Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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第3幕 生き様は鮮やかにはほど遠く
12月7日⑥ 願いを叶えることの難きよ


 悟とキリエに留守を頼み、明、一成、セイバー、アサシンの四人は教会に行くため碓氷邸を出た。「教会にて何も起こらないかもしれない、しかし何が起こるかわからない」とそれぞれが承知しているがゆえに、自然と無駄口が減る。

 

 聖杯戦争も佳境を迎えている今、春日の空気は一層の重苦しさを増している。冬に向かって星の瞬きが煌めいていても、いつもの春日とは違う。バーサーカーという街から魔力を集めていたサーヴァントは消えても、キャスターと言う巨大な結界を巡らせたサーヴァントが消滅しても、それは変わらない。

 セイバーとアサシンが先頭に立って進み、明と一成がその後ろに並んでいる。ふとアサシンが口を開いた。

 

「姉ちゃんはあの神父と付き合い長いんだろ。仮にも協力を申し出られるくらいなんだからな」

「……そうだね。私が生まれたときにはあの教会の神父は神内御雄神父だったし。神秘を秘匿する点に関しては協力してきたけど、仲がいいかって言われたらそうでもない」

 

 碓氷家はかねてから春日の教会と友誼を結び、神秘の秘匿については共同してことに当たってきた経緯がある。だが、元々聖堂教会と魔術協会は犬猿の仲で、かつては殺しあう関係だった。今は休戦状態だが、日の当たらない場所では今でも闘争が繰り広げられている。それだけ近しい間柄ともいえるが。

 

「神父は元魔術師だよ。何で魔術師から聖職者に転身したのかは知らないけど」

「で、どんなヤツなんだ」

 

 アサシンが重ねて聞いてくる。この面子ではアサシンだけ神父と面識がない。明も語りにくいのだが、それでも言葉をひねり出した。

 

「……何考えているのかわかんない?胡散臭い?」

 

 あんまり得意じゃないんだよねと付け加えて、明は憂鬱そうに言った。しかし一成は付き合いが浅い――むしろ一回しか顔を合わせたことがない割に、嫌悪感を露わにした。

 

「胡散臭いどころがむしろ良くないやつだと思うけどな、俺は」

「――ほう、何故そう思う」

 

 セイバーは異議があるというより、むしろ同感といった様子で聞いてきた。おそらくセイバーも神父を良くないと思っているのかもしれないが、一成と同様に確信がないのだろう。

 当の一成も、キリエと共に教会で顔を合わせた時は、まだ明と似たような感覚を抱いていた。得体のしれない、よくわからない人間だと。しかし、今までのキリエの話を通して振り返ってみると――殆ど勘やひらめきに近い考えが一成の脳裏にあった。

 

「……キリエは言ってた。この戦争は、あの神父がアインツベルンに持ちかけたって。だけど神父の目的は分からない。アインツベルンに協力しているときだって、自分が聖杯を欲している様子なんてなかったんだろう。あったら、監督役になんてならねーだろうし、俺の家やアインツベルンが許さない」

「そうなんだよね、神父が何したいのかわからない」

 

 それはキリエの話を聞いた時から、一同を悩ませていた問題だった。しかし一成は、あの日教会で、神父のある問いかけを聞いており、今それが頭に浮かんで消えない。

 

 

「――戦いは、悪か?」

「何だそれは」

「神父に会った時に聞かれたんだよ。なんでかそんな話になった」

 

 話の脈絡がないために、セイバー、明、アサシンは首を捻るだけだった。一成にもうまく説明はできない。

 だが仮に、春日聖杯戦争準備期間において、神父の目的は聖杯そのものではないとすれば「聖杯戦争そのもの」ではないのかと――「そろそろ教会だよ」

 

 明の声が寒々しい空気を通って響く。元々碓氷邸から教会は歩いて十五分程度であり、すぐの距離だ。あとは角を右に曲れば、坂の上にある教会の門が見えるはずである。

 

 アサシンがまだ日の高いときに行った偵察では、既に教会には人っ子一人いなかったが、礼拝堂には争った形跡があった。また、シグマ・アスガードらしき女の姿はどこにもなかったそうだ。

 

 何はともあれ、一回は教会を覗き魔術的視点から、明や一成が検分を行うことにした。もし何もなければ、そのままランサーの拠点にも足を運ぶつもりだ。

 

 だが、教会の姿が視野に入った時点でセイバーもアサシンも、マスターたちも身を強張らせた。サーヴァントの気配が、教会から強く漂っているのだ。

 

 見知った気配はランサーのものだとすぐに知れた。―――教会に令呪六画を備えたサーヴァントが待ち構えている。自然とセイバーとアサシンが前に立ち、明と一成を護る態勢で移動する。

 

 このような夜更けに教会を訪れる信者はおらず、殺人事件が続く春日の街は静まり返って人気の欠片もない。

 

 聖杯戦争初日、セイバーとランサーの手合せによって荒らされた石畳の道の花壇は、花の数こそ減ったが綺麗に整えられていた。屋根から三角の屋根の上に白い尖塔があり、その頂上に十字架が立っている教会らしい教会の姿は変わらない。

 

 教会の中は暗く闇に溶け込んでおり、礼拝堂には人気はなさそうだ。だが彼らの注意を引く人物は教会の中のなにものかではなく、教会の前に威風堂々と仁王立ちしていた益荒男である。

 その出で立ちは、一昨日に大西山で見せた姿と寸分たりとも変らない。天上から降り注ぐ白光に照らされた鹿角が、地面に映し出す影に明確な特徴を与えていた。

 

 勇ましく天を衝くような鹿角の兜。黒糸縅の鎧を身にまとい、最大長――六メートルにもわたる槍を立てて門番の様に待ち構える姿。しかし不思議なことに燃え立つような闘志は激しく伝わってくるにも関わらず、彼から放出される魔力がその闘志に伴っていないように思えた。

 

 セイバーたちとランサーの距離は二十メートルほど。石畳の上で、セイバーは剣を取り、蒸気を纏わせながら訝しげにランサーを見た。口火を切ったのはランサーが先だった。

 

 

「待っていたぞ、セイバー。もし来なければ今からお前の家に乗り込もうかと思っていた」

 

 いつものように張りのある声だったが、何とも言えない寂寥に包まれているようにも聞こえる。

 

「今こそお前と雌雄を決する時だ。それがお前と初めて会った場所となるとは思ってもいなかったが、何とも不思議なモノよ」

 

 セイバーはふんと鼻で笑うと、剣の切っ先をランサーに向けた。

 

「お前との戦いを避けるわけではないが、今は神父、いや教会に用がある。そこをどけ」

「そちらに用があるなら儂を倒していけ、剣の英霊よ」

 

 ランサーの声に余裕はない。まるで今戦わなければそれこそ死んでしまうかのような、切羽詰まった印象を受ける。そしてランサーから伝わる魔力の薄さを鑑みれば、一つの可能性がある。だが何故、と明は思う。

 

 

「……ランサー。あなた、マスターは?」

 

 ランサーは答えないが、沈黙が全てを語っていた。そしてランサーの立ちふさがる先――教会の扉の前に、マスター――ハルカ・エーデルフェルトが座り込んでいた。闇にまぎれて気づかなかったが、明たちはその姿を見間違えない。

 座り込んで微動だにしないマスターは、大西山で見た彼の姿とは大違いだった。ランサーは諦めてやれやれと首を振った。

 

「儂には何が何やら皆目見当もつかぬ。だが、ハルカはもう数刻も立たずに使い物にならなくなる。パスを通じてそれはわかるのだ」

 

 明は自分の耳を疑った。何故ハルカが使い物にならない――死ぬのか全くわからない。だがランサーが嘘を言っているようにも見えず、座り込むハルカは既に息絶えているようにさえ思える。

 

「そこなアサシン。今、セイバーとの戦いを邪魔しないでくれまいか」

 

 アサシンもランサーの頼みを鼻で笑った。セイバーと戦うことについてはランサーが問答無用で襲い掛かれば戦いになるだろうが、アサシンの介入までは防げない。

 

「あん?俺がそんなの護る義理ねーだろ。そこにへたり込んでるマスターをぶっ殺せば数刻たぁ言わずお前もマスターも今すぐ昇天だ。一応俺はセイバーのお仲間ってことになってるんでな」

「だからこうして頼んでいるのだ、アサシン」

「いいけど、代わりに聞きたいことがある」

 

 答えたのは一成だった。その返答を予想しないでもなかったが、アサシンは渋い声を出した。この先の事を考えると、アサシンとしてはランサーが生き残るよりセイバーが生き残ったほうが都合がいいことくらい、彼も知っているはずだ。

 しかし、それ以上に一成が勝ち残る事を至上としているわけではないことをアサシンは知っている。

 

「おい一成ィ、あいつが令呪六画持ってるのを忘れてねーか?」

「忘れてねーよ。だけど、今あの状態のハルカ・エーデルフェルトに令呪が使えるとは思えない」

 

 アサシンはいまいち納得いっていない様子だが、彼自身も反対を押して戦う気はないようである。こうすれば有利という理屈はもちろん、アサシンにはある。

 だが、交わした言葉こそ多くはないもののランサーという英霊は、アサシンにとってある意味特別な英霊である。

 

「さっきも言ったけど、聞きたいことがある。それに答えるなら、アサシンや俺たちは邪魔をしない」

「儂に答えられることであれば答えよう」

 

 このやり取りをセイバーが静観しているということは、彼も一成が何を問おうとしているか察しているからだろう。

 

「お前、ライダーのサーヴァントを知っているか?そいつはお前の仲間か?」

「……!?ライダーのサーヴァントは戦争の初期に消滅したのではないか?」

 

 ランサーは全く予期していなかった様子で、驚愕の言葉を返した。セイバーも「嘘ではないように感じる」と、ランサーを見つめながらつぶやいた。

 

「もう一つ聞きたい。お前、シグマ・アスガードってやつを知ってるか」

「……?誰だ?少なくとも儂は初耳だ」

 

 気がせいているのか、やや早口でランサーは答えた。何か隠しているようには感じられない。一成、明がどうしたものかと考え込んでしまい、一時場には静寂が満ちた。しかし、沈黙は名槍の一薙ぎで殺される。

 

「問いは終わりか」

 

 短くなった三メートルの槍を携えるランサーは、語気鋭く突き付ける。その言葉一つ一つに本気の気迫と熱気がこもっているのを誰もが感じている。今までマスターの方針に従ってきたランサーだが、今ここに至り何があっても戦うという意志を表している。

 聖杯戦争初日、日の下での挨拶代わりの手合せ。聖杯戦争佳境、月下において雌雄を決する死合。何もかもが対照的な槍と剣のこれまで。

 

 セイバーは蒸気をまとう剣を両手で持ち、ランサーを睨んだ。

 

「――ああ」

「それでは行くぞ!セイバー!!」

 

 

 最早止める者は皆無。全身を自慢にして最硬の鎧で武装した、正真正銘のランサー――本多忠勝の全力の戦だ。

 

「じゃこっちは好きに教会内を探すぞ!行くぞ一成!」

 

 駆けだすアサシンに追行し、一成は置いて行かれぬように全力で駆ける。

 対峙するセイバーとランサーを置いて、二人は教会の入り口の扉を開ける。その時にアサシンがハルカの体を脇にどかしたが、思わずアサシンは動きを止めた。

 

 先に教会内に入った一成は、追いかけてこないアサシンに気づき一度引き返した。

 

「どうした!」

 

 入り口でアサシンはハルカの腕を見ている。ぐったりと顔色を失ったハルカの腕には、令呪の跡が二画残っている。――二画?

 

「何で令呪が二画しかないんだ」

 

 明とキリエの話によれば、ハルカにはまだ六画もの令呪が残っているはずである。しかし彼の腕には二画しかない。残りの四画は一体どこに消えたのだろうか。

 

 その行方はわからないものの、一成の背を得体のしれない悪寒が伝う。

 何かもっと悪い事態が進行しているのではないかとの予感がある。

 

「……アサシン、とにかく教会を探してみよう!」

「そうだな、行くかっと……おい、姉ちゃん!こいつ、令呪が二画しかないぜ!!」

 

 大声で明とセイバーに向かって叫んでから、アサシン一行は礼拝堂に突入する。

 教会の礼拝堂には人一人いない。教会特有の蝙蝠天井、玄関を入ってすぐ正面に磔刑に処されたキリストの像がある。真ん中の通路を挟んで右左両方に長椅子が整然と並べられている――はずなのだが、今は無残に真っ二つに破壊されているものもザラにあり、そうでなくとも本来の配置からかけ離れて雑然としている。

 それに一番奥にはなにか衝撃派でも叩きつけられたよう放射状の罅が入っている。とどめとばかりに、入り口から見て左手の壁にぽっかりと穴が開いていて、どう考えても何かが起きた後である。

 どこか埃っぽくて視界が煤けている。電気もついておらず、当然暖房が効いているはずもなく、異様な雰囲気だ。礼拝堂には誰もいない為、キリスト像の左側にある扉から教会の奥に入ることにした。アサシンが霊体化して内側から鍵を開ける。

 

 

「人のいる気配がないな」

 

 御雄神父たちの居住スペースになっている扉の先には、人っ子一人いなかった。こちらも暖房の類が掛かっていた痕跡はないほどに冬の寒気に満ちている。先程まで人がいた、というわけではなく、だいぶ前からいなかったのだろう。

 

「……俺が昼間に見に来たときから、なんも変わってねーな」

 

 たとえ神父がいなくても、どこに行ったかの手がかりがあることに望みをかけ二人は分かれて家探しを開始した。

 

 一成が金属の扉の一室を開けると、そこにはベッドと簡素な椅子、テーブルがあるだけの質素な部屋だった。テーブルの上には三つの光りが点滅している古めかしい盤――陰陽道で使用する式盤に似たものがのっている。

 

「これが霊器盤……か。見方は……」

 

 サーヴァントの現界・消滅を確認するための道具が霊器盤である。一成も目にするのは初めてでまじまじと眺めてしまったが、やはり霊器盤は正しく機能していない。セイバーとランサー、二騎分の反応があるだけで、アサシンの光もライダーの光も消えていた。神父が虚言を弄したわけではないことは明らかで、霊器盤は本当に壊れてしまっているのだと思われた。

 

「一応持っていくか」

 

 明やキリエに見せればまた異なる言葉がもらえるだろうと思い、一成はそれを持って行こうと脇に抱えた。

 続いてベッドに目をやると、神父のものではない、二十センチ程度の長さの金髪が落ちていた。大西山にて出会ったハルカ・エーデルフェルトは北欧人で金髪だったため、彼のモノかと思われるが、もう一本別の髪の毛を見つけた。今度は金色のより長い髪で、これも神父のものではない。

 

「えーっと、ここにいたのは神父だろ、後修道女だろ、ハルカ・エーデルフェルトだろ。あの修道女も黒髪だったしな」

 

 金色の長い髪は、あのハルカというマスターの物とも違う。ハルカの髪は長くて肩程度までだ。とすれば一成は見えていないものの、考えられるのはシグマ・アースガルドという魔術師か。しかし魔術師、とくに女性の魔術師の髪の毛は魔力を多く貯める切り札である。陰陽道においては呪殺の触媒にすらなりうるものを、易々と放置しておくものだろうか。

 それとも、回収されたとしてもなんら害がはないから放置しているのか。まあ、一成には呪殺は力量的にできないのだが。

 

 

 一成は髪の毛を回収し他も探すべく、その部屋を出た。地下へ向かう石造りの階段を下りていくと、アサシンがランプだけの明かりの元、魔導書だらけの部屋を探している。一成が迂闊に魔導書を開くと危ないぞと声をかけようとしたところ、彼は魔導書ではなくノートを開いていた。

 昼間来ていた時は念を入れて霊体化していたため、物に干渉できなかったアサシンは興味深げにノートを繰っている。

 

「アサシン、何見てんだ?」

「おう、ちょっとこれ見てみろよ」

 

 一成はアサシンが見ていた机の上に目をやると、魔導書ではなくノートの束が大量に置いてあった。そのうちの一冊に手を伸ばし中を見ると、聖杯戦争に関することがびっしりと書き込まれていた。

 十数冊に及ぶそのノートは色褪せており、かなり古くから溜め込まれていたようである。一冊をざっと確認したが、情報量は相当のものだ。聖杯戦争の発端に関わる神父ならばこれほどの調べもしていることもわかるが、一体聖杯戦争の何が、彼をここまで駆り立てたのかまではわからない。

 

「これ、何だ?あの神父のものか?」

「そーだろうな。これ、一応全部俺の褞袍に入れて持って帰ろうぜ。だけどよ」

「……やっぱり神父がいない」

 

 彼らはこの居住区画のおおよそを調べたが、どこにも神父の姿が見当たらない。一成は拾った髪の毛をアサシンに示して見せる。

 

「俺も神父の姿はみてない。ここに神父以外に二人の人間がいたことくらいしかわかんねー。絶対神父のじゃねぇ髪の毛が二種類落ちていた。片方は同盟を組んでいたハルカ・エーデルフェルトのものとしても、もう一人はわからないんだ」

「ただたんに客が来たとかじゃねぇの?」

「それもないことはないけど、もっと怪しいのがいるだろ。碓氷の言ってた女魔術師だ……けど、あの神父の行き先を掴む当てにはならねーなぁ」

 

 隠し部屋さえなければ、概ね部屋は周り終えたはずである。とりあえずこのノートには何らかの手がかりがあるかもしれないと思い、全てアサシンの宝具に収納した。

 

「とりあえず一通り見たし、上に戻るか?」

 

 もしかしたら既に決着がついているかもしれない。死に体のマスターと魔力不足のサーヴァントに対して、万全でないとはいえ遥かにましな状態の明とセイバーが負けるとは思えない。それに令呪ならば明も一画持っているのだ。

 これまで共に戦ってきたセイバーの力を知っている一成たちからみれば、セイバーが負けるとは思えない。

 

「そうすっか」

 

 一成、アサシンは双方ともに頷き合うと、踵を返して再び礼拝堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 剣の英霊と槍の英霊。奇しくも同じく初日に教会で刃を交えた二騎が、雌雄を決すべく会い見えている。

 

 セイバーも絶好調とは言えないが、ランサーはそれ以上に不調に見える。それでも彼らは油断することなく、お互いの武装に魔力を渦巻かせている。蒸気に覆われた神剣と、伸縮自在の天下の名槍。

 今にも飛び掛からんばかりの二人の間に、涼やかな声が割って入る。明とて今更二人に水を差す気はないが、それでも聞いておかなければならないことがある。

 

「一つ聞いておきたいんだけど、ランサー。何故あなたはここにいるの?」

「セイバーのマスター。確かに気になっておるだろう。お前ならわかっているだろうが、我が相方はあの状態よ。あの神父は監督役なのだろう?ハルカの状態がこんな風になってしまったがゆえに、どうすべきか問うために来たのだ」

 

 監督役、中立の立場上神父は通常ならばランサーに手を貸すことはない。だが、あの症状はサーヴァントの戦いで傷ついたものではなく、かつ彼らは教会と協力関係にあったがゆえに何か助けてくれるかもしれないと、ランサーは思ったのだろう。

 

 だが、ハルカはあの体でありランサー自身も神父の居場所を知らない。ハルカと神父は正真正銘手を組んでいたのだと明たちは思っていたが、それも微妙に違うようである。

 

「それで、神父は何て?」

「ここで既に一刻(二時間)も待っているのだが、姿を現さん」

 

 けろりとランサーは言ったが、それはやはり教会に神父がいないことを示している。もしかしたら戻ってきている可能性を考えていた明は思わず険のある目でランサーを見たが、ランサーは軽く手を振った。

 

「すまんな。ここに神父がいないと言えばそなたらは別の所へ探しに行ってしまうと思ってな」

 

 セイバーは切っ先をランサーに向けたまま、鼻で笑った。

 

「……フン、神父がいない可能性についてはこちらとて既知だ。それにしても、お前がそこまでマスターを気にかけているとは思わなかった」

 

 ランサーからハルカがどのように映っているのかはわからないが、彼はマスターを「共に戦う者」と言い、尋常なる勝負を望んでいた。しかし教会との作戦もあったとはいえ、ハルカはなかなかランサーを全力で戦わせようとしなかった。あまり気の合う主従には見えない。言われたランサーでさえ意外そうに、そういえばと頷いた。

 

「うむ。儂が仕える主君は生前の殿一人だけなのだが……生前の習いのようなものかの、ひと時の生とはいえ、共に戦うと決めた者をそうそう見限れなんだ」

 

 生前は戦国という生き馬の目を抜く世界で、工作も策謀も良しとしていても――生涯ひとりの主君に仕えつづけた男の在り方だった。そのランサーのまっすぐな瞳は、同胞を見つけた様に笑っている。

 

 

「――たとい良好な関係を築けなかったとしても、お前もおいそれとマスターを変えるなどとは思わん質だろう?日本武尊」

「………」

 

 ランサーとセイバーはお互いに殺気を散らしながら笑っている。明はセイバーからじりじりと後ろに下がり、いつ戦闘が始まっても構わないように距離をとった。

 普通の話をしているようでも、二人の間の空気は極限にまで張り詰めている。

 何が合図か、一陣の風か――剣と槍は同時に地を蹴った。

 

 

「いざ尋常に勝負!」

「朝敵死すべし!」

 

 黒糸縅の鎧を纏ったランサーとの槍と、魔力で編んだ銀の鎧を纏ったセイバーの刃が激突する。

 現在、ランサーの槍の長さは二メートル弱で彼自身の身長よりやや高い。セイバー相手に遠距離の対応は不要と、振り回すのに最適な長さにしている。先手必勝、その名槍が目にも止まらぬ速さで、何撃も突きが繰り出される。それに応じて蒸気の剣が正確に一撃、二撃、三撃と受け払っていく。

 

「――ッ!」

 

 セイバーの巌のような一撃を槍で受けて一度穂先を地面につけ、そのまま棒高跳びのごとく飛び上がりセイバーから距離を取る。鎧は全く速さを損なう枷にはならず、ランサーは迫力を伴って瞬間移動でもしているかのような速度で襲う。頬のすぐそばに走る槍を感じながら、槍で防げぬ間合いの中へとセイバーはもぐりこむ。小細工なしで剣を胴体に叩き込むが、鎧を砕けない。

 烈しい音だけ立てて、ランサーとその鎧は健在である。セイバーもランサーも距離を取り、互いの武器を構えなおした。

 

「……そうか、お前の鎧――生半な攻撃では砕けぬ鎧だった」

「応とも。まずはこの鎧、砕けるか日本最強」

 

 セイバーは戦うことは好きではないと言っており、バーサーカー戦やキャスター戦ではその通り楽しそうには見えなかった。だが、ランサーが相手の時は違う。

 初めてここで顔を合わせた時もそうだったが、ランサーと戦う時はセイバーはどことなく楽しそうで、またランサーも同様だ。

 

 ランサーによれば半死半生である彼のマスターのため、ランサーには十分な魔力がいきわたっていない。セイバーもそれよりはずっとマシだが、第二宝具を解放できるほどの魔力は回復していない。できて第一宝具を一回だが、それをすればセイバーも長時間の戦闘はできないだろう。

 

 明は残ったはずの六画の令呪を不安に思っていたが、使う気力すらあのマスターには見られない。それに、先駆けて教会へ突入したアサシンたちによれば、何故か二画しか残っていないと言う。四画は一体どこに行ったのかが気になるが、まずは目の前のランサーだ。

 

 眼にも追えない速さで槍が飛び、剣が振るわれる。長大な槍を捌くランサーの技量は、いつみても驚くばかりだ。しかも、その槍は自由自在に伸び縮みをする。セイバーが紙一重で避けようとすると、直前で槍が伸びる。それは初日の戦いでも目にした姿だ。

 

「相変わらず奇怪な槍だ!!」

 

 セイバーはそれでも俊敏な身のこなしで致命傷を避ける。ランサーは愉快気に笑う。

 生前、長大な槍を扱っていたランサーだが、歳をとり長い槍を使いづらくなった時に、蜻蛉切を改造して長さを変えて使ったと言う。その由来の為に槍はランサーの意思により、限界はあれど自由自在に伸縮する。

 だがセイバーはその槍を躱しながら、伸縮する幅を見極めていく。最初は本当に紙一重で躱していた動きが、あえて紙一重で避ける余裕の動きに変わっていく。

 

「斯様な速さでこの槍を見極められてはたまらんなぁ!!」

「お前もな、――ッ、この聖杯戦争とやら、随分と頑丈な輩が多いと見える!!」

 

 クラスとスキルによって傷つかなかったバーサーカー、陣地作成で膨大な魔力量で塗り固められたキャスターに続き、ランサーも傷つかない。戦場を駆けること五十数度に渡り、一度も傷つかなかったという彼を傷つけるのは生半な技では不可能だ。

 

 ランサーの槍は石畳を削り、空を衝き衝撃波を生む。それを躱しながら、セイバーは神剣で胴を断ち切るべくぎりぎりに踏み込んでいく。

 

「バーサーカーといいキャスターと言いお前と言い、もっとさっさと死ね!」

 

 魔力放出の追加効果を得た刃が、槍と交差し激しく撓らせる。俊敏さはランサーに分があるが、破壊力ではセイバーが上を行く。その力に汗を流しながら、ランサーは素早く距離を取る。それを追い、セイバーは容赦なく畳み掛けるが流石に隙がない。隙がなければ、作る。

 

 ランサーを追い踏みこむ刹那、セイバーは必要以上にランサーに接近して剣を振るのではなく――その足を捉え渾身の力で踏んづけた。

 

 

「――!!」

 

 戦闘に於いて機動の核となる足を正確にとらえた力量もさることながら、まさか足を踏まれると考えていなかったランサーは一瞬反応が遅れた。接近した状態で、今度こそセイバーは横なぎに全力で草薙剣を振り抜く――!

 

 がぎぎ、と鈍い音が夜に溶けた。草薙剣は金剛石もかくやという硬度の鎧を砕いた。だが鎧を砕くだけでその力を使い果たし、肝心のランサー本体は浅手だった。

 すぐさま長さを変えた槍がセイバーへと奔り、飛んでセイバーは距離を置いた。

 

 薄氷の上であるような緊張感のまま、ランサーは己が鎧に目をやりそして笑った。Aランクの攻撃をも殺す自慢の礼装は、もう機能していないにも等しくなっていた。

 理由は明白、魔力供給そのものが足りていないのだ。

 

 

「……宝具でもなくこの鎧を砕くとはな!儂が聖杯戦争に求めていたものはやはりお前のような強者よ!!」

 

 ランサーの声は、最後には獣のような咆哮となっていた。たとえ魔力供給が十分でなくても、マスターが死にかけていても、己の全身全霊をかけて戦に身を投じる武士の姿が在った。

 セイバーの霧の剣がその鎧を絶ち、切り裂いてもランサーは誇らしく笑う。

 

 そして槍兵は俄かに構えを変えた。セイバーにも、その構えには見覚えがあった。セイバーはにやりと口角を吊り上げると、魔力で編まれた鎧を消した。あの宝具の前にあっては鎧は無意味であり、致命傷を受ける可能性を増やすだけである。しかし剣は相手との距離を測るために使うため消さず、構えなおす。

 

 いくら効率のいいランサーの宝具といえど、今の状態で宝具を使えば魔力は殆ど使い尽くされる。正真正銘、最後の一撃になる。今も微塵も動かないハルカは、すでに意識さえないのかもしれない。

 この大一番に、令呪でバックアップする様子を全く見せないのだ。

 

 槍に魔力が充填される。陽焔のように、槍の向こうの景色が歪んで見える。ランサーは笹のような穂先をセイバーに向けて、堂々と吼えた。

 

 

「この槍、掠れば死ぬぞ!」

「お前の槍がどの程度か、見極めてやろう」

 

 剣戟の音が止み、沈黙が満ちる。張り詰めた緊張の中、ついにその宝具が再び放たれる。

 

絶てぬもの無き蜻蛉切(とんぼぎり)――!!」

 

 その咆哮が早いか否か、セイバーは己が直感に全てを任せて槍を避ける為だけにその身を翻す――しかし、その時。セイバーに向かうはずの槍は突如その速度と魔力を失った。

 

 

「!?」

 

 驚いたのはセイバーだけではない。ランサー自身も驚愕に目を見開いている。されど驚いていることすら許されず、再びその槍には強く魔力が凝縮されて宝具を放つ。

 その伝説の担い手の表情は、驚愕に包まれたまま。

 

 

絶てぬもの無き蜻蛉切(とんぼぎり)!!」

 

 槍の矛先が向くは剣士ではない。それはランサーの背後、礼拝堂の扉。教会内を調べ終えた一成――正確にはアサシンに向かって放たれたのだ。

 

 その場の全員が、当のランサーさえも予想していなかった。勿論アサシンが攻撃を予期できているはずもなく、その必殺の槍は過たずアサシンへと流星の如く駆ける。

 何の前触れもなく、セイバーとの一騎打ちのみを望んでいたランサーが何故と考察する間もなく、それでもアサシンは須臾の間に一成を突き飛ばした。

 

「――ッ!!」

 

 肉を、骨を貫いた鈍い音。そうして、宝具たる槍は深々とアサシンの胸に突き刺さった。飛ばされて地面に転がった一成はあっけにとられ、わが目を疑う。それでもアサシンの口からはとめどなく大量の血が吐き出されたのを目にして、現実に引き戻される。

 

 槍が刺されたまま激痛にさいなまれているだろうに、暗殺者の口から放たれる言葉は常と全く変わらない。

 

 

「……オイ、俺に手だすなつっといてこれはどういう了見だァ、戦国最強?」

「あ、アサシン……」

 

 

 当のランサーも自分の目を疑い、槍を疑い、その果てにマスターである――礼拝堂の入り口で座り込んでいるハルカを見た。意識がないはずの彼の腕は何故か持ち上がっていて、その手の甲にあるはずの聖痕は、今や薄い跡を残すのみとなっていた。

 

 ――令呪によって発動をキャンセルされ、さらに使うべきではない相手に向かって宝具を放たされたのだ。しかし意識がないはずのハルカが使用したようには思えない。

 

 例えるなら上から操り人形の糸が伸びていて、何者かが彼を操っているというような――。

 

 今、この場でもっとも呆然としているのはアサシンでもなくセイバーでもなく、ランサーだった。激痛の中アサシンは自らその槍を引き抜いた。それと同時に、一成は叫んでいた。

 

 

「、アサシン、消えるな!」

 

 そして、刹那、混乱の真っただ中にあるランサーの体を、一振りの剣が貫いた。

 

「――――――!」

 

 その剣はランサーの胸を抉って貫通し、彼は赤黒い血を吐き出した。剣の主は間違いなくセイバーだった。こちらも間違いなく正確に心臓を貫き、致命傷を与えている。元々ランサーには負った手傷を修復するには並みのサーヴァントの倍の魔力がかかるのだが、いかなサーヴァントでも霊核を破壊されてはどうしようもない。

 

「……せ、いばー……」

「俺と戦っている時に隙を見せると言うことは、こういうことだ」

 

 隙だらけの敵を討つのは当然と、セイバーの声色には一度の変化もない。血を吐きながら、ランサーは末期の言葉を紡ぐ。

 ランサーとて、混乱の真っただ中に未だありながら自分がじきに消えるであろうことは知っている。その顔には、寂しげな表情が浮かんでいた。

 

 

「……すまぬな」

「何を謝る」

「バーサーカー討伐の際、約束を破ったこと。……そして、今正々堂々の戦いを頼んでおきながら、お前の味方であろうアサシンを討ってしまったことだ」

 

 最早、ランサーには何もわからない。大西山で、ハルカは確かにセイバーと好きに一騎打ちをすればよいと言った。結局己は騙されてしまったのか、それともハルカ自身にものっぴきならぬ事情が為かさえも、わからない。

 

 アサシンへの宝具解放がランサーの意志でなかったことは、ここの誰もが了解している。だからといって、ランサーの悲壮が軽減されることはない。

 

 セイバーはその表情を全く動かさない。ランサーに突きたてたままの自分の剣を引抜く。一気に鮮血が胸からあふれ出しランサーはうつぶせに地面に倒れたが、渾身の力で寝返りを打って仰向けとなった。セイバーは剣についた血を払ってから鼻で笑う。

 

 

「……約束は必ず守るものだ。しかし、敵との約束はその限りではない。それくらい俺は知っている」

 

 セイバー――イズモタケルをだまし討ちにした日本武尊の伝説を顧みれば、然もあらんという都合よい言葉だった。だが、その言葉は今のランサーに快く響いた。

 敵と言いながら、約束を破ったことをセイバーは咎めない。

 

「……っはは、セイバー、お前もひどい奴だ。全く、戦国も現世も、人の世はままならん」

 

 ランサーの泣き笑いのような声はかすれている。そして、体はもう足から徐々に消えていっている。それでもランサーはようやっと、恥じることなくセイバーを見上げた。本当にその瞳にセイバーが映っているかは定かではないが、それでもセイバーを見ている。

 

 正々堂々と戦いたいとそれだけを願ってこの戦争に臨んだランサー。しかし、彼が戦ったのは全力を出さぬ偵察と、大西山での入り乱れた乱戦だった。

 そして今のセイバーとの戦いも、令呪のためとはいえ自ら関係のない者を不意打ったのだ。

 

 ――ランサーの願いは、どうなったか。それはもう言うまでもない。存在感を失いながら夜空を見上げ、ランサーは嘆息した。

 

 

「正々堂々、戦うことは難しいな――、否、願いを叶えることは、難しい」

「それは、よくわかる」

 

 セイバーがそう答えて、音が消えた。生前の未練を果たすべく機会を与えられても、現界するのはその未練を残した世界と全く変わらない世界なのだ。願いを叶えることが難しいのは、当然だった。

 

 そして、胸まで消えかけたランサーは、消える寸前、確かに言った。かすれた声でも、静まり返った夜には深く響いた。

 

 

「かたじけない、日本武尊」

 

 

 その言葉を最後に、この世界から槍の英霊は消滅した。ランサーが確かにいたこと示すのは、セイバーの服や剣、石畳についた血だけだ。剣から振り払われた血が飛んで地面を汚す。セイバーはランサーが倒れていた場所を、じっと見つめている。

 明がそろそろとセイバーに近づくと、彼は何ともいえない表情をしていた。

 

「……どうしたの?」

「……殺した奴にありがたがられたのは初めてだ」

 

 セイバーは珍しく苦い顔をして、剣を消した。

 

「俺が殺した奴の最期は、大抵殺されたことさえわかっていない呆け面か、呪詛でもかけようとするように恨みのこもった面か、助けを願う泣き顔のどれかだからな」

 

 喜ばれて何とも言えない顔をすることはわかったが、未だにセイバーは苦い顔のままだ。明が何故と聞けば、何を当たり前のことをと言わんばかりに言い捨てられた。

 

「ランサーは戦うことそのものが目的と言っていたが、違う。こいつは戦ってその中で死にたかったのだろう。自分の居場所が戦場だと思うからこそ、その居場所で死にたかった。最初から死ぬために戦っていたようなものだ」

 

 空気の読めないセイバーにしては、驚くほど的を射ていることを言う。最早ランサーが消えてしまったので、それが本当に確かなのか判断はできないけれど。「俺が負けるわけはない」と言いながら、セイバーは吐いて捨てるように続ける。

 

「俺がランサーに勝ったのは、俺が強かったからではない。早かれ遅かれ、俺以外の何者かによって消滅していたろう。死ぬために戦う者の末路は死でしかない」

 

 仕えた相手に忌まれ、戦にて没した日本武尊は平穏を望んでいた。仕えた相手に信頼され、大戦を乗り越え太平の世を手に入れた本多忠勝は戦を望んでいた。無双を謳う英雄は、互いに無いモノを望んでいた。

 

 その時、なんとか立っていたアサシンががくりとその場に膝をついた。一成は慌てて支えようと肩を貸した。

 

「……っ、アサシン、どうした!」

「どうしたもこうしたも、……霊核ぶちぬかれたんだっつの」

「でも令呪つかったろ!それで、」

 

 先ほど「消えるな」と強く願った一成の呼応し、最後の令呪はその効力を発揮した。ランサーが消滅したにもかかわらず、それより先に急所を貫かれていたアサシンがまだ現界を保っていられるのはそのおかげである。

 

「……一成、令呪を使っても破壊された霊核は治らないよ。もしそれができるなら、どのサーヴァントだって三回までは生き返ることになる。三画使えばわからないけど、一画でできるのはせいぜい、壊れた霊核をむりやりつなぎ合わせて多少生きながらえさせる程度だとおもう」

「……!」

 

 言いづらそうに語る明が嘘をつくわけもない。一成は思わずアサシンを見上げたが、彼は常のごとく笑い、変わらない様子を見せている。その顔と体からは、脂汗が流れ続けていること以外は。

 

「まあいいさ、悟のコトは済んだしな。一成オメーにはちょい悪いが、俺に思い残すことはねぇ……だが……?」

 

 バーサーカーを倒し、アーチャーを倒し、キャスターを倒した。そして今ランサーが消滅し、アサシンも消えるのは時間の問題だ。噂のライダーを除けば、残るはセイバーのみである。そして、女魔術師と神父は。

 

「一成、ここにはやっぱり神父も美琴も、シグマもいなかったんだね」

「……おう。一応霊器盤とか神父が書いたっぽいノートは押収してきたけどよ」

「このまま帰れない。今からランサー拠点に行ってみるのも」

 

 その屋敷の主は、今礼拝堂の入り口前で斃れている。先程令呪を行使したのは確かに彼だが、また動かなくなっている。もしやの想像が、明の脳裏にあった。

 あのシグマ・アスガードという女は「真のランサーのマスター」と言っていた。令呪は確かにハルカ・エーデルフェルトに存在していたが、そのハルカそのものが何者かの支配下にあるとしたら――そう、明が口を開きかけた時、彼女は突然その場に崩れ落ちかかり、しかし何とか踏みとどまり胸を押さえた。

 

 

「……うッ……!」

「、明!?」

「いや、だ、大丈夫なんだけど……どういうこと……?」

 

 明を支えようとしたセイバーだが、明が自力で踏みとどまったのを確認するとやおら消していた剣を再び手にし、鎧で体を覆った。そして南の方角へと目を向けた。その纏う空気は明らかに戦闘中のものになっていた。

 

「……セイバー、どうしたの」

 

 明が訝しげに尋ねたが、セイバーは目を空に固定したままだ。「……何か来る」

 同じくサーヴァントたるアサシンは、笑みをひきつらせて応じた。

 

「……サーヴァント、だろ」

「……ああ」

 

 全く予期しなかった発言に、一成と明は言葉を失った。いや、むしろセイバー以外のサーヴァントが消えることを見はからっていたとすれば?そう、そこのハルカ・エーデルフェルトを通じて。

 

「……この気配は間違いない、昼のライダーだ」

「ヘッ、ランサーが消えて、俺が消えそうで――セイバーだけが残った状態で現れるなんてセコいやつだ」

 

 空元気のアサシンの声は、妙に寒々しく響いた。迎え撃つ準備をするも何もなく、一成と明はセイバーが睨む空の方角を見つめた。

 




ランサー
【真名】本多忠勝
【身長/体重】180CM/70KG
【属性】秩序・中庸
【イメージカラー】渋茶
【マスター】ハルカ・エーデルフェルト
【パラメータ】
筋力 B 耐久 A 敏捷 A 魔力 C 幸運 D 宝具 B

【クラス別スキル】
対魔力:B 
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法を以ってしても傷つけるのは難しい。

【保有スキル】
無窮の武練:A
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全に近い合一により、いかなる地形・戦術状況下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”

無傷の誉れ:A 
生前戦場で一度も傷を負わなかった逸話から得たスキル。無窮の武練・心眼と合わさり判定B以下の物理攻撃を無効化する。ただし一度大きなダメージを負うと、修復には並みのサーヴァントの倍の魔力を要する。

【宝具】
『絶てぬもの無き蜻蛉切(とんぼぎり)』
ランク:B
レンジ:2~3 最大補足:1人
種別:対人宝具
止まったトンボがそのまま切れて死んだという逸話を持つ槍。
宝具を発動し、攻撃を行い相手に僅かでも(服を掠めるだけ・髪の毛の一本を切ったなどでも)当たった場合、『急所を貫いた』という結果に書き換える一撃必殺の槍。心臓ではなく『急所』 のため、確実に霊核を破壊する。
回避するためには因果を書き換えるほどの幸運持ちであるか、または直感をも含めた完全回避を行うしかない。
ちなみに通常攻撃時にはランサーの意のままに自由自在に伸びたり縮んだりする(1メートル~6メートル)。


『黒糸威胴丸具足(くろいとおどしどうまるぐそく)』
ランク:D
レンジ:1 最大補足:1人
種別:対人宝具
ランサーが生前身に着けていた漆黒の具足。重々しい見た目とは裏腹に軽量にできている。兜の鹿角が印象的でそれだけで真名がわかってしまう。ちなみに常時展開型宝具なので、真名解放は必要ない(というか見た目で真名がばれる)。
マスターの魔力を追加することにより、スキル「無傷の誉れ」を強化する。スキルだけではBランクまでの物理攻撃の無効化だが、この鎧を身に着け魔力を得ることでAランクまでの攻撃を無効にできる。
セイバーの魔力放出が魔力消費によって攻撃力を上げるスキルならば、こちらは魔力消費で耐久を引き上げる限定礼装である。

他クラスとしては愛馬の黒鹿毛を連れたライダー。

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