上る月は、彼らを睥睨するように高く高く孤高にある。セイバー、アサシンはその雰囲気を固くしながら南の空を食い入るように見つめている。
その方角から、眩い光が見える。月の輝きとも星の輝きとも異なる、もっと強烈で眩い光だ。例えるならば白昼の太陽。その光で、月も星も覆い尽くされる。
だがそれよりも全員が感じたのは――怖気が走るほどの膨大な魔力。絶対の白でありながら禍々しい。キャスターが作り出した山の禍々しさとはまったく別種のもので、それよりもずっと激しく、全てをさらけ出させて焼き尽くす強いモノ。
セイバーはすでに蒸気の剣を構えて臨戦態勢に入っている。明たちが己の寒気をねじ伏せつつその空を見上げると、夜さえも覆う闇から一羽の白い鳥が飛来してくるのがわかった。
しかし、それは鳥ではなく、鳥を模した飛行艇のようだった。白銀に輝くその乗り物はどう動いているのか、エンジンのような音もなく静寂を保ったまま接近する――。
そして教会を通り過ぎようとしたその刹那に、空を裂いて何者かが飛び降りた。それは何の危うげもなく、花壇と花壇の間の石畳に舞い下りる。人数は二人で、片方は鎧の金属音を立てて、片方は重力制御でもしているのかふわりと着地した。
先に舞い降りた男は、間違いなくサーヴァント。圧倒的存在感と魂の質量は、英霊と呼ばれる存在に違いない。
その姿は、精悍で美貌の青年だった。真紅のマントを翻した姿は、神々しささえあった。着ている鎧は、短甲と呼ばれるそれでセイバーの鎧と似ている。籠手と具足も身に着けており、こちらは輝くような純白である。
動作の度にガシャン、とかち合う音が響く。その髪も同じく純白で頭で一つに結ばれており、上から下まで輝きの白に満たされているが、その眼は鮮血の如き紅みを帯びていた。マント以外は白で統一されていて、その禍々しくも輝かしい魔力と相まって白い光のごときサーヴァントだった。
気になるのは、そこまで立派な武具を身に着けておりながら肝心の武器――剣、槍、弓のようなものが何一つみえないことだった。男は空手にて、悠々とその姿をさらしている。
一同はそちらに目をとられるが、また後から舞い降りた女にも目を奪われた。豊かな長い金髪に、碧眼。純白のコートに紺色のロングスカートを優雅に捌く女。その美貌には、蠱惑的な笑みが浮かんでいる。
「―――ライダー、シグマ・アスガード」
「お昼振りね。私たちの時間――夜なら、好きなことが何でもできるわ」
今までハルカのおかしな姿を見て明が考えたことは、いつからかは不明だがハルカはこのシグマに操られていたのではないか、ということだ。シグマはランサーのマスターのマスター、という意味で真のランサーのマスターなのだ。
しかしそれだけではなく、彼女は本当にライダーのマスターでもあったのだろうか。コートとロングスカートという露出度のない姿からは、令呪の確認ができない。
明が考えているのを察してか、シグマ・アスガードは髪を掻き揚げてから告げた。
「あら、私はマスターじゃあないわよ?」
「おい、碓氷、あれがシグマとかいう奴なのか?」
小声で確認する一成に対し、明は頷いた。一方、セイバーは女よりもサーヴァントに注意を払っている。
「……こちらも昼間ぶりだな、
ライダーの挨拶に、セイバーは答えない。彼のサーヴァントは明や一成には眼も呉れず、セイバーを注視している。無視をされていながら、それでも明たちは身を以て理解した。この何の英霊ともしれぬライダーは、恐ろしく強い。
そして顔かたちではなく、何かがセイバーに似ている。
「……確かにセイバーは放っておけと言ったが、ここまでモノがなくては戦い甲斐はないな」
その紅い目はランサーの散らした血痕を眺めたあと、傍らの女に注がれた。だがライダーに気後れすることなく、シグマは反対に言い返した。
「慢心は敵よ?アサシンの気配遮断は一番面倒だし、ランサー――私に使われてくれるなら生かしておいてもよかったけれど、そういうタチじゃあないものね、あの男。令呪も足りなかったのもあるけれど」
「慢心は敵とはな。おめおめと聖杯を逃がした草に言われるとはな」
構えるセイバー達に対し、あくまで泰然としているライダーとシグマは会話を続ける。
「あの聖杯に行く当てなどないと思っていたのよ。負けた聖杯に価値などなく、行く当てもないはずだったもの」
シグマはそれから、一人ぶつぶつとつぶやいて何事かを思案し始めた。仮にライダーたちが隙だらけだったら、セイバーはとっくに襲い掛かっていた。しかし彼がそうしないのは、その隙がないからだ。
ゆえにセイバーは襲撃にはでず、できるだけ多くの情報を引き出すべく口を開いた。
「何をしに来た、ライダー」
敵意を露わにするセイバーに対し、ライダーは鷹揚に笑って、むしろセイバーをなだめるような口調で告げた。
「そう生き急ぐではない、神の剣。サーヴァントは公とお前のみだ、慌てずともよかろう」
既にアサシンがサーヴァントと戦える状態ではないことを見抜いているライダーなるサーヴァントは、にやりと笑った。
「公は現在あの神父に聖杯を使わせようと思っているが、ことによってはお前に与えてやらんこともない。申してみろ」
特に隠す気がないのか、ライダーは神父の仲間であると暗に告げた。
昼のやり取りを思い出せば、ライダーには聖杯に望みはない。楽しみたいだけ、と言っていた。具体的にそれはどういうことなのか問うべく、セイバーは話を続けた。
「……俺に聖杯に託す望みはない。お前こそ、何をするためにここに立つ」
「公は聖杯に興味はないが、聖杯の使い手には興味がある。戦争で幾人もの屍を踏み越え、何を選び何を捨て、果てに何を願うのか。そして願いを叶えて終わりではない――願いを叶えてから、お前は何をするのか」
セイバーは「無事に聖杯戦争を終わらせる」という明の目的のためにここにいる。しかし既に最強を証明するという誓いは無意味となったため、セイバー自身の戦う理由がない。この戦争が終われば世界との契約を取りやめ、死を迎える。
戦いに明け暮れて、戦うことしかできなかった一生がやっと終わる。やっと終われる。ゆえに「何をする」という問いに返す言葉は一切なかったなずなのに、セイバーは何か言葉にしようとしていたが、できなかった。
「その点でいえば神父は及第点。アレには願いを叶えた先の光景がある。ついでに言えばアレは、この戦争においては一番の努力家だぞ?努力には正しく報いてやりたいのが人情だからな」
非常に怪しい「人情」という言葉を使い、ライダーは笑った。
もしライダーは当初から現界していたのであれば、彼は本当に案山子となって成り行きを見守ることにしていただろう。しかし紆余曲折を経て既に残るはライダーとセイバー、アサシンのみとなってしまった今となっては、ライダーが動かねば場は沈黙したままになる。要するに、ライダーが案山子のままでは終わらないのだ。終わらないということは始まらないと同義である。
「しかしお前は奇しくも公と同じ神の剣ゆえに興味深い。人にも剣にも神にもなれなかったがゆえになお面白い。案山子を善しとする公としては少々不本意だが、戦うとするか」
ライダーは徒手空拳のまま、右手を上げた。「一瞬にして撃ち殺されてくれるなよ」
それは剣を持つセイバーに対し、大胆不敵な宣言だった。それでもセイバーは怒ることもなく、剣を構えなおす。相手が空手だからこちらが剣を使うのは卑怯という考えは、彼には端から存在しない。
今すぐにでも戦闘となる緊迫した空気の中、問うのであれば今しかないと明は冷や汗を流しながら叫んだ。
「……シグマ・アスガード!あなた、いつからエ-デルフェルトを」
「?そんなの、最初からよ?あなたとハルカちゃんが会った時には、ハルカ・エーデルフェルトなんていなかったの」
もうハルカちゃんは壊れかけているから言うけど、と軽く付け足したシグマは異様なほど満面の笑みで明の問いに答えた。明は二の句が継げなかった――最初から、明たちは一度も本物のハルカ・エーデルフェルトには出会っていなかった。
ライダーがセイバーを注視する傍ら、シグマは明を見ているばかりだ。
「本当はもっと早く明ちゃんと接触したくてたまらなかったの。これまではずっとハルカちゃん越しで我慢していたんだから。でもランサーに気づかれたらちょっと面倒だったし」
私自身はマスターでもなんでもないんだから――と歌うように、女は告げる。
「病院にハルカちゃんを送って、バーサーカーの子に宝石上げて協力したりもしたけど、流石にそんな簡単なことでセイバーは負けてくれなかったわね」
「なっ、」
流石にそれは、明も知らないことだった。常時魔力不足であったろう真凍咲へ陰ながら協力する意味はひとつ。その時シグマ・アースガルドはセイバー陣営の敗退を願っていたのだ。女は微笑む。
「ハルカちゃん越しだけど、視てきたわ。碓氷明。あなたのこと。本当にあなたって素敵。最初はその素質を食べたかっただけだけど、本当に、本当にあなたは中途半端。魔術師にも魔術使いにも一般人にもなれなくて、どれでもありたくない――悩める少女って、甘美」
最初は広い目で見れば「笑み」と思えたシグマの相貌は、徐々に異質なものへ変化していく。明とシグマの距離は二十メートルは離れている。だが、その口調はあたかも空間を伝わりその熱っぽい吐息が届くような錯覚を抱かせる。
一人悦に入るシグマを目の当たりにして、一成が至極まっとうなことをつぶやいた。
「……大丈夫かこの女」
「知らないよ……」
明は俯いたまま、シグマから目を逸らしている。既にシグマの瞳は、情欲に濡れ濁りながら執拗なまでに明に釘付けになっている。それでも彼女がうかつに手を出してこないのはセイバーがいることはもちろん、アサシンが未だ現界を続けていることもある。
「冷静なのか狂っているのかわからぬ草よなぁ」
ライダーは呆れた口調だが、厭うているわけではないようだった。しかしあっさりした声は俄かに様子を変える。
「さて、公はそこな草一本に興味はないが――」
これまで圧迫感はあったが、それはまだ害意には至っていなかった。だが今ここの時において、ライダーの魔力は覚醒する。例えるならば太陽――普段は恵みを与え、光を齎す穏やかなものであるが、近く触れんとする者を焼き焦がす激烈さを持つそれ。
セイバーの直感は南の空に異変を感じた時から警鐘を鳴らし続けているが、それが最高潮に高まっていく。
同時に、どこからともなく甲高い鳥の鳴き声が響いてきた。
「――ッ」
「――我が神威の前に」
ライダーは厳かに、神の言葉を告げるが如く述べる。空手にも拘らずその迫力は尋常ではなく、舐めてかかっては死を見るのはこちらとセイバーは了承している。
「――朝敵死すべし!」
セイバーは先手必勝とばかりに神風の如き速さでライダーに接近する。その踏み出しとほぼ同時に、ライダーの口は惜しげもなくその真名を晒した。
「ひれ伏せ!『
それは重力だった。音はなくただただ静寂に、されど大気自体が巨大な錘となってその場にいる者を押しつぶすべく伸し掛かり、セイバーは飛び出そうとした足を止めざるを得なかった。彼は剣を握りしめてその場に踏みとどまった。
顔を上げると、ライダーの頭上には黒い鳥が――三本足の烏が、夜中の太陽の如く眩く光り輝いている。形は烏を取っているが、あれはライダーの宝具だ。魔術よりもっと原始的な、神秘の塊。
セイバーは警戒したまま後ろに視線をやると、アサシンは完全に地面にへばりついており、一成と明は彫像のようにその場に固まっている。
「な、んだこれ、動けね」
そうかろうじて言葉を発せたのは、地面に這いつくばったアサシンだった。マスターの二人は声すら出せずに、その場にとどまることで精いっぱいだった。大気全てが重さを持ったよう、という表現も正しいが、これはもっと精神にまで働きかけるものだ。
――このまま地に頭を垂れ、あの英霊の足もとに跪き憐れみを乞えるのならばそれはどんなに楽な事だろうか――。
全身全霊を以て、一成と明、アサシンもそうしたい欲求をねじ伏せている。一瞬でも気を抜くことはできない。高い神性のスキルを持つセイバーのみが、その効力から逃れている。
「ほう、神の剣は動けるだろうと思っていたが、盗人が話せるとは思わなかった」
「……ヘッ、こちとら減らず口が取り柄でな」
アサシンは気丈にもそう吐くが、戦える状態でない事は火を見るよりも明らかだ。ライダーは相変わらず徒手空拳のまま構え――そして、地を蹴った。
セイバーは一瞬だけ背後の明たちを確認すると、ライダーの攻撃を迎撃すべく遅れて地を飛んだ。蒸気を纏う剣はライダーを真っ二つにすべく振り下ろされたが、紙一重で回避される――それどころか、速さを知っていたかのように襲い掛かる拳が、入れ違いざまに加速してセイバーの首を取らんと伸びた。
ライダーを叩き斬る為に前のめりになっていたセイバーは、その手を躱すために避けることはしない。髪の毛一本程の隙間で、ライダーの手のひらはセイバーの首を掠めるだけで何も掴むことはなかった。
勢いのまま双方は立ち位置を入れ替え、再び殺気が交錯する。セイバーの振るう神剣によって石畳が巻き上がり、発生する暴風もライダーを襲うが、彼が動揺する様子はない。セイバーが幾度も幾度も切りかかるが、それは敵を断つには至らない。
見た目はセイバーが攻めている形だが、ライダーの様子はむしろセイバーの力の程を見極めようとしているようにも見える。
そしてライダーの戦い方は、セイバーのそれとよく似ている。
その身のこなしが、セイバーが大西山で披露した古代相撲のそれに酷似していたのだ。
ライダーの真名は、宝具の開帳によってすでにわかっている。その真名からすれば、昼間の発言に納得がいくことも多い。それよりも重大なことは戦闘の相性として、セイバーは決してライダーに優位ではないということだった。
神秘は古ければ古いほど強度を増す。しかし、人々の思い描く幻想に強く影響を受ける英霊は、伝説に語られる弱点――ジークフリートの背中の一部分、アキレウスのアキレス腱――が存在する。弱点を突き、戦闘を工夫することで、近代の英霊が神代の英霊を打倒することは往々にしてありえるのだ。
神をも恐れぬ英雄ならばこのライダーに対し、もっとやりようもあるのだろうが――悪いことに、セイバーはライダーと同じ側の英霊なのだ。その上、ライダーの伝説はセイバーの伝説の
従ってサーヴァントとしての能力も自然似通っており、さすれば強弱を分けるものは――。
――それが、どうした。
最強の誓いがなくなっても、まだ何人たりとも負けるわけにはいかない――そのとき、セイバーの視界の端を何かが掠めた。
女の長い金髪であると気づくのに、時間はかからなかった。
「天啓齎す導きの金鵄」の効果で、明と一成、アサシンは動けない。セイバーはライダーにかかっていて――その隙を縫い、シグマ・アスガードが大回りに迫る。
「マスター!逃げろ!!」
セイバーの絶叫も、明たちの行動を可能にすることはできなかった。強化の魔術で一跳びに迫る彼女が狙っていたのは明ではなく、一成だった。
一成たち左斜め前方から黒い弾丸が飛来する。明も使っていた、北欧の呪い「ガンド撃ち」。明のそれは物理的な破壊力を伴う弾丸と化していたが、シグマのそれも同様だった。
明よりも少し奥に立っていた一成に向け、器用に明をさけたガンドの乱れ打ちが、群れを成して襲い掛かる。
「――!!」
顔さえも動かせずとも一成の視覚は、黒い凶器を認識している。しかし体が全く動かない。脳裏をよぎるのはこの眼を使うことだが――間に合わない。
「貴方はメインじゃないから、死体でいいわ」
場違いに涼やかな女の声。蜂の巣にされようとしたその刹那、彼の目の前で派手な褞袍が翻った。振るわれるは彼の中でも一等の盗品である黄金の太刀。黒い弾丸はものの見事に一つの漏らしもなく弾かれて、地面を抉り取るだけで終わった。
しかし刀の主はそれでは飽き足らず、太刀を握りしめなりふり構わず、シグマを屠るべく走る。
「……テメェ!!」
「……ッ、死にかけなのにしぶといわねぇ!!」
敏捷Aを誇る彼ではあるが、今やその身のこなしは無残なものだった。死にもの狂いの一撃は、引いたシグマのスカートを割くだけにすぎなかった。その上追撃に移れず、大量の血を吐いてその場に片膝をつく有様だった。
しかし警戒したシグマはそれ以上迫っては来ず、あっさりと引いた。一体何をしに来たのか、と一成は訝ったが、それよりもアサシンの様子が危機的だった。
ライダーの宝具の影響下において、アサシンがかろうじて行動できたのはスキル「反骨の相」のおかげである。権威・権力に抗うモノの特性により、神威の具現である宝具に抵抗できている。
だが元々ライダーの力の方が上回ってること、さらにアサシンはもう致命傷を受けている――霊核を破壊されたところを令呪で無理につなぎ合わせ、かろうじて現界を続けている状態なのだ。太刀を杖替わりにしゃがみ込み、ごほごほとむせている。
「おい、一成、こりゃあまじでやべーぜ……!、おい、あれ!」
アサシンが蒼い顔をさらに蒼白にして、セイバーとライダーの戦いの先を指さした。幸か不幸か、一成はライダーたちの方向を向いていた為に、アサシンの示す方向は視界内にあった。
そして見た光景に、思わず目を疑った。
セイバーとライダーの攻防は続いている。ライダーがあくまで様子を伺う風で攻撃よりも防御を優先しているため、今一つ攻めきれずセイバーは苛立ちを募らせていた。
ライダーの動きは読めないことはないが、セイバーの体術と比べると一つ一つが極めて正確で正当であり、正しい動きをどこまでも追及した姿だった。
セイバーの体術である合気道の原型は、精神修養の為の武道ではなくひたすら殺害のために特化した技であり、ライダーのそれとは根本が違う。
背後では、アサシンがライダーの宝具に逆らい行動したことをセイバーは察している。セイバーとライダーの戦う最中、一成たちに迫ったシグマという女魔術師はアサシンに撃退され、再び距離を取ったのだが――
「!?」
ライダーの向こう――教会の礼拝堂入り口。そこで斃れていたはずのハルカが二本の足で立っており、その片腕には明が抱えられていた。
「明!?」
セイバーはシグマの接近を目の端でとらえていた。アサシンがなんとか彼女を追い払ったのだが、そちらに必死になっている間に、背後からハルカが硬直している明を攫って行ったのだ。
最初からシグマの攻撃は、本当の目的である明を奪うための囮でしかなかった。
明を殺さなかった、ということはまだ何かしら生かす意味があるのだろうとセイバーは理解している。しかし、敵の手にマスターがいることそのものが許し難い。
魔力が全快ではないことは承知だが、即刻目の前の敵を焼き果たすべく神秘を現す。
「そこをどけェ!!『全て翻し――』」
ライダーは避ける、もしくは己も攻撃に転じる様子を見せない。予想される真名からすれば、ライダーもまたセイバーと似た宝具を持っていてしかるべきだが、剣の姿はどこにもない――その時、セイバーが視界の端に奇妙なものをとらえた。
月光か星のきらめきを反射して輝く、一筋の銀色。光輝く鳥とは別の光線。
「セイバー、後ろ!」
水中から出てようやく酸素を得たように、明が叫んだ。それとほぼ同時に、セイバーの直感と背後の空気の変化が瞬時に危機を知らせた。振り向くよりも早く、直感に任せて右手へと横っ飛びに回避した。
セイバーの服の袖を掠めたものは鋭い弓矢―――否、それは剣だった。
「――ッ、!?」
紙一重の差で標的を撃ち殺し損ねた剣は、勢いをそのまま教会の石畳へと叩きつけた。地を砕き深々と突き刺さったそれは、激突の振動で今も僅かに震えている。
頭椎の太刀――柄頭が塊状の剣。
その刀身も長方形であり、セイバーの剣のように刀身が菖蒲の葉状になっていることもなく、日本刀のように反りがあるものでもない、およそ人を斬るのに向いているとは思えない不可思議な剣だった。刀身には神代文字が連ねて刻まれている。
ライダーの手を離れた状態で襲い掛かってきた剣だったため、セイバーは警戒して後方に跳んで距離を取った。
悠々とその剣に歩み寄り、引き抜いたのは勿論ライダーだ。長方形の刀身を肩に担ぐ姿はまるで一枚の絵のように似合いである。
「この剣の便利なところはな、公が持たずとも自律しているところでな」
セイバーは人知れず息を呑んだ。第一の宝具を見た時にも「あの英霊であれば、何故あの剣を携えていないのか」と不審に思っていた。その剣は、セイバーの剣と同じく神代三剣の一――この国の始まりにして、この国を
ライダーはセイバーに背を向けて泰然と距離をおいてから、やおら振り返る。
「――さて、流石に素手ではお前に勝つことは難いと見た」
その顔は間違いなく笑っていた。これまでは小手調べでしかなかったと言わんばかりの、壮絶な殺意がセイバーに向けられる。なぜ今まであの剣を使わなかったのか、その理由を考える暇はない。
公に逆らう者は、朝敵である――白金が笑う。
「これくらいで撃ち殺されてくれるなよ――
片手で振り上げられた剣に、景色が歪んで見えるほどの濃密な魔力が収斂されていく。煮詰められた白く輝く魔力は、あまりにも膨大に過ぎる。もし魔術師ではない一般人がこの場にいた場合に、圧力のみで卒倒しかねない。
――宝具というものはどの英雄のものでも究極の一、とびぬけた限定魔術礼装である。その宝具の中においても、ライダーのそれは群を抜いているに違いない。
それほどの神威が、あの剣には内包されている。セイバーは白い光、ライダーの向こうにいる、ハルカに抱えられた明を見据えた。
「明!宝具を使うぞ!」
セイバーは己が剣の蒸気の覆いを解き放つ。白銀の刀身がそれ自身で耀きを放ち、叢雲状の波紋に合わせて強く淡く周囲を照らす。
ライダーの剣は強烈な魔力風を纏いながら、火花を散らし始めている――強い火花程度だったはずの光は徐々に雷のごとき轟音を放ち始める。
だが、セイバーの第一の宝具は最強の幻想返しの剣だ。特に今ライダーが放とうとしている一閃のように、一撃がはっきりしている宝具に対して最も効率的に働く。
(しかし――)
セイバーには一抹の不安があった。万全を期すならば天叢雲剣を使うべきだが、ここは市街地の上に、そもそもそちらを使えるほどに魔力が戻っていない。苦虫をかみつぶしながらも、今は草薙が最善である。
そして、早躊躇いを許さぬ段階にお互いが踏み入っていた。
今や一成たちだけでなくシグマやハルカも、吹き飛ばされないようにとどまることが精一杯の状態だ。
雷の白光と、炎を纏う白光が膨れ上がっていく。双方の発する膨大な魔力風は教会の石畳、草花をはぎ取り木々さえも激しく揺さぶっている。発する熱量は真冬を忘れさせ、世界の風景を変えて白一色へ染まっていく。
白金のライダーは笑い謳う。「
白銀のセイバーは強く叫ぶ。「
蒸気の剣と両刃の剣が交錯する。この国を
「
「
白い極光と白い極光が、世界を覆う。二騎は白い光の柱を夜に突き立てた。セイバーはありったけの魔力を注ぎ、白炎は力を増していく。日本最強の剣は、今までバーサーカーもキャスターをも葬り去った剣である。「断絶剣」とされるかの天皇の一撃を撥ねかえすことができなければ、剣はセイバーを断ち切るであろう。絶たれたものは、おそらく二度と繋がるまい。
「……!」
宝具の光が炸裂する溢れる中、セイバーは耳を劈くような、何かが途切れるような音を聞いた。
もし擬音でたとえるならば――ふつ、と。
布津御霊詳細はまだですよ
布津御霊は「おーいこっちこーい」と呼び寄せるのは楽にできるけど、ライダーに千里眼がないので視界にない範囲で剣を操るとデタラメになる。
また、ライダーはそもそも●●●のアルターエゴだからセイバーの天叢雲と違って自由にコントロールできる。(12月5日⑰ 開闢にして終焉参照)