「……碓氷さん、二人になってましたね」
腕に包帯を巻かれながら、悟は間の抜けたことを言った。魔術の徒ではない悟にとっては、先ほどの襲撃も今の状態も狐につままれたような感じなのかもしれない。
しかしキリエがこの家にいない――それだけで、一成と悟の間に漂う空気は重苦しいものだった。
「……大丈夫です。キリエはまだ生きています。それは確かです」
「それは、魔術的な何かで?」
「ま、まあそんなもんです。勘とかじゃあないです」
明には言ってなかったはずだが、彼女はとうにキリエと一成のからくりを見抜いているらしい。しゅるしゅると使い終わった包帯を巻きなおす音を最後に、手当は終わった。その間セイバーは身じろぎもせずに成り行きを見つめていたのだが、一成が救急箱を片付けようと立ち上がった際に呟いた。
「土御門、山内、ひとつ答えろ」
「……?なんだよ」
「もしお前らも今の明と同じように、もう一人の自分が出てきたらどうする?もう一人の自分がいたとして、平穏にやっていけると思うか。もう片方は、自分の上位互換としても――」
そう言われると、二人とも自信を持って頷けなかった。同じ人間が二人になることは常識的にありえないため、全てを分け合うことになる。
ひとつの居場所に二人の人間がいる。その想像に至った時、一成が声をあげると同時にセイバーが立ち上がった。
今、二人の碓氷明は二人っきりで庭にいる――
「……庭の碓氷達、大丈夫か?」
「不安だ。俺が見に行ってくるから、お前たちはここにいろ」
表情は変えないが気遣わしげなセイバーは、一成たちを残して庭へと向かった。再び沈黙が戻った中で、一成はてきぱきと救急箱を片付けた。
一成はキリエの視覚を通して碓氷邸での戦いの一部始終を目撃していたのだが、確かにその中で悟はキリエを助けようとしていた。
彼の奮闘は、結果的にキリエを助けるためには役に立たなかった。
「……土御門君」
「?何ですか」
「ごめん」
「キリエは攫われたことは、悟さんが謝ることじゃ「それもだけど、あの戦闘に飛び出したことを謝りたい」
一成は一瞬首をかしげたが、すぐにその意味を理解した。大西山の戦いで一成たちが救った悟の命だが、今ひとたび非力にも関わらず飛び出し危険にさらしたことを謝っているのだ。
仮にアサシンがまだ存命だったら、悟の行動を褒めはしないだろう。けれど結末が、かつての会社のように報われないものだったとしてももう後悔はしていない。たとえしなかったとしても、しなかった後悔を抱える。
どちらにしろ後悔するなら、自分の選んだ後悔を抱えて生きる。
「……はい。無茶はしないでください」
一成はあまりの説得力のなさに居心地を悪くした。無茶については一成も人のことを言えない。
「……キリエさんをお願いします」
その願いに、一成は頷いた。
キリエだってまだ死ぬ気はないことを、彼はもう知っているのだから。
夜は静まり返っていた。ただただ冷え込んだ魔術師の庭の隅に、二人の次期当主がたたずんでいた。
二人の前には無残に刀に貫かれ、ボロボロになって息絶えている修道女の遺骸があった。
「
自らに語りかける詠唱に伴い、その遺骸は見る見るうちに粒子となって消え去っていく。最後には跡形もなく、衣服ごと消え去った。
これは葬送――一般人に説明できない方法で殺害された遺骸は、警察や役所に届け出ても説明が難しい。不意の事態で不運にも巻き込まれてしまった一般人を殺害した場合などは教会と組んで揉み消しているのだが、神父を頼れない今となっては手間が多い。
遺骸は明で始末し、世間的には行方不明で方をつけることになるだろう。
明二人は静かに冥福を祈り、手を合わせた。神内美琴が存在した証拠は行方不明のまま、彼女が存在した証は戸籍と、明や神父の記憶の中だけになる。
――生まれたときに母が死に、姉の自由と魔術師としての未来を奪い、友人を死に追いやり、家政婦を殺し、そして今十年の付き合いになる女が死んだ。
神内美琴が御雄の養女となったのは、およそ十年前。明が十歳になるかならないかの時で、美琴は十五歳だった。管理者の碓氷と春日の聖堂教会は友好的な関係を継続しており、同性で年も近かった明と美琴は自然と絡むことも多かった。
年が上だったこともあるが、大きくは性格的なことで美琴がひっぱり明がそれに従う形になる事が多かった。美琴の押しの強さと大雑把ぶりに辟易することもあったが、良くも悪くも明の半生を知っている相手であり、神父よりははるかに気の置けない人間であった。
聖杯戦争にだって立場は違えど彼女は本気で「無事に終わらせる」ことを願っていたのだろう。
彼女に非はなかった。運がなかっただけだ。
「何、まさか泣いてるの」
声を発したのは、想像明である。オリジナルの明は声を上げずに目を開いたまま、涙だけを流してた。それを拭いもせず、もう一人の己を睨みつけた。
「……悪い?」
「別に。でも今は泣くよりも、決めなきゃいけないことがあるでしょ。シグマ・アスガードについてね」
オリジナルの明は乱暴に目元をぬぐうと、厳然たる事実を告げた想像明を見据えた。
シグマ・アスガード――碓氷の大本の大家に連なる、碓氷の血縁にあたる魔術師。先ほどまで戦っていた彼女は彼女に化けさせられていた他の魔術師であったことからして、昼間に出会った彼女さえも本体ではない可能性もある。
ということは、シグマ本体は大聖杯の設置地において、魔術工房化を進めているに違いない。
碓氷の屋敷が明にとって要塞であるように、大聖杯設置個所はシグマの要塞になっているかもしれないのだ。
想像明はゆったりとした足取りで噴水の周りを歩きながら笑んだ。
「率直に言って、
魔術師の力量としては、明の理想である「想像明」は今の明よりも遥かに格上である。虚数空間を通過することによる空間転移と魔力の可逆運用、使ってはいないがノタリコンによる魔術の早撃ちも自在。(空間転移は、大西山や大聖杯の周囲ではうまく使えない。魔力の濃すぎる場所だと明自信の魔力に影響を及ぼし、虚数空間から帰還する際の座標特定が狂ってしまうためにあまり意味がない)
しかしその想像明をもってしても、シグマの本体の降霊術に適わない。
ただ戦う術がないことはない。その案はオリジナルの明にも想像明にも既にある。だがそれは――オリジナルの明が唾を呑み込んだ時、もう一人の明は人差し指を向けていた。
「私を殺す?」
「――!!」
空気が凍り、呪いは既に封を切られていた。弾丸よりも光の速度にも近い呪いが放たれた、が、それはオリジナルの明に激突する直前に雲散霧消した。
一息の間に割り込んできたセイバーの対魔力によって、彼に激突した瞬間に無効化されたのだ。
「やめろ!」
「セイバー!?」
蒼白な顔をしたセイバーが、オリジナルの明を守るように立ちはだかる。剣は出さずに素手でもう一人の明をけん制するが、襲おうとは思っていない。
パスがつながっているのはオリジナルの明だが、二人とも明なのだ。
想像明はつまらなさそうに指を下ろすと、ふと話を変えた。
「……ねえ、セイバーはやっぱりそっちの私の味方なの?」
「は?」
オリジナルの明の身体は魂も大本の明であり、想像明は体も魂も虚数による偽造である。どちらが明かと言われれば前者であろうが、後者を明ではないと言えるのか。
「俺は明の味方だ。だから明が明を害そうとするなら俺はそれを防ぐ」
「じゃあ、そっちの明が私を攻撃したら護ってくれるの?」
「そうだ」
セイバーは交互に二人の明を見た。真面目な顔のまま二人に注意を払っていたが、殺伐とした雰囲気はない。
「同じ人間が二人、というのは普通の状況ではない。だがそれでも――その状態になっても、お前が生きようとして今ここにいる、という事実のほうが俺はずっと喜ばしい」
その答えに息を呑んだのは、どちらの明か。
架空疾走・虚数の魂(イマジナリ・ドライブ)は、元々明の魔術師としての修行用に明の父が考えた魔術である。元々稀な素質の架空元素は修行が難しく碓氷の家でも虚数使いが過去にいたわけではなかったため、どうやって修行をするかがネックだった。
そこで虚数世界で「想像上の自分(虚数の魔術を高レベルで習得した自分)」を仮定し一時的に物質界に作り出すことで、その自分から手ほどきを受けて修行し、その先への次元へと到達できる。
つまり自分自身を教師・対戦相手にしてレベルを上げていくための魔術なのだ。
自分よりレベルの高い偽造の自分を呼ぶことになるが、万一偽造の自分がオリジナルに牙を剥いても問題はない。なぜなら偽造の自分は虚数空間の生物であり、物質界にて存在を保つにはオリジナルの魔力(正確には虚数使いの魔力)が必要不可欠のため、魔力供給を絶ってしまえば偽造の自分は一秒と持たずに消えるからである。
効率よく魔術の改定を上げるための魔術――しかし、明は今まで使ったことは一度もなかった。完璧に成すにはまだ修行が足らなかった――否、分身を作り出した後のことを恐れていた。
明あっての二重存在とはいえ、別個の意思と体を持つ一人の人間。議論を交わせば意見は対立し、好みも違う別の人間を――最終的には殺さなければならない。
二重存在の維持にはそれなりの魔力が必要であり、用が済んでも維持し続けるのは邪魔でしかない。仮に魔力を費やしたとしても、偽物の魂は早々に寿命を迎える為に分身は数カ月の命だ。ゆえに明は、この魔術の実践を拒み続けてきた。
だからこの魔術を使った瞬間に――明は強く思っていた。
今ここで死ねない――たとえ他の誰かを殺すことになろうとも、と。
己であり他人でもある明を殺しても生きてやる、と。
想像明はセイバーを挟み、大本の明へと告げる。
「……美琴が死んだばかりなのに、今度は私を殺すの?
そうして想像明の話は、セイバーがわりこんでくる前の事柄に戻る。
「うちにある礼装、偽造の魂と体――それを考えればもしかして
オリジナルの明は唇を引き結んで、何も言わないでいたが深く何度も深呼吸をした後に顔をあげた。美琴を追悼した時の涙が、まだ瞳には残っていた。
「――そうだよ。
その眼は、
「そして――私が生きるために」
迷わなかった。
「――それはご立派だけど。わかってるでしょ、
想像明が言うことは、オリジナルとて骨身にしみてよく分かっている。そういう体質と魔道の家に生まれてしまったのだから、今までの二十年近い年月をこうして過ごしてきたのだから、これからそれが一気に変わることはありえない。
きっと自分は苦しむだろう。きっと自分は罪悪感に苛まれるだろう。それが生きている限り逃れられない運命だからこそ、諦めていたのだ。
しかし、姉から魔導を奪ってしまった責任と、魔導の家に生まれた責任を果たすためだけに、自分は今まで生きながらえていたのか?
それは違うと、明は思う。
――顔も覚えていないが、自分を産み落として死んだ母。
――ショッピングセンターの屋上から落ちる時、最後に見た姉の顔。
――雨の中、迫るトラックから自分を突き飛ばした友の姿。
――立ち入りを禁じられた部屋に飛び込んで、明を助けた家政婦。
彼女たちは明を愛していたのだろう。
愛していたからこそ、全てを諦めていた明を哀しく思いどうにかしたかったのだろう。
――セイバーと会うまで、自分がそんな思いを人に与えていたとは露ほども思わなかった。
自分のことにはまだ価値をおけないが、それでも彼女たちが愛するだけのなにものかが己にはあったのだろう。
――たかだか二十年に満たない時を生きただけで、いったい何が決まるというのか。魔道など悠久に近い時をかけて根源を追い求め、それでも諦めず足掻き続ける学問であるというのに。
「生きるよ、私にはまだわからないことが多いから」
……自分はきっと、彼女たちのことを愛していた。愛した分だけ、喪失は深く鋭く刻まれた。このようなことが死ぬまで続くと考えると吐きそうになる。
それでも、彼女たちが救ったこの命に何があるのか見極めるまで、死にたくない。自分で自分を認められるまで、死ぬわけにはいかない。
結果としてこの生に何も見出せなくとも。
己に引きずられて死を迎える者がいても。
「この先、私の生が悲劇で終わっても」
鮮やかに生きることはできない。自分の道は信じていない。本当にこれは正しいのか、とひたすら自分に問いかけながら、暗渠を這いつくばって進み続けることになるだろう。颯爽とは程遠く、泣きべそをかきながら生きていく――。
想像明は呆れた、とばかりに溜息をつく。
「自分のことが嫌いで、自分の運命も嫌いで、自分の価値があるのかどうか知るために生きるの?それが報われることがあるかわからないのに。貴方が生き続ける根源は、自分の価値を信じていないけどあなたを尊しとして死んだものがいるから、それを確かめるため。自分で自分を認めているわけじゃない」
それは想像明の言う通りだった。だか彼女はそこで肩を竦めた。
「フフッ、やっぱりお父様は慧眼だったね。魔術師の資質として貴重なものを
イメージするのは、最高の自分。
魔術的には今研鑽を重ねている術が使える自分を想像すればよかったが、人格面で最高の己を想像したことがなかった。
ゆえに明は、過去の中で憧れた人の人格を偽造の魂に反映させた。
まだ魔術の何たるかを知らず、単純に憧れていた人と同じことができることを喜んでいた時。
「明、こっち」と、幼き頃は手を引いてくれた人の似姿。
「――うん。私の死さえも連れて行くなら、殺すといい」
異常な状態でも生きようと思ったことがうれしかった、と告げたセイバー。オリジナルの明は申し訳ないと思いながらも、どうあっても生きるために己という別人を殺す。
納得した顔の想像明とオリジナル明の顔を交互に見て、セイバーは双方の腕を掴んだ。
「……お前たちは何か納得しているようだが、どういうことだ?想像明の命が長くないことはさっきの話で知ったが、殺す殺さないなど、」
「フフッ、いつもはさっさと殺せー!って言うセイバーが困ってるなんて面白い」
「笑い事ではない!」
剣呑な雰囲気は消え失せた想像明は、のんきにセイバーの頭を撫でていた。彼女は軽くステップを踏んで二人から離れて、星空を見上げた。
「心配しないでよ、セイバー。人生が長い短いが問題じゃない――長いほうがチャンスが増えるからいいけど……大事なのは後悔してもやりきること」
空は遠く。星は遠く。理想を殺し、果てに己は何を求めるのか。生きることの方が、死ぬことより多くの苦難を孕むこともある。
「それに、意地の悪い言い方をしたけど私は殺されるんじゃない。だって
「ちょっ」
オリジナルの明が声を上げたのにも取り合わず、想像明はすたすたと屋敷の玄関へと向かった。少々人を食ったようであり、マイペースであり、言いたいことを言う。
今ここに残った明が臨んだ理想の姿が、あの明。セイバーは少々あっけにとられながら、残った明を見返した。
「もうひとりのわたし、私が昔大好きだったお姉ちゃんによく似てるんだ。まあ、私の理想で人格を造ってるから、そりゃそうなんだけど」
もし、あの明を造った時に無意識のうちに「死ぬことさえもよしとする」と想像していたとしたらなんと自分は底意地が悪いことだろう。またしても嫌気がさすが、それでも戦うと決めている。
まだ諦めたくない。まだ死にたくない。たとえ無価値に終わるとしても、這いつくばって前のめりに生きた末には自分を認められると思うのだ。
「セイバー、私は魔術師になるよ。もちろんそれは魔導の道でないと体質的に問題があるっていうのが大前提だけど――そういう体質に生まれちゃったからこそ、中途半端はよくない。それに振り回されて終わりたくない」
この体質が運命を決めたのならば、それを超えられるのもまた己の身体でしか有り得ない。
いくら厭うとも己の身体と運命からは逃れられぬのなら、その道を真っ直ぐ突き進んでいくしかない。魔術師たればこそ、
「……」
セイバーの息が止まる。己も生まれてしまったことを悔むだけでなく、受け入れての生を突き進むことができたなら、何か変わっていたのだろうか。部下や妻が死に、それでも生き続けて戦い続けたら――己を認めることができたのだろうか。
無価値ではないと想えたのだろうか。
今やそれはわからない。何故ならセイバーの人生は終わっているから。
それでも自分の人生が、あの時に死に至る事が一番ましであったと思いたくない。既にセイバーは明が今死ぬことを幸いとするのではなく、歩き続けることを喜ばしいと思っている。
「……たとえ無意味に終わるとも――お前の生には価値がある。少なくとも、俺にとっては」
明に会わなければ己の望みの深淵を臨むこともなく、本当に戦う機械になっていただろう。
己が戦うのは何のためか。愛おしき人々の願いを叶えるため。生きた先にある
結果として日本武尊はその誓いを護れなかった。
それでも――その旅路において、仲間たちの中で、最強の彼は希望であり憧憬であった。
生きているだけで、そこにいるだけで、人は誰かの希望になる。
今セイバーはかつての仲間が彼に抱いたものと同じ希望を、目の前のマスターに抱いている。彼は決して碓氷明の人生を見届けることはない。
それでも己とあまりにも似たマスターが、己の脚で歩こうとする決意をするのなら――それを護ることこそがセイバーの希望である。
「この
「うん。よろしくね、セイバー」
二人は視線を躱して、僅かに微笑み合った。夜半も過ぎ去り、最も凍える時間帯であろうに明は不思議と苦には感じていなかった。
しかし彼女はなにやらせわしげに両手を組み合わせて手を揉み、セイバーから目をそらした。
「……で、さぁ……、セイバーと私、パスは繋げ直してあるけど……魔力が伝わってないよね」
「それを言わねばならないと思っていた。現界はよくても戦闘ができない。しかし、どうすればいいのか」
断絶の概念を内包する剣により断ち切られたものは、二度とその繋がりを回復することはないのだろう。少なくとも伝説の担い手である神武天皇が消滅するまでは。
双方の同意と詠唱による因果線形成で、憑代としてのサーヴァント・マスターの繋がりは回復できたが、肝心の魔力供給のパスがつながらなかった。
「……解決方法は二つある」
一つ目の方法はサーヴァントなきマスターとなった一成にセイバーのマスターになってもらうこと。明は持っている令呪も彼に渡す。問題点は一成の魔力量で、明と比較すると十分の一以下になることだ。
セイバーは燃費がいいサーヴァントとは言い難く、その分戦力に不安がある。もしかしたらその点は解決されているかもしれないのだが、彼には眼の問題もある。
もう一つの方法は、明とセイバーが正規の方法とは別の方法でパスをつなぐことである。この場合セイバーにデメリットはないが、明の方に魔術師として若干の問題がある。
「……問題点とは何だ?」
「正規の方法じゃライダーの剣のせいで魔力供給のパスが形成できない。なら違う方法でパスを形成すればいい。……私の魔術刻印を使ってセイバーにパスを形成できる」
「……魔術刻印を使う、とは……」
魔術刻印が魔導の家が代々受け継ぐ研究成果の結晶だということを、セイバーは現界してから知った。問題とは、三百年近く続く碓氷の研究結果の一部を損なう点だった。
「いや、工夫するからほんのちょっとで済むんだけど、0.5%くらいで」
明としては僅かでも刻印を損なうことが躊躇われるなら、そもそも案自体を出さない。正直、魔術に詳しくないセイバーに何も言わずに行うこともできた。しかし万が一、セイバーがあとからそれを知った時を考えると先に言っておくべきだと思ったのだ。
セイバーは暫く黙りこみ、じっと明の眼を見つめた。星影の下で、白い息が吐き出される。
「俺はお前のサーヴァントだ」
その言葉は、戦略的・戦術的観点ではなかった。これまで共に戦い続けてきたマスターと、最後までこの戦いをしたい。セイバーはそう思っている。
セイバーはいつも明のいうことを聞いてきた。
勘違いはあっても、彼はマスターたる明のためを思って不利益を排除すべく動いてきた。
しかし今、彼は自らの意思で明の不利益も承知で願いを口にした。
「明、どうした!?」
「え?」
セイバーは何故か狼狽して明を覗き込んでいる。何かと思ったが、言われてみれば明自身の頬が濡れていた。どうやら泣いているらしい。怪我でもあるのか、と狼狽するセイバーを抑えて明は涙をぬぐった。
「だ、大丈夫、どこか痛いとかじゃないよ。なんか、弟が、立派になったなっていうか……」
一瞬の間があき、セイバーは苦虫を五千匹くらい噛み潰した顔をした。
「……まさかとは思うが、弟とは俺のことか?」
「え?他に誰かいる?」
最早否定し得ない明の言葉を受け、確信を得たセイバーははっきりと宣言する。
「いいか、前にも言ったと思うが、俺はこの姿で現界してはいるが死んだ年齢は三十路に近いのだ。つまり明よりも十歳近くは上だ」
「それは知ってるんだけどさぁ……何だかんだ一成といい勝負というか……」
「……アレと同じか。頭が痛くなってきた」
セイバーは本気でげんなりしたらしく、がっくりと肩を落としていた。何分見た目から受けるイメージの威力は大きく、最初はともかく気心しれた今となっては素直に所感を吐露してしまう明だった。
「え、えっと戦闘面では年上だなって思ってるよ!年上っていうか経験あるなっていうか」
あまりフォローになっていないフォローをされ、セイバーは反応に困った。むしろ戦闘面で土御門一成と言われたら、流石に心に甚大な傷を負いかねない。
それこそ自害案件である。
「……まあいい。それより、魔力供給のパス形成をしてしまおう。準備など必要か?」
そう聞かれた時、一瞬明は目を泳がせた。だがすぐさま頷き、いつも通りの口調でセイバーに告げた。
「……ちょっとだけ。私準備してから行くから、先に私の部屋に行っててもらってもいい?服脱いで待ってて」