マーズは前回と同様アジトに戻ってくると、さっそくアカギに吉報を届けに行った。
できるだけ早く報告したかったが、その前に壁が1つ立ちはだかった。
「待ちなさい」
「急ぎなんで」
現れたのはジュピター。
マーズは無視して横を通り抜けようとしたが、思いがけず強い力で手を引っ張られた。
「何すんの、離して」
「結局引き返さなかったんだ、あのチャンピオン。真性の泥棒猫ね」
「さっさと離してくんないかしら」
ジュピターはひとまず手を離した。
「これが運命なら仕方がないのかもしれないわ。いいわ、行きなさい」
「ったく変なやつ」
マーズはしばらくジュピターの背中を見送ってから、アカギのもとに向かった。
マーズはアカギと面会するなり、さっそくユクシーを差し出した。
「アカギ様、最後の一体、ユクシーを見つけてまいりました」
アカギは赤子を抱きしめるようにユクシーを抱きしめしばらく放心した。
「そうか……ついにそろったのか」
アカギは喜びをああわにするのではなく、大きく息を吐くと天を仰いだ。
「ずっとこの時を待ち望んでいた。そうか。ようやくたどり着いたのか」
「おめでとうございます。お力になれてうれしく思います」
マーズは喜んだが、アカギはマーズに感謝の気持ちを示すことなく憑りつかれたように、アグノム、エムリット、ユクシーを解放した。
「ようやく新世界に旅立つ日がやってきた。どれだけの時間、おれは悪夢を見ていたのだろうか。見えるもの、聞こえるものすべてが悪夢だった」
アカギは宙を舞う妖精たちを見ながら回想した。
「そう、悪夢だ。しかしその悪夢も終わりを迎える。おれはようやく目覚めることができるんだ」
「リーダー、私を新世界にお連れしてくださるのですよね?」
マーズは期待に目を輝かせた。
しかしアカギはマーズに目もくれなかった。
「御苦労、もう寝ろ」
「……」
アカギは一言そう言うと、アグノム、エムリット、ユクシーを連れて部屋を出ていった。
3体を手に入れたアカギにはもうこの世界は見えていなかった。
部屋に戻ったマーズはベッドに転がって憂鬱な表情を浮かべていた。
「これが私の追いかけていたものだったのかしら……」
マーズは何度もため息をついた。
アカギのために頑張ってきた。アカギに認められるのが一番の幸せだった。
そのために日々を生きてきた。
しかし、すべてが終わったとき、マーズは孤独だった。
「なに暗くなってんだか。行くわよ」
マーズは自分にそう言い聞かせるとアカギを追いかけることを決めた。
部下の話によると、アカギは一人で出かけて行ったそうである。
向かった場所はおそらく槍の柱だろう。
3体の妖精が槍の柱に集まると、新世界の扉が開くということはマーズも知っていた。
マーズは槍の柱に向かうためアジトを出た。
「どこに行くの?」
背後から声をかけたのはジュピター。
ジュピターはゆっくりとマーズに歩み寄った。
「新しい世界に行くのよ」
「そう、どうしても行くのね」
「そうよ。私が生きる世界はそこにあるんだから」
「……」
ジュピターは止めなかった。
そのころ、シロナもアカギの動向が気になって槍の柱に向かっていた。
時間的には、マーズがアカギにユクシーを送り届けた時分だ。
いつもなら、嬉しそうな声で感謝の電話をくれるのだが一向に電話がない。シロナのほうからもマーズに電話を入れてみたが応答はなかった。
もしかしたら、アカギはもう槍の柱に向かったのかもしれない。
それはシロナにとってはつらい現実だった。
「私はもう用無しということですか……」
シロナはそのようにつぶやいた。
しかし、それでも……アカギを追いかけるしかなかなかった。
□□□
日が落ち、空には星が見えるようになった。
その星空をアカギはテンガン山の頂「槍の柱」から見ていた。
アカギの周囲にはアグノムとエムリットとユクシーが漂っていた。
「偽りだ」
アカギは星空に向けてそう言った。
「これはすべて夢なのだ。新世界の扉が開かれれば、おれは目覚めることができる」
アカギはそう言うと、にやりと笑った。
「ここは醜い世界だ。風は冷たく、闇は心を堕落させる。神はこのような世界をなぜ創ったのか、解せぬ」
アカギはすっと前に手を伸ばした。アカギの掌にゆっくりとエムリットは着地した。
「おれが新世界の神になる」
アカギがそう宣言すると、夜空に一筋の流れ星が流れた。
「さあ始めよう。お前たち、おれを目覚めさせてくれ。おれを新世界に連れて行ってくれ」
アカギがそう言うと、アグノム、エムリット、ユクシーは呼応した。
3体は何かに導かれるように、周囲を覆う柱に吸い寄せられた。
アグノムは柱の上にたどり着くと赤い光を放った。
エムリットは柱の上にたどり着くと、青い色の光を放った。
ユクシーは柱の上にたどり着くと白い光を放った。
光が槍の柱を覆いつくすと、あたりの空間がゆがみ始めた。どこか危険なオーラが漂い始めたが、アカギはすべてを歓迎した。
「そうだ。その調子だ」
アカギはゆがんで消えていく空間に快感を覚えた。
空間は光に満たされ、やがてアカギもろとも含め、消し去ろうとした。
「リーダー!」
そのとき、マーズの声が轟いた。
その声が儀式を一時期中断させた。
マーズの声に反応した妖精たちが目を開けた。
目を開けると、夢から覚めたようにねじ曲がった空間がもとの世界へと戻っていった。
「リーダー、私も連れて行ってください」
マーズはそう言いながらアカギの近くにやってきた。息が上がっていた。どうやらここまで走ってやってきたらしい。
アカギは邪魔者を見るような目でマーズを見下ろした。
「何をしている。さっさと寝ろと命じたはずだぞ」
「どうしても私もお供したかったのです」
「おれは新世界の神だ。新世界に不純物など不要だ。去れ」
「不純物?」
「新世界には何人も生きることは許されん。不完全な人間が足を踏み入れていい場所ではないのだ」
アカギはすでに神の座についているような物言いだった。
「私は不純物ではありません。アカギリーダーを誰よりも愛しているのですから」
「愛だと?」
アカギはそう言うと、表情にいら立ちを見せた。
「新世界にそんなものは必要ない。人間の生み出した愚かな思想などすべてが不純物」
「……」
マーズはもどかしそうな表情を作った。
「邪魔をするというなら排除するしかあるまい」
そう言ったアカギは懐からモンスターボールを取り出した。
モンスターボールからはマニューラが繰り出された。
マニューラはアカギの思いを引き継いでいるかのように、マーズに鋭い視線を向けた。
「リーダーは私を殺すのですか?」
「邪魔をする者はすべて消す」
アカギの言葉にためらいはなかった。
ずっとアカギに尽くしてきたマーズには、アカギのその態度はとても残酷なものだった。
少しでもためらいの気持ちを知りたかったマーズはすべてを裏切られた。
マーズの目に浮かんだものは涙。
それは怒りの涙でもなく、悲しみの涙でもなく、喜びの涙でもなかった。
マーズが初めて味わう失恋の涙だった。
その涙がマーズに大人の決断を与えた。
「わかりました。リーダーがそう言うのなら、受け入れます」
マーズはまっすぐアカギを見つめた。
「私は絶対にリーダーから離れません。私を引き離したいなら私を殺して」
「ならば死ね」
マーズの強い思いに対して、アカギは容赦なく攻撃指令を出した。
マニューラは鋭く大地を蹴ると、マーズの首元に鋭い爪を繰り出した。
マーズに死の恐怖はなかった。
アカギを愛してその結果死ぬなら本望だと心から受け入れることができた。
だから、マーズは瞬き1つせず、マニューラの一撃を見つめた。