『うち、ずっと待ってるから。絶対無事に帰ってきて、冬優子ちゃん』
荒野を歩く。
破壊し尽くされた廃墟を踏みしめながら、私は目的の地へ向かっていた。
腰に提げた日本刀の擦れる音が、嫌に鼓膜を震わせる。
荒野の中心部。
クレーターとなった抉れた大地に、奴は佇んでいた。
「待ってたっすよ、冬優子ちゃん」
「ふん、解釈違いも甚だしいわね。ソイツはそんな薄っぺらい笑みを浮かべたりしないわ」
芹沢あさひの身体で、芹沢あさひの顔で、ソレは嗤う。
「ンフフ、素晴らしいですよこの身体は。身体能力だけではありません。身の内に宿るオーラでさえ、他を寄せ付けない圧倒的な潜在能力を有している」
「御託はいいわ。さっさとあさひから出ていきなさい、腐れ寄生虫」
いま私と相対しているのは、他者の身体に乗り移りながら文明を破壊し、永い年月を生きてきたバケモノ。
あさひの身体を奪った、忌まわしい相手。
「その品のない暴言も許しましょう。私はこれまで生きてきた中で最高の気分なのですから」
そしてひとしきり笑った後、ソレは本当に不思議だというように、あさひの顔でニコリと笑った。
「なぜ怒りを抱くのですか?芹沢あさひは既に死んでいる。私が抜け出たとしてそれが覆ることはない」
「……」
「無意味に消える死体を有効活用しているだけなのですよ私は」
「もう、言葉はいらないわ」
刀の柄を握る。
踏みしめた地面に大きく亀裂が走る。
突貫、抜刀。
次の瞬間には奴の首を目掛けて刀を振るっていた。
刃を伴う神速の一撃は、しかし奴に入ることはない。
奴は右手で刀の刃を掴んで防御した。
「随分なご挨拶ですね」
「うっさい」
刀と素手の応酬。
実力は拮抗している。
戦いの場を移しながら、互いに有効な手傷を与えられぬまま衝撃をぶつけ合う。
「素晴らしいですよ黛冬優子!貴女と拳を交えるたびに、
「……」
胸の内に燻る感情は、不愉快の一言だった。
実力が拮抗している?
相手が本当に芹沢あさひなら、もっと苦戦しているはずなのだ。
アイツは、あさひは、いつも飄々としていて、私たちの努力なんか軽々飛び越えて、先へ先へと勝手に突っ走る阿呆なのだ。
不愉快だった。
こんなものが、この程度の相手が…!
芹沢あさひのはずがないのだから───!
『我は一振りの剣
我らは実在と非実在を交錯する偶像』
詠唱は短く。
一瞬の隙を突き、奴の背後に潜り込む。
「な、あっ!?」
「死ね」
遅い。奴は驚愕して振り向くが、もう間に合わない。
僅かの差で私の刃の方が早く奴の首に届く。
もらった──
「冬優子ちゃん」
「──ぁ」
あさ、ひ
「カハッ……」
「ふ、はは。ヒヤリとさせられましたよ、ねぇ
衝撃を受けると共に、口端から赤い液体が流れた。
喉の奥から熱く溢れ出る大量のそれが、あさひの顔に張り付いた。
いったい何が、状況の確認を──
刹那、これまでに経験したことがない激しい痛みが腹部を襲う。
勝手に緩む涙腺に檄を飛ばし、痛みの中心に目を向けた。
私の腹に奴の腕が突き刺さり、ぽっかりと穴が空いていた。
「グゾがッ……!」
「くくっ。アイドルがそんな汚い言葉を使ってはいけない、黛冬優子」
覚悟を決めたはずだった。
あさひの体ごと、奴を殺す覚悟を。
そのはずなのに、躊躇うはずがなかったのに。
……最後の最後で迷ってしまった。
視界が霞む。
力を失った右手から刀が落ちた。
刀の切先はもう、奴に届くことはない。
「あ、さ……ひ……」
苦しい
息が吸い込めない
血が気管にまで入り込み、言葉も上手く発せない
意識も視界も徐々に暗くなっていく
全てがゆっくりと流れていく
今まで三人で過ごしてきた記憶が蘇る
これが走馬灯か
冬優子ちゃんっていうんすか?
うちは愛依っていうんだ。よろしくね
みんなで戦うの楽しいっす!
ちょ、二人ともポテンシャル高すぎだし!
世界の危機っすか…じゃあ三人でサクッと解決しちゃうっす!
いえーい!正式にグループ決定じゃん!
名前どうする?掛け声とか
冬優子ちゃん、遊んでほしいっす〜
待って待って!うちも仲間にいーれて〜
冬優子ちゃーん!
冬優子ちゃん!
ああ
これは、死──
「さようなら黛冬優子。貴女の“負け”です」
……負、け?
それは、
その、言葉は
「ごめん、愛依。やっぱり帰れそうにないわ」
瞳に命の火が
馬鹿だな私は。
死に直面して、全部諦めようとしてしまった。
でも、それでもやっぱり、ここだけは死んでも譲れない。
腹を貫かれたまま、あさひの身体を抱きしめる。
死んでしまったあの子の身体を、もう二度と離さないように。
「遺言はそれだけで……なに?
これ、は───この結界はッ!?」
「馬鹿ね。誘い出されてたこと、気づかなかったの?」
私たち二人を囲うように、妖しく輝く紫色の結界が展開された。
決戦前に、愛依に頼んでとびきり強力な物を仕込んでもらっていたのだ。
私が、コイツを仕留めきれなかった時の為に。
「貴様ッ!」
「ストレイライトに敗北はないわ」
負ける訳にはいかない。
あさひでもないこんな存在に、負けてなんかやらない。
「愛依の結界、あさひのオーラ…そしてふゆの血。引き金は引かれたわ。消えなさい外道」
三人で創り出した、最後の術式。
魂にすら干渉可能なそれは、結界内に閉じ込めた対象を、零と壱の狭間で永遠に交錯させて無に還す禁忌の技。
これで、すべて終わり。
最後に、孤独を抱えていた
「あーあ、愛依が泣いちゃうわね。アンタのせいよ、あさひ」
「馬鹿な、黛冬優子ッ!貴様ァ!」
ご
「初めから私
「は…化けの皮が剥がれてるわよ、三流役者」
よん
「ふざけるなァ!死ぬなら一人で勝手に死ね!離せェええ!」
「いいえ。ふゆはもう、あんたを絶対離さない」
さん
「離してなんかやるもんか───」
に
「やめろォおおおおおお!!」
「──あんたはここで、
いち
そして意識は暗転する。
最期にあさひが、私の名前を呼んだ気がした。
ぜろ
「冬優子ちゃん!冬優子ちゃん!」
身体が揺さぶられ、暗闇にあった意識が浮上する。
眩しいくらい差し込む陽光に目を馴染ませるように、ゆっくりと瞼を開けた。
愛依が、大きな黒い瞳を涙で濡らし、私の名を必死に呼んでいた。
「良かった、冬優子ちゃん…!」
「愛依、どうして…アイツは?なんでふゆは生きて…?」
「分かんない…分かんないけど、うち、冬優子ちゃんまで死んじゃうと思って……生きてて良かったよぉぉぉ……!」
泣き止まない愛依を尻目に、貫かれたはずのお腹に手をやる。
温かい感触、指に伝わる血の巡る音。失われた内臓は、全て元に戻っていた。
本当に何が起こったのか。
横になったまま辺りを見渡すが、荒れ果てた大地には私と愛依の二人の姿しか見えない。
アイツは斃した…というより、一緒に死んだはずだった。
なのに私だけが、今もこうして生きている。
いったい、なぜ──
風が優しく私たちの間を吹き抜けた。
ふわりと髪を撫でたその風に、アイツから別れを告げられたような寂しさを感じてしまって。
「あさひ……」
零れ落ちた涙が、渇いた地面に跡を作った。
空を見上げる。
憎たらしくなるくらいに晴れた、澄み渡る青い空だった。
P「こんな感じでどうよ」
あ「なんなんすかね、これ」
ふ「論外」
め「うちの出番少なくない?」