Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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11月25日 戦争、開幕

 前にも述べたが、碓氷邸は古色蒼然たる西洋風の屋敷である。

 庭は広々として石畳が敷かれ、家の門と玄関の間には噴水なんてものまで備えられている。一階は石の階段からポーチを通って玄関に至る。玄関から入ると紅い絨毯のホールが出迎え、そこからリビング・食堂・応接間・書斎(という名の物置)に行けるようになっている。

 階段を上ると、再びホールから明の部屋・父の部屋・客用の寝室・浴室に行ける。家の中は外見よりは新しいが、どの部屋もフローリングもしくは絨毯でありアンティックな棚の上には由緒ありげな花瓶があり壁には絵画があるような家である。

 

 このような家なので純和風の物体は雰囲気にそぐわないのだが、明の父親はそのあたりには頓着しない人間であったために座布団やこたつ、敷布団、細かなものになると湯飲み等も家にはある。

 ただ、明はどちらかと言えば全うな洋風好みだったので、父親が時計塔に行っている今はそれらを地下室にしまっていた。

 

 天気予報では今日は十二月中旬並の寒さになるらしい。予報など聞かずとも体で冷えを感じることができる。

 明はコートの中にしっかりセーターを着込み、マフラーを巻いて、出かける準備は万端の出で立ちだ。同じ二階の父の部屋に向かい、自らの使い魔を探した。明がノックもなしにドアを開くと、予想した通りの光景が広がっていた。

 

 瀟洒な絨毯が敷かれ、父の趣味である絵画が飾られる三十平方メートル程度の部屋の真ん中、四角いテーブルの上に厚手の毛布が挟まれ、その毛布の上に四角い板が乗っている。要するにコタツがあった。

 

「セイバー、ねぇセイバー」

「なんだマスター」

 

 セイバーは買ったジャージに身を包み、こたつに足を突っ込んで、顎をテーブルの上に乗せただらしないスタイルで返事をした。声のテンションも低い、というよりは今起きたばかりという感じに近い。

 

 

「昨日、明日は教会に行くって言ったでしょ。行こう」

 

 文句こそいわないものの、セイバーの動きは果てしなく鈍い。テレビのスローモーションモードと同じだ。

 ここ数日暮らしてわかったことだが、セイバーは表情の変化には乏しいがその代わり行動が全てを物語る。

 

 セイバーを召喚してから丸三日が経過している。御雄によればセイバーに先んじて召喚されていたのはキャスターのみだったが、昨日にはアーチャーとバーサーカーまで召喚されていると伝えられ、明とセイバーはそれらの居場所の特定・訪れていない場所の調査を行った。

 

 霊地である大西山には近くまでバスで、土御門神社には徒歩で向かったが今の所不審な点はなかった。大西山についてはセイバーが異様に魔力が溜まっていると言ったが、そこは春日随一の霊地である為に異状ではない。

 また他陣営の動向を探りたかったが、索敵能力の高くないセイバー、かつ敵もうろついてはいなかったのか運がなかったのか、梨の礫だった。

 

 また明は昨日、管理者として得ている情報により、春日に根を張っている魔術師の家を訪ねた。

 碓氷以外には二家あるのだが、双方ともに家――工房から異状を感じることはなかった。人気もなく、双方ともに留守にしているようで、あまり収穫はなかった。

 正直、セイバーを召喚してから、正直言ってそこまですることがあったわけではなかった。

 

 話は戻るが、セイバーを召喚する前に明は魔法陣を書くために地下室を清掃しており、その際に発掘されたこたつや座布団を父の部屋――現在のセイバーの部屋に置いていた。

 そうして暇をしていた彼に、それらを発見されたのが始まりだった。

 明と出かける以外の時、セイバーはこたつから出ない。そして寝ている。

 

 

 彼曰く「全サーヴァントが召喚されれば、俺にもわかる。それまでは英気を養う。眠っていれば魔力消費は少ない」そうで、確かに魔力の消費は少ないのだがそれにしてもよく寝るのだ。

 現在やることがないのだから文句を言う筋合いでもないのだが、セイバー自身は退屈ではないのだろうか。

 外にコンビニに行く以外に、こたつで寝る姿しか見ていない。

 

 明はのろのろしているセイバーを見ながら、この部屋に暖房が入っていないことに気づいた。それにしては暖かい。普通に暖房を使っている明の部屋より暖かいくらいだ。

 

 

「そういえば気になってたんだけど、この部屋暖房入れてないの?」

 

 こたつから抜け出すだけで三分ほどかけたセイバーが、怪訝な顔をしている主人に気づいて答える。

 

「あの天井近くについてる機械か?触ってはいないな」

「にしてはこの部屋あったかすぎるんだけど、なんで?」

「ああ、これのせいだろう」

 

 セイバーは思い出したと言わんばかりに、こたつの中に腕をつっこむと一振りの剣を取り出した。その鈍い銀色はもちろん言わずもがな、草薙剣である。

 

「この剣は叔母上に頂いた火打石と一体化していて、属性が炎になっている。これに少量の魔力を注ぐと」

 

 セイバーは草薙剣をひゅっと明に向けた。一瞬何かと思ったが、どうやら触れということらしい。

 両刃の剣で手を切らぬように触ると、なんと暖かい。ホッカイロのような暖かさだ。

 

「これをあのこたつの中に入れておくとよいのだ。流石に刃物だから天叢雲の鞘に入れてからこたつに入れるがな。魔力を増やしてもっと熱くすると野菜など物もよく斬れるし、特に熱さなくとも草刈りにも俺の剣は役に立つ。草薙だけに」

 

 フフンどうだ俺の剣はすごいだろと言わんばかりにセイバーはドヤ顔をかましてくるが、明は反応に戸惑うばかりである。まず剣のすごさというよりは十得ナイフ的な便利なものアピールで、むしろお前はそれでいいのか日本武尊と聞きたい。

 あと草薙だけに、とはギャグのつもりなのか、そもそもそれがその剣の由来でしょと突っ込みたい。古墳ギャグはレベルが高すぎてついていけない。

 

「ついでに言っておけば、この剣を体に入れている間は俺でなくとも、いかなる怪我も治癒させることができる。既に負ってしまった怪我に対しては悪化を止める効力に留まるが……―まぁ、俺はこの剣がないとパラメータが落ちるゆえに、おいそれと貸せないが」

 

 セイバーは欲しがられてもちょっと貸せない、と再び謎のドヤ顔をかましてくる。セイバーなりの宝具自慢だろうが、やはりTVショッピング的な売り込みが抜けておらず、明は苦笑いしかできなかった。

 どうやら明の反応はセイバーの期待したものと違うらしく、セイバーも微妙な顔をして剣を鞘に納めた。

 明は気を取り直して、未だにこたつを名残惜しげにするセイバーを引っ張って門を出た。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 門を出る時に郵便物を確認すると、町の回覧板と一通の手紙が入っていた。回覧板のボードには、薄水色の紙に印刷された文字が躍っている。「風邪の流行にご注意」と見出しがある。

 今年の秋は寒い秋と前々から天気予報で知らされており、十一月であるのにしばしば十二月中旬並みの寒さの日が多かった。かといえば並みの十一月の過ごしやすい日もあったりで、気温の変化があるため体調を崩すものが多いようだ。十一月中盤から、春日に風邪が流行し今も続いている。いつまで続くだろうと思いながら、明はもう片方の手紙の裏表を眺めた。

 普通の手紙ではなく、切手も印もない上に封に碓氷の魔術師しか開けない魔術的処理が施されている。父からのものだと直感した明は、直ぐに封を解除して中を見る。中には古びた一本の鍵と、一枚の手紙が入っていた。

 

 手紙を開き、その内容を確かめる。手紙の内容はおおざっぱに言えば、父も聖杯戦争がおこることについては寝耳に水であったこと、冬木の聖杯の模倣であるが、既に相違点が多くあることが書いてあった。

 既に済んでしまったこととしては召喚の儀。本来は魔力を貯める大本の聖杯――大聖杯のある土地でしか召喚は行えないが、始まりの御三家のマスターには何らかの要因で聖杯から魔力が余剰に流れ込んでおり、その為春日でなくとも召喚は行えるということだ。

(つーか、神父多分これ知ってたよね……じゃないと新幹線の切符なんて渡さないよね……)

 この手紙で書いてあることは神父からは聞いていない。まあ、確かにどうでもいいといえばいいのだが、何か腹立たしい。

 

 次は、春日の大聖杯の位置について。聖杯戦争自体が寝耳に水だったため、当然父はそこまで知っているはずもなかった。順当にいけば、春日の霊地にあるだろうということだった。

「……なんかすごい奥歯にモノ引っかかった感じだなぁ……。結局「要因」わかんないし……」

 

 土地を管理する者として全然知らなかったというのはまずいことなのではないだろうかと思う。しかし二十五年管理者をしてきた父が知らないということは、何かあったとしても亡き先先代からもっと前のことになる。

 

 そして最後に、冬木の聖杯戦争は五度も開催されておきながら、ただの一度も根源に至った者がいない、それどころか願いを叶えた者がいないが、可能性がある以上次代管理者として明が真偽を確かめろということだった。感触としては、父は聖杯は根源に至れる可能性については眉に唾をつけているのだろう。

 

 

 明はとりあえず手紙を大切に折りたたみ、バッグの中にしまった。

 そして、もう一つの入っていた鍵をじっと眺めた。

 

「はぁ…」

 この鍵にはいい思い出がない。そこに手紙を読んでいる間は黙っていたセイバーが隣から顔を出した。ちなみにセイバーはコートをしっかり着ていて防寒に抜かりはない。サーヴァントは寒さを人間ほど感じないはずだが、無意味に準備はばっちりである。

 

「どうした……手紙を読んでいたと思ったが」

「ああ、ちょっとお父様から」

 明はショルダーバッグに鍵も入れると、セイバーを促した。「あっち。行こう」

 

 

 

 寒風の吹く住宅街を歩きながら、特に会話がない。明もセイバーもあまり口数が多い方ではなく、話すことがなければ話さない。

 しかし珍しくセイバーは先ほどの話に興味を持ったようで、問いかけてきた。

 

「マスターの家族はどうしているのか?」

「そういえば言ってなかったね。お母様は私を生んだときに死んで、お父様は今時計塔っていう魔術協会の本部にいるんだ。まぁそうじゃなくてもあんまり家にいない人なんだけど……あとは、お姉様がいたけど、今は一般人として暮らしてる」

「ふむ。仲はいいのか」

「うーん……そうでもない。私は碓氷の跡継ぎだから、良くしてくれてるだけじゃないかな。お姉様はそもそももう私のことなんか覚えてないし」

 

 明の父影景は良くも悪くも魔術師然とした人間である。明は父の手前、魔術に強い熱意がないとは絶対に口にしない為、とりあえず仲は悪くは無い。

 だが、熱意が無くとも魔術師として稀有な体質を持つ明は魔導を修めなければ色々と問題が生じる。

 

「覚えていない?」

「そこはちょっと込み入った事情があるんだけど、そうなんだ。だから仲良くはないよ。セイバーは?」

 

 姉に関しては長い話になる上に楽しい話でもない為、明はとっさにセイバーに水を向けてしまった。しかし、伝説上セイバーが家族仲のいいわけがないことをすぐに思い出して慌てた。

 

「あ、今のなし、気にしないで」

「?…何を気にかけているのかわからないが……」

 

 明の狼狽に対し、当の本人は落ち着いたままだ。首を傾げて、聞きたいならばと口を開いた。

 

 

「知っているかもしれないが、良くはない。俺は父帝を尊敬していたが、父帝は俺のことを嫌っていたようだ。今でもその理由はわからない。兄妹も八十人くらいいたからな、それだけいると特に仲がいいと言うことはなかった」

 

 思った以上にセイバーが平静に答えてくるので、明はええいままよとセイバーの伝説で気になっていることをぶつけた。

 

「……でも双子のお兄さんは?っていうか、何で殺しちゃったの?」

 

 

 日本武尊――小碓命の双子の兄の大碓命は、父から連れてくるように命じられた美しい乙女二人をを密かに自分の妻にし、父帝には別の乙女を献上した。父帝はそれに気づいたが黙っていた。後で恐ろしくなった大碓命は、朝夕の行事に欠席して父帝と顔を合わさなくなった。

 それを気にした父帝は、大碓命の双子の弟である小碓命に「兄はどうしているのか。お前が良く諭しなさい」と命じ、小碓命はその後兄を厠で、素手で捩じり殺し袋に詰めて捨てたのだ。

 伝説上はそのように伝えられている。

 

 

「大碓の兄上か。父帝のお召しになった乙女を横から掠め取った時点で死を以って償うべきだろう」

「その時、何も思わなかったの?」

 

 あまりにあっさりと答えるセイバーに、明は思わず問いただした。

 しかしセイバーは怒るでも悲しむでもなく、純粋に首を傾げていた。

 

「何を悲しむ必要がある」

 

 予想の範疇外の返事に、明は言葉を失った。当然、英雄なるものは華々しい伝説と共に血腥い伝説も多く存在する。それは仕方がない。

 だが、人を殺めることに対するセイバーの無関心が――戦いに於いて人を殺すことを否まないと告げたことが――どうしてもひっかかった。それでも今問いただすすべを持たなかった明は、結局言葉を返せなかった。

 当のセイバーはすっかりその話は終わったように、別の事を訪ねてきた。

 

 

「しかし、今日は何の用があって教会に行くのだ、マスター」

 

 気のせいかもしれないが、セイバーはあまり教会が好きではないように思える。

 とは言っても明自身もそんなに行きたいところではない。

 

「前にあの教会の二人とは協力体制って言ったでしょ? それで、時計塔ってところからもう一人協力者として参加する魔術師が昨日来日したそうなの。もうサーヴァントも召喚したんだって。で、今日はその協力者と顔合わせ」

「協力者として参加?もうサーヴァントも召喚?」

 

 明の発言に、寝耳に水といわんばかりの反応が返ってきた。教会の二人が協力することに異論はなかったセイバーだが、今度の反応は雲行きが怪しい。

 

「何か問題でもあるの?」

「……利点がないことはないが……もしやマスター、その協力者とやらと仲良くやっていけば、最後は正々堂々一騎打ちなどという結末になると思ってはいないだろうな」

 

 流石に明もそこまで能天気にできているわけではない。相手は見ず知らずの人間で、しかも権謀術数の渦である時計塔で生きてきた魔術師の先輩である。

 

「まぁ、そこまでいい感じになるとは思っていないけど。……これを思いっきり断ると教会の協力も得られなくなっちゃうし、途中までは役に立つんじゃないかな。協力とか言ってるけど、利用しあう感じだよ」

「……」

 セイバーはあまり納得したようには見えないが、しばらく黙りこんだかと思うと一人で勝手に頷いていた。

 とりあえず納得してくれたのかと明が思った時、唐突に何故か文句の矛先が向けられた。

 

 

「……供給される魔力からマスターが極めて優秀な魔術師だというのはわかるがこう、マスターは今一つ頼りない。何もないところで転びそうになるし、アサシンあたりにあっさりと殺されそうだ」

「こたつと合体してるものぐさなサーヴァントには言われたくない。っていうかなんで私への文句になるの……」

 セイバーだけでなく明も常々思っていたことが口をついて出た。召喚された日、聖杯にかける望みはなく他の六騎のサーヴァントを皆殺しにして最後の一騎になることと言っていたセイバーがいたが、それはきっと別の世界のセイバーに違いないと思うほどの堕落振りを前述の様に見せている。

 

 

「いやはや、それに関しては俺も驚嘆している。この神代の気風消え失せた現世において、このような神造兵器があるとはな」

 

 明は別にこたつの話をしたかったわけではない。「こいつマジ何言ってんだろう」というツッコミを顔面で現した明に気づいているのかいないのか、セイバーは腕を組んで一人何度も頷いている。もし天照様がこれを御覧になれば、大喜びするに間違いないだろうと大絶賛である。

 段々付き合うのが面倒くさくなってきた明は、適当な相槌を打ちながら教会への道を急いだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 本来、魔術協会――魔術を学問として学ぶ者たちの互助会――は、聖堂教会とは犬猿の仲である。

 聖堂教会は要するにカトリック教会だが、その裏の顔とでも言うべき存在だ。彼らの目的は「異端の殲滅」。神秘の技で神を汚すこと、人を殺めること、世を惑わすこと、神の摂理を歪めようとすることはすべて「異端」とされる。それらを行う者達を撲滅することが目的である。

 聖堂教会と魔術協会の仲が悪い原因はここにあり、聖堂教会は「神に選ばれた聖人」ならぬものが好き勝手に神秘(魔術)を振るうことを認めない。両者は古より反目してきたが、現代では協定による平穏が訪れている(記録に残らない場所では殺し合いが行われているが)。

 

 そのような魔術協会と聖堂教会の関係のため、明は教会の神内親子も付き合いは長いものの、気の置けない間柄と言うわけではない。それでも他で話に聞くほどは、明と教会の仲は悪くはないと、本人は思っている。

 それは御雄と美琴がもとは魔術師であり、その後教会に属したと言う経歴から来るものなのかもしれない。詳しいところは明も知らない。

 

 冬の寒気を歩くことで誤魔化しながら、明とセイバーは教会に到着した。到着する少し前から違和感を覚えていたが、それは間違いではないと明は確信した。

 セイバーは無言で明の三歩前に出る。

 

 

 道なりに花壇があり、四季折々に目を楽しませる。今はユリオスプデージー――黄色い花弁がよく映える花が咲いていた。石畳の続く先に、レンガ造りの教会の入り口がある。そして、その扉の前に、一人の男が立っていた。

 

 堂々たる体躯は、百八十センチはあろうかという長身である。筋肉隆々とした体を鎖帷子が覆い、鎧は全部装備すれば兜までありそうだが、今は袴に脛当、革足袋に草鞋といういかにも身軽な出で立ちである。

 そして何よりも目に付くのが、その手に掲げられた大槍である。笹穂のような刃に、柄は三メートルもあろうか。その丈は血によって呪文がつづられた布で巻かれ窺い知ることはできない。

 歳は三十代序盤であろうか、男は勇ましい顔つきで不敵に笑った。

 

 

「待っておったぞ、客人」

 

 語らずともわかる。この圧倒する雰囲気、人では到底及ばないほどの魂の熱量。

 人知を超えた存在、英霊の具現がそこにあった。

 

 

「……戦いに来たわけではない。マスターの命に従い、協力者とやらの顔を見に来ただけだ」

 

 応じる素振りのないセイバーを、男は全く意に介さない。

 

「応とも。その件についてはこちらも相方から聞いておるわ。だが、共闘する相手があまりも実力不足であったらどうだ。つまらぬとは思わないか?」

「あまりにも実力があるよりは御しやすいと思うが」

「ははは、つれない奴よ。だがな、儂はそう思うのよ……いざ、もののふ同士戦おうぞ!」

 

 先ほどまで不敵に、しかし一種すがすがしさを感じさせる笑いを浮かべていた男は瞬間、猛禽の如き笑みを浮かべた。その笑みの変質を認識する方が早いか槍が猛威を振るう方が早いか、刹那の間にセイバーと男は空間を蹴とばして接近し――セイバーは素手で彼の槍を掴んでいた。

 

「悪いが俺はもののけの道とやらは知らない」

「勝手に妖怪にするでない!もののふだ!」

「もののけだか何だか知らないが、ともかく戦う気はない」

 

 セイバーは掴んだ槍を離さない。だが瞬時三メートルの槍は長さを変えて、急激に短くなる。二メートル程度の長さになった槍は、既にセイバーの掴むところではない。セイバーの力量を認めたランサーの槍は、先ほどの小手調べのような甘い一撃を放たない。

 鋭い神速の槍が教会の道で振るわれ、大気を薙ぐ。風が吹く。

 美琴の整えた花壇は全く頓着されず吹き散らされていく。セイバーは未だ自分の武器を取ることなく、風のように槍をかわした。

 

 

「その槍、伸縮するのか」

「お前の得物を見せてくれんかな!そう出し惜しむな、せこいぞ!」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「!?全く褒めてはいないぞ!」

 

 戦う気がないと言いながら、どことなくセイバーは嬉しそうにも見える。流石に繰り出される突きを受け止めるのは不可能と思ったようで、セイバーはひたすら躱し続ける。

 しかし敵もさるもので、せめて得物くらいは見てやろうと迫ってくる。風を斬り裂く一突きを、セイバーが宙を舞って躱す。だが、空中では身動きがとれまいとランサーはさらに神速の一撃を与える。

 セイバーは剣を出す気はない。この一撃は躱せる――しかし、セイバーが紙一重で躱そうとしたとき、―――再び槍が伸びた。

 

「!!」

 

 鋭い金属音が空に響き渡る。ランサーは得たりと笑う。

 

 

「む、ここに至っても己が武器を隠すか!!しかし、そのように受け止め、今の音ということは・・・」

 

 

 男が漏らしたのも頷ける。セイバーの得物は、セイバーの手元からおよそ二メートル以上にわたり白い靄で覆われていて、はっきりとその姿を視認できないのだ。霧、蒸気のようなもので覆われてその長さと形状が曖昧になる。

 しかし、ランサーは槍を受けた音とその構えから、得物が何かは推測できている。

 セイバーは地に足をつき、蒸気の武器を構える。

 

 眼にも追えぬ速さで男は突きを繰り出していくが、セイバーもそれに後れを取らない。

 水のベールを纏った剣で次々といなし躱す。

 

「己の武器を隠蔽するとは卑怯だぞ、セイバー!」

「お前こそ武器を呪布で覆っているだろう、ランサー!」

 

 お互いにどことなく嬉しそうな声を投げて、彼らはお互いの凶器を捌き読み、躱し見つめる。巨躯のランサーの一撃一撃は破壊力があるだけでなく、その体に似合わない俊敏さで付け入る隙を見せない。

 ランサーと比べれば遥かに矮躯のセイバーは軽業師のような身軽さで槍をいなすが、さして攻撃が軽いと言うことは決してない。人一人を素手で千切り殺した逸話のあるセイバーが非力とは片腹痛い。

 

 

「その呪符、千切り取ってやろう」

 

 セイバーの蒸気に覆われた剣は、少しずつ、少しずつランサーの槍に巻き付いた呪符を削る。それこそ縛りの緩んでいる箇所から狙うように。しかし、武器を露わにして真名を暴いてやろうというセイバーの試みは、ランサーにもヒントを与えることになる。

 

 ランサーのマスターである魔術師は生半なそれではなく、一流と冠をつけられる魔術師である。それはラインを通して流れ込んでくる魔力で容易くわかる。そのマスターが、武器が丸出しでは都合が悪かろうと渡してくれた特製の呪布である。そこらへんに転がっている布をただ巻き付けたのとは訳が違う。

 威力があろうとも、掠めただけではがれおちると言うわけは決してない―――それが、セイバーの蒸気の剣を掠めるたびに少しずつ剥がれ落ちるのである。

 

 

「セイバーお前の剣は「そこまでにしておきなさい、ランサー!」

 

 頭上から、テノールの声が響いた。大きくはないのによく通る声である。

 真っ先にランサーが反応し、素早くセイバーから一歩引いた。

 

 

「すまぬ、興が乗った!」

 

 見上げて謝りながらも、ランサーは悪びれたところがない。明とセイバーもランサーにつられて顔を上げると、教会の二階の窓から一人の男が顔を出していた。

 

 金髪で、二十代後半だろうか。優男だが、意思の強さを感じる。

 ランサーのマスターはランサーが矛を収めたことを見計らい、窓を閉めて姿を消した。

 

 

「今更だがセイバー、お前はなかなかに名のある英霊だと見受る。生半な相手が共闘相手ではなさそうで、儂は嬉しいぞ」

「お前もかなりの使い手と見える」

 

 最初は乗り気ではなかったはずのセイバーもにやりと不敵な笑みを浮かべている。すると、入り口から先ほどのランサーのマスターが姿を現した。

 

 

「ランサー!客人に向かって何をしているのですか」

「はは、すまんすまん。現界してから初にお目にかかるサーヴァントだ。血が騒いだ」

 

 ランサーのマスターは呆れた様子だったが、文句を言うのを後回しにして明とセイバーに向き直った。

 

「初めまして、セイバーのマスター。ランサーがとんだ無礼をしまして、失礼」

「こちらこそ、ランサーのマスター。私は気にしていませんが、暫しの間共闘する立場です。気を付けた方がよろしいかと」

「肝に銘じておきます。しかし、共闘に足る相手か確かめたかったというランサーの気持ちには私にも感じ入るところがありましたので、しばし静観させていただきました」

 

 先ほどはランサーに呆れた素振りを見せておきながら、今度は平気でランサーの肩を持つようなことを言う。しかし黙って見ていたのは本当であろう。明も見ていたのだからあまり気にしていない。

 胡散臭さを感じながら、明は微笑み返した。

 

「共闘相手としてお眼鏡には適いましたか?」

「ええ。……失礼、名前を申し上げていませんでしたね。私はハルカ。ハルカ・エーデルフェルト。どうぞお好きなようにおよびください、ミス・ウスイ」

 

 ハルカは柔和な笑みを返し、握手を求めてきた。明はその手を握り返した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 暖房のついた教会の中では、神内親子とハルカ、それに明が今後の聖杯戦争の進め方について協議をしている。その場に同席することを拒否されたわけではなかったが、ランサーはそこに同席する気がなかったらしく外に出て行った。

 そのためマスターを護るために無理に同席することもないと思い、セイバーは教会の庭をぶらぶらしていた。共闘も協力もあまり興味がない。

 

 出てきてしまって今更だが、己のマスターのことを考えると同席した方が良かった気もしなくはない。

 マスターの明が魔術師として優れているのは流れ込む魔力から承知しているが、ここ三日の様子を見ているとどこかぼんやりしたところがある人間なのだ。何もないところで転び、塩と砂糖を間違え、魔術の鍛錬を行うとき以外はよくソファに座ってぼうっとしている。

 それくらいなら笑える程度のぼんやりさであるが、何かが希薄なのである。存在感が、とか、そういうわかりやすいものが希薄なのではない。しかし、確かに何かが希薄なのである。

 その正体の掴めなさが、セイバーがマスターに対し抱いている得体のしれない不安であった。

 ただ、このような証拠も何もない感覚の話をしたところで得るものは何もないため、とりあえずセイバーの胸の内に収めている。

 

 

 ふと、下を向いたときに己の剣が目に入る。現界してからまともに剣を抜いたのは先ほどが初めてだった。

 元来力比べ程度の戦いなら好きだが、殺し合いという戦いが好きなわけではない。先ほど本当はランサーと刃を交えるつもりはなかった。サーヴァントには逆らえないほどではないが、戦争を進めるために「他のサーヴァントを斃したい」という衝動が与えられると、聖杯からの知識で知っていた。

 なるほど、あの高揚感がその衝動だったのだろうと、セイバーは冬咲のコスモスをはじめとした花に囲まれる庭を眺めながら、そっと呟いた。

 

 

「何の用だ、ランサー」

「おや、ばれてしまったようだな」

 

 教会の屋根の上に立ち、遥か上空からセイバーを見下ろす影がある。鍛え上げられた肉体を余すところなく晒し、仁王立ちするランサーの姿だった。ランサーはにっと笑うと、体の大きさに似合わぬ軽やかな動きで屋根から飛び降りた。

 

 

「ばれるも何も、教会内にいるサーヴァントの気配ぐらいどのサーヴァントでも察せよう」

「そうつれない返事をするな、セイバー。儂はお前に会えて嬉しいのだ」

「?」

 

 怪訝な顔をするセイバーに対し、ランサーはとても嬉しげに語る。

 

「この聖杯戦争、というものに参加できることがだ。この聖杯戦争に呼ばれる英霊は、時代を異にしながら生前勇名を馳せた者たちばかりだろう。死してから今一度、そのような兵たちと覇を競えあえるとは、これほど心躍ることもあるまい」

「……貴様は聖杯にかける望みがあるのではないのか?」

「ああ、聖杯か。勝ってから考えればよいであろう。我が望みは戦いそのものよ、正々堂々、名乗りを上げて尋常な勝負をするのだ」

 

 ランサーは身の丈の倍もの長さのある槍を握りしめ、意気を新たにセイバーを見つめる。ランサーのように戦うことそのものが目的になっているわけではないが、このようなタイプを悪く思うセイバーではない。

 しかし、ランサーの発言に眉を寄せた。

 

 

「……名乗りを上げて?真名を自ら暴露するのか」

 

 サーヴァントにとって真名は秘匿すべきものである。真名を知られることは弱点を知られることであり、対策を取られて不利になる。進んで言ったところで何の得もない。それでも、ランサーは得たりとばかりに笑んだ。

 

「応とも。尋常なる戦いはお互いの正体を明かしてこそ……といいたいところだがな。召喚した相方と協力せずには勝ち残れない故に、流石にそこまではおおっぴらにできなんだ。昨夜、思わず令呪を使われかけた!」

 

 呵々大笑するが、セイバーはあまり笑えない。

 ランサーのマスターはこの「名乗りたがり」を直ぐに見抜いて厳重に注意したらしい。

 

 

「……名乗りたければ勝手にしろ」

「だからそれはできんのだ。ま、しかしセイバー、儂の真名を知ったとしても逃げてくれるなよ?」

 

 投げかけられた言葉は、セイバーを試すように緊張を孕んでいた。

 一瞬だけ、先ほどと同じ猛禽の如き笑みを浮かべたランサーに向かい、セイバーは淡々と告げる。

 

 

「それはいらぬ心配だ。元よりこの身、戦いを避けるようにはできていない」

「ほほう、女のような姿をしていながらも言うではないか、セイバー。生前、東に儂ありと言われたことなどもあったが、此度の戦いでは日本に儂あり、と思い知らせて見せようぞ」

 

 本格的な寒気を引き連れたつむじ風が吹き抜ける。ざわめく様に花と草々がこすれあう。

 マントと衣袴を風に翻しながら、その凛とした美貌を崩さぬまま、セイバーは一かけらの笑みさえなく、変わらぬ事実を告げるように厳粛に言った。

 

 

 

「日本最強は二人も要らない」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 特に指示したわけではないが、セイバーもランサーも教会の中からは席を外した。サーヴァントを抜いて、明、ハルカ、神内美琴の三人が顔を合わせた。

 どことなく荘厳な空気が漂っている為、明はあまり教会にいるのが好きではない。

 

 

「改めて自己紹介をいたします。魔術協会から参りました、ハルカ・エーデルフェルトと申します」

 

 金髪の北欧人は穏やかな笑みを浮かべて、日本式に合わせたのか一礼をする。ハルカ・エーデルフェルト。明も父からその名を聞いたことがあった。エーデルフェルトはフィンランドの名門魔術一族である。

 特に宝石魔術にかけては一流の魔術師という。

 

 魔力はそれそのままでは一か所に留めておくことはできない。だが、宝石など特定の物質には魔力を貯めておくことができる。日ごろから宝石に魔力を貯めておくことで、いざと言うときの魔術発動時、詠唱を簡略化することや、魔弾と化した宝石そのもので爆破などの破壊力を生み出すことができる。

 宝石は高価で純度の高いものほど魔力を貯めやすい。しかし使い捨てであるために金がかかるのが難点である。

 

 

「改めて、よろしくお願いします。ミスター・エーデルフェルト。碓氷明と申します」明も穏やかな笑みを浮かべて、改めて挨拶をする。

「時計塔でも噂の影使いと会えて光栄です。願わくば聖杯戦争のフィナーレは、貴方と秘術を尽くして戦いたいものです」

 

 勘弁してくれ、と明は心の中で思いながら笑った。

 碓氷の影使いとは何のひねりもないが、明のあだ名、二つ名である。それは明が成し遂げた功績によってつけられたものではなく、明の生まれつきの体質よってついたものである。

 

 魔術師一人ひとりには属性というものが存在する。その魔術師がどのような特性を持ちやすいか、どのような魔術と相性がよいかを決定する生来の要素である。

 基本は地、水、火、風、空の五大元素。大抵はその中から一つを属性として持つが、まれに二つ、三つ、さらには五大元素全てを属性として持つ者も存在する。

 さらに架空元素として虚数属性、無属性がある。この架空元素は共に極めて稀有な属性であり、明はそのうちの虚数属性を持っている。

 

 さらに、碓氷の家の魔術師には特殊な体質がある。同じ碓氷の者の魔術、または己の魔力量を超える規模の魔術でなければ魔術が効きにくくなる体質である。

 本来、魔力を帯びたものに干渉する魔術は難しいということが常識だが、碓氷の体質は、その常識に輪をかけて影響を受けないモノだ。相手の魔術が効かないと同時に、己の血族でなければ暗示や催眠、補助魔術や治癒の魔術も通らない。

 この二つのことが合いまって、明はその名を知られている。

 

 二人が一通りの挨拶を終えたのを見計らって、美琴が場を取り仕切る。

 

「ミスタ・エーデルフェルト、そして明。この教会に集まってくださり、感謝の言葉もありません。我々の共通の目的は一つ。『何事もなく、この聖杯戦争を終結させる』ことです……すでにお二人のサーヴァントは少しではありますが交戦し、お互いの能力を多少は知ったと思われます。セイバーと、ランサー」

 

 そうだろうな、と明は思ってはいたがやはり先ほどのランサーのケンカ売りは、この監督役の許可するところだったようだ。そうでなければ、もっと早く美琴、もしくは御雄が止めに来たに違いない。

 

「双方のサーヴァントが優れた英霊であることは確認できたと思われます。そして、そのクラスの性質を鑑みるにあたり、まずはランサーに斥候役を務めてもらい、セイバーが主砲となって敵サーヴァントを葬ることを当面の作戦にしたいと思います」

 

 美琴の言うとおり、クラスの性質を考えればそれが妥当なところだろう。セイバーのクラスは強力な宝具と高いパラメータを持ち、その最も向く戦法は「真っ向勝負」である。大火力で敵を跡形もなく葬り去ることができる反面、索敵能力が高くなく、奇襲や搦め手を苦手とするクラスでもある。

 

 ランサーはセイバーに次いで高いパラメータを持ち、特に俊敏であることが特徴のクラスである。宝具の効果範囲は他クラスに劣るが燃費が良く、何発も放てる場合が多い。このような特徴のため、一対一での戦闘では最も効率よく戦えるクラスであり、斥候として引き際を見極めて戦うのに向いている。ハルカは賛成の意を示した。

 

 

「私はそれで構いませんよ」

「私も構いません。斥候はランサーの方が向いているでしょう」

 

 ハルカと明はお互いに視線を交わし、頷きあう。当面―――サーヴァント七騎中三騎が消滅するくらいまではこの方針でいけるだろうと明は考える。最終的には個人の戦いになるとはいえ、いくらかは共闘関係を結んでいた方が効率よく戦いを進められる。それに監督役を兼ねる教会を味方につければ、現在の状況把握に役立つ。

 

 ただ、明がハルカを全く信用していないのと同じようにハルカも明を信用していないだろう。

 生粋の魔術師として生きてきたはずのハルカの目的は聖杯で根源に至ることだろうし、それのためならいつ裏切ってもおかしくはない。

 そもそも魔術師なるものは自分一人(または一族)のみが根源に至れればよいという考えの人種だ。魔術協会は魔術師の研究互助会を謳っているが、その総本山たる時計塔はその足の引っ張り合い、権謀術数に明け暮れているのが実体である。

 

 魔術師としての素質はほぼ生まれによって決定されると言っても過言ではない。基本は研究を重ねた結果を魔術刻印として子に相続し、一本でも魔術回路を増やしていくことを繰り返していく。代を重ねた魔術の家計ほど魔術回路が多く、研究結果の魔術刻印も増えるのが常である。時計塔にはそのように魔術の研鑽を五百年以上続けてきた家系がザラにあり、中には二千年の歴史を持つ大貴族もある(ちなみに碓氷は明で二百五十年程度)。

 

 そのような積み重ねられた呪いにも似た歴史を持つ、時計塔から来た魔術師を易々と信用することはできない。それはハルカも同じことで、稀有な魔術属性を兼ね備え魔術の研鑽を重ねている明が「別に聖杯に願うこととかない」と言ったとしても信じないだろう。

 

 結局は互いの腹を探りながら、共闘しできるだけのサーヴァントを排除することになる。

 美琴は両者の顔を見て話を続ける。

 

 

「それではランサーには早速今日から積極的に索敵してもらいましょう。危なくなったらすばやく逃げる様にしてください。結果は教会に使い魔を使役して報告していただきます」

「わかりました。ランサーにはよく言い含めておきます」

「セイバーは今しばらくは戦闘に出ないで欲しいわ。それにセイバーは有名すぎるから、直ぐに真名を看破される危険がある。いざと言う時まで、おとなしくしていたほうがいいわね」

 

 美琴はこういうとりまとめをしているとき生き生きとしている。

 明も教会の方針に異存は無い。ニート全開のセイバーは、暫くの間はおとなしくしているだろう。

 

 しかし、セイバーは有名すぎるから引っ込めておこうと、ランサーのマスターの目の前で言うのは如何なものか。ランサーは有名ではないと言っているようだし、そもそもランサーばかり戦うということは、ランサーの真名が割れやすくなるということだ。明がこっそりとハルカの表情を伺うと、ちょうど彼と目が合ってしまった。

 

「……お気になさらず。ランサーは戦闘好きですからね、引っ込んでいろなんていわれても大人しくできません。それに、真名だってどこまで隠す気があるのやら」

 

 明の心を読んだように、ハルカは柔和な笑みとともに返した。どこか虫の好かない感じを受けながら、明は曖昧に頷いておく。話がまとまりかけた時、教会の奥の部屋から御雄が姿を現した。

 

 その顔には僅かに笑みが刻まれており、喜ばしい知らせがあったようだ。

 ゆったりと余裕を含ませた足取りで、御雄は三人に近づいてくる。

 

 

「話はまとまったかね?」

 美琴が答える。「概ね。お父様、何が良いことでも?」

 

「……ミスターエーデルフェルト、明。ここに告げよう、霊器盤がアサシンのサーヴァントの現界を確認した」

 

 その言葉に明、ハルカ、美琴の三人も目を見開く。これで現界しているのは、セイバー、ランサー、アーチャー、アサシン、キャスター、バーサーカーの六騎だ。

 この聖杯戦争なる舞台の役者が揃うまで僅か。三人が息をのむ中、御雄は少し気落ちした声で告げる。

 

 

「だが、少し拍子抜けな事実を伝えねばなるまい。おそらく、これで全てのサーヴァントが呼ばれているということだ」

「?ライダーは?」

 素直な明の疑問に、神父は残念そうに答える。「実は、ライダーの召喚はキャスターとほぼ同時になされていた。しかしその数分後、ライダーの反応は途絶えた」

「……数分後?どういうことでしょう?」

 

 ハルカまでも眉を寄せて神父を見ている。確か、セイバーを召喚した時点で召喚が済んでいたのはキャスターのみだったはずである。順当に考えれば、それとおよそ同時に召喚されたがいないということは――

 

「あまりに早く消えすぎているが――既にキャスターとライダーが矛を交え、ライダーが敗れたのかもしれぬ。それともマスターがライダーと反りが合わず寝首をかかれ、その寝首をかいたライダーも現界を保てなくなり、消滅したのかもしれぬ。ともかく、既にライダーのクラスは召喚されてはいるが、既に反応が途絶えているのだ」

 

 消滅のあまりの速さに神父も何かと思っていたようだが、聖杯が起動してそれなりの時が経っており、他のサーヴァントはそろっている。それでも再びライダーは現れることはなかった。

 万が一の可能性として、春日の聖杯は冬木の聖杯を陰陽道を加えてに摸倣した偽の聖杯であるため、システムに欠陥があるのかもしれないが、それこそまだわからないと神父は付け加えた。

 

「状況から見て、ライダーは消滅していると判断する」

 

 理由はわからないが、ともかくこれからの聖杯戦争はライダー(騎乗兵)のクラスを欠いたセイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、バーサーカー、アサシンの六騎で争うということのようだ。

 御雄は深く息を吸い、厳かな声音で宣言する。

 

 

「役者は揃った。ここに、春日の聖杯戦争の開催を宣言する」

 

 もとより聞いているのは四人だけ。この宣言に意味はない。

 それでも、これからの夜は日常を離れた魔術使いの夜であることが、はっきりと自覚された。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明とセイバーは碓氷邸に戻った。ハルカの拠点となる屋敷も用意が整っており、そこは今は教会が所有している小さな屋敷だ。そこの鍵と地図を渡して、美琴はハルカを見送った。

 教会には何時もの通り、御雄と美琴だけが残る。美琴はストールを羽織って聖堂を出て、入り口の石畳の両脇の花壇を見やった。セイバーとランサーが少々矛を合わせただけでこの惨状だ。花が風圧で吹き飛び、同時に無残に踏み荒らされている。石畳にも槍か剣でつけらたような傷跡があちこちに残っている。

 

 

「仕方がないとはいえ……全く……」

 

 精魂込めて花壇を手入れしている美琴からすれば完全に狼藉だ。この程度の被害はサーヴァント同士の戦いではまだまだかわいいものであることも承知している。早速多少手入れをし直したいが、またここが戦場になることもあり得なくない。全てが終わってからまとめて手入れをした方がいいかもしれない。

 

 

「これは酷いな」

「お父様」

 

 美琴の後から教会より出てきた御雄が、庭を見渡しながら言った。

 

「聖杯戦争が終わってから手入れをし直すといい。今は片付けるだけでよいだろう」

「そうですね」

 荒れた庭を見ながら、美琴は実感する。ついに聖杯戦争が始まってしまったのだと。

 

 同時にセイバーとランサーを引き込んでうまく使えば、きっと無事に戦争を終結させられるだろうとも信じている。

 美琴も御雄と同じで、元は魔術師であった。だが、十五歳の時に両親が事故で亡くなった。もちろん悲しかったが――同時に、もう魔導の修行を強いるものがいないことに安堵した。魔導が嫌いだったわけではないが、その世界になじめなかった。

 魔導を極め根源に至りたいだけなら、他の人の足を引っ張る必要はない。それなのに魔術協会は権謀術数の坩堝と化している。それに付き合うことが耐え難かった。幸いにして美琴の家はそう長い魔導の家系でもなかったため、親の死を契機に魔術協会を辞して聖堂教会に移った。

 決して一枚岩ではなくても、神への信仰で結ばれていることに感じ入った。その時、保護者――むしろ支援者として名乗りを上げた御雄が養父となり、それからの美琴を助けた。

 御雄も魔術協会から聖堂教会に移った立場であるから、放っておけなかったのかと美琴は考えている。

 

 

「最後が明とハルカになったら、どちらに勝ってほしいかね」

「……どちらかといえば明です。馴染みですしね」

 

 碓氷と春日教会が友誼を結んでいる故に、明と美琴の付き合いも長い。それくらいの感情はある。

 

「まずは何事もないようにしなければならない。神秘の秘匿や後処理はお前に一任しているぞ、よろしく頼む」

「はい」

 

 監督役は御雄だが、その補佐を美琴が行う。サーヴァントの現界を確認する霊器盤は鍵のついた御雄の部屋にあり、明とハルカとの報告等やりとりは御雄が行う。

 サーヴァント同士の戦いで、破壊された場所の修復や情報操作を美琴が行うと言う役割分担になっている。

 だが、美琴の仕事は基本的に後始末で積極的に戦争自体に介入していくものではない(監督役はあくまで監督なので、非常事態でもない限りこのように介入してはいけないのだが)。美琴としてはもっと積極的に働きかけたい気持ちがある。

 

「お父様、私も何か連携でできることはありませんか?」

「連携に関しては私が行う。二人で行うと、お前には言ったが私には言ってないなどの行き違いが起こる。お前にはお前の仕事を全うしてほしい」

「……はい」

 

 予想はしていたが、断られる。だが、御雄は話を続けた。

 

 

「聖杯「戦争」とは言うが、これは現実の戦争を経験したものが行う戦いではない。魔術師は戦争を知らない。戦争のやり方を知らない為に、そこにセオリーや常道が存在しない。要するに行き当たりばったりの戦いになるために、逆に何が起こるかわからない。サーヴァントも歴戦の英雄が呼び出されているが、春日の地理に精通しているわけでもなく他の陣営を知っているわけでもない。他のマスターやサーヴァントについては実戦で正体を探ることになる。つまり、いくら戦慣れしたサーヴァントとはいえあまりにも準備期間がないためにこちらも行き当たりばったりの戦いにならざるを得ない。――それに私たちが連携を取っているのは六騎中二騎でしかない。予期せぬことが多い故に、後を始末するお前の働きは大事だ」

「はい」

 

 とにかく始まって見なければわからない。

 美琴は聖杯戦争に口出しすることを諦めてはいないが、様子を見ることに決めた。

 

 

「今日は寒い。早く中に戻りなさい」

 

 御雄は教会に戻る美琴の背中を見送ると、荒れた庭を眺めた。聖杯戦争の序奏はすでに終わった。

 

 

「しかし……ライダーがやはり既にいないとは……」

 

 

 腕を組み、どこか惜しむようにその言葉は呟かれた。眉間に皺を寄せた神父は、自分も踵を返して教会に戻った。

 




セイバー
【weapon】
『天叢雲剣/草薙剣(火打石)』
一振で二銘、二銘で一振の諸刃の剣。
この剣を持っている場合、セイバーの治癒能力・耐久力は著しく強化される。
セイバー以外の者が所持する場合、所持者が受けた傷はいかなるものも完治させる。
しかし、既に負った怪我に対しては悪化を止めるにとどまる。
非戦闘時、天叢雲の部分が鞘代わりとなっている。通常戦闘時は天叢雲が火打石の炎で気化し、蒸気となって剣全体を覆っている。

ランサー
【真名】
【身長/体重】180CM/体重:70kg
【属性】秩序/中庸
【クラス別スキル】
対魔力:B 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
      大魔術、儀礼呪法を以ってしても傷つけるのは難しい。



補足
ちなみに碓氷に居を構えるニ家のうちに一成は含まれないやつ あいつ工房作ってないから

ハイパー独自設定↓

①治癒魔術やらについて
「魔力を帯びたものに干渉するのは難しい」
 =暗示・催眠・魔力によって破壊されたものの修復は難しい。
  治癒も魔術師に対してかけるなら同様に難しい。

 キレイ→起源が治療向き。桜ちゃんの蟲除去に予備令呪大量消費。
 凛ちゃんが士郎に対して遠坂の薬とか使ってたけど、基本魔術で治さない(よな?)。秘蔵の宝石を使ってなんとか死にかけ士郎を助ける。アイリがセイバーに対して治癒魔術使っている(※相手がセイバー)。

⇒(というわけで、都合いい感じにこの話の中では以下で行きます)
 治癒魔術はあるけど、ホイミ的にすぐ治るわけじゃないし難度が高い。
 効き目は対象の回復能力を底上げする感じで、時間が経つとじわじわ効果が上がる。
 やらないよりはいいが、コスパはよくない魔術。
 対象が回復能力に優れるサーヴァントなら、あたかもすぐ治ったように見える。


②知名度補正
 ぶっちゃけ割と有名なやつを召喚してる&日本だから鯖ごとに大きな優劣はない。 
 正直ヤマタケ、もとい神話系ってあんまり補正かかんない気がする。
 戦前だったらヤバそうだけど、今は知る機会が少ないんじゃないかな?
 (オタクはともかくそうじゃないとヤマタケとか知らないんじゃね?名前をうっすら知ってるくらいで。おとぎ話のかぐや姫とか乙姫とか、戦国武将のほうがよっぽど補正かかると思う)


③イメージ
 春日市→横浜をもう少しショボくした感じ。ただ地理とか全然違うからあくまでイメージ。碓氷邸→外観は「外交官の家」っぽいの。

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