Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月7日⑧ 彷徨う戦線

 どれくらい経っただろうか。光が消え失せて、世界は闇に戻る。

 荒れ狂う暴風は花々を跡形もなく消し飛ばしていた。魔力が激突したであろう場所は石畳が破壊され、セイバーとライダーの光線が激突した中間地点は地面が抉れ――さながらクレーターの様相を呈している。言うまでもなく、最早庭は原型を失っている。

 

 薄く煙の舞い上がり、月の明かりがさす教会の庭には、セイバーとライダーが向かい合って立っている。セイバーは肩で息をしているが、烈しい魔力消費を鑑みればその様子に違和感はない。

 しかしライダーの方は少々異常である。宝具は通常戦闘をはるかに上回る魔力を消費するはずだが、彼は剣を肩に乗せて、宝具を解放する前と少しも変わらない様子を見せている。

 

 それでも宝具は見事相殺されたようで、セイバーの後ろにいるアサシンと一成には傷一つない。だが相殺できても、草薙剣は通用しなかった。本来であれば、これは完璧に相手の宝具を跳ね返す効果を発揮するはずなのだ。

 

「ライダー!私は目的は果たしたわ!セイバーを倒すんでしょ!」

 

 教会の扉の前で、静かにしかし明を離そうとしないハルカを侍らせて囃し立てているのはシグマだった。ハルカの腕に抱えられた明はぐったりと脱力して動かない。魔力は伝わっているから殺されてはいないことがセイバーにはわかるが、返事がないため気を失っているのだろう。明を助けなくては、とセイバーは逸るが、目の前のライダーを放っておくことはできなかった。

 

 

「全く小うるさい草だ――ふむ、しかし、うむ」

 

 すう、とライダーの手が掲げられる。宝具を同時に二つ使用することはできないのか、ライダーの頭上を浮遊する宝具・八咫烏――『天啓齎す導きの金鵄』の拘束は既に途切れている。だが既に現界していることがやっとのアサシンは動けず、本来の俊敏さを以てライダーの脇をすり抜けていくことは到底不可能だった。

 

 轟、と風が吹き荒れた。どういう理屈か下から吹き上げる風に、一同は空を振り仰いだ。それと同時に、あまりの眩さに一瞬視界を奪われる。

 ――元々このライダーは一体どこから来たのか、何に乗っていたのか。それを思い返せば、空を駆る奇妙なモノに思い当たる。

 

 それはかつて高天原と葦原国を渡した鳥。世界の裏側と物理法則の世を繋ぐ船。

 

 ライダーが愉快げな声をにじませるとと共に、空から音もなく滑走路も必要とせず、垂直に何かが舞い降りた。それは純白に光り煌めく鳥――否、鳥と言うには機械的に過ぎる。

 鷹の形を模した飛行艇が舞い降り、ライダーがそれに飛び乗ると同時に駆け寄ってきたシグマとハルカも、船上へと引き上げられた。

 

 

「――お前も空くらい駆けられるであろう?」

 

 ライダーがまるで悪童のように笑った瞬間、鳥船は猛烈な風を吹き上げて暗闇の空高く舞い上がった。空の人となったライダーたちを見上げ、宝具の影響から解放された一成が声を張り上げた。

 

「碓氷!!」

「俺は追いかける」

 

 セイバーの言葉は端的だったが、その声音が焦燥に満ちていることは誰にでもわかった。彼は勢いよく地を蹴りつけたが、その足が完全に地を離れる直前、必死の速さで近寄ったアサシンが腕をセイバーの捉えた。いつもは飄々とした態度の彼も、この今は真剣だった。

 

「バカ、殺すことだけが目的ならすぐにでも、ここで殺せただろ!連れてったってこたぁすぐ殺すつもりはないんだよ!わかってるだろ!」

「だが待ったところで手があるのか?事態が好転するのか?ないだろう」

 

 セイバーは素早くアサシンの手を振り払うと、助走をつけて一気に空へと舞いあがった。夜の帳に一点、星――むしろ恒星の如き輝きを放つ鳥へと向かって一直線に飛んでいく。

 一成は勢いよくアサシンに振り返った。彼がもう命の長くないことは明白で、現在進行形で霊核が壊された激痛にさいなまれている。

 それでも、大西山と同様に一成は叫んだ。

 

「アサシン!あいつらを追いかけるぞ!」

 

 暗殺者はそれに当然のごとく、笑って答える。「……あのアホ皇子が!!乗りかかった船だ、行くぞ!」

 

 アサシンは一成を宝具の中に入れると、彼自身も最後の力を振り絞って恒星に追いつくべく、夜陰に紛れた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 碓氷邸には、キリエと悟だけが残されていた。キリエはリビングのソファに座って何かを考え込んでおり、悟は夕食後の皿洗いを終えて手持無沙汰に食堂のテーブルに座っていた。

 

 空気は酷く重かった。元々悟とキリエは敵同士、ともすればキリエは悟を殺していた関係で、一成や明の仲介なしに仲良く話をする間柄ではない。

 とはいえ、悟はあのキャスターのマスターがキリエ――自分の娘と近い年頃の少女がそのような事をしたとは信じ切れていなかった。しかし、この戦争――魔術師の戦いは、悟の常識を遥かに超えたものだということも、確かであった。

 

 キリエと無理に話そうとする必要はない。悟は腰を上げ、自分とキリエの分の茶を入れた。食堂から中央ホールを横切り、リビングのテーブルに緑茶を置いた。特に言葉をかけず、そのまま立ち去ろうとしたのだが、彼女の表情が気にかかった。

 ちょこんと行儀よく膝をそろえて座っているが、両手は腿の上で固く握りしめられており、眼はテーブルの一点をじっと見つめていた。

 

「……あの、キリエ「ちょっと出かけてくるわ」

 

 悟の声を遮り、キリエは勢いよく立ち上がった。悟など目に入っていないように、真っ直ぐホールを突っ切って玄関へと向かう。

 

 

「……ちょ、キリエさん、どこへ!?」

「カズナリ・ツチミカドたちの後を追うわ」

「!?食事の時に行かないって言ってたじゃないですか。事情はよくわからないけど、自分は危ないって」

 

 食事の時、キリエははっきりと「行かない」と告げていた。その時はどこか「行きたくない」という雰囲気も感じ取れたのだが、今はその空気は微塵もない。

 

「今出ていくのは危ないわね。主のアキラ・ウスイが不在とはいえ、ここセカンドオーナーの結界は伊達じゃないわ。サーヴァントの襲撃も一騎程度ならしばらく持ちこたえるでしょうし」

「じゃあなんで」

「私は、オユウに会いたいの」

 

 キリエはその時、初めて悟へと振り返った。その手は僅かに震えているが、紅い瞳は明確な意思を示していた。

 

 

「聖杯戦争には負けて、私には意味が無くなってしまったけれど――意味が無くなったまま、終わるのは癪なのよ」

 

 キリエの話す言葉の真意は、悟にはわからない。それでも彼女が、彼女としてあるために必要なことをしようとしていることはわかった。

 悟は魔術師でもなんでもない、彼女についていっても足手まといにしかならない。しかし、死地に向かうであろう彼女を送り出すだけでいいのかと、彼は煩悶していた。

 

 悟の反応を待たず身を翻したキリエだったが、その瞬間体が震えた。キリエだけでなく悟も異変を感じた。

 卑近に例えるなら極寒の地で着こんでいたコートを、無理やりはぎ取られたような感覚。今まで自分たちを護っていた何かが、烈しく損傷されたような。

 

 悟よりも何が起こったかを正確に理解したキリエは、自分の感覚を疑い玄関から飛び出した。

 

 

「――まさか、碓氷はここの管理者なのよ?その結界がこんなに易々と――」

「キリエさん!」

 

 キリエにつられて、悟も玄関から飛び出した。二人の目の前には、寒々しい碓氷邸の庭。そして庭の門の内側に、二人の影を見た。片方は背の高く引き締まった体つきの男で、剣のようなものを持っている。もう片方は年若い女で、こちらも細い剣のようなものを持っている。

 

 ――神内御雄と、神内美琴。教会でのカソック・修道服と、変わらぬ姿を見せている。

 

 

 

「ッ、オユウにミコト・ジンナイ……!」

「し、知り合いなんですか」

「アキラ・ウスイたちが神父が怪しいとか話をしていたでしょう。その神父とその娘よ」

 

 悟はちらりとキリエを見下ろしたが、彼女の視線は彼等と――男が持つ剣に集中していた。

 

 

「断絶剣……!!どうやったのかは知らないけれど、あなた、私が呼ぼうとしたモノを呼んだのね――!!」

 

 キリエが断絶剣と呼んだ、神父が持っている剣は神父に握られているのではなく、手のすぐ近くに浮いていた。そのうえ、刀身が長方形という人を斬るものとは思えない形状をしていた。

 本来土地の管理者である碓氷の家に、碓氷の者の許可なく立ち入れはしない。だが断絶の概念武装である剣――物質化した奇跡により、屋敷に張られている結界は一刀両断にされているのだ。キリエの目には、無残に引きちぎられた結界跡がはっきりと捉えられていた。

 件の浮いている断絶剣は、何者かに操られているかのように神父から離れると空高く吸い込まれていった。

 

 己が娘を従えた神父――神内御雄は、ゆったりとした足取りで石畳を踏む。

 

 

「キリエスフィール・フォン・アインツベルン。聖杯の娘。聖杯戦争が始まってからまともに話すのはこれが初めてだな」

 

 神父とキリエは、二十メートル離れて対峙している。吐く息が白いほどの寒さ、かつキリエは白のワンピースしか身に着けていない。にも拘らず、彼女は既にそれを感じていなかった。

 

「……ええ、そうね。さっきの剣を見て、仮説だけれど色々と合点がいったわ。何故私がライダーを召喚できなかったのかはわからないけれど、概ねそのせいでおかしくなったのね、私と霊器盤は」

 

 神父がライダーこと、初めにキリエが召喚しようとしたサーヴァントを呼んだことは先の剣で知れた。しかしそれを召喚するには、神父には縁がない。キリエが触媒に使った剣は神社に返納しているが、魔術協会の力の及びにくい日本ではアインツベルンさえ持ち出しに苦労した代物である。神父がこの短期間に持ち出せるとは思えない。

 

 にも拘らず召喚できるということは、ライダーは既に召喚に(・・・・・・・・・・)応じていたということである(・・・・・・・・・・・・・)

 

 召喚応じてはいたが、現界を果たしていないという本来ならあり得ない状態――それが霊器盤とキリエに影響を及ぼした。

 

「おかしいと思ってはいたわ。もしライダー、バーサーカー、アーチャー、キャスターの四騎が消滅していたのなら、私がこんなに元気に歩き回れているわけないもの」

 

 キリエはこの春日の聖杯の為に作られた小聖杯第一号である。何度も改造を重ねた末に春日の大聖杯用の小聖杯としての完成度は随一だが、小聖杯そのものの完成度はかつての第五次聖杯戦争の小聖杯に勝っているとはいいきれない。

 四騎のサーヴァントが倒れた時点で、行動は困難になり始めるはずだ。だが、キリエはまだそこまでの状態に至っていない。

 だが、もしまだ三騎しか消滅していないとすれば。

 

「本来、私がサーヴァントの数を間違えるなんてありえないのだけれど、ライダーのイレギュラーと春日の霊器盤の仕組みを考えればわからないこともないわ」

 

 サーヴァントの現界を確認するための道具である霊器盤。主に所有するのは監督役たる教会の第八秘蹟会所属の神父・修道女のみで、魔術師である者は関与しない。

 だがそれは冬木の場合の話だ。この聖杯模倣の計画は神父が草創期から絡んでおり、神父は暗にアインツベルンの陣営であるために、その仕組みは冬木のものから改変を加えている。

 

 霊器盤を単なるサーヴァント感知道具で終わらせるのではなく、キリエ(小聖杯)の状態をも正確に把握できる機能を付加させた通信具に変えた。聖杯戦争が進み、キリエが不自由になった場合やその他、万が一にそなえ神父に補助をさせようという試みである。

 

 また、キリエは聖杯である為に消滅したサーヴァントの数は把握できるが、現界したサーヴァントの数はわからない。キリエと霊器盤を繋げサーヴァントの召喚自体も把握させようとしたためだが、それは逆に――霊器盤が何かで異変をきたせば、キリエ自身にも影響を及ぼすリスクを孕んでいた。

 まさか霊器盤自体が異変を起こすことなどないだろうと、そのリスクは捨て置かれていたのだが――。

 

「何故ライダーがそんな状態になったのかまではわからないけれど――今だ続く皇紀二千六百年の王朝、開闢の帝。まさに始まりの地においてその英霊を呼び出す。魔術師としては一流とはいえないあなたが、それを使いこなせると思っているのかしら」

 

「その言葉はそのままお前(アインツベルン)に返そう、キリエスフィール。大聖杯が他の国にある聖杯戦争ならばまだしも、よりによってこの国でアレを使役しようとはな」

 

 キリエは悟より前に進み出て、素早く周囲を伺った。件のサーヴァントの気配はどこにもない。ここに呼ぶ気はないのだろうか、それとも明や一成の方へ向かわせているのだろうか。そして神父の傍にいるのは養女の美琴のみ。

 彼女の人格までは知らないが、どのような魔術特性を持つかは知っている。

 

 サーヴァントを呼ばれては万に一つの勝ち目もないが、神父と美琴だけならば。今まさに、ライダーをセイバー達が相手し、かつハルカもそちらにいるのならば、キリエはこの二人を下せばいい。

 

 陰陽術は、キリエにとっていわば借り物である。キリエの母にあたるホムンクルスに精を与えた陰陽師が所持した魔術刻印を、剥がして使用していただけだ。

 呪術に近い性質を持つ陰陽術は対魔力を無視できるため、大西山ではそれを駆使しサーヴァントと大立ちまわりを演じたが、キリエの本領は千年を数える大家の錬金術だ。そして当然だが、神父と修道女はサーヴァントではない。

 

 芯まで凍るような、厳寒の深夜が熱気を帯びる。無風にも拘らず、キリエの黒髪がふわりと浮いた。

 

Shape ist leben!!(形骸よ、生命を宿せ)

 

 わずか二小節の詠唱で、キリエの背後上空に細い糸――彼女の髪で精緻に編まれた烏が三羽出現した。一本一本に濃い魔力の込められた髪から生まれた使い魔は、それぞれ両翼を広げた状態で一メートル以上はある。神父は鷹揚とした姿勢を崩さないが、代わりに受けて立つと美琴は剣――黒鍵を青眼に構えて進み出る。

 

「あなたが(アインツベルン)に話を持ちかける時、私たちはあなたの頭の中までのぞいたわ。だから、貴方の力も、ミコトの力も知っているわ」

 

 アインツベルンは、ただの神父をそのまま信じるほど愚かではない。キリエの言う通り、神父はその能力も望みも、協力を申し出る際に全て吐いている。だからこそ、尚更キリエには謎であった。今、神父たちの目的は間違いなく聖杯たるキリエ。

 

 だがかつて神父の願いは、聖杯戦争の開催そのものだったはずなのだ。

 

「それでも私と戦うつもりかしら」

「ああ。私の願いには、聖杯(おまえ)が必要だ。キリエスフィール」

「――ッ」

 

 神父は、敵だった。今まで、白亜の城から一歩も外に出ず生きてきたキリエにとって、アインツベルン以外の唯一であった神父。聖杯を得るために協力してくれる、味方だと信じてきた男が本当に自分の敵であると、キリエははっきりと認識した。

 

 息が苦しい。その顔も低い声音も、城で聞いていた時となんら変わりはないのに、千里の隔たりを感じる。

 

 キリエはサーヴァントを失ったのに、聖杯を得られないのに、今更自分は何故戦おうとしているのか。大人しく捕まって、聖杯になってしまえばいいのではないか。

 

 

「何も知らないまんまお前は消えていいのか」

 

 わからない。何故、自分が今戦おうとしているのか、キリエにはわからない。それでも、黙って聖杯になる事を肯わない何かがある。

 

「細かいことは後で考えるわ!オユウ、あなたが私を欲するように、私もあなたに聞きたいことが山のようにあるの!」

「お互いに、勝てればの話だな」

 

 

 薄氷を踏むような沈黙。場を満たしているのは闘志か殺意か。完全に蚊帳の外に置かれている悟でも、この庭が死地になりつつあることは察知できた。それとほぼ同時に、悟へ振り向かぬままキリエがつぶやいた。

 

 

「――サトル・ヤマウチ、屋敷の奥に戻りなさい」

「え……」

「死ぬわよ」

 

 

 怜悧なナイフのような言葉が届く方が速いか、修道女の刃が速いか。庭園に、爆音が轟いた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 船はそれ自体が恒星であるかのように、寒気満たす夜の帳の中で強く輝きを放っていた。近くで目撃してしまえば、眼底まで眩ませる極光。

天地渡る岩鳥船の神(あめのとりふね)』――かつて建御雷神が葦原中国平定の為、葦原中国に降臨する際に副使として同行した天鳥船。建御雷神はこの神に乗り込み、降臨したとされる――神霊が船となったモノである。

 まだ世界が移り変わっていない時分とはいえ、神代と人代を繋ぐもの。空を舞う鳥船の上で、ライダーは仁王立ちしたまま同乗者を見下ろした。

 

「さてお前の目的の娘は得たわけだが、聖杯はいなかったな?」

「てっきり一緒に来るかと思ったのだけれど、もしかしての方が当たったわけね。そっちは神父がうまくやるでしょう。新・美琴ちゃんもつけてあげたんだから。それよりライダー、絶対来るから、セイバーを頼むわよ」

 

 高速で飛行する船だが、船上は魔力によるフィルターがかけられており地上に立っているのとなんら変わらぬ環境となっている。いつのまにかハルカから明を奪い抱きかかえたシグマは、船の上に坐った状態で文句を言った。

 過ぎ去った背後と春日市に灯る街の明かりが見える以外は、眼下には何もない。天蓋高く浮かぶ月と幽けき星々、それに彼らの船がこの世界のすべてだった。

 それでもシグマは下界を睨みつけていた。

 

 

「セイバーが来ないわけないもの」

 

 彼女は見ていた。ハルカを通して、神父を通して、セイバーと明の経緯を。それを見ていれば、シグマに限らず誰だって「セイバーは来る」と理解するだろう。そして彼女は、剣の英霊がその名に恥じぬ強さを持つこと知っている。

 アーチャーの神縛りの宝具――ライダーの神性は高すぎて、あの剣を以てしても効果はせいぜい一秒足らずだろうが――を持つアサシンはじきに消える。そうすれば残る敵はセイバーだけ。

 

 

「あなたがセイバーを試すのは自由だけど、ちゃんと殺してね」

「そういう結末(オチ)にはなるとは思うが、はてさて。神父の願い以上に面白い願いを持つのであれば、公はアレに負けてやるにも吝かではない」

「セイバーの願いは日本最強、他陣営の皆殺しって言ったじゃない」

 

 聞き捨てならないライダーの発言に、シグマは強い口調で言った。このライダー、神父やシグマの味方を気取っているようではあるが、土台が気まぐれな質らしく油断ならない。

 

「その願い、判りやすいようで甚だ曖昧だとは思わぬか。何を以て日本最強とするのか。あれは此度の六騎に勝ったくらいで最強を嘯くのか?あれの願いは、最強とは関係のないところにあろうよ――最強はただの手段だ」

 

 セイバーの状態――まだ死を迎えていない――を知らずとも、ライダーは確信を以て笑む。

 

「さて、セイバーの願いを見定めるにしても、やはり世界において戦いなるものは極限らしい。本心か、在り方か、欲望か。極限に至れば、普段はみえぬそれらこそ鮮明になる。公くらいになれば平静であってもわかるのだが、極限ではないとわからぬあたり御雄は修行不足だ」

「何の修行よ、何の」

「言うまでもない。道楽だ」

 

 飄々と笑うライダーに対し、シグマは冷静にツッコミをいれた。彼女とて、ライダーの言っていることはわかるが、シグマのなしていることは娯楽ではなくて己の道であり魔導の一環でもあるのだ。

 

 ――けど、神父のアレは趣味……道楽ね。信仰も魔導にも、あの男は興味なんて無いもの。

 

 ライダーは神父のそれを道楽と読んだが、趣味と道楽の差は何か。それをシグマは以前に聞いていた。曰く、簡単に言ってしまえば趣味は軽く道楽は重く、趣味は有益で道楽は有害で、趣味は己がそれから自由であり、道楽は己がそれに縛られていると。

 ライダーの言を受けずとも「女道楽、酒道楽、博打道楽」という言葉が表すように、趣味と比べて道楽には身を滅ぼすニュアンスが含まれる。

 

「お前とて道楽神父を笑えぬぞ?シグマというその人格、一体どうやって培われたことやらな?」

「身を滅ぼすことが道楽の一条件だとするのなら、魔術だって道楽たりうるわ」

「お前にとってはそうであろうよ、草」

 

 身を滅ぼすことになっても辞めずにはいられないという意味では、シグマにとって魔導は道楽だ。魔導なくして彼女は何者でもないままに人生を終えただろう。ただ魔導の道を歩んでも、別の意味で彼女は何者でもない。

 

 そよぐ夜風に吹かれながら、ライダーは振り返った。眼下には春日市のかそけき明かり、天上には白々とした月のみがある。

 

「さて、神父のようなわかりやすい娯楽に身を投じるのも悪くはない。神秘が地に堕ちた現代とて、人は人であることに変わらない。いつでも楽しいものだ」

 

 自律する宝具である彼の頭椎の太刀は、今は使い手の右手に収まっている。それを虚空の闇に突出して告げる。

 

「思えばお前の魂は白鳥であったな。ならば空くらい駆けられよう」

 

 追撃するは凛冽なる声。焦燥に駆られて掠れたソレが、夜の帳を破く。ライダーと同じく空を駆ける力を持ち、同じく神の思惑によって生まれた英雄が、船の背後に迫っている。

 

「ライダァァァァ!!!」

「――来たか」

 

 ライダーの従えていた烏の姿が消え失せ、ライダーの体に吸い込まれた。

 そして開闢の帝は、迷うことなく神舟から飛び降りていた。

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