「ここにもアイスがあると音に聞いたわ!」
大して疲れもないまま、一向はショッピングモールに到着した。キリエは道中考え事をしていたことを忘れたかのようにはしゃいでいる。アサシンの恰好のせいで、周囲の客が胡乱な目で一行を見ている。
食料品売り場に足を運んだが、キリエは相変わらずのあれは何これは何の質問攻撃でいちいち一成に聞いてくるため、買い物は遅々として進まない。
律儀にキリエの質問に答えながら、一成は改めてここがキリエと初めて会った場所であると思い出した。まだ二週間もたっていないというのに、とても昔のような気がする。
「そういやお前、なんであの時俺にちょっかいかけてきたんだ?」
キリエが練乳のチューブを鷲づかむ手をほどきつつ、一成は聞いた。キリエは何をいまさらと微笑んだ。
「勿論キャスターがサーヴァントの気配を感じ取ったからよ。あと、貴方からは私と同じものを感じたの」
「同じもの?」
「魔術の系統とでもいうのかしら。私は貴方の所ではないけれど、陰陽師の精を受けて生まれたから。少し親近感を感じたわ。ほら、頼るなら血の縁って言うでしょう?」
「それ俺とは血が繋がってなくね?」
「カズナリ・ツチミカド!私あれが食べたいわ!アイス!」
「無視かよ!!」
都合の良い実年齢三十超えの少女は、とたとたとアイスケースの方に走っていく。放っておくと迷子になりそうなので、うかうかと放置もできない。一成は頭を掻いて、カートを押して追いかける。こういうときほどアサシンは何も言わずニヤニヤしているだけなので鬱陶しいことこの上ない。
「頑張れよ、一成」
「何を!!」
「カーズーナーリーツーチーミーカード!!」
キリエはキリエでアイスケースの周りで飛び跳ねているし、アサシンは笑っているだけで役に立たない。騒がしいことこの上ない。ツッコミ属性は一成(自分)以外にいないのか。
「ああもううるせェ!!ちったぁ買い物させろ!!つーかアサシン、何さりげなく酒入れてんだ!」
「おい一成、ビールと第三のビールの差って何だ?つーか第二のビールは何処いったんだ?全部飲むか」
いつの間にかアサシンは勝手に自分で籠をもち、その中にひょいひょいとビールやワインを放り込んでいる。多分、彼自身も何がどれだかわかっていない。
「そんなに買ってどこのだれが飲むんだ!!つーか金ねーから!!」
「俺と悟にきまってんだろ。お前も飲むか?何、別に金がなくても構いやしねーだろ」
「構うわこの盗賊野郎!!つーか年齢確認されたら一発でアウトだっつの!」
すっかり忘れていたがアサシンは伝説の大盗賊だ。盗みに頓着しない――いや、彼のターゲットは悪徳勘定奉行とか悪徳権力者などタチの悪い金持ちだけのはずだ。多分。一成は対抗すべく酒を元の棚に戻していると、今度はキリエが叫んだ。
「アイス!カズナリ・ツチミカド!」
「つーかお前ら何しに来たの!?メシを選べよ!」
セイバーと明、一成だけだった時では想像もしなかった騒がしさである。
とにもかくにも何とか買い出しを終えた一行は、碓氷邸には戻らず、その足で駅を超えさらに北に向かった。
今日はよく晴れて風もなく、日差しがうららかに降り注いでいる。最近日の光を浴びることが少なかった一成は、晴れやかな気持ちで散歩する。買い物はアサシンの宝具の中に入れているので、手ぶらで歩ける。
一成とキリエは光を反射する水面の眺めながら、美玖川の河川敷を歩く。十二月だが、コートを着ていれば日差しが快い暖かさだ。スーパーでアイスを買わなかったせいか、キリエは口をへの字のしている。
「わざわざこんなところまで歩かせて、何かしらカズナリ・ツチミカド?」
「本当の春日通はショッピングモールアイスなんて無粋なことはしねぇ。この美玖川の河川敷でクレープを食うのが本当の春日通だ」
「別に私春日通になりたいわけではないのだけれど」
キリエはそっけない。アイスやソフトクリームへの執着からその手の類のスイーツは好きなのだろうかと想像したが、違うのだろうか。それ以前に陰陽道を除き日本の事に疎いキリエは、クレープというスイーツの存在を知っているのか。
三人で歩いていると、河川敷を上がった道路に止まっている一台の車を見つけた。それが一成のお目当てのクレープを売る車だ。
張り出されているクレープメニューとポスターを見て、キリエの顔色が変わるのがすぐに分かった。少女マンガのような、星でもはめ込んだ目をしている。
「こ、これがジャパンクレープなるものなのね!!カズナリ・ツチミカド!!」
「好きなの買ってやるから選べよ」
「!?あ、あなたもレディの扱い方を心得てきたようね!」
「本当のレディはクレープでそんなにテンション上げねーと思うけど……」
そんなツッコミはどこへやら、キリエの目はメニューに釘づけ、ぶるーべりーまろんくりーむなまくりーむと呪文のように唱えている。たまたま他の客がいなかったものの、丸々十分はその状態で、一成と店員は共に苦笑いしていた。
結果、キリエは苦渋の決断を下し、フローズンヨーグルトマンゴー生クリームなるクレープを注文していた。一成はさっさとブルーベリー生クリームを注文して食べていた。アサシンは抹茶あずきクレープを仁王立ちしながら食べている。
一成とキリエはアサシンの隣に、クレープを携えて適当な芝生の上に腰を下ろす。キリエは四苦八苦しながら、口を汚しながらクレープにかぶりついている。
その姿を見ると本当の年齢が三十過ぎとはとても思えず、聖杯戦争の為に作られた人造人間(ホムンクルス)とは信じられない。妹が居たらこんな感じなのか、と一成は思うばかりだ。
本当なら春日を案内することや、何かスポーツを教えるとかそういう楽しいことをしたい。いつも聖杯戦争の話ばかりだなとうんざりしながらも、一成は気を引き締めなおして聞かなければならないことを聞く。
「キリエ」
「なぁに?」
「お前、聖杯戦争が終わったら死ぬのか?」
「……死ぬ、という表現は正しくないわ。サーヴァントが消滅していって魂を回収すれば、私は人間の機能を保てなくなる。本来の姿に戻るのよ。仮にキャスターが生き残って私が勝ち残ってもそれは変わらない」
それは、一成からすれば死ぬのと同義である。キリエはキリエでなくなってしまうなら、それは死ではないのかと思う。
「お前はそれでいいのか」
「いいも何もないわ。私は生まれたときから自分がそういうものだと知っていたし、聖杯を得る以外の機能はないの。それに、聖杯戦争後を生きていたとしても、どっちにしろ私の命は長くないわ」
「……聖杯戦争後を生き残っても、長くない?」
「元々、聖杯は本当にモノだったの。聖杯に人間の外装をとりつけたのは、もし聖杯が破壊されそうになっても聖杯そのものが自分の意思で逃げられるようにするためよ。聖杯に相応しい殻であるべく、私――私たちホムンクルスの体は、改造を重ねられているわ。そのせいで、普通の人間ほどの寿命が与えられていないの」
キリエはあくまで、淡々と事実を述べる。
「正直、私の体はもう耐用年数ギリギリなの。ホムンクルスで三十年も生きられるのは、あえてそうしたのでなければ破格の寿命よ。私は聖杯を手に入れるチャンスすら与えられず死ぬのかと思ったこともあるわ。だから、遅くなったとはいえ聖杯戦争が始まってとても嬉しかった」
セミは幼虫のままで何年間も土の中で過ごし、成虫となって外で飛び鳴くのはわずか一週間だという。その間に交尾をし子孫を残し、遺伝子を繋ぐことで彼らの生は成る。
三十年も城の中で聖杯戦争を待ち続けたキリエは、わずか一か月にも満たない戦いに全てをかけて、聖杯を手に入れる――聖杯となる――ことで彼女の人生は完遂される、はずだった。
「でも、私はサーヴァントと令呪を失ってしまった。令呪を奪われる際に神経――魔術回路を多少持っていかれたから、以前ほどの魔術だって使えない。それに、貴方のサーヴァントを奪うマネをしておいてなんだけれど、キャスター以外をサーヴァントにする気も起きないの」
キリエはクレープを持ち、にこりと一成に笑った。
「もうセイバーをアキラ・ウスイから奪おうなども考えていないわ。……勝てなかったのは私の力不足。カズナリ・ツチミカド、あなたは参加者として戦っただけ。立派だったわ。でも、迂闊なのは直した方がいいわよ」
魔術回路を削られ、マスターの資格とサーヴァントまで喪失したキリエには本当に何もない。生き延びたところで、なすところもない。冬の城に戻っても居場所はない。
「そもそも、最初から聖杯戦争なんて
キリエは大人びた表情で微笑む。だが、その瞳には一抹の悔しさ――いや、悲しみがあった。生まれてから一度も城を出ることはなかったキリエは、彼の神父を信じ切っていた。彼女とてもう神父が完全な彼女の味方ではないことを承知している。
涙こそ流さないが、キリエは落胆の息をついた。その気持ち、自らを裏切った者の真意を気に掛ける気持ちは、一成には痛いほど理解できた。
「貴方に会えてよかったと思っているわ。エスコートぶりはまだまだだけれど、何より優しいし楽しかったわ」
聖杯戦争後すぐか、何日後か、何か月後か、何年後か、キリエは死ぬ。その体は、既にギリギリのところにきていた。
そして、彼女は自身は生き延びることを望んでいない。
一成にも彼女を救う手だてがあるわけではない。未熟者もいいところであるのは知っている。
元より彼に深い考えなどない。聖杯戦争の発端である彼の神父を問いただせば、キリエを助ける方法が見つかるかもしれない。けれど、キリエを欺いたあの神父が今更彼女の延命を手助けするとも思えない。
――何より、ただ彼一成が彼女に死んでほしくないという理由だけで延命を望むのは違う。生きるにしても、彼女自身が生きる導を見つけなければならない。
彼女自身が望むかはわからないが、一成流にケリをつけるとしたらすることは一つだけ。一気にクレープを口の中につっこんで、一成は立ち上がった。
「おい行くぞ」
「あらどうしたの?今度は何を食べに行くのかしら」
「食べ物しか頭にねーのか。教会に行くぞ」
キリエの手を引っ張って立ち上がらせると、一成はそのまま歩き出す。クレープを持ったまま、危なっかしい足つきででキリエは引っ張られながらもそれに抗う。
「ちょ、ちょっと待ちなさいカズナリ・ツチミカド!訳が分からないわ!」
「お前、あの神父が何をしたいのか知りたいんだろ。じゃあ聞きに行こうぜ。こっちにはアサシンもいるんだ、逃げるだけならどうにかなるだろ」
目の据わった一成は、ちらりとアサシンに目配せする。アサシンは手についたクリームを舐めてにやりと笑う。
「おーそりゃいいな。その胡散臭い神父?一度会ってみてーと思ってたんだよ」
「やめなさい!私はオユウが何を考えているかなんて興味ないわ!もう戻りましょう!」
「なら散歩ついでについてきてくれよ。そーいや、大西山での戦いの前に一回教会行っ
たけど、お前、あんとき神父のこと知らないふりしてたのは芝居だったんだな」
キャスター戦の前までは、神父はともかくキリエは神父を信頼して手を組んでいるつもりだった。一成はすっかり担がれていた形だが、最早彼はキリエに対して怒りを覚えない。頭を占めているのは、その神父の真意とは何か、ということだけだ。
「やめなさいってば!」
キリエが手にしていたクレープが芝生の上に落ちた。悲鳴のような声に、河川敷を歩く人々の目が集まる。隣に黒雨合羽の大男がいるが、一成とキリエならかろうじて兄妹くらいには見えるので兄妹喧嘩くらいに思われているだろう。
「興味ねーならそんなに泣くこともねぇだろ」
キリエはコートの裾を片手で掴んで、その紅い目から雫を落としていた。しゃくりあげることもなく、唇を噛みしめて俯いている。掴んだ片手から伝わる震えが、彼女の動揺をそのまま一成に伝える。
城に閉じこもって過ごした彼女が唯一触れた外の人間が、一成にとっては得体のしれない――おそらくは敵であろう、神父だ。キリエは何でもないように話していたが、初めて踏み出した外の世界で信じていた、ただ一人の人間に裏切られたことを何とも思わないはずがあるだろうか。
頼れる人間が一人ではない一成だって、誰かに裏切られたら腹も立つし傷つく。アーチャーに裏切られたことは、まだ新しい傷として痛む。
だが、一成はアーチャーを信じていたからこそ、信じていた彼が何を思って裏切ったのかを問い詰めずにはいられなかった。
だから、聖杯戦争を続けて今ここにいる。
人に裏切られることさえ初めてのキリエは、しばらく落ち着かせた方がいいのかもしれない。だが、彼女には時間がない。聖杯戦争が進めば進むほど、彼女は彼女でなくなっていく。
助ける方法があればそれに越したことはないが、このまま、信じた人間の真意を知らないまま、消化不良で生きながらえても苦しいだけだ。
ならば、彼女が彼女である間にその真意を知らなければならない。
「何で裏切られたのか、神父が何を考えてるのか、何も知らないまんまお前は消えていいのか!悲しいだけ、悔しいだけでいいのかよ」
「……そうね。私は、悲しかったのね」
初めて知ったと言わんばかりに、キリエはコートを掴んでいた手で涙をぬぐった。
「オユウが私を信じてさえいなかったことも、キャスターが消えてしまったことも」
キリエは一成の言う「何も知らないまま消える」ことまでは考えられていない。悲しいという気持ちで一杯一杯になり、その先を思うことができていない。一成は渋い顔をして、それでもキリエの手を引いて川から遠ざかる。
結果的に一成とアーチャーは、争った末に和解を見た。一成としては望外のことで、奪われたものも残した傷も甚大だが、あれが少しでも安らかに帰れたのならばもういいと思っている。
(だけど、多分)
勘ではあるが、神父とキリエは一成とアーチャーのようには終われない。「まあ、いいか」と納得することもない、理不尽な理由と結果が横たわっているだけの予感がする。
しかし、一成とてまだマスターであり、キリエは聖杯なのだ。聖杯戦争を続けるに当たり、あの神父との再びの邂逅は避けえない。それが早いか遅いかだけの違い――しかし勇む一成の端を止めたのは、アサシンの極めて現実的な一声だった。
「教会に行くのはいいけど、一回戻ろうぜ。食料を冷蔵庫に突っ込んだ方がいいだろ。俺の宝具には保冷機能なんかねーぞ」
「……それもそうだな」
「それによ、今や教会は敵地かもしれねぇんだろ。まだ協力してる姉ちゃんに無断で行くのはどうかと思うぜ」
思いっきり出鼻をくじかれて、一成はさらに渋面になる。だが流石年を食っているだけあるというべきか、アサシンは一成より頭が冷えていた。
その言葉に従い、一行は一度碓氷邸へと戻ることにした。
*
召喚されたときに、マスターである明の願いを聞いていた。
「根源に至る」というその願いは、奇しくも前回のマスターと同じ願いだった。ゆえにその時にセイバーは「最後にこのマスターが自分を殺す」可能性があることをわかっていた。
そんなことよりも、一番気にかかっていたのは。
『やはり、この聖杯では根源に至れない』――かつてのマスターの願いは、叶わなかった。
もしかしたら此度の聖杯も同じように、根源には至れないのではないかということだった。
しかし、今は。
「……勢いで出てきてしまったが……」
セイバーは行く当てもなく、人の流れのままに春日駅までやってきてしまった。相変わらず人の多い場所だが、むしろ紛れて一人になるという意味では適していた。
かといってすることは何もない。朝とはいえラッシュは既に過ぎている時間だ。駅ナカのコーヒーショップやファーストフード店をなんとなく眺めた末に、駅前電光掲示板の前の広場にて、適当なベンチに腰を掛けて呆けているだけだった。
明はああは言っていたものの、契約を切る気はない――と思う。きっと。多分。おそらく。運が良ければ。こういうところでの判断に甚だ自信が持てなかった。その上うっかりとはいえ手が出てしまって申し訳が立たない。
かといってここで愚図愚図していても無駄に時間が過ぎていくだけでどうしようもない。
思い出したのは、マスターの
親しき人々を殺してしまったと思い、その体質と資質を呪った果てに、己を諦める――この先には、もう何もないと。
かつて明の友人である相楽麻貴は、セイバーに願った。「明ちゃんを、護ってあげてください」と。「明ちゃんは、私たちを守ってくれるけど、自分のことを放りっぱなしだから」と。あれは、物理的なわかりやすい敵から明を護ってほしいと言う意味ではなかったのだ。
「……ッ!?」
セイバーは座っている状態から一気に立ち上がった。この朝から、人ごみの中ではっきりと感じたサーヴァントの気配。しかし、残るサーヴァントであるアサシンやランサーの気配であればここまで驚きはしない。
だが今感じた気配は、その両方とも異なっていた。
それでも気配はサーヴァントのもの。
殺し合うというのならセイバーはいつでも受けて立つ。けれど勘であるが、気配に攻撃的なものを感じない。
速度は人間の歩行程度で、徐々にこちらに近付いてきている。セイバーは腰を落として、いつ何時気配を変えて襲ってこられても対処できるように備える。
「――聞いてはいたが、随分と生き急いでいる者のようだな――」
雑踏から音が消えて、ただただ相手に眼が吸い寄せられる。徐々に近づく気配を感じていたにも関わらず、忽然と目の前に現れたように感じられた。
真っ白の着物、黒みのある臙脂の袴。その上に鮮やかな赤の羽織、純白の首巻。近頃は和装を普段着にする人も増えているが、それにしては強い色合いの和服だった。
しかしその日本人らしい服装に対して、男そのものは日本人離れしていた。髪は輝くように白く、それを後頭部で一つに結んでいる。肌も白いが、眼が沈む夕日のように紅い。
その上、その顔立ちや体の造形も恐ろしく整っており、一周して逆に人間味を薄れさせていた。
偉大な彫刻家が作り上げた彫像か、それとも人ならざる何かかと思わせる雰囲気が、男にはある。
現代の世はセイバーが生きた時代から二千年近くの時が経過して、かつて世界を覆っていたエーテルも神秘も薄れ果てている。にも拘らず相手は、生前に神の類と対峙した時を思い出させるような雰囲気を纏っていた。
「――貴様、何者だ」
「お前と同じ神の剣だ」
「は――?」
男はセイバーの警戒をよそに、セイバーが先ほどまで腰かけていたベンチに腰を下ろした。そしてセイバーからあっさりと目を離すと、道行く人々をそぞろに眺めていた。
「時の流れとは恐ろしいものだな、ここまで人間が増えるとは思わなんだ」
「貴様は何者だ、答えろ」
「そんなに呼び名が欲しければ、ライダーとでも呼べ」
ライダー――春日教会において、神父が開催を宣言した時には消滅しているとされたサーヴァント。そしてその通り、これまで全く姿を見せることのなかった為本当に消滅しているのだと思っていたが――それがなぜ、今ここに。
セイバーの動揺をよそに、ライダーのサーヴァントは深く紅い目を以てセイバーを見上げて笑った。
「しかし、なるほどなぁ――神々が公の欠陥を克服しようとした解がお前か。卑近な例をとれば、お前をナイフとするなら公は十得ナイフ。余計な機能を削ぎ落とし、ひきかえに破壊力を追及した形か」
「何をわけのわからないことを言っている。貴様、まさかあの神父のサーヴァントか」
「公は誰の使い魔でもない――さて、お前は理由のない限りマスターと常に行動を共にすると聞いていたのだが。何故ここで阿呆のように暇を持て余している?」
サーヴァントクラス・ライダーを名乗りながらも誰のサーヴァントでもないと、奇も衒いもなく男は言った。それよりも興味深げに値踏みをするかのごとく、セイバーを見つめている。
「貴様には関係ない」
問いの内容は今のセイバーとしては、全く持って不愉快極まりない。強くつっぱねたが、その態度が触れられたくないことを如実に示していることを、セイバーは気づかない。
「ふむ、まあよい。だが老婆心ながら言っておけば、人間に仕える価値はないぞ――
セイバーの剣呑な態度を見ても、ライダーには一かけらの敵意もない。今は。
「神が神に仕えるのはよい。人間が人間に仕えるのはよい。人間が神に仕えるのはよい。だが神が人間に仕えるのは好くない。己より遥かに強大な力を持つ者が、おとなしく従うと人間は信じられない」
それは、人同士でも同じこと。遥かに強い人間が、遥かに弱い人間におとなしく従う道理がない。人間同士でさえそうなのだから、それ以外は推して知るべきだ。いくら赤心を以て仕えようとも、その相手が信じてくれない。
「神々も中途半端な事をする。破壊力に特化させるならば、人格さえも
「――お前は、誰だ。目的は何だ」
セイバーの直感が、この男の正体を知らねばならないと告げていた。何を望み聖杯を狙うのか、もしくは他の目的があるのかもわからない。
しかしこのライダーは掛け値なしの強敵であると、既にセイバーは本能で理解している。
「公は楽しみたいだけだ。世界を滅ぼそうなどと大それたことは考えておらぬ、興味もない。ただ、そうさな、確かに」
ライダーは何かを思い出すように目を細め、あっさりと不穏な言葉を口にした。
「あまりに平和すぎると、少々見ごたえに欠けるのも確かでな」
「見ごたえ……、!」
セイバーは突如、ライダーから意識をそらしはしないものの、じりじりと距離をとった。それから、背を向けて駅の雑踏へと姿を消した。
ライダーもあえて追いかけることはしなかった。彼自身今戦う気はなく、現世を見分しているに過ぎない。
またライダーはセイバーには興味を持っている。愛すべき子孫であり、己と同様に神々からの神命を受けた者の在り方に。
「これはますます、あの道楽神父に乗る方が楽しいだろうな」
噂によればドイツのクレープは日本のモノほど色々載せてないというかチョコだけとかシンプルらしい
ライダーは「欠陥」と言っているけど、それは「神々の都合から見たライダーの欠点」なので、ライダー自身は欠陥だとはつゆほども思っていない