現チャンピオンワタルへの挑戦者を決定するイッシュリーグ戦が開かれて、あるトレーナーが驚異的な強さで勝ち進み挑戦者となった。
その勢いのまま、そのトレーナーはワタルとのチャンピオン決定戦の舞台に立ち、その強さを見せつけた。
現在最強のトレーナーと言われているワタルはドラゴン使いのエリートである。
フスベシティの伝統である「竜の試練」を史上最年少で突破し、カントーリーグとイッシュリーグの2冠に君臨している。
さらにワタルは今なお実力を高めており、評論家たちから「すべてのリーグで王者になる可能性が高い」と言われていた。
そんなワタルに注目が集まっていたのだが、その注目をすべてかっさらっていったのがシロナだった。
シロナは新たにパートナーに迎え入れたディアルガを筆頭にリーグ戦を全勝で通過し、ワタルへの挑戦を決めた。
伝説のディアルガがポケモンバトルの舞台に現れたことから、マスコミが注目。
イッシュリーグのチャンピオン決定戦はかつてない高い注目度の中で行われた。
結果はシロナの勝利に終わった。
シロナはワタルのドラゴン軍団の猛攻を完全に抑え込んで、最強と目されていたワタルをねじ伏せ、自分こそが最強のトレーナーであることを全世界に見せつけた。
一方で、圧倒的なパワーに抑え込まれたワタルはしばらく目の前が真っ暗になっていた。
マスコミのインタビューに一言も答えることもなく、控室で一人たたずんだ。
かれこれ1時間その場にたたずんでいた。1時間が経って、ようやくワタルは自分が敗北した事実を冷静に見ることができるようになった。
「ディアルガの力に負けたのか……いや、違う。己の修業が足りなかったのか……」
ワタルはそう言って頭を押さえた。
そのとき、ようやくワタルはポケベルが鳴っていることに気が付いた。
関係者が電話をかけまくっていたようで、着信履歴にはたくさんの人の名前であふれていた。
ドラセナ。
ククイ。
シャガ。
ゲンジ。
イブキ。
タケシ。
誰の電話にも出たくなかったが、たまたまいまククイからかかっていたので、ワタルは仕方なく出た。
「何だよ?」
ワタルは気落ちした声で電話に出た。
「お前の無様な敗北姿。現地からしっかりと見させてもらったぜ。おれからすれば、ザマーミロとしか言いようがない結果だな」
「ちっ、クソ野郎が」
「待て、切るなよ。せっかく慰めてやろうと電話をしてやったんだぜ」
ククイはそう言ったが、ワタルには冷やかしだとわかっていたので、電話を切った。
ククイはワタルと同期のトレーナーで、ワタルのライバルとして注目されていた逸材だった。アローラ地方出身である。当時、アローラ出身のトレーナーは他の地方出身者に比べ劣るとされていたが、ククイはその常識を覆していた。
しかし、二人の実力差は徐々に開き、ワタルがククイを圧倒するようになると、ククイはポケモントレーナーを引退してしまった。
ワタルにこそ勝てなかったが、トレーナーとしてやっていけるだけの実力はあっただけに、ククイの引退はトレーナー界を騒がせた。
その後、ククイはしばらく休学していた大学に復学して、そのままポケモン学者の道に入った。
それなりに学者として頑張っているようで、ククイはワタルの練習相手としてたびたびカントーを訪れていた。
ワタルは電話を切ると、再び頭を抱えた。
しかし、すぐにまたポケベルが鳴った。
「ちっ、しつこいやつだ」
と思ったが、電話主はククイではなくドラセナだった。
「……」
ワタルは仕方なく電話に出た。
「何だよ?」
「はー、やっとつながった。いまどこにいるの? ずっと心配してたのよ」
「別にどこだっていいだろ」
「ワタル、落ち込んで、じ、自殺とか考えちゃダメだからね」
「んなことしねえよ」
ワタルは電話を切った。
ドラセナはワタルの母親のようなものである。
血はつながっていなかったが、ワタルが幼いころから保護者としてワタルを育てて来た。
ワタルは捨て子である。
捨てられているところを、フスベシティの龍の祠を管理する師匠によって拾われた。
ドラゴン使いは世界的なネットワークを持っている。
身寄りのなかったワタルはドラゴン使いらのもとで育てられた。その中で、母親の役割を請け負ったドラセナはワタルにとってみると育ての親そのものだった。
しかし、ワタルはドラセナには弱いところを見せたくなかったので、電話を切った。
ワタルは勝ち続けることだけを生きがいに生きて来た。
ワタルが強さを求めるのには理由があった。
捨て子ゆえに、ワタルには親がいない。いくら、ドラセナが母親として愛情を注いでくれてもあくまでも血はつながっていない。
だから、ワタルはドラセナには甘えられなかった。弱い自分を晒したくなかった。
結果、ワタルは勝つことに執着するようになった。
ポケモンバトルに対する考え方は人一倍シビアだった。
負けたときも、ワタルはそのくやしさをバネに勝利の糧にした。
一度も母親に甘えることができなかったがゆえに、いまのワタルの強さを生み出した。
しかし、その力がシロナには通じなかった。
勝つことがすべてというワタルの思想は、シロナの卓越した力の前に粉砕された。
さすがのワタルもいまはナイーブな気分だった。しかし、甘えるわけにはいかない。甘えを見せてはいけない。ワタルはそう言い聞かせて、自分を奮え立たせた。
「修行だ。今すぐ修業が必要だ。もっと強くならなければ……」
ワタルは落ち込んだ心を無理やり奮え立たせた。しかし、心の動揺は隠せなかった。
◇◇◇
敗戦から1日が開けた。
新聞の一面には、勇ましいディアルガの雄姿が映っていた。
「シンオウの女帝がイッシュの冠を奪還」
「ワタル撃沈」
「あのワタルが通じず」
それぞれ、新聞社は好き勝手なことを書いていた。
ワタルは新聞の一面を見るなり、それを丸めてゴミ箱に突っ込んだ。
「くそ、面白がりやがって」
シロナとのイッシュリーグ戦の視聴率は45%を超えていたらしい。
自分の情けない敗北姿が全国に流れたかと思うと、ワタルの自尊心は大いに傷つけられた。
ワタルはプライベートジェットでさっさとライモンシティからフスベシティに戻ることにした。
しかし、マスコミをかいくぐることはできても、プライベートジェットには色んな人がついてきた。
「ワタル!」
どこでかぎつけたのか、空港にはドラセナの姿があった。ドラセナはイブキを連れて、ワタルがやってくるのを待っていた。
イブキはワタルと同じフスベシティの門下生で、いまは龍の試練に挑んでいる最中である。
イブキもドラセナとワタルのもとで修業を積む身なので、いつもどこでもついてきた。
「なんでおれがここに来るとわかった?」
「伊達にあなたの母親を20年近くもしていないわ」
「……」
ワタルがそそくさと帰ろうとすることも、ドラセナにはお見通しだった。
「でも、昨日は衝撃的だったわ。正直、私はワタルが勝つと思ってたのよね。シロナさんも強いけどさ、絶対ワタルだと思ってたもの」
イブキが昨日の戦いのことを言及した。ワタルは昨日の敗戦をさっさと忘れてしまいたかったので、あまりその話題に付き合いたくなかった。
「でも、ディアルガが出てくるのは想定外よね。師匠から聞いたことあるけど、本当にいたなんて。この調子だと、次のホウエンリーグでもシロナさんが台風の目になってきそうよね。ワタル、何か対策思いついてるの?」
「いま考えているところだ」
「あまり無理しちゃだめよ。しばらくはゆっくり休んだ方がいいわ」
「そうはいかん。このまま負け続けるわけにはいかない」
ワタルはドラセナのいたわりを拒否した。帰宅と同時に厳しい稽古に参加するつもりだった。
ワタルはさっさとフライトの手続きをした。
3人を乗せたジェットはイッシュ地方を後にした。
ワタルにインタビューしようとしたマスコミをうまく出し抜いてフスベシティに戻ることができた。