それから数日後、アイリスの参加するヤマブキアマチュア大会の組み合わせが発表された。
シードを合わせて全世界から14人のトップアマチュアトレーナーが集まった。
以下はトーナメントの組み合わせ。
アンズ 第一シード
ジロウ
ゴロウ
タロウ
サブロウ
アイリス
イチロー
コブロウ
ネブロウ
テンゾウ
アセロラ
ジジロウ
ババロウ
コゴミ 第二シード
ワタルはインターネットでアイリスの対戦相手を確かめた。
「どう、アイリスちゃん、うまくいきそう?」
後ろからドラセナが顔を出した。
「アンズ……たしかキョウの娘で、ホドモエのアマチュア大会でも優勝していたな」
ワタルはこれまでに何度もキョウとは対戦して、キョウの実力をよく知っていた。その娘となるとかなり手ごわいと見た。
「ほかは知らないやつばかりだが。ドラセナ、第二シードをもらっているコゴミというやつを知っているか?」
「コゴミちゃん、有名な子だよ。ホウエン地方のアマチュア一番手よ」
「そうだったか、知らなかったな」
ワタルはトレーナーとしては一流だが、その界隈の事情にはあまり詳しくなかった。アイリスはアマチュアでずっと活躍していたが、ワタルはシャガに紹介されるまでは存在を知らなかった。
ワタルのトレーナー界の知識は一般人とあまり変わらなかった。
「このアセロラというやつは?」
「この子は私も知らない。アイリスちゃん、アセロラって子知ってる?」
「アセロラは苦手です。においが」
「いや、食べ物じゃなくて」
「知らないですが、名前が苦手です」
アイリスも知らないようだったが、ワタルには警戒すべき相手に見えた。
「シードの連中は別格として、ベスト4には残してやりたいが」
ワタルはそう言ったが、ドラセナはもっと高い目標を掲げていた。
「そんなこと言わず、優勝させてあげて。それがワタルの仕事でしょ」
「戦うのはおれじゃない。おれにどうしろと言うんだ?」
「アイリスちゃんはワタルのお弟子さんよ。弟子の負けは師匠の負け同然よ」
「そんなものか?」
「そうよ」
ワタルはあまりそういう自覚がなかったようであった。
ドラセナはワタルの師匠のようなものであったから、ドラセナには師匠の気持ちをよくわかっていた。
弟子の勝利は自分の勝利以上に嬉しいこと。ドラセナはずっとそう認識していたから、ワタルの師匠としての姿勢は不十分に見えた。
「せっかくワタルさんに指導してもらったのです。優勝で恩返ししたいと思います。そうでなければ、ワタルさんの顔に泥を塗ってしまいますから。私、絶対に優勝します」
「そんなに気負わなくてもいいと思うがな」
ワタルにとってはたかがアマチュアの大会、他人の大会という認識でしかなかった。
◇◇◇
ヤマブキ大会が近づくと、マスコミの間でも、大会を盛り上げるための演出が盛んになった。
ワタルのところにマスコミが頻繁にやってくるようになった。
「ワタルさん、弟子を持たれたとお聞きしました。ヤマブキ大会に参加するアイリス選手がワタルさんの弟子なのですか?」
どこで聞きつけたのか、マスコミはすでにアイリスを「ワタルの一番弟子」として報道することで注目を勝ち取ろうとしていた。
マスコミ嫌いのワタルは取材拒否した。しかし、マスコミは大々的にアイリスを大会のアイドルに仕立て上げた。
「あのワタルが注目! 美しい龍のお姫様がヤマブキに降臨する」
週刊誌は大げさに、アイリスを紹介した。
その反響は大きく、インターネットでも、さっそくアイリスがブームになっていた。
一度火がつくと、瞬く間にアイリスの知名度は世界的になった。
「アイリスちゃん、あっという間にお姫様になっちゃったね」
ドラセナはそのことを前向きにとらえていたが、ワタルにはいい迷惑でしかなかった。
外に出るたびにマスコミに付きまとわれては、普段の修業に集中できない。ワタルもホウエンリーグの戦いが近づいている身。そっちに集中したかったが、マスコミは本当に執拗だった。
そんな矢先、ワタルはシャガから電話を受けた。
「おう、小僧。ちゃんとアイリスの面倒を見てるか?」
「いつまでおれのことを小僧と呼ぶ気だ?」
「小僧は小僧だ。ちっとポケモンができるようになったとて、まだまだ小僧よ」
「ったく、こっちは大変だぞ。マスコミが毎日のようにやってきてうんざりだ」
「景気のいい話じゃねえか。出版社に頭を下げて正解だったな。お前の弟子として売り出せばうまくいくと思ったが、思ったとおりの結果だ」
「お前の仕業だったのか。こっちはいい迷惑だ」
「アホ、マスコミが来たぐらいで切らす集中力なんて小僧も小僧、未熟者の証拠だ」
シャガはそう言った。一理あると思ったので、ワタルは反論しなかった。
「ここまで注目されてたいしたことなかったなんてなると世間は興ざめ。いいな、きっちりアイリスを優勝に導いてやってくれよ」
「戦うのはおれじゃないぞ」
「師匠ってのは一緒に戦うもんだ。そんなことでご師匠様の試練を突破できると思ってるのか?」
「……」
ワタルはいま、アイリスの面倒を見ることが師匠から受けた試練であることを思い出した。ずっとそのことを忘れていた。
「いいな、小僧。この試練、突破できなければ、てめえはこのまま前に進めねえぜ」
シャガからの電話はある意味で、ワタルにとって重要なものだったが、同時にどうすれば試練を突破できるのかという迷路に迷い込むことでもあった。
◇◇◇
ワタルはできる限りの方法でアイリスを指導した。
だが、その指導は相変わらず、いまいちなものだった。
「力強く相手を攻撃するんだ」
ワタルのアドバイスは具体性がなく、アイリスも困惑していた。しかし、尊敬するワタルの言葉なので、アイリスは懸命に呑み込もうとした。
だが、それでアイリスは自分の戦いのスタイルを崩してしまい、戦い方が以前よりもぎこちないものになってしまった。
大会目前なのに、アイリスはうまく戦うことができず、焦りといら立ちの中に迷い込んでしまった。
その結果、アイリスは大会数日前だと言うのに、不眠症になってしまった。
ある夜、ワタルが起きだしてくると、アイリスがリビングの暗闇でたたずんでいるのを見かけた。
「アイリス、どうした?」
「あ、ワタルさん。いえ、何でもないのです」
アイリスはワタルに迷惑をかけまいと眠れないことを言わなかった。
「そうか、早く寝ろよ」
「はい」
ワタルはそれだけ言うと、自分の部屋に戻ろうとした。
しかしそのとき、ワタルは昔のことを思い出して足を止めた。
ワタルが6歳のころ。
ワタルは昔、いじめられっ子で、学校ではずっと浮いた存在だった。
その結果、学校に行くのが嫌になって、学校に行かずに、フスベの山中にある川の前で一人たたずんでいた。
どこでどう聞きつけて来たのか、そこにドラセナがやってきた。
「ワタル……良かった。ここにいたのね」
ドラセナは息を切らせながら、ワタルを発見した。
「心配したよ。学校から電話があって、学校に来てないって聞いたから」
「うるせー、ほっとけよ。おれの勝手だろ」
ワタルはそう言ってそっぽを向いた。
ワタルはドラセナには弱みを見せたくなかった。だから、いじめられているということもドラセナには言わなかった。
「なんだよ、学校に行けっていうのか?」
「言わない」
ドラセナはそう答えた。
「じゃあ、ほっとけよ」
「ほっとかないよ」
ドラセナはそう言うと、モンスターボールを取り出した。
「ワタルもポケモントレーナーなんだから、勝負は断れないのよ。さあ」
いま振り返れば、ドラセナはワタルの心のすべてを理解していた。すべてを理解して、誰よりもワタルの力になろうとしてくれていた。
それはどうして?
ワタルの母親だから。同時にワタルの師匠でもあったから。
ワタルはそのとき、師匠として、アイリスのためにしなければならないことを理解した。
ワタルはきびすを返した。
「アイリス、勝負だ」
「え?」
戸惑うアイリスに、ワタルはモンスターボールを示した。
「お前はポケモントレーナーだ。ならば、勝負は断れない」
「……はい」
アイリスはきょとんとしながら、自分のモンスターボールを取り出した。
いまはどこもジムは閉まっている。
二人は広い庭に退治した。
「アイリス。自分の心の声を聞け」
「自分の心の声ですか?」
「そうだ。おれのアドバイスなんかに耳を傾けなくていい。おれの戦いを見て、自分で理解するんだ。それがトレーナーの鉄則」
ワタルもこのとき、あれこれ考えず、心の声に浮かび上がった言葉をアイリスに与えた。
ワタルは自慢のカイリューを繰り出し、アイリスのオノノクスに強烈な一撃を繰り出した。
アイリスは手加減のないトレーナー界最強の攻撃を目の前で体感することになった。
オノノクスはその一撃でノックアウトになった。
「何を感じた?」
「す、すごく速くて強くて……」
「他には?」
「なんというか……ワタルさんとカイリューの一体感を感じました。ワタルさんがカイリューで、カイリューがワタルさんで」
「そうか。自分の感じたその言葉を信じるんだ。そして、どうすればおれを超えられるか、考えるんだ」
ワタルはもう一度カイリューを繰り出した。
「踏み込んで来い」
「はい!」
アイリスはもう一度オノノクスを繰り出した。
「いきます!」
アイリスはこれまで以上に力強い目になった。それはワタルの戦うときの目に似ていた。
オノノクスの強力な一撃がカイリューを地面に叩きつけた。その一撃は、本気のワタルでも捌くことができないものだった。
「いい攻撃だぞ、アイリス。未来のチャンピオンにふさわしい攻撃だ」
「一体感……私、さっきハボちゃんと一緒になれたような気がしました」
「その感覚を忘れるな。そして、その感覚を信じろ。お前はドラゴンだ」
「ドラゴン……」
アイリスは自分の手のひらを見つめた。たしかに先ほど、自分がオノノクスと重なっていたような感覚だった。その研ぎ澄まされた感覚はこれまでにない、紛れもなくワタルが教えた大切な心得だった。