ポケモン トレーナーズエピソード   作:やまもとやま

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16、見えざるもの

 アマチュアの若手トレーナーが集う世界最高峰の戦いがヤマブキシティがまもなく始まる。

 会場には、トレーナーそれぞれに個別の控室が用意されていて、アイリスは自分の出番が来るのをそわそわと落ち着きのない様子で待っていた。

 

 関係者は控室への入室が認められているので、アイリスの控室には、ドラセナ、イブキ、ナツメに加えて、ワタルの講演会の関係者も応援に訪れていた。

 

 

「まあまあ、アイリスちゃん。あんまりそわそわしてると本番前に力尽きてしまうわよ」

「そうですね。ですが、いてもたってもいられないのです」

 

 アイリスはドラセナが用意した椅子に座った後も、体が勝手にそわそわした。

 本来なら、最も心強い師匠がここにいなければならないのだが、その師匠は現在姿が見えなかった。

 

 ドラセナは師匠を呼び出すために電話を入れたが出なかった。

 

「ワタル、つながらないの?」

 

 イブキが尋ねた。

 

「まあ、いつものことだけど、困ったものね」

 

 ワタルは先にカイリューに乗ってヤマブキシティに入っているはずであるから、どこかで寄り道でもしなければ、とっくに会場にたどり着いているはずだった。

 

「ワタルもそわそわ落ち着きのない子だったから。でも、アイリスちゃんはそんなところまで真似しちゃダメよ」

 

 ドラセナはアイリスの両肩をポンと叩いた。ちょうど、ワタルがアイリスと同じころと同じ感覚だった。

 ワタルも今でこそ180センチまで背丈が伸びたが、当時はアイリスと同じぐらいの背丈で、肩幅も今のアイリスとあまり変わらなかった。

 そして、ワタルも同じ大会に参加した。

 あのときも、ワタルはアイリスと同じようにそわそわしていた。

 

「ドラセナ師匠、いま気が付いたんだけど、ヒガナも姿が見えないわ」

 

 イブキはいまになって控室にヒガナがいなくなっていることに気が付いた。

 ヒガナはイブキと同じドラゴン使いの同門で、普段はフスベジムやゴールドジムを気まぐれに行き来している。フスベにいるころはイブキかドラセナの家に泊ることが多く、ヤマブキにいるころはナツメの家に泊ることがほとんどだった。

 ヒガナもワタルに似て落ち着きがなかった。気が付けば、いなくなっているということが多かった。

 その共通点だけを考えれば、アイリスもワタルもヒガナもルーツは同じなのかもしれない。

 

「ナツメ先輩、サイキックパワーでヒガナの居場所を突き止めてよ」

 

 イブキはナツメに協力を依頼した。

 ドラゴン使いのネットワークは主にフスベシティの最長老とその一番弟子のワタルを中心にネットワークは大きく、ワタルの後援会として結成されたチームワタルには、ナツメも含まれていた。

 イブキにとって、ナツメは3つ上の先輩にあたる。

 

「無理。ヒガナは不確実性の塊のような子でしょう」

 

 ナツメは落ち着いていた。ワタルとヒガナはナツメが言ったように不確実性そのものだった。しかし同時に、必ずやって来るべき場所にやって来るのも二人の特徴だった。

 

 ◇◇◇

 

 ワタルはククイと別れた後、ようやく大会の会場にたどり着いた。

 

「ワタルさん、こちらがアイリス選手の控室です」

 

 会場にやってくると、記者が場所を案内してくれた。

 ポケモン事情に詳しい有名なベテラン記者であった。

 

「期待していますよ。新たなスターが誕生したとなると、私もドラポケの端くれとして嬉しいですからね。それに、クイーンの誕生となると、私も出世のチャンスですからね」

「くだらん。人を出汁に金儲けをするマスコミなど愚か者の象徴だ」

「まあまあ。だいたい、僕が記事を書いたから、ワタルさんは世界的スターになったんですよ。お互い様ですよ、お互い様」

「おれは一度も頼んじゃねえぞ」

「まあまあ、力を合わせてポケモン界を盛り上げていきましょうや」

 

 記者はニコニコ顔でワタルの背中を押した。

 

 長い通路を進むと、各トレーナーの控室が並ぶエリアに出た。アイリスの部屋は右に最奥だった。

 

 その通路の前に、少女が一人たたずんでいた。

 ワタルは近づいてその少女を見下ろした。

 

「おい、ヒガナ。何をやってるんだ?」

 

 ワタルが声をかけると、ヒガナは顔を上げてほほ笑んだ。

 

「大地の声を聞いてたんだよ」

「わけのわからんやつだな」

 

 ヒガナの行動はワタルにも理解できないことが多かった。

 

「それと道に迷ったから、ここで待ってたら誰かが迎えに来てくれると思って」

 

 ヒガナは迎えに来た人物がワタルだったことをいささか嬉しそうにした。

 

「この先だろ。ついて来いよ」

「うん」

 

 ヒガナはワタルの隣に並んだ。

 しばらく歩いたところで、ヒガナはワタルに尋ねた。

 

「ワタルって、ロリコン?」

 

 唐突な質問に、ワタルは思わず、壁に頭をぶつけた。

 

「突然、何を言う?」

「アイリスさんを弟子にしたんでしょ。私は弟子にしなかったのに」

「あれは師匠から使命を受けて仕方なくだよ」

 

 ワタルは再び歩き出した。

 

「仕方なくなの?」

「何が言いたいんだよ」

 

 ワタルはそう言いながら、アイリスを弟子にした理由の答えを探した。

 たしかに事の成り行きは、師匠から受けた予想外の試練だった。その試練がなければ、アイリスを弟子にすることはなかっただろう。

 

 だから、仕方なく弟子にしたのだろうか。

 

 ワタルは思わず足を止めた。

 合わせてヒガナも足を止めた。

 

「仕方なくなんてかわいそうだよ。ちゃんと見てあげなきゃ」

「……」

 

 ヒガナは唐突に物事の核心をついた言い回しをすることがある。

 それはちょうど、ワタルが臨んでいる試練の回答の最大のヒント、ついてはワタルが目指す「ポケモントレーナーの頂点」にたどり着くために欠かすことのできない要素そのものだった。

 

「そうじゃないとロリコン失格だよ」

「ロリコンじゃねえよ」

 

 ワタルはそれだけは否定した。

 

 ◇◇◇

 

 ワタルはヒガナを連れて、アイリスの控室にやってきた。

 控室には毎度おなじみの顔ぶれが並んでいた。

 ワタルにとっては見慣れたメンツばかりで当たり前の光景になっている。

 

 しかし、先ほどのヒガナの言葉が心に残っていた。

 当たり前の光景。しかし、きちんとその光景を見ることができていただろうか。

 

「やっと来た。どこで寄り道してたのよ」

 

 ドラセナが開口一番、母親の立場からの質問をした。

 ドラセナはワタルの保護者である。ワタルが物心つく前から、ワタルの世話をしていた。

 ワタルにとっては母親同然であった。

 

「ちょっとな」

「あやしい。カケオチに違いないわ」

 

 その後ろでイブキがワタルとヒガナの様子を見てつぶやいた。

 

「アホなこと言ってんな」

 

 ワタルはイブキの頭を押さえてベンチの上に座らせた。イブキは一応、師匠の二番弟子に当たる。かれこれ15年以上の付き合いになる。

 昔からよく面倒を見ていたこともあって、ワタルにとっては妹のような存在だった。

 

 その後ろにはナツメがいて、無言で二人を見ていた。顔が少しにやついているのがわかった。

 ナツメとは同級生であり、幼馴染でもある。

 

 小さい頃はナツメのほうが強く、ワタルは何度もナツメにポケモンバトルでも普段の喧嘩でも負かされる一方で、ナツメに泣かされた回数はこと数えきれなかった。

 その時のこともあり、ワタルにとって、ナツメは頭の上がらない存在でもあった。

 

 ワタルはそのとき、身近にいる者たちを本当にちゃんと見れていただろうかと少し不安になった。

 当たり前すぎて、本当に大切なものを見失っていたような気がした。

 

「なに固まってるの?」

「いや……」

 

 ナツメに声をかけられ、ワタルは覚醒した。それからアイリスのほうに目を移した。

 アイリスはワタルの視線に気づくと笑顔で手を振った。

 

 アイリスは最近新しくワタルの一味に入ってきた存在だ。

 ワタルの一番弟子ということになる。

 

 この中では最も関りの浅い存在でもある。

 そして、振り返った先にヒガナがいた。

 

 ヒガナはとりとめもない存在であり、ワタル自身もヒガナのことはよくわからなかった。

 しかし、どこか自分と同じ流れを持っている存在であり、ワタルにとって謎めいた重要人物でもあった。

 

 ワタルという世界的スターは多くの者の支えのもとにあった。

 しかし、ワタル自身、その多くの支えの本当のところが見えていなかったのかもしれない。

 

 ワタルは今回師匠から受けた試練の本当の意味のようなものを垣間見た気がした。

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