猜疑心   作:relet

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 何の変哲もない山奥にある喫茶店のような場所で徒らに時を蝕む。

 

足を組み、手にある物に目をやる。

 

やはり、活字を見ると何故か気分が落ち着く。

 

幼少期から活字を見て生きてきたという事実は、私の身体に確かに刻まれていた。

 

ペーパーバックの独特の香りを堪能しながら目を上げあたりを見回す。

 

都会の喧騒から解き放たれるような感覚まで覚える静かなコテージで、乱雑に白がかけられた青に数羽の鳥が見られる。

 

 

 

 彼らは、自らを犠牲にして幸せを運ぶ。

 

『辛』を『幸』にする、頭のいい鳥。

 

曰く、黒。

 

 

 

 ほのかに甘い匂いが鼻孔をくすぐり、ペーパーバックの香りを塗り替えられたために私は目を横にやる。

 

それだと言うのに、当の本人は何の気なしに外の景色を眺めている。

 

気持ちの良いくらいに、流れる風に揺られる甘い髪を見つめ、黒色が少し落ちてきて、目の色と合わなくなったそれに、私は漠然と手を伸ばす。

 

僅かに生じた雑音に、彼女はこちらを振り向く。

 

目を逸らすこともできたが、彼女の真っ黒な瞳に見惚れ、動かずにいる。

 

彼女は、頭上に疑問符が浮かんでいるかのように感じるくらいにわかりやすく小首を傾げる。

 

ぼーっとしてた。なんて、正直に言えばよかったのに、振り向かれたことへの驚きで何かを取り繕うように話を始めてしまう。

 

「景色を見て、」

 

昔を思い出した。声を小さくしながらそう言う。

 

静かな場所ではそれでも伝わったらしく、話してとばかりに見つめてくる。

 

その目に、私は何か話がないかと頭の中で検索をかける。

 

景色、景色……リピートしていると、1つだけ。

 

 

 

 

 

 観覧車の中から、外の景色を眺める。

 

彼と他愛もない話をしながら、ふと思いついた事を口に出す。

 

「私達ってこの世にいなくても変わらないって、つくづく思うよ」

 

徐々に頂上に近づいていることを気にしながら、彼は「なしてそんなこと言うのさ」と言う。

 

 息を吸い、間を置いてから、私は自分の少し細い指と指を絡め合わせながら答える。

 

「観覧車って、外の人から見たらただの観覧車で。『上からはどんな景色なんだろう』なんて思うだけの存在で。乗っている人達の事なんて、考えない」

 

 続けて、

 

「仮に中に入っている想像をしても、今入っている私達の事は微塵も感じない。私達、いや、私はあくまでも景色の内の1つ。今の話で言うと、他人からは既に存在しないものなのかもしれない。なんて、そう思っただけ」

 

スラスラと言い淀みなんて無しに私が述べると、彼は「それでも俺はお前の事を見てるぞ」なんて言って。

 

その後どんなやり取りがあったかはもう忘れたが、それっきり、彼は観覧車から降りれなくなった。

 

 

 

 簡略化して彼女に話す。

 

それでも彼女は何かを感じたみたいで、一言

 

「ゆく河の流れ……」

 

と口にした。

 

 私は少しの間だけ固まり、やがて

 

『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。』

 

 続きは何だったか………確か、

 

『淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。』

 

 私は黙り込み、思考する。

 

「あぁ……」

 

 そして、言葉をもらす。

 

それに気がついた彼女がこちらを見つめて仕切り直すように言葉を繋げる。

 

「私なら、そっちを思い浮かべると思ったんだけどね。だって、観覧車の中から見ると外にいる人は景色でしょう?」

 

それを聞いて、私は感心した。

 

「なるほど」と口にしようとしたが、彼女が続けたためそちらに意識を向けた。

 

「私、上手くやっていける自信ないや。綺麗に羽ばたける自信がない。くだらない劣等感かな」

 

 と言い、苦笑いしながら目を落とす。

 

「優香」と咄嗟に声に出して名前を呼ぶ。

 

こちらを見つめる彼女に対し、少し考えた後に私は、

 

「世の中、バランスが取れてるのかもね」

 

と、無責任な事をそれだけ言った。

 

彼女は意味を理解してくれたみたいで、微笑んだ。

 

いつの間にか手の内からペーパーバックの感覚も消えていて、ただ純粋に見つめる。

 

彼女の色が抜けた美しい髪だけは未だになびいている。

 

それを見つめながら、意を決して口を開く。

 

「優香は、」

 

羽ばたけるよ。そう言うと、彼女は私の頬に手を伸ばしてくる。

 

「羽ばたける、綺麗に、飛べる。しかも、優香はとても良い子だから。例え何があって飛ぶチャンスを失ったとしてでも」

 

「烏にはなれるよ」

 

 今度は彼女も理解できなかったみたいで、暫くキョトンとしていた。

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