Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月6日③ 聖杯の娘、来る

「おい!キリエ!?」

「……!カズナリ・ツチミカド!!」

 

キリエは弾かれたようにその顔を上げた。一成は反射で彼女に駆け寄り、実体を確かめるように頭やら肩やらを触る。

 

「お前、生きてたんだ……ぐぉふ!!」

「レディの体を無遠慮に触るなんて失礼よ、カズナリ・ツチミカド!」

 

キリエの張り手が炸裂し、一成はものの無様に床にひっくり返った。道行く人々の冷たい視線が刺さるが、気にしている場合ではない。ダルマのように起き上がり、キリエの腕を掴んだ。

 

「お前、体は大丈夫なのか。何でここにいるんだ。ランサーはお前の事を生死不明だって言ってたぞ」

「……見ての通り、体なら平気よ。あのハルカ・エーデルフェルトとか言う魔術師は魔術師の風上にも置けないモノね」

 

キリエは吐いて捨てるように呟く。「二つ目の質問だけれど、ここにいるのは、これからどうしようかと考えていたからよ。どうにかして屋敷に戻ろうと思ったのだけれど、駅のテレビを見て、私の拠点は――セイバーの宝具かしら?に壊されてしまったってことを知ったから」

 

一成もキリエの拠点である城のような屋敷を見た。そこで戦っていた一成とアサシン、アーチャーはセイバーの宝具に捲き込まれたのだから良く覚えている。山に不釣り合いな壮麗な屋敷は、もう木端微塵に跡形もなくなった。

 

 

「……お前はサーヴァントを失った。じゃあもう戦争に参加しなくていいだろ。サーヴァントを失ったマスターは教会に行けば保護してくれる。一緒に教会行ったんだから場所、知ってんだろ」

「……あんなところ、行けるわけないわ」

 

キリエは俯いて、声を絞り出した。一成も喉に小骨が引っかかったような感覚を覚えた。元々ランサーのマスターであるハルカはランサーをキリエに奪われて、教会に保護を求めた。

しかし、ハルカはこちら側の騒ぎに乗じて山に侵入し、まんまとランサーを奪還しキリエを連れ去った。なのになぜ、こう簡単にキリエを逃がしているのか。わざと逃がしたのか。

 

それにハルカは一度教会に保護を求めたくせに、平然と聖杯戦争に舞い戻っている。それを教会は許しているのか、そもそもハルカは本当に保護を求めたのか。

 

一成はここで初めて「教会」の神父たちを訝しんだ。教会の神父はいけ好かないと思ってはいたが、これまでは明の協力者ということで、何かをたくらんでいる者たちとは考えたことがなかった。

 

もしかしたら、キリエが教会に行かないことは良い選択なのかもしれない。

 

 

「……お前の家って、立派な魔導の家なんだろ?じゃあその家に帰れよ」

「……バカね、カズナリ・ツチミカド。私は聖杯を得るために生まれた。帰れやしないわ」

 

その言葉は前にも一成は聞いた。聖杯を得る為だけに作られたホムンクルスが、キリエスフィール・フォン・アインツベルンだと。役目を果たせない彼女に意味はないと、アインツベルンは思っているのか。

だとすれば、今のキリエが行くべき場所はどこにもないということになる。

 

 

「……じゃあ、うちで良ければ来いよ」

「……え?」

 

予期していなかった答えに、キリエははっと顔を上げた。アサシンは念話で「気持ちはわかるが姉ちゃんたちがウンって言うか?」と一成に告げた。一成も、明たちが同意してくれるかは微妙だと思っている。

 

サーヴァントを失ったとはいえ、キリエはマスターである。それをほいほいと家に呼び寄せるなど、セイバーは無論明だって反対するだろう。

しかしキリエは一成たちが知らない、この戦争の裏事情を知っている節がある。それを全て白状するといえば、交換条件で碓氷邸にて保護できるかもしれない。

ただキリエがそうしてくれるかもわからず、白状しても明やセイバーが同意してくれるか。

けれども、キリエをこのまま放っておく選択肢は、一成にはなかった。

 

 

――もしそうなったら、クソ狭い俺の家に戻るか。

 

 

「……私に居場所をくれるというの?カズナリ・ツチミカド?」

「そんなたいそれたもんじゃない。メシと寝床くらいなら……」

 

「……それなら、あなたのサーヴァントと令呪、くれるかしら?」

 

一成は思わず跳び退った。キリエの小さな体には余すところなく魔術刻印が刻まれていて、今、それが鳴動している。まさかこんな人の多いところで派手な魔術を行使するつもりかと、一成は懐に入れた呪符に触れた。

 

 

「……そうすれば私はまだ戦えるわ。聖杯を得られるわ!!」

「……やめろ!」

「一成!」

 

 

キリエの魔術が速いか、一成の叫びが速いか、アサシンの実体化が速いか。キリエから炸裂した光の球がどこかに向かって炸裂し、爆風と光によって視界と感覚を奪う。普通に買い物にやってきた人々は、何が起こったのか全く分からない。

だが、幸いにもそう大きな魔術ではなかった。近くのキッチン用品売り場を破壊したが、重傷を負った人間はいない。

 

「な、なんだ!!」

「爆発!?」

 

彼らには何もない場所がいきなり爆発したようにしか見えないだろう。ショッピングモールは一気に騒然とし、警備員が走ってくるのが見える。巻き込まれては厄介、と判断したのはアサシンだ。彼は一成とキリエの首根っこを掴むと、疾風のような速さで出口から飛び出した。

 

 

 

 

奇しくもそのままやってきたのは、一成がキリエに無理やりエスコートさせられた時に休んだこじんまりとした公園だ。日が暮れかかった公園には、一成とキリエ、霊体化したアサシン以外誰もいない。騒然とする春日市において、小学生は集団下校をし中高生も部活中止で早帰りさせられている。

逃げてきたはいいものの、一成はどう声をかけるべきか迷っていた。当のキリエはおとなしくベンチに座ってはいるが、黙り込んでしまっている。

 

いつまでもこうしてはいられない。一成は言葉を選びながら、話しかけた。

 

 

「……悪いけど、アサシンはやれない。俺は最後まで俺の戦いを全うする」

「……そう。サーヴァントのいるあなたがそのつもりなら、私には奪うことはできないわね」

 

先ほどはヒステリックささえあったのに、今のキリエは見る影もないほど落ち込んでいる。いや、この振れ幅こそ、今のキリエが極めて情緒不安定でいる証拠だ。

聖杯戦争に敗れたことは、それほどまでに彼女に衝撃を与えるものだ。聖杯の為だけに作られたのであれば、生きる意味を奪われたに等しい。

 

そこまで考えて、一成に言えることはもう決まっていた。

 

「……行くところなかったら、うちに来いよ。碓氷がダメって言ったら、俺の家に来ればいいから」

 

夕暮れのこの寒気の中、キリエは白のワンピース一枚だ。寒さには強いと彼女は言ったが、それでも体には悪いだろう。公園の街灯が灯り始め、釣瓶落としの日はもうわずかだ。そうしてキリエは漸く口を開いた。

 

 

「……わかったわ」

「よし、じゃあ行くか。流石に寒いだろ」

「……セイバーを奪ってもいいかしら」

「いいわけないだろ!!いやその前にセイバーにぶっ殺されるからやめろ!」

「冗談よ」

 

キリエの冗談は、ランサーとアーチャーを従えた経緯があるだけに冗談に聞こえない。キリエはそっと手を伸ばす。この手を取り、連れて行けと言うように。その手を取って、一成はキリエを立ち上がらせた。

その時に、彼女は久方振りにその顔に笑みを刻んでいた。

 

 

「……何か忘れているような……」

 

右手はキリエとつないでいる。しかし、キリエとつなぐ前に何か持っていたような気がする。

 

『お前メシショッピングモールに置いていったろ』

「あっ!!」

 

冷静なアサシンのツッコミで我に返る。騒動のはずみで完全に忘れていたが、買ったものをモールに置いてきてしまった。それどころかあの爆発に巻き込まれて完全に亡きものになっている可能性も高い。一成は深々とため息をついた。

 

 

「……近くのコンビニかなんかで買いなおすか……けどコンビニ高いからな……」

「ねえ、カズナリ・ツチミカド。一つお願いがあるのだけれど、聞いてくれるかしら」

「んだよ」

「ちょっと今から大西山に行ってほしいの」

「今から!?」

「もしかしたら空手に終わるかもしれないけれど、私の礼装が残っているかもしれないわ」

 

 

日が暮れたら夜になる。夜になれば戦闘が始まる可能性がある。危ないと一成は思ったが、昨日の今日である。アサシン、セイバー共に消耗が激しいことは当然だが、それはランサーも同様だろう。

今日は襲い掛かってくる公算は低く、それに逃げるだけならアサシンに一日の長がある。

一成が諾と言おうとしたその時、キリエはきっと朱い目で彼を見上げた。

 

 

「私のキャスターが敗れたことは認めるわ。でも、私のキャスターを倒して無傷でいられるサーヴァントなんて存在しないんだから」

「……おう。クソ強かった」

 

裏切られても一成のサーヴァントがアーチャーであったように、アーチャーとランサーを使役しても、キリエのサーヴァントはキャスターであったのだ。

 

キリエの言葉はそういう意味だと、一成は信じた。

 

今から行くのならば、アサシンの宝具の中に入って彼に移動してもらった方がはるかに速い。アサシンはサーヴァント使いが荒いと文句を言いながら、彼らを大西山まで運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平時はこたつを布団代わりにしていたセイバーだが、基本的に彼はいつでもどこでも寝られる。魔力不足の際は物理的にマスターの近くにいた方が魔力供給がはかどるため、明の部屋の絨毯の上で寝ていた。

 

昨夜の激闘により魔力を大幅に消費したため、セイバーの体は風邪に罹患したようにだるくなっていた。それにマスターである明も浅からぬ傷を負い動けないため、彼女の負担を極力減らすべく限界まで魔力供給を控えていた。このペースでは再び宝具を放てるようになるには、あと丸一日の休息が必要だ。

 

 

セイバーが目を覚ました時には、既に日は暮れきっていた。部屋の電気をつけっぱなしにしてマスター共々眠りこけていたため、部屋は暗くない。窓から見える外は濃紺に染まり、太陽は家々の隙間から見える地平線に一筋の橙を残しているだけだ。

 

 

「……何だ、起きていたのか」

 

明はベッドの上で上半身を起しており、何故かセイバーをじっと見ていた。それに気づいたセイバーが声をかけると、何故か彼女は残念そうにため息をつく。

 

 

「……動かなくて黙ってれば美少年なのになぁ」

「何か腹立たしいことを言われているような気がするのだが、何か用か」

「いやなんでも……っ」

 

慌てて頭を振った明だが、俄かに声を詰まらせ、腹を押さえて顔をしかめた。彼女の体にはセイバーの剣が体に納められているとはいえ、傷は治ったわけではない。一成による治癒なら明にも効くだろうが、一成の不調でそれもできていない。

セイバーは見ていないが、明は四天王との戦いで腹部を強打していることは知っていた。どんな攻撃を受けたか、傷を見て大体わかっているのだ。

ランサーもアサシンも、昨夜の消耗が激しい。ゆえに今夜の戦いはどこも見送るであろうと考えているセイバーは、明を寝かせるべくベッドへ押し付けた。

 

 

「まだ大人しく寝ていろ」

「……きついけど大丈夫だよ。戦おうと思えば戦えるし」

「……本当に、その状態で戦えると?」

 

あまりにもお気楽な発言に、セイバーは容赦なく不機嫌な声を出した。

そう、セイバーは明に聞かなければならないこと、言わなければならないことがたくさんある。キャスター戦の最中、勝手に茨木童子と戦うと言い出したこと、その後キャスターの部下と戦うことになったくせに、セイバーには何も伝えなかったこと。

 

そうして気づいたときには、血塗れで倒れるだけになっていたこと。

 

今思えば、バーサーカーとの初戦時に空中から無理に落下したことも今回の前兆であったのだ。

 

 

「一つ聞こう。お前は、キャスターの眷属ともいうべき鬼に立ち向かって勝てると、無事に生きていられると思ったのか」

 

茨木童子・星熊童子・虎熊童子は勿論サーヴァントほどの強さはない。だからといって一魔術師が易々と勝てるような相手でもない。おまけに彼らはキャスターの死なない限り蘇るというおまけつきだった。明は布団にもぐりこみ、考え込む。

 

「……サーヴァントほど強くないし、勝算はないこともなかったし。それに色々なのにうろうろされると困るでしょ、セイバーも。キャスターホント、化け物だったし」

「それはそうだ。だが、お前が死ねば俺も消えることを忘れたとは言わせない。せめて俺に「戦う」と念話で知らせるくらいはしてもよかっただろう」

「でもそんなことしたら、セイバーは絶対キャスター放ってこっちにくるでしょ。キャスターはセイバーじゃなきゃ相手できないし、私が戦っちゃう方が早い。それに後から気づいたことではあるけど、四天王が殺しても蘇ってこないように殺せるのは私だけだったし」

 

明の言うことはその通りだ。眷属と戦う、と明が言い出したらセイバーは間違いなく彼女の元へ駆けつけていた。明とて、彼が自分の身を心配していたことくらいは知っている。だから、彼女はセイバーに対して詫びた。

 

「心配をかけたことは私が悪かった。けど、あの時私が戦ったことは間違いじゃないって思ってるよ。元々魔術師っていうのは死と隣り合わせの人種。この程度なら大したことない。かすり傷みたいなもんだよ」

 

本人も気づかぬうちに、セイバーの空気は氷点下といってもいいくらいに冷たくなっていた。元々セイバーに愛想は乏しいが、今はそれを通り越して能面のような顔になっている。

 

 

――死を覚悟して戦うことと、死んでもいいと思って戦うことは似ているようで全然違う。

 

「……内臓が吹き飛ぶくらいに殴られ、肩を切られ、爆発で吹き飛ばされ、俺に供給する魔力も尽きかけている状態を大したことではないと言うのだな」

 

流石にセイバーの様子がいつもと違うことに気づき、明は訝しみながら言葉を選んだ。

 

「……まあ、大したことないは言い過ぎかもしれないけど……でもこの聖杯戦争に参加する以上、死んでも仕方ないってとこはあるでしょ?そういう戦いなんだからさ」

「……そうか。ならお前は死んでも仕方ないと、本当にそう思うのだな?本当に惜しくないと言うのだな」

 

 

これ以上聞けば取り返しがつかなくなることを、セイバーは知っていた。

しかし、万に一つ――ここで想定していた答えと違う言葉を、明が返してくれる期待もセイバーは捨てられなかった。きっと全ては自分の考え過ぎなのだと思いたかった。

 

異様に重い沈黙が部屋に満ちた。

 

問われたセイバーの主は、暫し沈思したのちにやはり常と変らないトーンで言葉を紡いだ。

 

 

「……まぁ、仕方ないとも思うよ」

 

 

こういう時に限って自分の勘は外れない――セイバーは我知らず拳を握りしめた。

 

 

「いい加減にしろ!!死んでも仕方がないわけがないだろう!!死んでもいいと思いながら戦う者は必ず死ぬ!」

 

聞いたことのないセイバーの怒声に、明はびくりと身を竦めた。セイバー自身も自分の声に驚いていたが、それでも抑えることができなかった。

 

死んでもいいと思いながら戦ったのは、マスターの碓氷明だけではない。

 

かつて、妻の元に神剣を置いていった己もまた――

 

 

「……私が死んだらセイバーが現界できなくなる。この国に成立するすべての英霊に勝つっていう目的を達成できなくなるから……私が迂闊すぎるから、控えろって言ってる?」

 

明は一つ一つ確認するようにセイバーに問う。だが、彼女が一生懸命に考え出した言葉はセイバーの思うことではない。

 

「……そういう意味ではない」

「……じゃあ、私が魔術師としてど三流だとか……」

「……そういう意味ではない」

「……マスター失格とか……」

「……そういう意味ではない」

「……どういう意味?」

 

 

――マスターは、死を覚悟しているのではない。

 

これほどに酷い怪我を負っても自分の傷にこだわらない。目覚めたときに一番に聞いたのは元アサシンのマスター、山内悟の安否だ。

そして今問われ考えて出てきたのは、自分の力量が足りないのかもしれない、との見当違いな答え。

 

バーサーカーと初めて戦った時、彼の正体が掴めなかったため、セイバーは明の意志に逆らい撤退した。セイバーは相手の手の内もわからないまま戦うのは危険だと思ったが、明はバーサーカーが人を食うことを厭い戦い続けようとした。

明の消耗故にキャスター戦で宝具を使うことを躊躇うセイバーに、それでも使えと明が命じたのは、キャスターを倒すため――悟を救うためか。

 

あれはいつのことだったか。セイバーが真昼間絵にアサシンの前マスターを殺したあと、セイバーが明の方針の温さに異議を唱えたことがあった。その時に、明ははっきりと答えた。

――「セイバーにとってはつまらないことかもしれないけど、私にとっては大事なことなんだよ。関係ない人を巻き込んで死人を出して、私だけ勝って生き残ってもしょうがない」

 

 

明は決して進んで死のうとしているわけではない。危ないと思えば身も護る。

死を望んでいるとも少し違う。だが「死んでしまってもいいか」とは常に考えている。

 

何故明がそう思うようになったのか、いまならセイバーにもわかる。

手掛かりは、今までいくつも拾っていた。そして昨夜、パスを通じて垣間見た己がマスターの記憶にてセイバーは理解してしまった。

 

 

明は優秀な魔術師だそうだ。伝わる魔力からもその程度は知れる。

 

だがいかな優秀であろうと、才能があろうと関係ない。

否、寧ろその才能こそが諸悪の根源、全ての始まりだろう。

 

 

――望むと望まないにかかわらず、そういう風(稀代の魔術師)に生まれてしまった。

――望むと望まないにかかわらず、そういう風(神の剣)に生まれてしまった。

 

 

セイバーは生前から人の気持ちを推し量ることが苦手だった。聖杯戦争においても、マスターの意を誤解していたことも多い。しかし、今は明の内心を見抜いていた。

 

見抜いたのではない。かつての己を幻視している。

 

「死んでほしくない人はいる。でも自分が死のうとどうでもいい」

 

――東征の帰路につく日本武尊もそう思いながら、思いながら、その思いを変えることのできぬまま、死の直前で時間に止まったまま、さらなる戦いに身を投じている。

 

 

 

――大和に戻っても、自分に未来(さき)なんかない。

 

 

 

気づけば、明が寝たままセイバーの顔を覗きこんでいた。どれだけ黙っていたのかセイバー自身もわからないが、訝しがられる程度には黙り込んでいたようだ。

 

 

「……セイバー?」

「……明。お前は聖杯を手に入れ、根源に至ることが望みだと俺に言ったな」

「……そうだけど、それが?」

「それは嘘だろう。お前に願いなどあるはずがない」

「な……!」

 

 

明の目が驚愕に開かれる。しかしそれよりも、彼らは同時に別の事に気を取られた。碓氷邸の結界――誰が門から出入りするかを伝える結界が反応している。

 

気配は三つ。二つは一成とアサシンだが、もう一つは。

 

「キリエスフィール・フォン・アインツベルン……!!」

「俺が行く!お前は動くな動いたら……何かするぞ!」

 

 

起き上がろうとする明に意味不明なことを言いつけ、セイバーは瞬時に部屋から飛び出した。階段は使わずにそのまま一階へ飛び降りて、玄関前のホールに着地して玄関を突き抜ける。

昨日攫われたはずのキャスターのマスターが、何故平然とこの屋敷に現れるのか。一成にはアサシンがついており、滅多なことは起こらないはずだ。

 

ポーチから見て、こちらへ歩いてくる人間は二人。片方は一成、もう片方は見た目はいとけないキャスターのマスター。濃紺に包まれた時間であろうと、セイバーの目には誰かくらいの判断はつく。セイバーと彼らの距離は十五メートルほどだ。

 

「止まれ。貴様、何をしに来た」

「……、セイバー、落ち着け、話せばわかる!!」

「何故お前がここにいる?キャスターのマスター。お前はランサーのマスターにさらわれたと聞いていたが」

 

一成を無視し、セイバーはキリエに問う。セイバーの殺気にも物おじせず、キリエは毅然と答えるだけだ。

 

 

「ええそうよ。だけど運よく、というかあいつがうかつだったのね。逃げ出すことができたわ。行く当てがなかった私を、彼は自ら招いてくれたの」

「行く当てがない?サーヴァントを失ったのならば教会に行けばいい話だろう」

「貴方だって教会がただの中立地帯でないことくらい、もうわかっているでしょう?」

 

噴水の音だけが、彼らの間に流れている。ここで交わす言葉はいつも殺伐としたものばかりだ。

 

セイバーとてキリエの意味するところは分かっている。一度はあっさりとランサーをキリエに奪われておきながら、セイバー達の騒動に紛れて山に入り込みまんまと奪還したランサーのマスター。

そして神父は彼を保護しておきながら、山に向かうハルカのことを明たちに事前に知らせなかった。

 

「私を危険視する気持ちはわかるわセイバー。だけど私にはサーヴァントもいないし、令呪の一画も残っていないわ。確かにアキラ・ウスイから奪うこともできるけれど、貴方たちがいては無理でしょう?」

 

キリエは両袖をまくりあげ、薄い令呪痕が残る腕を晒した。「私にも思うところがあるわ。だから、私に危害を加えなければ貴方たちの知りたいことは私の知る限りで話してあげる。神父――オユウのことも含めてね」

 

「追い出すにしても、一度碓氷と相談させてくれ。もしあいつもダメっていうなら、俺もこいつと出ていく」

 

当然、何事もなければセイバーは容赦なくキリエを斬り殺している。だが、勝手に行動して良いことがあった試しはない。斬り殺していない、という意味では一成も悟も、マスターが諾とさえいえば既に斬っているはずの人間たちだ。

 

セイバーはそっと息をついてから頷いた。

 

 

「……いいだろう。明の元へ連れて行こう」

 


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