Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月7日⑤ 日常との別れ

「……何してんだお前ら」

 

 

 碓氷邸に一度戻ろうとしていた一成、アサシン、キリエはその帰り道で明とセイバーに行きあった。何故か明とセイバーは人の往来で抱き合っていたのだから、気まずさは極まっている。明は状況の拙さにやっと気づいたのか、セイバーを突き放した上で彼の頭を一発叩いていた。

 しかしセイバーの方は何がおかしいと言いたげに、じと目で一成たちを一瞥した。

 

「……何って、見ての通りだが」

「わかるか!!」

 

 いくら思春期真っ只中の一成とはいえ、彼らの雰囲気が恋人同士のような爆散四散を祈るべき甘いものではないことは察してはいた。だがあまりにも雑なセイバーの発言には突っ込みを入れざるを得なかった。

 しかし話が進まなくなるため、一成はとりあえず買い出しに出かけていたことを説明した。勿論全員戻る先は碓氷邸の為に、五人連れ立って帰ることになったのだが。

 

 

「……世界との契約は止めだ。奴らの願いが「俺の最強たること」かどうかわからない以上、俺が戦う意味がない」

 

 セイバーがぼそりと言った言葉の意味を、明だけでなく一成もしかと理解していた。一成としてはそれでいいと思うが――明とセイバーの顔は、晴れやかというものからは程遠かった。こちらもキリエが黙ったままで、アサシンも特に言うことはなく静かにしている為妙な雰囲気である。

 その雰囲気は解消されないまま碓氷邸に到着し、自然と全員がそのままリビングに集合した。一成にも、明にも話さなければならない事項がある。

 ソファにそれぞれ腰かけてから、一成が一番に切り出した。

 

 

「碓氷、俺とキリエは教会に行く」

「……何でいきなり」

 

 明は呆けた声を出して一成とキリエを交互に見る。キリエもアサシンもうんともすんとも言わず、黙っているだけだ。今や完全にいわくある教会になってしまったため、明も一度足を運ばなければならないと思っていたが、突然だ。

 

「教会にあの神父がいるんだろ。聞きたいことがあるから行ってくる」

「いやいやちょっと待って。一応教会は中立ってことになってるから昼間からそんな堂々と行くのはちょっと」

 

 一成はその制止を鼻で笑う。いつになくピリピリしている。

 

「中立つっても形だけなのにか。それにキリエと組んでたりお前と組んでたり、あげくの果てにはランサーのマスターとグルとか一番胡散臭い奴だろ。お前だって、あの神父を放っておいていいなんて思ってないだろ」

 

 神父が何か隠しているのは明とて分かっている。キャスターと戦う前に使い魔で連絡を取った際には「ハルカはもう戦う気はない。身柄を教会で保護している」と言っていたが、知っての通り大西山の戦いにおいて、ハルカはセイバーらに乗じてランサーを取り返した。その時点で神父はウソをついていたことになる。同時にキリエにもウソをついていたことになる。

 

 どうせ取り返すのなら何故ランサーを一回キリエのサーヴァントにしたのかも不明だが、神父はランサーのマスター・ハルカとは組み続けているに違いない。それだけ怪しいからこそ、明は悟に教会に行くことを勧めず、この家に居させているわけだ。

 

 明は自分の体の調子を確かめる。傷は自分の治癒で全快には程遠いが、走ったり蹴ったり、一通りの運動はできるだろう。

 

「……セイバー、戦える?」

「……通常戦闘ならば。宝具も草薙なら使うこともできるだろう」

「じゃあそれ、私も行く」

「えっ!?」

「驚くことはないでしょ。というか放っておくつもりはないだろって言ったの一成じゃん」

 

 共闘を持ちかけておきながらそれを破った神父を問いただすべく、明は目を光らせた。明が行くならばと、そのサーヴァントのセイバーも肯う。

 

「べ、別にいいけどよ」

 

 俄かにやる気を見せた明とセイバーに、逆に一成がたじたじとなる。「ただし行くのは夜だよ」

「は?夜行ったらそれこそすぐ戦いになるかもしんねーぞ」

「だからだよ。相談が通じるのか、それもわからない。あっちから仕掛けられて応戦するとしても、昼間は拙い。だったらいっそ夜に行った方がいい」

 

 最初から教会が中立の立場ということはかりそめであったが、最早中立もへったくれもない。安全地帯の教会でさえもう闘争の場となる可能性がある。あちらとて明や一成に疑われていることは承知であろう。ランサーを繰り出してくる可能性も大いにある。

 

「だけど俺は話を聞きにいくだけのつもりだ。昼間にアサシンとセイバーが居れば、滅多なことをしないだろ」

「そうかもしれないけど、あっちはどう出るかな?それに、ランサーのマスターは令呪をたくさん持ってるから何をしでかすか」

「令呪?」

 

 何故ランサーのマスターが大量の令呪を持っているのか、かつてのキリエの腕を見ていない一成は首を傾げた。だんまりしていたキリエが、小さな声で令呪について説明する。

 

「……私の元々の令呪が三画、カズナリ・ツチミカドの令呪を三画。それにランサーを奪った時に二画の令呪。合わせて八画の令呪を持っていたわ。ランサーとアーチャーを従える為に二画使ったけれど」

 

 もしキリエがハルカに襲われず、まともな判断ができる状態で戦い続けていたら令呪の使用により大西山での戦況は一変していたかもしれない。一成は今更ながら背筋を寒からしめた。

 

「それを全てランサーのマスター、ハルカがキリエから奪っていった。結果、ハルカが六画の令呪を持っていることになるね」

 

 一成は残り令呪一画、明も同じく一画を残すだけだ。ランサーは単騎とはいえ、六画もの令呪――サーヴァントのブースターとも呼べるそれ――を持っているとなればただことではない。一成は生唾をのみこんだ。

 

「迂闊に神父に会いに行けば、そのままランサーとの戦いになるかもしれないよ。準備を整えて、夜に行こう」

「――神父に会いに行く件だが、伝えておかねばならないことがある」

 

 話がまとまりかけた時、今まで黙っていたセイバーが重々しく口を開いた。「ライダーのサーヴァントがいる」

「……どういうことッ!?」

 

 全員がセイバーを注視するが、最も激しく反応したのはキリエだった。この春日の聖杯たる彼女がサーヴァントを数え間違えることなど、基本的にありえない。

 しかし霊器盤の異常はだいぶ前から知られており、かつキリエ自身も自らの違和感は自覚していたのだが……

 

「わからない。だが、今日駅前で会った奴は間違いなくサーヴァントだった。神父のサーヴァントかと聞いたが、自分は誰のサーヴァントでもない、と言っていた。本当かどうかはわからない」

「……真名は?」

「わからない。だが、どこかで会ったような気もする」

 

 本人は誰のサーヴァントでもないと言うが、マスターなきサーヴァントはありえない。神父のサーヴァントだという確証はないが、あちら側のサーヴァントである可能性は大きいだろう。

 

「でも教会には行くぞ。どうせ籠ってたって何もわかんねーんだし」

「……まあ、それもそうだね。それで驚いているとこなんなんだけど、私からもひとつ」

「げっまだなんかあんのか」

 

 げんなりしたアサシンの声を流して、明は全員に尋ねた。

 

「シグマ・アスガードって誰だか知ってる?」

「……誰だそれ?」

 

 一成はてんで知らないという風だったが、キリエは一度目をつむってから考え込んだ。その間に、明が話を続けた。

 

 

「私も、どこかで聞いたことある気がするんだけど」

「……私も」

 

 明とキリエはそろって首を傾げていた。さっぱり心当たりのない一成がつっこむ。

 

「というかその、シグマって何なんだ?」

「わからない。今日、駅前で会った女で――ランサーの本当のマスターだって言ってた」

「は?」

 

 

 一成の反応は至極当然で、明も全く同じ気持ちなのだ。彼女と今まで会ったことは全くない。その時、黙っていたアサシンが腰を上げた。いつのまにか大きく膨れたビニール袋――買い出しした食品――を褞袍から放り出している。

 

「俺は謎のマスターやサーヴァントに助言できそうにねぇし、ちょっくら気配遮断してそのランサーの拠点と教会を探ってくるわ。場所しらねーからさらっと教えてくれよな。その間にいろいろ考えてくれや」

「……わかった。無茶はしないでね」

 

 教会もランサーの拠点も碓氷邸から近い。明は立ち上がると、近く本棚に収められている地図を引っ張り出して広げ、ざっとアサシンに場所を教えた。その後アサシンは了解、と軽く答えると、霊体化して姿を消した。

 

「時間もあるし、行く前に飯つくる。あと俺も今は元気だから、後で治癒の術かけるか?」

「あ、うん。じゃあお願いしてもいいかな」

 

 一成も千里天眼通の反動からは回復している為、今まで通りの魔術行使が可能だ。明の体質にも一成の陰陽道は有効だ。一成は立ち上がり、アサシンの放り出していったビニール袋を抱えて部屋を後にした。

 残された明とセイバーだが、二人は特にすることがない。いや、明は自分の状態を鑑みるならば寝ているべきだ。

 

 

「……教会の思惑はわからないが、残るサーヴァントは俺、ランサー、アサシン、ライダーだ。流石にこれ以上はいるはずがない」

「そうだね」

「場合によっては、今宵決着がつくこともありうる」

 

 アサシンはあの性質で、明確な聖杯への願いもない。それにマスターが一成であることもあって今さら明たちを裏切ることは考えにくい。ランサーも周知のとおり、正々堂々の戦いを願ってここにいる英霊だ。

 もちろん令呪六画のこと、神父の思惑とライダーの謎はある。しかし、聖杯戦争は既に佳境を迎え――――終わりはもう近い。

 

 

「本来ならばまだ戦うこと自体を避けたいが、そうも言ってはいられないようだ。土御門が来る前に明、少しでも多く眠っておけ」

「う、うん」

 

 セイバーの言う通りにすべきだとは了解しているが、あの女の名前が気になっており、安らかに寝られる気がしない。

 

「アスガード……」

 

 アスガードは英語名である。それはまたの名をアースガルド、アースガルズ、アスガルズともいう。

 それは北欧神話において、アース神族の住まう国の名。そして碓氷の始まりの先祖は、北欧からこの地、春日に棲家を移したのである。

 

 思わず考えに耽ってしまうところだった明を止めたのは、キリエの一言だった。

 

「忘れてたわ。アキラ・ウスイ、ちょっと話しておきたいことがあるの。カズナリ・ツチミカドの目についてね」

 

 言われてみれば、昨日明は一成に「相談したいことがある」と言われていた。しかしセイバーとのあれこれですっかり頭から吹っ飛んでしまっていた。

 キリエの言葉に頷くと、明は休む前にキリエと向き合った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 結局、夕食を作ったのは一成ではなく悟だった。回復した悟はまんじりと居候することに居心地の悪さを感じたのか、自らすると言い出したのだ。

 とはいっても、おせっかいな一成は彼を手伝っていた。

 

 メニューは寒い冬に相応しいシチューにこんがり焼いたフランスパン。添えには野菜スティックとソースがついている。朝は最も騒がしかったキリエが喋らない為に、今はなんとなく雰囲気が重くなっている。

 それでなくても、疑惑に満ちている教会へ向かうのだ。バカ騒ぎする気も起きないのも然りである――が、当然今日の夜について話し合わなければならず、話はそれに向かった。

 

 

「……教会に、何もなかった?」

「おう」

 

 シチューをがつがつと平らげながら、アサシンはあっさりと答えた。「マジでもぬけの殻って感じだ。しかも礼拝堂?はなんか壁にでっかい風穴開いてたぞ」

 

 最後に教会に向かったのは、大西山決戦の前の一成とキリエである。その時教会の中に入ったわけではないが、外見は何の変哲もなかった。実際礼拝堂の風穴は、彼らが帰ったあとの修道女とハルカの戦いで開いた為、知らないのは当然である。

 

「教えてもらったランサーたちの拠点にランサーはいたぞ。そのマスターもいたけどよ、なんかベッドで眠りっぱなしで全然動かねー。ちなみに、女の魔術師なんて影も形もなかったぜ」

「ハルカ・エーデルフェルトが眠りっぱなし?大西山で実はかなりのダメージを受けたのかな」

 

 そのあたりのことは、明にはわからない。正味な話、ハルカがどのようにして山を脱出したのか、一杯一杯だった彼らは把握できていなかった。

 

 ちぎったパンを片手に、明が首を傾げた。アサシンの言うことが本当だとしたら、宝石魔術の名手で強敵だと思われたハルカは易い。神父は特に魔術に秀でている話は聞いたことがなく、第八秘蹟会に所属するが代行者のような戦闘派ではない。ライダーとシグマを除けば、残りは脅威ではないのか。

 

 

「とにかく教会にはいってみようぜ。碓氷の目を通せば、別の手掛かりがあるかもしれないしな」

「何もなかったら、ランサーの拠点にも行ってみようか。何もなかったらその時に別の場所を探しに行こう」

 

 一成と明がその流れで合意したとき、かちゃりとスプーンを置いて、キリエは静かに口を開いた。

 

 

「……私、教会にはいかないわ」

「はっ?」

「私はいまやサーヴァントを失った聖杯だもの。うかつに敵前に行くより、要塞であるこの家に籠っていたほうが安全なの」

 

 キリエは一度、ハルカ・エーデルフェルトに攫われている。何故だかはいまだ不明だが、彼女は一度逃げ出すことに成功している。

 しかし、聖杯である彼女はまた狙われないとも限らない。そういう意味で、サーヴァント一騎の攻撃程度なら暫く耐えうるこの屋敷に残る選択は間違っていない。共に戦闘に出たとしても、セイバーは明を優先して護りアサシンもキリエまで手が回るかどうかは怪しい。

 

 しかし、一成はじっとキリエを見据えた。昼間、神父に会いに行こうとした時、彼女は強く拒んだ。キリエは神父との邂逅を恐れているのではないかと一成が思った時、キリエは強い口調で言った。

 

 

「オユウの真意を知りに行くものいかないのも、私が決めることよカズナリ・ツチミカド。貴方が口出しすることではないの。それに、」

 

 買い物など外で遊ぶときのキリエと、夜の魔術師としてのキリエは様相をまるで異にしている。そして、どちらともつかない今も別の顔を見せる。

 

「私の前に、貴方は自分の戦いに集中なさい」

 

 どう返すべきか困って、一成は野菜スティックを口につっこんだ。一成とて彼女を危険な目にあってほしいわけではないのだが、どうも納得がいかない。

 

「確かに、そんなことお前が決めることだけど」

「私はここを護っておくわ。もし本当に私の身が危なくなったら助けを呼ぶから」

「……おう」

 

 微妙な空気の中で、夕食は続く。戦争は終わりに近づいているにもかかわらず、まだ何も進んでいないかのような奇妙な錯覚を誰もが抱いていた。

 ライダー、女魔術師、ハルカの正体、狂った霊器盤。美味しいはずの食事を砂をかむように食べながら、明は一人別のことを考えていた。

 

 

(……何で私、教会に行くって自分から言いださなかったんだろう)

 

 一成が「教会に行く」と言い出さなければ、恐らく明は今日の夜も何も行動を起さなかった。体が全快になるのを待っていたと言えばそうなのだが、セイバーやアサシンに教会の偵察を頼むくらいのことは相談していてしかるべきだ。きっと体が本調子でなかったせいと、明は頭を振った。

 

 聖杯戦争は着実に進行している。それは確かだ。

 戦争が終われば、セイバーとアサシンは消える。一成と悟は自分の家に戻る。

 そして明は一人に戻る。

 

 こうして大勢で食事をとることもなく、家に人の気配がないのが普通の日常に戻る。寧ろこれほどの人がいる方がイレギュラーなのだ。

 セイバーは「食事は共にとるものだ」派のため昼と夜は一緒に食べていたこともあり、僅か二週間程度のことなのにそちらの方が当たり前になっていたことに、明は今更ながら驚いていた。

 

 

 

 食事後は大量に出た汚れた食器を、明は一成とともに洗った。朝は何だかんだで彼一人に押し付けてしまったので、罪滅ぼしとばかりに明は手伝うことにした。

 明が皿を洗い、一成が水で流す。今気づいたが、大西山での戦闘のせいか左の義手が傷だらけになっていた。

 

「……一成の腕もちゃんと人形師に依頼しないとね。もうアテはあるんだけど」

「世話になって悪いな。ありがとう」

「前も言ったような気がするけど、折角だし霊体でもつかめる義手にしてもらおうか。費用は貴方持ちだけど」

「フツウのでいいです!!別に霊体とかつかむ機会ねーから!」

 

 冗談はともかく、ちゃんと腕のいい人形師に渡りはつけてある。聖杯戦争が終わってからそちらに取り組むことにするから、まずは生きなければならない。

 

「なんだ……それはそうと、キリエから話は聞いたよ。千里天眼通のこと」

「ああ、おう。……とりあえず、使うつもりはない」

 

 魔術師的には稀有も稀有なその機能をあっさりと使わない、とする一成の態度はいっそ清々しい。たとえ使いたくても使いこなすには修練が必要で、そのうえ教えてくれる相手がいない。天眼通のことはもういいのか、一成は別件で複雑な顔をしていた。

 

「あのよ、碓氷。キリエって、聖杯戦争が終われば必ず死ぬのか?」

「……そうとは限らない。サーヴァントが消滅していっても、結果的に聖杯として使わなければキリエは元に戻る。あとは大本の大聖杯を壊してしまえば。多分、絶対とは言えないけど」

「本当か!?」

 

 一成はぱっと顔を明るくした。しかし、今一つ歯切れの悪い明に引っかかって言葉を重ねた。

 

「多分?」

「……キリエは聖杯としての完成度は今一つみたいだから。全サーヴァントが消滅すれば、キリエの中に全ての魂が入ることになる。一度は人間の外装が全部剥がれ落ちることになる。聖杯として機能しなくてすんでも、その状態から元に戻れるか保証はないよ」

「……一応聞くけど、だけどその大聖杯ってどこにあるんだ!?」

「それは私もわからない。キリエは何か言ってた?」

 

 一成は首を振った。「いや……」

 

 確かに聖杯の降霊自体は霊地であれば、大聖杯の設置場所でやる必要はない。知らなくても困ることはない。

 

 

「だとしたら知ってるのは」

「神父か」

 

 聖杯戦争の発端である神父ならば、大聖杯の設置場所も知っているはずだ。それでも、明はキリエを生かそうとする一成に疑問がある。

 

「でも、仮にキリエを死なせなかったとしてどうするの。あの子、アインツベルン城に戻るの?」

「あいつは居場所がないからあんまり帰りたくないって」

「聖杯を得る為だけに作られたホムンクルス――そうだろうね。聖杯を手に入れられないキリエに意味はない」

 

 一成は明の言い方にむっとしたが、同様のことはキリエも言っていた。明はやれやれといった顔をして続ける。

 

「それに、あの子ってあとどれくらい生きられるの?ホムンクルスの寿命は長くないよ。ちゃんと延命させたいなら、それこそ城に戻るべきだし――それに、そこまでして生き続ける理由があるの?キリエは」

 

 アインツベルンが聖杯を得るために作られた彼女は、これ以上生き続けたいと思うのだろうか。一成もそれは承知しているようで、苦虫を噛み潰したような顔を隠そうとしない。

 

「今のあいつには、ない。でも、神父との決着をつけさせないと、あいつは次を考えることだってできない」

 

 急に一成が「教会に行く」と言ってきた理由が明にもわかってきた。全ては、キリエに神父の真意を知ってもらうためだった。

 一成は、どこまで言っても一成だ。

 アーチャーに裏切られた時の彼は、決してそこで諦めなかった。

 

 

「……でも」

 

 

 ――彼は、土御門一成はそれでよかっただろう。しかし、キリエも同じか?

 

 神父の真意を知っても、どうにもならないことだってある。真実を知って、立ち上がろうと思う者もいれば、返って絶望に打ちひしがれ、起き上がることを止めてしまう者もいる。

 

 ならばいっそ、耳を塞いで目を閉じて、ずっと引きこもっていたほうがむしろ心安らかにいられるのではないか。

 

 

「……キリエがどう思うかなんて、私にもわからない」

 

 キリエは、教会にはいかないと言った。実質脱落者である彼女は、もう無理に闘争に加わる必要はない。神父が何を想っているかなど、知らなくても死ぬことはない。

 

「……おう」

 

 決めるのはキリエの意志だ。一成は神父を問い詰めるべきだと思っているが、彼女が必要はないと思うなら押し付けるのは何か違う。

 それを了承しているが、彼自身としては納得できていないから歯切れの悪い返事をしている。

 

 洗い物を終え、出かける前の準備をすべく、明と一成は自分の部屋へと戻ることにした。「じゃあ後でな」と速足で食堂を後にする彼の背中を見て、明は小さくつぶやいた。

 

「……一成はすごいなぁ」

 

 

 何の気もなしにこぼれた言葉だった。仮に明が一成の立場だとしたら、おそらくとっくに戦争を止めていた。

 アーチャーに裏切られ腕を無くした時点で、本当にひどい目にあった、もう関わりたくないと教会に保護を求めていただろう。そして、その選択も決して間違いだとは思わない。

 

 でも、少しだけ。

 彼のように、強く――下品に言うならば、自己中にでも戦いを掴むと決意できることは、凄い事だと思うのだ。

 

 

「アキラ・ウスイ!カズナリはどこかしら!」

「キリエ?」

 

 一成と入れ違いに、先ほどまで話の俎上にいたキリエ当人が姿を現した。少し声が緊張していたようなのが不思議だったが、明は一成が自分の部屋に戻ったと伝えた。

 

「わかったわ。三十分くらい、彼を借りるわ」

 

 急いだ口調で明にそういうと、キリエは一目散に踵を返して一成の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「えっ!?今日で聖杯戦争が終わる!?」

「ちげーよバカ早とちりしすんな。終わる「かも」だ。まだうさんくさいライダーもいるらしいしな」

 

 月が上る空の下、二人は碓氷邸の庭の噴水に腰かけていた。悟はコートを着ているが、アサシンはいつもの派手な赤い褞袍を身に纏っているだけだ。腰かけている縁に空いたビールの缶が二つ、未開封のチューハイが二つ、赤ワインがある。

 ガンガン飲んでいるアサシンのおかげで、周囲の空気も酒気を帯びている。

 

「そうか、だから食事のとき妙にみんな神妙な顔つきだったんだ」

「お前微妙に浮いてたからな」

 

「悟をこれ以上聖杯戦争に巻き込むべきではない」とする明の方針で、悟は作戦会議には参加していない。悟としても魔術に関してずぶの素人である自分が紛れて、話の進行を妨げることはしたくはなかった。ゆえに、置いてけぼりを食らった形になっているのは、仕方ないことではあった。

 

「……でも、じゃあセイバーとお前戦うのか?」

「もし今日ランサーやライダー?を倒すことになったらそうなるな。倒さなくても、戦争はもう後半に入ってる感じだ、いつの夜に全部の決着がついても不思議じゃねぇってこった」

「……そっか、お前人間じゃなかったよな」

 

 悟のつぶやきに、アサシンは盛大に噴きだした。「何今更言ってんだお前」

「いや、だって確かに消えたりするけど、人間だし」

 

 悟とアサシンが出会ってから、約一週間しか経過していない。その上、半分の時間悟は倒れて寝込んでいた。であるが、二人が共にあった時間はあまりにも濃かった。命の危機にさらされ、そこでやっと自分の望みを知るまでの怒涛のような一週間。

 

 既に悟はアサシンがいることが当たり前だと思っていたが、今の事態が非日常なのだ。

 

 

「ま、そういうわけだ。いつ今生の別れになるかもわかんねーんだから、俺に感謝の言葉とか、感謝の言葉とか、感謝の言葉とか言ってもいいんだぜ」

 

 アサシンとしてはツッコミが返ってくるのかと思っていたが、悟からはつっこみどころか言葉も帰ってこない。そして、神妙な顔つきをしている。

 

「アサシン、お前杯とかもってなかったか?」

「あ?持ってるけど」

「それで飲もう。お前と月の見える場所で飲んだとき、すごくうまかったから」

 

 生憎、アサシンは今日の買い出しで日本酒を買ってくることはなかった。日本酒は既に良く飲んでおり、それ以外の酒を飲んでみたかったためにビールやワインの類だらけだ。アサシンが宝具から取り出した盃に、悟は赤ワインを並々と注いでいく。

 真紅の杯に注がれ、暗闇に浮かぶ赤ワインは血のように見えた。

 

 

「半分ずつ飲めばいいんだっけ?映画かなんかで見たのしか知らないけど」

 

 アサシンが言葉を発するより早く、悟はワインの半分を飲んだ。そして乱暴に口を拭い、杯をアサシンに渡した。

 

「……お前俺に向かってマジいい度胸だな」

 

 暗殺者は苦笑いにも近い笑い方でその盃を受け取り、一息に飲み干した。悟は少し挙動不審になり、慌ててアサシンを窺う。

 

 

「え?俺、何か間違えたか」

「半分ずつ飲み交わすのは五分の兄弟の契りだ。つまり対等ってヤツ。この俺様に向かって対等たぁお前も豪くなったもんだなーあーうっかり手が滑って鎌で首すっぱーんするかもなー」

「ええええ!?俺は子分くらいのつもりで……」

 

 悟は己の適当な極道映画知識により、残念なポカをしていた。子分くらいの関係ならば、四部六の兄弟で、酒を飲む量もそれに合わせる。アサシンも悟がアバウトな知識でやったことくらいは了解している。

 

 

「ま、勘弁してやらァ。なーんか結局夜の街に繰り出せなかったが、許してやる」

「アサシン」

「もし明日があったら、一晩くらい姉ちゃんたちとパーリーするのも悪くねーな」

 

 明や一成、セイバーたちとバカ騒ぎ。年齢も離れているし、どんな風なパーティになるのか全くわからなかったが、その想像は楽しいものだった。

 だが、その幸せな空想はまずありえないことだとも、悟にはわかった。戦争が終わればサーヴァントは消え、そして明や一成も生還を約束されているのではない。

 

 

「……」

 

 悟が気にしていたのは、あまりにも自分にできることがないことだった。命を助けてもらったのに、いまだ明や一成は己の命を懸けて戦いに望んでいる。

 もし彼らが死んで、安全な場所にいる自分が生き残ってしまったら、と考えたくない。

 

 流石に鋭いアサシンは、悟の思考を読んだかのように釘を刺した。

 

 

「言っとくが、妙なこと考えんなよ。たとえお前に何もできなくて、これから姉ちゃんたちが死んだとしてもお前は生きろ。姉ちゃんたちは、お前だけの為じゃあねえが、それでも命をかけてお前を助けたんだからな」

 

 助けた相手が死んでしまっては、それこそ報われない。悟は神妙な顔つきで頷き、酒をあおった。


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