昨日、教会にて神父が聖杯戦争の開催を宣言してから丸一日が経過した。
昨夜からランサーが春日の街をうろつき始めた一方、セイバーはやることもなく碓氷邸にて時を過ごしていた。
朝になり――とはいっても既に十時を回っているが――借りた部屋から出て階下に降りるが人の気配はない。
ちょうど一時間前、マスターである明がセイバーの部屋にきて、こう告げた。
「昨日、ランサーは収穫なしだって。あと、私昼は礼装とかを整えたいから地下室に籠ってる。集中したいから、何か用がない限りは入ってこないでね。昼はすることがないから、セイバーの自由にしていいよ」
それから、セイバーはリビングのソファに座って一時間が経過している。
昨夜はランサーが夜中に春日市をわざとわかるように気配をまき散らしながら闊歩したが、挑発に乗ってくるサーヴァントはいなかったそうだ。とはいえ全サーヴァントが揃ったばかりで、誰も彼もが様子見を決め込んでいるのだろう。
(……真名は秘匿すべきものだ。だが……いや、)
セイバーは立ち上がり、一瞬マスターを探したがすぐに言われたことを思い出した。
後で伝えればよいと、彼は一階にある物置へと向かった。
*
鬱蒼とした森の中。日は疾うに沈み切り、闇に落ちている。それでもこの森の向こうに山が聳えていることがわかる。山の麓である森で、黒いジャケットを羽織った男は、ぶつぶつと何事かを呟いている。
昨夜放った使い魔が偶然とらえたのは、敵サーヴァントの一騎。
アサシンのマスターは、使い魔を通じてランサーの姿を観察していた。
「これがランサーか。それにしてもでかい槍だな。呪布を巻いて宝具を隠してるのか」
「おーい、本当にここをねぐらにするのかー?」
「もう少し映像が鮮明に欲しかったな……低級の使い魔はこれだから」
「霊地としてとんでもないのは確かだが、すごすぎて逆にお前が魔術つかうのに影響がありそうなぐらいだぜ?」
「いや、誰かが妨害の魔術をかけているのか?」
「なーんかココ薄気味わりーんだよな「うるさい!使い魔風情は黙っていろ!!」
とんでもない剣幕で一喝されて、アサシンはへいへいと首をすくめて黙る。
アサシンは百八十センチを超える体躯に黒い雨合羽を羽織っている。霊体化していれば服など気にする必要はないのだが、いざサーヴァントと戦う段になり実体化すると、服がかなり目立つので、マスターから着ていろと命じられたのである。実際召喚時のスタイルだけで真名を看破されかねないので、アサシンにもとより異存はない。
隠れないアサシンなどアサシンではない。
ただ彼の腹に据えかねるのは、このマスターの性質である。マスターは触媒を使用して英霊を召喚した。だが、召喚したかった英霊はこのアサシンとは別の英霊だったのである。
要するに、召喚に失敗したと言うことになる。
さらにこのアサシンにとって悪いことには、このマスターは非常に魔術師らしい魔術師だったことだ。
「英霊だろうと、サーヴァントとして召喚したからには使い魔。言うことには絶対服従」が考えの大前提としてあるのだ。
ただ、サーヴァントの多くは生前偉業を成した人間や、多くの信仰を集めた者である。そのような存在が、たとえ使い魔的存在として召喚されても簡単に言うことを聞くわけがない。
アサシンのマスターは魔術師としてありすぎるあまり、その簡単な事実を見落としていた。
そして、アサシンは死後に伝えられた伝説によりこのように居丈高なタイプのマスターには腹が立って仕方がないのである。ぶっちゃけた話、アサシンは心の中でマスターを裏切り他のマスターに鞍替えする算段を考えている。
しかし始まったばかりの聖杯戦争で、他にどのようなマスターがいるかもわからない状態であるため、アサシンの裏切り工作はまだ白紙である。後先考えず殺したところで、依代(マスター)なきサーヴァントは消え去るだけだ。
「……まぁいい、とりあえず工房を立てるには……山小屋等あればいいんだが」
今、彼らがいるのは春日市中心地から車で一時間ほどの場所にある大西山という山の麓だ。
予てから春日随一の霊地と有名なこの山を拠点とするのは、聖杯を降霊する点でも頷ける考えである。
ただし、アサシンの忠告したようにあまりに魔力が強すぎて魔術に悪影響を及ぼす場合がある。この地に漂う大量の魔力が魔術行使に影響を及ぼし、悪くすれば魔術回路がオーバーヒートしてしまうのだ。魔術回路は術者の内臓器官と深く結びついており、回路が焼け付くことは内臓が焼け付くことと同義である。
春日の地の管理者である碓氷家が家を此処に構えず、第二の霊地を選択したのはこれが理由である。
「アサシン、適当な小屋がないか探してこい」
へいへい、とこれまたやる気なさそうにアサシンは返事をした。と、アサシンの耳が何かを捉える。
「おい、なんか来るぞ」
アサシンがすっと指差した先。深い森の闇に包まれている。そこからかさかさと音がする。人が歩いてくるような音だ。訝しんだマスターは手にしていた懐中電灯を音のする先に向けた。
「きゃ」
そこには、一人の女が立っていた。薄着で夜を歩く人間は皆無である時期のため、コートを纏いブーツを履いた長髪の女だ。こんな山の中、しかもこんな夜更けにいる女など尋常ではない。当然アサシンは違和感を覚えるが、違和感があるだけだ。
もしマスターであれば、アサシンのマスターが感じ取っているはずだ。マスターは懐中電灯で女の顔を照らす。稀に見る美貌であることがこの闇の中でもわかる。
「すみません、道に迷って、気づいたら夜になってしまって……」
可細い女の声は震えていた。マスターは魔術を使用していることを見られなかったことを安堵し、薄ら笑いを浮かべながら女に近づいた。しかし、それよりもアサシンが人ならざる速さで挙動し、マスターと女の間に滑り込む。
刹那、森閑とした静寂に鮮血が飛び散った。
「オメー、サーヴァントだろう!」
アサシンの抜いたのは小刀。その小刀が女の手のひらを切り裂いて血が舞った。しかし浅手であり女は引く様子がない。アサシンは両手に携えた小刀を振るい、女を切ろうとするが素早い身のこなしで避けられる。
女は小さく舌打ちしたが、アサシンの小刀と打ち合おうとはしない。
その視線はアサシンの脇を抜けた先――はっきりとマスターを捉えている。目的はマスター。
女は拳を握りしめ、アサシンの攻撃をかいくぐりながら未だに隙を狙っている。このまま斬る――そうアサシンは刀を振るったが、動きが見切られて腕を掴まれる。
アサシンより頭一個以上小さい女の力とは思えぬ強力で捩じられ、アサシンは小刀を取り落とす。
振り返ったアサシンの眼の端にすっかり腰を抜かしているマスターの姿が映る。
「おい!しっかりしろ!腰でも抜けちまったかァ!?」
微かに笑いを含ませてアサシンとしては叱咤を加えたつもりだったが、マスターには侮辱としかとられなかったようだ。顔を歪ませながら、ゆっくりと立ち上がる。
もともとアサシンはサーヴァント対サーヴァントの一騎打ちに強いクラスではない。気配を遮断し、サーヴァントの依代たるマスターを闇より葬ることを得手とする暗殺者(アサシン)である。
片腕を折られる――アサシンは空いた手を雨合羽の中につっこみ、黄金の太刀を抜く。
女は目を見開き、あっという間にアサシンの腕を放して、驚くべき俊敏さで距離を置いた。
今までのか弱い声はどこへやら、女のサーヴァントは冷えた声で告げた。
「時に救われましたね。アサシンのサーヴァント」
「お前は誰だ?サーヴァントだろ」
肩で息をし、かろうじてひっかかった雨合羽をかき寄せてアサシンは言う。
しかし敵のサーヴァントは返答をせず、そのまま森の闇へ姿を消してしまった。
*
教会とハルカと共闘の内容は、まずはランサーが敵の情報を集め真名を明らかにしていき、セイバーが確実に葬り去るというものだった。そしてセイバーは名が売れすぎていること・真名の秘匿を理由に、初めの段階では敵サーヴァントは矛を交えないことになっていた。
確かに何時破られるかわからない共闘だが、聖杯戦争が始まってからまだ一日だ。セイバーはそれを悠々と破った。
午前中から地下室の片づけと礼装の整備をしており、途中そこで昼寝までしてしまった明が異変に気付いたのは日もとっぷり暮れてからのことだった。地下室なので時計で時間を確認し、一度上の階に戻ろうと思った矢先である。
サーヴァントが戦闘で通常より激しく魔力を消費すれば、それはすぐさまマスターに伝わる。明は通常とは異なる魔力消費から、セイバーが何かしらの戦闘状態にあることをすぐさま理解した。
明は念話でセイバーに戦闘停止を命じたが、まるでセイバーは聞く耳を持たない。仕方なく、明は最後の切り札を切りかけた。令呪を使うと念話で告げると、戦いを続行していたセイバーも流石に焦り、急きょ戦闘を止めた。
それから幾分も経たずして、セイバーは昨夜明が貸したコートをボロボロにして戻ってきた。
コートの下はいつもの衣袴でもなくジャージでもない。おそらくはスカート。
しかし、服装は置いておく。珍しく本当にモノを言いたげな明と、顔色を微塵も変えないセイバーが碓氷邸の玄関で対峙する。口を開いたのは奇しくも同時だった。
「何故邪魔をしたマスター」
「何やってんの?」
明はかぶったことに驚き一瞬怯んだため、セイバーの語る番となった。
「サーヴァントとマスターは視界を共有できる。俺は共有を否んだ覚えはなく、様子はマスターも見られたはずだ。俺がアサシンのサーヴァントを武器なしで圧していたのを知らぬはずはない。アサシンのマスターも戸惑っていてあのままやり続けていれば殺せた」
それをなぜ止めた、と言わんばかりのセイバーに明も言うことがある。
「教会で共闘の約束をしたでしょ?セイバーも頷いてたよね?序盤のうちは真名秘匿のため戦わないって約束だったでしょ」
セイバーは少し意外そうな顔をしたが、全く悪びれずはっきりと言い分を述べる。
「マスターも言っていたはずだ。あのエーデルフェルトも教会の連中も味方なわけではないと。もちろんランサーたちの集めてくる他サーヴァントの情報は受け取るが、その間殺せるサーヴァントを見つけたならばさっさと殺した方がいいだろう。それに、アサシン一騎を殺したらランサー陣営も喜ぶだろう」
明は教会とエーデルフェルトの関係をできるところまでは円滑に進め利用しようと考えていたのだが、セイバーは最初から共闘に従う気はなかったのだろうか。確かにエーデルフェルトとの共闘には難色を示していた。
だが、相手のランサーを買っていたし、利用する関係ということで納得していたように見えた。しかし、それも協力する振りをするために装っていたと言うのか。セイバーは平然と言葉を続ける。
「既に他のサーヴァントも召喚され偵察などに出ているハズだ。ならば様子見を決め込むよりも精力的に索敵をすべきだ。敵の情報はできる限り早急に集めるべきで、後れを取るわけにはいかない。しかし、真名秘匿が重要なのは了解している。だから俺は剣を使わず臨んだ」
セイバーの言うこともそれはそれで尤もである。だが、現在教会とランサー陣営と手を結んでいる状態にあって、明としてはいきなり足並みを乱すような真似をしてほしくはなかった。
「・・・アサシンを殺せた、って言ってるけど、あっちにも宝具がある。それを使われたらどうなるかわからない。真名を知られないことは大切で、それならば確実に闘わないほうがばれない。・・・いや、そもそも私たちは協力するってことになってたんだよ。セイバーが乗り気じゃないのは知ってたけど、だったらもっとその強く言えばよかったのに」
「ランサーの得てくる情報は貰う。俺が得た情報を流してもいい。だが俺はおとなしく穴熊を決め込むつもりはない」
「ならあの時自分も偵察に出るって主張すればよかったのに」
言いたいことがあるなら教会で主張すればよかったのに、セイバーはいなかった。
否――セイバーは共闘に賛成するつもりが無かったからこそ、出なかったのかもしれない。
教会への道すがら、セイバーは共闘に対し否とも諾とも言ってはいない―――。
「最初はそれでもよいかと思った。しかしやはり他のサーヴァントが動いているときに俺だけが時間を持て余すのもどうかと思った。よってそのことを告げようと思ったが、マスターは今日は魔術の礼装とやらで忙しいと言っていただろう。事後に伝えようと思っていた」
その口ぶりから、この件については間違いなく「良し」との返事がもらえるだろうとセイバーは思っていることがわかる。明が口を差し挟むよりも早く、セイバーはさらに続けた。
「索敵は一人より二人のほうが見つけられるだろうし、真名については分かっていると思うが――俺は先ほどの戦闘で剣を使っていない。空も飛んでいない。そして相手は俺を女だと思っていよう。どうとでもできる」
「でも、いきなり共闘の約束を破ることになる。私がいいよっていっても、神父たちが良いっていうか」
明への報告が後になったことはまだしも、教会へ話を通しておかないのはよくない。この件に関し黙っていられるのなら明の胸一つに収めておくが、教会により放たれた使い魔が、街中に散っているのだ。
特に夜の土御門神社、大西山という霊地には念入りに見ているだろう。
他陣営も使い魔を放して偵察を行うこともあろうが、それとて魔力を使う。実際の戦いの時に備え、大量の使い魔を放つことはしない。
だが、教会は戦いに参加しない。監督の一環ということで、神父は正々堂々多くの使い魔を春日に放っている。
神父が堂々と魔術を使っているのは如何なものかと明は思うが、そこは既に教会と何かしらのやり取りがあったのか平気で使っている。長年抗争が続いているということは、聖堂教会と魔術協会はそれだけ近しいということでもある。
しかし、セイバーは教会がどうのという話を全く歯牙にかけていない。
「先手必勝、そもそも、利用しあうと言ったのはマスターだろう。利用しあうだけならば、どちらが見捨てるのが早いかというだけだ。俺は明が良いといえばそれで良い」
セイバーにとって一番の目的は勝つことだけで、間の過程は本当にどうでもいいのだ。頭を殴られたような衝撃を覚えつつ、明は肩を落としてセイバーを見たが、瞬間肌が粟立った。
「それとも、マスターは俺よりもランサーの方が信じるに足ると言うのか」
あの目。召喚してセイバーを教会に連れ、明の願いがこの国の滅亡を願う類だった時はと告げた時の冷厳な瞳。一切の感情が消え失せた眼差しだ。
しかし明は負けじと息を吸い込み、セイバーを見返した。
「……そんなこと言ってない。だけど、今は共闘に従って、夜の偵察はランサーに任せる方がいいと思う」
いざというときのために力は取っておくべきであり、最初から全力で闘えば魔力も足りなくなる可能性がある。セイバーが戦いの天才であることは承知だが、彼は魔術師ではない。これは魔術師の生み出した大儀礼であり、魔術師の戦いでもあるのだ。夜の寒気と共に、糸がぴんと張りつめたような緊張が満ちる。
「……わかった」
思い切り不承不承という感じではあるが、セイバーは頷いた。仮に納得していなくても本当にしばらく行動を慎んでくれるなら、明はこれ以上うるさく言う気はない。
ただ、釈然としない。これで円滑に戦いを進められればいいのだが、まだ何も解決していないような気がするのだ。
明の隔靴掻痒の気持ちに気づかず、セイバーは思い出したように口を開いた。
「あと、俺もマスターに対して謝らねばならないことがある。アサシンと交戦した件だが、本当は一撃の元マスターを殺して戻ってくるつもりだったのだ。だが、失敗した。マスターの方針を鑑みれば、その時点で戻ってくればよかった」
謝ってほしいのはそこではない。明は混乱した頭を落ちつけようと、他に聞いておかなければならないことへ話を変えた。
「……そういえば、なんでアサシンの位置を知ってたの」
「知っていたわけではない。あの大西山とはかなりの霊地――一度偵察に行ったが、何か気になったから再び足を向けた。前言った時も何か臭うと思っていたが、アサシン陣営が何か工作を行っていたからかもしれないな――とにかく、最初から交戦するつもりではなかった」
偵察に向かったところにアサシン陣営がおり、セイバーのスキル「偽装」で女をサーヴァントとしての気配を消し、装い素手でマスターを殺そうとしたが失敗し流れでアサシンとの交戦になった、というのが実際の経緯らしい。
勝手に動いたことも問題だが、本当に偵察だけならそこを拠点とするマスターを発見した時点で戻ってくればいい話だ。何も今戦う必要はないと、明は思う。
殺せなさそうだったら引き返したが、殺せそうだったから襲った。セイバーの言いたいことはそれだ。
兎に角、セイバーは「マスターがそう言うならば従う」と言った。ひとまず話はついたと見なし、お互いに体を休めることにした。家に入り、めんどうなのか明のコートを脱ぎもせずセイバーは独り言のように言う。別に明に聞かれようと聞かれまいと、彼としてはどちらでもよい話なのだろう。
「それにしても、セイバーとは面倒なクラスだな。索敵能力は高いわけでもなく、気配遮断ができるわけでもなく、宝具の威力は大きいが溜めが必要。この聖杯戦争で実際に戦っている時に溜めの時間なんてあるわけもないだろう。溜めている時にやられた、など全く笑えない」
生前の俺ならば時間差なしで撃つことができたがと呟く。
サーヴァントは英霊の劣化コピーであり、強さは伝説の地に近いほど、マスターの魔力が高いほど生前の強さに近づく。つまりサーヴァントは今より生前の方が強い。
「セイバーは一応『最優』のサーヴァントなんだけど……」
聖杯戦争を戦おうとするマスターは、できるだけセイバーのクラスの英霊を召喚したがると明は聞いた。基本パラメータが魔力以外は最高ランクで、相応しい剣にまつわる伝説を持つ英霊でなければ呼ばれない誉れあるクラス、のイメージなのだ。
「そうらしいな。しかし結果として正々堂々だろうと汚い手と呼ばれるものであろうと、結果としてやることは変わらない。他六騎――いや、五騎を皆殺しにできるならばセイバーだろうとアサシンだろうと同じだ」
あまり武士の誉れや騎士道(騎士道は日本にはないが)に関心のない英霊には、セイバーだろうがなんだろうが関係ないのかもしれない。というか、そんな純粋に不思議そうな目を向けられても明には何故セイバーになったかまではわからない。明のしたことは、触媒に草薙剣を使ったくらいである。クラスまでは選べない。
「それにサーヴァントは普通全盛期の姿で呼ばれると聞いたが、ならば何故俺はこの姿で呼ばれたのかもわからない」
「え、それが全盛期の姿じゃないの」
明も少々疑問には思っていたのだが、セイバーの生きた時代は人世とはいえ神威の強い時代である。そういうものかと思っていた。日本武尊といえば成長する前は可愛らしい女子にも変装できる美少年、成長後は凛々しい青年というのが伝説上の話だから、セイバーの言葉のほうがイメージ通りではある。
「肉体的全盛期はこの姿から数年後だ。これはまだ成長期の直前といったところだ……わからんな」
私はお前の方がわからんわ、と明は心の中で呟く。何度も言うが、英霊とは生前になした偉大な功績が伝説として残り、信仰の対象となった英雄がなる存在である。
今更ながらそのような前途有望かつ多難な人生を送ったものが、一筋縄でいく人格だろうか。
明は召喚した次の日に、波止場で安心感を覚えてしまった自分を激しく悔いた。
そんな楽に事が運ぶはずなどない。
明がこれからの戦争に多大な不安を抱いたのとは裏腹に、セイバーは言いたいことを言ってさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
大西山という霊地についてはそういうもんだと思ってください。
それなりに練れた魔術師じゃないとちゃんと魔術が動かない。