「シロナさん、今日もご指導ありがとうございました」
「帰り道に気を付けて」
シロナは門下生のナタネを見送った。
先日、イッシュリーグ大会の出場トレーナーを決める最終予選が開催された。
シロナはシンオウリーグチャンピオンとここまで勝率ランキング3位という実績から予選が免除され、シード権も得ているが、他のトレーナーは予選を突破しなければ本戦に出場することができない。
最終予選はイッシュ地方チャンピオンロードで行われた。
本戦出場の枠は残り6人。
約3500人のトレーナーたちで6人の枠を争った。
その6人の中に、見事ナタネが選ばれた。
ナタネは初日から14連勝で勢いに乗ると、最終成績32勝3敗の好成績で第2位につけた。
今年度最注目のカトレアが順調に33勝2敗で予選一位通過したが、ナタネはそのカトレアにも勝利していた。
門下生から好成績者が出るのは嬉しいことであり、シロナも笑みを浮かべた。
しかし、シロナにとって最も嬉しいことは、アカギと会う約束ができたことだった。
夕方に会う約束が取れたので、その時が待ち遠しかった。
シロナはアカギと会う前に町に出た。
シロナはこれまで身だしなみに気を付けたことがなかった。
できるだけ目立たない服装に努めてきた。
そこへ、アカギに好かれたいという新しい目標が加わった。
しかし、一体どのような服装をすれば好かれるのかわからなかった。
自分の考える魅力とアカギの考える魅力が一致しなければ目標を達成できない。
かと言って、本人に直接聞くわけにもいかない。
これまで自分の容姿に気を付けて来なかったから口紅の使い方もわからなかった。
そんなこんなで苦労していると、シロナはふと誰かの視線に気が付いた。
先ほどからずっと自分の後をつけている者がいた。
その何者かはシロナのことをずっと尾行しているようだが、その腕前は拙劣で、バレバレだった。
人気がなくなったところで、シロナは尾行している存在と向き合った。
「誰ですか? ずっと私の後をつけているようですが」
「ちっ、ばれたか」
あからさまな尾行を指摘された何者かは逃げ出すことはせず、そのままシロナの前に出てきた。
シロナを尾行していたのは目つきの悪い少女だった。
探偵や興信所が何かを調査しているわけではないようだった。
かと言って、シロナのファンというわけでもなさそうで、その少女は敵視の目をシロナに向けた。
「私に何か?」
「あんたでしょ、リーダーをたぶらかしている魔性の女は」
「何の話ですか?」
「わかってんのよ、あんた最近、アカギリーダーと会ってるでしょうが。しかもほとんど毎日」
少女はそう言って、鋭い目つきを崩さなかった。
最初はアカギの娘か何かかと思った。アカギの口からは、子供がいるという話は聞いていなかったが、15、16の娘がいてもおかしくない。
もし、子供がいるのならショックだったが、そうではないような気がした。
この少女の目つきは対等に女として張り合おうとするものだった。
「で、会って何やってんの? 答えようによっては許さないんだけどね」
「あなた、いったい誰ですか?」
「いいから答えなさいよ」
少女は理知的ではなく勢い任せのところがあった。
こんなおかしな少女に付き合っている暇はないので、シロナは立ち去ることにした。
「誰か知りませんが、もうつけてこないでください」
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
少女はシロナの前に出ると、とおせんぼうをした。
ずいぶんと執拗な態度だった。
「あんまりしつこいと警察を呼びますよ」
「あいにくね。私、あんたと違ってまだ未成年だから罪にはならないのよ」
少女はそう言って得意げに笑った。
見た目どおり、少女は未成年であることを告白した。
こんな少女に後をつけられる道理がわからなかった。
「あなた本当に誰なんですか?」
「いいわ、教えてあげる。ちゃんと名刺も持ってるんだから」
少女はそう言うと、どこからか名刺を取り出した。
「どう、すごいでしょ。ちゃんと役職もあるのよ」
少女は名刺を持っていることをすごいことだと思い込んでいるようであった。
「ほら」
シロナは少女から名刺を受け取った。
名刺の情報によると、少女の名前はマーズ。年齢は16歳。
ギンガ団、諜報部取締役と書かれていた。
16歳の少女が諜報部の取締なんて何かのいたずらだと思ったが、ギンガ団という名詞に引っかかった。
ギンガ団はアカギの経営する公益法人だ。
「ギンガ団?」
「そうよ。宇宙開発で世界に貢献する素晴らしい企業なんだから。どう、すごいでしょ?」
マーズはそう言ってずっと自慢げに笑みを浮かべていた。
まだ社会人として右も左もわかっていない少女にしか見えなかった。
「そうですか、それはすごいですね」
「そうでしょ。あんたがチャンピオンだとしてもね、私のほうがずっと偉いのよ。わかった?」
「わかりました」
シロナはマーズに合わせるように肯定した。
「だったらなんでアカギリーダーは私よりあんたが優先なのよ!」
マーズは得意げな顔を崩して嫉妬の表情を作った。
「あんたが現れてから、リーダーの様子がおかしくなった。どこか嬉しそうにしているのに私にちっとも目を向けてくれなくなったし。あんたが何かやったからに違いないわ」
マーズは非難げにそう言った。
シロナはだいたいの事情を察した。
おそらく、マーズは事情があってギンガ団に所属するようになった。そのときに、アカギが何かしら関与したために、マーズはアカギに恋心を抱くようになり、アカギのために働くことが生きがいになったのだろう。
そこへ、自分が入り込んできたので、嫉妬の感情を抱いているのだ。
「で、あんた、リーダーになにしたの? 色仕掛け? あるいは賄賂?」
マーズは思いつく限りのことをいぶかった。
しかし、いずれも当てはまっていなかった。
「あなた、何か誤解しているみたいですけど、私たちは仕事で会っているだけですので」
「仕事? なんの仕事よ」
「あなたにはわからないことです」
「あー? ざけんな。私はこう見えても、数学も物理もできるのよ。伊達にギンガ団の幹部をやってるわけじゃないんだから」
マーズはしつこく付きまとってきた。
「私にはわかるのよ。女の勘ってやつ。あんた、絶対リーダーを狙ってる。そうでしょ?」
その指摘だけは鋭かった。しかし、シロナは一応首を横に振った。
「そんなことはありません」
「絶対、そう言えるの?」
シロナはこの場から逃れるためにうなずいた。
「どうも怪しいわね。でも、覚えときなさい。リーダーに変なことしたら私が許さないから」
マーズのその真剣な顔を見る限り、相当アカギに夢中になっている。
ちょうど自分と同じだと思った。自分も16歳の少女と変わらない子供なのかもしれない。