なぜここに来た?
謎の声が問いかけてきた。
どこへ行こうとしている?
シロナはその問いかけのほうに目を向けた。
「ここは……?」
シロナは体を起こして頭を押さえた。頭を強く打ったはずだったが、痛みは感じなかった。
そのとき、背後で愛嬌のある声がした。
振り向くと、そこにはユクシーが漂っていた。
ユクシーは眠そうな目をしたままシロナの肩に上に留まった。
シロナはユクシーを両手で優しく抱きしめた。
「ここはどこでしょう? あなた、何か知っていますか?」
ユクシーは問いかけに答えることなく眠りについた。
シロナはあたりを見渡した。例によって、あたりは闇に包まれている。
「何も見えませんね。マーズもどこに行ってしまったのでしょう」
シロナがそう言うと、闇の先から声が聞こえた。
この闇はお前の心だ。
「え?」
お前の心が作り出した闇だ。
「……」
シロナはもう一度闇を見渡した。
自分の心。その表現はとても適切なような気がした。
お前の行く道はどこだ?
「私の道……」
シロナは立ち上がって声と向かい合った。
「私の道は……」
言葉はつながらなかった。
自分がここにいる理由。目指すべき未来。何も思い浮かばなかった。
物心ついたときからポケモンが好きだった。
ポケモントレーナーになりたいと思い、順調にトレーナー道を進み、おそらくはその道のゴールであるチャンピオンにもなった。
だからもう歩むべき道はない。
いや違う。
シロナは前を見た。
チャンピオンになったから、自分の人生が終わったわけではない。
まだ見ぬポケモンを知りたいと思った。だから考古学を学んできた。
そして、パルキアとディアルガに出会った。
未知の伝説のポケモンと巡り合うためにここにやってきた。
それも違う。
シロナは首を横に振った。
もっと違うものを求めていた気がする。
それは人によっては当たり前に享受しているものかもしれない。
シロナはアカギと出会い、おそらくはそれを求めた。
それは「愛」というもの。
シロナは「愛」を知りたくてアカギを追いかけた。
そしてここにたどり着いた。
しかし、それは愛ではなかった。
では、愛とは何か?
シロナは声のほうに向けて言った。
「私は愛を知りたかった」
愛だと?
愛とはなんだ?
「わかりません。でも私が見つけ出したいもの」
シロナは素直に自分の願望を紡いだ。
それがシロナがここに来た理由。そして、向かうべき道。
お前のその道。険しき道。覚悟はあるのか?
「あります」
シロナは強い目で前を見た。
シロナの視線を受けて、闇の先に光が灯った。それははるか未来の光。文字通り、険しい道が光まで続いているように見えた。
見せてもらおう、お前の歩み。
謎の声がそう言うと、シロナの頭上に光が灯った。
そして、何かがシロナの頭を打った。それはやがて地面に落ち、シロナの足元に転がった。
シロナは足元に転がったマスターボールを取り上げた。ボールからは強い力が感じられた。
「歩んでみせます、それが私の生きる道」
シロナは目の前の光に向けて歩み出した。
◇◇◇
マーズは騒がしい声に起こされる形で目を覚ました。
ポコポコと誰かが頭を叩いている。
「誰?」
マーズは何者かを両手でわしづかみにした。
マーズの手の中でじたばたしたのはエムリットだった。
「あんた、たしか……アグノムじゃないわ、エムリットだわ」
マーズはエムリットを手のひらに乗せて頭を撫でた。
「私、どうなったんだっけ?」
たしかマスターボールを投げたが弾き飛ばされた。そのあと、パルキアが起こした津波に呑み込まれた。
息ができなくなり、そのまま意識を失っていた。
「ひょっとして私、死んじゃった?」
マーズはあたりを見渡した。
「なんだか冴えない人生だったわ……」
ならば、お前は何を望む?
マーズに謎の声が降り注いだ。
マーズは頭上を見上げた。
どんな人生を望んだ?
「どんな……と言われてもね」
ギンガ団に入り、盲目的にアカギに尽くしてきた。
目的などなかった。アカギに尽くすことだけがすべてだった。
改めて人生の目的を聞かれても答えられなかった。
「私、何をしたかったのかしら。アカギ様に認められるのがうれしかったからそのためだけに生きていたけど……」
お前にとってポケモンとはなんだ?
「ポケモン……ポケモンとは……」
マーズはエムリットを自分の頭に乗せた。
「ポケモンは私の友達。お母さんもお父さんもいないし、誰ともうまく関われなかったから」
アカギと出会うその日まで、マーズが心を開ける存在はポケモンだけだった。ニャルマーは母親がマーズのために残してくれた形見だった。
しかし、今のマーズにはポケモンをそれ以上のものとして認識することができた。
シロナと出会ったことがきっかけだった。
ポケモントレーナーになりたいという気持ちが強くなっていた。
シロナのコイキングに一方的に倒された悔しい気持ちがその気持ちを呼び起こしていた。
負けず嫌い。
それがマーズの本当の性質だった。
「シロナに負けたのがくやしかった。あいつにだけはリベンジしたかったわね」
勝ちたいのか?
「勝ちたい。でもあいつチャンピオンだから、私にはかないっこないわよ……いや、それでも勝ちたい」
マーズはそう言うと力強くうなずいた。
その志、強き光だ。
謎の声がそう言うと、マーズの頭に何かが落ちてきた。
「いたっ」
マーズの頭に落ちたマスターボールは地面に転がった。
勝利への道。険しき道。歩む覚悟はあるか?
マーズは答える代わりにマスターボールを握り締めた。
見届けよう、お前の歩み。
マーズはうなずいた。
「歩むわ。どんな道だって」
マーズは立ち上がり、目の前に現れた光を見据えた。
「聞かせて、あなたは一体誰?」
アルセウス。
「アルセウス?」
それから、二度と謎の声が聞こえてくることはなかった。