ポケモン トレーナーズエピソード   作:やまもとやま

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13、天敵

 ククイは初めてワタルと対戦した。

 これまでも、ククイはアローラの数多くの実力者たちにもまれてきたから、強いトレーナーとの対戦は珍しいことではなかった。

 ククイを長らく指導してきたハラは本気でククイと対戦することもあった。しかし、ハラは長く世界中のリーグで活躍してきた実力者だから、負けたとしてもそれは当然のことという前提がある。

 ククイもハラに負けたからと言って、特別意識することはなかった。むしろ、負けることで、いつかハラに勝てるようになりたいという気持ちが強くなり、気力が沸き上がった。

 

 しかし、ワタルはククイと同い年のトレーナーだったから、ハラと対戦する時とは心境が違っていた。

 ハラと対戦するときは、負けてもともとという気持ちがあった。しかし、ワタルは同い年だから勝たなければならないという気持ちが強かった。

 おまけに、ワタルはジョウト・カントーのトレーナー。反ジョウト・カントーの空気の中で育ってきたククイには余計に負けられない相手だった。

 

 それに、ククイには自信があった。ハラのような現役で活躍するトップトレーナーには勝てなくても、同じ世代のトレーナーであればだれにも負けないと考えていた。

 ワタルがどれだけの実力者でも自分の力が通じると思っていた。

 

 だから、ワタルと対峙して、自慢のガオガエンを繰り出した時、ククイの顔には自信がみなぎっていた。負ける気がしないという余裕さえ見られた。

 ククイのガオガエンに対して、ワタルも自慢のカイリューを繰り出した。ワタルはククイと違って終始落ち着いた様子だった。自信ありげな顔をすることもなく、無表情で対戦に集中していた。

 

 少し技術的な話をすると、ククイはアローラ地方にいるころ、あまりドラゴンポケモンを扱うトレーナーとは対峙してこなかった。

 ドラゴンポケモンは扱いが非常に難しく、それをマスターするには組織立った修練が必要だ。だからこそ、ドラゴン使いのネットワークは世界的に大きい。

 しかし、アローラ地方にはそうしたドラゴンタイプを修練する組織がなく、結果的にドラゴンタイプを扱うトレーナーが少なかった。ドラゴンタイプのスペシャリストを志すアローラ地方のトレーナーもその多くが海外に留学していた。

 

 ククイはカイリューとの対戦経験が1度もなかった。何度かビデオ映像でカイリューの戦っているところを見た程度だった。

 

 両者の勝負が始まると、ククイのほうから積極果敢に攻撃を仕掛けていった。対戦経験のない相手だけに、先に主導権を取った方がいいと考えた。

 

 ククイのガオガエンは優れた運動性を活かして接近戦を得意とする。飛行ポケモンに対しても、得意のスープレックス攻撃で十分対応できる自信があった。

 しかし、ワタルのカイリューはこれまでククイが対戦したどのポケモンよりも力強かった。

 

 ガオガエンの鋭い一撃を力ずくで押さえつけ、その怪力で掴まれると振りほどくこともできない。

 そのまま、カイリューはパワーでガオガエンをねじ伏せてしまった。

 

 これまでに経験したことのない異次元のパワーにククイは驚かずにはいられなかった。

 

「なんだよ、今のは……」

 

 ククイは相手に捕まってしまっても、それを振りほどく練習も積み重ねて来た。劣勢になることも想定して実力を高めてきたが、ワタルのカイリューにはこれまで培ったあらゆるディフェンスが通じなかった。

 そんな経験は初めてだったから、ククイは叫んだ。

 

「もう一度だ」

 

 ククイがそう言うと、ワタルは何事もなかったように冷静に言った。

 

「手加減でもしたのか? まるで手ごたえがなかったが」

「……」

 

 ククイは熱くなった。再び、ガオガエンを繰り出して積極果敢に攻め立てたが、ワタルのカイリューには通じなかった。

 他の自慢のポケモンも繰り出して万策尽くしたが、ククイは一度もカイリューの牙城を崩すことはできなかった。

 

 ドラセナは二人の対戦を見守っていたが、ククイがムキになってくると、なかなか介入しにくい雰囲気になったので、ワタルの一方的なバトルをただ見ていた。

 トップトレーナーのドラセナから見ても、実力はワタルが突出していて、ククイを圧倒していた。今のククイの実力では何度やってもワタルには勝てないのは明白だった。

 

 繰り返し敗北したことで、ククイは床に膝をついた。

 

「おれの実力はこんなものか? しょせん、田舎の島の大将でしかなかったのか?」

 

 ククイはこれまでの自信をすべて打ち砕かれた思いだった。

 これまでに感じたことのない挫折感。それはククイの心に容赦なく突き刺さってきた。

 

 一方、ワタルは涼しい顔でトレーナーボックスを出ると、息を吐いた。

 それから、ドラセナに確かめた。

 

「ドラセナ、挑戦者のバッジ認定は7戦中4勝以上だったよな?」

 

 ドラセナはうなずいた。

 

「なら、バッジは与えられないな。ククイと言ったか、出直して来な」

 

 ワタルはそれだけ言うと、帰り支度を始めた。

 しかし、ククイの目の前は真っ暗になっていた。

 

 ◇◇◇

 

 その日以来、ククイの心境は大きく変化した。

 これまでのような熱い目はなくなり、うつろな目でさまようようにホウエンリーグやイッシュリーグに出かけた。

 しかし、ククイの実力は高く、ワタルに手痛い敗北を喫した以外は、大きな敗北をすることなく、順調にバッジを集めることができた。

 しかし、どれだけバッジを手に入れても、ククイの器が満たされることがなかった。

 

 ある日、ククイがオーキドの研究所に戻ってきたとき、グリーンはククイの表情に変化があるのに気が付いた。

 

「よう、ククイ。ホウエンの旅から凱旋か。あれだな、初めて会ったときから雰囲気が変わったな」

 

 グリーンは初めて会った時から変わらないお調子者の態度でククイに声をかけた。 

 しかし、ククイは反応することなく沈んだ顔で研究所の中に姿を消した。

 

「マジで変わっちまったな。ちっとは大人になったってことか」

 

 グリーンはそのようにククイを見ていた。

 ククイの変化には、オーキドも気が付いた。

 夕食のとき、口数の少なかったククイに尋ねた。

 

「ククイ、何か大きな壁にぶつかったか?」

「……」

 

 ククイはぼんやりとした顔をわずかに上げた。

 

「大きな壁。乗り越えられる気がしない壁。人生の中で幾度となく立ちはだかってくる。場合によっては一生超えることができない壁じゃな」

 

 オーキドは遠まわしに何かを伝えるように優しく言った。

 

「ぶつかってみたり、跳んでみたり、うつむいてみたり。今が正念場じゃ」

 

 オーキドがそう言うと、隣にいたグリーンが軽い口調で言った。

 

「じいさんの話は相変わらずちんぷんかんだぜ。だいたい、壁を感じるってことは才能がないってことさ。おれは壁なんて感じたことないからな」

 

 グリーンはそう言って鼻を高くした。

 

「ほっほ、人生に一度も壁を見いだせなかったやつの器なんて知れておる。グリーン、お前の天下もすぐ終わりじゃな」

「あいにくだな、じいさん。おれは完ぺきなポケモン理論を見つけ出したんだ。じいさんの予想に反してどこまでも高みに上り詰められると思うぜ」

 

 グリーンはそう言うが、オーキドの指摘が的中することになる。この後、グリーンも大きな壁にぶち当たることになる。

 ククイはグリーンより先に、大きな壁に立ちはだかっていた。

 

「ククイ。人生に答えなどない。壁を乗り越えるのも正解。壁に背中を向けて逃げ出すのも正解。ワシもこれまでいくつの壁に背中を向けてきたじゃろうか。多くのことをあきらめてはここまで来たが、この歳になって思う。人生とは実に複雑。歳を重ねるほどに迷子になるようじゃ」

 

 オーキドがそう言うと、グリーンはけらけらと笑った。

 

「じいさんもボケが始まってるからな。本当に迷子になっちまうかもな」

「グリーン、そのときはお前に介護を頼むよ」

「やだね。そんなことはおふくろか姉ちゃんに頼みな。おれはさすらいのトレーナーだからな」

「まったく、可愛げのない孫を持ったものじゃ」

「人のことを言えたことかよ。じいさんもろくなもんじゃねえよ」

「ワシがお前にポケモンを授けてやったんじゃ。ありがたく思ってほしいもんじゃ」

「ゼニガメだけだろ。もっとろくなポケモンをくれてりゃ感謝の1つもできるがな」

 

 オーキドとグリーンはいつも口喧嘩をしていた。それを見ていると、二人の仲の良さがうかがえた。しかし、いまのククイにはそうした家族のきずなをほほえましく見れる状態になかった。

 

 夕食後、ククイはマサラの坂道に出て来た。このあたりは海に面しており、見下ろせば大海原が見えた。夜になると、港も閉鎖されて、海は真っ黒によどんで見えた。

 ちょうどククイの気持ちを示しているかのようだった。

 

「ぶつかってみたり、跳んでみたり、うつむいてみたりか……」

 

 ククイはオーキドの言葉を思い出してつぶやいた。

 

「でも勝てる気がしない……」

 

 ククイは弱音をこぼした。しかし、同時に、ワタルの顔を思い浮かべると、このまま逃げ出すわけにはいかないという気持ちも強くなった。

 

「カントーリーグの予選……勝ち進めばもう一度ワタルに当たるな」

 

 ククイは少しずつ闘争心が湧き上がってくるのを感じていた。ワタルと戦うのは怖かった。ワタルとの一戦がククイの脳裏にトラウマとしてこべりついていた。初めてポケモンバトルで恐怖した瞬間だった。

 開き直って忘れようとしても、決して忘れることのできないククイにとっての呪縛だった。

 それを解呪する方法は1つしかなかった。

 

 ワタルに勝つこと。

 

「勝つしかないんだ。勝たなきゃいけないんだ」

 

 ククイはそう自分に言い聞かせると、目の前の闇をにらみつけた。

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