Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月7日① 波乱の朝

「……ここは?」

 

 悟は眠い目をこすり、上半身を上げた。一体この、異人館のような家はどこの誰の家なのだろうか。きょろきょろと見回せば、ここは寝室の類ではないようだ。二組のソファとテーブルが部屋の隅に押しのけられていて、代わりに悟が横になっているパイプの折り畳み式ベッドが鎮座している。

 

 覚醒しきらぬ頭で記憶を掘り返す。自分はキャスターというサーヴァントに呪われて、セイバーのマスター・碓氷明のところに助けを求めた。アサシンとは契約を破棄して、土御門という少年がマスターとなった。

 そしてセイバー、碓氷明、アサシン、土御門一成の四人はキャスターを打倒しに行った―――

 

 

「……彼らは!?」

 

 そこまで思い出し、悟は勢いよくベッドから跳び起きた。いきなり立ち上がったため眩暈を起して倒れ掛かるが、なんとか踏みとどまる。体はだるいが、歩けないことはなく腹も減っていることがわかった。魔術を知らない悟でも、体の状態からもう「呪われていない」だろうことは理解した。

 ということは、彼らは無事キャスターを倒せたことになる。

 それでも彼らの姿を見ないと落ち着けず、悟はそっと部屋を出た。

 

 

「……そもそもここはどこなんだ?」

 

 部屋から出るとやはり西洋の邸で、朱い絨毯が敷かれたホールのような場所に出た。だがそれよりも驚いたのは、丁度通りかかったと思しき少女と目があったことである。腰まで伸びた黒髪はつややかで、肌は雪のように白い。目鼻立ちの整った美少女だが、朱い目が異彩を放っている。

 

 少女は一瞬目を丸くした後、向こうの――大きなテーブルが見える食堂らしき部屋に駆け去って行った。

 

「……カズナリ・ツチミカド!!ドロボウよ!!ヘンタイよ!!下着ドロボウよ!!」

「ええっ!?」

「何!?キリエさっさとこっちこい!!」

 

 キリエと呼ばれた少女が駆けて行ったのと入れ替わりに、土御門一成――新たなアサシンのマスターがエプロン着用、フライ返しを片手に飛び出してきた。警戒心に満ちた顔は、悟を認識するなり驚き、そして安堵へと目まぐるしく変わった。

 

「悟さん!もう大丈夫なんですか!?」

「あ、ああ。土御門君も無事でよかった、」

 

 一成が無事であったことに安堵するが、同時に先程の少女の事も気になる。彼女も部屋の奥に隠れながら、ちらちらとこちらの様子を窺っている。

 

「あ、おいキリエこっちこいよ。この人は泥棒でも変態でも下着ドロでも痴漢でもないから」

 

 手招きに応じて、キリエという少女はおそるおそる近づいてくる。見れば見るほどその姿は人間と言うよりは人形、という形容が似合う少女だ。

 警戒心を隠さない少女の為、悟は自分から身分を明かした。

 

「えー……始めまして、山内悟です。キミは?」

「……あら、よく見ればあなたマスター?」

「!?」

 

 少女から警戒心が消える。しかし悟は逆だ。

 てっきりこの家の少女かと思いきや、聖杯戦争という戦いの参加者だとは思わなかった。

 

 

「土御門君、この子も聖杯戦争の参加者なのか?なぜここにいるんだ?そもそもここはどこなんだ?」

「カズナリ・ツチミカド、私はお腹が減ったわ。それに台所にアサシンを放ったままよあなた」

「いっぺんに喋るな!わかんねーから!!」

「……朝から元気だねみんな……」

 

 混沌とした場所に一条の光、階段をゆっくりと降りてくる明とセイバーだった。上下薄い水色のパジャマ姿の明は、あまり興味なさそうに一同を眺めていたが、悟に目を止めると笑った。

 

「……悟さん、体は大丈夫ですか?」

「あ、はい。少しだるいくらいで、」

 

 その時、ナイスタイミングと言わんばかりにぐぎゅる、という妙な音が全員の耳に入った。それは悟の腹から漏れた音である。

 

 

「……」

 

 居心地悪げに悟は身を竦めた。さらに食堂の奥にあるキッチンから、アサシンの「おい一成―なんか焦げてンだけどいーのかコレェ」というお呑気な声まで聞こえてきた。

 何ともいえない雰囲気が漂ったが、階段を降り切った明はセイバーに助けられながら食堂へと向かう。

 

「……とりえあずご飯食べる?」

 

 

 

 

 

 悟は食堂の席についてからも、きょろきょろと部屋の様子を見ていた。ジャコビアン様式だかコロニアル様式とか細かいことはわからないが、れっきとした洋館だった。

 絨毯の敷かれた上に黒いしっかりしたテーブルが鎮座し、木の肘掛椅子が六脚、三脚ずつ向かい合っている。部屋には暖炉もあるこれぞ西洋の御屋敷、に相応しい様子だ。

 

 だがそのテーブルの上に用意された朝食はド和風で、白い皿にはひじきの炊き込みご飯、スープボウルにはネギと腑の味噌汁、出来合いだろうが揚げ出し豆腐、きゅうりと白菜の漬物が少々乗っている。食器とメニューが若干合っていない。

 

 キリエ、一成、アサシンが座り、その真向いにセイバー、明が着席した。悟は余った明の隣の席につく。

 

「多めに作っといてよかったな。昼間も持たせるつもりだったんだけど」

 

 熟睡した一成はすっきりした顔で笑っている。そんな彼が指揮監督、アサシンが調理補助したという朝食は、碓氷邸にしては珍しく手の込んだ食事である。一成は一人暮らしではあまり作らないが、実家にいた時は作らされて腕が鍛えられたらしい。

 

 

「……一成、私の婿に来ればいいのに」

「ブゥッ!!」

 

 出来立ての食事をしげしげと眺めながら、明は何気なく言った。幸い食事をする前だったので噴出して食卓を汚すことはなかったが、一成は恐ろしく挙動不審になった。

 

「おおおおお前、そういうこと、冗談でもあんまりいうもんじゃねーぞ!」

「いや冗談だけど……あなただってちゃんと冗談だってわかってるし、いいじゃん」

「極めて不本意だが、俺も土御門に同意する。明、あまり不用意にそういうことを言うな」

「……なんでこんなに大不評なんだろう」

 

 不平を顔に書いたままの明を置いて、一成は咳払いをした。

「……とにかく、食べるぞ。いただきます」

 

 

 一成に続いて、各々いただきますと言ってから食事に手を伸ばす。そうして朝食が始まった。セイバーは挨拶だけ済ませるなりキッチンに向かい、パックのたくあんを勝手に持ってきて切らないまま丸かじりしている。一成と悟は不可解な顔でその光景を見ていたが、セイバーはまるで気にしていない。

 そんな中、キリエが悲鳴染みた声を上げた。

 

「大変よカズナリ・ツチミカド!私はチョップスティックが使えないわ!」

「あれ?ショッピングモールでどんぶり食った時どうしてたっけお前」

「あの時は店員にスプーンを用意させたわ!」

「あーもう騒ぐな騒ぐな。今持ってくるから」

 

 腰をかきながら一成はキッチンへ足を運ぶ。アサシンはその様子に半笑いだ。スプーンを得たキリエはもりもりと食事を始め、セイバーが手を付けていない揚げ出し豆腐を強奪しようとしたが、セイバーは素早く自分の方に引き寄せた。

 

「嬢ちゃん案外意地汚ねーな。俺的には親近感を覚えるけどよ」

「だってセイバーはこれ食べてないわ。なら私が食べた方がエコというものよ」

「食べていないわけではない。取っておいているだけだ」

「地味に意地汚いんだよね、セイバーも」

 

 悟以外の五人はまるでいつものように食事をとっているが、彼は全く訳が分からない。箸を握ったまま、そっと隣の明に尋ねる。

 

「あの、碓氷さん、ここはどこなんでしょう」

「私の家です。一応安全地帯だと思ってくれていいです。あと早く食べた方がいいですよ、ご飯のおかわりはセイバーが食べてしまうかもしれないんで」

 

 ん、と空になった茶碗を突き出してお代わりを無言で要求するセイバー。一成は「お前亭主関白!?」とぶつくさ言いながらもキッチンからご飯をよそってくる。とりあえず悟も食事を始めた。キャスターに呪われていた期間を含めて、およそ丸三日はロクに食事をとっていないことになる。

 

 悟が胃を驚かせないようにゆっくり食事に手を付け始めたところで、明が説明を始めた。

 

 

「キャスターは倒しました。見ての通り、私たちは無事です。あと経緯は省きますけど、そこにいる女の子はキリエスフィール・フォン・アインツベルン。もっと簡単に言えば、キャスターのマスターです」

「……はっ!?あの子が!?」

 

 驚く悟をよそに、明はキリエに向き直って悟を紹介した。「アインツベルン、そしてこの人は元アサシンのマスター、山内悟さん」

「そう。あとアキラ・ウスイ、私の事はキリエと呼んで結構よ」

 

 キリエは既に悟に興味がないらしく、もりもりとひじきごはんを食べている。

 ここでも悟は逆で、自分を容赦なく殺しにかかったマスターが目の前にいること、それよりもマスターがこのような幼い少女であることにも衝撃を受けていた。

 

 

「ほ、本当なのか」

 

 震える声で話しかけられ、キリエはそこでやっと悟に顔を向けた。

 

「ええ。マスターであった時はあなたを殺そうと思ったけれど、私はもうマスターでもないし、あなたをどうこうする気はないわ。アキラ・ウスイとカズナリ・ツチミカドという奇矯なマスターに感謝なさい」

 

 殺す気はない、ということをキリエは示した。しかし、それは悟の衝撃を薄めるのに何の役にも立たなかった。彼が本当に衝撃を受けていたところは別にあるのだから。

 悟の動揺に気づかないまま、明は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「悟さんはもう令呪もないし、早くここから出してあげたいんですけど、聖杯戦争がちゃんと終わるまで無理かもしれません。本当に申し訳ないんですが、もう少しだけここにいてください」

「あ、はい……」

 

 衝撃から抜けきらぬまま、悟は明の言葉に生返事を返した。一成はおかわりをよそったりキリエのこれは何あれは何質問を受けたりしてロクに自分の食事が進んでいなかったのだが、やっと自分の食事に箸をつけ始めていた。

 

 

「だけど悟さん、まだ全快じゃねーけど治って本当に良かったな」

「そうだね」

「……そのことには、本当に、申し訳なかったです。死ぬかもしれない目に遭わせて」

 

 最初から悟自身が「聖杯」なんていらないとわかっていれば、明と一成を巻き込むことはなかった。アサシンは「聖杯はお前には必要ない」と言っていた。

 しっかりそれを聞届けていれば、こんなことにはならなかったのだ。

 

「ま、終わり佳ければすべてよしだろ。この俺の八面六臂の活躍によってどうにかなったんだから気にするな」

 

 アサシンが箸で人を指差し、ドヤ顔で鼻を鳴らした。それに引き続き、明も頷く。

 

「そうです。どうせ私たちはキャスターと戦うことになっていましたし、気にしないでください」

「でも」

 

 悟から見て、一成は具合の悪いところはありそうにない。しかし明は階段から降りる時にセイバーの助けを借りており、元気そうに振舞っているが負傷していることは明らかだ。

 それでも心配をかけないように元気に見せているならば、あえて問うのは無粋ではないかと悟は逡巡した。

 

「……ありがとうございます、碓氷さん」

「一般の人をこの戦争から護るのも、管理者の仕事ですから。助けられて本当によかったです」

 

 そういうと、明は良くない顔色のまま笑顔を悟に向けた。そう言われてしまっては、そう本当に屈託のない笑顔を向けられてしまっては、悟も謝り倒すわけにはいかない。

 その時、急にセイバーが口を開いた。

 

 

「――何もよくない。最悪だ」

「……セイバー?」

 

 明は訝しげな声をセイバーに向けた。言葉からしてものすごく機嫌が悪い。思えばキャスター戦後のセイバーは、どこか態度がおかしい。

 キリエの乱入で話が途切れてしまっていたが、昨日の話の続きだと明は瞬時に了解した。

 

 

「……この男が助かったのが、そんなにうれしいか?」

「え?……うれしい、よ?」

「……碓氷さん」

 

 悟も訳は分からずともかける言葉を失って、沈黙が流れた。明はセイバーの意図するところが全く分からず、ただセイバーの様子を訝っていた。

 一方セイバーは無愛想だが、今はそれに輪をかけて表情がなくなっていた。かちりと茶碗の上に箸がおかれる音が妙に響いた。

 

 

「何故」

 

 明はちらりと戸惑う悟を見た。

 

「……だってバーサーカーの時はさ、皆死んでしまった。普通に暮らしてた人、病院に入院してた人も、マスターも、たくさん」

「……もしかして、病院で起きたテロって」

 

 悟はアサシンから、春日の惨殺事件がマスターとサーヴァントによるものだとは聞いていた。だが、あの五十人以上が死に至った病院のテロ事件までそうだったとは信じられなかった。

 いや、バーサーカー戦を見たことのある悟は、本心から否定したわけではない。

 この戦いにおいて人はあまりにも容易く死ぬと、彼は知っている。

 

 明は静かに頷いた。

 

 

「犠牲はその死んだ人だけじゃない。その人の家族や友だちも被害者だよ。だけど、今回は違った。悟さん一人だけだけど、ちゃんと護れたから」

「そうか」

「セイバーにも一成にもアサシンにも感謝してる」

 

 バーサーカー戦までにたくさんの「普通の生活」という奇蹟が奪われた。その人が生きていると言う「当たり前」を失った家族も、「普通の生活」を奪われた被害者だ。

 しかし、キャスター戦は違った。悟だけではなく、その娘と妻の気持ちまで殺さずに済んだ筈だ。

 

 普通の人は、普通の幸せを全うすべきだ。

 魔術師として、管理者として、神秘を護りその責務を全うできれば誰も文句は言わない。

 セイバーからの返事はない。だが、刹那彼は椅子を倒すほどの勢いで立ちあがり、その手が、明の頬を弾いた。

 あまり力の加減がなっていないそれは、明をも椅子から叩き落とした。明はうめき声をあげて床に転がった。

 

 

「っ……!」

「碓氷さん!」

「やめろ!」

 

 隣に座っていた悟が、慌てて明を背中から抱え起こした。いつの間にか一成がセイバーを羽交い絞めにしていた。訳が分からない明は、頬を手で摩りながら自分のサーヴァントを見上げた。明を見下ろしてくるその顔に、どこか見覚えがあった。

 

 キャスターと戦っているとき、明から剣を受け取ることを拒んだときと同じ。

 

 

「っ……え、な、何?」

「他の人間の生死などどうでもいい」

「……セイバーが人一人の命をそんなに大事に思ってないのは知ってるよ」

 

 セイバーが人命を尊ばないことは、最初は衝撃を受けたものの明とて既知だ。明がいくら悟やその家族の幸せを思おうと、セイバーには関係ない。

 しかし本当に興味がないなら、何も言う必要はないはずだ。その逡巡も、わずか。

 

 

「そんなどうでもいいもののために、お前が死んでいいわけがあるか!!そんなもの、勝手に死なせておけばいいだろうが!!」

 

 窓が振動するほどの大声だった。セイバー以外の誰もが目を丸くして、彼を見ている。しかし、明には呑気に驚いている暇はなかった。

 何故セイバーがここまで怒るのか考えるよりも、苛立ちが先に立った。

 

「……私は普通の幸せってのは、すごく大事なものだと思ってる。まして魔術師たちの戦いに捲き込まれて死ぬなんてとんでもないことだよ。みんなを助けるのは無理だよ。でも、ここの管理者として、魔術師として、私にはやらなきゃいけない責任がある」

 

 セイバーは不本意にもかかわらず、明の命令を聞いてくれているから感謝している。しかし管理者としての責務を全うするために命を賭けるのは、明の自由のはずだ。それをセイバーにとやかく言われる筋合いはない。

 

「私の役目だから、ちゃんとやらなきゃいけないんだ」

「うるさい。そんな役目さっさと捨ててしまえ」

 

 いつもとは打って変わって、明の言葉を聞き入れることなくセイバーは言い捨てた。

 

「私がどうなろうとセイバーに関係ないじゃん。昨日「死んで仕方のないわけない」って言ってたけど、別にどうでもいいよ」

「……お前、それは本気で言っているのか?」

 

 明は完全に苛立っていた。負傷が未だ体に残り熱を持ち全快には遠い事、セイバーが何故今更自分の方針にあれこれと言っているのかわからないせいもある。

 

 だが、それとは別に今日の夢がまだ、頭にこびりついている――――。

 

「何もできなかった」と本気で考えてしまった、あまりにも愚直に過ぎた護国の英雄。本人はきっと、護国など全然興味なかったのに――やれ神命だ天皇の命だに振り回されて、それでも投げ捨てず戦ってきた者が何のつもりでそういうのか。

 

「うるさいなぁ……セイバーは自分の心配だけしてれば?そんな、身売りみたいなことまでして叶えたい願いがあるんだから。あれしちゃだめこれしちゃだめって口うるさい、私みたいなクソマスター見捨てていいよ。神父がなんだって言っても、あっちの敵はランサーくらいだし、そこのキリエとでも契約して一成アサシンとでも協力して頑張れば?キリエと一成なら神秘漏えいも一般人を巻き込むこともしないし、いいんじゃない」

 

 場は水を打ったように静まり返った。今まで言いたいことがあれば文句は遠慮なく口にしてきたセイバーは、一度深く目を閉じた。

 再び目を開けたセイバーの顔には、落胆ともあきらめともつかぬ表情があった。

 

「……マスターがそう思っていることはわかった。だが、俺は召喚された時から「お前の剣である」という誓いとともにある。だから、俺から契約を破棄しようとは思わない」

 

 だが、とセイバーは続ける。

 

「もし明が本当に俺との契約を破棄したいならば、その際は応じよう。その令呪を渡す先さえ見つかれば、俺はそれに従う」

 

 彼の顔から表情は消え去っていた。明ははっと顔を上げてから再び言葉を探したが、それよりも彼の方が強かった。

 

「……セイ「だが、一つ言っておく。やはりお前は、自分のことがどうでもいいんだ」

 

 それだけ言って、セイバーは一成を振り払って食堂から出ていく。出ていきざまに彼は振返らずに付け加えた。

 

 

「どうあっても俺は聖杯戦争に勝つ。それが、俺に残された全てだからだ」

 

 

 

 

 和気あいあいと始まったはずの朝食は、白けた空気の中で終わりを迎えた。セイバーは一応碓氷邸の敷地内にいるそうで、明自身は自室で寝入っている。

 キリエは自室に戻ると言い、一成は朝食の後片付けに精を出している。まだ体調の優れない悟は応接室で眠ろうかと思ったのだが、どうしても気になる事があった。あまり深入りすべきことではないとは思ったが、放っておけなかった。

 

 悟はそろそろと、台所に立つ一成と、洗った皿を拭いているアサシンに近付いた。二人も、それまで何か話していたようだったが悟に気づくと、振り返った。

 

「おう悟、どうした」

「ちょっと聞きたいことがあって。碓氷さんのこと、なんだけど」

 

 そう切り出すと、一成とアサシンも同じような事を考えていたらしく顔を見合わせてからため息をついていた。一成の方は若干怒っているのか呆れているのか、気分を皿洗いにぶつけて勢いよく水を流していた。

 

 

「あいつらはアホか!!」

「おう、姉ちゃんと皇子サマを見事に現した一言だな」

 

 知らぬ間に一成とアサシンはすっかり意気投合しており、若干の寂しさを感じつつも悟は口を開いた。

 

「俺は魔術のことを全然知らないし、完全に見当違いなことを考えているのかもしれないけど。――彼女、役目だとか、魔術師だから大したことじゃないって言っているけど」

 

 悟と碓氷明の付き合いは三日程度で、その上その三日の殆どの時間を、悟は眠って過ごしていた。ホテルで目を覚ました時に聞いた「魔術師なるもの」の倫理は完全に悟の理解の範疇外であり、彼女のことを良くわからないと思っていた。

 

 だが、今日顔を会わせた碓氷明は悟の無事を、心からよかったと笑っていたのだ。

 

 ――魔術師といっても、普通のいい人じゃないかと思ったこともつかの間。セイバーとの喧嘩を経て、悟は思ってしまった。

 

 

「碓氷さん、もしかして自分のことを粗末にしているのかな、って」

「俺もそう思う、います」

 

 彼自身も苛ついているのか、慌てて口調を直して一成は悟の言葉を肯定した。最後の一枚を洗い終わり、アサシンにパスしてから悟へ振り返った。

 

「あいつ悟さんに余計な心配させたくない~とかで、俺がこんなこと言ったら怒りそうなんですけど言います。碓氷、セイバーの剣の力で致命傷を負っても死なないって状態だったんですけど、キャスターの手下にあいつ一回斬られたんです。その後、敵が俺を狙ってきたときに、あいつ、俺をかばってまた斬られた。死なないからって」

 

 今でも一成はその光景を鮮明に思い出してしまう。一分の躊躇いもなく、敵の茨木童子の刃をその身で受ける姿を。何でもない風に彼女は振舞っていたが、そこで何もないようにふるまえることが既におかしい。

 

「そこらへん時皇子サマいなかったけどよ、もしいたら卒倒してただろうな」

 

 珍しく笑いもせずにアサシンが言うあたり、悟にもかなり根の深いことがうかがえた。一成もアサシンも深々とため息をついた。

 

「そこで言えば姉ちゃんと皇子サマは似た者同士なんだろ。どうしてああまでこじらせちまったのかは知らねぇが、滑稽なこって。お互いにてめぇはてめぇを粗末にしてもいいが、近しい人間がてめぇをないがしろにするのが許せねぇんだから。おい一成」

「……んだよ」

「いまの姉ちゃんたちにあんまり茶々いれんなよ。あっちもあっちで話すだろうしマジでマズいってなるまでは放っておいた方がいいぜ。めんどくささに拍車がかかるからな」

 

 セイバーと明の二人に関してツッコみたいことが蓄積している一成を見切って、アサシンは先手を打って釘を刺した。

 一成はタオルで手を拭くと、すたすたと台所から出て行こうとした、が渋い顔で振り返った。

 

 

「……今から用事あるから碓氷の部屋に行くけど、何も言わないことにする」

 

 そうは言うものの傍観はしないぞという様子でのしのしと台所を出ていく一成を見送り、その場にはアサシンと悟が残った。

 そういえば、悟はアサシンと二人だけで話をするのは解呪後初めてである。

 

 明には礼を言ったが、アサシンにはまだしっかり礼を言っていない。今更少々気恥ずかしい気もするが、悟が意を決した時のことだった。

 

 

「おい悟、お前はもう戦争するとかアホなこたぁ言わねえよな?」

 

 無事で良かったといった喜びの声一つなく、いきなり喧嘩を売るように人さし指を突き付けられて悟は面食らった。ただそちらの方がよっぽど知るアサシンらしい。

 お涙ちょうだいな再会から一連の流れをする自分たちを想像すると、悟としてはうすら寒いものがある。

 

「ああ。俺に願いはあるけど、それは自分で何とかする事だから」

 

 その顔に、一かけらの悔いはない。本当に遠回りになってしまったが、大切にしたいことがやっとわかった。自分の命を擲って「時を戻したい」とは思わない。

 それに、別居してからも会いに来る妻と娘の気持ちを、こんな遠回りでも危険でもアサシンと過ごした時を、「時を戻して」なかったことしたくない。

 まだ、彼女たちの気持ちがあるから、これから悟は応えていくだけだ。

 

 

「……よし!」

 

 一体どこで覚えてきたのか、アサシンは小気味よく指をならした。彼は自分の活躍を誇張するが、恩は着せない。「面倒でも子分を助けるのが親分」「弱きを助け、強きを挫く」を、アサシンは信条にしておりそれに従ったまでの話だ。

 

 たとえその生涯の終わりが子分による裏切りだとしても、その信条は変わらない。

 

 

「しっかし俺は職探しからか。全く気が重い」

「ま、なるようになるだろ。死にゃあしねーよ」

 

 能天気極まりない、かつ無責任な発言だがその声はどこまでも快活だ。庶民の夢見たアサシンという名の英雄は、歯を食いしばって生きていく人間の為にある。

 

「……アサシンは、土御門君とこの戦争を続けるのか?」

「おう。ま、あいつもあいつで悪くないぜ。お前も助かったし、あいつもアーチャーとのゴタゴタは終わったんだけどよ、物事を途中で投げ出すなんてヤダー!とか言ってるからな。俺も最後までやってみらぁ」

 

 悟は思わず苦笑した。今でも彼らがこんな危険な事をするのはよくないと思っているが、そんな彼らに助けられてしまった身だ。特に一成の様子は、石にかじりついてでも最後まで戦うと決めているが如くだ。

 アサシンは勝手に冷蔵庫を開けて、未開封の牛乳を取り出した。

 

「何だかんだで俺も結構真面目に戦争してっからな、もうちょっと現世に長居して夜の街に繰り出すとかしてーしな」

「今思ったけど、お前って結構土御門君のこと、気に入ってるよな」

「ん?なんだ悟ヤキモチか?」

「いや純粋な興味だけど」

「そこは「キィイ!俺の他にもマスターがいるなんて!このアバズレサーヴァント!」とでもいうところだぜ?ノリの悪い奴だ」

 

 どこから出したのか不明な甲高い声で演技をするが、悟には正直気持ちが悪い以外のコメントが出なかった。若干外したことを解して、アサシンは咳払いで仕切りなおした。

 

「ま、そうだな。アレは魔術は未熟なくせに、姉ちゃんとか皇子サマ、一流のマスターと天下の槍使いに勝つってバカみてぇに信じてやがるとこ最高だな。あいつは強いマスターじゃねぇが、それでいい。強い者が勝つのは当たり前のことだ、弱きものが勝ってこそ勝利ってのは意味がある」

 

 権力に叛逆するモノ、庶民の夢を形どった英雄ならではと思われる言葉だ。弱きを助け、強きを挫く。常勝という言葉には程遠く――アサシンや悟、一成にとっては勝利とは得難い貴重なものである。

 彼らは勝利そのものを欲するのではなく、勝利のために戦う、立ち向かうことこそを尊く思う。

 

 

「しっかしこの戦争も大詰めだ。残るは俺、セイバー、ランサーだ。昨日は全部休息日みたいになっちまったが、流石に今日あたりランサーも動き出すだろ」

「……それは、今日で戦争が終わるかもしれないってことか」

「そーだとしても全然不思議じゃねぇってこった」

 

 アサシンは酒のようにぐびぐび牛乳を飲みながら、空っぽになった牛乳パックをシンクに置いた。それから何事もなかったかのように、すれ違いざまに悟の肩を叩いた。

 

「まだ全快じゃあねーんだろ、おとなしく寝てろ」

 

 悟は食堂をすり抜け、一階のホールへと歩くアサシンの背を追いかけた。無事を祝して抱き合い感動するなんて柄では全くないが、伝えられるうちに伝えなければならない。悟はその派手な羽織の背中に向かって叫ぶ。

 

「アサシン、ありがとうな!」

「そんなデカい声じゃなくても聞こえてら」

 

 やはりアサシンは常と変らず、ひらひらと後ろでに手を振るだけだ。

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