アイリスは2回戦も突破して、ベスト4への進出を決めた。
すでに、同じ山のアンズがベスト4進出を決めていたので、準決勝の相手はアンズで決定している。
アイリスにとっては、ここからが正念場だった。
反対の山でもベスト4進出を決める準々決勝の戦いが進んでいた。
1回戦で鮮烈な印象を与えたアセロラが準々決勝でもその力を発揮した。
アセロラの対戦相手となったコブロウはポケモンコスプレで知られる怪獣マニアの少年だ。
ヤドキングのコスプレで登場すると、その姿の通り、ヤドキングを繰り出した。
コブロウもヤマブキジム出身であり、本大会は地元ということで、会場を沸かせた。
しかし、対戦のほうは完全なアウェイだったアセロラが一方的な展開で勝利する結果となった。
アセロラは1回戦と同じくミミッキュで勝負した。ヤドキングの遅いところにつけ込んで懐に飛び込むと、一方的になぎ倒してしまった。
続くコブロウの切り札ブーピッグも簡単に倒されてしまった。
この1、2回戦ともに危なげなく勝ち進んだため、下馬評を覆して、アセロラが台風の目になった。
「あの子、強いわねぇ」
対戦を見ていたナツメもアセロラの実力の高さを見抜いていた。
ワタルもアセロラの戦いを見て、アイリスの最大の天敵になる可能性があると感じていた。
続く準々決勝最後の試合はシード権を持つコゴミが登場した。
アンズと並んで優勝候補として注目されている逸材で、事前予想通り、圧倒的な力を発揮した。
コゴミの対戦相手となったジジロウはカロス地方からはるばるやってきたエリートトレーナーで、アマチュア大会では毎回上位に残る定番メンバーの一人になっていた。
シード権こそ逃したが、実力者であることは間違いない。
1回戦は、ゲッコウガを使いこなし、卓越した技術を見せつけて勝ち上がっていた。水ポケモンのスペシャリストと見えるが、ヌメルゴンのスペシャリストとしても知られている。
1回戦動揺、ジジロウはゲッコウガを繰り出した。コゴミはチャーレムで応戦した。
お互いに技巧派としてリサーチされていて、序盤は小競り合いが続いたが、中盤からコゴミは相手の動きを見切ったのか、攻勢に出て、「テレポートヘッド戦法」で相手を一気に叩きのめした。
テレポートヘッドは、2年前にトップトレーナーの一人であるカルネが使い始めて、今ではチャーレムの定番の攻め筋の1つになった。
距離を取って、敵の前に出る初速に合わせて、テレポートで相手の懐に潜り込んで攻撃するという戦法で、相手が前に出ようとしている間隙をつくため、対処が非常に難しいとされていた。
しかし、使いこなすのは難しい戦法でもあった。
テレポートは離脱して再び現れる位置を、トレーナー側が予測できない仕様となっている。
カルネはテレポート時間を可能な限り短くして、位置のずれ幅を最小限度にして、この戦法を完成させた。
最もテレポート時間を最小にできるチャーレムのみ、安定することから、この技はチャーレムの専売特許になった。
コゴミもその戦法を身に着け、実戦の舞台でも決めてみせた。
テレポート時間が最小なので、相手の動きに合わせなければならない。相手の動きに合わせなければ、テレポートの距離が足りない。
中途半端な位置で姿を現してしまうと、敵の的になる。テレポートは出現時に隙ができるという弱点がある。
この弱点を克服するには、敵の動きに合わせて、その隙をつかれないようにしなければならなかった。間合いとタイミングを正確に測る技術が問われたが、コゴミは完ぺきに決めた。
ジジロウは続いてヌメルゴンで応戦したが、コゴミはそれに対しても技術で上回り圧倒した。
ベスト4進出者が決定した。
アンズ
アイリス
アセロラ
コゴミ
残ったメンバーはいずれもここまでの戦いで圧倒的な力を見せており、誰が勝つのか皆目見当がつかなかった。
事前予想で、「アンズの圧勝」とか「コゴミが頭1つ抜けている」とか書き立てていたマスコミも「誰が勝ってもおかしくない状況」と態度を一変させた。
準決勝は午後6時から開催される予定なので、ここで約3時間のインターバルが差しはさまれることになる。
6時からはカントーのローカルチャンネルだけでなく、大手の放送局も放映する予定にしているので、事実上、ここからが大会の始まりだった。
◇◇◇
ベスト4まで来たからには、みな優勝したいという気持ちが強くなっている。
アイリスも優勝したいという気持ちを高めていた。
インターバル時間は3時間以上もあるが、アイリスは今のうちからそわそわしていた。
「アイリスちゃん、何か食べる?」
ドラセナが自作の弁当やヤマブキシティの名物を広げていたが、アイリスは食欲を感じていなかった。いまはアドレナリンに支配されていて、ゆっくり食事という感覚ではなかった。
「申し訳ありません、ドラセナさん。いまは何も食べられる気がしません。ポケモンたちも同じようです」
「そうよね」
アイリスにとっては初めての大きな高いで、ベスト4まで来ているのだ。その緊張感は相当なものだった。
ワタルもアイリスと同じころにこの大会に出て優勝しているが、ベスト4が決まったときはアイリスと同じようにそわそわしていた。
ワタルの時代は、ベスト4に以下の顔ぶれが残っていた。
カヒリ
ミクリ
ワタル
リョウ
いまはいずれもチャンピオン経験があり、トップトレーナーとして活躍している。
ワタルのころは過去最高のハイレベルな大会と言われていたが、ワタルは今回の残ったトレーナーたちの戦いを見て、あのときよりさらにレベルが上がっていると感じていた。
あのとき、ワタルは決勝でミクリと対戦して優勝したが、その道中のトレーナーはいずれも一筋縄にはいかなかった。
しかし、それゆえに優勝の喜びが大きかったのもたしかだった。
ワタルは師匠として、アイリスにもその時の喜びを授けてやりたいと思った。
思えば、誰かの勝利を願ったことはこれまでに一度も経験したことがなかった。
勝利とは己が掴む者であり、己以外の者が掴んだところで、己には「敗北」が刻まれるだけ。
ワタルはずっとそう考えていた。
しかし、アイリスという弟子を持って、心の底からアイリスの勝利を願うようになった。
己以外の勝利。その喜びをワタルは感じていた。
ワタルは無意識のうちに、その感覚こそが今回師匠から与えられた試練の本質だということを理解し始めていた。
「これ食べていい?」
「うん、食べて。誰も食べないから余っちゃうわ」
気まぐれにあちこちをうろついていたヒガナが控室に戻って来ると、食べ物に引き寄せられるようにやってきた。
ヒガナはいつも気まぐれだったので、突然いなくなったり、突然現れたりする。
「なっちゃんも食べる?」
「少しだけいただきます」
「イブちゃんは?」
「私はダイエット中だから遠慮します」
チームワタルのメンバーは少食だったので、たいてい用意された食糧は余る傾向があった。
ワタルも何かに集中すると、他のことを忘れる性格だったので、食事のことは忘れていた。
しかし、ヒガナは底なしに食べ続ける性質があったため、食糧が余ることはなかった。
◇◇◇
インターバル時間が長いので、チームワタルのスコアラーが録音してくれたビデオ映像で対戦相手のアンズの対策を練ることになった。
「とりあえず、さまざまな観点から相手の傾向をまとめておきました」
チームワタルのスコアラーは優秀であり、短い時間で、アンズの傾向をしっかりと把握していた。
「使用ポケモンはクロバットとアリアドス。先ほどの対戦ではクロバットのデータしか取れませんでしたが、7フィートポジションからのダウンアクロバットのモーション速度が約0.2218秒です。かなり速いですね。世界記録保持者のお父様の0.2166秒に追随するものがあります」
科学の力はすごい。いまは極小フレームで相手の動きを分析することができた。
「かげぶんしん戦法の評価ですが、残像に韻を残すパターンはまだムラがありますね。お父様の精度に比べると見劣りします。この映像はわかりやすいと思いますが、分身が明らかに残像からはみ出ています。それを見落とさなければ、実像を失うことはないでしょう」
スコアラーはそう説明したが、アイリスは対応できる自信がなかった。
「私の目には全然留まりません。ワタル師匠の目には留まるのですか?」
「目に留まるなら、誰も苦労しない。目で見ているうちは、この戦法を突破できんぞ」
ワタルはアイリスにそうアドバイスした。高いレベルの対戦では、完ぺき主義が最も愚かであると言われる。
完ぺきに相手をコントロールすることはできない。ワタルはそういうとき、決断が大事だと考えていた。正しいかわからない決断を信じ切れるかどうかが、ポケモンバトルの神髄と考えた。
「忍術に小手先のテクニックは通じない。唯一通じるものは、己を信じた強い決断だけだ」
「強い決断。ありがとうございます。肝に銘じて戦いたいと思います」
アイリスはワタルの教えを素直に受け取った。
このとき、ワタルは先ほどのアドバイスが最善という自信がなかった。
ワタルもまた師匠としては、アイリスと同じく「挑戦者」の立場でしかなかった。
しかし、いまこの時点で、ワタルにできる精いっぱいのアドバイスだった。
それが正しいかどうかを決めるのは、アイリスである。アイリスの戦いがその真偽を決める審判者だった。
ワタルは当時、シンオウの超新星として注目されていたリョウと準決勝を戦った。
あのとき、戦いの場に臨むに際し、ドラセナから受け取った言葉を今でも覚えていた。
「勝ち負けなんてどうでもいいわ。楽しんでおいで」
ドラセナは抜けた笑顔で一言そう言った。
ドラセナはワタルの保護者でもあり、師匠でもあった。その言葉はどちらかというと、保護者としての立場から投げかけられたものだったのだろう。
しかし、あのときワタルはその言葉から大きな力を受け取っていた。
ワタルはドラセナの真似をしようとは思わなかった。いや、真似したくなかった。
結果、ワタルはドラセナとは真逆の性質のトレーナーになった。
長距離戦を得意とするドラセナに対して、ワタルは接近戦。技巧派のドラセナに対して、パワー派のワタル。
真似したくない。
それは師への最大の尊敬だったのかもしれない。
それには師に近づきたいではなく、師を越えたいという意味が含まれている。
いずれ、親元を離れる子のように、弟もまた師を越えていく。
言葉は違えど、意味するところは同じ。
ワタルはワタルなりにその本質をアイリスに伝えた。
最後にワタルはアイリスに伝えた。
「アイリス、敵と戦うのはおれじゃない。おれを越えたお前だ」
ワタルはドラセナから教わった教えを自分らしい言葉でアイリスに伝えた。
アイリスはしばらくその言葉の意味をきょとんとして考えていた。
ワタルは尊敬する師。越えるなんておこがましい。
おそらくはアイリスにはそういう気持ちがあった。それを越えろというのがワタルの教えだった。
アイリスはその言葉に何か納得したのか、やがて力強くうなずいた。