦場を無傷で駆け抜けた武者の遺物と父が」

 

 槍の英霊の名に恥じない聖遺物を父と共に探した美琴は、胸を張ってその槍をハルカに渡した。

 ハルカは布の上からその手ごたえを確認する。

 

「なるほど。大変お恥ずかしいのですが北欧出身の身ゆえ、魔術系統の異なる日本の英霊には詳しくなく……どうぞお力をお貸しください」

「もちろんです」

 

 美琴とハルカが和やかにやり取りを交していた時、教会の左奥――通路になり、その奥に美琴と御雄の居住空間がある――から、ゆったりと壮年の男が姿を見せた。神内御雄であった。

 

「これは遅れて申し訳ない。ハルカ・エーデルフェルト、お久しぶりですな」

「おお、ミスタ・ジンナイ。お久しぶりです」

「何年ぶりかな。最後に直接会ったのは五年以上前だと思うが……時計塔では影景は元気にしているかね」

 

 御雄は懐かしそうに目を細め、ハルカを眺めた。久々に会ったハルカは記憶にあるよりも大分大人びた様に感じる。

 神内御雄は生まれてからずっと聖堂教会に所属していたのではない。二十代前半で魔術師を辞め、聖堂教会に所属した経歴を持つ。魔術協会と聖堂教会は長年対立しているが、裏を返せばそれだけ長い付き合いということでもある。現に「神秘を一般人の知るところとならないよう秘匿する」点では魔術協会と利害が一致する場面もあるため、春日の教会は代々碓氷と友誼を結んでいる。

 

「ミスタ・ウスイはお元気ですよ」

「研究が進むのはわかるが、まだ例の件が片付いていないようだな」

 

 碓氷影景(うすいえいけい)は明の父で、八か月前から時計塔に渡っている。御雄は手紙でやりとりをしているが、彼の姿もそれだけの間見ていない。

 

「そのようです。さて、」ハルカは淡泊に話題を切り上げると、渡された槍を持ち上げた。

「それより、今夜にでも召喚を行おうと思いますが」

「そうですね。是非私たちも立ち会わせていただきたいです」

 

 美琴はきらきらと瞳を輝かせる。実を言えば明がセイバーを召喚する際にも立ち会いたかったのだが、聖遺物をここまで持ち出すことができなかったため断念していた。ハルカは嫌な顔ひとつせず、彼女の申し出に肯った。「ええ、わかりました」

「この戦争中の拠点は今用意している。今数日――戦争が始まるまではこの教会で生活してもらいたい。手狭だが暫しの間我慢してくれ」

 

 

 御雄は先頭に立って、ハルカを教会奥の居住区間へ案内する。

 その目は今一度白皙の青年を眺めたが、そのまま振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 昨夜召喚を終え、博物館から帰宅した一成は一人暮らしのアパートにアーチャーを招いた。博物館と一成の暮らすアパートは、双方から見える程度の位置にはあるが、線路を挟んで向かい側なので、目の前にあるのに遠回りをしていかなければならない。

 

 三階建・築十五年の『ルージュノワール春日』なるアパート。リフォームされているため築年数の古さはそこまで感じさせないが、あくまで男子高校生の一人暮らしの為ワンルームで狭い。「狭いけど勘弁しろよな」というと、アーチャーからは「まるで犬小屋のようじゃ。ド庶民だのう」という腹の立つ答えが返ってきた。

 

 一成は霊体化できるのだからどうでもいいだろうと思いながら、詳しい話は夜が明けてからと眠りについた。

 

 昨夜も帰宅しながら、アーチャーの真名について考えていた。それを見透かされたらしく、「私の装束はおそらく、平安時代のあたりの時代のものじゃ。もしくはその後の時代でも朝廷にて官位を頂き、衣冠束帯を着る機会のあった者であろう。とりあえず適当に上げてみよ。私も思い出すかもしれぬ」とからかわれたので、一成は思い当たる候補を上げてみた。

 

「那須与一!」 「あの扇の的あての兵か。多分違うのう」

「源義家!」  「惜しい」

「平教経!」  「私なら八艘跳びそのものをさせぬがな」

「安倍晴明!」 「あやつ弓使いか?鳴弦とかか?」

「物部守屋!」 「装束は平安といったろう」

 

 結局、アーチャーの退屈を凌ぐための道具にされただけに終わったのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 昨夜の面白くもない会話を夢の最後に、一成はゆるゆると目を開いた。

 

 ぼさぼさになった頭を荒く梳いて、時間を確かめようとテレビをつける。すでに朝十時をまわっており、たまたまつけた地元ローカルの番組のニュースに昨日の博物館侵入が小さく取り上げられている。警備員は気絶させ(物理で)、関係者用出入り口近くの警備室に座っていた警備員も気絶させるとともに監視カメラも切ったはずだから大丈夫だろう。

 一成がそんなことを思っていたら、アーチャーが実体化した。

 

「遅い朝よのう。それよりも私は食事をしたいぞ、外に出ようではないか」

 

 ここにはロクな食料もないようだしの、とアーチャーは付け加える。

 

「ってかお前、昨日記憶がぶっ飛んでるとか言ってたけどそれはどうなったんだよ」

「おお、その件か。一眠りしたら回復したわ。自分が何者か了解しておる。さ、朝餉?昼餉?ブランチ?ボランチ?にでも行こうぞ」

 

 重要な真名を思い出したというのに、割とどうでもよさそうにアーチャーは答えた。思い出しても教える気はやはり全く無いようで、一成は了解しながらも毒づいた。

 

「あぁ?別にサーヴァントは飯なんか食わなくてもいいんだろ」

 

 その発言に間違いはなく、サーヴァントは聖杯とマスターから供給される魔力で現界しているために食事からエネルギーを摂取する必要はない。しかし今度こそアーチャーはあきれ顔を向けた。

 

「全く情緒のないマスターじゃ。エネルギーさえ得られればいいのなら、人間はああまで料理を発達させるものかよ。それにそなたも腹を空かしているようではないか」

 

 アーチャーの指摘通り、起きたばかりだと言うのに一成の腹は田舎の田んぼの蛙集団の如きやかましさである。人間、三大欲求には逆らい難い。一成は億劫そうに立ち上がった。

 

「……言っとくけど金ないから高いもんはダメだぞ」

「金などどうとでもなろうよ。さぁレッツ現世」

「っと待てェ!その恰好で行くつもりかァ!!」

 

 ノリノリで実体化したまま、せせこましいアパートを出て行こうとするアーチャーの服の裾を掴む。

 そう、問題はアーチャーの服装である。

 

「そんな恰好で街中歩き回ったら完全に不審者だろーが!!コスプレオヤジか!!」

「コスプレとは失敬な奴よ。これはおよそ現代で言う「スーツ」に等しい正装よ。要するに我らの戦闘服じゃ」

 

 一成は聖杯はいったいどこまでの現代知識を与えているのか怪しく思ったが、とにかく戯言を言うアーチャーをそのままの姿で外出させるわけにはいかない。何しろ衣冠束帯、冠飾太刀まで装備したコテコテの平安時代貴族様スタイルである。

 そんな恰好をした男がチェーンの牛丼屋で牛丼をかっ食らっている姿を想像してほしい。完全に変態である。

 

 

「ともかく俺の服を貸すからそれはやめろ!脱げ!」

 

 

 

 

 

「……」

「どうした一成。何でも好きに食べてよいと言われたのだ、特に許す。遠慮せず食すがよい」

 

 一成は遠い目をしながら、目の前でステーキを切り分けるアーチャーの話を聞いていた。

 

 部屋を出る前に一成の服を貸したが、まだ成長期真っ只中の一成の服を無理に着たピチピチのアーチャーも大分見るに堪えないものがあった。本人は現代の服を身に着けて楽しそうであったが。しかしそのピチピチアーチャーの姿も今やない。

 

 彼はいまや、新品のスーツ上下を身にまとった立派なビジネスマン(見た目は)となっていた。特に買ったわけではなく、アーチャーがふらふらと物珍しさで寄って行った服屋で引いたクジで特等を当て、スーツを景品としてもらったのである。

 そして腹ごしらえに立ち寄った駅ナカのファミリーレストランでは、来客一万人目の祝いにより無料で食事ができることになったのである。

 

 一成は目の前にある出来立てのハンバーグとステーキをもりもり食べるアーチャーを見比べて呟いた。

「これが幸運A+……恐ろしい……」

 

 そのサーヴァントのマスターに限らず、聖杯戦争に参加しているマスターはどのサーヴァントのパラメーターを見ることができる(宝具やスキルは見ることができない)。それでアーチャーのパラメーターを見たところ、魔力や筋力などまずまずの数値の中で、幸運がやたらと高いのである。

 

「何?お前前世はそんなに運良かったの?」

「あまり自分では意識したことはないが、そういえばそうかもしれぬ。あやかりたいものだなどもしばしば言われたな」

「そりゃすげーや。じゃあ毎日こんな感じだったとか?」

「バカを申すな。こんなものは強運などとは言わぬよ。こんなところで運がよくとも、人生のここぞというところで運が悪かったら目も当てられぬわ」

 

 一成も腹は十分に減っているので、注文したハンバーグセットをせっせと胃に収める。食い放題ならどこまでも食ってやろうという健全な男子高校生の思考で、ウェイトレスを捕まえてさらにハンバーグを注文する。

 

 美味そうに食事をするアーチャーを見ながら、アーチャーの聖杯にかける望みを聞いていないことを思い出した。英霊と言えば生前何かしらの形で偉業を残したもので、そのような人間が何の見返りもなしに会ったばかりの魔術師に協力するとは思えない。生前運が良かろうがなんだろうが、悔いの一つや二つは残るだろう。願いの一つや二つもあるだろう。

 ただ、マスターとサーヴァントの願いが相反するものであった場合、協力関係を築くことは難しくなる。一成の願いは自家の魔導の存続――『根源に至る』ことで、これに相反する願いはそうそうないと思われる。

 また、アーチャーは飄々としていてつかみどころがないが、殺戮や悲劇を望むような質の悪さは感じない。身の毛もよだつような願いを持っているとは思わないが、それでも確認のため一成は口を開いた。

 

「そういや、お前も聖杯にかける望みってのがあるんだよな?一応マスターとして聞いておかなくちゃな」

 

 アーチャーはステーキを食す手を一瞬止めたが、何事もなかったかのように食事を再開した。「あるが、特にそなたの願いと相反するものでもなし、小さな望みよ。言うほどの事でもない」

「言うほどでもないなら言えよ」

「それは断る。ぷらいばしーの侵害ぞ」

 

 秘密主義か何か知らないが、なんだかんだで自分のことを語ろうとしないアーチャーをジト目で見ていると、突如アーチャーはとんでもないことに気づいたように声を上げた。

 

「そんなに私の事が気になるとは、まさかそなた私のことが「キモいこと言うなアホサーヴァント」

 

 結局全く話す気はないらしいアーチャーにため息をついて、一成はええいままよと食事を再開した。

 

 成長期の性、かつ貧乏性で食べられるだけ食べてしまった一成は今にも戻しそうな顔をしてアーチャーと共にファミリーレストランを出た。ちなみに一成の家が貧乏なわけではないのだが、両親の意向で贅沢な暮らしをしすぎるのはよくないとのことで一人暮らしにふんだんな金をもらっているわけではない。

 

 

「オエップ」

「あのように肉を沢山肉を食べたのは久しぶりよ」

「……何、あんまり肉食べなかったのか?わりとエラそうなのに」

「宗教上の理由というヤツぞ。さて、腹ごなしにこの街でも散歩しながら面白そうなところに入っていくとするか。本来は車でもあればいいのだが、そなたは持っておらなさそうだしのぅ」

 

 エラそうを否定せず、アーチャーはふらふらと駅ナカの商業施設を徘徊しはじめる。

 一成は重い腹を抱えてその姿を追い掛けた。

 




エーデルフェルト分家設定はそのままでファミリーネーム変えりゃよかったかなと思いましたが後の祭りだったんで、このままで→ハルカ


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。