世界中のトレーナーで争うホウエンリーグは来月8日から開催される。
イッシュリーグの戦いが終わって、約40日後には次の戦いが始まるので、トレーナーにとってはゆっくり休む時間はない。
しかし、プロリーグの影に隠れているが、アマチュアのポケモンバトルリーグにも花形となる大きな大会が3つある。
1つは「ホドモエアマチュアワールドカップ」
毎年冬にイッシュ地方で開催されるアマチュア大会では最大規模のもので、この大会で成果を出してプロリーグに上がってくる若手は少なくない。
もう1つは「カントージュニアワールドリーグ」
アイリスが参加するこの大会は、ホドモエワールドカップと異なり、実績のあるアマチュアトレーナーが選抜されて開催される。
各地のアマチュアトレーナーの戦績を考慮して、運営側が16人のトレーナーを選抜するトーナメントとなっている。
最後の1つが「アローラワールドカップ」
世界最大規模のアマチュア大会で、アローラの各島でリーグ戦が行われ、決勝戦はアローラ最大の高山であるラナキラマウンテンで行われる。
ククイやカヒリなど名トレーナーを多く世に送り出した伝統的な大会となっている。
ワタルはホウエンリーグを前に調整を進めていたが、アイリスの参加するヤマブキの大会はもうまもなくだ。
アイリスの面倒を任されているワタルは自分のことばかりに目を向けるわけにはいかなかった。
「あの、お疲れのところ申し訳ないのですが、ぜひワタルさんに私のポケモンを見ていただきたいのです」
朝から続いたワタルの過酷な特訓がひと段落したところで、アイリスはワタルにお願いをした。
「そうか、アイリスも大会が近いのだったな」
ワタルは自分のことに夢中で、アイリスの大会のことは忘れてしまっていた。
「どんなポケモンを育てている? 見せてみろ」
「私のおじいちゃんがくれたハボちゃんが大きくなりました」
「ハボちゃんだぁ?」
ハボちゃんとはオノノクスのことだった。
シャガが面倒を見ているということもあって、シャガが得意とするオノノクスをアイリスも継承していたようだった。
「わかった。相手してやるから全力で来い」
「わーい。ワタルさんと対戦ができるなんて夢のようです」
アイリスは嬉しそうにした。
ワタルにとっては、ほとんど経験のないアマチュアトレーナーとの対戦だった。
ワタルは小さいころから、ドラセナやシャガなど、一流のトレーナーとばかり戦ってきた。
強いトレーナーから教わり強くなってきた。
強くなるばかりに夢中だったので、自分以外の誰かに戦いを教える経験はなかった。
それを心配して、ドラセナが声をかけた。
「ワタル、わかってると思うけど、相手はアイリスちゃんってこと忘れちゃ駄目よ」
「わかってるよ。手加減しろってことだろ?」
「ちょっと違う。あのね、アイリスちゃんが戦う前より強くなれるように相手をしてあげるのよ。わかる?」
「……」
ワタルにはわからなかった。強くなれるかどうかは己の心がけしだいだと考えているワタルには、そんな柔軟な発想はなかった。
「ともかく見ててあげるから、ちゃんと先生らしい戦い方をするのよ」
「どうもやりづらいな」
ワタルは先生なんてしたことがなかったから、いつもとどのように戦い方を変えればいいのかわからなかった。
そんな中で、ワタルとアイリスの戦いが始まった。
「ワタルに先生なんてできるとは思えないけどね」
ナツメはワタルのことをよくわかっていた。ワタルの鈍感さは、特に女性陣がよく気づいていた。
そんな中で、アイリスは自慢のハボちゃんことオノノクスを繰り出し、ワタルはあまり使い慣れていなかったウオノラゴンを繰り出した。
アイリスのオノノクスは十分にたくましく育っていた。そのポテンシャルはすでにプロのトレーナーのそれと大きな違いがないように見えた。
しかし、いざ対戦をしてみると、未熟さは手に取るようにわかった。
ワタルはアイリスの戦いの問題点にすぐに気づいた。それは口にすればきりがないが、技のモーションが大きすぎて相手にバレバレ、テンポが同じで対処しやすい、とにかく次の動きが手に取るように予測できてしまった。
なので、ワタルのウオノラゴンはオノノクスの攻撃をすべて阻止して、隙をついてオノノクスを叩き伏せた。
プロとアマチュアであれば、当然の差だった。
しかし、これは当然のことである。ワタルはプロの中でも世界最強と呼ばれている。そんな相手に勝てないのは当然。
問題は、ワタルに先生の素質があるかどうかだった。
ワタルはアイリスと5戦ほど対戦した後、このようにアドバイスした。
「もっと速くもっと力強くだ」
「もっと速くもっと力強くですか。わかりました」
アイリスは尊敬するワタルからのアドバイスなので熱心に聞いていたが、はたで聞いていたドラセナとナツメは案の定という形で顔を見合わせた。
「具体性なさ過ぎてまるで役に立たないわね」
「そうね……」
わかっていたことだったが、ワタルに先生としての素質は世界最低レベルだった。実力は頂点だが、指導者としてはポンコツという両極端な性質が如実に出た。
「強くなるという強い思いを闘志に変えるんだ」
「はい、わかりました」
「ちょっと、ワタル、こっちに来て」
ナツメはワタルの手を引っ張った。
「あんた、それで教えているつもり?」
「なんだよ、ちゃんと教えただろうが」
「素人に教えてんじゃないのよ。アイリスちゃんはヤマブキ大会の代表よ。もっと具体的なアドバイスをしてあげなさいよ」
「ならどうしろと言うんだ。文句があるなら、お前がやってみろよ」
「わかったわ。なら、ちゃんと見学してなさいよ」
ナツメはそう言うと、アイリスと向かい合った。
「アイリスちゃん、今度は私が教えてあげるね」
「ナツメさんとも対戦できるのですか? 私、超ハッピーです」
アイリスは名トレーナーたちと戦えることを毎回のように喜んだ。
アイリスとナツメの対戦は、オノノクスとキリンリキの対戦になった。
ナツメはフーディン、ドータクン、バリヤードの名手として知られるが、最近はよくキリンリキも使用していた。
プロの高いレベルでは、相手も研究をしてくるから、常に新しい戦い方を模索しないと生き残れない。その工夫の中で、ナツメはキリンリキに力を入れていた。
アイリスのオノノクスは力に任せて大きな攻撃を繰り出すが、キリンリキはその攻撃を小さな技ですべていなし、完全に翻弄した。
「わぐぅー、全然勝てません。みなさんやっぱり超強すぎです」
アイリスの戦いはまったく通じなかった。まだアマチュアレベルとはいえ、とてもくやしそうだった。
ナツメはアイリスに色々とアドバイスした。
「アイリスちゃん、聞いてね」
「はい」
「アイリスちゃんのオノノクスは十分に力強いわ。だから、そんなに力まなくても十分強力な攻撃ができるから、もっと力を抜いてみて。いつも全力で攻撃したいのはわかるけど、そうすると隙ができてしまうわ」
「なるほど」
「それから、コンビネーションね。毎回、インファイトからドラゴンテールばかりだと相手に予測されてしまうわ。そうね……例えば、インファイトの後、身をかがめてずつきとか、そういうコンビネーションも織り交ぜたら、相手も予想しにくくなると思うわ」
「おー、ずつき。やってみます」
ナツメは色々とアドバイスをした。結果、その後のアイリスの戦い方が劇的に変化した。
いつもの強力だが、強引な攻撃が改善され、隙の小さい攻撃で距離を縮めると、さっそくアドバイスされたずつきで敵を吹き飛ばす新しい戦術が有効に機能した。
アドバイスを聞いただけで、実際に応用するのは難しいことだが、アイリスのセンスはかなりのもので、少しのアドバイスで劇的に戦いの精度が増した。
それは見ている者にもすぐわかった。
ワタルはナツメのアドバイスで確実にアイリスが強くなったことを、対戦を見ていて理解した。自分のアドバイスでは何も変わらなかったアイリスがわずかな時間でみるみる成長していた。
ワタルは自分が指導者としては不適切であることを悟った。
もしかしたら、師匠はそのことを言っていたのかもしれない。ワタルは薄々今回の試練の意味を理解し始めていた。