ポケモン トレーナーズエピソード   作:やまもとやま

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17、以心

 アイリスの出番がやってきた。

 このヤマブキシティで開かれるトーナメント大会は15歳未満の中で最も強いトレーナーたちが集う。

 

 アイリスの対戦相手はすべからく、同世代の中では最高峰のトレーナーたちだった。

 観客も多く、世界40以上の地域でテレビ中継されるので、出場者は嫌でも緊張した。

 

 アイリスはイッシュ地方のドラゴン使いの間で伝わる伝統の衣装に身を包むと、「ふん」とうなって、自分に喝を入れた。

 

「頑張ってね、アイリスちゃん」

「必ず勝ってきます。見ていてください」

 

 アイリスはワタル一行にそう宣言すると、対戦の舞台へと歩み出した。

 その背中は小さかったが、大きな可能性に包まれていた。

 ワタルもかつて、アイリスと同じ舞台に上がった。この舞台から、「ワタル」というネームブランドは作られていった。

 今回は師匠という立場でこの舞台に戻ってきた。

 

 あのときのことはよく覚えていた。

 体が震えるほどに緊張していた。

 自分の腕に自信があったからこそ、余計に緊張が高まった。自分は強いはずだと思いながらも、本当に自分の力が通じるのだろうかという不安もからまってきた。

 

 アイリスもおそらく自分の経験した緊張感を覚えているだろうと推測した。

 ワタルが見つめる先には、堂々と歩くアイリスの姿があったが、その背中の先に強い緊張感が隠されているのを感じ取ることができた。

 

 ワタルは遠い日の自分を見ているような気分になった。

 あのとき、舞台に出て、観客の声援が弾けた瞬間、目の前が真っ黒になる思いだった。

 とても戦える気がしなかった。

 

 あのとき、ワタルは一度だけ後ろを振り返った。その振り返りは弱気がもたらしたものだった。ワタルはあのとき、戦う勇気を持つことができず、振り返った。

 

 振り返った先には、ドラセナがいた。

 ドラセナは笑顔で手を振っていた。

 ワタルはそれを見て、体に再び闘志が宿るのを覚えた。ワタルはうなずくと、舞台のほうに目を向けた。一切の緊張感を振り払って歩き出すことができた。

 

 そうか。それが師匠の力か。

 ワタルはそのときのことを思い出して、目に力を込めた。

 

 すると、ワタルの視線を感じたのかアイリスは一度立ち止まり、振り返った。ちょうど、ワタルが振り返ったのと同じ場所、同じタイミングだった。

 ワタルは前に出ると、胸で拳を握り締めた。

 言葉には出さなかったが、ワタルは心に自分の言葉を刻んだ。

 

「己と己の相棒を信じろ」

 

 アイリスはワタルの思いをしっかりと受け取ったのか、不安に震えた瞳を振り払って、笑顔を作った。

 その笑顔はアイリスの独創性だった。ワタルはあのとき笑わなかったが、アイリスは安らぎのこもった笑顔を見せた。

 

 その笑顔はワタルとは方向性は異なるが、同じほどの大いなる力を象徴していた。

 

 師匠と弟子の心が通じ合った瞬間だった。その心の通いはアイリスに大きな力を与えた。

 

 ドラセナは後ろからその様子を見ていた。師匠と弟子の融和。それはどちらかと言うと、ワタルにこそ大きな成長をもたらしたのだということを、ドラセナはよくわかっていた。

 

 アイリスを送り出したら、あとは見守るだけ。

 だが、ワタルはすでにアイリスの勝利を確信していた。

 

 アイリスの1回戦の相手はイチロー。地元のエリートトレーナーで「振り子ナッシー」という奇抜な戦術を用いるということですでに有名だった。

 得意ポケモンはナッシー、ランクルス、メレシーとエスパータイプに寄っている。

 

「なっちゃんの教え子でしょ、対戦相手の子」

 

 ナツメをなっちゃんと呼ぶのはドラセナだけだった。

 

「うーん、だから複雑。私はどっちを応援すればいいのかしら」

 

 ナツメはゴールドジムのジムリーダーであり、イチローはその門下生の一人だったので、いわばナツメはイチローの師匠ということになる。

 

「お願い、なっちゃん。アイリスちゃんを応援してあげて」

「そうします」

 

 ナツメはアイリスに寝返った。

 

 ◇◇◇

 

 アイリスの一回戦。

 心配することはなかった。

 

 勝負はアイリスの一方的なゲームになった。

 アイリスの繰り出したオノノクスに対して、イチローはランクルスを繰り出していった。

 

 対ランクルスは、ナツメと一緒に何度か練習しており、それが実戦に活きた。

 ランクルスのサイコキネシスはリーチが長い。交代すると、ロングレンジの攻撃を多く持っているので、リーチの長い攻撃に対しても徹底して距離を詰める練習をしていたが、そのとおりにオノノクスは間合いを詰めた。

 ベストポジションまで接近すると、アイリスは目を閉じて、ワタルから受け取った言葉を心に刻んだ。

 

「己を信じろ」

 

 その言葉と同化したオノノクスの一撃。

 

 ランクルスのガードを打ち砕いて大きなダメージとなった。その後も反撃のサイコキネシスに捕まることなく、力でねじ伏せていった。

 子供とは思えない力強い攻めはワタルを彷彿とされるものがあった。

 

 ワタルはアイリスの戦いを見て手ごたえを感じた。アイリスに迷いはなかった。心に迷いが生じると自分の戦いができない。ワタルもこれまでポケモントレーナーとしてやってきて、心に迷いが生じると負けにつながるということをわかっていた。

 いまのアイリスはよほどのことがなければ負けないだろうと確信できた。

 

 勝負は2本先取。

 イチローは切り札のナッシーで勝負に出た。

 

 振り子ナッシーの異名を持つこのナッシーは独特のタイミングでたまを投げてくる。しかも、そのたまを見ていると催眠術がかかり、ポケモンが眠ってしまう。

 たまを回避するには、たまをしっかり見ておかなければならない。しかし、たまをしっかりと見ると催眠術がかかってしまうというという二段構えになっている。

 

 しかし、アイリスは初顔の変則戦術にも動じなかった。

 

 見るのではなく感じる。

 

 アイリスの研ぎ澄まされた集中力は、見なくとも相手の攻撃を感じることができた。

 オノノクスはナッシーのたまなげをすべて正確に弾き落すと、接近してドラゴンテールを振り回した。

 

 からめば、てこでも外れないアイリスの得意戦法だった。

 無駄にじたばたすると、オノノクスのペースになる一方だった。

 集中していたアイリスは慌てた相手につけ込むように攻めることができた。オノノクスはナッシーのじたばたの勢いをうまく利用して叩きつけて、確実な追撃で仕留めた。

 

 2本目もアイリスが取って勝負あり。

 イチローはくやしそうに頭を抱えた。

 

 アイリスの勝利を見届けて、ワタルはこれまでに感じたことのない勝利感を覚えた。

 自分が勝利したとき、チャンピオンの座についたとき、そのいずれとも違う勝利感だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 勝利して戻ってきたアイリスには祝福が待っていた。

 ドラセナをはじめとして、祝福のセンスあふれる者が数多く揃っていた。

 ドラセナ、ナツメ、イブキとハイテンションにハイタッチして祝福を受けていた。アイリスも笑顔でその祝福を受けた。

 

 ワタルは彼女らとは違う。笑顔で祝福の言葉を贈るような気質ではなかった。

 ワタルにはワタルの祝福の仕方があった。

 ワタルは腕を組んで、険しい表情をして、アイリスに言った。

 

「戦いはまだ始まったばかりだ。気を抜くな。気を抜いたときが敗北への一歩となる」

 

 ワタルはそう言って、アイリスの心を引き締め直した。

 アイリスはワタル流の祝福の意味をよく理解していた。だから、アイリスは言われたように気を引き締めた。

 

「はい、ワタル師匠。次の勝負に集中します」

 

 このトーナメントにはシードを受けているつわものが2名いる。

 真の敵はシードを受けている2名のトレーナーだった。

 

 第一シードのアンズと第二シードのコゴミ。

 

 アンズはセキチクジムリーダーでもあり、数多くのチャンピオン経験のあるキョウの娘であり、現時点ではこの年代における最強のトレーナーと言われている。

 キョウと同じく、毒ポケモンを使い、クロバット、アリアドスなどの「イガ忍法」と呼ばれる戦術を得意とする。通称「キョウ・スタイル」として知られ、世界トップクラスのトレーナーであるアデクはこの戦法についてこう語っている。

 

「風のように華麗で、岩のように忍耐強い。あれが忍者か」

 

 アンズはイガ忍法を正当に引き継いだ実力者であり、アイリスにとって最大の宿敵だった。

 

 コゴミは遠い地方からやってきたトレーナーであり、アンズほど詳細はわかっていない。

 何か特殊な武術の使い手であるそうで、チャーレム、ハハコモリ、ドドゼルガなど基本的に何でも使いこなすという。

 オーソドックスなトレーナーと見えるが、王道に忠実なトレーナーが最も手強いことをワタルは良く知っていた。

 

 トレーナー数多しとはいえ、その半分はオーソドックスな基本に忠実なトレーナーだ。

 ワタルも含め、ダイゴ、シロナ、アデク、ミクリなど実力者はみなオーソドックスだった。

 

 どちらも下馬評では、アイリスより格上ということになっている。

 アイリスの戦いはまだ始まったばかりだった。

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