Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

61 / 108
12月5日⑫ 勝利こそ全て

 冴え冴えとした月。風に吹かれて早くも流れていく雲。靄に包まれたこの山に、剣戟の音が鳴り響いている。ハルカの視界に映っていないだけで、セイバーとキャスターの戦いは今も続いている。そして、ランサーもその戦いに加わっている筈だ。

 

 ハルカの右腕には、鉛玉に撃ち抜かれた少女がいる。か細いがいまだ息はある。数メートル離れた場所には、肉片となった熊童子たちの死体が撒かれている。蘇る眷属たちから逃れるために、ハルカはキリエを抱えたまま、身を翻そうとした時のことだった。

 見知った気配――いや、彼にとってはのっぴきならぬ相手が姿を現した。

 

「エーデルフェルトッ!」

 

 振り返ればブラウスを血まみれにさせているセイバーのマスター――碓氷明が険しい表情でハルカを呼びとめていた。足を負傷しており、歩き方がおぼつかない、むしろよく歩けると感心するほどの姿だが、おおよそキャスターの眷属の相手をしていたのだろうとハルカは検討をつけていた。そして笑みを押し隠し、慇懃に挨拶をする。

 

「おや、どうしたのですかミス碓「何しに来た!!」

 

 姿とは裏腹に、鋭い声がハルカを止めた。

 

「何とは、私は私のサーヴァントを取り戻しに来ただけですよ」

「ランサーを奪われるとき、抵抗しなかったって聞いたんだけど!」

「あの時は気が動転しまして……落ち着いてから、やはりランサーを取り戻さなければならないと。そこであなたたちが乗り込む隙をついて……心霊魔術、得意なんですよ」

 

 こんな真っ赤なうそを信じる者はいない。ハルカも特に信じてもらう必要を感じていなかった。腕に移った六画の令呪を見せると、明は息を呑んだ。

 それでも彼女は気丈にも、弱さを感じさせない態度と声で言った。

 

「……見たところ令呪は奪ったみたいじゃない。じゃあ、その子おいてってよ」

「それはできませんね。貴方だってご存知でしょう?アインツベルンの「聖杯」」

 

 御雄神父から冬木の聖杯戦争の概要を聞いている明は、ハルカの言葉を解していた。セイバーの様子を確かめに必死に山を登ってきたものの、彼女の傷は浅くない。明はハルカを発見したとしても、おとなしく隠れていた方が体を思えば最適解なのだ。

 されど、最初から今一つ信用しきれなかった相手――その上、神父からリタイアしたと伝えられた者を見て、黙っていられなかった。そして、その神父もいったい何をしているのか。

 

「それにしても、ずいぶんとややこしい状態になってしまったものです。今貴方に手を出したくとも、キャスターを倒さないことにはここから出られない――キャスターを倒すには、本来あなたのセイバーが適役なのですから」

 

 キャスターの、アトゴウラにも似た結界。このままキャスター側が勝てば、このハルカも殺される。キリエがぐったりとしているのに、駆けつけてこないキャスターには納得がいかないが、まだセイバーとキャスターは激闘を繰り広げている。陣地の恩恵か、明にはそれくらいしか心当たりがない。

 

「貴方のことは殺しませんし、生きていてほしいのです。私のことは於いても、あなたはキャスターを倒す必要があります。ここはお互い会わなかったことにでもしておきましょう」

「何を勝手な、というか、あなた、ランサーは」

 

 明はハルカの発言の意味が全く分からない。何故彼が明に生きていてほしいのか。ランサーを取り返しに来たと言ったが、そのランサーは。神父は。血が足りなくて頭が回っていないのか、考えがまとまらない。先程までは戦闘で動き回り、冬とはいえ熱いくらいだったのだが、今や悪寒が全身を包んでいる。

 それでも鍛えた明の体は、別なる死の気配を鋭敏に感じ取った。

 

「女、命はいただくぞ!」

「茨木――!!」

 

 血に染まった神主服を身に纏った茨木童子。キャスターが居る限り蘇る彼は、日本刀を振るい再び明を襲うべく迫っている。明は急いで身体強化をかけ、さらに影によって無理やりにでも動かすことを試みる。

 

säätö(調整)……ッ!!」

 

 現在の明にできる全速力での魔術行使だったが、茨木童子の方が僅かに速かった。横に薙がれたその刃は、彼女の胴を両断するべく走る――が、明も茨木童子も同時に激しい爆風に煽られた。

 

Ein KÖrper(灰は灰に)ist ein KÖrper(塵は塵に)―――!」

「エーデルッ……!」

 

 エーデルフェルト伝統の宝石魔術。そのとっておきであろう宝石が放たれ、激しい爆風と熱量を巻き起こしたのだ。鋭い刃はその暴風によって明の胴を断つどころか斬ることも能わなかった。明を救うため――にしては彼女も吹き飛ばされているのだから荒っぽいにもほどがあり、一歩間違えれば明も死ぬ。が、ハルカが直接助けるのでは間に合わず、明は確実に真っ二つにされていたろう。

 

 しかし明は今の衝撃と熱に十メートル以上吹き飛ばされ、受け身を取る間もなく地面に叩き付けられて倒れた。ハルカからは背中しか見えないが、全く動かない。今の爆風によって背中が焼けて爛れている。

 

「――お前、何者だ」

 

 日本刀を携えた茨木童子は、流石に大きなけがもなく爆風の熱残るその場に立っていた。既に倒れて動かない明はいつでも殺せると踏んだのか、眷属は目の前の優男を敵と認識している。何しろ、その腕には首領の主人――キリエが抱えられているのだ。

 

「これは失礼。ハルカ・エーデルフェルトと申します」

 

 その丁寧さは、この山に置いては限りなく浮いていた。ランサー強奪の際には留守番をしていた茨木童子は、この男がランサーのマスターだと知る由はない。

 それでも、眷属は目の前の優男が掛け値なしに敵であることを了解していた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「マスター!!」

 

 セイバーはか細くなった因果線をたどり、己の主人の居場所を探る。まるで切り開かれたようになった山の広場は、倒された木や割れた岩で覆われている。それでも明が立っていればすぐに見つかろうが、眺めたところその姿はない。

 

 もしかしなくても瀕死で倒れているのか――そうセイバーが思った時、明ではないが一人の男の姿――月光に照らされた流れるような金髪の優男――ランサーのマスターと、殺したはずの茨木童子が対峙していた。ハルカから十メートルほど右に投げ捨てられたように、ぴくりとも動かないキャスターのマスターが倒れている。

 そしてその近くに、服を土に汚して倒れている自分のマスターの姿があった。死んだように動かず、服が燃やされたように背が剥きだしにさらされ、赤く爛れている。

 

「マスター!!」

 

 因果線はまだ繋がっている。頼りなくか細いが、確かにある。僅かなつながりを頼りに、セイバーは主の元へ走った。

 明は地面に倒れ、腹を抱えて丸くなっていた。火傷は遠目から見たより重傷で、血も滲み出していた。同時に左足は野犬でも食われたかのように肉が見えていた。いつの間にこんなことになったのか、セイバーには全くわからない。

 無我夢中で意識だけでも戻すべく体を揺すって見たり顔を叩いたりして見るが、うめき声を上げるだけで意識が戻らない。

 

 其の時、ころりと何か石のようなものと瓶詰の液体が投げられた。月光を受けて深い赤に輝く石は宝石であるが、液体の方は何だかわからない。投げたのはランサーのマスター、ハルカ・エーデルフェルト。

 

 何故か生きている茨木童子と対峙し、セイバーの方を向かずに彼は口を開く。

 

「使ってください。この場で魔力はあってもありあまることはないでしょうし、彼女は自分で傷を治すしかないのでしょう?それは魔力の塊ですから、飲ませてください。瓶の方は気付け薬です。とりあえず意識は戻るでしょう」

「どういうつもりだ。―――そしてお前、何故生きている」

 

 セイバーの目は、宝石と、対峙するハルカと茨木童子を往ったり来たりする。ハルカの投げてよこした宝石が真実良い物か、セイバーには判断がつかない。そもそも、なぜこの男が当然のようにこの場にいるのか、セイバーは全く知らないのだ。

 ハルカは戦闘用に用意した宝石を指の間にはさみ持ち、いつでも茨木童子と戦える体勢に入っている。

 

「信じるかどうかはあなたの勝手ですが――茨木童子たちは、キャスターの収集した膨大な魔力と陣地によって、キャスターが消えるまで何度でも蘇ります。令呪は私が奪いましたが、あのキャスターは既に山そのものを依代とし、同時に魔術回路として魔力を精製して得ています」

 

 それを聞き、セイバーはようやく合点がいった。星熊童子虎熊童子茨木童子とも、全てセイバーが一度は殺している。だが、再び蘇った彼らが明を襲ったのだろう。

 

「キャスターは魔力を自給自足し、すでに一人で現界することさえ可能です。しかし、契約のラインを薄めているがゆえにマスターの異変を感知するのが遅れています」

 

 状況を語るハルカの言葉も、セイバーには全ては入っていかない。必要な部分だけは冷静に認識していたが、それだけ。明は人ならざる者との戦いを余儀なくされた時、何故セイバーを呼ばなかったのか。

「セイバーにはキャスターとランサーと戦ってもらわないと」と彼女は言っていたが、マスターが死んではどうしようもないと知っている筈だ。だが、細かく考えている時間はなかった。

 

 ランサーのマスターは人の身で茨木童子と戦いを始めた。意を決してセイバーは明の口に宝石をねじ込んで飲み込ませようとした。しかし意識のないものに呑み込ませるのは難しく、うまくいかない。セイバーは宝石、そして気付け薬を自分の口に含んでから、そのまま明に口づけて無理に流し込んだ。

 

 どれくらい経っただろうか。おそらく数秒なのだろうが、セイバーには永遠にも思えた。突如明がせき込み始めて、落ち着いた末にうっすらと目を開いた。

 

「……ううぉ、は、え、な、何……」

「明!大丈夫か!」

「……お腹痛い」

 

 言葉こそいつもの明だが、力がなく、セイバーを目に映しているかどうかも怪しい。あーあ、と何でもないことのように血まみれになった体と手を見下ろしている。

 

「……っ、何故俺を呼ばなかった!」

「?……呼ぶほどじゃなかったから?」

 

 先ほどより近くにキャスターとランサーの剣戟の音を聞く。キャスターはセイバーをも殺そうとしているのだから、セイバーの気配のある方に向かおうとするのは当然である。その状況であるのに、セイバーに音は妙に遠く聞こえた。

 

 

 ――この満身創痍の状態でさえセイバーを呼ばないのならば、いったいどのくらいの危機に陥れば明は助けを求めるのだろうか。

 

 セイバーは頭を振った。今やハルカと茨木童子が戦闘を開始しており、その至近距離に明を置いておくわけにはいかない。

 

 セイバーは彼女を抱えると、木々の後ろに隠すように寝かせた。そして神剣を取り出し、ついさきほどまでしていたように明の体の中に封ずる。足や背中で流れる血は止まり、少し血色がよくなるが、直るわけではない。

 明は訝しげに、傍らに膝をつくセイバーを見上げた。

 

「……何してんの?」

「剣を入れれば悪化はしなくなる」

「でも直らない、し。……セイバーが使いなよ」

 

 明は自分の意思で神剣を体から抜き出した。そしてその柄をセイバーに向けて返そうとしたが、セイバーは受け取らない。明は顔を歪めながら、再び剣を突き返した。

 

「なんで使おうとしないの……」

 

 しかしセイバーの方こそ、何故明がそのようなことを言うのかわからない。

 剣を体に入れた状態で負った傷は回復させることができる。だが、剣をいれていない時に傷を負い、その後に剣をいれたところで悪化は止めるが治癒まではできない。

 だが今の彼女の状態を見るに、悪化を止めるだけでもかなりの意味がある。この状態を目の当たりにせずとも、セイバーには伝わる魔力の乱れと減少で状態の悪さは歴然としているのだ。

 

「俺にマスターの傷を治すことはできない。ならばせめてこれを入れておけ」

 

 セイバーは剣を明の体に戻そうとするが、やはり明は拒む。

 

「……じゃあ、セイバーは、どうするのさ」

「このまま戦う――撤退も視野に入れる」

「……は?……剣なしで、あれと?山から魔力を作っている、あれを?」

 

 神剣を体から出した為、止まったと思った血が再び流れ出す。明は腹を潰すように抑えながら一言一言、はっきりと放つ。

 

「キャスターが、山から、魔力を作るのを、止めるには、……基点を壊していくしか、ない」

「知っている」

「それに、キャ、スターは山を、依代に、してるって、だから、山、を壊さ、ないと」

「わかっている」

「そ、れは、対城宝具、をもつ、セイバーにしか、できない、でしょ?私が、持ってても、しょうが、ないよ?一度、引くのも、それ、無理って、言った、でしょ?」

 

 まるで幼子に聞かせるような言い方だと、セイバーは思った。それに撤退と言っても、この山には既にキャスターの結界内であり、キャスターに探知された者はキャスターを倒さねば出られない。

 セイバーはそれも承知で「引くことも考慮に入れる」と言った。今や易々とあの宝具を使うわけにはいかなくなったのだ。

 

「……あの宝具は俺にも操りきれるものではない。すべて俺の貯蔵魔力で賄いたくても、マスターの魔力がなければ」

 

 人間の思惑が一切介在しない神造兵装である剣は、もともとは神霊が行使するためにある正真正銘の神剣である。セイバーは神霊ではないため、その神剣を完全にコントロールすることができない。一度解放すれば、剣は荒れ狂うままに周囲を破壊し、担い手の魔力を貪る。既にぼろぼろの明に、それを強いるのは無茶だとセイバーはわかる。

 

 それでも、それを全て承知で、明は普段と全く変わる様子もなく、まるでコンビニに行くセイバーを送るかのような軽さで言う。

 

「……まぁ、だろうね。わかってる、から、早く、いきなよ」

「…………死ぬかもしれないと言っている!!」

 

 セイバーからすれば、物わかりの悪いのは明の方だった。マスターを死にさらしてまでお呑気に宝具を使うなどセイバーには考えられなかった。

 そもそも、いま明がこんなに怪我をしているのも、茨木童子を斬り伏せた後にマスターを放置した己のせい――セイバーが無理に神剣を返そうとした時、いきなり頬を殴られた。痛くはないが、訳が分からずセイバーは呆けてしまった。

 

 明は血だらけの手でセイバーの襟をを掴んで捩じる。そして青白い顔で、息以上に荒く言葉を、血を吐くように紡ぐ。

 

「だから、何?私が、死ぬかもしれないから、何?、あなたは、何のために、ここにいるの?……全部の、サーヴァントを、倒すのが、目的、って言った。あれは、嘘?」

「嘘ではない!!」

 

 セイバーは殆ど反射的に言い返した。その言葉に、明は満足げに笑う。

 

「……剣は、敵を、倒すもの。なら、倒しなさい、セイバー。マスターの、せいで、宝具が使えないから、負けたとか、言い訳だよ」

 

 近い剣戟が遠く聞こえた。清かな月光と、身を震わせる寒気。

 その中に青い匂いと、鉄の生臭い匂いが立ち込めている。セイバーは一度だけ、眼を閉じた。

 

 暫しの沈黙のあと、彼は静かに神剣を受け取った。手から剣が離れたことを知り、明は目を閉じた。

 

 

「……大丈夫。私、結構、なんか、生き汚い、んだから……」

 

 

 その言葉を聞き届け、セイバーはゆっくりと立ち上がり、明に背を向けた。

 そして槍の英霊と魔術師の英霊が鎬を削る戦場に、剣の英霊はその真価を顕現(あらわ)す。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。