Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月9日① 土御門神社・上空

 深更、夜明けを迎える前に一同は眼を醒まし、身支度を整えた。明と想像明は薄桃色のブラウスにワインレッドのプリーツスカートに黒タイツにブーツを着ている。

 一成はいつもの神主服にブーツを履いている。冬にコートすら着ないのは寒いのだが、これから嫌になるほど動き回るのだから先んじて着ないことにしたのだ。

 セイバーは例の衣袴だが、まだ魔力の鎧は編んでいない。

 

 明は片手に鞘に収まった黄金の柄の剣を携えていた。一成に何かと聞かれたが、彼女はとりあえず秘密兵器、とだけ伝えた。

 

 四人は悟に見送られ、碓氷の屋敷に別れを告げた。

 

 土御門神社は碓氷邸から徒歩二十分、山とはいかないまでも小高い丘の上にある神社だ。セイバーに頼んで飛行しようかと思ったが、明二人に一成という人数の為歩いて向かうことになった(セイバーと共に飛行するには、全員がセイバーの体のどこかにつかまらなければならない)。

 話すべきことは昨夜全て話し終えている。四人は注意を払いながら、黙々と夜明け前の闇の中を歩いていく。

 

 住宅街のはずれに位置する土御門神社の石階段の前に、四人は立っていた。この手の神社は、結界が張ってあることが多く、神社に至る場合は正面の鳥居から入る方が好ましい。

 すでにこの時点で――土御門神社は尋常の場所ではないことが感知された。

 魔力が異常に濃い上に、無色ではない。色で例えると漆黒の、呪いを帯び瘴気にも近い魔力。木々の生い茂る石階段の先の神社も、風一つなく木の葉のこすれ合う音もない沈黙の社。

 明は剣を抱え直して、想像明、セイバーと一成を見た。一成の眼で神社のどこに何が配置されているかはわかっている。

 

 

「孔が境内で開けられつつあるんだと思う。表向きの聖杯――キリエがいる。そしてサーヴァントの召喚を可能にし、渦に至る道を開けうるほどの魔力を貯めた大聖杯は地下にある」

 

 シグマは地下の大聖杯の許で工房を作成している。御雄神父は定まった居場所はないようで、地下にいる可能性も境内にいる可能性もある。

 

「一成は境内にいるキリエを助けてから来て。というか、地下に入る時はよく空気読んできてね。多分一成を護りながらあの女と戦えないし、そういう意味で」

 

 巻きこまれて死なないように身を守れよ――明の瞳はそう告げていた。一成は真面目に頷き、石階段の先を見上げた。

 

「どうやら俺もここからは別行動だ。ライダーは境内にいる」

 

 セイバーは天叢雲剣を片手に取り、魔力で編み上げた白銀の鎧を纏いつつ言った。

 ライダー自身は頓着しなさそうだが、広いとはいえ地下空間で対城宝具同士がぶつかれば地下が崩落しかねないため、シグマが地下で彼らの戦いを認めるとは思えない。明は軽く頷いた。

 

 

「じゃあここで」

 

 戦いが始まれば、セイバーはセイバーの戦いを、明は明の、一成は一成の戦いに全力を投じる。

 まともに会話ができるのは、これが最後だ。

 

「一成、無理はしないで」

「お前も無茶すんなよ」

 

 それから明はセイバーに向き直り、右手の甲をかざした。最後に残った一画を使うならば今しかない――今の願いはただ一つ。

 

「セイバー、勝ちなさい!」

 

 手の甲から赤光が迸った瞬間にセイバーを取り巻いたのは、猛烈な蒼き風。「勝て」という言葉に込められたのは、令呪の魔力を全てセイバーに与える命令だった。魔力風は夜明け前の林の木々をゆすり駆け抜け、静寂が戻った。

 セイバーはいつもの真面目くさった顔のまま頷いた。

 

「わかった。明――武運を祈る」

 

 別れは済ませている。簡潔な言葉で十分である。明はこれから階段を上らず、こんもりと樹木の生い茂った丘の側面にある入り口から地下に入る。

 

 セイバーが先に立ち一成が後をついて登っていく姿を見送って、オリジナルの明は手にしていた黄金の柄の剣を勢いよく引き抜いた。

 月下に輝くその剣は美しく、観る者を魅了する魔剣である。

 

 ――これでもう、逃げられない。

 

 明は剣の鞘を想像明に手渡し、互いに頷き合うと森の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 じゃり、じゃりとセイバーと一成が石段を上る、その音だけが月明かりの静寂に響く。境内は階段からも薄明りを放っていることが確認でき、一段一段登っていくほどに濃密で悪寒のするような魔力をはっきりと感じられる。

 

 階段を登り切り一の鳥居を潜り境内を見回すと、参道の両脇には木々を植えていて鬱蒼と森のように茂っていた。

 神社自体は確か、一万五千平米――野球のグラウンドの一.五倍の広さだった。それは丘を登りきった純粋な神社としての面積で、丘全体としてはもっと広い。

 

 一成たちの目の前の石畳と灯篭の伸びる先に、二の鳥居が立っている。それから真っ直ぐ進み、左手には社務所に手水舎、右手に絵馬を飾る絵馬舎に晴明像がある。

 それらを通り過ぎ真っ直ぐ歩いた先に、安倍晴明を奉る本殿が鎮座する。

 五芒星を刻んだ提灯が飾られ、一般に思い描くような神社とは多少趣を異にしている。

 

 そして本殿前の賽銭箱で胡坐をかいているのは――烏こそいないものの、一昨日と同じく白金の短甲に身を固めたライダーだった。

 自律する剣は彼の周囲をぐるぐるとまわっている。その傍らには、昨日見たばかりの神父の姿があった。

 

「――よく来た、陰陽師」

「――よく来た、神の剣」

「――ッ!!」

 

 一成が息を呑んだのは、二人の姿を認めたこともあるが、それ以上に彼らの背後にあるものを捉えたせいだった。

 本殿の上に――黒い穴が開いていた。その黒い穴からはどろどろと得体の知れない粘性の液体が流れだしていて本殿を溶かし、神社の背後に沼を作っていた。視覚化され手に触れられるほどに濃縮された、呪いの具現である。

 

 そして黒い穴の前には――視えない十字架に張り付けられたように手を広げた全裸のキリエが浮いていた。

 

「――キリエッ!!」

「待て、土御門。あの娘はまだ死んでいないように見える」

 

 セイバーはすかさず手で一成を制した。眼は閉じられてぐったりしており、血色もよくないが――それでも一成に魔力が流れている時点で、キリエは生きている。

 しかし一昨日の夜、キリエをむざむざと攫われた時のことを思い出して、一成は激昂した。

 

「セイバーの言うとおりだ、土御門一成。キリエスフィールは死んでいない」

「……っこの……キリエを返せ!」

「少し黙れ!」

 

 有無を言わさぬセイバーの鉄拳が一成の頭に落ちて、一成はその場に蹲りかけた。セイバーは一歩前に進み出て、ライダーを睨みつけた。

 ライダーは頬杖をついて笑いながら問う。

 

「……今も現界できているということは何か手をつかって繋ぎ直したか。そこまでしてこの戦いに執着するとは、公を満足させうる答えは出たか?」

「お前が満足するかは知らない。しかしそこの神父の訳のわからない願いに加担した時点で、お前は春日を滅ぼすモノだろう――死んでもらう」

 

 セイバーは両手に天叢雲剣を構え、臨戦態勢に入った。ライダーは悠々と立ち上がると、軽やかに布津御霊剣を手に取る。ちらりと神父に振り返り微笑む。

 

「あの草がシグマを相手取り、お前が公を、そこな草が御雄。まあそんなところだろう。御雄、お前はお前の願いの為尽力せよ――!!」

「言われずとも」

 

 神父の返事を待たずにライダーは石畳を蹴り刹那、セイバーへと突撃した。セイバーは天叢雲剣でその突撃を受け止めるが勢いに押され、すさまじい勢いで地を滑って後退した。

 一成がセイバー、と叫ぶ声も消し飛ばす強力が彼を襲う。

 

 セイバーの魔力は一昨日の状態よりははるかに改善し、令呪もあいまってむしろ全快以上の状態ではある。しかし今の明はセイバー以外にも想像明の実存を保つために魔力を割いている。

 明の魔力量は破格であるが、それでも有限には変わりなく、その上彼女も彼女で魔術に魔力を割く。

 それに引き換え、無限とほぼ同義の魔力を有するライダーに追い付くためにはどうするか。

 

 ――そのための、最後の令呪だったはず!

 

 セイバーが意識的に放った強烈な魔力風にあおられ、一度ライダーの剣は止まる。天叢雲剣を振りかざし、編み上げた鎧は傷一つなく煌めいている。

 これまでにないほど魔力に満ちたセイバーは、覚悟も新たに地を蹴った。

 

「ライダー!俺が死ぬために、お前を殺す!」

 

 その叫びを聞き届け、ライダーはむしろ笑む。強く自らの剣を握りしめ、魔力風を斬り払って駆け抜け、空に舞った。

 

「地上は狭いだろう」

 

 西の空に、うっすらと上弦の月が見えた。夜明け前が最も暗いという言葉通り、世界はまだ眠りについている。

 明ける夜を迎えるために、セイバーは助走をつけて空を駆った。眠る街を眼下に、太陽の御子たる二人の英霊は視線を交す。セイバーは素早く左右に視線を走らせたが、烏と神舟の姿がない。

 烏は体に取り入れているのかもしれないが、白く輝く剣を手に、セイバーは問うた。

 

「貴様、烏と船はどうした」

「今の公は、烏を破棄して断絶剣で初めて本当に世界を斬るゆえ、破棄した。なに、あの紛い物の聖杯のせいだ」

 

 船はまだあるがな、と付け加えてライダーは隠さず答えた。冬木の穢れまで模倣した春日聖杯は、内部につかりきったライダーに膨大な魔力を与え、(日本国内において)憑代さえも不要とする多大な加護を与えている。

 しかしその魔力は悪に呪われ切った魔力であるため、通常の英霊ならその人格すら保てない。ただライダーは素であれば、正気のままその程度の人間の業は受け止められる。

 しかしライダーは「聖杯を浄化する」目的で余分な力を使ってしまい、呪いを受け止めるだけの力が不足してしまっていた。にもかかわらず今極めて正常であるのは、ライダーそのものの精神力と魔力を得る際に犠牲となった何かがあったのだ。

 

「聖杯の汚濁から公を護るために経津主神の人格と神性が犠牲になった。建御雷神は経津主神の相方であるからして、公を捨てることはできなんだ。ま、そのせいで剣が本来の力を発揮できていなかったのだが」

 

 あれで本気の力ではなかったと知り、セイバーは心の中で苦々しく歯噛みした。しかし、一方で烏を破棄したわけも理解できた。

 剣とおなじく神象宝具である烏を破棄する、正確に言えば烏の神性で剣の神性を補うことによって剣本来の性能を取り戻そうとしているのだ。

 

「なまじ神そのものであるだけに、公の意思だけでは破棄できん。御雄めに令呪を使わせようとしたが、あやつはあやつであの時盛り上がっておった」

 

 美玖川での戦い、深手を負ったセイバーをあえて放置したライダーは本来の剣を取り戻すために立ち去ったのだ。そんなことをしなくても、あの時ただの一刀でセイバーは消滅していたのだから、やはり舐められている……そこまで考えて、セイバーは独り首を振った。

 

 この男は、慢心や油断をしているわけではない。ただ自分が不利になっても、勝利という結果を絶対としていないからどうでもいいと思っている。

 楽しませた者がいるなら、褒賞として自害して聖杯を与えようというのだから。

 

「……さてお前は答えを得たようだが、それを聞いておこう。お前を生きながらえさせた理由そのものだからな」

「その酔狂は、お前を殺すぞ」

「それの何が悪い」

 

 サーヴァントとマスターが似るという。セイバー自身己と明の件で痛いほどに自覚していたが、それはライダーも同じようだ。今だ深い夜の中、セイバーは明確な意思を以て答えを告げた。

 

「――俺は死ぬ。日本最強が真実でなくとも、偽物であっても俺の人生だ。聖杯に用はない」

 

 返答を聞きながらも、ライダーは既にその答えを予想していたようである。舞う布都御霊剣を右手で受け止め、まんざらでもなさそうに頷いた。

 

「……お前は聖杯を欲さない。ならばあの道楽神父の報償に、聖杯をくれてやることにしよう。それに元々公は、既に死んだ英雄(サーヴァント)よりも、今を生きる名も残さぬ人間(マスター)の方が好きでな?」

 

 闇が深い中、白い光が天叢雲剣を包み、同じく白い光が布都御霊剣を包んでいる。神威の直刀と清廉なる蛇行剣が、交わるまで僅か。

 ライダーは邪悪ではない。だが決してその目的を、神父の願いを、シグマの願いを遂げさせるわけにはいかない。

 

「――――ッ!!」

 

 白銀の閃光と白金の閃光が炸裂する。共に神代と人世に橋をかける、深い神秘を秘めた英霊同士の戦いである。共に神性を具え、神殺を具えた英霊。

 

 魔力がうねりを上げている。大気が震えている。ライダーとセイバーが発散する魔力によって、乱気流の如き暴風が発生している。遠く雷鳴の音さえ聞こえるのは、ライダーの剣――建御雷によって振るわれた剣のことを思えば、気のせいではない。

 

 蒼い風を切り裂き、セイバーの体はライダーへと迫る。速さは神速。威力は暴風。洗練とは程遠く、本来の担い手そのもののごとく全てを破壊せんが為に振るわれる天叢雲剣は、この国の始祖たる英霊へと牙を剥く。

 

 全力の魔力放出を加えた裂帛の一撃は、ライダーの剣に受け止められる。ライダーは顔色一つ変えず受け止めてみせる。

 

 ほう、とライダーの感嘆の声が漏れたのも僅か。返す刀でセイバーの剣を弾き返し、腰を落としてセイバーへとその剣を振るう。

 その剣は今や白い光――雷光を纏って激しく輝く。「魔力放出(雷)」――セイバーの魔力放出と同様の出力増強に加えた追加効果。まだ草薙が失われていなかった時、天叢雲の蒸気を纏っていたことを思い出す。

 

「ハ――!」

 

 セイバーの剣が横なぎに振るわれれば、ライダーの剣はそれを受け止め弾き返す。ライダーの剣が袈裟がけに振り下ろされればセイバーの剣がそれを防ぎ押し返す。

 

 音速に近い速度で交わさせる剣戟に悲鳴を上げるのは両サーヴァントではなくその周囲。空気が悲鳴のような高い音を上げ、衝撃派はあたりかまわず放たれるが上空であったのが、街の救いだろう。

 

 セイバーの剣が暴風の破壊ならば、ライダーの剣は雷の鋭さ。荒々しくも針に糸を通すような正確さでセイバーを襲う。前回と違いメインは手を離した操作にせず、己れで剣を持ち戦うため威力も倍増している。

 

 既にどれだけ切り結んだか不明。一撃一撃が必殺に過ぎたる威力を以て、セイバーに襲い掛かってくる。一部の隙も許されず、一部の油断もありえない。その瞬間、セイバーは座に帰っていることだろう。

 

 さらに数えきれないほどの打ち合いが重なり、力と力が鍔競りあう。力ではほんのわずかにセイバーが上、巧みさではライダーが上、速度は互角か。

 ただ油断が許されないのは変わらないが、眼は慣れる。パターンを読むことができるようになる。

 

 その戦闘論理にて、セイバーは一瞬を只管待つ。剣の軌道、不意に手放される自律剣の動きを見切れるその時を。ライダーは弾かれた剣から刹那手を放し、身を低く屈めセイバーの脇を横切った。

 しかし雷剣はまだセイバーの前にあり、放電を繰り返しながら鋭く切りかかる。そして背後からはライダーの腕が首を狙って伸びる。セイバーは雷剣に背を向けて気配だけでその剣を避け、ライダーの凶腕を逆にとらえようとしたがそれは叶わなかった。

 

 紙一重で避けたはずの剣は、確かにセイバーの脇腹あたりの鎧を掠めはしたものの直撃はしていない。

 しかし――セイバーの身体は麻痺にかかったように動きを止めてしまった。

 

 烈しい雷を纏う剣は、紙一重では避けたことにならなかった。雷は意志を持つ生き物のごとくに、セイバーに突き刺さった。その隙をライダーが見逃すはずもなく――右腕がセイバーの首を捉えて容赦なく締め上げた。

 神の力でセイバーが怪力を持つのならば、それはライダーもまた然り。息がつまると同時に背後に――ブーメランのように戻ってきた自律剣の気配を感じる。

 

「――ッ!!」

 

 首をねじ切らんとするライダーの腕を掴み返し、体を背と足の筋力で振り――ライダーの腕を起点に倒立まで体を振り上げ、セイバーは拘束から逃れる。

 神速で戻る自律剣はそのままライダー自身に突き刺さる、ことはない。まかり間違っても己の剣、自律剣を熟知しきる騎兵は華麗に受け止めると同時に――再び剣を手に取ったセイバーの背後からの一撃を見事に受け止めていた。

 

「――公の元は建御雷、雷を操ることくらい造作もない」

 

 ライダーはその瞬間、何の未練もなく己が剣から手を離して拳を握り体を捻り――強烈な回し蹴りをセイバーの左腕に叩き込んだ。白銀の籠手で覆われているからダメージはない――とはいかぬ。

 

「――ッ!」

 

 飛ばされるであろう方角へ自ら飛び、衝撃を減殺しようと試みたが焼け石に水程度の効果しかなかった。鈍く、しかし古く感じたことのある衝撃。

 とっさに剣のにぎりを右手に移して、手放すまいとしたのが精々だった。

 

 セイバーは十メートルほど吹き飛ばされたが、宙にて身を翻して体勢を立て直した。右で持った剣を隙なくライダーに向けた。

 

 身体の痺れは神剣の加護の御蔭か最初から一時的なものなのか、既に解消している。しかし、

 

(左腕、折れたな。今の魔力状態なら数分で治るが――)

 

 戦闘時における数分どころか数秒がどれほど命とりなのか、セイバーは身に染みて理解している。神剣の加護によって治癒するまで全力で剣を振り抜けない。

 

 

(――強いのはともかく、あれは俺の原典(オリジナル)。やりにくい)

 

 日本武尊と神武天皇。双方とも東征の逸話を持ち、神威の鳥の伝説を担い、神を殺し、この国の礎を築いた英雄。開闢の帝と、東征の皇子。

 

 似通った伝説を抱いていながらも、神武天皇と日本武尊は英霊としては著しく異なる。

 

 この国の始原にして至高。この秋津島における開始点。日本武尊の白鳥伝説も、元をたどればこの霊鵄が原典であり、東征も神武東征の延長線上にある。

 

 セイバーの苦渋を余所に、ライダーは剣を肩に乗せ下を眺めた。空を駆けながら戦いを続けてきた二人の眼下には――あの時の美玖川が、変わらず静かな流れを湛えていた。

 

「ふうむ、予想をしてはいたが魔力に不足のないお前に宝具なしではいまひとつ圧し切れぬ。さて、かといってお前も攻めきれぬ。畢竟公らにはこれしかないわけだ」

 

 セイバーはライダーの意味するところを察し、同じく眼下に眼をやった。剣戟を続けてもおそらく、の繰り返しが延々と続くだろう。つまり、彼らのすべきことは。

 

「――宝具の撃ち合い」

 

 剣同士でうまくいかぬのならば、己が神秘をぶつけあうしかない。ライダーは先んじて美玖川へと向かって滑空し、水面に足を下ろした。くるりと布津御霊剣をまわすと、その切っ先をいまだ空高くに浮かぶセイバーに向けた。

 今ここで逃げてもどうにもならぬ、とセイバーは同様に滑空して未玖川の上――ライダーの向かいに立つ。

 

 互いの距離は三十メートルほどか。既にライダーが掲げた布津御霊剣には雷が火花を放ち、魔力を凝縮させていく。剣を中心に風が逆巻き、白く激しく昼間の太陽のように輝く。

 僅か一昨日、セイバーを討ち果たし草薙剣を奪い去った断絶の宝具。

 

 幸いにして場所は川。河川敷近くの民家は少々怪しいが、川に沿って『全て呑み込みし氾濫の神剣』を放てば被害は少ないだろう。

 ただそれ以前に左腕の回復を待たねば、満足に放てず撃ち負ける。

 

(あれは因果を逆転させる類のものではない。ならば――)

 

 未来予知に近い直感スキルを持つセイバーは、瞬時に行動を決した。宝具を放てば撃ち負ける、水面という地面にも等しい足場を得てライダーの狙いがぶれることはない。

 

 となれば魔力を収斂させているこの時に迫り――斬る。宝具をぶつけ合うという選択肢を捨て、闇を渡り歩く暗殺者の如く、水上で走る音さえ殺し、セイバーは飛ぶように闇を駆けた。

 

 激しい追い風を受けてライダーは葦原平定の剣を掲げ、再びその真名を高らかに謳わんとする。どちらが先か、両手で剣を振り上げているライダーへ天叢雲剣の黒い刃が襲い掛かるが――雷が、迸った。

 

 刹那、ライダーと視線が交錯したが――開闢の帝はその口で真名を紡がない。魔力放出で放たれる高電流が、先ほどまでの威力を遥かに上回る鋭さでセイバーを突き刺したのだ。

 鋭く凍った氷で貫かれたような衝撃に、セイバーは一瞬だけ動きを止めてしまった。

 

「雷を纏う公の魔力は、攻撃しかできぬと思うたか」

 

 その囁きといえるほどの声を聞き届けたセイバーに、悪寒が走った。「天地神明」

 

 そう、ライダーはまだ真名を紡いでいないだけで、剣の魔力は充填されている。二人の間は一メートルを切るという指呼の間に、神代の名は謳われた。

 

開闢せし断絶の剣神(ふつのみたまのつるぎ)!」

 


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